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第027話『3月27日』


 まさか、このような形で屋敷に戻ってくるとは。予想もしなかった。

 ミラーに挨拶をした方がよいのか。あれだけ世話になったのだ。一言も無しに帰ることは出来ない。そう思っていたのだが、生憎と今日は不在のようで。こうなったら目的を果たして、とっとと帰宅することにしよう。

 何も難しい依頼ではない。ただ託された金額で帽子を取り戻すだけ。駄目で元々。失敗しても違約金があるわけではない。

 勿論、出来る限りの事はするつもりだ。しかし、相手はあの当主様。嫌だと言えば梃子でも動かないだろう。


「よし、行きますか」


 ムーチャムとかいう下半身男から託された金の詰まった袋を抱え、フォリン家の屋敷へと向かった。











「娘はやらんぞ」


 応接室らしき部屋へ通され、開口一番にそう言われた。結婚の挨拶に来たとでも思ったのだろうか。やはり誤解は全く解けていなかった。


「私にはもったないお嬢様なので。そういう話ではありません」

「だろうな。そう聞いている」


 知りながら敢えて言ったとしたら、もう親馬鹿でもない。馬鹿だ。

 そんな事は口に出さず、まずは場を設けてくれた事に対する礼を言う。どれだけ相手が無礼であろうと、こちらはお願いにきた立場。不機嫌にして得することなど一つもない。


「前置きはいい。お前と長話をするつもりもない」

「では早速なのですが、そちらが所有している帽子。お譲り頂けませんか?」


 詳細は門番を通して伝えてあった。改めて言う必要はないのだが、これも儀式みたいなものだ。


「ふむ。さほど気に入っているわけでもないし、別に欲しいのなら売ってやっても構わん。ちゃんと相応の金額は用意しているようだしな。買い叩こうとしたら、即刻追い出してやったんだが」


 下手な交渉は命取りだ。欲をかく必要はない。

 目的は帽子を取り戻すことであって、儲けることではないのだから。


「だが、相手の素性が分からんのは気に入らんな。ここに来いとは言わん。色々と事情もあるのだろう」


 それはもう想像を絶する事情があった。

 さすがの当主も、直接見たら度肝を抜かすはずだ。下手をすればショック死するかもしれない。いくらなんでも下半身だけの男なんて、そうそうは見た事がないだろう。


「それにしても、名前すら言えないというのは勘繰りたくもなる。帽子で何か悪さをするつもりとは思えんが、妙な企みでもあるのかと邪推したくなるぞ」


 本当の名前は言えるはずがない。知らないし、知っていても教えたくない。

 というか知っていたら、己の上半身も消えている。

 仮の名前ならば問題ないか。あちらは聞いたところで、何か影響が出るわけでもないし。


「特にそういう意図はありません。依頼人の名前はムーチャム様です」

「……ムーチャム?」

「はい」


 当主は黙り、考え込んだ。

 この世界で珍しい名前なのかは分からない。ただ響きは珍妙だ。もしかしたら偽名だとバレてしまったのか。

 そう言われたらなんと答えるべきか。脳内で考えていると、当主は何かを閃いたように手を打った。


「おお、ムーチャムか!」


 そして机越しに己の襟を掴み、勢いのままに頭突きを食らわしてくる。

 目蓋の裏に星が飛んだ。どんな石頭なのだ。頭蓋骨が砕けるような音がした。

 涙目でうずくまる己に対し、当主は激昂して指を突きつけてくる。


「ふざけるな! このラグナ・フォリンを馬鹿にするなよ!」


 痛みで上手く反論できない。それを良いことに、当主は畳みかけてくる。


「ムーチャムだと? この王国において、その名を冠する一族は一つしかないわ! 三十年前に一族皆殺しにされた、あのムーチャムの名を忘れると思うたか!」


 頭突きの痛みだけではなく、頭に更なる衝撃を受けた。

 三十年前に皆殺しにされた一族?

