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第017話『3月17日』


 翌日、日記は無事に戻ってきた。

 そして案の定、昨日の尋問についても既に記された後だった。

 書いた覚えはないというのに。やはり自動的にあったことを日記にしてしまうのだろう。

 腹いせに破って投げ捨てたところ、すぐに元通りになって戻ってきた。

 おのれ。










 解放するという発言が真実だったのかは分からない。ただ対応が厳しくなったのは事実だろう。尋問の後に入れられた部屋は、まさしく牢獄と呼ぶのに相応しい内装だった。

 四方八方は壁で覆われ、窓の一つもない。あるのは厳重に閉じられた鉄のような扉のみ。トイレやベッドすらなく、むしろ囚人よりも扱いは酷かった。もよおしたらどうするのかと尋ねると、部屋の隅っこの穴を指される始末だ。

 食べ物も水も与えられず、昨日の日記が浮かび上がってきたので今が翌日だと分かる。そういう状況にあった。まるでサバイバル初日を思い出す。あの時も辛かったが、今もかなり辛い。


「こっから一発逆転する方法とか無いかなあ……」


 テロリストが奇襲してきて、彼らを助けたら感謝されないものか。いや、こちらは何の能力も持たない素人。むしろ真っ先に殺されるのが関の山だ。だからこそ脱獄もできない。そんな力があるのなら、最初から逃げ出している。


「あの子も無事だといいんだけど」


 自分もそうだが、彼女もどうなっていることやら。あの日記を解読したなら、彼女についても全て把握してしまったのだろう。自分と違って彼女は魔法も使えるし、転移も出来る。そう簡単に捕まるとは思えないが。それでも心配ぐらいはしても罰は当たらないはずだ。

 むしろ、自分がどうするべきなのか。なんとか交渉の材料を考えてみる。だが、どれだけ考えても思いつかなかった。当然だ。彼女との交渉材料も無かったのに、いきなり降って湧いてくるわけがない。

 知ってることも全部日記がバラしてくれた。こちらの手持ちのカードはいつだってゼロだ。











 何故か尋問は続いた。

 情報は全て日記を見れば分かる。これ以上質問されても答えることはないというのに。

 またあの狭い部屋に通され、光る石を持った陰陽に圧迫面接されている。


「もう全部話しましたよ。日記が」

「ああ、そうだな。おかげでとても助かっている」


 それはどうも、と皮肉をこめて返事をした。


「君がどうして蘇生したのかも把握できたし、ラッテの生き残りも始末できた。回廊についてはちゃんと処分しておいたから、そちらも心配いらないよ」

「プル何とかは?」

「ああ、あれは問題無い。今もまだ、あの区画で転がっているんじゃないか」


 さすがは飼育本も発売されている生物だ。本当に無害だったらしい。

 まあ、その無害な生物に足を折られたこともあるのだが。


「ただ、君がどうやってこちらの世界に来たのか。それについては日記にも詳細が書かれていなかった。だから、それについてこちらも把握しておかないといけない」


 そう言われても困る。別に隠しているわけでもない。本当に何も知らないのだ。

 気づいたら、こちらの世界にいたとしか言えない。やったことと言えば、せいぜい鍵を差した事ぐらい。生憎と、異世界へと繋がる鍵を自宅の鍵にした覚えはない。


「再度尋ねるが、神と名乗る存在に会ってはいないんだな?」

「はい」


 何度も記憶を確かめたが、そのような記憶はなかった。勿論、抜け落ちている可能性もある。しかし、そういう場合はどうしようもない。覚えていないのだから、思い出せと言われても無理があった。

 陰陽師は唸り、腕を組んでいる。こちらの世界でも悩んでいる人間は腕を組むのだろうか。


「では異世界に通じる門……穴でも渦でも何でもいい。そういうものが開いて、中へ飛び込んだという可能性は?」

「違います。気づいたらこちらの世界に来ていたんです」


 まあ、こっちの人間からしても放置できる問題ではない。いつのまにか異世界へ転移してきたのだ。その原因を探らなければ、いつどこで誰が転移してくるか。あるいは転移してしまうのか。分からないことほど恐ろしいものはない。

 把握しておきたい気持ちは分かる。しかし、己にはどうする事も出来なかった。

 知らないものは知らないのだ。


「念のために訊いておくが、鍵を隠し持っているなら早めに出した方がいい」

「鍵? ああ、自宅の鍵ですか? いえ、持っていません」


 そういえば、こちらの世界に来た時に消えてなくなっていた。手に持っていた牛丼はあったのに、鍵がないのはよくよく考えればおかしな話だ。


「そうだろうなあ」


 調べるでもなく、あっさり引き下がる。それとも既に調べた後なのか。

 まさか尻の穴まで調べたわけじゃあるまいな。


「君のように異世界から来た人間というのもいるにはいる。だが、君のようなケースは初めてだ。こちらとしても対応に困っている」

「はあ」


 まさかレアケースだっだとは。

 こういう時には当たるくせに、クジやギャンブルでは低確率を引かないのだから。運命というのは意地悪だ。


「なので、しばらくは様子見をさせて貰う。多少はマシな部屋に移すので、何か異常があれば知らせて欲しい」


 返事をしようとして、ふと気が付いた。

 そもそも、この連中は危険ならば容赦なく始末する集団なのだ。もう二度と転移しないし、危険性が全く無いならいい。だがもしも、欠片でも危険性があると判断したら。どういう対応をとるのかは、蒸気馬が教えてくれたではないか。


「もしも危険性があったらどうするつもりですか?」


 陰陽師は何も答えなかった。

 嘘を言わない姿勢は好ましい。などと評価している場合ではなかった。


「いや、本当に俺も分からないんですって! 自由に転移できるわけじゃないし! あの時だって、こうやって鍵を差しこもうとして」


 ふと気が付くと草原に立っていた。


「…………………は?」


 狭い部屋はどこにもなく、威圧的な陰陽師もいない。青い空に白い雲。そしてどこまでも広がる草原が目の前に広がっていた。

 後ろを振り返る。そこにも、どこまでも続く草原が広がっていた。

 突然、ワープの魔法に目覚めたとは思えない。


「異世界転移転移かよ」


 自由に出来ないと言ったのは嘘ではない。

 ただ、一度しか出来ないとは言ってなかった。


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