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第025話『3月25日』


 ギルドを後にする。

 昨日と違い、今日はジノ医院からの依頼は出されていなかった。依頼にかこつけて会うのが、一番自然な流れではあったが。こうなったら仕方がない。

 もっと詳しい話を訊きたかったものの、仕事は終わったのだからと、半ば強引に追い出されてしまった。折角手に入れた貴重な標本。じっくりと眺めておきたいんだとか。

 その気持ちは全く理解できない。ただ、その標本には興味がある。

 確かめなくてはならない。そして己は今日もまた、ジノ医院の扉を叩いた。












「え? 話が聞きたいのか? 仕方ないなあ」


 喜色満面で歓迎された。何か言い訳を考えなくてはならないとか、最悪の場合は金を支払う必要があるかもしれないとか。昨夜色々と考えた作戦は、全て台無しになった。

 コレクターからしてみれば、自慢のコレクションを披露する絶好の好機。断る理由など無かったのかもしれない。


「ええ。そんな珍しい生物、見た事がありませんからね。さぞや手に入れるのも苦労したんでしょう?」

「まあな。珍品を扱う商人の所に、足しげく通うこと十年。ようやく信用も得て、常連扱いされるようになったところだ。これだけの逸品、一見の素人には売ることなんて出来ないだろうさ」


 半ば頬ずりするように、というか完全に頬ずりしながら。ウットリとした目で目玉石を眺めている。さすがにもう死んでいるので、透明なパイプの中で微動だにしない。ただ目玉だけは見開かれ、外を凝視していた。

 何度見ても、間違いない。浮島で嫌というほど見たし、なんなら足を砕かれた。その時の痛みまで思い出せる。あれは目玉石だ。

 だが、どういうことか。まさか浮島まで捕獲しに来た奴がいるとは思えない。あそこだけではなく、他の地域でも生息していた。そう考えるの自然だろう。


「それだけ標本なら、一体どこで捕まえたんですかね?」

「商人の話じゃ、公国の山奥にいたのを見つけたそうだ。あそこは未開の地も多いからな。さもありなんって所だな」


 最も小国であり、最も自然豊かな国家。それが公国だ。管理していると明言しながら、実際は手付かずの自然が広がっている。そこならば、あの浮島があっても不思議ではないかもしれない。


「商人が捕まえたわけじゃないんですね」

「ああ。専門の捕獲業者がいるらしい。そいつから買い取って売るのが商人だ。そしてそれを買い取るのが、俺達コレクターってわけだな」


 ならば、商人に話を訊いても意味は無い。実際に捕まえた人間から詳細を聞き出すしかないのだが。珍品を扱う商人からすれば、そういうお得意様は金の卵。おいそれと話してくれるとは思えない。

 そもそも、訊き出したところでどうするのか。目玉石が実在している以上、あの浮島や組織はこの世界での出来事になる。迂闊に関われば、それこそ組織の追っ手が差し向けられるだろう。

 むしろ、近づかない方がいいのではないか。


「なるほど。それじゃあ、他にも珍しい標本とか持っているんですか? 例えば頭のない馬とか」

「なんだそりゃ。売っていたら喜んで買うが、そういう商品は聞いた事ないな。なんだ、俺のコレクションに興味があるのか? 仕方ねえな」


 返事を待たず、ジノは奥の棚に手を伸ばした。懐から鍵を取り出し、錠を開いて中身を取り出す。またしても透明なパイプ。しかし、中身は目玉石ではない。

 どう見ても、ただの鳥の羽だった。青く美しいが、それだけだ。これといった異常性は見当たらない。


「これは?」

「聞いて驚け、七色鳥の羽根だ」


 七面鳥ならぬ七色鳥とは。確かに珍しい。

 ただ、どこが七色なのだろうか。青一色にしか見えない。


「ああ、言いたいことは分かる。ただの青で、七色じゃないって言いたいんだろ?」

「ええ、まあ」


 ジノは分かってないなとばかりに、肩をすくめる。


「七色鳥の羽根は百年に一度だけ七色に光るんだよ。だから普段は普通の青い羽根にしか見えないわけだ」


 なるほどと言いたかったが、どうにも口が動かなかった。

 どう考えても、確かめようがなかった。これならば普通の青い羽根を売りつけても、七色鳥だと言い張れる気がする。

 騙されているのではないか。そう思ったが、幸せそうなジノを見ていると何も言えなかった。ひょっとしたら、本当に何十年後に七色に光るかもしれないのだから。


「そうですか。素晴らしいモノですね」


 こうなると目玉石もインチキ臭い。なまじ同じものを見た事があるだけに、逆に信じ込んでしまったのかもしれない。ひょっとしたら、誰かが作り上げた偽物が、偶然あの生物を似てしまっただけとか。

