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第023話『3月23日』


 目が覚めると豪華なベッドで眠っていた。


「ようやく起きたようだな。さあ、弁明を聞こうか!」

「旦那様、落ち着いてください」


 このまま眠り続けたいぐらいの寝心地。それを台無しにするように、威厳のある男性がふんぞり返っている。執事らしき老人が慌てて止めようとするのだが、意に介した風もない。

 察するにフォリン家の当主か。むしろこれで無関係の一般人ですと言われても、逆に困る。


「弁明と言われましても、何が何やら。まずは事情を説明して頂けないでしょうか?」

「いけしゃあしゃあと! よくも言えたものだな!」


 己の発言のどこに逆鱗があったのか。首根っこを掴まれ、思い切り揺さぶられた。寝起きの頭がシェイクされ、脳みそが溶けそうな勢いだ。

 執事が止めなければ、本当にバターになっていたかもしれない。


「旦那様! いけません! 本当に何も知らないかもしれないのですよ!」

「ふん!」


 何とか解放されたものの、当主の機嫌は戻っていない。あるいは、これが平常運転なのか。思い込んだら一直線なあたり、ミラーとよく似ている。


「ミラーは私の大事な一人娘! あの子の為ならば、私は何を犠牲にしても構わないぐらい大事にしている! 目に入れても痛くない、それはもう可愛らしくも愛らしく、利口で可憐な一人娘!」


 今度は恍惚とした表情で語りだした。いつものことなのか、執事は呆れ顔で止める素振りすら見せない。

 親馬鹿なのは結構なことだ。育児放棄するよりも、よっぽどいい。度を越したものは、それはそれで問題ではあるのだが。彼の様子を見るに、とても大切に育てられてきたのだろう。


「そんなあの子を……お前は!」


 矛先がこちらに向く。改めて考え直すが、何に憤っているのかサッパリ理解できない。

 プレートを受け取ったことだろうか。それとも彼女の紹介で宿を使っていること? あるいは持ち出してくれた本が原因なのか。どれだけ考えても答えは見つからなかった。


「すみません。心当たりが全くなくて」

「ふざけるな! お前なんだろ! あの子の彼氏というのは!」


 乱暴に壁を殴る。その表情は悪鬼羅刹の如く、怒り狂ってた。なるほど。これだけの親馬鹿なのだ、娘に彼氏が出来たなら激怒するのも頷ける。己とて、愛娘に悪い虫がついたら日本刀を持って襲撃するかもしれない。妻も娘もいないが。

 ただ大きな問題がある。己はミラーの彼氏ではないということだ。


「あの、何か誤解しているようなのですが。確かに彼女の世話にはなりましたけど、彼氏というわけでは……」

「とぼけるな! 秘かに貴様と会っていたことは調べがついているのだぞ!」


 さすがに愛娘を一人で行動させるほど迂闊ではない。やはりコッソリと行動を監視していたようだ。己と会っていることも、とうに知っていたらしい。

 だとしたら、分かりそうなものだが。こんなおっさんと少女。逢引きと思うには年が離れすぎている。


「何度か口を挟もうとしたが、お父様には関係ないとまで言われたのだ! あんなにも愛らしいミラーが、これだけの覚悟をしているのだ! よほどの相手かと思って調べてみたら、どこの馬の骨とも知らぬ旅人だと! 許せん!」


 一人で喋りながら、勝手にエキサイトしている。

 どこから訂正したものか。誤情報が多すぎて己も混乱していた。


「私が怪しいことは分かります。それを訂正できるだけの証拠もありません。しかし、恋人というのは発想が飛躍しすぎですよ」

「私を舐めるな! あの子のあの目! 貴様に会いに行く時の表情! あれは間違いなく、恋する乙女の眼差しだ!」


 いや、未知の話が聞けるからワクワクしているだけだと思われる。恋しているのは己ではなく、不可思議生物や組織についてだ。だからといって、それを説明するのもどうだろう。

 素性の知れない怪しい男から、秘密組織を信じる痛い男にジョブチェンジしそうだ。警戒を飛び越えて、いっそ処刑されそうな勢いである。

 そもそも信じて貰えまい。ミラーだからこそ、受け入れてくれたのだ。その父親だからといって、普通は眉唾ものである。


「違いますよ。あの、私はその、吟遊詩人でして」

「……何?」


 この世界にそういう職業があるのか、まだ分からない。しかし誤魔化すのなら、これしかないだろう。


「それも他の吟遊詩人が扱わないような、とても不思議な生物の話を専門にしています。それがどうやらお嬢様の琴線に触れてしまったようで。どうしても話を聞きたいと頼まれたから、こっそりと教えていただけです。恋愛など、とてもとても」


