第036話『4月05日』
吹雪は止まず。さりとてする事も無し。
いや、正確にはしてはいけない。
閉ざされた冬の屋敷に娯楽などなく、仕事らしい仕事もあるわけがなかった。そもそも殺人事件が起こっているのだ。やる事があるとすれば、それは犯人捜しのみ。
そんなものを密室でやればどうなるのか。人間関係が荒むに決まっている。
管理人と冒険者は相変わらずいがみ合っていた。歩み寄る兆しすらない。
シスターは食事を用意してくれるものの、あまり他人とは関わらず。商人と兵士もあまり部屋から出てこない。
かくいう己も、なるべく部屋の外には出ないようにしていた。殺人鬼がいるかもしれないのだ。ノコノコと調査するほど、強くはない。
「現実じゃあ、名探偵ってわけにもいかないよなあ」
暴いたところで逆上して殺されるかもしれないのだ。
今はただ、吹雪が止んで全部忘れて立ち去ることを願うしかない。
管理人は今日もイライラしていた。空腹で気が立っているわけではない。
冒険者の言い争いに決着がつかなかったのだろう。お互い証拠も無しに言葉をぶつけあっているだけ。このままでは永遠に解決はすまい。
かといって、己が解決してやろうという気もなかった。それが出来るのは真犯人を知っている奴だけである。
「ふん!」
鼻息も荒く、廊下を踏み鳴らしている。
態度はどうあれ、彼のおかげで助かっているのだ。礼は言うべきだろう。
「お疲れさまです。何か進展はありましたか?」
「どう考えても、奴が一番怪しいというのに。全く白状する気配すら見せん。あんなのと閉じ込められることになろうとは、嘆かわしいわ!」
顔を真っ赤にして憤慨している。心の底から冒険者を疑っているようだ。
屋敷に来たら、奴が忍び込んでいたのだ。疑う気持ちはよく分かる。
「しかし、管理人さんがいなければ我々は大変なことになっていましたからね。彼もそこは感謝しているんじゃないでしょうか」
「どうだかな! 今のところ、礼の一つもなかったぞ!」
これだけ疑われているのだ。素直に感謝しづらいのかもしれない。
実際、冒険者は怪しい。一番怪しい人物を挙げろと言われたら、己でも彼の名前を出す。
転移したわけでもないのに、偶然この屋敷に来た。そして気づいたら人が死んでいた。そんな言い訳が通用するのなら、この世に犯罪者は存在しない。
「心の中では感謝しているのかもしれません。今はその、色々と疑心暗鬼になっているので。彼も言葉にしづらい可能性もあります」
「…………ふん」
ただ、あくまで状況証拠に過ぎない。誰がやったのか、決定的な証拠もなければ目撃証言もなかった。ただ直感と印象で、誰が犯人っぽいという疑い合戦をしているだけで。
客観的に見れば、己も十分に怪しいのだ。
「まあいい。こういう時の為に備蓄は用意しておいたのだからな」
「え? こういう時のためですか?」
口が滑ったと自覚したのか、管理人の舌打ちが聞こえる。
まさか殺人事件を事前に知っていたというのか。だとしたら、最も怪しい人物は管理人ということになる。
疑いの気配を察知し、仕方なくという感じで管理人は口を開いた。
「信じるか信じないかはあんたの自由だ。だが、本当にあったことだぞ。この屋敷で殺人事件が起きるのは、これで三度目だ」
どこぞでは貴族が皆殺しにされ、こちらでは三度目の殺人事件。なんとも異世界は物騒な治安をしている。
「三度目、ですか」
「ああ、それも毎回必ずこうやって吹雪で閉じ込められた時にな。一度目にも巻き込まれたが、その時は大した備蓄もなく。酷い目に遭った。あれ以来だな、どこの屋敷にも備蓄を用意するようになったのは」
疑心暗鬼の閉鎖空間で、限られた備蓄。想像するだけでも恐ろしい。新しい殺人事件すら起きそうだ。
あるいは、それに似た何かはあったのかもしれない。
それがトラウマになったのだとしたら、こうして備蓄を用意するのも頷けた。
