サプライズ大作戦-Ⅲ
「えっへへーうっふふー」
鼻歌を歌いながら、王宮の廊下を軽くスキップで行くルーシェ。彼女の周囲には花が舞い散るエフェクトでも出そうなくらいに上機嫌なのだが。
「……悪いモノでも食べたでしょうか?」
「……精密検査」
「帝国で何があったのかしらね?」
暗黒面に堕ちていたルーシェが急にご機嫌になっていれば、誰でも驚く。
というか、ここ最近の様子を見ていたリリーアたちからすれば、戦慄の対象ですらあった。
「ねぇライナー、何があったのよ」
「帝国でお見合いをさせたあと、お試しで同棲させた」
「うおう……」
その言葉を聞いたベアトリーゼは反応に困る。
前回――西国の使節団とのゴタゴタ――の件を考えれば、ライナーが単独で動いたことに対する不安はある。が、しかし今回はルーシェの反応も非常にいい。
セクハラしなければ西国の全権委任大使と交際に発展していたかもしれないが。
それが成就したとして、あそこまで浮かれた「ザ・恋する乙女」のような顔をしただろうか。
「……そうね、相手のスペックは?」
取り敢えず話を聞いてみようと、お相手の情報を聞き出そうとしたベアトリーゼ。
彼女の問いに対して、ライナーは指折り特徴を数えていく。
「帝国貴族。実家の階級は伯爵で、本人はA級冒険者をしている。礼儀正しく教養深い好青年といったところか。顔立ちは整っているし背も高く、何より優しい」
聞いた限りでは非の打ち所がなく、間違い無く優良物件だ。
が、そんなツテをどこで手に入れてきたのか。
水面下で色々やっているベアトリーゼでも、帝国貴族の情報は数えるほどしかないのだ。ただでさえ貴族社会に疎いライナーが、どこからそんな人材を見つけてきたのかは非常に気になるところだった。
「……あの、身元は確かですの?」
「……不安」
「君たちまでそう言うのか。……前回のことがあったから、ルーシェにも根掘り葉掘り聞かれたよ、もう。少しは信用してほしいものだな」
ライナーが今までにやってきたことがぶっ飛び過ぎていたのか、全員が不安そうな顔をしていた。
特に今回は恋愛面での話なので、前科がある分も上乗せされている。
「安心してほしい、今回は完璧だ。それはもう入念に準備したからな」
「うーん、どうでしょうね……」
「まあ、信じたいけどさ……」
「……ん」
鼻を鳴らして言うライナーだが。堂々と言い切ってなお、妻たちの顔は晴れない。
その様を見て、彼はポンと手を叩いた。
「だったら実際に会ってみるといい。彼の実家とも話はついたからな。婿入りでこちらに来ることは決まっているし、近いうちに会えるだろう」
あっけらかんと言うライナーだが。
それはおかしいと、リリーアとベアトリーゼは即座に反応した。
「え? 継承権の問題は起きませんの?」
「冒険者をやってるくらいだから……三男とか? それにしても無謀だけど」
「長男だが、そこは妹さんに婿を迎えたそうだ。問題は何もない」
伯爵家の継承権一位が道楽でA級冒険者まで登り、それらの地位をあっさり捨てて異国の人間と結婚することを決めた。
その情報でさらに困惑した三人だが、今回のライナーはもう自信満々だった。
帝国への滞在期間中は、二人を同棲のような形で同じ宿に押し込んでいた。
二週間ほどの時間を共に過ごして、伴侶として申し分ないことを確認し終わった後は簡単だ。
ライナーがマーティンスの実家に売った恩を盾に、婚約を勝ち取ってきた。
「うーん。そもそも、話が進むのが早過ぎよね」
「そうですわね。それに、一言くらい相談してくれてもよかったと思いますわ」
「……ね」
確かにルーシェの縁談は喜ばしいのだが、宰相の伴侶をロクに国交のない国の貴族から選ぶというのは問題がありそうだし。
そんな急に話を決められると、周りはもちろん困惑する。
これはリリーアたちだけでなく、王宮の事務方や公国貴族全体に言えることだ。
それに姑ではないが、彼女たちも相手の男は見定めておきたいところだった。
――何故ならルーシェは、男運が悪い人生を送ってきたから。
前回の件を差し引いても、ルーシェに来る縁談は何故かハズレが多い。
だから、彼女たちはとにかく不安なのだ。仲間が悪い男に引っ掛かっていないか。
「だがまあ安心してくれ。ルーシェの両親と、君たちにも顔見せをしてから本決まりにする予定だからな。……万が一。いや、億が一にでも反対するなら、再考しよう」
しかし今回のライナーは絶対に、100%大丈夫だという自信がある。
ドヤ顔で腕組みをするライナーだが、そのことが却って不安を煽った面もあった。
「ライナーの悪企みってところも、不安ポイントよね」
「ですわね」
「同意」
「ふははははは! まあ、楽しみに待っているといい」
またしても一斉攻撃だが、今度のライナーは何故か勝ち誇っていた。
