第14夜 弓
「商人か。取り扱っている品は?」
街の出入り口で門兵がそう尋ねながら馬車の荷へ目を向ける。
実際に中の隅々まで見ることはないのでザルな確認だが、商人はサンプルを取り出してみせた。
「肌にいいクリームですよ。ハンドケアにネイルケア、フットケア用のものもあります」
それぞれクリーム色、パステルピンク、パステルブルーと淡い系統の瓶に入っている。ゴールデンアローズのロゴと黄金の弓のマークが刻まれており、ぱっと見おしゃれで高級感があった。
「化粧品、か?」
「分類的にはそう言っても差し支えないかと。兵士さんもいかがですか? 奥様や娘様に喜ばれますよ」
「悪いが独身でな。それに勤務中にそういったことはできない」
「そうですか。彼女さんにもおすすめですよ! この街でも売り出すつもりなのでぜひ!」
営業が外れたことも気にせずに商人はにこにことアプローチをかけていく。
門兵はその様子を呆れたように見ながら(何しろ商人というやつはどいつもこいつも似たようなセールストークをしていくのだ)、取り扱い商品が化粧品だったな、とその注意点を告げた。
「考えておこう。ああ、化粧品類は役場の薬務局で承認されていないと取り締まりの対象になるから気をつけるように」
「ええ、そうなんですか?」
「知っているとは思うが、この街は特殊だからな。だからこそ、住民を害するようなものは見つけ出して始末する必要があるんだ」
「分かりました。承認までの期間はどれくらいになるのでしょうか?」
「早ければ即日、遅くとも1週間以内には結果が出るだろう」
その他にいくつか注意事項を聞くと、商人は街の中へ馬車を進めていった。
街の中は月の光こそ差しているが、薄暗い。しかし、どこか安心できる明るさだった。月の光が差す昼間――この街は常に夜闇が広がっているところだった。
時折空を見上げながら進んでいくと、途中でこの街で一番大きい広場に出る。
「おお……これは随分と大きな弓ですねぇ」
広場の中央には巨人が使うかのような巨大な弓が鎮座していた。何でできているのかはわからないが、とりあえず木製ではなさそうだった。それくらいの重厚感は感じられたのだ。
「っと、いけないいけない。まずは役場の薬務局でしたか」
はっと我に返ると商人は教えられたとおり、役場の薬務局を目指す。
役場は予想以上に大きかった。それに、要塞のような威圧感がある。
とはいえ、攻めに行くのでもない限り、役場が要塞だろうがハリボテだろうが関係ない。
商人は薬務局と案内のある受付で自分の商品を取り出した。
「ありがとうございます。こちらの3種は我々の方で安全性の確認をさせていただきます。確認ができ次第、承認ラベルを発行いたしますので商品に貼り付けるようにしてください」
この街では生鮮食品など見ただけで分かるようなものを除き、人が取り込むものや化粧品の類は厳しくチェックされているらしい。時折抜き打ちでチェックもされるというので悪いことは考えられないようになっている。
商人は自分が持つハンドクリーム類は別に人体に害のある物なんて使っていないのに、と肩をすくめた。
「これもこの街の人々と商人を守るためですので」
「まぁ、街の規則なら従いますよ」
「ありがとうございます。ご理解いただけたようで何よりです」
ハンドクリーム、ネイルクリーム、フットクリームは問題なく審査に通り、承認ラベルも提供を受けた。しばらく売り続けていれば、少しずつ売上も増えていった。
「ねぇ、あなたは買った?」
「もちろん。私はネイルケアクリームをお試しでね。薄ピンク色が可愛かったわ」
「……でも、もっと大容量のものも欲しいところよね」
「ええ、だからお店の人に頼んでみたわ」
「大丈夫かな?」
「大丈夫でしょう」
商品の評判も上々。このままいけばさらに売上が伸びるだろう。商人は精力的にクリームを売り出す日々を送っていた。
そんなある日。
ドンドンドン!
「出てこい! ゴールデンアローズの店主に捕縛命令が出ている!」
商人は突然、指名手配されてしまった。何とか店からは逃げ出すも、街の出入り口は閉じられてしまい行き詰まってしまう。
「もう逃げられないぞ。観念するんだな」
「……」
捕まってしまった店主は、どこかの地下牢獄に入れられた。
「なぜ、私なんでしょうか?」
「お前の売っていた商品に当初無かった成分が混じり始めたからだ」
「まさか!」
「白々しい。お前が手引きしたことはわかっているんだぞ!」
「もしや、含まれている成分に免疫のない種族がいたんですね?」
「……知っていたわけではないのか」
「ふ……ふふふ……ふはっ!」
商人の不気味な笑い声に詰問していた兵士が怯む。
「やはり! やはりやはり、私の勘は正しかった!」
「勘……?」
「私は知っていたんですよ。この地方のどこかに亜人を匿う街があるってことをねぇ!」
目が獲物を見つけた狼のようにギラギラと光っている商人を見て、兵士達は互いに顔を見合わせていた。彼らの中に広がるのは不安と、恐怖。
「あ、亜人だって!?」
「そう、私はね、ドランデロイ神聖帝国の出なんですよ。今に、本国から出立した征亜軍がここに辿り着くでしょう」
ドランデロイ神聖帝国は人族至上主義が極まっている狂信国として有名な国だった。ナチュラルに他種族を蔑み奴隷にすることを躊躇わない。
そんな国の、征亜軍。
亜人(神聖帝国いわく、人族以外の種族総称)を征服する軍。奴隷狩り軍として恐れられている。
「ま、マズい……! 急いで上に報告しなければ!!」
「そうだ、住民の避難も急がないと!」
しかし、その判断は少しばかり遅かった。
街が防衛体制を敷く前に征亜軍が到達してしまい、なし崩し的に乱戦が始まってしまったのだ。
外の振動によってぱらぱらと埃が落ちる牢獄内で、商人はゆ~らゆらと上半身を揺らして笑う。
「楽しみですねぇ。私は一度、巨人の奴隷を使ってみたかったんですよ」
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前話から引き継いだ要素:弓
ドランデロイ神聖帝国
国土・国力・軍事力全てがトップクラスの巨大帝国。
そのため、各国はこの国の出方を伺っている。
亜人事情
巨人族、魚人族、吸血鬼族、獣人族など、挙げればきりがない。
彼らはドランデロイ神聖帝国と、それにおもねる各国により住処を追われてきた。
巨人族はどこにいたの?
地下にも街が広がっているんです。とても広くて、ありとあらゆる娯楽が詰まった街が。巨人族やその他の特徴的な種族はそこで暮らしています。
ギモン
商人「実は、商品を改良したのは確かですが、本当に妙な成分は追加していなかったんですよね。それのうち何が原因だったのかさっぱりで」
真実『追加されていた玉ねぎの成分が引っかかったようです』
商人「うーん。使った人に狼男でもいたんですかね」