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第034話『4月03日』


 目を覚ました己を、木製の天井が出迎えた。

 微かな頭痛と共に身体を起こす。忘れもしない。どうやら陰陽師の死体を見て、とうとうキャパをオーバーしてしまった。盗賊からの殺人で、さすがの脳みそもギブアップしたらしい。

 蒸気馬の駆逐や、下半身男の消失は見ても、人間の死体は見てこなかった。それをいきなり突きつけられたのだから、平和な世界の人間としてはショックも受ける。


「……ここは?」


 問いかけて意味がないことは理解していた。また己は転移してきたのだ。

 盗賊のアジトが、突然こんな吹雪の中に取り残されたとは思えない。


「お目覚めですか?」


 ベッドの側に人が座っていた。

 おっとりとした垂れ目が特徴的な、シスターのような服装の女性。当然、見覚えは無い。


「あなたは?」

「私はエクレシア。教会から派遣されたシスターです。それよりも、あなたは突然倒れたのですよ。大丈夫ですか?」


 心配そうに頬を撫でてくるエクレシア。久しぶりの人の温かみに、思わず頬が赤くなる。

 柔らかな喋り方も、こちらの警戒心を溶かしてしまうようだ。


「大丈夫です。色々とありまして、ちょっと衝撃が強すぎただけで。今はもう問題ありません」

「それならばよいのです。万が一、あなたに何かあっても医者を呼ぶことも出来ませんからね」


 そう言って、エクレシアは窓の外を見た。そこでは相変わらず、吹雪が荒れ狂っている。


「確かに出るのは難しそうだ」

「難しいどころではありませんよ。出ればすぐに凍って死にます」


 どうやら己が持っている吹雪の知識は、何の役にも立ちそうになかった。異世界の吹雪は恐ろしく、容赦がない。


「では連絡をつける手段もないと。そういうことですか」

「ええ。この吹雪が止むのを待つしかありません」


 現代ならば携帯なり、無線なりと手段は豊富に用意されている。よほどの僻地でない限りは、すぐに救助の連絡を入れられるのだ。

 それこそミステリのクローズドサークルでもない限りは。

 そこで、己は思い出す。


「あ、そういえば……その、あの死体は?」


 あの部屋に何人いたのか、それは覚えていない。ただ複数の人間がいたのは間違いない。

 そして、その真ん中に陰陽師らしき人物の死体があったことも。

 エクレシアは困ったように溜息を吐いた。


「はい、今も部屋の中にあるはずです。急にあんなものを見れば、気絶したくなる気持ちもわかりますよ。私も最初に見た時、思わず眩暈がしたぐらいですから」


 あれが蒸気馬を殺していた奴らなのか、それとも尋問してきた奴らなのか。顔を見ていないので、何とも言えない。

 ただいずれにせよ、殺されたラッキーと喜ぶだけの脳みそは持っていなかった。


「私も死体を直接見るのは初めてのことなので」

「そうだったのですか。それは辛かったでしょう」


 優しく頬を撫でられる。

 それであの光景が消えるわけではないが、少しは楽になれた。


「ですが、一体何があったんですか? まさか、誰が殺したか分からないという事はないんでしょう?」


 ミステリじゃあるまいし、それはいくら何でも出来過ぎだ。


「実はその……分からないのです」


 ミステリだった。

 冬の屋敷。連絡はとれない。殺人事件。役満だ。


「私は帝国の各地を巡りながら、困っている人を助ける……いわば聖女様のような真似をしていたのです。それでこちらの北方地域にも訪れたところで、この吹雪に遭いまして」


 それで屋敷に避難してきたら、他にも同じような人達がいたらしい。


「私の他には、あと二人ほど。商人と兵士の方が避難してきようでして。それで三人で屋敷を探索していたら、他の人たちとあの死体が」


 自殺でもないかぎり、誰かが殺したという事になる。

 お決まりの台詞だが、殺人鬼と同じ所で暮らしたくはない。ましてや、ここは閉ざされた屋敷。いつ、己が次の被害者になるのか分からないのだ。

 そして当然、目の前のシスターが犯人かもしれない。

 怪しくない人物ほど怪しいというのは、ミステリの鉄則だ。それが現実に当てはまるのかは別問題だとしても。警戒して困ることはなかった。


「ところで、あなたはどちらから?」


 どうやら相手もこちらを警戒しているようだ。

 無理もない。突然現れた謎の男。誰だって怪しいと思う。

 ただ正直には白状できない。山賊に襲われていたところで、突然転移してこの屋敷に飛ばされたんですよ。という真実を誰が信じるものか。

 変な言い訳だと思われ、疑われるのが関の山だ。


「私も似たようなものです。屋敷の中をウロウロしていて、それであの部屋に入ったら、というわけで」

「……そうでしたか。誰なのかは分かりませんが、亡くなって良い人などいないのですから。痛ましいことです」


 シスターはそう言って、目をつむって何かに祈り始めた。

 この世界にも神はいるのか。それとも神がいると信じられているのか。

 どちらにせよ、己も同じように祈っておいた。











 いつまでも寝ているわけにはいかない。何があったのか、詳細を知らなくては。

 そう思い、エクレシアと共に部屋を出る。


「だから、お前が正直に話せば全て解決するのだ! どう考えてもお前以外に犯人はいないだろうが!」

「知らねえって言ってんだろうが! 大体、怪しいならあんたが一番怪しいだろ!」


