第012話『3月12日』
意識を取り戻した時、そこにあったのは激怒する彼女の顔だった。
「何やってるのよ!」
それは満身創痍な事に対してなのか、それとも蒸気馬を皆殺しにされての事なのか。あるいは両方なのかもしれない。
仕事を果たせず死にかけている部下がいたら、きっと己も同じ態度で同じことを言うだろう。
そこで、はたと気が付いた。あれだけの爆発に巻き込まれた割にはどこも痛くない。目玉石に骨を折られた時は、耐えがたいほどの激痛が走ったというのに。
両手を見ると、身体のどこにも火傷のあとすら無かった。
まさか、こけおどしだったのか。凄まじい爆音と熱を感じたのは覚えている。あれが偽物だったとは思えないが。
「生きてるのか?」
「当たり前でしょ! 私が治療したんだから!」
そうか。そういえば彼女には治療の魔法があった。なかなかに屈辱的な方法ではあるが、五体満足にして貰えるのなら文句などない。
「まさか血が必要なほど大怪我してるとは思わなかったわよ。全身大火傷のうえ、槍か何かで滅多刺しにされてたわよ。一体、何をどうすればそうなるのよ」
爆発では飽き足らず、トドメも刺していたのか。なんという執拗な。仮に飛び出していたとしても、交渉すらせずに殺されていただろう。
「いや、なんか変な連中がやってきて。蒸気……いや、ラッテも皆殺しにされた。すまない」
頭を下げる。一体己に何が出来たのか、という問題はあった。しかし仕事を全うできなかったのも事実。まずは謝罪から入るのが当然であろう。
てっきり殴られるか、最悪の場合は魔法の一つでも覚悟していたのだが。彼女はそれを聞いて、何も言わなかった。
「…………」
ただ難しい顔で顎に手を置き、明後日の方を見つめている。
処遇でも考えているのだろうか。命令は達成できなかったものの、ここで引き下がるほど己も馬鹿ではない。最初から無理があったのだと、主張するだけの準備は出来ていた。いくらなんでも、あんな化け物陰陽師集団に立ち向かえるわけもないのだから。どう足掻いても蒸気馬は殺されていただろう。
それに、すぐさま駆けつけなかった彼女サイドにも落ち度はある。どれだけ抵抗できるかは兎も角として、あまりにも時間がかかるのなら何のための鈴なのか。
言い過ぎれば激怒される恐れもあるので、あまり反論するつもりはないけれど。一応、まだ協力関係を結んでおこうと思う程度に言い返すつもりはあった。
「そう、あいつらが直接来たのなら無理もないわ。おそらく妨害魔法も使ってたでしょうから、鈴が鳴らなかったのもそういう理由なわけね」
警報装置が妨害されていたのか。道理で遅いと思ったわけだ。そして、どれだけ用心深いのか。あの集団は。
「じゃあ、あの鈴を壊したから駆けつけたわけじゃないんだな?」
「ええ。今日は顔を見せないから、ちょっと気になって外に出ただけよ」
もう少し遅ければ。あるいは今日来なかったから。発見されずに死んでいたかもしれない。そう考えると、運が悪いのか良いのか分からなくなる。
……いや、悪いか。
「とりあえず、ここのラッテは駆除したと思ってるでしょうから。もう二度と来ることはないでしょうね」
誰もいない森を見ながら、寂し気に彼女はそう言った。これだけ執拗な集団だ。森にいたはぐれ蒸気馬も、根こそぎ殺して回ったのだろう。生き残りがいるとは思えなかった。
ただ、どことなく彼女の言い回しが気になる。
「思ってるも何も、全部やられたんじゃないのか? 他のラッテはもういないだろ」
「ふふん。どうやらあんたもすっかり忘れているようね。一頭だけ生き残りがいるってことに」
そう言われて、ハッとする。そうだ。蒸気馬は集団で固まるもの、そして群れからはぐれて行動するもの。それ以外の事をしている奴もいたじゃないか。それを己はあの隠し部屋の中で目撃している。
「隠し部屋の中に生き残りがいるのか!」
「そうよ。まあ、だからこそ外の異常に気づけなかったわけだけど」
あちらから気づけないのだから、こちらからも気づけるわけがない。あの集団をもってしても、隠し部屋にはたどり着けなかったようだ。まあ、かくいう己も気づくのに数日かかるくらいだ。そう簡単に気づかれたら立つ瀬がない。
もっとも、一頭が残っていたから何だと言うのだ。という気持ちはある。さすがに一頭だけでは繁殖できないはずだ。
多分。
「見つかった時点で終わりないんだから。一頭だけでも生き残ってたことを喜ぶべきでしょ」
「……それはいいんだけど。じゃあこれで契約は終わり。俺が元の世界に帰る方法は見つけなくていいわね、とか言わないよな?」