「正直、意味のない行為だと思っていた。吹雪けば閉ざされるような屋敷だからな。正直、なかなか買い手もつかん。備蓄を用意したところで、あんな事はもう起こらないだろうと思っていた」
「それが起きたと、そういうことですか」
管理人は頷く。
その表情は苦虫を噛み潰したようだ。
「二度目もまた吹雪で閉ざされた中だった。一度目は知らん奴だったが、二度目はここの掃除を任せておった奴でな。そいつがあの、同じ場所で胸をナイフで刺されて死んでおった」
なんとも薄気味悪い話だ。よくこの屋敷を放棄しなかったものだと、逆に感心すらする。
己なら速攻で全部燃やしていただろう。
「それで?」
「一度目も二度目も変わらん。犯人が罪を認めたら、急に吹雪が晴れた。だから、今回もおそらくそういう事なのだろうな」
執拗に冒険者を問い詰めるわけである。彼だけは、この状況から逃れる術を知っていた。
だが疑問も残る。どうしてそれを皆に言わなかったのか。
いや、言えなかったのかもしれない。己はいい。そういう体験を腐るほどしてきた。
「なるほど。私も似たような体験をしてきましたから。疑うことはできませんね」
「ふん、他の連中があんたみたいに物分かりが良ければいいんだがな。そうして皆で協力すれば、すぐにでも外に出られるだろうよ」
犯人を見つけたら吹雪は止みますよ。そう言って、協力してくれる人間がどれほどいるか。
それは関係ないだろ、とツッコミを入れられる未来しか見えない。吹雪と殺人事件。どう関係しているのか、説明しろと言われたも無理がある。
だからこそ、管理人も何も言わずに犯人らしき男を問い詰めていたのだろう。
「じゃあ、管理人さんはあの冒険者が犯人だと確信しているんですね」
「当然だな。儂があの部屋に入った時、奴は死体の側で立っていたんだぞ。もしも見つけたばかりなら、それこそ悲鳴の一つもあげるだろうに。無言で死体の側に立っている奴が、犯人じゃないなどありえるか?」
証拠にはならない。だが怪しさは満点だ。
普通の人間は、死体の側に無言で立たない。何か目的があってのことか、あるいはそいつが犯人だ。
もっとも、これはあくまで推測。これだけで犯人を追い詰められるとは思えなかった。
いくらでも言い逃れは出来そうだ。
「可能性は高いと思います。ただ、仮に彼が犯人なら返り血とか浴びていてもおかしくはないでしょう。あの死体は大量の血を流していましたし」
「そこは……なんか上手くやったのだろ」
肝心な部分は曖昧だ。これでは冒険者も反論したくなる。
「ちなみに前の時はどうやって罪を暴いたんですか」
「儂は見ていただけだ。一度目は賢そうな男が、二度目はオドオドした女が犯人を言い当てた。色々と喋っていたが、なんだか小難しいことを言っておったからな。正直、よく覚えておらん」
つまり一度目と二度目には探偵役がいたのか。その割に今回の事件ではそういう人間が見当たらない。
まさか、己がその役割に当てはめられたわけでもあるまいし。
それとも頭脳明晰な小学生や高校生が、この屋敷のどこかにいるのだろうか。
「とにかく、犯人が罪を認めればそれで終わりだ。とっと奴が自白すれば、すぐに外に出られるだろうよ。全く、なんという強情な犯人だ。どう考えても、奴しかおらんだろうに」
また怒りが再燃したのか、肩を怒らせながら部屋に戻って行った。
ルールを知りながら犯人を捜している。管理人は真犯人ではなさそうだ。
勿論、どんでん返しで彼こそ真犯人という可能性もある。今までの話も全部嘘だったと言われたら、否定する材料はどこにもない。
「とはいえ、今は信じるしかないんだよなあ。吹雪も止む様子はないし」
外を見る。
猛吹雪の中で、白い顔をした女がこちらを見つめていた。
昨日もそこにいた気がする。いや気のせいだろう。気のせいという事にしておこう。
外に出て確かめるわけにもいかないのだ。
こちらに干渉してこないものは、こちらも干渉しない方がいい。長くない異世界生活で覚えた、ありがたい教えである。




