第10夜 探索者
世の中には未踏の地を突破することや壮大な景色を自分の目で見ること、知られていない動植物を見つけることなど、未知なる自然に挑戦する者達がいる。
“探索者”と呼ばれている者たちだ。
彼らは危険を顧みずに突き進む。彼ら自身を突き動かしているものは何か? 栄誉? 名声? いや違う。彼らはただ挑戦したくて、その先の景色が見たくて、そして知りたかっただけなのだ。
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特級探索者のカラビナは自他共に認める山狂いだ。幼い頃から山と見れば登ろうとし、その頂上からの景色を楽しんでいた。そんな彼女が若くして目標に定めたのは天に届くと言われている山、ラニ・スァン・レシャルハ。
この山は麓からは誰も頂上を見たことがないほど空高くそびえ立っており、さらに多くの場合、雲に覆われているので余計にその全貌を見通せない。
きっと、一生の挑戦になる。彼女はそう思っていた。
予想通り、カラビナの挑戦は何度も困難に行き当たった。
例えば資金。
彼女だって人間だ。生きていれば住む場所も食べるものも衣服も必要になる。それに、山はただでさえ危険なもので、一歩間違えれば命を落としかねない怪我をすることもあった。その治療費だってかなり嵩む。それに、成人を迎えてもなお山に固執するカラビナに呆れた両親からは勘当されてしまっていた。
そんな彼女の主な資金元は探索者ギルドに寄せられた依頼で、特に山の奥などの秘境にあるという珍しい動植物の採取・捕獲を中心にして稼いでいた。その他にも、山登りに必須の技能の指導や登山道具の開発もした。
そうして資金を貯めても、まだ問題は多い。
一番大きいのは食糧だ。
天辺が見える他の山ならある程度必要な量は分かる。それに、途中で動物を狩ったり野生種の果物を採ったりできるので足りなくなっても何とかなる。
しかし、ラニ・スァン・レシャルハは違う。この山は途中から植物がほとんどなくなり、絶壁を登り続けるような道程になるのだ。しかも天辺が見えない。どれだけの食糧が必要なのか、皆目見当がつかないので、この山の攻略を難しくしていた。
カラビナはこの問題に対して少しずつ登る距離を増やし、所々に携帯食をストックしておく箱を取り付けて回ることで対応した。この箱は彼女の友人の魔女が作ってくれたものだ。後世には遭難者や漂流者のために活用され、名もなき箱だったのがポート・ストックという名を持ち、ポストという愛称で親しまれるまでになった。
それはともかく、ラニ・スァン・レシャルハの話だ。
カラビナは試行錯誤を繰り返した。資金問題は解決し、食糧も徐々に充実していっている。ポストには包帯なども入れてあるので多少の怪我はおして進める。
ただ、どうしても自然というものは脅威だった。上空は強い風が吹くこともあるし、時には空から岩が降ってくることもあった。上に行けば行くほど危険度は増していく。落ちれば即死だ。
心が折れたこともあった。カラビナではなく、登山チームのメンバーが。体力、年齢的な理由、結婚……いろいろな理由があった。
それでも果敢に挑戦し、カラビナ達はついにラニ・スァン・レシャルハが纏う雲を抜けた。
圧倒される景色だった。
雲を抜けたのだから、もちろん広がっているのは雲の海……雲海だ。その境界線から上は雲ひとつない青い青い空が続いていく。
地を這うように生きているだけでは決して見られない、心が震える景色。
しかし、まだ先がある。
カラビナが見たいのは頂上からの景色だ。人間の最高到達点からの景色。
それに、ここに来て分かった。ラニ・スァン・レシャルハにも天辺が存在するのだと。そして、その天辺は地上から雲を抜けるまでの距離よりは短かった。
カラビナ達は焦らず登る距離を長くしていった。そして、ついに辿り着いたのだ。ラニ・スァン・レシャルハの頂上に!
頭上は満天の星空。
空はよく澄んでいるようで、星のあかりも近く感じる。
見下ろせば、遠くまで広がる雲海。
雲の切れ間から下界が見えることもあるが、ほとんど色しか判別できない。
足元は淡く光る小さな花の絨毯が広がっており、まるで幻想世界に迷い込んだかのようだった。
ここが世界の頂上だ。
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前話から引き継いだ要素:探索者
カラビナ
登山道具の名前。
探索者の級数
最底辺でFランクで通称ひよこ、最上級はSランクで通称特級と呼ばれている。間は普通にABC〜ランクで呼ばれる。特級は人跡未踏の地へ到達した者に贈られるランク。
ポート・ストック
愛称ポスト。港に物資が集まるように、このポストにも善意の者からの物資が集まる。魔女の魔法が使われ、扉が閉まっている間は時間の流れが極端に遅くなっているらしい。