己の仕事は蒸気馬の見張り。それも残るは一頭だけで、そいつは常にあの隠し部屋の中にいるのだ。仕事を奪われてしまった以上、対価を要求するのは難しい。
じゃあ、他にどんな仕事ができるのかと言われたら何も答えられなかった。なので、ここが勝負どころなのだ。何を言われても、何を命令されても、とりあえず従ってアピールする必要がある。
無能が重宝されるためには、コネか愛嬌が必要。そして己はそのどちらも持ち合わせていない。
ならばプライドを捨ててでも、食い下がるしかなかった。
「ああ、それもそうね。別にここで止めるつもりはないけど、何もさせないってのは問題があるし。うーん」
腕を組み、考え込む。
何もしなくても報酬があるのなら、それに越したことはない。とはいえ、そんな事を臆面もなく言い放つほど恥知らずでもなかった。
彼女はしばらく考えた後、ポンと手を打つ。
「じゃあ、塗り薬を作って貰いましょうか。幸いなことに材料はあるんだから。それぐらいなら出来るでしょ?」
「塗り薬……もしかして、あの赤い木の実のことか?」
食べ物を粗末にしてはいけません、というのは古くからの理である。塗り薬にするのなら無駄にするわけではないし、神様だって怒りはしないだろう。という理屈はさておき、普段食べているものを薬にするのは若干の抵抗があった。
どれだけ採取しても翌日には元の数に戻っている為、無くなる心配はないのだろうけど。そもそも彼女に塗り薬など必要なのだろうか。あれだけの治癒魔法を使えるのだから、怪我人がいても唾を吐けばいいと思われる。
無言の訴えに気付いたらしく、彼女は肩をすくめた。
「薬よりも魔法で治せって言いたいんでしょうけど、別にあらゆる人間が使えるわけじゃないし。塗り薬で治療してる人達も結構いるのよ。だから、あればあるだけいいの。余っても困るもんじゃないしね」
そこまで言われたて断るほど、贅沢な身分でもない。二つ返事で了承した。
早速、作り方を教わる。そして、すぐさま困惑する。
渡されたのはとんがりコーンのような木の装置。これを赤い木の実が生えていた樹木に刺し、そこから出てきた液体を赤い木の実に垂らせばいいだけ。それで塗り薬が完成するのだ。後は木の実を容器に詰めればいい。
塗り薬の製造工程を見た事はなかった。ただ、これだけ簡単に作れるとは思えない。本当に効き目があるのか疑わしい限りだ。
だが、彼女がそうしろと言っている。こちらの世界ではそうなのだと言われたら、そうなのかと納得するしかない。
「見捨てられても困るし、仕事するか」
とりあえず、一日に三個作れば上等だと言われる。時間は果てしなく余っている。その気になれば全ての木の実を塗り薬に出来るのだが。そこまではしなくてもいいらしい。
言われるがままに、樹木にとんがりコーンを刺す。
「#######!」
「えっ」
樹木が突然叫び出した。当然意味は分からない。慌てて離れてみるが、叫ぶだけで特に害はなかった。枝をしなされて攻撃してきたり、毒の粉をまいたりと。そういう類のことはない。
とにかく、五月蠅いだけだ。
「#######!」
「何を言ってるのか分からないけど、これも仕事なんだ。許してくれ」
呟きながら、黙々と作業を続ける。その間も樹木は叫びっぱなしだった。
唯一のオアシスだと思っていたものも、例外に漏れず不思議生物だったことに失望の念はあるが。雨が降ると棘だらけになる葉っぱよりかは、幾分はマシである。マンドラゴラのように聞いて死ぬわけでもなし。
そうして己は三つの塗り薬を作り上げた。
樹木はとんがりコーンを引き抜くと、元の物静かな木に戻ってくれた。
「完成したぞ」
「ああ、ご苦労様。そこに置いておいて」
隠し部屋の彼女は、いつものように本を読みながら粘土を齧っていた。そこと言われても、どこに置けばいいのか分からない。掃除してしばらく経ったおかげで、部屋は再び汚部屋へと退化しようとしている。
とりあえず、そこっぽい所に容器を置いておいた。
「それにしても、あの叫び声は何なんだ。うるさくて鼓膜が破壊されるかと思ったぞ。ああいう攻撃なのか?」
「違うわよ。敵を殺そうとして叫んでるだけだから」
ああ、それなら納得だ。
いや、納得ではない。
「えっ」
「あんたには関係ないわよ。どうせ言葉の意味とか分かってないでしょうから。あの塗り薬はね、特定の言葉を理解できない奴じゃないと作れないのよ。意味が分かったら耳と目から血を流しながら即死するもの」
最初から言えよと怒鳴るべきか。もうやらないと抗議するべきか。
己はしばし考えてから、
「また明日もよろしく頼む」
と告げて部屋を後にした。
立場の弱い人間は、どこにいっても弱いままだった。
ちくしょう。




