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第七十五話 半年後



「アーヴィンさーん、飯食おうぜ、飯!」

「あの、セリア様。領地の方は……」

「家族の方で上手いことやってるから、大丈夫大丈夫!」


 この日、セリアはライナーの領地を訪れていた。

 正確には、元ライナーの領地だ。


 リリーア、ララ、ベアトリーゼ(・・・・・・)と順に結婚式を挙げていき、四人の領地が王家の直轄領として統合されたのだが。


 ベアトリーゼはいつの間にか、結婚年齢を引き下げる法案を役人の方に提出しており。

 どういうわけか、ライナーが知らない間にそれが通っていた。

 だからもう、彼女とも結婚済みだ。


 各領地へのアクセスが良好なライナーの領地を王都に定め、ローズ・ガーデン公国が誕生した。


 それが半年前のことだ。


 今や侯爵となったセリアも、今日まで自分の領地で仕事をしていたのだが。新政策が成功しつつあるのを見届けてから、すぐさまライナーの執務室へ特攻していた。


 久しぶりに会ったセリアは、ライナーの方も見ずにアーヴィンをロックオンしている。


「そうだな、そろそろ昼時だ。俺は俺で昼食にするから、アーヴィンも食べてくるといい」

「よろしいのですか?」

「今は人材がいるからな、後は彼らに任せよう」


 半年前までは。ライナーが打ち出す無茶な政策を、アーヴィンが凄まじい速さで処理をしていたのだが。

 今や王国から引き抜いた家臣団だけで内政を回せるようにはなっている。


 アーヴィンは秘書のような立場になっており、彼がいなくては仕事が回らない状態は既に脱した。


 だから彼が居なくても大丈夫というのは分かるとして、アーヴィンはセリアに尋ねる。


「しかしセリア様。ライナー様に、何かお話があるのでは?」

「え?」

「直々にやって来るような緊急の案件と言えば……。ワイバーン便のことでしょうか」


 準男爵の身分なら冒険者でも通せただろうが、今や国の重鎮だ。冷静に考えれば、侯爵が気軽に遊びに来るわけがない。


 何か緊急の用があるのだろうとアーヴィンが言えば、セリアは手をバタつかせながら焦っていた。


 そして、「後は他の役人に任せればいい」と言ったライナーだが――彼は既に理解している。

 セリアがここを訪れた目的は、政務の相談などではない。

 ただ、アーヴィンに会いたかったからだと。


「近々彼女の領地に、俺の知り合いが移住してくるんだ」

「ライナー様のお知り合いですか?」

「ああ。ドラゴンスレイヤーと、鍛冶師の家族だ。いつだったか、彼らの扱いを相談しに来ると言っていた気がしたが……相談ならアーヴィンの方が適任だろうな」


 話が早いこと世界一を自負するライナーである。

 彼女が現れてから二秒で事情を察したので、適当な理由を付けて二人っきりにするべく画策した。


 ご隠居たちが移住してくるのは本当だし、セリアの領地で鍛冶仕事をする予定なのも本当だが。実際にはそんな連絡など受けていない。


 しかし都合がいいので、セリアはこれに乗った。


「そ、そっかー。確かにアーヴィンさんの方がー、その、なんだ……詳しそうだなー」

「ふむ。であれば、食事をしながら話しましょうか」


 アーヴィンから見えない角度で、セリアの右手は力強くガッツポーズをしているのだが。それがライナーからは丸見えだった。


 先に部屋を出ようとしたライナーは溜息を吐きながら、セリアの肩を叩いて言う。


「もう少し上手に演技してくれ。あと、一つ貸しだ」

「わ、分かったよ! もう!」


 顔を真っ赤にしたセリアはそっぽを向いたのだが。

 アーヴィンは特に気にすることもなく、ライナーに礼をして見送った。






    ◇






「では、これより尾行を開始する!」

「了解ですわ!」

「……ん」


 そしてベアトリーゼ隊長の元、偵察班が組織された。

 メンバーはライナー、リリーア、ララを含めた四名だ。


「……話をしたのは失敗だったか」

「何よ! ライナーだって気になるでしょ!?」

「まあ、それはそうだが。首を突っ込み過ぎてもロクなことにはならないと思うぞ」


 この四人で昼食にして、雑談がてらセリアのことを話したところ。

 ベアトリーゼとリリーアは即座に昼食を中断して、跡を付けようと言い始めた。


 意外とララもノリノリだったので、ライナーが一人で残るわけにはいかなかった。


 昼食をほぼ全て残すことになったので、新しく雇った料理人は「何か失敗したか」と死の覚悟を決めたかのような顔をしていたのだが。


 後で食べると言い残して、彼らは颯爽と走り始めた。



 そしてメインストリートを行けば、彼らの姿はすぐに見つかった。


「しかし。セリアが初デートに使いそうな場所を探してみたが、一発目で当たりか。観光客向けの店ではあるが、アーヴィンは中々使わない店だろうからな。チョイスとしては悪くない」


