第7話 討伐隊の帰還
「父上、これからどうなさいますか?」
スレインは心配そうに尋ねた。ここに至ってそのような事は聞きたくは無かっ
たが、今後について早めに指示を出して貰わねばならないのだ。
「この撤退作戦は勇者殿が立案されたのであったな。では、勇者殿に聞いて見よ
う。これからどうすれば良いか、何か名案でもありませぬか?」
カレインは京矢に対し嫌味を言ったわけでは無かった。今回のリザードマンに
よる夜襲に対し見事な撤退作戦を立案指揮した勇者に、恥も外聞も無く真摯に聞
いたのであった。
「と言われてもなあ。何よりも今の状況のデータが少なすぎるんだよな」
カレインは京矢の言った意味をすぐ理解し、付近の地図を京矢に広げて見せた
。京矢が地図を眺めていると偵察に行っていたエルフが戻ってきた。
「リザードマンの姿は森には無く、すでに撤退した模様です」
「どういう事だ?付近は探したのか?」
「ジューヌ川近くまで行きましたがおりませんでした」
「父上、それならばすぐさま里に戻りましょう」
スレインが具申したが、京矢はその意見に反対した。
「いや今はまず朝が来るまでここで休もう。リザードマンが俺達の帰る道に伏兵
でも伏せて居る可能性も有る。夜明けと共にここを出れば流石にリザードマンも
巣に戻っているだろう?」
「確かに怪我を押して夜道を行くよりはしっかり休んで朝になってから堂々と帰
った方が良いでしょう。流石はキョーヤ殿兵法にも長けておりますな」
カレインは京矢の案に彼の一種の才能を見た。それが勇者だからなのか彼自身
の知識によるものなのかは分からなかったが。エルフ達は夜が明けるまで坑道に
隠れて日の出と共に里に戻って行った。
◇ ◇ ◇
ラーディッシュの森では里に戻った討伐隊の報告により敗戦の原因究明と今後
の対策を立てる為、エルフ達はすぐさま会議に入っていた。
「この度の討伐失敗については寝込みを襲われた結果である為、皆には責任は問
わぬ。だが、襲撃を受けた原因が分らぬでは今後の対応が出来ぬので皆の意見を
聞いて今後の方針を決めたい」
長老アルケインはスレインに報告を促した。スレインは当日の状況を事細かく
説明し始めた。
「当日は予定よりも手前のベルデの森にて野営しました。理由は偵察の者からジ
ョーヌ川の橋が崩れていたと報告が有ったと」
「橋が崩れておったのか。それでは進軍する訳にはいかんな」
「夜間の見張りは4名で2刻毎に交替するよう私が指示しました」
「通常通りの見張りの体制じゃな」
アルケインは孫の成長を確認出来たようで満足げに頷いた。
「予定の遅れを取り戻す為、翌日は日の出と共に出立となり隊は早めの就寝とな
りました。私もすぐさま就寝しました」
「今までの所は何も問題無いようじゃな」
「私がリザードマンの襲撃に気づいたのは奴らの咆哮を聞いてからです。申し訳
け無いのですが、それまで私は惰眠を貪っていました」
「準備はしていたのだ、誰もが襲撃など思いもしなかったであろう。そう卑下す
るものではない、さあ続けなさい」
孫の苦しむ様を見てカレインは心が疼いた。ここまで追い込んでいたのかと。
「まず、状況を確認しこれからどう動くべきか命令を戴く為、父上の元に赴きま
した。父上からは全体の指揮を取れと仰っしゃられたので、すぐさま後方に退き
ました」
「私はその時前線におり全体の把握が出来ておらず、その場を離れると一気に流
れが傾く可能性が有ったのでスレインに全体の指揮を任せました」
スレインの報告に、カレインが自分の状況を補足した。
「ふむ分かった。そこまでは良かろう」
「それから後方に向かいケガ人の手当てをヒーラーに割り当ての指示をしており
ました所、キョーヤ殿が参り撤退を具申して下さったので、その意見に従い撤退
しました」
「やはり最後は勇者殿だったか。勇者殿がいなければ討伐隊は全滅してたやも知
れぬ。誠に感謝しきれませぬ」
そう言ってアルケインは京矢に深々頭を下げた。
「いいんだよ。俺はさ只リザードマンの襲撃が恐ろしくって逃げようって言った
だけでそれにあんたらの、そうジンガーの歌の方が凄かったよ」
「ジンガーの鼓舞の歌は仲間の精神を高め、身体能力を高めます。その効果はジ
ンガーその人の能力によって変わるのです」
「アルケイン様、気になる点が有るのですが」
「リヨンか言ってみよ」
アルケインはカレインの隣に座る若いエルフに発言を促した。
「実はエンブリオを襲撃時から見かけていないのですが」
「それはどういう意味か?」
「私はエンブリオと同じ隊で、アイツは私の隣で寝ていた筈なんですが、襲撃時
隣には誰もいなかった。俺の隊は俺以外皆死んじまったんで忘れていたんですが
今話を聞いて思い出しました」
「夜襲の時に死んだのではないのか?誰か見た者は居らぬか?」
アルケインは全員の顔を見渡すが、皆首を振る。
「エンブリオって確か野営地の偵察に行ったやつだったな。これは匂うな」
「匂うって私はちゃんと体を洗って来たぞ」
「匂うってのはそう意味じゃねぇ。陰謀の可能性があるって事だよ」
「死体の確認が出来ぬからな。この件については後程に・・・」
話の途中でいきなり京矢が割って入った。
「あんたらエルフは同族だから信じたい気持ちが有るだろうが、全員が聖人君子
って訳じゃ無いんだ。この件はエルフが手引きしたとしても不思議じゃ無い。も
っと柔軟に考えを巡らせないと」
「では何かお気付きになられた点が有るのですか?」
「そうだな。まず見張りが敵の接近を見逃している点がおかしいよな」
「確かにそうですな。気配を感じ取るのが得意な我らがリザードマン如きに遅れ
を取ると思えませぬ」
「という事はさ、これは内部の者が見張りを殺ったんじゃあないのか?その犯人
がエンブリオなんじゃないの?」
京矢の言葉にエルフ達がざわめき始める。
「まさかエルフが同族殺しをするなど・・・」
「エンブリオはさ、何かの理由でリザードマンに手を貸した。それでまず野営地
の変更をしそれに伴って早めに就寝させる。それから見張りの排除をすればリザ
ードマンは暗闇でも敵の位置は解るし、安心して強襲出来るって段取りさ」
「なんてこった」
エルフ達は戦慄した。京矢の推理通りやれば確かにあの状況になる。しかしそ
んな事を実際に行うエルフがいるなど・・・。
「まあ、仲間を裏切るなんて世界中どこでもある事なんじゃね?あんまり考え込
むなよ」
「エルフには『同族を殺してはならない』という掟が有ります。それが故に古く
から同族だけは殺す事はしないんです」
「ふ~ん。でもさ異端者なんてどこにでもいるんじゃないの?俺も異端者だった
しな」
「エンブリオが異端者・・・」
エルフ達は身内に裏切り者が出た事が信じられなかった。重苦しい雰囲気のま
ま会議は一度中断した。