第038話『4月07日』
シスターは料理を作り、兵士は警戒のつもりなのか。屋敷の中を定期的に探索している。そして管理人と冒険者は今日も言い争いを続けていた。
そんな中で、商人だけは頑なに部屋から出てこようとしない。シスター曰く料理は減っているので、誰もいないタイミングで食事だけはしているのだろう。
初日は普通に皆と接していたのに、どうしてこうも引きこもるのか。
何度か扉を叩いてみたが、気にしなくていいという返事しか返ってこなかった。
「色々と話を聞きたいんだがなあ」
そんな彼と偶然出くわしたのは、深夜のことだ。
誰から話を聞いても、最終的には冒険者が怪しいという結論に落ち着く。仕方ない。犯行現場になんとなく入って、ボーッと立っていた男だ。これを疑わないなら、誰を疑えばいいのか。
ただ、動機については全く分かっていない。そこを反論されると、さすがの管理人も黙る場面が幾つもあった。
相手は組織の陰陽師。ただの冒険者が殺す理由などどこにもない。
「白状する様子も無いしなあ。他に犯人がいるとして、やっぱり管理人さんか?」
なんとなく目覚め、トイレに行く途中のこと。
ふと、廊下に人影を見つけた。まさか窓の外の女かと、一瞬身構える。
だが、どう見ても膨よかな体型をしている。あの女ものとは思えない。
「あの」
「っ!」
声をかけるや、慌てて逃げ出そうとするも足がもつれて倒れてしまった。大丈夫ですかと手を差し伸べたところで、ようやく相手が商人だと気づく。
久しく顔を合わせなかった間に随分と顔色は悪くなっていた。目の下のくまも酷い。
「大丈夫ですか?」
「き、気にしないでくれ。別に何でもない。私はすぐに部屋に戻るから」
手をとることなく、モタモタと起き上がろうとする。
しかし体力が落ちているせいなのか、息があがって上手く立てないようだ。
こっそり食事をとっているものと思っていたが。この様子だと、あまり食べられないのかもしれない。
「何か食べられるものを持ってきましょうか?」
「結構だ! 何を入れられているのか、分かったもんじゃないからな」
失礼な話だと憤りにそうになるも、よく考えたらここで人が死んでいる。これぐらい警戒するのが当たり前かもしれない。
ただ、警戒しすぎるのも考え物だ。ここは閉鎖空間。そしておそらく犯人が見つかるまで出られない。
長期戦になりそうだ。だから、食事はしておいた方がいい。
「そうかもしれませんけど、食べなければ餓死してしまいますよ。それに空腹は良くない。悪い考えばかり浮かんで、心も身体も参ってしまいます」
実際、浮島にいた時はそうだった。あの赤い木の実がなければ、今頃はあそこで飢え死にしていただろう。
「……それは分かっている。だが私は命を狙われているかもしれんのだ。おそらく次に殺されるのは私だろうな」
「えっ」
頭のどこかで、これで犯人を見つければいいだろうという考えがあった。そういうルールなのだから、今はとにかく犯人を自白させよう。そうすれば外に出られると。
しかし、別にこれで終わりだと決まったわけではない。次の事件というのもあるのだ。
こちらの様子を窺っていた商人は、驚い己の顔に呆れたのか。露骨に肩の力を抜いた。
「それが演技だとしたら大したものだな。あるいは、余程能天気なのか」
「そ、それよりも。命を狙われてるなんて、考えすぎではないでしょうか」
商人は己の発言を鼻で笑った。
「事実だ。まあ、貴様が犯人であれば知っているし、そうでなくても別に知って困ることはないのだが。私はあの被害者と何度も会っている」
驚いて言葉にもならない。
だが考えてみれば盗賊も組織と繋がりがあった。商人の中にも、顔見知りの者がいても不思議ではない。
「ベールを捲って顔を確認したから間違いない。同郷の友人だったからな。さすがに顔を見間違えることはない」
「友人……」
突然発生したものでなければ、奴らにも故郷はあるのだ。そこで友がいただけのこと。
どこか異質な存在と見ていたので、故郷だの友人だのといった単語に過剰反応してしまう。
