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第021話『3月21日』


 逃げ隠れて一日。街の中は至って平穏だ。

 陰陽師みたいな連中が、血眼になって誰かを探しているという事もない。これも己を油断させる為の罠なのか。それとも極秘裏に捜索しているだけなのか。

 ただ、この街に手が及んでいない可能性もあった。秘密組織だからといって、全世界に手を広げているわけでもあるまい。

 そもそも、完全に別世界に転移した可能性もある。前の世界と今の世界と繋ぐものは、組織という謎の存在だけ。それだって、実在しているかは疑わしい。

 それ以外はこちらの世界には影も形もなかった。


「早まったか?」


 突然の思いつきに、踊らされた感はある。実際、元の世界から転移してあの浮島に送られたのだ。次の転移も別の世界、と考えるのはごく自然な発想に思える。

 それを確かめる為にも、一度宿に戻ることにした。










「どこに行っていたのよ! 心配したんだから!」


 宿に見張りはおらず、それらしい連中の気配もない。ギルドから連絡が入れば、ここは真っ先に押さえるべき場所なのに。やはり、ここは別世界なのだろうか。

 疑心暗鬼になりつつも、部屋に戻ればそこにはミラーが待っていた。

 随分とご機嫌斜めで。


「まさか組織に拉致されたのかと思ったわよ。まあ、この街にはフォリン家の目が光っているから。活動する事なんて出来ないでしょうけど。万が一ってことはあるもの」

「すみません。冒険者ギルドに行ったんですけど、ちょっと色々ありまして」


 もしも組織の手が伸びていないのなら、もう一度ギルドに戻るのも有りだろう。どの面下げてと言われるかもしれないが、登録はやはりちゃんと済ませておきたい。


「ふーん? 警戒するのはいいことだわ。無警戒で拉致されるよりもね。ああ、それよりも約束の本を持ってきたわよ」


 渡された本はちゃんと日本語になっていた。今更ながら、どうして言葉も文字も日本語なのか。質問してみたが、昔からこうだったと言われて困惑するだけだった。まさか、過去か未来の日本でしたというオチはないと思いたい。


「助かります」

「それよりもギルドに行ったのなら、適正も調べたはずよね? どうだったの?」


 何と答えるべきか。恩人に嘘は言いたくないが、あまり公にしたいものではない。とりあえず当たり障りのないものだけ答えておくことにした。


「健康魔術です」

「へえ、面白い適性があるのね。それだったら、ついでに健康魔術の基礎の基礎も一緒に持って来ればよかったわ」


 どこかで聞いたことのあるタイトルだ。もっとも、あれは健康魔法の基礎の基礎なので。微妙に違う。


「健康魔法の基礎の基礎、じゃありませんよね?」

「魔法じゃなくて魔術。似てるようで全然違うわ」


 どう違うのか。無教養なら人間からしたら、どちらも同じものに感じる。

 具体的に何が違うのか尋ねてみたが、どうにも要領を得なかった。誰もが使っているものが魔術で、そうでないものが魔法だとか。ただ基本的には全部魔術なので、魔法というのは空想とか創作の中にしかないらしい。

 ただ、魔術を魔法と言ってしまう人間も中にいるのは、やはり違いは大してないようだ。


「それよりも、この間の話を続きをしてちょうだい。目玉のついた石に、蒸気を出す馬。他にはどんなものがあったのかしら」


 請われるままに、彼女のこと以外は詳しく説明していく。その度にミラーは目を輝かせ、まるで御伽噺を聞くかのように恍惚の表情を浮かべていた。

 そして悟る。やはり、この世界にはあの浮島で体験した知識が何一つとして当てはまらない。ヤーデバロ語などという言語は存在しておらず、翻訳の指輪すら聞いたことがないそうだ。

 当然、不思議生物などは影も形も生息していない。


「空を飛ぶ浮島。うーん、是非一度は訪れてみたいけれど。どこにあるのかも分からないのよね?」

「はい。下手をしたら異世界の話かもしれません。そこは私にも何とも分からないもので」


 ミラーは気にした風もなく、そうなのと頷いた。少女からしてみれば、とにかく不思議な話を聞ければそれでいいのだ。この世界であろうと、異世界だろうと、どちらでもいい。ただこの世界ならば直接見られるからラッキー、ぐらいにしか思っていなさそうだ。

 こちらとしても、組織なる存在が無い方が助かる。異世界であって欲しかった。


「冒険者になったのなら忙しくなるかもしれないけど、また是非とも話を聞かせて欲しいわ。なんだったら私の屋敷まで訪ねてきてもいいわよ。私に用があるって言って、そのプレートを見せれば通してくれるはずだから」

「暇があれば、そうさせて貰います」


 行くつもりは微塵もなかった。あの御者との会話や、こうして宿屋まで訪れている辺り。両親は少女の趣味についてよくは思っていないのだろう。そこへノコノコと元凶となりそうな男が現れたら、どういう対応をとるか。火を見るよりも明らかだ。

 それに、少女にあまり世話になってはいけない。頼りすぎるのではなく、己一人でも生活できるようにならないと。いつまた転移するか分からないし、なによりも元の世界へ戻る方法も調べなくてはいけないのだ。


「それじゃあ頑張ってね」


 ミラーが部屋を出ていく。チラリと窓から外を見たが、見張っている人間はいないようだ。ただ、妙に身なりの良い男がコソコソとミラーの後をつけていた。さすがに護衛の一人もなく来るほど、無警戒ではなかったということか。


「よっと」


 冒険者ギルドへ戻る前に、まずはこの世界について知らなくてはならない。

 己はベッドに寝そべり、ミラーから渡された本を捲った。

 真っ先に目に飛び込んできたのは


「聖女?」


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