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第024話『3月24日』


 フォリン家の屋敷を後にする。健康魔術の本は餞別代りだと、当主から直々に渡された。

 暗に、これをやるから二度と来るなよと言われた気がする。ミラーは名残惜しそうに手を振っていたものの、既に昔話のネタが尽きていた。不思議生物についても、組織の尋問についても全て話してしまったので、丁度良い。

 あまり迷惑をかけるわけにもいかなかった。ここへ来ることも、もう無いだろう。










 活気づく街並みを歩く。最初は物珍しさにアチコチに視線を向けていたが、何度も通ればいつのまにか慣れる。西洋の古い町並みだと思えば、あるいは元の世界にも似たような風景はあるかもしれない。


「さて、それじゃギルドにでも行きますか」


 健康魔術の基礎の基礎は熟読した。こちらは健康魔法の本と違い、本当に入門書だ。初心者でも分かりやすいよう、いろはのいから丁寧に説明してある。

 その結果分かったのは、健康魔術は大したことがないということだ。治癒魔術ではないので、当然怪我の治療は出来ない。病気の治療も不可能だ。これは対象を健康にする魔術ではなく、健康になれるよう予防する魔術だった。

 朝のテレビ番組でいいじゃないかという気もする。〇〇を食べると癌になりにくいとか、腸内環境を整えることで免疫力をアップするとか。基本的にはそういう内容と大差ない。


 ただ大きく違うのは、効果が確実にあるということだ。個人差がありますというテロップが不必要なぐらい、掛け続ければ病気の予防になる。また体調不良になっている箇所も調べれば分かるようになるとか。

 大したことがないように思えて、地味に役に立つ。それが健康魔術だった。

 それだけに人手はいつも足りていない。ただ治癒魔術と違って、こちらは給料も安い。感謝もされにくい。医者にありがとうと言う人はいても、ワクチンにありがとうを言う人などいなかった。そういうものらしい。


「東雲さんの適性ですと、こちらの依頼が対象となります」


 三度ギルドに訪れ、またしばらく待ってから、仕事内容を確認する。以前と違って、今度はちゃんと健康魔術についても学んだところだ。軽い魔術くらいなら、既に習得している。

 本当に軽いものなので、あまり難しそうな依頼は引き受けない方がいいだろう。


「初めての仕事なので、初心者でも出来そうなものはありますか?」


 見栄を張っても仕方ない。相手はプロなのだ。ここはプロの手腕に頼るべきだ。

 フワフワの髪の毛が特徴的な彼は、真剣な眼差しで数枚の書類を渡してきた。


「では、こちらなど如何でしょうか。軽い病気の予防ですから、初めてでも問題ないかと思われます」


 高齢者相手の風邪の予防。若者と違って、高齢者は自力で健康魔術を使う事は出来ない。魔術には体力が必要となり、加えて年をとるほど理解力は衰える。老いてから健康魔術を覚えようとしても、もう遅いのだ。

 その為、そういう人たちを対象に訪問で健康魔術を使わなくてはならない。重度な病気なら兎も角、軽度なものは医者も訪問したがらない。あちから来るなら施すが、わざわざ自宅に窺ってまでやることではないのだ。

 だからこそ、こうして己のような奴らに御鉢が回ってくるということ。


「それじゃあ、これでお願いします」

「はい。では、これを持って地図の場所まで向かってください。詳細はそちらで説明して貰えるはずなので」


 ここはあくまで斡旋所。詳しい内容は現地で聞かないと駄目らしい。

 長居しても仕方ない。そそくさと冒険者ギルドを後にした。


「とはいえ、初めての仕事かあ。緊張するな」


 簡単なものと言っても、今までやったことがない仕事だ。ましてや元の世界とは縁遠い、魔術に関する依頼。自信などあるわけがない。緊張するなという方が無理である。

 心臓の鼓動を感じながら、地図を頼りに目的地を探した。方向音痴ではない。地図さえあれば、それなりに探せると思っていたが。なにしろここは異世界。どうにも地図と現在の位置をすり合わせるのが難しい。

 それでも何とか、数十分後には目的地までたどり着けた。


 他に並ぶ家と変わらない、ごく普通のありふれた洋風の家。特にこれといった看板もないし、なにか店を開いているようには見えなかった。本当にここが目的地なのかと、地図を何度も睨み返す。

 しかし、どう考えてもここだった。とりあえず入るだけ入ってみようか。

 扉をノックしようとして、そういう習慣があるのか知らないことに気付く。何回ノックすれば失礼がないのか。そもそもノックする習慣があるのか。

 拳を上げたまま、扉の前で固まった。


「…………何してるんだ?」


 背後から聞こえてきた声に振り向くと、紙袋を抱えた男性がそこに立っている。身なりは小ぎれいに纏まっているが、何故かその上の白衣はボロボロ。オマケに髭も微妙に伸びており、髪の毛も手入れされていない。

