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第九十五話 無謀な作戦



 陣地へ降り立ったライナーは、早速知り合いを探す。


「見回りご苦労」

「あれ? 陛下、なんで――っと、何故前線に?」

「陣中見舞いだ。もう着いていると聞いたが、ノーウェル将軍はどこかな」


 そうしたところ、数回しか話したことはないが。自警団の頃から知っている顔を見かけた。

 大人数が集まっている中でノーウェルを探すのも効率が悪いので、早速案内を頼むことにした。


「ああ、ノーウェルさんならあっちに――って、いけねぇ」

「……?」


 言われた方の青年は砕けた言葉で話しそうになった。しかしそこは軍事教育の成果が出始めているのか、姿勢を正してから山の方を向く。


「あちらの山へ向かいました。手勢を連れて、昨日の晩からドラゴン退治に出ています」

「早いな。それで、その後の報告は?」

「届いておりません。地鳴りや戦闘音が収まったので、決着はついたはずですが」


 そんな話をしていれば、ノーウェルと共に行った部隊が戻って来たと報告が入る。


 誰が帰ってきたのかと思えば、先頭にいたのはマーシュだった。


「……任務完了。ドラゴンゾンビの討伐には成功した」

「……ご苦労」


 ライナーの領地に来て早々、マーシュが護衛に喧嘩を売って牢屋に入り。

 その後は顔を合わせてこなかった二人だ。


 微妙な雰囲気が流れたものの、今は私情よりも報告が先だろう。

 互いにそう思ったのだが。


 ふとライナーが気づけば、マーシュも、彼以外の人員も無傷で立っている。しかしどういうことか、ノーウェルの姿が見当たらない。


「……何か、あったか」

「まずは人払いを。報告はそれからだ」


 天幕に入ったライナーは、望む通りに人を遠ざけた。


 二人きりになったところで、マーシュは顛末を語り始める。






    ◇






 時は、一週間ほど前にまで遡る。


 セルマからの報告を聞いたノーウェルは。撤退から数時間が経ち、アンデッドたちの追撃を振り切ったと判断して野営に入っていた。

 先に撤退していた部隊とも合流して、指揮官を集めて軍議に入ったところから話は始まる。


「皆の者、よく聞け。これより儂は、指揮権を副官に委譲する」

「副官……え、私ですか!?」


 今回副官として配置されていたのは、王国騎士団の元、副騎士団長だ。


 特に汚職もせず、目立った活躍もなく。

 近年の主要な戦を、ただ生き抜いただけの男。

 何とも頼りなさが漂う中年は、突然の抜擢に目を丸くしていた。


「私には、ここまでの大軍勢を率いた経験はございませんが」

「危急だ。つべこべ言わずにやれ」

「……拝命致します」


 ただ無難に、堅実に用兵をする男ではあるが。テイムでの再教育が要らないほど適応力がある男だった。

 割り切るのが早いのか、すぐに現状を受け入れたらしい。


 ここに至って派手な奇策はいらない。

 安定感を求めての人事だが、特に異論は出ず。あっさりと指揮権が譲り渡された。


「ですが、突然のお話で驚いております。理由をお聞かせ願えますか?」


 伝令は主に本陣へ来ていたので、この場へ集まった人間の多くは初めて知る。


 三路に別れての、亡者の大行進。

 歴戦の兵の復活。


 ノーウェルは淡々と事実を伝えていくと。現状が語られる毎に、周囲の顔色が悪くなっていく。


「北から迫るアンデッドには、現地の守備隊で対応している。しかし奴らのすぐ傍で、今度はドラゴンゾンビが目撃された」


 元が人間だろうとドラゴンだろうと、カテゴリーとしては同じアンデッドだ。


 公国兵のほとんどは魔物退治や公共事業、王城襲撃などで青龍の力を見ている。

 あの(・・)ドラゴンが敵に回る可能性があると知り、いよいよ浮足立ちそうな雰囲気になったのだが。

 しかしそれでもノーウェルは、毅然とした態度で言う。


「対処を誤れば守備隊は全滅だ。これより少数精鋭の先発部隊を募り、龍を討つ!」


 龍を討つ。

 簡単に言うが、敵は最強の種族と言われるドラゴンだ。

 暇潰しに国を滅ぼすような災厄が相手なのだから、部下たちに動揺が走る。


