第033話『4月02日』
野宿で一晩過ごすのは億劫というのが甘えであると、よく分かった。檻で一晩過ごすことに比べたら、なんと快適だったことか。
幸い、こちらは頑丈な檻のおかげで猛獣に襲われる心配はない。ただ売られる心配はした方が良さそうだ。
まさか、ここまでやっておいて殺すという事はしないと思うが。いかんせん盗賊の考えることなので、何の保証もない。
「食事だ」
ボソボソとしたパンのようなものを与えられる。申し訳程度の水はあるが、なんとも嫌な臭いのする水だ。あまり飲み干したいとは思えない。
他の檻に閉じ込められている乗客たちも、抵抗の素振りすら見せなかった。見せしめとばかりに、顔を殴られた光景を見たばかり。
一晩経っても怪我が治らない男がいるのに、それでも抵抗しようとするなら勇者である。
今はただ黙って、助けが来るのを待つしかない。
当然、助けなど来なかった。ここに金持ちや貴族の子供はいなかったのだろう。
「出ろ」
何の説明もなく、檻の鍵が開けられた。逃がしてくれる、という風には見えない。
よく分からない機械に、武器を持った男たち。そして箱の上に座りながら、こちらを値踏みするような目を向ける男。どう見ても、あれがお頭のように見える。
さすがに抵抗する客もいたが、部下の容赦ない鉄拳で黙るしかなかった。殴って出るか、殴られずに出るか。己たちの選択肢はそれしかない。
「っ!」
無言で指の先を切られる。一瞬、手を切り落とすのかと身構えたが。そういうわけではないらしい。
「順番に、ここに手を入れろ」
随分と古びた筒だ。そこにコードらしきものが繋がっている。
ギルドにあった適性を調べる機械に似ているかもしれない。
「こ、これは何ですか?」
震える声で、客の一人で尋ねた。また殴られる。誰もがそう思った時、お頭が口を開いた。
「これからお前達の適性を調べる。抵抗するな。商品を傷つけたくはない」
それで誰もが察する。こいつらは自分たちを売り払うつもりだと。
その為には適性を知る必要がある。何の適性があるかアピールすれば、値段も吊り上がるだろう。
逃げ出そうにも、部屋の中は部下が固めていた。どいつもこいつも屈強で、おまけに武器を持っている。素手の乗客が立ち向かえる相手ではない。
「…………料理です」
「良し」
機械を見ていた男が、お頭に報告をする。手元の板切れに何かの書類でもあるのか。そこに書きこんでいた。
「お、複製魔術です」
「ほう、珍しいな。お前は長生きできるかもしれん。良かったな」
そう言われて喜ぶ馬鹿はいない。かといって反論も出来なかった。ここで機嫌を損ねれば、それこそ殺されかねない。
「次」
「あ、いや、俺はその……」
武勇伝を語っていた男が、しどろもどろで反論しようとしている。当然、部下によって殴られ、強引に腕を突っ込まれた。
「掃除です」
「…………はぁ。ゴミ適性か」
恥ずかしそうに男は顔を赤らめる。あれだけ武勇伝を語っておきながら、実際は掃除のプロだった。全部ホラだと証明されたようなものだ。
「こういうのに限って反抗してきやがる。いいか、次に変な真似をしたら容赦なくぶっ殺すぞ」
男は赤い顔を青くして、首が千切れそうなほど頷いた。
そして己の番がやってくる。
これはもしかして、マズイのではないだろうか。
「次だ」
健康魔術はいい。そちらは使えるかもしれないし、使えないかもしれない。
だが問題は重宝されるかどうか。そこではなかった。
残り二つのよく分からない適性。
それを、この男たちがどう判断するのか。
「おい、聞こえなかったのか」
息を呑む。いずれにしろ選択肢はない。
抵抗すれば、問答無用で殺されることもあるのだ。
己は言われるがまま、ゆっくりと筒の中に手を入れる。
「健康魔術と…………?」
「どうした」
画面を見ていた部下が、怪訝そうな表情でお頭に顔を向ける。
「片方はアレだと思うんですが、もう片方はさすがに故障ではないかと」
「どけろ」
部下に代わって画面を見たお頭が、同じような怪訝そうな表情になる。
片方がアレ?
『数奇』も『1382400』も、どちらもアレだと思うが。強いていうなら、数字の羅列は故障に見える。
「こいつは隔離だ。まずは全部終わらせろ」
「はい」
促され、一人だけ離される。まるで病人扱いだ。
嫌な予感しかしない。ゴミ適性と言われた彼ですら、同じように纏められているのに。己だけ別枠というのは、まるで不用品のようではないか。あるいは危険物だ。
そういう商品がどういう扱いを受けるのか。廃棄しかない。
まさか、ここで殺されるのか?
