第029話『3月29日』
図らずも臨時収入をゲットしてしまった。
本来なら持ち主に返すべきなのだが、生憎と持ち主は幻のように消えたばかり。身元は分かっているが、既に皆殺しにされた一族の誰かという有様。どうしようもない。
かといってドブに捨てるわけにもいかないので、これは有難く使わて貰うことにした。
「こっちは……仕舞っておくか」
花柄のワイドパンツと帽子はベッドの下に隠すように置いておく。
さすがに、これを売る度胸は持ち合わせていない。
臨時収入で羽目を外す。よくあることだ。元の世界でもよくやっていた。
いわゆる自分へのご褒美というやつだ。といっても、そこまで贅沢をしたつもりはない。せいぜい普段よりもちょっと高めのビールを買うとか、外食のランクを上げるとか。これといった趣味のない己からしてみれば、それだけでも十分なご褒美だった。
しかし、ここは異世界。ビールもなければ外食も数が少ない。それに、これからどうなるかも未知数だ。あまり羽目を外し過ぎると悲惨な事になるだろう。
「となると、やはり実用的なものを買いそろえておきたいな」
元の世界に戻る方法はいまだ見つからない。見つかる気配もない。
薄々、長丁場になるだろうと思っていた。
だとしたら、この世界で快適に過ごせるよう努力しなくては。
「いらっしゃいませ」
丁寧な挨拶で出迎えられる。フォリン家のある辺りの店は高く、こういう機会でもなければ訪れることもあるまい。
店内には綺麗に磨かれた武器の数々が並べられている。特に戦う予定はない。ただ、それでも武器が欲しいと思うのは男の性というものだ。
元の世界では法律の壁もあり、武器など持ち歩けなかった。しかしここは異世界。帯剣していてもお咎めはない。ならば思う存分、武器を持ち歩きたいではないか。
「さて、何にしたものか」
剣もいい。弓も捨てがたい。槍も格好いい。
これまで武器と無縁の人生だった。何を買えばいいのか、サッパリ分からない。そんな武器素人を感じ取ったのか、店の従業員が話しかけてくる。
「お困りでしたら、相応しい武器を見繕いましょうか? 適性が分かれば、すぐにピッタリのものをご用意いたしますよ」
「えっ、適性が必要なんですか?」
店員は困った表情で頷いた。
「無くても所有することは可能です。ただ、使いこなすとなれば適性は絶対に必要ですので。オブジェとして飾るというのなら話は別ですが」
確かめるまでもなく、己の適性はよく知っている。健康魔術に相応しい武器があるとすれば、カルテとペンぐらいだ。間違っても剣やナイフではない。
すごすとと店を後にする。
どうやら入る店を間違えたらしい。
そう、己が得意なのはあくまで健康魔術。武器など必要無い。
目指すべきは杖を売っている店だ。魔術と言えば杖。古くからそう決まっている。探せばどこかに、そういう店もあるだろう。
それが間違いだと気づくのに、一時間かかってしまった。
「杖? そんなものを売ってる店は覚えがないなあ。雑貨屋に行けば、お年寄り用の杖があるかもしれないけど。君が何に使うんだい?」
あまりにも見つからないので、道行く人に尋ねた結果が今の返答だ。イメージの魔術師は杖を片手に持っていたが、よくよく考えたら異世界の魔術師は杖なんて使っていない。そもそも己の健康魔術だって杖無しに使っていたではないか。
あまりの大金に舞い上がっていたか、あるいはあの奇妙な現象にショックを受けていたのか。ちょっと考えれば分かることが、どうにも思い浮かばなかった。
非常にマズイ。無駄な買い物というのは、えてしてこういう時にしてしまうのだ。そして冷静になってから気づく。どうしてこんなモノを買ってしまったのだろうと。
「本当に俺が必要としているもの……」
