13話、インゴットその2
次に《鉄のインゴット》を作る事にした。ルーシィの希望でカイトがインゴットを作る様子を側で見たいと申し付けがあった。
「ちょっと近くないですか?」
「そうですか?間近で見たいのですが?」
まるで子犬のようなウルウルとした瞳で、こちらを見詰めてくる。これで断れる男がいたら見てみたい。
それに近過ぎるせいでルーシィの息遣いと所々身体が密着して集中出来ない。
「うっ……………では、始めます」
失敗したらどうしよう。
「先ずは【摘出】をします」
銅のインゴット作りみたく、鉄以外の不純物が右手に吸い寄せられ鉄とそれ以外とで分離されていく。
「これはスゴい技能です。これが錬金術師の最上位職:黄昏ですのね」
「錬金術師なら誰だって、これくらいは出来ると思いますけど」
「いえいえ、錬金術師は道具が無くては始まらない職業ですよ。カイトさんのように素手だけでは出来ないですよ」
それは過大評価だ。カイトでも道具が必要な技能はある。
「さてとこれで《鉄のインゴット純度100%》の出来上がりだ」
ルーシィと話してる内に《鉄のインゴット純度100%》は出来ていた。
作業台に置かれたそれは、まるで鏡のように一切の曇りがなくルーシィの顔を写している。
《鉄のインゴット純度100%》
鉄鉱石を精練した物。純度は100%で劣化は100年しない。酸化もせず、錆びない。今の用いる技能で作り得る最高の鉄のインゴットだ。
これを作った者には神の御業と称えよう。
「す、スゴいですね。昨日の今日で神業連発です。カイトさん、本当に錬金術師ギルドに来てくれてありがとうございます」
「いや、あのぉ」
まだ銅と鉄のインゴットを各一個ずつ作製しただけなのだが、みんなが見てる中でルーシィに両手を掴まれている。
超絶に恥ずかしい。
「くっははははは、ルーシィちゃんにも春が来たか」
「あの、ルーシィちゃんが男と手を繋いでる」
「これはこれは大事件ですな」
「炉の前よりも熱いぜ」
炉の前で精練していたギルドメンバーが集まっていた。相当暑いのか、頭から湯気が立ち上っている。
「うふふふふふ、みなさん氷付けにされたいようですね」
怒られていないカイトも震え上がる。ルーシィの口元は笑ってるが、目元が全く笑っていない。
ルーシィの周辺だけ温度が5℃程下がったと錯覚してしまう程に寒気がする。
「すまん、作業に戻るから許してくれぇぇぇぇ」
「あっはははは、俺の次の作業はこれだな?」
「今日のルーシィさんは一段と美しいです」
「あっ、トイレに行きたくなってきた」
あっという間にアリの子を散らすように自分の作業場に戻っていく。
ヤバイ、これが〝氷の女帝〟の迫力なのか?!
「全くもう…………カイトさん、みなさんがすみません」
「いえいえ、悪い気はしなかったし」
「えっ?何か言いました?」
「いや、何も言ってない」
俺は何を口走ってるんだ!ルーシィは、こんなに美しいのに男の1人や2人いるだろう。
「いやはや、先ほどは済まない。ルーシィちゃんが最近嬉しそうに笑顔を振り撒くものだから気になってねぇ」
〝氷の女帝〟の片鱗を見せたルーシィに臆する事もなく、また近寄る男がいた。
「ワシは、スカルク。ここ錬金術師ギルドで30年は働いてる。よろしく」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
スカルクと握手する。するとカイトは気が付いた。スカルクの掌は、分厚い。職人の手だという事に。一朝一夕では出来ない。
「スカルクさん、死にたいのですか?」
「そんな怖い顔をしなさんな。ルーシィちゃん。ワシは、ただ単に知的好奇心でカイトくんのインゴットが気になってるだけじゃよ」
長い睫毛で分かり難いが、まるで子供のように瞳を輝かせカイトが作製したインゴットを早く見たいという欲求があるだけに見える。
「はい、どうぞ」
「おぉ、ありがとさん。どれ…………ふむふむ」
そんなにマジマジと見られると恥ずかしいものがある。だけど、他の人に評価される事が嬉しい反面もある。
「長年この仕事をやってるが、これ程素晴らしいインゴットを見たことないのぉ」
「でしょう。カイトさんは、これをものの数分で造り上げたのですよ」
まるで自分の事のように胸を張るルーシィ。どや顔のルーシィさんは可愛い。何時までも見詰めていたくなる。
「ルーシィちゃんが気に入るのも分かるわい。流石は錬金術師ギルドの期待の新人じゃな」
「お、俺にもスカルクさんの作業を拝見してもよろしいですか?」
「構わんよ。参考にならないかもしれぬが」
大先輩であるスカルクさんの背後を着いて行くカイト。どうやら地下に行くようだ。
 