 どうやらテラスのついたオシャレな店で、ランチと洒落込んでいるようだ。

 店選びに対して高評価をしつつ、見つからない位置に身を隠していく。


「……何の評価ですの」

「……ライナーも楽しんでるじゃない」


 ベアトリーゼはジト目で見るが、ライナーはとぼけた様子のままだった。


「俺だって気にはしていたんだ。全く進展が無いからじれったくてな。……今日中にくっ付くだろうか?」

「恋愛にまで速さを求めてはいけませんわ」

「……ん」


 セリアがアーヴィンのことを恋愛対象として見ている。それを知ったのは戴冠式の日だ。


 この半年間、何のアクションも起こさなかったので、ライナーも気にはしていた。

 それが前進しようというのだからもちろん喜ばしいとは思うが。


「ルーシェにだって縁談は大勢きているんだ。あそこで仕留めなければリリーアとは結婚できたかどうか分からないだろ?」

「あの、言い方……」

「速さが足りなければベアトともララとも、結ばれなかったかもしれない。恋愛にも速さは必要だよ」


 ライナーも、速さという点で譲る気は無かった。


 ルーシェは以前から人気があったらしいが、侯爵になってからは更に見合いの件数が増えたらしい。

 彼女たちがフリーであれば、同じ状況になっただろう。


 それなら速く動いて正解だ。


 今こうして横に居るのは、早い段階で縁談がまとまったからだ。

 すなわち速さのおかげだと、ライナーは頷く。


「……人を獲物みたいに言わないでくださいません?」

「まあ、バッチリ狩られたわけだけどね」

「……ん」


 自分から攻勢をかけたベアトリーゼはともかくとして、リリーアは完全にしてやられていたし、ララも式場から攫われている。

 速度至上主義を体感したことのある面々は、照れくさそうに目を背けたが。


「にしても。ルーシェよりも先に、セリアへ春が来るとは思いませんでしたね」


 今はセリアのことだと、気を取り直してリリーアは言う。


「そうね……恋愛に興味が無さそうだから、最悪の場合はライナーとくっ付ける気でいたのに」

「ん」

「まったくですわ」

「……そんなことを考えていたのか」


 知らないうちに自分も獲物にされていたと知って、驚くライナーだが。結果としてはセリアとアーヴィンがくっ付くかもしれないのだ。


 ここで決着がつけば全て解決する。


 そう考えてセリアたちの様子をじっと伺っていれば――ララが、不意にライナーの袖を引っ張った。


「どうした?」

「……あれ」

「アレって――何だと」


 ライナーがララの指す方を見れば、乗馬しているルーシェが居た。


 彼女も自分の領地にいるはずで、訪問の予定は無かったはずなのだが。驚いたのはそんな部分ではない。

 少し遅れて反応したリリーアとベアトリーゼも、彼女の姿を見て目を丸くしていた。


「ル、ルーシェが、相乗り!?」

「しかも姫抱きですわ!」


 異国風の服を着た青年に抱きかかえられて、彼女はゆっくりとメインストリートを進んでいた。

 その後ろには五台の馬車と、騎乗兵が十数名見受けられる。


 ルーシェを抱えているのが見知らぬ男なら、彼女が満更でも無さそうな顔をしているのも気になった一行ではあるが。


「え、えっと、どうしよう!」

「お、落ち着きなさいなベアト! ルーシェたちは待たせておけばいいのです。今はセリアを――」

「いや、あれは西国の意匠だ。聞いていた予定よりも少し早いが、外交使節だろう。待たせるのはマズいぞ」


 セリアの恋路も気になるが、ルーシェと青年の関係も気になる。

 そして後ろに続く、使節団の存在も気になる。


 ならば手分けするしかない。

 少し狼狽(うろた)えたベアトリーゼは、深呼吸をしてから分担を発表した。


「ライナー隊員とララ隊員は、王家の代表だから戻って。私とリリーアでセリアたちを見てるわ!」

「何があったかは後で報告ですわね!」

「……おー」

「はぁ……そうしようか」


 そういうわけで、彼らは別行動を取ることになった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 死を覚悟した料理人が潔くて笑う
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