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第018話『3月18日』


 謎の浮島でサバイバル生活を送り、陰陽師集団に拉致されたかと思ったら、次の瞬間には草原にいた。説明をしているはずなのに、これほど意味不明な文章もあるまい。当事者からすれば、尚の事である。

 だが東雲誠也、四十歳。これまで何度も不可思議なものによって翻弄されてきた。目玉のついた石や、蒸気を首から吐き出す馬。先の見えない吊り橋もあれば、突然拉致されての尋問だ。異常耐性がついたのだろう。

 広がる草原を前に、思いのほか心は落ち着いていた。


「よし、まずは飲み水と食料の確保からだ」










 本来ならば四苦八苦するべきなのだろう。どこにも水や食料はなく、また飢えて死にそうになるのが運命のはずだ。今まではそうだった。

 しかし、それがどうしたことか。

 少し歩いだけで、舗装こそされていないが道らしきものが見えてきた。幻や蜃気楼などではない。正真正銘の土の道だ。

 慌てて駆け寄る。わだちの痕も真新しい。ここを馬車か何かが通って行ったのだろう。


「問題はどうやって会話するかだな。指輪も奪われたままだし」


 メモ帳とボールペンとコップは返して貰った。だが、それ以外は陰陽師に奪われたままだ。最早名前も思い出せない言語を翻訳できる指輪も、今は手元にない。


「まあ、なるようになるだろう。あの連中に比べたら、どんな奴だってマシだ」


 早速、向こう側から馬車が走ってくる。見を凝らしたが、どこにも異常はない。二頭のごく普通の馬が、木製の馬車を引っ張っていた。間違っても首から蒸気など出していないし、馬車にもおかしな点はない。

 あまりに普通すぎて、一瞬止めるべきか悩む。しかし、普通ならそれはそれでいいではないか。異常すぎて、異常に慣れてしまっただけだ。そう思いなおし、馬車の前で両手を振った。

 ひき殺されそうになったら、さすがに飛びのこう。そう決意ながら。


「どうどう! 何考えてるんだ! 危ないだろうが!」


 御者らしき男が怒鳴る。間違いない。慣れ親しんだ日本語だ。

 当然、指輪などはめていないし頭にも奇妙な装置はついていない。理屈は分からないが、とにかく言語は通じるようだ。


「すみません、気が付いたらここで寝ていて。近くの町までどう行けばいいですか?」

「おかしなことを言う。グルトの町なら、あっちの方角に進めばいいだけだ。一本道なんだから、迷うはずもない」

「ありがとうございます。おかげで助かりました」


 頭を下げる文化があるのか分からず、とりあえず笑顔でお礼をする。

 御者はすぐさま手綱を握ろうとするが、後ろから人が飛び出してきた事に気付いた。慌てて止めようとするが、その人物には気にした風もない。地面にはしたなく着地して、己の方をじっと見つめてきた。


「あなた、面白いことを言っていたわね! 気づいたらここで寝ていた? 詳しい話を聞かせて貰おうかしら!」


 薄茶色い髪の毛がふわりと舞い、活発そうな双眸が爛々と輝いていた。年はまだ十歳かそこらか。体つきもとても幼い。豪華な衣装にも、まだまだ着られているという感じが強かった。


「勘弁してください、お嬢様。こんな所で時間を食っていたら、旦那様に叱られてしまいます」

「それもそうね。よし、それじゃああなた!」

「俺ですか?」


 貴族か、それとも資産家か。いずれにせよ、やんごとなき身分の御方のようだ。護衛の一つもついていないので、ごく普通の馬車だろうと思っていたのに。さすがに無警戒すぎないかと、心の中で指摘しておく。

 そんなこちらの警告に気付くわけもなく、少女は自信満々に言い放った。


「詳しい話は馬車の中で聞くわ。さあ、乗りなさい」

「お嬢様!?」


 御者は露骨に慌てた。無理もない。逆の立場でも同じように慌てる。上の人間の気まぐれほど、下にとって辛いものはないのだから。気持ちは分かる。分かるが、ここは強引に押しとおるしかなかった。

 情報が欲しい。たとえ相手が少女だろうと、この世界について知ることが出来るのなら文句は無かった。


「こんな得体のしれないうえに、身なりも見すぼらしくて、おまけに臭い! そんな輩を馬車に乗せたとあったら、旦那様から殺されてもおかしくない! 考え直してください!」

「嫌よ。時間が惜しいって言うから、妥協してあげたんじゃない。私は彼の話に興味を持ったの。お父様がどう言おうと知ったことじゃないわ。どうしたの? さあ、早く」


 チラリと御者の方を見る。鬼のような形相で睨まれた。断れと言外に言っているのかもしれない。だが、ここは鈍感なフリをするべきだ。気づかれないように視線を逸らしつつ、お邪魔しますと馬車の中にあがった。

 こちらが想像していたものよりも、遥かに豪華な内装だった。椅子だって剥きだしの木ではない。赤いシーツで彩られ、白いレースがアクセントになっている。そういうお金持ちが座りそうな馬車になっていた。