 そんな話は全く聞いていない。


「いえ、そういうつもりで言ったわけでは。それに他にもいるかもしれませんよね。ムーチャムという名前の人間が」

「戯言を! この帽子はその滅びたムーチャム家の所有物だぞ! これが偶然だと言うつもりか!」


 決定的な証拠まであった。裁判ならば有罪を認めるレベルだ。これを偶然ですと言い張るには、こちらに材料が無さすぎる。

 最早、金でどうこうなる問題ではなかった。ただ、若干気になる部分もある。

 そこを指摘してどうこうなるものではない。交渉は既に座礁中だ。

 純粋に己が気になったので尋ねてみた。


「しかしながら、それでしたらどうしてラグナ様が持っているのですか? ムーチャム家と深い繋がりでも?」

「う……む」


 処刑か、はたまた殺人か。いずれにせよ縁起の良い代物ではない。来歴を知っているのなら、少なくとも己は手元に置いておきたくなかった。すぐさま売るか、最悪でもお祓いはして貰いたい。

 だからこそ、こうして当主も売ろうと思ったのか。それにしては、三十年間ずっと所有していたことになる。


「生前に親交があったわけではない。どこぞのパーティーで顔を合わせて、何回か会話をしたことがあるぐらいだ。あまり積極的に表に出てくるような家ではなかったからな。むしろ民の祭りに参加して騒ぐような、変わった家だったと聞いている」


 貴族なのか商家なのかはともかく、あまりそういう階級に拘りがなかったのだろう。民衆からすれば親しみやすい反面、貴族からすれば付き合いにくい。少なくとも立場はあまり良くなかったと思われる。


「でしたら、尚更どうして?」

「国王がムーチャム家の遺品を分配したのだ。各貴族にな。ちなみに、この帽子は長男が愛用していたものだそうだ」


 一族皆殺しならば、遺産を受け継ぐものもいない。国が預かるというのは理解できる。

 しかし、それを貴族に配るとは。俄かには信じがたかった。

 ましてや金や土地ではなく、帽子だなんて。こんなもの、受け取った側も困るだろう。


「理由は分からん。ただ聞いた話によると、とにかく遺品を一か所に置いておきたくなかったそうだ。意味不明だとしても、国王の命令である。断る権利など私にはなかった」

「それはそうでしょうね。でしたら、これも預かっておいた方がよいのでは?」


 国王命令で渡されたものを、勝手に売り払っていいのか。バレたら、それこそ処刑されてもおかしくない。

 当主は何かを言おうとして、口をつむぐ。顔色は優れなかった。

 言いたいことはあるのに、言っていいのか迷っている。そんな感じだ。


「もしかして、この帽子に何かあるとか」

「……お前の依頼人が何を思ってその名を騙ったのか。そしてどうして帽子を欲しがるのは知らん。ただ引き取ってくれるのなら、正直タダでも構わん」


 そこまでとは。あれだけ強気だったのもブラフなのだろう。

 露骨に引き取ってくれと言い出せば、何か裏があるのではないかと勘繰る。だから譲ってもいいが、金はちゃんと支払えよ。みたいな雰囲気を出していたのだ。


「毎年、ムーチャムの一族が皆殺しに遭った日。この帽子の中から人間の身体の一部が出てくるのだ」


 青ざめた表情で当主はそう言った。

 己でなければ、とんだ寝言だと鼻で笑っただろう。帽子の中からそんなものが出てくるわけがない。そう言えないだけの経験を今までしてきた。


「最初は小指、そして薬指。三十年間、毎年欠かさず身体のどこかで出てくるのだ。どれだけ厳重に封をしようと、必ずな。気味が悪いので、出てきたものは燃やしてしまっているが。もう手元に置いておきたくないのだよ」

「それは……燃やそうとはしなかったんですか?」

「当然した。しかし、こいつはどんな炎でも燃えなかったのだ」


 耐性まであるとは。ある意味では蒸気馬よりも厄介かもしれない。あちらは陰陽師の攻撃あっさり消滅していた。


「どこかの店で売ろうとしても、国王の命令は知れ渡っている。引き取ろうとする商人はどこにもいなかった。今回は無知な輩が飛び込んできたと、若干嬉しくもあったのだが……」


 よりにもよって、使った仮名がムーチャムである。それは激怒するのも当然だ。


「去年などは皮膚の一部が出てきた。今年は何が出るのか、もう恐ろしくて恐ろしくて。この際、そっちの事情は無視してもいい。金もいらん。頼むから、持って行ってくれんか?」


