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第028話『3月28日』


 翌日。当主の顔色は更に悪くなっていた。

 青を通り越して、土気色になっている。それだけで答えなくとも、何となく察することができた。


「色々と聞いてみたが、どうやら他の貴族も遺品を売り払ってしまったらしい。他の遺品も奇妙な現象を起こしていたので、耐えられなかったようだ」


 つまり、帽子だけなのだから渡しても問題無し。とはいかないようだ。

 全部ではないにしろ、ある程度は集まっていると見ていいだろう。勿論、全くの別人が買いあさっている可能性もゼロではない。しかし、そんな楽観的な考え方は懐けなかった。

 やはり、あの下半身男が集めているのだろう。


「分かりました。ただ依頼は依頼ですので、こちらの帽子は私が購入するという事でよろしいですか? 勿論、そちらで保管して頂けるのなら諦めますが」


 一番良いのは当主が守り続けること。ただ、彼の精神にも限界はある。同じ屋根の下に、年一で肉片を吐き出す帽子があるのは、精神衛生上よろしくない。引き取れるものなら引き取ってあげたいのだが。それは当主が判断することだ。

 王から命令されたのは当主であって、己ではない。

 こちらの提案にしばらく考え込み、十数分の沈黙の後、当主は項垂れた。


「……頼む」


 こうして己はムーチャムの帽子を手に入れることができた。











 宿屋に戻ると、当然のように下半身男が待っていた。ここ数日、ベッドの上から動いた所が見た事がない。ある意味では、この部屋のオブジェのようにも見える。

 まあ、オブジェは間違っても会話をしたりしない。


「やあ、お帰り。今日は成果があったのかな?」


 方針は決まっている。帽子は渡さない。これが一か所に集まって何が起こるのか。そこまでは分からないが、良くない事が起きるのは確実だろう。

 得体のしれない声に突き動かされ、とにかく遺品を集めている。これ以上に厄介そうな話があるだろうか。


「その前に、あんたはムーチャム家の人間なんだよな? 誰なのかは覚えてないって話だが」

「ああ、そうだね。それは間違いない」


 口調や声色からして男性だろう。

 だが問題は誰なのかではない。


「だったら、どうして殺されたのか。その辺りも詳しく教えて貰えないか? そういう事情が分からないことには、どうにも躊躇いがある。本当にあんたに帽子を渡していいのかどうか」

「ふーん、なるほど。確かに私の身元を保証するものはない。話を聞いて判断したいという気持ちも理解できるんだけど、残念ながら死ぬ直前のことはよく覚えていないんだよ。だからこそ、自分が誰なのかも思い出せない」


 嘘を吐いているようには見えない。そもそも下半身だけなので判断するのも難しかった。

 ある程度のことは当主から聞いている。さすがに露骨な嘘でもあれば見抜けるのだが。


「じゃあ、覚えている限りで何か思い出せることはないのか。直前じゃなくてもいいから」

「ふむ、そうだね。そういえば、あの日はちょうど交霊会を開く予定だったな」

「交霊会?」


 下半身男曰く、死んだ霊を憑依させて対話する儀式らしい。勿論、そんな魔術は存在していない。大抵は憑依したフリをするインチキ交霊会のようだ。ムーチャム家も例に漏れず、定期的にそんなインチキ儀式を繰り返していたそうな。

 母親が熱狂的なファンで、やらないと機嫌を損ねる。なので他の家族は仕方なく従っていたらしい。


「あの日も嫌々ながら、交霊会をやる予定だった。そう、母親が珍しい何かを見つけたと言っていたね。何だったかなあ、とても不気味な何かだったのは覚えているんだけど」


 さすがに止める家族もいた。しかし母親は強引にそれを儀式に使ったそうだ。


「うーん、この辺りから記憶も曖昧になってくるなあ。そう、そこでナイフを持った男が侵入してきたような? それで刺されて死んだ……のかな?」


 当主から聞いた話によると、この事件の犯人は既に捕まっている。前々から屋敷に出入りしていた、靴磨きの少年が一家を惨殺したらしい。腕前に惚れこんだ長男が、定期的に屋敷に呼び込んでは靴磨きをさせていたそうな。

