第042話『4月11日』
考えてみれば不思議な点は幾つもあった。
シスターと挨拶した後に、己と挨拶した時に妙な表情をしていた。どうやら兵士の中で、あれは己に二回挨拶した事になっているらしい。
シスターのやった事が、全て己の仕業になっているようだ。
料理も当然、己が作ったと皆は思ってる。
「…………」
扉の前で立ち止まる。ノックする手が動かない。
つまり、誰もシスターを認識していなかった。仮に陰陽師を殺したとしても、それを目撃できる人物はいない。
唯一、己だけは彼女を認識している。
だが、果たしてあの現場に彼女はいたのか。死体を見て即座に気絶してしまった為、イマイチ覚えていなかった。
被害者を殺し、部屋を出て、普通に着替えた。
そう考えれば、何の矛盾もない。
「…………」
確証はない。証拠もない。
ただ、見過ごすことも出来ない。
己は意を決して、シスターの部屋の扉を叩いた。
「はい、私が殺しました」
あっさり認められた。
どんな言い訳をしてくるか、嘘吐かれても気づけるか。かなり警戒していたのに、ものの数秒で彼女は自分の罪を認めた。
「他の人たちは私を認識できませんので。殺すのは簡単でした。東雲さんがいなければ、きっと誰も気づけなかったでしょう」
「…………ど、どうして?」
シスターは首を傾げた。
「それは、どういう意味でのどうしてなんでしょうか。どうして殺したのかと意味でしたら、彼らが私を殺そうとしたから、としか言えません。信じて頂けないとしても、今更嘘を吐く必要もありませんから」
ありえる話だった。
一定の基準はあるものの、有害なものを奴らは許さない。目玉石はスルーしても、蒸気馬を皆殺しにしたように。もっとも、蒸気馬にどんな危険性があったのかは未だに分かっていないが。
人から認識されにくい人間は、組織からすれば放置できない危険生物とみなされたのだろう。取引があったとはいえ、発見したら即座に殺そうとしてもおかしくはない。
「ですから護身用のナイフで殺し、ここにあった服を着替えている最中にあなた達がやってきたんです」
「人から認識されないんですよね? なら着替える必要はなかったのでは?」
「現に、東雲さんは私を認識していますよね?」
そう言われると何も言えない。
生まれつきか、はたまた聖女の血か。そういうものが見えるのは事実だ。
この世界には、そうやって不思議なものが見える人間もごくまれに存在しているとか。
「だから、念のために着替えたんです。そして確認の為、死体のある部屋に戻りました。万が一、私を認識できる人がいたら困りますからね」
息を呑む。
実際、ここにそういう人間がいるわけで。
「もしも、何かを目撃していたら私はその人も殺すつもりでした」
チラリと部屋の扉を確認する。
あそこまで走って逃げられるか。彼女はベッドに座っている。本気で走れば、多分追いつかれる前に部屋の外に出られるはずだ。
「実際、東雲さんは部屋に入って来たときに私を認識していました。分かるんです。私が見えている人の目の動きが」
「……じゃあ、私の部屋にいたのは看病とかそういうのではなくて。殺す為に?」
コクリとシスターは頷いた。
迂闊だった。素直に相手をしなければ良かったかもしれないと思いつつも、そんなエスパーみたいな真似できるわけないだろと冷静に指摘する己もいる。
「ですがご存じの通り、殺すことは出来ませんでした。東雲さんは別に私を殺そうとしているわけでもないし、危害を加えるつもりもない。そんな無抵抗な相手を殺すことなど、私には出来ません」
「そ、そうですか」
良い事を言っているように聞こえるが、狙われた側からすればたまったものじゃない。今はもう殺すつもりなんてありませんよ、で安心できるほど能天気でもなかった。
ただ、下手なことを言って刺激すれば元も子も無い。
ここはシスターの話に乗っておくのが最良だろう。
「ですが、これだけは覚えておいてください。私は好きであの人を殺したわけではないと」
「はい。分かっています」
この舞台を設定したのは不思議現象である。ただし、こいつはあくまで事件を解かせる為の舞台。干渉して人を殺させたわけではない、と思いたい。
仮にそうだとしたら、あまりにもシスターが哀れだ。
「…………」
「? どうしました?」
「いえ」
しきりにこちらの表情を窺っている。そんなに何度も確認されても、困惑の表情しか浮かべられない。
何か言って欲しい言葉でもあったのだろうか。そういう機微には疎いので、期待するだけ無駄だ。
「この吹雪が止めば、すぐに自首しようと思っています。いくら襲われたからといって、私が彼を殺してしまったのは事実ですから」
「そうですね。あ、でもちょっと待ってください」
そう言って、己は扉を開けた。
案の定、窓の外の吹雪は勢いを弱めている。真犯人が自白したので、この舞台も終わろうとしているのだろう。
不意に、手首を誰かに掴まれた。
「あ、あの……」
シスターが不安げにこちらを見ていた。
「窓の外を見てください。もうすぐ吹雪もやみそうですよ」
罪の告白をしたばかり。不安になるのも仕方は無い。
だからせめて安心さえようと、己は窓の外を指さした。
シスターはホッとしたように笑みを浮かべる。
「本当ですね」
長いようで短い日々だったが、それももうすぐ終わりを迎える。
シスターにとっては、これからが辛く厳しいものになるかもしれない。だけど、少しでも彼女の未来に幸があることを己は祈った。
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