「出発して頂戴」

「どうなっても知りませんからね!」


 馬車が動き出す。木製の車輪に土の道。さぞや揺れるだろうと思った車内は、ことのほか揺れが少ない。魔法か何かでもかけられているのだろうか。そう質問しようとした矢先に、少女が問いかけてくる。


「これで心置きなく質問できるわね。気付いたら草原で寝ていた? それって不思議な体験に巻き込まれたという事よね? 詳しく聞かせて頂戴!」


 そういう不思議なことに興味津々なお年頃なのかもしれない。元の世界でも、こういう子供は沢山いた。いや、大人でも興味津々な人達はいたけれど。

 ただ、どう話したものか。まさか全てを話すわけにもいかない。こちらは、この世界の常識すら知らないのだ。迂闊な発言で処刑でもされたら、それこそ今度こそ逃げられない。


「……実は俺もよく分からないんですけど。別の場所にさっきまでいたんですけど、気づいたらこの草原で寝ていて」

「つまり転移したってことなのね!」

「まあ、そうかもしれません」


 身を乗り出されたので、思わず視線を逸らす。


「やっぱり、転移の魔法はあるんだわ! お父様もお母様も、そんなものは夢物語だとか言っていたけど。私の考えは間違えていなかったんだわ! それで、あなたが転移できるの? それとも、そういうアイテムを持っているのかしら?

「え、ええと……それも分からないんですよ。変な連中に尋問されていて……」


 これは言わない方が良かったかもしれない。と、口を開いてから気づいた。

 あれが、この世界における警察のようなものであれば。善良な市民は己を通報すべきだろう。なにしろ警察の尋問から逃走しているのだから。怪しいを通り越して、完全に犯罪者だ。

 しかし、彼女は更に目を輝かせた。


「組織ね!」

「え? 組織?」

「そうよ! やはりいたんだわ! 常識では理解できないものを世間から隠している闇の組織! そいつらがいるから、そういうものは表に出てこないようになっているの!」


 そんな馬鹿なと言おうとして、言葉に詰まる。陰謀論は信じないタイプであるし、基本的には鼻で笑ってきた。しかし、あの連中を見るとそれも馬鹿にできない。

 蒸気馬を危険だと言って排除し、己も閉じ込めようとしていた。少女が言うように、得体のしれないものを極秘裏に始末していたのではないか。実際に見てきた己からすると、あながち間違いのように思えない。


「つまり、あなたは組織から追われているのね。それは大変だったでしょう。いいわ、それならしばらく私の屋敷で暮らしなさい」


 願ったり叶ったり、と言いたいところだが。少女の両親はどう考えても、それを許さないだろう。娘が素性も分からない薄汚い人間を連れてきて、家に泊めて欲しいのと言われたら誰だって断る。ましてや組織から追われて危険なのだと言えば、医者を呼ばれかねない。

 少なくとも、ここはある程度己の常識と似通った世界なのだろう。だとしたら、己がどれだけヤバイ存在なのか。客観的に考えなくてもよく分かる。


「お言葉は嬉しいんですけど、ほら、その、組織があなたの屋敷を襲うかもしれません。それは大変心苦しいので、そちらでご厄介になるわけにはいかないんですよ。気持ちだけありがたく受け取っておきます」

「……そう。確かに、私の屋敷は目立つものね。お父様やお母様も、すぐ通報しそうだし」


 危なかった。迂闊に了承していたら、今頃また監獄行きだ。


「なら、これを門番に見せるといいわ。そうしたら悪いようにはならないはずよ」


 そう言って、金属製のプレートを渡される。見慣れたアルファベットで、フォリンという文字が刻まれていた。


「そういえば自己紹介がまだだったわね。私はミラー・フォリン。フォリン家の次女よ」

「あ、これはご丁寧にどうも。東雲誠也と申します。生憎と名刺は切らしているので」


 いつもの癖で名刺を渡そうとするが、そんなものを持っているわけがなかった。


「メイシ? よく分からないけど、そのプレートは大切に持っておいてね。そのうちまた会いに行くから。絶対よ!」

「は、はい」


 よほど、こちらの話に興味があるようだ。尋問されるよりかは遥かにマシなのだが。なんとも厄介な少女に捕まってしまったのかもしれない。


「さて、それじゃあカロスが限界みたいだし。後は歩いていけるわね?」

「はい。どうもありがとうございました」


 馬車が止まり、降ろされる。さすがに街まであのまま入ったら、門のところで止められそうだ。いくら少女が説明しても、怪しいものは怪しい。


「それにしても、トントン拍子すぎないか?」


 プレートを眺めながら、そう呟いた。

 これまでの日々が嘘のように、なんとも小気味よく進んでくれる。むしろ、あの日々がおかしかったのではないか。今となってはそう思えるぐらいだ。

 ただ、残してた彼女が気がかりではある。まあ、己にはどうすることも出来ない。

 今はただ、生きることに全力を尽くすだけ。

 そう思い歩き出した己が街に到着したのは、翌日のことだった。


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