最も欲しいのは、元の世界に帰る為の手段だ。暇を見つけては聞き込みをしているものの、成果は今のところない。あの聖女が言っていたとおり、転移の魔術は難しいのだ。ましてや異世界に戻すなど、それこそトンデモ魔術の領域だと言う。
夢物語ではあっても、現実にそういうものはない。尋ねた相手は口を揃えてそう言った。
しかし、これはあくまで一般レベルの話。国の重要人物に尋ねれば、また違った答えが返ってくるかもしれない。
「異世界に戻る方法かあ。この金で何とかなるもんかなあ」
そうなると、逆に足りない気もする。何の力も持たない一般庶民が、いきなり国の重要人物に会えるはずもなかった。いや、聖女には会っていたようなのだが。
そう、聖女だ。彼女は元の世界に戻る方法を探してくれると約束した。勿論、社交辞令の可能性もある。本当は探していなかったのかもしれない。
それでも、今、己が頼れる相手は彼女ぐらいなのだ。
「聖女様に会いに行く。ってのが最善か?」
幸いなことに旅費はある。問題はどこにいるかだが。それが分かるのなら、ここを後にしてもいいかもしれない。
あくまで、金を貯めるために働いていたのだ。ここに骨を埋める気など毛頭ない。
「とりあえず、ミラーちゃんに聞いてみようかな」
昨日の今日だ。ラグナに会うのは気まずい。ここは娘の方を頼ることにしよう。
不思議に興味津々の少女のことだ。聖女の動向も常に気にしているはずだ。
「聖女様? それなら帝国にいるって噂よ」
「噂? 確実ではないと、そういうことですか」
例の一件を解決したからか。当主の態度は軟化していた。歓迎はしないものの、邪険にもしていない。ミラーに会いたいのだと言っても、特にこれといった反応はなかった。
己はそのまま案内される。
「聖女様は行先を誰にも告げないから。それに招くこともできない。どこに行くかは聖女様次第なのよ。だから今どこにいるのかも曖昧で。いると思ったらとっくに旅立ってました、なんてこともザラだから」
そういう気まぐれさは、彼女っぽいかもしれない。思えば、己のような得体のしれない人物も無償で助けてくれたのだから。
「誰かを助けるかも聖女様が決めること。会いに行っても、治してくれるとは限らないわよ」
「ええまあ。そういう目的ではないので」
「ああ、一目見たいってこと? 気持ちは分かるわ。私も聖女様目当てに旅したこともあるし」
というか、初めて会った時がそうだったらしい。隣の街に聖女様が訪れたという噂を聞きつけ、急いで馬車を走らせたそうな。結果、聖女様の偽物と出くわして大層機嫌が悪かったとか。
己と出会って不思議な話を聞けなかったら、しばらく不機嫌は続いていたかもしれない。御者のカロスはそう言っていた。
「じゃあ、もしかして帝国に?」
「ええ。臨時収入もありましたから。それに私の話は大体してしまいましたからね。これ以上、お嬢様に話せることもありません」
聖女関連は話すつもりがないので、嘘は言っていない。
ただ、ミラーは寂し気に俯いた。
「そう。止めるつもりはないけれど、他にももっと話を訊きたかったから。残念だわ」
まあ、同じ屋根の下でトンデモ現象が起こっていたのだけど。当主はそのことをミラーに伝えるつもりはなさそうだ。
己も言うつもりはない。さすがに怯えてしまいそうだし、怯えず喜ばれたら、それはそれで怖い。
「また旅をして、新しい発見があったらお嬢様に伝えますよ。いつになるかは分かりませんけどね」
「それならいいのよ! 聖女様に会ったら、必ず戻ってきて。あなたの話、楽しみにしているわ」
もし異世界へ戻る方法が見つかれば、速攻でそれを実践するだろう。戻ってこられるかは分からない。根拠のない約束はしない方がいいと分かっていても、己は嘘を吐くしかなかった。
「はい。必ず」
そして己は、この街を後にすることにした。