 兵士が屋敷に駆け込んだ時、そこには血まみれのナイフを持った少年が立っていたという。すぐさま捕まり、牢獄に入れられたのだが、何故か発狂。最終的には自分で自分の首を絞めて自殺してしまったらしい。


「あの男は……駄目だな。思い出せない」


 ただ、この事件には大きな謎がある。少年はまだ幼く、とても一家を殺せたとは思えない。ましてや凶器はただのナイフだ。無抵抗の人間ならともかく、貴族として戦闘訓練も受けている。そんな相手を靴磨きの少年が殺せるものだろうか。

 また被害者の遺体も、とてもナイフとは思えないような傷が幾つかがあったらしい。結局他の犯人が見つからなかったこともあり、今ではその少年が犯人ということで落ち着いている。


「では、乗り込んできた男に殺されたと。それだけなんですね?」

「ああ。いや、そうだ、思い出した!」


 突然、下半身男が立ち上がる。足を組み替える以外にも出来たのか。

 驚いた。


「その何かが襲ってきた時、私は紙を探していたんだ。そう、それはとても大事なもののはずだった。母親が買ってきたんだ。それを見つける為に、私は母親の部屋に行ったんだ」

「え? 男が襲ってきたのに、母親の部屋まで探しに行ったんですか?」


 暢気というか、支離滅裂だ。強盗が襲ってきたのでトイレに行ってきます、と言うようなものだ。剣や銃を取りに行くのならまだしも、目当てのものは紙きれ。何の意味があるのかサッパリ分からない。


「む、そうだね。言われてみれば意味不明かもしれない。そうだ、どうして私はあんな紙切れを……」


 ふと、頭に閃いたものがある。

 これが何を意味するのか。深く考えずに言葉にしていた。


「もしかして、それは母親が買ってきたというアイテムに付属していたのでは?」


 交霊会の当日、母親は気味の悪いアイテムを買ってきた。そして下半身男は母親の部屋の紙きれを取りに行こうとした。仮に説明書のようなものがついていても、何ら不思議はない。

 襲撃されてから取りに行くようなものではないが。


「! その通りだ! 私は説明書きを取りに行こうとしたんだ!」


 そこで己も考える。

 襲われてから、わざわざ説明書を取りに行く理由。そんなものは一つしかない。アイテムによって得たいのしれないものが呼び出された。これはいけないと思って、説明書に何か書いてあるかもしれないと探しに行ったのだ。


「それで部屋までたどり着いて……あの紙切れを読んで……」


 ウロウロと部屋の中を歩き回る。


「その名前を口にした時、アイツは煙のように消えたんだ」


 ピタリと足を止める。

 アイツというのは襲ってきた少年ではないはずだ。

 ならば誰なのか。


「そうだ、私が集めなくてはいけないものは、あの時あの部屋にあったもの。あいつの煙がしみ込んだものだ」

「えっ」


 真実に辿り着いた。

 その代償なのか。花柄のワイドパンツが地面にふわりと落ちた。

 先ほどまでウロウロと部屋の中を歩き回っていた下半身は、姿形もない。煙のように消えたとか、そういう感じでもなかった。文字通り、一瞬で消えたのだ。

 残ったのはワイドパンツと、背中に隠した帽子だけ。


「…………」


 部屋の外にも、窓の外にも、ベッドの下にも。

 下半身男の姿は無かった。

 今までが嘘のように、男は消えてしまったのだ。


「どうなってんだ?」


 ワイドパンツを拾い上げる。中から依頼料の詰まった袋が出てきた。帽子を渡したら、これを代わりに渡すつもりだったのだろう。

 中には約束通りのお金が入っていた。律儀なものだ。


「まあ、なるようになるか」


 遺品を集めたらどうなったのか。

 彼は結局誰だったのか。

 あの日、彼らを殺したのは何なのか。

 靴磨きの少年は、本当に殺していないのか。


 謎は山積みだ。何も解決していない。

 だけど己は知っていた。

 そんなもの気にせずとも、人は生きているのだと。


「って、こっちの金はどうするんだ!」


 当主はタダで帽子をくれた。そして依頼人は消えていない。

 帽子を買い取る為の金額が詰まった袋。

 それはしっかりと、己の手元に残っていた。


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