第035話『4月04日』
翌日になっても吹雪は止むことがなかった。
ただ幸いなことに、屋敷の備蓄は十分だった。
管理人曰く、
「この辺りは突発的に猛吹雪が襲ってくる。そうなった時の為、複数人が長期間暮らせるだけの備蓄は常に置いてあるのだ。なので逐一、それのチェックに来ていた」
そこで怪しい冒険者を発見した、というわけだ。
恩恵に預かっている身からすれば、感謝の言葉しかない。管理人が手を抜いていれば、凍死か餓死かの選択を迫られていた。
寒くはあるが、部屋もある。外に放り出されることもない。
あの死体さえなければ、平穏無事に晴れるまで待つことができただろう。
「…………一応、部屋に鍵はあるけどさあ」
管理人が真犯人なら、マスターキーがあってもおかしくない。こんなものは気休めに過ぎなかった。
突然やってきた己を殺す動機があるのか。
だが、世の中には動機がなくても殺せる輩がいる。警戒しておくに越したことはない。
不幸中の幸いが他にもあるとすれば、それはシスターに料理の適性があることだろう。
キッチンに入ると、作られたばかりの料理の香ばしい香りが充満している。
「おはようございます」
「おはようございます。良ければ朝食を作ってみたのですが、如何でしょう?」
彼女の腕前は昨夜、証明済みだ。適性があるのは伊達じゃなく、涙が出るほど美味しかったのを覚えている。
ただ、いかんせん人死にが出た後。料理に手をつけたのは己だけだった。
誰も彼も言葉には出さなかったけれど、料理自体に警戒をしていたようだ。
「ありがたくいただきます」
パンにスープ。そしてカリカリのベーコン。ホテルの朝食もかくや、という品ぞろえ。これが閉鎖された屋敷で食べられるのだから、何の文句があろうか。
毒を警戒して食べないなんて、勿体ないとしか言えない。
「他の人たちも、食べてくれるといいんですけどね。これだけ美味しいんですから」
「仕方ありませんよ。私だって、今でも正直信じられないのですから。病で亡くなる方は何度も見てきましたけれど、あんな風に……」
聖女を見習っているのなら、各地で病人を治療してきたということになる。苦しむ人や、そのまま亡くなる患者は沢山見てきた。しかし、それと殺された死体は別物ということか。
まあ、医者だからといって殺人事件に動じない理由もない。そういうものなのだろう。
「俺もこういうのは慣れていないもので。早く吹雪が止んでくれるといいんですけどね」
あまり深くは考えまい。食事が喉を通らなくなる。
「そうですね。ただ……東雲さんはどちらの方だと思います?」
質問の意図が分からず、一瞬言葉に詰まる。
真犯人は誰かということだろうか。シスターは商人や兵士と一緒にやってきた。そして己は己が犯人でないことを知っている。
必然、候補に絞られるのは二人。管理人と冒険者だ。
そのどちらが犯人なのか。ぶっちゃけ、どちらも疑わしい。
「冒険者の方は何か隠しているようでしたし、偶然立ち寄ったところで殺人事件というのも都合が良すぎる気もします。逆に管理人も、彼ならばここで熟知しているでしょうから。そこで人を殺そうとしても不思議じゃない」
「私は料理は作れますけど、戦う適性を持っていませんから。何かあれば抵抗するのも難しいでしょう。かといって、二人とも追い出すのも心苦しいです」
片方は真犯人だとしても、片方は一般人だ。それを吹雪の外に放り出せば、どうなるのかは想像するまでもない。己としても、そんな纏めて始末してしまえ、みたいな選択肢は取りたくなかった。
「シスターは何か気づきませんでしたか? ここに入ってきた時に」
残念ながら、己は突然の転移に動揺していた。それに己が死体を発見したのは一番最後だ。何か気づいたことはないか。必死に思い出そうとしても、何も思い浮かばない。
