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17歳の放送室革命。

作者: 東稜汀

マドンナが別れた。


そのニュースが校内を駆け巡ったのは、冬休みがあけてしばらく経ったある日。一限目の休み時間だった。


放送部の仕事『朝の放送』を済ませた僕は、授業の準備をしていた。

廊下ではうちのクラスの担任 田中先生が男子数人を叱り終え、職員室にへ向かっていた。

僕はイヤホンを耳につけ音楽を聴く。

音楽はいつでもひとりの世界へ連れてってくれる。


ポロン。

スマホの通知が鳴る。ぽん太からのメッセージだ。


ぽん太

”おい!学校中、サラ先輩の破局ニュースで持ちきりだ!”

サラ先輩は、うちの高校の3年生で美術部の部長。

学園祭の作品展には他校からも人が集まるほどの人気で(もちろん目当てはサラ先輩だ)、推薦で美大への進学が決まっている。彼女級になると、失恋しただけで話題になるらしい。


僕の返事を待たず、ぽん太からメッセージが届く。


ぽん太

”ブルーな心くん、ここがキミの変わりどころだ。レッツ告白!!”

ブフォッ。

僕は飲んでいたお茶を吐き出した。

こ、告白・・!?震える親指でテキストを打つ。


ちなみに『ブルーな心』は僕のSNSアカウント名。

そして『ぽん太』はSNSで出会った友達だ。

お互いに誰かは知らない。そんな曖昧でゆるい繋がりが心地よくて、誰にも知られたくない恋バナだって相談できた。


にしても、告白なんて僕には無理だ。


ブルーな心

”無責任なこと言うなよ。僕はただ・・・”

そこまで打って、僕は、サラ先輩と出会った日を思い出した。

夕暮れ時の光。油彩絵具の匂いに包まれた美術室。小さなBluetoothスピーカーから響き渡るパンクロック。

サラ先輩は80号キャンバスを撫でる筆を止め、いたずらっぽい表情を浮かべた。


「放送部ならもっと面白い曲をかけてよね。毎日同じ曲だとつかれちゃうから」

「面白い曲って・・・な、なんでしょう?」

「こんなの」


サラ先輩はスピーカーを指差しながら言う。


「音楽が変わるだけで、一日のヤなことが吹っ飛んじゃう誰かが

 この学校にいるかもよ?キミはその力を持ってるんだから」


それがサラ先輩との最初で最後の会話だった。

僕は彼女が聴いていたミュージシャンの音楽を聴くようになった。

ぽん太へメッセージを送る。


ブルーな心

”僕はただ・・・サラ先輩が好きな曲を知りたい”

笑われるかもしれないと思った。

けれど返事は肯定的だった。


ぽん太

”エゴ丸出しで最高だ。ぜひキミらしい告白を!応援してるよ!”

な、なにを期待してるんだ、ぽん太は。

それに僕らしいやり方と言ったら・・・


====


PM4:55。

僕は放送室にいた。

放送部の仕事のひとつに、毎日PM5:00の『夕方の放送』がある。

生徒の下校を促すのが目的だ。


唯一の放送部員である僕が今、放送をジャックしようとしている。

時間まで、あと5分弱。

放送機材の上に置いた手が震える。


「だめだ・・・やっぱできない・・・」


成績、運動、友達との会話。

何ひとつうだつが上がらない僕に、そんなことできるはずがない。

叱られる上に、笑い者になるだけじゃないか。

冬なのに下着は汗でぐっしょりだった。


いや、でも。

僕は落ち込むサラ先輩のことを想像した。

やるしかない。僕にできることで、やるしかない。


「もーーー!!!どうにでもなれ!!!!」


時計の針が、PM5:00を差す。

音量のつまみを上げると、学校中に爆音のロックが響き渡った。

後戻りはもうできない。僕は口をひらいた。


「皆さんこんにちは。今日は夕方の放送は、ありま・・せん!」


さっき叫んだからか、すこし喉が枯れている。


「この曲に足を止めたそこのあなた・・・そうです、あなたに向けた放送です。今日という日は、ほとんどの人にとってありふれた一日でした。でも、あなたにとっては大変な一日だったかもしれない。悲しかったり、つらかったり、笑えなかったり。でも、いつかきっと・・・今はそんなこと、想像もできないだろうけど・・・いつか笑い飛ばせる日が来る。そんな気持ちで、今この曲をお届けしています」


メモなんて用意していなかった。

ただ青くさい言葉が、僕の口から飛び出してきた。

それは自分自身に向けての言葉でもあった。


「そして・・・もしこの曲が気に入ったら、僕に・・・

 あなたのお気に入りのプレイリストを教えていただけないでしょうか!?

 で・・・では、明日も張り切っていきましょう!」


話し終えた僕は、学校中に鳴り響くバンドサウンドに耳を傾けていた。

いつもはイヤホンから聴こえる、僕ひとりの音楽。

けれど今は、みんなの音楽だ。


約3分の曲が終わった。

放送室の扉をノックする音が聴こえる。

「こらぁ!あけなさい!」

よりによって担任、田中先生の声だ。

僕は音楽のボリュームを下げ、機材の電源を切り、ドアへ向かった。


こうして僕の小さな革命は終わった。

翌日だけは学校中がクレイジーな放送を噂し、数人の生徒が教室まで僕の見学に来た。いつも通り、イヤホンを耳の奥に詰め込み寝たふりをした。

幸か不幸か、サラ先輩の破局ネタはどこ吹く風になっていた。


変わったことと言えば、放送部の後輩ができた。

まだ一年生だけど、音楽好きな2人。

僕にとって音楽は、もう世界と絶交するためのものじゃない。

人と繋がるものだ。


それと放送室ジャックの翌日、「リンダ」というアカウントからメッセージが届いた。「ありがとう」の一言と、10曲だけまとめられたプレイリスト。

送り主が誰かは分からない。

けれど誰にも内緒にしたまま、ずっと聴いている。


そういえば、もうひとつ驚いたことがある。

田中先生に呼び出され、こってり絞られた時のこと。

最後の一言に僕は耳を疑い、そして笑った。


「ま、ブルーな心くんにしてはよくやったね」



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