 十日目ぐらいの自分と良い勝負をするだろう。それぐらいの見た目をしていた。


「ええと、依頼を受けてやってきました。ここ、ジノ医院で合ってますね?」

「ああ、依頼ね。それじゃあ遠慮なく入ってくれ。鍵とかかけてないから」


 仮にも医院を名乗るのに、戸締りせずに外出していたのか。不用心というか、何というか。


「では、お邪魔します」


 家主と違い、中は至って綺麗に片づけられていた。隠し部屋の彼女と比べたら、雲泥の差と言っていい。いやむしろ、比較するのが失礼なくらいだ。

 ただ医院という風じゃない。普通の部屋に椅子が二つ置かれていて、怪しげな薬が並ぶ戸棚があるくらいだ。それ以外はこれといって医者らしいアイテムは無かった。


「んじゃ、適当に座って。依頼内容を説明するから」

「あ、はい」


 椅子に座れと言うことだろうか。さすがに床に座れとは言わないだろう。こちらも土足で部屋まで入る文化のようだから。


「俺、ジノ。ここで医者やってますっと。ええと……あったあった」


 机の引き出しから、一枚の書類を取り出す。

 渡されたそれには、住所と名前の一覧が載っていた。


「オタクにやって貰いたいのは、ココとココとココ。一軒につき銀貨一枚。合わせて銀貨三枚。風邪予防で、それ以外は無し。表は空いてるから、声かけて入って。終わったら戻ってきて報告よろ」


 それだけ言い残すと、ジノは部屋の奥へと消えていく。

 もっと何かあるかもしれないと、身構えていた己が馬鹿らしくなってきた。あんないい加減なのが、本当に医者なのか。俄かには信じられない。

 だが依頼主がどうであれ、仕事は仕事。引き受けた依頼を放り出していい理由にはならない。まずは振られた仕事をこなさなくては。


「じゃあ、行ってきます」

「おう」


 家の奥から適当な相槌が返ってくる。

 ジノ医院。覚えておこう。何かあっても、ここを頼ることはすまい。











 終わる頃には夕方になっていた。

 たかが三件だ。どうしてそんなに時間がかかるのか。始める前の己もきっとそう思っていただろう。

 魔術自体に問題はなかった。なんか相手が光っていたし、あれで効果無しという事も無いだろう。それはいい。

 問題は今日回ったのは、一人で暮らす老人たちだということ。初めて見る顔が新鮮だったのか。それはまあ、身の上話を喜々として語ってくれた。こちらも依頼で訪れている身。無下にはできない。

 ちゃんと相手をしているうちに、気が付けば時刻は夕方となっていた。


「そりゃ人気もないわ。この依頼」


 冷酷に話を打ち切れるのなら、何の苦労もしないだろう。しかし笑顔全開で語り、お茶だけではなく菓子も出され、最後にはありがとうと感謝までされたのだ。次の仕事があるので、と打ち切ることは出来なかった。


「只今戻りました」

「お疲れー。案の定、遅くなったな」


 知っているのなら、事前に教えて欲しかった。教えて貰ったところで、どうこう出来たとは思えないが。それでも心の準備ぐらいはしておきたかったものだ。

 肩をすくめ、ジノは持っていたコップを渡してくる。


「そう睨むなよ。老人の話し相手も依頼のうちみたいなもんだ。まあ、報酬が増えたりはしないけどな」

「他人に任せたくなる気持ちが分かりましたよ。それで、どう報告すればいいんですか?」

「ああ、こっちの書類に記入してくれ」


 どの家を回ったのか、どの健康魔術を使ったのか。それを記録として残しておく必要があるようだ。


「それが終わったら報酬の支払い。問題なかったら、こっちの書類にもサインしてくれ」


 仕事というのは終わってからも大変だ。ただ後々になってから揉めるのも困る。

 支払ってないのに支払ったとか言われても、こちらは泣き寝入りするしかなかった。こういうのはちゃんとやっておかないといけない。


「ただ、ココってそんなに忙しいんですか? 繁盛してるようには見えませんでしたけど」


 疲れのせいか、ついつい愚痴っぽい皮肉が漏れてしまう。本心ではあったが。


「今日はどうしても外せない用事があったんでな。あんたが来てくれて助かったよ。誰も引き受けてくれなかったら、どうしたもんかと思ってたんだ」

「用事ですか?」


 医者の会合とかだろうか。生憎とそちらの事情には詳しくない。

 元の世界でも病院は、もっぱら利用する側だった。

 こちらが興味をもったので、機嫌がよくなったのか。ジノは奥に引っ込むと、これみよがしに透明なパイプのようなものを持ってきた。


「特別に見せてやろう。世にも珍しい生物の標本だ。いやあ噂を聞いた時から、是非とも手に入れたいと思ってたんだよ。こうして実際に見ると……うん、気持ち悪ぃな!」


 うっとりとパイプに頬ずりをするジノ。

 だが、己はそれどころではなかった。サインをする手を止め、まじまじとパイプの中の生物を凝視する。

 間違いない。見間違うものか。

 パイプの中に浮かんでいたのは、あの浮島で転がっているはずの目玉石だった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 同じ世界なのが確定しちゃった 帰る手段も浮島にあって浮島を探そうという流れかなあ
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