元地味子(中編)
私――小野寺 雪花は、モサっとした野暮ったいロングヘアに黒縁眼鏡という絵に描いたような地味女である。
……いや、であった。
今の私は、一部の男子からはクラスで一番可愛いと噂されるくらいのビジュアルに生まれ変わっている。
モサっとした髪はストレートパーマをかけ、髪色は目立たない程度に茶に染めた。
眼鏡はコンタクトに変え、メイクや肌の手入れといった美容知識を学び、それなりに可愛いを作れるようになった……と思う。
他にも姿勢を矯正したり、男ウケする仕草や趣味も覚えた。最近はボイトレまでやっている。
こういうことは自分で言うべきではないと重々承知しているが、せめて心の中でだけは叫ばせて欲しい。
私は、凄く頑張っていると!
……なのに、なのにまだ! 彼――不知火君は私の気持ちに気付いてくれない!
自分としてはかなり積極的にアプローチしているつもりなのだけど、これでも足りないのだろうか……
さっきなんて凄く勇気を出して彼の頬っぺたに触れたっていうのに、まるでドキドキしてくれる様子がなかった。
……まあ、緊張して力加減を間違った私も悪いんだけど。
努力して魅力的な外見を手に入れた私だが、残念ながら内面については変えることができなかった。
直接干渉できる外見とは違い、触れられない内面を改造するのは至難の業だったのである。
外見という鎧を強化したことで多少は内面にも影響はあったのだけど、鎧が意味をなさない場面では無力に等しいという……
これをどうにかしないと、不知火君に話しかけることすらままならない。
結果的に私が選んだのは、別の自分を演じることであった。
地味で内気な内面は変えることができないが、ある程度キャラクター設定をしておき、それを演じるのであれば、私にもギリギリできなくはない。
そして私は、『明るく誰とでも仲良くできる陽キャな女子』という人格を設定し、学校では常にそれを演じることにしたのである。
以前脚本家や声優を目指した経験(すぐ挫折したけど)が、まさかこんなところで役に立つとは思わなかった。
全く、人生何が役に立つかわからないものである。
とはいえ、それはあくまでも演技であって、性格自体が変わるワケじゃない。
話しかけたり友達のように振る舞うことはできるけど、告白するといった勇気が必要な行動は私に無理だった。
仮にできたとして、その結果フラれたりすれば、私は恐らくショック死するだろう。
だからこそ、不知火君には私のことを好きになってもらい、アチラから告白してもらう必要がある。
そのために、あの手この手で誘惑をしている…………んだけどなぁ……
同じクラスになってからもう半年以上経つというのに、未だ不知火君との関係に進展はない。
手応えがないワケではないのだけど、どうにも意志が固いというか、引っ張っても踏み止まられているような手ごたえを感じるのだ。
ひょっとして不知火君、誰か他に好きな人でもいるのだろうか……
こう言ってはとても失礼だけど、不知火君はあまり女子にモテるタイプじゃないし、彼自身もあまり女子と関わろうとしないので、ライバルはいないだろうと思っていた。
しかし、もし思い人がいるのであれば話は変わってくる。
今は徹底的に攻めの姿勢だけど、場合によっては情報操作などの絡め手も必要になるかもしれない。
いずれにしても、まずはその相手が誰なのかを知らなければならないだろう。
前途多難……
しかし、ここまで来て今更退くつもりはない。
昔の私なら心が折れていたかもしれないけど、陽キャを演じ、周囲にチヤホヤされることで自己肯定感の高まった私は、以前よりも多少前向きにはなっている。
根が陰キャなので正直これを成長と言いたくはないが、一時的な強化バフを受けていると思えば割り切ることができた。
「小野寺さーん! 神崎先輩が呼んでるよ!」
神崎先輩?
