第16夜 炎上
ここ、マルドラクレル王国では原因不明の発火現象に悩まされていた。どう考えても可燃物などないはずなのに突然燃え出したり、街中で人が黒焦げになるという凄惨な事件が起きたりと国民の不安は増すばかり。
「嫌ね。今日は大通りで小火があったみたい」
「ええ!? 昨日はスラム街で火の手が上がったばかりじゃない」
「1日に1回はどこかが燃えているのよ」
「そうみたいね……早く解決してくれないかしら」
もちろん、国だって何もせずに手をこまねいていたわけではない。この発火現象の原因について推測ができて降り、王城では高名な学者や研究者でチームを作り、対応策に乗り出していた。
「研究頭、昨日のスラム街での発火現象ですが、こちらの魔導具の方で記録ができていました」
「ありがとう。東に設置したものだね。他のは?」
研究頭と呼ばれたのは研究者にしてはがっしりとした体格の壮年の男だった。一方で報告に来た研究者は若くひょろりとしている。
「記録はありませんでした」
「ふむ。それについて君はどう考察する?」
「はい。可能性として高いのは距離であると思われます。現場から最も近かったのが東に設置した魔導具ですから。有効距離はおよそ半径6kmほどでしょうか」
若い研究者はすらすらとそこまで答えて研究頭を見る。
「そうだな。有効距離はそれくらいだろう。それではそのくらいの間隔で魔導具を設置すれば犯人を炙り出せるかな?」
「はい! 流石にそこまでやれば引っかかるかと思います」
「ふむ、ふむ……」
「あの、研究頭?」
「おっと、すまない、少し考えをまとめていたんだ」
研究頭はそこから30秒ほど沈黙するとゆっくりと顔を上げた。
その瞳は爛々と輝いている。
「講義を始めよう」
若い研究者は内心で『しまった』と呟くと研究頭が口を開く寸前に手を挙げる。
「研究頭! 研究頭の講義は木っ端な研究者である自分だけを相手にするのはもったいないです! 他の研究者も引っ張ってきますのでその後でお願いします!」
「ふむ……?」
研究頭の講義は話を追いかけるのが大変なのだ。自分ひとりだと絶対に心が折れる。それなら、顰蹙を買うとしても他の研究者を引きずり込む!
若い研究者はそうして何人かの生贄を確保し、研究頭の講義に臨んだ。
「……であるからして、この発火現象の、特に大通りでの小火だ。これについては1つの可能性が挙げられる。――パイロキネシスだ」
「「「えぇ!?」」」
「荒唐無稽な話だと思うか?」
「そ、それはそうですよ! パイロキネシスといったらほら、超能力ですよね?」
「いかにも。サイコキネシス、サイコメトリー、テレパシー……色々あるな。それらの存在に懐疑的な諸君の気持ちも分かる」
大通りは西、南の魔導具の有効範囲内だった。しかし、魔導具は沈黙していた。それはつまり、本当に突然火が現れたということだ。
「だが、ことパイロキネシスだけは、確かに存在するのだ」
研究頭は適当な紙を持ってきて丸めて持つ。そして、パチンと指を鳴らした。
ボウッ
「なっ!? 火が!!」
「まさか……」
「いかにも。私自身がパイロキネシス能力を持っているのだ。とはいえ、私自身はあの大通りの小火に関わっていない。それは国防会議に参加していた連中が証明してくれるだろう。ということは、だ。この街には私以外のパイロキネシス持ちがいることに他ならない」
そこで、研究の方向性は転換され、放火探知から能力者探知へと切り替わった。
「研究頭、お願いしても良いでしょうか。第268実験です」
「ふむ……では、行くぞ」
パチン
実験室の中央に吊るしてあった紙が1つ燃え上がる。
果たして実験の結果は……?
「成功です! 燃える瞬間だけですが、研究頭と火のつながりが観測できました」
「良くやった。この魔導具は君たちが中心になって作ったものだったか」
「研究頭にご協力頂いたおかげです」
「謙遜するな。君たちのおかげでこの街の人が安心できるんだから」
「はい……はいっ!」
「さぁ、あとは運用しやすいように考えるだけだ。それが終われば、私は――」
「研究頭? どうかしましたか」
「いいや、何でもない。君たちがよく成長してくれて嬉しい気持ちがあふれてな」
「まだ我々には研究頭が必要ですよ!」
そして設置された魔導具により、とうとうパイロキネシス能力を持つ者が捕らえられた。
それにより原因不明の発火現象については収束宣言がされ、人々は安心して日常を送るのだった。
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前話から引き継いだ要素:炎(炎上)
パイロキネシス
発火能力。原理は不明だが、意識したものに火をつけることができる。
研究頭の場合は指を鳴らすという予備動作が必要。
その他の能力者
パイロキネシス能力を持つ者がいるのなら、その他の能力者だっているかもしれない。