彼はもう勝ちを確信しているし。ルーシェはおろか、彼女たちに対するサプライズも既に完成している。
「ふ、ふふっ、はっはっは! あーっはははは! ……ああ、当日が楽しみだ!」
と、いい笑顔のライナーは颯爽とどこかへ去って行き。
残されたリリーアたちは何も言えずに立ち尽くしていた。
◇
「さて、今日が顔合わせの日だな」
ライナーが大見得を切ってから一週間が経った。
今日は両家の親族と、蒼い薔薇の面々を勢揃いさせての顔合わせを予定している。
セリアも領地から飛んできて、フルメンバーでの出陣だ。
公国の王都にある高級レストランに席が設けられたのだが、マーティンスと家族はまだ来ていない。
時間が経つ毎に、「どんな人が来るのだろう」というワクワクと不安と焦りが積み重なり。
蒼い薔薇の一行とルーシェの家族は、落ち着かない様子を見せている。
「なあルーシェ。相手がいい人だとは聞いたが、その……」
「えへへへ、大丈夫よお父さん。マーティンスさんはとってもいい人だから」
ルーシェはもう頭がお花畑状態で、蒼い薔薇のブレーンとしての冷静さはどこにもない有様だ。
ライナーの含み笑いも相まって、相手が来る前から混沌としていたのだが。
「そろそろ時間だな。呼んでこよう」
そう言ってライナーが顔合わせの席から外れ。レストランの裏手に行ってから数秒後――がやがやと、数名の人がやって来たような気配がした。
知らないところで勝手に結婚の話を成立させてきて、初対面の相手、しかも親族つきで話をすることになったのだ。
もうルーシェの両親と蒼い薔薇の面々は、どんな人物が出てくるのかと、ガチガチに緊張していたのだが。
ライナーは家族を留め置き、まずはマーティンスだけを連れて戻って来た。
「紹介しよう。彼が帝国貴族にしてA級冒険者のマーティンスさんだ。あと、ルーシェに一つ謝りたいことがある」
そして、苦笑いをするマーティンスの前で、彼はまず謝罪から入った。
「え」
「えっ」
「やっぱり……」
「だよな……」
「すんなり行くはずはないよね……」
いきなり謝罪から始まるとは、どういうことなのか。
不安的中かと、ララを除くこの場の全員が恐怖を感じたのだが。
「実は、マーティンス。彼の名前は偽名だ」
「隠していてごめんね、ルーシェさん」
「え、ああ、いや、その……い、いいのよ、名前なんて! うん、むしろ名前くらいで良かったくらい!」
訳アリ物件だったかと、少し怯んだルーシェだが。
道楽貴族がお忍びで冒険者をやるなら偽名の一つも使うだろう。
と、彼女は一瞬で己を納得させた。
彼本人には不満など一切なく。
むしろ、条件が良すぎて詐欺を疑ったくらいなので。
出てきた爆弾がその程度のことならば、諸手を挙げて歓迎したいルーシェに対し。
咳払いをしてから、マーティンスは言う。
「改めて名乗ろう。僕の名は――マティアス・フォン・アルグランツ・メモリア」
先ほどから動きを止めていたララは、その言葉を聞いて椅子から立ち上がった。
そして、幽霊でも見るかのような顔をしたまま目を見開き――
「……兄、さん?」
「そうだよラファエラ。大きくなったね」
その発言だけでも腰を抜かしそうになったララだが、マティアスの後ろから現れた初老の男女。
彼の、そして彼女の両親の姿を見て、信じられないという顔をしながらフラフラと近づいていく。
「本当に? ……どうして? みんな、生きて……!?」
暗殺されたはずの家族が生きていた。
そしてルーシェの婚約者として現れた。
ララにもようやく事態の整理が追いついたらしいが、状況を理解したからこそ、更に混乱していた。
一方で置いてけぼりにされたルーシェの一家は、事態を把握しようときょろきょろしているのだが。
名前を聞いてようやく相手が誰かを思い出したらしい。
「メモリア……メモリア公爵閣下!? は、ははぁ!!」
「マーティンスさんが、公爵家の? え? ララのお兄さん?」
ルーシェの両親は慌てて椅子から転げ落ちると、その場に平伏してしまった。
新婦側の家族も混乱し始め、蒼い薔薇のメンバーも困惑している。
「あ、あの。ライナーさん。ララの親族は暗殺で……その。あれ?」
横で見ていたリリーアは、絶賛混乱中だ。
新郎側の家族も気恥ずかしそうにしており、平常運転なのはライナーだけだった。
「ちょ、ちょっと待て。アタシ、全然状況が分からないんだけど!」
「ねぇライナー! 説明はあるのよね!?」
この場の全員。仕込み役の家族を除けば全員が驚いているところを見て、ライナーは自分のサプライズが完璧だったことを確信したのだが。
――それはそれとして、今回ばかりは種明かしが必要だろう。
何故暗殺されたはずの公爵一家が生きているのか。
どうして帝国に居たのか。
ライナーはどこで知り合ったのか。
何がどうしてこうなったのか、彼は事情を説明し始めた。




