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第031話『3月31日』


 一晩を明かし、ようやく隣の街までたどり着いた。現代ならば数時間でつく距離も、異世界とあっては簡単に移動できない。転移魔術が普及していれば、もっと話は違ったのだろう。

 馬車から降りて、風景の変わらさに驚く。街違うとはいえ、まだ同じ王国の中。そうそう建物や服装が変わるわけもない。ましてや隣の街だ。劇的に変わる方がおかしい。


「帝国に入れば、また違うかもしれないか」


 遊びにいくわけではないものの、楽しみたいという気持ちもある。そちらは帝国に入ってからのお楽しみという事にしておこう。

 それよりも、今は宿を探すべきだ。もう一つ、やっておきたい事はあるのだが。


「さすがに、これは……」


 荷物の入った袋の中には、しっかりと花柄のワイドパンツと帽子が収まっていた。いくらなんでも、これをあの宿屋に置いておくことはできない。かといって売り払えば、どこで一か所に集まるか。知れたものではなかった。

 今は己が保管しておくしかない。ただ一年に一回だけ、肉片が出てくるだけだと思えば。


「はぁ。とりあえず宿を探すか」


 まさか、こちらの宿屋にも不思議な生物が待っている。という展開はないはずだ。

 あっても無視する。今度は確実に無視をする。

 そう固く決めながら、雑踏の中に歩みを進めた。











 この街に訪れたのは、あくまで中継点。次の街へ向かう為の足掛かりに過ぎない。

 すぐさま次の馬車へ乗ることだって、時間的には可能だった。ただ、連続馬車に耐えられるほど己の身体も心も若くはない。深夜バスだって、連続して乗れば疲労する。ましてや馬車なら尚更だ。

 一泊くらいは、ちゃんとした宿屋に泊まらないと。身も心も回復しそうにない。


「宿は見つかった。次は食事だけど、観光ガイドとか無いよなあ」


 風景は似ていても、当然ながら配置は違う。どこに食事処があるのか通りを見ただけではサッパリ分からない。

 しかも中にはボッタクリまがいの店もあるそうだ。前の話でも、そういう店には立ち寄らないようにとミラーから警告されたものだ。

 どうせなら、確実に見分けられる方法でも教えて貰えば良かったかもしれない。ズブの素人が放り出されて、良い店と悪い店を区別する方法など無い。


「うー、適当に入ってみるしかないか」


 悪い店に当たらないよう、心の中で祈りながら店に入る。外見は他と変わらない。至ってシンプルな建物だった。

 内装も同様だ。客柄も悪くはない。若者もいるし、年寄りの夫婦もいる。こんな店があくどい商売をしている可能性は……分からない。


「すみませーん」

「はーい」


 適当な席に座り、ウェイトレスを呼ぶ。メニューなど無い。ファミレスじゃあるまいし、大抵の店で出せる品物には限りがあった。せいぜい片手で数えられるほどしかなく、それだって仕入れによっては出せないという有様。

 なので普通の客は料理を注文しない。注文するのは飲み物だけで、後は店にお任せする。


「ビール。それと料理を適当に」

「はーい」


 そう、何故かこの国にはビールがあった。勿論、味は比べるまでもない。元の世界の方が遥かに美味しい。そもそも、出されるビールは生温い。キンキンに冷えた生ビールなど、出す店はなかった。

 どうしてビールがあるのかは、国に訊いてみないと分からない。ただ隣国である帝国にはアキハバラという地名がある。それに組織の尋問でも、他の異世界人を匂わす発言はあった。

 やはり、そういうことなのだろう。


「す、すみません。ここいいですか?」


 オドオドとした男が、己の目の前の席を指さす。店内を見渡した。昼時を少し外れているせいか、あまり客は見られない。テーブルも空いてる席が目立った。

 どうして、わざわざ目の前に座る必要があるのだろうか。断る理由はないが、頷くには抵抗がある。


「……どうぞ」

「ありがとうございます」


 申し訳なさそうに座る。強盗や詐欺師の類には見えない。かといって、何か話があるようにも見えなかった。男はしきりに店内を確認し、チラチラと他人の料理ばかりを観察している。

 他店のスパイだろうか。ここの料理が評判で、それを探りにきたとしたら納得できる。


「あの、ちょっといいですか?」

「はい、なんでしょう」


 どうやら己に質問があるらしい。答えられることなんて大してないのだが。


「これから食事をとるんですか?」

「え、ええ。そうですね」

「おやつではなく、食事なんですね?」


 意味不明な質問に困惑する。己が何を食べようと、あちらには関係ない。食事だろうが、おやつだろうが。どちらだっていいはずだ。

 何と答えたものか。ただ、ここで嘘を吐く理由もない。

 仕方なく素直に答える。


「食事ですよ。おやつというには、少し時間が速いので」

「そうですか」


 何故か男はホッとした顔で肩の力を抜いた。

 己が食事をするから安心したというわけか。サッパリ意味が分からない。


「それにしても、おやつかどうかなんて。面白い質問ですね。何か意味があるんですか?」


 どうしても気になったので問いかけた。

 男はまたオドオドと身を縮こまらせる。


「い、いえ、その。とてもお腹が空いたので。だけど変な時間に沢山食べるわけにはいかないでしょう? その、健康にもあまりよろしくない」

「まあ、そうですね」


 10時や15時にガッツリとカツ丼を食べない。国によっては、軽食を何度も挟むところもある。ただ、己の国ではそういう習慣はなかった。ガッツリ食べるのは朝昼晩の食事だけだ。


「だから、今が食事をとる時ではないのなら軽めに済まそうと思いまして。食事の時間だというのなら、相応に食べないと力が出ませんからね」


 苦笑いを浮かべて誤魔化そうとする。

 スルーしてもいいのだが、どうにも気になった。


「確か、朝昼晩と鐘が鳴りまるよね? それで判断すればいいんじゃあ?」

「そ、そうなんですけど。ちょっと熱中しすぎて鐘を聞き逃したもので。今が朝なのか夜なのかも正直」


 ますます謎だった。そんなもの外を見れば一発で分かる。

 と、そこで思い出した。そういえば馬車で男が話していたではないか。時間の感覚を失ったという人間の話を。

 まさか。そうなのか。


「今は夜ですよ」

「そ、そうでしたね。もしかしたら酔ってるのかもしれません。あれだけ外は暗くなったというのに」


 当然ながら今は真昼間。外は眩しいほど明るい。


「あ、失礼。まだ昼でした。すみません、酔っていたのは俺の方だったみたいです」

「…………」


 男は俯き、それっきり何も喋らなくなった。

 悪いことをしてしまったのかもしれない。ただ確かめたかっただけなのだが。男にとっては馬鹿にされたと思ったか。

 謝るか、それとも奢ってみるか。男はそんなものは望まないだろう。望むことがあるとすれば、ただ一つだけ。

 そして、己にそれを叶えてやることは出来ない。

 結局、何も言わず食事を済ませ、己はその店を後にした。


「眩しいなあ」


 太陽は輝き続けている。


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