 嘘には真実を混ぜればいい。常套手段だが、そんな上等な嘘を考えている暇はなかった。

 殆ど嘘だとしても、とにかく騙せればそれでいい。

 妄想を語る男よりかは、信用されそうなものだが。果たして。


「確かに、あの子はそういう不思議なものに惹かれがちだ。怪しい組織がこの世界にはあるのだと、信じて疑っていない。いずれは目が覚めるだろうが……なるほど」

「信じて頂けましたか?」


 当主は後方を確認しながら後ずさり、そのままの勢いで再び華麗に舞った。


「それがお前の手口かああああああ!」


 二度目のフライングクロスチョップで、KOされたのは言うまでもない。











 変な耐性でもついたのか。目覚めたのは夕方のことだった。

 これが休日ならば、一日を無駄にしたと後悔しながら夕食を買いにいくところだ。そういう生活をしていたのも、随分と昔のように思える。一ヵ月前ぐらいは、そんな生活を送っていたというのに。

 ジンジンと痛む首筋を押さえながら、ベッドから足を下ろした。


「あら、ようやくお目覚めのようね」

「ミラーさん! いいんですか、こんな所にいて」


 あれだけ過剰反応していた当主様のことだ。また会っていたと知られたら、今度は剣でも飛んできそうな気がする。

 不機嫌そうに鼻を鳴らし、ミラーは唇を尖らせた。


「いいのよ。お父様ったら、変な勘違いであなたを攻撃したんだもの。しばらく反省して貰わないと」


 あれでも一応は偉い立場にあるはずなのに、娘の方が立場は上らしい。まさに親馬鹿だ。


「言っておくけど、恋愛感情なんて持っていないわよ。さすがの年齢が上すぎるもの。政略結婚ならまだしも、そんな情熱的にはなれないわ」

「はい。そうじゃないかと思いました」

「……そういう風に納得されるのもなんだか癪ね」


 難しいお年頃だ。いや、女性は何歳になっても難しいお年頃なのかもしれない。

 だからといって、本当に恋心を抱くわけにもいかないので納得してもらう他なかった。


「とりあえず、お父様の暴挙で怪我をしたのだから。しばらくはゆっくりしていきなさい。これで屋敷に招く口実も出来たんだから」


 勘違いで攻撃して怪我させたのだ。娘に対してあまり強く出られないのだろう。だからといって、己のような男を屋敷に招くのもどうかと思う。法を犯すほどの度胸がないので、間違ってもそういう事はしないのだが。他の人間が同じとは限らない。

 まあ、そこは金持ちの屋敷。なんらかの対策はしているのだろう。


「ありがとうございます。それじゃあお言葉に甘えさせて貰いますよ」


 色々な体験をしたおかげで、多少は図太くなれた。あちらが泊っていいというのだから、断る理由などどこにもない。折角の豪華なベッドだ。今のうちに堪能しておいた方がいい。


「その代わり、また話を聞かせて貰えるかしら? またこうして招ける機会なんて、そうはないんだから」


 あくまでこれは特別。再び屋敷に招かれる機会はおそらくあるまい。さすがにもう当主も許さないだろう。

 お代というほどではないが、それぐらいならお安い御用だった。


「あ、それと我儘ついでに。健康魔術について書かれている本とかありませんかね? 勿論、すぐにお返しします」

「読書家なのね。いいわ、お父様に頼んで良さそうな本を見繕って貰うわ」


 親馬鹿のことである。何らかの復讐はしてきそうなものだが。

 ここはミラーを信じることにしよう。

 そして部屋で夕食をとり、美味しい料理を堪能した後、二冊の本が運ばれてきた。


「…………」


 片方はいい。健康魔術の基礎の基礎だ。理解できるかどうかは別として、入門書から入るのは間違っていない。

 問題はもう片方だ。ざっと読んでみたが、どうやら普通の小説らしい。

 領主の娘に告白した男が、領主の逆鱗に触れて処刑される。そういう内容の小説だった。


「全然誤解が解けてないんだが」


 こちらの本は明日の朝にでも返却しておくことにしよう。


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