ギルティ
「しかし勝負と言っても、賭けるものは特に無いしな……」
「うろこ、あげる」
「そうね。そろそろ、その、あの日だから」
彼女たちのような幼少期のドラゴンが、下界に出ることは珍しい。
だから若いドラゴンが何を思うのかは知られていない。
男も女も脱皮するらしいが、口に出しにくいことなんだな。思春期か?
という分析を脳裏に浮かべたライナーだった。
「ふむ。しかし、鱗か……」
そして景品のことを考える。
鱗を貰って嬉しいかと聞かれても、ライナーは別に嬉しくはない。
ドラゴンの鱗は最高の硬度を持つから鎧に使えるし、最高級触媒の一種ではある。
だがライナーは鎧を着ないし、魔法もろくに使えないから、特に使い道はないのだ。
せいぜいが部屋に飾っておくか売却するくらいしかできないので、彼は全く魅力を感じていなかった。
「う……」
「ベアト? ちょ、ちょっと。しっかり!」
そしてどちらかと言えば、妻の方が釣られそうになっている。
青龍は気難しいので、鱗を分けてもらうことができないのだ。
脱ぎたての鱗をくださいと言えば――焼却処分されそうなほど怒るし、こればかりはレパードが頼んでもダメだった。
龍素材は数年に一度しか市場に出ないので、金を出しても買うことはできない。
それが、幼体とは言えドラゴン二匹分だ。
魔法使いにとっては一生かけてもお目にかかれないほどのお宝となる。
一生に一度のビッグチャンスが、急に転がり込んできた女がどうなったか。
「あ、あう……」
「ほら、しっかり! 奇抜な動きをするのは、ライナーさんだけで十分ですわ!?」
「…………危ない。いろいろと」
今のベアトリーゼの姿は、少女を誘拐しようとする変質者のそれだ。
正直に言って、かなり危ない目をした彼女はフラフラと三歩ほど踏み出し、それを見ていたリリーアが慌てて押しとどめた。
切なそうな顔をして手を伸ばしかけて、引っ込めて。滅茶苦茶物欲しそうにしているベアトリーゼを横目に見たライナーは。
「それなら脱皮した分をもらおうか。……なあベアト。俺が勝ったらプレゼントしてやるから、そんな目をしないでくれ」
「え? ――やった! ありがとうライナー! 大好き!!」
そんなことを言われたら、もう彼女は止まらない。
ベアトリーゼはリリーアの制止を振り切ってライナーに抱き着くと、腹に頬ずりをし始めてしまった。
近衛たちとノーウェルが見ている前でもお構いなしで、全力の親愛アピールを見せつけている。
「……現金だな」
「……やれやれですわね」
「……ん」
流石に、研究材料欲しさに夫を死地に送るつもりはなかったベアトリーゼでも、夫が自らプレゼントを勝ち取りに行くというなら異論は無い。
ライナーは自信満々だし、様子を見る限り今回もほぼほぼ勝てるとは踏んでいるので――曇りなき眼を輝かせていた。
「じゃあ私たちはうろこねー? そっちは、何かけるのー?」
「やっぱり丸かじりの権利とか!」
「今回は俺が挑まれる立場だからな……。近くの街の料理を、一日食べ放題あたりで手を打たないか?」
ドラゴンが大食漢とはいえ、そこらの物を食い尽くしても彼のポケットマネーで足りる。
これは安全策でもあった。
少し前までなら、勝負に負けたところで、今までなら時を戻せば良かった。
しかし頻繁に時を戻せば色々な不都合が出ると知り、万が一負けたとしてリセットがいらない条件を出してみたところ。
「乗った!」
「ん、いーよ」
勝負自体が目的だったのか、双子は素直に提案へ乗った。
ならば問題は何も無い。勝てば妻への贈り物をゲットできるし、負けても少し散財するだけだ。
しかしライナーは、少し考える。
「手品セットを持ってくるのも手間だな。さて、どうするか」
前回と同じように手品を見せても芸は無い。
そもそもそんなものは、彼の芸人魂が許さなかった。
というより、大道芸を見せたのはアーヴィンとセリアの結婚式が最後だ。
最近では芸術分野にどっぷりだったので、新しい芸が無いとすれば――
「モノマネ、か」
「ものまね?」
「ああ。今から俺がドラゴンのモノマネをする。それが似ていたら俺の勝ち。似ていなかったら負けだ」
ドラゴンを前に、何ともバカにした条件を出したライナーだが、彼は真剣だ。
赤龍には手品しか見せていないとして、青龍にはレパードがモノマネ芸をしていた。
いつかあのレベルまで到達しようと思い、結局何もしていなかったので。有言実行の男は「いい機会だから」と目標を達成しておくことにした。
「ドラゴンを、あいてにー?」
「へぇ、無謀ね」
「無謀かどうかは、見てから言ってみろ」
双子にも異論は無いようなので、早速ライナーは準備に入り。
四足歩行になって、発声練習を始めた。
「あーあー、ヴァヴァッ! んん。ヴェッ!」
「へ、陛下!?」
「ご乱心! 陛下がご乱心だ!」
「い、いかん、道を閉鎖しろ! 野次馬を全部ブロックするんだ!!」
リリーアたちの護衛として付いてきた近衛たちは、国王が突然トカゲになりきっているところを見て冒涜的な恐怖を感じていた。
「……お気になさらず。いつものことですわ」
「いつもこうなのですか!?」
「…………ごく、たまに?」
勝負の行方を食い入るように見ているベアトリーゼはさておき、リリーアとララは別な方向で困っていた。
そして――
「グルルル! ヴァヴァッ、ヴァッ!」
「んー?」
「えっ」
レパードがサラマンダーのモノマネをすれば、鳴き声に近いものがあったという。
そこに青龍を観察して覚えた、ドラゴンの威厳のようなもの。そして、最近磨きつつある演技力を全開にして組み合わせていく。
「ヴァッヴァッ」
「えーっとー」
「グルァ! グルルルル!」
「ちょ、ちょっと。だめでしょ、それは反則でしょ」
渾身の演技は通じているようなので、ライナーは勝ちを確信しつつあった。
何故か会話が通じているようなので、ベアトリーゼも思わずガッツポーズだ。
「ギュァア! グルル、キュー!」
「おー」
「も、もう、無理! 恥ずかしい!」
そして姉妹の一人が顔を真っ赤にして逃げ出した辺りで、リリーアは一気に不安を覚えた。
最近は大人しかったライナーだが、実は今、また何かしでかしている最中なのではないかと。
そしてララは、母親ドラゴンの背中をツンツンとつついて聞く。
「あら、何かしら」
「……あの子たち。人間で言うと、何歳?」
「そうね、九歳――とか?」
「……そう」
それだけ聞いたララは、四つん這いになっているライナーの元にスタスタと歩いていき。
まだ残っていた子どもドラゴンとライナーの間に割り込むと、しゃがみ込んで。
「むがっ」
ライナーの頬を、右手でつまんだ。
これ以上何も言うなというオーラを出しつつ、彼女は囁く。
「……ギルティ」
「!?」
唐突な有罪宣言だ。
これにはライナーだけでなく、リリーアとベアトリーゼの動きまで止まった。




