第二十三話 凱旋と叙爵
「二度に渡り飛龍を撃退し、王国のみならず同盟国までも救った功は大なり。ここに功績を称えて、貴殿らを準男爵へ任ずる」
一段高いところから話す老齢の人物がそう宣言をすると、それよりも更に高い場所から椅子で見下ろしていた初老の男――国王が頷いた。
そしてパーティを代表して、リリーアに賞状が手渡される。
しかしリリーアは、呼ばれて前に出たはいいものの。
何故か手と足を同時に出して歩いてしまい、周囲からは笑いの声が聞こえてくる有様である。
顔を真っ赤にしながら感謝状と貴族への任命書を受け取った彼女に、国王から労いの言葉がかけられた。
「我が国に居座っていたのは赤龍で、此度追い払ったのは青龍であるとか。特に二度目は……言いがかりをつけられて苦心したようだが。忠勤、大義である」
「も、勿体なきゅ、お言葉でございますわ」
彼女は声が裏返っていれば目線も泳いでおり、一頭目のドラゴンを撃退した時からしてこの調子だ。
目の前にいる挙動不審な女性が、本当にあのドラゴンを倒したのかは非常に疑わしい。
そんな意見はもちろんあった。
しかし国王他、数名の高位貴族が逆鱗を本物と認めているのだから、今回の叙爵に異を唱える者もいなかった。
「はっはっは、硬くならずとも良い。いや、まさかあの時は、このような展開になるとは思わなんだ」
「再びお尊顔を拝し……えー、光栄の極みですわ」
微妙に言葉遣いがおかしいのだが、とにもかくにも色々あった。
話の出発点は、二ヵ月ほど前まで遡る。
ドラゴンを撃退した冒険者が、討伐証明部位の逆鱗を持ち帰った。
そんな報告が王都の冒険者ギルドに届いたところがスタート地点だ。
本当にドラゴン討伐が成功したのなら、国としても冒険者ギルドとしても大々的に功績を称える。
むしろイメージアップ戦略に使わせてくれと頭を下げるくらいの場面だった。
が、しかし。
話を持ってきたのは普通のB級冒険者。
弱くはないがトップクラスに強くもない。
上の下くらいのパーティが達成したと言う。
それに挙動は不審だし。
話を聞いた王都の受付嬢から見ても、一見して強そうには見えなかったらしい。
――それでも一応、確認はする。
門前払いをした後で本当の話だったと判明したら、担当者の首が飛ぶくらいでは済まないのだから当然だ。
しかしギルドの受付嬢はもちろんのこと。
重役まで含めても、ドラゴンの鱗を見たことがある人間がいない。
誰か実物を見たことがある者はいないのか――と、報告が冒険者ギルドから王宮の方にたらい回しにされて。
一週間ほどかけて、どんどん上に登っていった。
そんなこんなで話はトップにまで上り詰め、最終的には認められたのだ。
「り、領地までいただけるとは。過分なご配慮に感謝を申し上げます」
「構わん。同盟国に売れた恩の分を考えれば、十二分に釣りが来る」
本来予定されていたのは、領地なしの名誉貴族という扱いだった。
何らかの功績で爵位を得た騎士、又は準男爵のほとんどがそれに当たる。
少なくとも赤龍撃退の時点では、領地を持たない騎士爵になるはずだった。
しかしA級冒険者への昇格が終わり、叙爵の準備をしていた最中に状況が変わる。
王宮に「同盟国の領土でドラゴンが出現した」という情報が飛び込んできたのだ。
タイミングを考えれば、彼女たちの撃退した個体だろう。
と、その場の誰もが思った。
これにより叙爵はお預け。
責任を取って再びドラゴンを追い払うように命じはしたが、王国の上層部としては――結果はどうでも良かった。
蒼い薔薇が撃退に成功すればよし。
下級貴族として迎え入れて、当初の予定通り――いや、二度目の功績まで含めて大々的に祝ってやろう。
失敗すれば偽物のドラゴンスレイヤーとして処分して、後は外交を頑張ろう。
そんな考えで送り出せば、まさかの別個体だ。
二回目ではなく二頭目だったことが判明したので、国王などは報告を聞いた瞬間に、盛大なガッツポーズをする始末だった。
オマケで多少の領地を進呈するなど、別段惜しくもないと思ったのだろう。
彼は思い出し高笑いをしながら、リリーアに言う。
「ふははは! 共和国の外交官の顔は、見ものだったぞ!」
「へ?」
「陛下。お気持ちは分かりますが、人前です」
「あー、うむ。まあ、なんだ。物事にはパワーバランスというものがある。……そういうことだ」
ライナーたちが住む国は立場が若干弱かったのだが、これを機に国際社会での存在感を現わせるだろう。
とまあ、そんな事情が重なって。全員に褒美としての領地が与えられたわけだ。
「まあ、それはよい。宰相、支度はできたか?」
「万事、整っております」
「よろしい。では栄光あるドラゴンスレイヤーと、新しき貴族家の誕生をここに祝い。これより凱旋式を執り行う!」
国王がそう言った瞬間、謁見の間のドアが大きく開かれた。
外には大き目のチャリオットのような、箱馬車が用意されている。
これからライナーも含めた面々は、それに乗って王都でパレードを行うのだ。
一礼して謁見の間を退室した後、ライナーは馬車に乗り込みながら考える。
これで本当に、彼女たちの冒険は終わりだな――と。
彼にだってもちろん、少しだけ寂しい気持ちはある。
しかし頭には既に、凱旋式後に一番早く地元へ帰る馬車の時刻表が刻まれており。
最速で帰宅するための準備は、既に整っていた。




