第039話『4月08日』
事件は解決しない。いい加減、冒険者の話も聞くべきだと思った。
管理人だけの話で判断するわけにもいかない。
そもそも、これだけ問い詰められても何も言わないのだ。本当に殺していない可能性もある。
まあ、一方的にまくしたてられて白状する犯人などいないのだが。
「ですので、すみません」
「……いいだろう」
今日も今日とて冒険者に食って掛かろうとする管理人をなだめ、なんとか己が話をする機会を得た。
平行線の議論にも飽き飽きしていたところだ。
それに別件の問題もある。この殺人事件はとっとと解決しておきたい。
「もうね、ぶっちゃけるけどね! 俺、実は泥棒なわけよ!」
部屋に入るや、とんでもない自白をされた。
冒険者の顔には疲れの色が濃くでている。毎日のように管理人と言い争っているのだ。しかも、こんな閉ざされた屋敷の中で。誰だってメンタルをやられる。
「この屋敷にも泥棒するつもりで入ったわけ。んで、あそこで死体を見つけたわけじゃん? 何か持ってないか探ったけど、結局何も見つからなくて。そうしたら、あのジジイが来たわけよ」
「はあ」
素直に泥棒してました、と言うわけにもいかず。仕方なく嘘を吐いたということか。
「じゃあ過去にも似たようなことをしていたと」
「まあね。それで何度か捕まったこともあるけどさあ。別にそこまで金目のものを盗んだわけじゃないんだよ。ちょっと小銭稼ぎというか、お小遣いみたいなもんだし」
悪びれた風はない。放って置いたらまたやるだろう。
ただ己は正義の味方ではないし、職務に忠実な兵士でもない。この際、事件が解決するのなら彼が何をしようとどうでもよかった。
「だけど兵士までいるじゃん。素直に言ったら絶対捕まるし。だからもう必死に言い訳してたんだけど、もういい加減限界っつうか」
挙動不審な態度も、兵士が顔を覚えていた理由も解決してしまった。
勿論、冒険者が一番怪しいことに変わりはない。ただ本当に人を殺してしまったのか。そういう疑惑は薄くなる。
「じゃあ被害者とも」
「見たことも無いわ。つーか、なんだあのベール。どこの秘密結社よ」
泥棒に入ったところで、陰陽師に見つかる。取引のこともあり、排除しようとしたので抵抗。うっかり持っていたナイフで殺してしまった。
ありえない話じゃない。
ただ、彼は血の一滴もつけずに現場へ立っていたという。そんなことが可能なのだろうか。
「他に知ってる顔も無いと」
「まあね。ここらは空いた屋敷も多いうえ、何故か備蓄もしっかりしてるって聞いたから。それなら拝借して、金に換えてやろうかと思って来たわけ。管理人の顔も知らなかったぜ」
過去二度の体験で備えていたことが災いしたか。こういう泥棒も招き寄せてしまったらしい。
その恩恵に預かっている己からしたら、若干の憤りも覚えるが。今はそこで言い争いをしていても始まらない。
「だからこそ、逆に俺はあの管理人が怪しいと思ってるんだよ。普通、こんな屋敷に沢山の備蓄とか置くか? 何か隠してるんじゃね?」
隠していると言えば隠しているが、それは殺人事件とは関係のない話だった。
だからといって、素直に全部を伝えるわけにもいかない。
「じゃあ、あの管理人さが怪しいと。そういうわけですか」
「……まあ、俺は犯人じゃないし。だったらもう残る容疑者はもう二人しかいないじゃん。なあ?」
眼光が鋭くなる。
シスターや商人と兵士は一緒にこの屋敷に入った。冒険者は違う。そうなったら疑わしいのは管理人と己だけである。
実際、己は何のアリバイもない。そして証明もできない。他の場所から転移してきたのだから、出来るわけが無かった。
「俺も違いますよ。というか、本当にこの屋敷の中にいるんですかね?」
あれだけ大量の血液を流していたのだ。犯人も返り血を浴びていないとおかしい。
それなのに、容疑者の中にそれらしい人は誰もいなかった。
どこかに隠れているか、あるいは外にいると考えた方がまだ自然である。
「外にいるって? それは絶対に無いだろ。こんな吹雪の中で外出してみ。即死よ、即死」
「だったら、まだ屋敷の中に隠れているとか」
「散々、俺らで探したじゃん。しかも、ここで生活してんのよ。今更、他に誰かいましたとかありえないって」
確かに、それらしい気配はなかった。
別の気配は窓の外からしているが、それはもう別件なので数えないことにする。
いよいよ袋小路に迷い込み始めた。探偵役はどこにいるのだろう。とっとと出てきて、皆を集めて推理を披露して貰いたい。
食事も寝床もあるものの、屋敷の中で何日も暮らすのは苦痛でしかない。
「あるいは、兵士のおっさんとかが何とかして殺したとか? 兵士なんだから、なんかそういう魔術とかも使えるかもしれないじゃん」
「それは難しいような気もしますけど」
実際、誰がどういう魔術を使えるのは自己申告制だ。適性ですら嘘を吐ける。
あるいは兵士の魔術の適性があり、返り血を消したとすれば。そして何とかしてシスターたちに合流して、何食わぬ顔で死体を発見。
まあ、これが正しいのなら誰だって何でも出来ることになる。
商人やシスターにだって犯行は可能だ。
前の探偵はどうやってこの難事件を解いたのか。詳しい解説が欲しかった。
「とにかく、俺はもう正直に告白することに決めたよ。あのジジイも、いい加減鬱陶しいからな。まあ、それはそれで別のことでガミガミ言ってきそうだけどよ」
ますます語気を強めそうな気もする。泥棒なんだから殺人ぐらいやってるだろうと、更にヒートアップする未来しか見えなかった。
そして己は冒険者の部屋を出る。
疑問は幾つか解決した。そして更に深みにはまった。
一体、誰が陰陽師を殺したのか。まるで分からない。
「…………」
窓の外は吹雪、白い女は近づいてきている。
一向に状況はよくならない。それもこれも、全部は探偵役がいないせいだ。己は残念ながら、そういう役割には向いていない。長文でトリックを説明されても、殆ど流し読むタイプだ。
むしろ人間ドラマとか、そちらの方に重きをおいている。
こういうミステリの現場に放り込まれても、意外な真犯人に驚くことしか出来ない。
これまではちゃんと探偵役がいたというのに、どうして今回はいないのか。
憤りと共に歩き出し、やがてピタリと足が止まった。
「……探偵役がいない?」
根拠はない。ただの推測だ。
だが、そう考えれば納得はいく。
探偵役はいたのだ。最初から。
ただ、殺されてしまっただけで。
「もしかして、あの殺された奴が探偵役だったのか?」
被害者が探偵であってはならない。そういうルールはどこにもなかった。
だとしたら、致命的な問題が発生する。
探偵役が消えた殺人現場で、一体誰が真犯人を突き止めるのか。
ここにいるのは容疑者だけで、誰も明確な推理など出来なかった。
もしかして、一生このままなのではないか。
己に寒気が走ったのは、外の吹雪のせいではない。