「これで全部です」
「よし、あっちの部屋に連れていけ」
そして、己以外の客が連れていかれる。背中を寒気が走った。汗も止まらない。
微かに歯が震えているのも分かる。今にも吐きそうだ。
もう逃げるしかない。だけど、どこへ逃げればいいのか。
部屋に窓はない。あるのは扉が一つだけ。
そこも両側に武器を持った屈強な男が立っている。何の心得もなければ、健康魔術が取り柄の四十歳。挑みかかっても死ぬ未来しか見えなかった。
「さて、名前と年齢と職業は?」
「し、東雲誠也。四十歳です。職業は一応冒険者をやっています」
かつて、これほどの圧迫面接があっただろうか。不合格が死なんて、ちょっとしたデスゲームみたいなものである。
「なら、自分の適性について知っていたな? これは何だ?」
突きつけられたのは、やはり『数奇』と『1382400』の二つ。
「わ、分かりません! 登録の際に職員も不思議がっていました!」
「別に殺そってわけじゃない。ただ隠そうとしているのなら、さすがに命の保証はできねえぞ。正直に話すのなら、これが最後のチャンスだ」
己の両脇を部下が固める。首筋に冷たい感触を当てられた。
それが何なのか、考えるのも恐ろしい。
「ほ、本当に分かりません! 実感も全くありません!」
正直、己は泣いていたのだと思う。尋問された時でさえ、命の危険は感じなかった。ただ理不尽だと怒るだけで。
「……別に俺達が知る必要はねえんだ。お前の売り先はもう決まってる」
お頭の言葉を聞き逃すまいと、耳を澄ませた。
聞き返すだけで、即座に首をはねられそうだ。
「こういう見たことも無い適性の奴を集めてる連中がいてな。それも決まって高値で買い取ってくれる」
まさかとは思うが、問い返すだけの余裕はなかった。
「今まではそれでも良かったよ。売り先のない謎適性を買ってくれるんだから。だがな、奴らは一体そういう人間を何に使ってるんだ? そう思うようになってきた」
己の想像が正しければ、奴らは何にも使っていない。
ただ集めて殺しているだけだ。
「えーと、前に売った奴の適性は何だったか?」
「歯車の鶏です」
「そうそう。まるで意味の分からん適性だった」
お頭の顔が近づいてくる。息が当たるほどの距離だ。
「お前らは何なんだ? 奴らは一体、何をしている?」
それはこちらも知りたい。
この適性は何なのか。組織とは何なのか。
知らないと白状すべきだ。それで信じて貰えるかは分からない。だけど嘘を吐くよりかはマシに思えた。
「あ、あの……」
瞬間、お頭たちの姿が消えた。
部下の姿もない。
いや、それどころけ部屋の内装すらも変わっていた。
「!?」
辺りを見渡す。薄汚れた壁や、古びた箱が積まれている。そこは変わらない。
しかし、どうにも違和感があった。ここは先ほどまでの部屋と同じようには見えない。
思い当たるのは一つだけ。
「まさか、また転移したのか?」
すぐに自分の持ち物を確認した。マグカップはとられなかったものの、メモ帳とボールペンはさすがに奪われてしまった。と思ったのだが、何故か懐に戻ってきていた。
ワイドパンツや帽子は無い。いいのだろうかと不安になるものの、どうしようもなかった。
「また一からやり直しってことか。それにしても寒いな」
寒さが和らぎ、少しずつ温かくなってきたところ。そう思っていたのに、ここは随分と冷える。
微かにゴーゴーという音も聞こえた。かなり風も強そうだ。
だが窓はない。あるのは扉が一つだけ。
「……行くしかないよな」
ここで大人しくしていても、何も変わらない。まずは外に出るしかなかった。
扉を開き、廊下に出る。どうやら、ここは建物の一室のようだ。
部屋の中よりも寒い。窓も微かに震えている。
そして己は窓の外を見た。
「…………嘘だろ」
真っ暗闇の中を、雪が舞っている。いや舞うなどと綺麗な表現を使うべきではない。荒れ狂っていた。
ありえないぐらいの吹雪。それがこの建物を襲っている。
道理で寒いわけだ。
「と、とにかく何か暖をとらないと」
盗賊のアジトから一転、今度は猛吹雪の小屋の中だ。即死から凍死に変わっただけ。命の危機は何も去っていない。
廊下には幾つかの扉があり、一番先には鉄製の大きな扉が備え付けられている。察するに、あれが外に出る為のものだろう。
ただ、出る気は微塵もない。こんな吹雪の中に飛び込めば、命の保証は無さそうだ。
「あ」
一番近くにあった扉を開ける。
中にいた人達が、こちらを見て声をあげた。
人がいた。それだけで嬉しくなる。
しかし、よくよく目をこらし、それが勘違いであることに気付いた。
人々の中央。そこに倒れる人間。
見覚えがあった。
「っ!」
謎の模様のベールを被った、忘れもしない組織の一人。陰陽師のような恰好を人間が、血まみれで横たわっている。
その胸には深々とナイフが突き刺さっていた。
盗賊の圧迫面接の次は、吹雪の中での死体ときた。さすがに脳みそのキャパをオーバーしてしまったのか。
己はそこで意識を手放した。




