《1》リル、落とされる
「あー祭器奪還任務のはずなのに、なんで人捜しになってるの……」
金髪碧眼の少女は、本日何度目かになるかも忘れた深い深いため息をついた。
「こうしている間にも祭器どんどん遠くに運ばれてるだろうに!」
瞳と同色の髪飾りで二つに結んだ髪を振り乱し、少女はムキーっと叫ぶ。
街中ならば近所迷惑もいいところだが、少女の周囲は見渡す限りの澄み渡った青色とまばらに浮かぶ真っ白いふわふわとしたもの。
「大体、聖域よりも広いこの人界でたった二人を見つけられるわけないよね!」
金髪の少女は誰かに向かって勢いよく喋っている。
「その人たちの行き先もわからないのにオウルはこっちを探すとか言うから理由を聞いたら、『なんとなく?』とかいい加減だし! まああれでも一応隊長だし、他に手がかりもなかったから信じてみたものの……朝から捜し始めてもう三時間よ!?」
半信半疑ながらも辛抱強く? 捜し続けていたらしい。
ちなみに今はもう陽は結構高く、そろそろ昼前に差し掛かりそうだ。
「やっぱり適当なこと言ってたに違いないわ!! そろそろオウルと合流して文句の一つや二つ……」
『わかったからちょっと黙ってよ……耳のそばでギャーギャー騒がないでくれる? 落とすわよ?』
ぺらぺらと喋り、もとい愚痴り続ける少女にうんざりとした様子で口を挟んだのは、翼をもった銀色の毛並の馬―――ペガサスだ。
自分を背に乗せて飛んでいる相棒の物騒な言葉に、少女はひいっと声を上げる。ちなみに過去何度か本当に落とされたことがあるのでやりかねない。
「いーやー!! 葉っぱまみれになったり砂まみれになったりずぶぬれになったりするのはいーやー!!」
『ちょっと! 首絞めないで! 苦しい――!!』
必死になった少女がペガサスの首にしがみつくと、普通の腕力以上の力を振りほどこうと相棒も必死にもがき出した。
そしてペガサスが首を二、三回振ったあたりで、
「あ」
『あ』
何やら間の抜けた声が二つ重なる。同時に少女は空中に放り出されていた。
自身には飛行手段がない少女に次に起こる事といえば勿論、その体を真っ逆さまに眼下の鬱蒼とした森へ落下させることだけである。
「ヴァレルの馬鹿ああぁぁぁ――――――!!」
という少女の声が晴れた空に虚しく響いたとか響かなかったとか。
場所は変わって地上、森の中の道なき道を行く二つの人影があった。
先を進んでいるのは、肩を超すくらいのざんばらな赤毛を後ろで結んだ茶褐色の瞳の少年。その斜め後ろを鴬色の長い髪に深緑色の瞳の少女が寄り添うように歩いている。
二人とも十五、六歳くらいに見えるが少年の方がやや上だろうか。
「止まれラナイ、何か来る……」
少年は急に足を止め、注意深くあたりを見回す。
近くの木の上の方から、木の枝を揺らして何かが落ちてくる音が聞こえた。地上付近で一旦音がやんだが、今度は枝が折れる音がして近くの茂みが揺れる。
少年と少女がじりじりとその茂みの近くによると、少し上の方から快活そうな若い声が降ってきた。
「あいたた……。ん、ちょうどいいところに! そこの二人、ここから降りるの手伝ってくれない?」
視線を向けた先には、白と青を基調とした身軽な服装の少女が腕や脚、やや細身ながらもしっかりとした体に木の蔓を絡ませていた。
先ほどの音の主はこの人だったらしい。空から落ちてくるとか怪しいが……
少年は自分たちと同年代くらいの少女をじっと見た。
(金髪……神人か。しかもあの青い上衣に銀色の紋章……聖域騎士団所属の聖騎士……今はあまり関わりあいたくないんだが……)
この世界には大きく分けて三つの種族が住んでおり、神人はそのうちの一つである。明るい髪と瞳の色をしていて、主に”聖域”と呼ばれる地域に住んでいる。
聖騎士と判断できるだけでも何もわからないよりはましではあるが、少年たち……いや、少年にとっては今一番避けたいものであった。……が。
(ラナイが困っている人を放っておけるとは思えない……)
「だ、大丈夫ですか!?」
赤毛の少年がそんなことを考えているとはつゆ知らず、鴬色の髪の少女――ラナイは予想通り神人の少女の方に駆けていく。そして絡まった蔓を外すのを手伝い始めた。
(仕方ない……降ろしたらさっさと別れるか。本当はこんなことしてる時間も惜しいんだが)
彼らにも何か急ぐ理由があるらしい。
放っておくのは諦めた少年が改めて二人の方を見ると、奇妙なことになっていた。
「……なにやってるんだ?」
「この人を降ろそうと……」
「それはわかるが、なんでお前まで蔓が絡まってるんだよ」
「蔓を外そうとしてたらなぜかこうなってしまって……」
「………………」
少年は驚きと呆れが混じった何とも言えない表情を浮かべた。
(どうやったらそんな状況になるんだ……)
しかも金髪の少女よりも絡まっている蔓の量が多いような気がする。少年が目を離した僅かな間に何をどうやったのか皆目見当もつかない。
金髪の少女も目を丸くして隣で蔓に絡まっているラナイの方を見ていた。
一人助ければ終わるはずが、二人分助けることになった少年であった。
ラナイが何をどうやって蔓に絡まったのか作者にも皆目見当がつきません。(ぁ