誰かは知らないが、恐らくまたなのだろう。
本命は全然釣れないのに、どうしてこう、その他の有象無象ばかり釣れてしまうのか……
「初めまして、小野寺さん」
「えっと、初めまして♪」
神崎先輩の優し気な笑顔に対し、こちらも負けじと男ウケの良い微笑で反撃する。
別に対抗意識を燃やしているワケではないのだが、私は明らかに女子ウケを狙った笑みを見ると何となくモヤっとした気持ちになるのだ。
神崎先輩は、まあ間違いなくイケメンに分類される存在だろう。
甘いマスクに、綺麗に手入れされたマッシュヘア―、そして女子が羨むレベルの美白。
私はこの神崎先輩のような、韓流のアイドルに多く見られる不自然とすら感じる美形が凄く苦手だ。
美形なのは間違いないのだろうけど、何故かゾワゾワとした嫌悪感を感じてしまうのである。
また、これは男女問わずだけど、SNSなどに自分の顔のドアップ写真を公開する人も同じような理由で苦手だったりする。
それもあって、外見が良くなった今でもSNSに自分の写真を投稿したことは一度もない。
こういう部分も、私が陽キャになりきれない要因なのだろう。
「じゃあ、また放課後」
「……はい」
可能であれば断りたかったけど、何故か神崎先輩を連れてきた子――元クラスメートの……、誰だっけ? が一緒だったため断ることができなかった。
私からすれば大きなお世話なのだけど、彼女からしたら自分が紹介したやったくらいの認識だろうから、念のため空気を読んだのである。
「それにしても小野寺さん、本当にキレイになったよねぇ~」
「えっと、ありがとう」
この手のお世辞に対する反応は、謙遜するとウザがられるし、認めても印象が悪いので、お礼で返すのが無難である。
なんでも、美容を意識し始めたり、急に色気づいたりすると発生する女子あるあるイベントらしい。
この半年で私も何度か経験したが、普段接点のない女子がいきなりこういうことを言ってくる場合、大抵悪意があるので要注意だ。
彼女を見た目だけで判断するなら、派手で遊んでいそうな雰囲気があるし、恐らくそれなりにモテる子なのだと思う。
そんな彼女が神崎先輩を紹介してきたということに、何か含みのようなものを感じるのは気のせいだろうか?
……まあ、いずれにしろ厄介な案件であることは間違いない。
私としては迷わずお断り案件なのだけど、断ったら断ったであとで何を言われることか……
きっと、「お高くとまりやがって」だとか、「何様のつもりだ」とか、私の気持ちを一切考慮しない噂が流れるに違いない。
私はただ、不知火君以外眼中にないだけなのになぁ……
まあ、こればかりは周囲にバレないよう立ち回っている私にも問題があるので、仕方ないと諦めよう。
教室に戻ると、案の定根掘り葉掘り色々聞かれてうんざりする。
ただ、みんな何故か「もったいないよね~」とか、私が断る前提の盛り上がり方をしているのが気になった。
もしかして、あまり気乗りしていないのが表情に出てしまったか?
であれば完全に私のミスだが、それならそれでこの空気を利用し不知火君に――って、なんか凄い沈んでる!?
「ご、ごめん! ちょっといい?」
「え……? ってああ! うん! 頑張ってね!」
「……?」
何が頑張ってなのかはわからないが、今はそれよりも不知火君のことが気になる。
「……メガネ君?」
「っ!?」
私が声をかけると、不知火君がビクリと反応する。
「どうしたのボーっとして?」
「えっと、ちょっと急に満腹感が……」
「でも、全然お弁当減ってないよ?」
「…………」
……これはもしかして、もしかするのだろうか?
「あの、やっぱり、聞こえてた……、よね?」
「ま、まあ、ね……」
やっぱり!
つまり、不知火君が沈んでいたのは、そういうことよね!?
だめだ、まだ笑うな、こらえるんだ……
「いや~、私なんか相手に……、先輩も見る目がないよね?」
「そんなことはないよ。俺はあの先輩のことよく知らないけど、少なくとも見る目だけは確実にあると思う」
っっっ!!!!!
「っ!? や、やだなぁメガネ君! そ、そんなこと言うキャラだったっけ?」
「…………」
「だ、黙らないでよ! ……じゃ、じゃあさ、私は、どうした方がいいかな?」
これはかなり攻めた問いかけだ。
普通の男子なら勘違いしてもおかしくないハズ。
勘違いして!
