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第020話『3月20日』


 野宿でもない、ちゃんとしたベッドでの目覚め。素敵な朝が来た。

 出来れば、もう少し寝ていたいと思うぐらいに。しかし無駄に惰眠を貪るわけにはいかない。こちらにはこちらで、金という最大の問題点があるのだから。ミラーから渡された数枚の銀貨は、どうやら元の世界で言うところの数千円の価値があるらしい。

 しばらく暮らすには問題ないとしても、すぐに消えてなくなる額だ。かといって、またミラーから金をせびるわけにもいかない。自力で稼ぐ方法を見つけなくては。

 さしあたっては、昨夜の探索で素晴らしい建物を見つけていた。これだけお約束の街なのだ。当然、それもあると思っていた。

 こうして己は冒険者ギルドへと足を向けるのだった。











 冒険者ギルド。言わずと知れたファンタジーのお約束。異世界に転生したら、まずはここに行かなくてはならない。そうルールに記されていてもおかしくないぐらい、よく知られた存在である。

 謎の浮島や尋問室には当然無かったが、ここは大きな町。もしかしたらと思っていたが、やはりそれはあった。

 他の一軒家とは異なる、明らかにパブリックな大きさの建物。看板には堂々と、冒険者ギルドの文字が躍っていた。木造の豪華な市役所とでも言えば、この感動は伝わるだろうか。

「おっと、いけないいけない。通行の邪魔になる」


 さすがは冒険者ギルド。出入りする人間の数も多い。ただ、荒くれ者のような冒険者の姿は見当たらなかった。殆どが普通に街を歩いている一般人と大差ない。お行儀の良いギルドなのだろうか。昼間から酒を飲んでいる連中がたむろしているイメージがあったのだが。

 何事も偏見はよくない。まずは直接見て確かめよう。

 中に入ってまず感じたのは、その清潔さだった。確かに己が泊っている宿も綺麗で清潔だ。しかし、冒険者ギルドのそれはワンランク上のように思える。床に多少の汚れはあるものの、毎日掃除を欠かしていないのか。それ以外の壁やら天井は白亜の美しさを保ったまま。

 行きかう職員らしき人達も、身ぎれいにしている。これが本当に冒険者ギルドなのか。表に出て看板を確かめたくなった。


「全然イメージと違うな。とりあえず、どこに行けばいいんだ?」


 受付は複数設置されている。それぞれに何やら小難しい看板が並んでいるが、どうにも理解できない。初心者冒険者窓口とかは無いのだろうか。

 そうやってウロウロしている己を見かねて、職員らしき人が話しかけてくる。


「何かお困りですか?」


 柔らかい緑色の髪の毛が、羊のようにモコモコしている。たれ目も相まって、どことなく眠そうに見えた。しかし職員らしき制服を着ている。ここは素直に質問しておくべきだろう。


「すみません。冒険者になりたいんですけど……」

「ああ、冒険者登録希望の方ですね。それでしたら、あちらの窓口で整理券を受け取ってお待ちください」

「はい、どうも。ありがとうございます」


 頭を下げて、言われるがままに窓口で整理券を受け取る。それにしても、これではまるで市役所ではないか。似ているとは思ったが、中のシステムまでそっくりだ。となると、そこそこ待たされる気がする。病院と市役所でスムーズに案内された記憶がない。

 などというのは懸念に過ぎなかった。それから数分経っただろうか。すぐに己は窓口で番号を呼ばれた。

 元の世界もこれぐらい早ければ、待つ時間も苦にならないものを。


「お待たせしました。冒険者登録を希望されているんですね?」

「はい」

「では、こちらの紙に名前と年齢と住所を記入してください」


 さて、困った。名前と年齢はいい。別に転生したわけでもあるまいし。東雲誠也、四十歳と書けばいいだけだ。

 問題は住所である。当然、そんなものはない。

 寝泊まりしているのは、ミラーから紹介された宿屋だ。しかし、それを住所ですと言い張るのはどうだろう。ホテルに住んでいるからといって、そこが住所になるわけではないのだ。