 先ほどまでの怒りに燃えていた当主の姿はない。そこにいたのは恐怖に震える年配の男性だ。どれだけ必死で威厳を保っていたのか。今ならば理解できる。

 さて、どうしたものか。依頼はこの帽子の回収である。金もいらないというのなら、是非とも受け取るべきなのだが。

 いかんせん、あの下半身男。胡散臭すぎる。

 ましてや、これは一か所に集めるなという国王の命令付きだ。それはつまり、集めるとよくない事が起きるということになる。


「確認なんですけど、もしかして他の貴族も売り払っている。なんてことはありませんよね?」

「む。国王の命令なのでそれは無い……と言いたいが」


 実際、こうして譲ろうとしている人物が目の前にいる。他の貴族もそうしていないと、誰が保証できるか。

 持ち帰るのは造作もない。あの下半身男に渡すのもいい。

 しかし、これで大問題が起きるのが勘弁だ。


「また後日、改めて引き取りに来ます。その前に、他の貴族は渡された遺品をどうしているのか。それを調べてからでも遅くないかと。殺された日までは時間があんですよね?」

「ああ。4月2日だ」


 思ったよりも近かった。

 だが、これだけは譲れない条件だ。


「でしたら、それまでに引き取りに参ります。いつ頃に分りそうですか?」

「すぐに調べる。明日また来てくれたらいい」

「分かりました。では、また明日に」


 立ち去ろうとする己を、当主が引き留める。


「娘はやらんが、どうやら貴君を誤解していたようだ。感謝する」

「いえ、こちらも仕事ですから」


 よほど心労が溜まっていたのだろう。当主の表情は晴れ晴れとしたものに変わっていた。

 さあ、それでは急いで宿に戻ろうか。

 あの下半身男から話を訊かなくてはならない。











 部屋に戻ると、案の定まだいた。

 ベッドの上に腰掛けながら、花柄のワイドパンツを見せびらかすように足を組んでいる。


「やあ、おかえり。帽子は取り戻せたのかな?」

「事情を説明しろ。話はそれからだ」


 依頼の裏に隠された秘密があるのなら、それを知る義務がある。己の手で大事件を引き起こすつもりなどない。なにしろ、こいつらは不思議生物。渡る生き物が輪廻転生する吊り橋があるのなら、トンデモ帽子があってもおかしくはない。

 全ての遺品が集まればどうなるのか。知らなくてはならなかった。


「随分と乱暴な口調だね。ふーむ、その様子だと相手から話を聞いてしまったのかな? 困るなあ、折角私が誤魔化していたのに」


 やはり全て知っていたようだ。むしろ知らなかったら恐ろしい。


「じゃあ、ムーチャムってのも偽名なんだな?」

「うーん、それはどうだろうね。少なくとも私がムーチャムの誰かであるのは間違いないんだよ」

「は? お前の本名は聞いたら駄目なアレなんだろ?」


 知れば上半身が消えると昨日言っていた。

 アレが本名ではなかったのか。


「それが不思議でね。私には私も知らない何かの記憶と、ムーチャム家の記憶が混ざっているんだよ。ただ肝心のムーチャム家の誰なのか、って所はサッパリでね。多分男性だと思うんだけど、もしかしたら女性かもしれないね。ハハハ」


 全く笑えない。むしろ、そんな状況でどうして笑っていられるのか。

 既に精神をやられているのかもしれない。

 頭は無いが。


「ただ、自分が何者なのか。それを知りたいって気持ちはあるんだよ。だから遺品を集めていてね。それが全て集まった時、どうやら私が何者なのか分かるみたいなんだ」

「遺品が集まれば分かる? 誰がそんなことを?」


 自称ムーチャムは足を組み替え言った。


「ムーチャムではない何かさ。とにかく遺品を集めろって言ってくるんだよ。そうすれば私が何者か分かるって。親切な人だろ?」


 詳しい事情はまだ分からない。謎も残っている。

 ただ、これだけは確信に至った。

 これ、集めたら駄目なやつだ。


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