「その伝手もあり、あいつから美味しい話を何度も持ち掛けられたよ。どうも得体のしれない奇妙なものを集めているらしいから、各国を巡って探したもんだ」
それを集めては破壊していたのだろう。盗賊と同じだ。
ただ、こちらは人ではなくアイテム専門だったと。
組織の人材にも限りがある。どうにもならない所は、人を雇って対処していたのだろう。
「本当なら、ここでその商品の受け渡しをする予定だった。だが突然の吹雪に、予定外の同行者だ。取引は中止して、他人のフリでもしておくべきか。そう思って屋敷に入ってから、心底驚いたよ」
商人は顔を押さえて蹲る。
「あいつが殺されていた。間違いない。この取引を知った誰かが、俺達を殺そうとしているんだ」
「それは……取引と事件は無関係かもしれませんよ。ほら、物取りの犯行とか」
管理人の話によれば、これはあくまで不思議現象の一つ。別に商人が取引しようとしまいと、結局はこの事件が起きたかもしれない。
「あいつはよく分からない武装を固めていた。生半可な奴じゃ不意打ちだって殺せない。ましてや物取りが殺せるような奴じゃないんだよ」
無抵抗の蒸気馬を葬ったイメージしかないので、そこまで強いとは思わなかった。
「ではその、変わったものの仕業という可能性は? そういうものを集めて売っていたんですよね?」
兵士たちとは違い、商人はこちら側だ。
ならば管理人の言っていた不思議現象だって、理解があるかもしれない。
「ああ、俺がな。あいつはあくまで受け取る側だ。俺が先に殺されるのなら、まあ理解は出来るけど。どうしてあいつが先に殺されてるんだ?」
「それは、どうしてでしょうね」
まだ取引をしていないのだから、被害者が変なアイテムを持っているわけがない。
そもそも不思議現象は、ずっと前から起こっていたのだ。彼らの取引は関係ないだろう。
「だが、俺はそれが原因じゃないかと疑っているんだ。犯人は俺達の取引を知っていたが、詳しく知っていたわけじゃない。だからアイツがアイテムを持ってると勘違いしたんだ」
それで殺したはいいものの、アイテムがなくて途方に暮れていた。
そこに商人たちが現れたので、取引相手が持っているに違いない。そう思って次は商人を殺そうとしている、らしい。
「でも、それだとおかしいですよね。彼がそこまで強いのなら、やはり簡単に殺されるとは思えない」
「だから仲間に殺されたんだろ。あいつがあれだけ強くなれたんだ。他の仲間だって同じぐらい強いに決まってる」
なるほど。組織内部の抗争と考えているのか。
そして、この中に同じ組織の人間がいると。
「だからこそ、言っておくぞ。俺はもうアイテムを持っていない」
真剣な表情でこちらを見つめる。誰が犯人でもいいのだ。ただ彼は訴えたいだけ。
自分はもうアイテムを持っていない。だから狙われる理由はないんだぞと。
勿論、己は犯人ではない。そんな事を言われても困るだけだ。
「それは分かりまし……ん? もう持ってないというのは?」
「ああ。死体を見つけただろ。あの晩に砕いて壊した」
命を狙われるくらいなら、いっそ壊した方がいい。
そういうことだろう。
「え? 壊して大丈夫だったんですか?」
「あいつは役に立つものじゃなくて、意味不明なものを集めていたんだよ。今回のも何に使うのかサッパリなものだった。白い女が映る皿だが、本当に映るだけでそれ以外は何も起こらない」
窓の外を見る。
白い女は昨日よりもこちらに近づいていた。
当然、商人にも見えていない。
「……別枠かあ」
「?」
管理人もタイムリミットについては何も言わなかった。今回だけの特例措置かと思ったのだけど。
単純に別現象だったらしい。
つまり犯人が分かったとて、あの女は近づいき続けるということになる。
「とにかく、俺はもう何も持っていないんだ。他の奴らにもそう伝えてくれ。ああ、それと吹雪が止んだら教えてくれよ」
そう言い残し、商人は部屋へと戻って行った。
吹雪が窓を揺らしている。