「志願を募るが、強制はしない」


 それでも、老人は笑った。

 遠足を前日に控えた子どものような表情で。

 昂りを抑えられない様子で笑う。


「命を捨てる覚悟がある者だけが、付いて来い。そう伝えてくれ」


 そのように語り、やがて軍議は終わった。






 明けて翌日。

 集まった志願兵は五十名ほどだ。


 誰も精鋭で、見知った顔なのだが。

 中にはマーシュの姿もある。


「……ここから先は死出の旅、辞退するなら今だぞ?」


 恐らく死ぬ。その覚悟を決めて集まった志願者たちだ。

 ノーウェルの確認で、怖気づく者はいない。


「誰も彼も、命知らずな」

「筆頭は師匠ですよ」

「ま、そうだな」


 ――敵の真横を突っ切って、険しい山を登り、その先で待ち構えるドラゴンを倒す。


 この無謀な作戦に付き合う人間がこんなにいるのかと、ノーウェルも呆れ顔だったのだが。何にせよこれで先遣隊の数は揃った。


「では、行くとしようか」


 多くは語らず、彼らは出陣した。

 口数も少ないまま、ただ馬で駆けて行く。


 時間が惜しいと全力で駆けて、途中の街々で馬を乗り変えて、更に走る。



 そして一週間後。

 ライナーが到着する前日の朝に、彼らは陣地へ辿り着いた。


「大休憩だ。飯を食ってから、軽く寝ておけ」

「はっ!」


 食事をして。昼寝で体力を回復させた。

 夕方になって目覚めた彼らは、ノーウェルの後に続いて山道を登り始める。


 道中では敵が襲い掛かってくるが、全て無視だ。

 通り道を塞ぐ集団は、決死隊の志願兵たちが一瞬で蹴散らしていく。


 作戦はごくシンプル。ノーウェルをドラゴンの元まで送り届け、周囲の兵士たちは後続のザコを通さないように道を塞ぐ。


 最大戦力である彼を守り。

 ただ敵の元まで、無傷で届けるだけの作戦だ。


「師匠、ご無事で」

「無論だ。しかし……もしも死んだら、きっちり死体は回収してくれよ? 立派な墓を建ててくれ」

「いやいや、そんな縁起でもない」


 小隊を率いることになったマーシュは苦笑いを浮かべているが、ノーウェルの様子はまったくいつも通りだ。


「では、背中を任せるぞ」

「はい! ……行くぞ、野郎ども!」


 邪魔さえ入らなければ打ち果たして見せると豪語する老人を送り届けてから、中腹付近では散発的な戦闘が起きた。

 しかし大部分のアンデッドは街の方角か駐屯地に流れて行くのだから、戦闘らしい戦闘も無い。


 近寄ってくる敵の中には歴戦の猛者もいないようで、戦いは完全に決死隊の優位で進んでいた。


 その様子を尻目に、ノーウェルは駆ける。

 近道だとばかりに険しい崖を駆け上がり、山頂付近にいるという敵を目指す。




 そのまま、少しの時が経ち。

 徐々に傾斜が穏やかになってきた頃、彼は目的地へと到着した。


「さぁて、やるとするか」


 例の如く酒を(あお)ってから。

 手荷物を地面に置いて、肩を回しながら歩みを進めていく。


 相手は巨体だ。

 敵は探すまでもなく、偉大な山脈の頂上に君臨していた。


『ア、ガ、グァ……』

「悲しいものよな。これが最強と呼ばれた存在の、成れの果てか」


 意味が不明瞭な呻き声を上げるドラゴンの姿は、異質だ。


 ところどころが腐り、骨が露出しているし。身体の周囲には黒と紫の瘴気が渦巻き――ライナーが毒薬をバラ撒いたのと同じような状態になっている。


「ふむ……これは普通のドラゴンより、よほど厄介だな」


 下手に戦闘が長引けば、毒に侵されて動けなくなるだろう。


 三十年前のドラゴン討伐では、一晩中殴り合って勝利をもぎ取ったが。

 今度の戦いはどうやら制限時間付きだ。


 しかしそれでも、やることは変わらない。


 自分か、敵か。

 どちらかの命が絶えるまで死合う。それだけだ。



「まあ、いい。――()くぞッ!」



 足を軽く開いたノーウェルは、いつも通りの構えを取り。


 いつも通りに、神速を以てドラゴンゾンビに襲い掛かった。



 次回、師匠VSドラゴンゾンビ。

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