「あの、実は宿屋で寝泊まりしているんですけど。そこが住所ってことになるんですかね?」

「他の都市に実家があるのでしたら、そちらを記入して頂いて構いません」

「いやあ、実は住所とか無いんですよねえ……」


 苦笑いしながら、困ったように頬をかく。元の世界なら、これだけで一発アウト。即退場ものだ。

 異世界ではどうなるか。受付の女性は、何も言わずに笑顔で答えた。


「では、現在お泊りの宿屋で結構です。ただし住所が決まった場合は、即座に住所変更の手続きをお願いします。最悪、登録解除という事もあり得ますので」

「あ、はい」


 こういう人間も多いので、対応にも慣れているのか。困った素振りすら見せない。

 まあ、こちらとしては有難い限りだ。素直に宿屋の住所を書こうとして、住所すら知らないことを思い出した。

 それから宿屋に戻って住所を聞き、改めてギルドで書類を作り直したのは昼前になってからの事である。










「では、まず適性を計ります。そちらの筒に手を入れてください」


 冒険者ギルドと言っても、自由に依頼を受けられるわけではない。生まれながらにして持っている適正によって、相応しい依頼を割り振っているそうだ。それもそうである。料理が苦手な冒険者に、料理の仕事を依頼する馬鹿がいるものか。

 ただ、正直説明はあまり耳に入ってこなかった。なにしろ適性計測だ。元の世界では絶対にありえなかったこと。己にどういう適正があるのか、明確に分かる。

 これがドキドキせずにいられるだろうか。

 ゆっくりと、黒い筒に手を入れていく。


「あまり緊張しなくても大丈夫です。誰にでも必ず一つは適性がありますので」

「は、はぁ」


 それは、あくまでこの世界の人間はだ。異世界から転移してきた己にも当てはまるかは分からない。もしかしたら適正0という可能性だってある。

 元の世界においても、才能があると実感した経験はゼロだった。スポーツで活躍したこともないし、創作においても恥ずかしいものを量産した程度。仕事もこれといって優秀というわけでもなく、他人との会話ともそつなくこなすだけ。才能らしい才能などどこにもない。

 勿論、才能に気付けなかった人間もいる。むしろ、そちらの方が多い。己もそういう人種だったのかもしれない。だがそれは、一般生活においては役に立たない才能だったという事でもある。

 殺人の才能がありますよ、とか出たらどうしたものか。

 そんな葛藤も露知らず、黒い筒は淡々と結果をはじき出した。


「素晴らしいですね。適正が三つもあります……?」


 職員が目を細める。黒い筒にはモニターのような表示欄が設置されていた。そこには確かに三列の文字が並んでいる。


『健康魔術』

『数奇』

『1382400』


 一番上は分かる。その手の本も読んだ。あれは魔法だったが、似たようなものだろう。ただ、理解は出来ていない。専門用語が多すぎたのだ。

 二番目も言葉の意味は分かる。不運とか波乱とか、そういう運命に対して使われる単語だ。

 三番目は何も分からない。なんだ、この数字は。


「これ、壊れてませんよね?」

「少々お待ちください」


 血相を変えて職員が立ち去る。あまりにも魔力が強すぎてとか、見た事もないレア適正があってとか、そういうポジティブな驚きであって欲しかった。まあレアと言えばレアっぽいが、どう好意的に捉えてもマイナス適正にしか見えない。特に二番目。

 だが、これが己の適正だというのなら納得感もある。三つあっても、どれも元の世界では発揮されない才能だ。魔法など使えないし、誰も教えてくれない。その才能に気付くには、異世界に転移するしかないのだから。


「お待たせしました。こちらでもう一度試してみてください」


 ちなみに、結果は同じものだった。どうやら己の才能は『健康魔術』と『数奇』と『1382400』らしい。

 まさか、他ならぬ己自身も不思議生命体だったとは。

 などと悠長に構えている場合ではなかった。これはマズイ気がしたのだ。

 そう、己は知っている。本当に組織というヤバイ連中がこの世界にいることを。もしも本当に不思議生物になっているのだとしたら、奴らがそれを見逃すとは思えなかった。これも報告されてしまうのではないか。


「あ、もしかしたらアレが原因かもしれなませんね」

「原因? 何か特別なことをされているんですか?」

「ええ、変な老人から貰ったものがあるんですけど。ちょっと取りに戻って構いませんか?」


 許可を貰い、己は急いで逃げだした。

 宿屋の住所は記入済みだ。調べるまでもない。

 後悔している。どうして暢気に冒険者ギルドだ、などと騒いでしまったのか。安易にも程がある。自分は追われている立場だと、改めて理解しなくてはならない。


「追っ手とか来るかなあ。来るだろうなあ」


 過ぎてしまったことだ。今はもうポジティブに考えるしかない。

 冒険者ギルドに行ったから、己の適性を知ることができた。

 それが判明しただけでも、大きな収穫だと言えよう。

 健康魔術だって、ちゃんと学べば理解できるかもしれない。その道が見えただけで、今は満足するしかなかった。

 ちなみに他の二つを無かった事にした理由は、言うまでもあるまい。


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― 新着の感想 ―
[一言] 異世界からまた別の異世界に飛んでる? まあ違う世界という確証がない以上慎重になりすぎてもいいくらいではあるか
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