 廊下に響き渡る怒鳴り声。若い男と中年男性が激しく言い争っている。

 何事かと、隣のエクレシアに視線を向けた。


「この屋敷の管理人の方と、偶然ここにいたという冒険者の方です」


 なるほど。管理人ならば屋敷の中に精通している。

 ましてや、ここは隔離されるような僻地の屋敷。殺人事件を起こしても、本来ならば誰にも気づかれないだろう。

 そして、そこに偶然いたという冒険者。怪しい以外の何物でもない。


「儂は屋敷の様子が気になり、たまたま来ただけだ! 別に怪しいことなど何もしておらん! むしろ、私が来た時には既にお前がいたではないか! 十分、怪しいぞ!」

「そ、それはちょっと迷い込んだだけなんだよ! 俺だって何もしてねえっての!」

「まあまあ、言い争っても仕方ありませんよ」


 身なりの良い男が二人の仲裁に入る。おそらく、あれが商人だろう。

 その隣の屈強そうな男が、さしずめ兵士なのか。


「おや。そちらの男性は……さっき気絶した彼だね」

「あ、どうも」


 兵士らしき男に頭を下げる。彼女が己を運んでくれたとは思えない。

 親切な誰かが、あそこまで運んでくれたのだろう。


「大体、怪しいならそこの奴だって怪しいじゃねえか! どこにいたのか誰も知らねえんだから!」

「ふん。お前ほど怪しい奴は他にいないだろうがな!」


 冒険者が矛先をこちらに向けようとする。だが、管理人は既に犯人を決めてしまっているらしい。

 何を言おうと、疑いを逸らそうともしなかった。

 実際、己を疑われたらマズイ。なにしろ、やましい事しかないのだから。


「兎に角、今はあの死体を何とかするべきでしょう。外に出して凍らせておいた方がよいかもしれない。腐敗はしないとしても、あまり死体のある部屋で生活するのはよろしくない」


 兵士はそう言ったが、シスターが難色を示す。


「不幸にも殺されてしまった彼に、その仕打ちはあまりではないかと。せめて誰もいない部屋で眠らせておくというのは駄目なのでしょうか?」

「……見た目に寄らず、心優しいことですね。分かりました。では、誰か運ぶのを手伝ってください」


 死体に触りたくないのか、誰も手を挙げなかった。

 仕方ない。渋々ながら己が手を挙げる。


「助かります」

「いえ」


 それを合図に、再びに管理人と冒険者は言い争いを始めた。商人とシスターがなんとか宥めようとしているが、効果は全く無い。

 喧噪から離れるように部屋に入ると、やはりそこには陰陽師の死体が転がっていた。

 胸には深々とナイフが刺さり、辺り一面に血を垂れ流している。


「うっ」


 濃厚な血液の臭いに、思わず嗚咽が漏れた。


「あまり無理をしない方がいい。私は仕事柄、こういうのには慣れていますからね」

「いえ、お手伝いします」


 密室の中だ。いつ、己が疑われるか分かったものじゃない。

 何らかの貢献はしておいた方がいい。

 親密度は上げて損をするものではないのだ。


「あ、自己紹介を忘れていましたね。私はパーカー。この帝国の兵士です」

「東雲誠也。冒険者をやっています」


 死体は冷たく、まるで物のようだった。

 気を紛らわせようとしてくれているのか、兵士の口数は多い。


「冒険者だったのですか。私も一度は目指した事があるんですけどね。やはり、どうしても冒険者は不安定な職業だという意識が強くて。ついつい安定志向で兵士を目指してしまいました」

「いや、それは間違ってませんよ。その日の生活もままならない感じで、なれるものなら私も兵士になりたかったです」

「ハハハ。もっとも、こちらは命の危険もありますから。一長一短かもしれませんね」


 雑談しながら、陰陽師の死体を物置のような部屋に運んだ。

 近くで見れば見るほど、生々しい。

 あれほど恐ろしい対象だったのに、死んだら別の意味で恐ろしいものになるとは。


「ところで東雲さん。あの冒険者に見覚えはありますか?」

「え? いえ、特には」


 そもそも、帝国に来たのは今日が初めてだ。見覚えなどあるわけがない。

 難しい顔で、兵士は顔を近づけてくる。


「実は、あの顔。どこかで見た事があるんですよ」

「はあ」

「我々兵士に見覚えがあるということは、もしかすると彼。犯罪者かもしれません」


 門番にしろ警邏にしろ、犯罪者の顔は覚えておかないといけない。ましてや重要な犯罪者ならば、見逃すことはありえない。だから兵士はまず、犯罪者の顔を覚える所から始めるらしい。

 だとしたら、彼はそこまでの犯罪者ではない。という事になる。


「記憶が曖昧なので、さすがに殺人犯とかそういう類の犯罪者ではないんでしょうけど。同じ冒険者の東雲さんなら、何か知っているかと」

「いやあ、私は帝国に来たばかりでして。あまりこちらの事は」

「そうですか」


 犯罪者だから人を殺すわけではない。

 だが、彼はそもそも怪しい所がある。

 あるいは彼が犯人なのか。考えてみても分からない。

 残念ながら己に探偵の適性はないし、ミステリはあまり読んでこなかった。

 せいぜい漫画くらいだ。


「いずれにせよ、彼には気を付けた方がいいかもしれません」


 頷きながらも、こう忠告してくれる彼が犯人だったらどうしよう。

 盗賊から逃れたと思ったが、どうやら真犯人が分かるまで、心休まる瞬間は訪れそうにない。


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