「いえ、入った時には何も気づきませんでした。三人で屋敷を探索していた時も、特にこれといっては。強いて言うなら、言い争うような声が聞こえて、そちらに向かったらあの二人がいたという程度で」
六人もの人間が、この屋敷で生活しているのだ。一般家庭より広いとはいえ、そこまで広大でもない。部屋の数だって十を少し超えるかどうかというレベル。そして外に出ることは不可能。
己たち以外の誰かが、隠れているという可能性は排除してもいい。
そう考えると、やはり怪しいのはあの二人だ。
「皆さんが入ってきたときには、もう吹雪が始まっていたんですよね?」
「……はい」
その後に探索をして、最後に死体とあの二人を発見したと。
殺した後に屋敷を飛び出した、というのは無さそうだ。
「まあ、吹雪く前に屋敷に侵入して殺害。その後、逃走してから二人が死体を発見した。という可能性もありますけど」
「あの」
探偵ばりに推理を働かせていると、不意にシスターが問いかけてきた。
若干、彼女の表情に怯えの色が見える。
「何でしょう」
「吹雪く前から、私達は屋敷の中を探していました。その後に吹雪が始まったんです」
「そうみたいですね」
その時にはまだ盗賊に脅されていたので、己はよく知らない。
「では、東雲さんはどこにいたんでしょうか?」
こんなにも寒いのに、背筋を汗が流れて行った。
まずい。まずすぎる。
探偵気取りが一転、容疑者扱いだ。
「調べている時に、東雲さんの姿はどこにもありませんでした。屋敷をウロウロしていて、あの方を発見したと言っていましたけれど。具体的に、いつこの屋敷に入ったのですか?」
怯えながらも、シスターの質問は鋭い。
吹雪の前からいたんですよ、と答えるのは簡単だ。しかし、先ほど己が言ったばかりではないか。その前からいた奴が殺していた可能性もあると。
二人がやっていないと激しく主張するのなら、その前からいた奴が怪しいということになる。
ならば、彼女たちのちょっと前からいたんですよと言うべきか。いや、それならばどうして二人に気付かなかったのか。そう言われたらどう答えればいい。
「それは、シスターたちの後ですよ。吹雪になったので、慌てて屋敷に入ったんです」
「……歩くのも大変なぐらいの吹雪だと思ったのですけど。それぐらいの余裕はあったのですね」
出れば即死の吹雪らしいが、絶対即死かどうかは出ないと分からない。苦しい言い訳だとしても、こちらはそう主張するしかない。
真実を話しても誰も信用してくれないのだから。組織の陰陽師でさえ、色々と質問して確認しようとするぐらいだ。一般人に説明しても、理解して貰えるとは思えなかった。
「………………」
「………………」
気まずい沈黙が訪れる。
シスターとて、己が犯人だと確信しているわけでもあるまい。
ただ疑わしいから質問しているだけなのだ。
「あ、ご馳走様でした」
そそくさと朝食を済ませ、部屋の外に出る。出たからといってやる事はない。ないのだが、あのままシスターと同じ空間にいるのは厳しいものがある。
どれだけ言い訳しても、真実を語ることは許されないのだから。喋れば喋るだけボロが出る。そんな負け戦はしたくない。
「ん?」
ふと、窓の外を見た。
「おはようございます。おや、どうかされましたか?」
気が付けば、兵士がこちらに歩いてきていた。釣られるように窓の外を見るも、そこにはもう何もない。
「おはようございます。いやその、誰かが立っていたような気がして」
「ハハハ、それはありえませんよ。この地方の猛吹雪は有名ですからね。外に出れば、どんな屈強な男だって即座に凍死します。普通の人間であれば、外にいるなんてありえません」
こちらの話を笑い飛ばし、そのままシスターのいる部屋へと入って行った。
己は何も言わなかった。問い返さなかった。
じゃあ、普通の人間じゃなかったらありえるのですかと。