 それは少し考えにくかった。あれだけ一緒にいた生物のことだ。飼育方法の本まで熟読している。今更見間違えるとは思えない。

 切って緑色の粘液が出てくれば、更に確信は深まるのだが。さすがに中身を切らせてくれとは言えなかった。


「もし興味があるのなら商人を紹介してやろうか。俺の口利きなら、門前払いは食らわないはずだ」

「はあ」


 商人と会うつもりはなかった。詳細を知っているとは思えないし、知っている素振りで商品を売りつけてきそうだ。

 それに、どこに組織の息がかかっているかも分からない。商人だと思ったら、組織の人間でしたというパターンは勘弁願いたかった。


「生憎と懐が寂しいもので。迂闊に欲しいものがあったら買いたくなるかもしれませんし、今回は遠慮しておきます」

「そうか。これに興味があるなら、きっと何か見つかると思ったんだがな」


 仮にあっても買う気はなかった。いくらなんでも部屋にあんな標本を置きたいとは思わない。悪夢を見そうだ。


「まあ、一応店の場所だけは教えておくから。金に余裕ができたら行ってみるといいさ」

「ええ、そうなれるよう頑張って依頼をこなしてきますよ。貴重な標本を見せて頂き、ありがとうございました」

「いや、また機会があったら依頼を受けてくれ。趣味の合う奴が来てくれたら、俺も話が弾んで楽しいからな」


 ご老人の話し相手でも大変なのだ。この上、更に医者との話し相手までこなすつもりはない。ジノ医院の依頼は二度と受けないよう、心に誓った。











 日中は働き、稼いだ金で食事をとる。その日暮らしと言えばそうだが、これが中々に悪くない。

 確かに貯金は大切だ。預金残高が増えていくのを見ると、生きているという実感がわく。だが、それはあくまで老後の為の貯金。己にこれといって、使い道があるわけではなかった。

 旅行にも行かないし、趣味もない。テレビやネットは見たりするが、それを趣味というには抵抗があった。金は溜まれど満たされない。そういう日々を送っていたのだと、異世界に来て実感する。

 金銭面では今の方が遥かに貧しくても、満足感は今の方が上だ。ビールらしき発泡酒を飲みながら、燻製された肉にかじりつく。人間、今日を凌ぐだけの金があればいいのだ。

 などと、知ったような事を考えながら宿に帰宅する。


「お帰りなさい。今日はご機嫌ですね」

「ハハハ。美味しい店を見つけたもので」


 宿屋の主人と雑談をしながら、部屋まで上がった。いつかは、この街で部屋なり契約するのもいいかもしれない。さすがに家とまではいかないものの、いつまでも宿屋暮らしというわけにもいくまいて。

 健康魔術の腕も磨いて、もっと稼げる依頼でも探してみるか。

 そう思いながら扉を開き、


「#######」


 すぐさま閉めた。いけないいけない、久しぶりのアルコール。調子に乗って飲み過ぎたようだ。それとも異世界の酒は度数が強めなのか。幻覚まで見てしまうとは、己も不覚をとりすぎた。

 目頭を押さえ、頭を振る。もう一度見れば、そこには普通の部屋があるはずだ。

 そう思いながら扉を開き、


「おっと、この言葉でなければ通じないようだ。失礼」


 謎の言語ではない、日本語ではある。ただし、どこから発しているのかは分からない。

 ベッドに腰掛けるそれに、頭はなかった。というか上半身が無かった。

 人間の下半身だけが、ベッドの上で足を組んでいる。しかも花柄のワイドパンツだ。これ見よがしにお洒落なサンダルまでアピールしている。


「さて早速なんだが君に依頼がある。引き受けてくれるんだろう?」


 甘ったるい男の声が、自信満々にそう言った。


「ギルドを通してください」


 己はそう言うのが精一杯だった。

 扉を閉め、酒場に戻る。今日は朝まで飲みたい気分だ。


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