「そ、それは……、小野寺さんが決めることだろ?」
「……そう、だよね」
……まあ、予想通りの反応だ。
だって、不知火君だもの。そんなに簡単なら、もっと早くに――
「……ただ、もし小野寺さんがあの先輩と付き合い始めたら、今みたいに話す時間も減るだろうから、その……、少し寂しいかもしれない。だって俺は、小野寺さんくらいしか、仲が良いと言える相手が、いないから……」
え!? え!?
何何!? どうしたの不知火君!?
ヤバい、嬉しさと混乱で頭がパニック状態になっている。
「っ!? ……そっかー! じゃ、じゃあ仕方ないなぁーっ! ちょっと勿体ないけど、お断りしようかなーっ!?」
◇
放課後になり、私は指定された待ち合わせ場所である視聴覚室に向かう。
いつも告白を断るときは憂鬱な気分なのだが、今日ばかりは足取りが軽い。
やっと……! やっと! 不知火君から手応えを感じる反応が得られたのだ。
これが喜ばずにいられるワケがない。
しかも、放課後デートの約束までしてしまった。
上手く事が運べば、もしかしたら今日、私の悲願は達成されるかもしれない。
その期待に比べれば、これから告白を断ることなど些事だと言ってしまってもいいだろう。
ただ、神崎先輩を紹介してくれたあの子には、心の中で礼くらいは言っておこうか。
ありがとうございます!
「やあ小野寺さん、ちゃんと来てくれたんだね」
「えっと……、はい……」
……?
もしかして、来ない可能性もあると思っていたのだろうか?
自信家に見えて意外に謙虚だったり? それとも、私が乗り気でないことを感じ取っていた?
「察しはついてると思うけど、ちゃんと言葉にするね。小野寺さん、君のことが好きだ。僕と付き合って欲しい」
「ごめんなさい」
「……えっ!!!!??」
あ、しまった。
さっさと終わらせた過ぎて、つい瞬殺してしまった……
本来、告白の断る際は細心の注意を払う必要がある。
言い方次第で恨まれる可能性もあれば、期待を持たせて粘着される可能性もあるし、余計なことを言ってあることないこと噂を流されるなんてこともあるからだ。
この半年で私も多少は経験があるので、普段なら無難な言葉選びを心掛けるのだが……、今のは完全に失敗である。
せめて最低限苦悩した素振りくらいは見せるべきだったが、これでは最初からその気がなかったと言っているようなものだ。
ああいう美形はプライドも高いので、下手をすれば逆上される恐れもある。
なんとかフォローしないと……
「あ、その、お気持ちは本当に嬉しいんです! でも……、私は、その……、既に好きな人がいまして……」
今更遅いかもしれないが、一先ず外見や好みの問題ではないことを含ませつつ、好きな人がいるから悩んでいたような悲痛な表情を作ってみる。
「……いやいやいや、もしかして遠慮してる? 大丈夫だよ。俺、こう見えてそういうの気にしないタイプだし?」
「え……?」
しかし、神崎先輩の反応は私の予想外のものであった。
神崎さんは無害そうな笑顔を浮かべたまま近づいてき、何故か並ぶように横に立って肩を抱いてくる。
「っ!?」
「パー子から色々聞いてるけどさ、色んな男に粉かけてるんでしょ? 俺も経験あるからわかるんだよね。急に見た目良くなるとみんなチヤホヤしてくれるし、色々味見したくなるよね」
「え、えっと……?」
「だからまだ特定の相手とか作りたくないんだろうけど、俺らってグループでそういうのシェアしあってててさ。小野寺さんの望んでる体験をさせてあげられると思うんだよ。だからさ、遠慮せず楽しまない?」
そう言って神崎先輩は、私の制服の胸元に手を入れ、胸を鷲掴みにしてくる。
「キャアアアッ!!!?」
凄まじい嫌悪感と恐怖から、演技も忘れて悲鳴を上げ神崎先輩を突き飛ばす。
「……え? 何そのガチな反応。それに今の感触、ひょっとしてソレ、パッドか何か?」
「っ!」
見た目を綺麗にしたり、体を引き締めることは努力でなんとでもなるが、元々持っていないモノを生み出すことは困難だ。
少なくとも学生に豊胸手術は難しいため、見た目を盛ろうとするならパッドなどを用いるくらいしかない。
私はかなり盛っている方なので、恐らく神崎先輩にはゴワゴワした感触しかなかったと思われる。
ただ、パッド越しとはいえ胸を揉まれたということが私にとってはあまりにも衝撃的で、恐怖や嫌悪感で頭がパニック状態になってしまった。
こんな状態では、とてもじゃないが演技なんてできないやしない……
「あ~、マジか。これガチだわ。話しが違うぜパー子……。まあ、いいか。おーい! プラン変更だわー!」
そう言って神崎先輩は、何故か視聴覚準備室の方に手を振る。
すると、何故か5~6人の男子生徒がゾロゾロと視聴覚室に入ってきた。
……いや、何故かなんていうのは、ただの現実逃避だ。
考えるまでもなく、私は嵌められたのだろう……
「え~、何々? どういう展開?」
「いや、この子アレだったんだわ。ファッション陽キャ? みたいな。遊んでそうなのに実は純ってヤツ」
「うわ、マジで? それって超萌えるんだけど!」
「お前はそうだろうけどさ、今回はローテーションのメンバー増やす目的だったじゃん?」
「でも結局ヤルこと変わらなくね? むしろコッチの方が無茶できるし、俺的には最高だわ。この子マジ可愛いし」
「俺はみんな気持ちく良くwinwinな関係がいいんだよ! それに、俺ら今年卒業なんだから後始末大変だろ? どうせ全部俺任せにするつもりなんだろうけどさ~」
悪意しか感じない内容を、まるで日常会話でもするような気楽さで話す彼らに、心底恐怖感を覚える。
一瞬、私を怯えさせるために、あえて恐怖を煽るような会話をしているのかとも思ったが、彼らからはまるで不自然さを感じなかった。
もし仮に演技だったとしたら、普通一人か二人はボロを出している……と思う。
彼らは役者ではないし、失礼だがアドリブが利くほど賢そうにも見えない。
そして演技でないとしたら、彼らにとってこういった行為は珍しいことではなく、日常的に行われているということを意味する。
彼らの中に少しでも良識がある者がいれば、泣き叫ぶことで同情を誘うことも可能かもしれないが、この状態ではそれも期待できないかもしれない。
「にしてもこの子、マジで可愛いな。これで純情とか最高じゃね? ねぇねぇ、小野寺さんだっけ? 君って処女? ていうか処女だよね? 処女であれ!」
「ひぃっ!」
「わお、こりゃマジだわ。ヤリ甲斐あるね~!」
ダメだ。こんな奴らに同情心なんか期待できるワケがない。
「だ、誰か! た、助けて!」
震える声を、なんとか絞り出すようにして助けを求める。
「声ちっさ! マジウケるんだけど!」
「まあ、もっと大声出せたとしても誰にも聞こえないけどね。ここ、防音効いてるから」
ああ、そうか……、ここは視聴覚室だし、余程のことがなければ外に音が漏れることもない。
恐らく、最初からそういう目的で私をここに呼び出したのだろう。
つまり、私はここに来た時点で詰んでいたのだ。
「言っておくけど、見張りもいるから誰かが来るなんて期待もしない方がいいよ? 一応これ、脅しとかじゃなくて助言だから。そういう期待する方が辛くなるみたいからね」
それは、私にとって死の宣告に等しい言葉だった。
全身から一気に力が抜け、崩れ落ちるように尻もちをつく。
かなり強く打ち付けたのに、その痛みすら感じることがなかった。
「あ、もう心折れちゃった。完全によわよわ女子じゃん」
「まあ、必死に抵抗されると面倒だし丁度いいだろ。それより、本当にいるかわからないけど、『好きな人』の名前も今日のうちに聞き出したいから、あんまやり過ぎるなよ」
「ぶっちゃけそれが一番難しいわ~」
「その必要はない」
すいません、三部構成になりました……