ラッキーorアンラッキー
寒さが少しは感じられる朝だった。日中は上着を着ていると暑いと感じるが、さすがに始発が走る頃は上着を着ていてよかったと村田圭吾は思っていた。
いつもの様に始発に乗って家路に向かっていた。
11月1日ともなればポケットに手をいれて前かがみに歩くようになっている自分がやけに寂しい男の様に思えた。
村田はあくびをしながら明日からの三連休をどうするか考えていた。
早朝の町は人とすれ違う事もなく、ひっそり静まった建物が不気味に思える感覚が家路向かう足を速めていた。
いつもの様にフィットネスクラブの建物に差し掛かった時だった。
地面に点々と血の様な跡が現れた。
何だか気持ち悪いと思いながら、その跡の先に視線を向けた。
村田は元来、臆病だがその反面、好奇心は旺盛だった。
朝の5時半とはいえ、まだ辺りは暗闇に包まれているその中に点々と続く血の跡らしき赤い跡は恐怖感を超えた好奇心を生んでいた。
フィットネスクラブの地下駐車場へと向かうスロープの方にその跡は続いている。
村田は恐る恐るそっちに身体を向けた。
「うわぁ!」
思わず声を上げた。
村田の視線の先には人らしきものが座り込んでいた。
恐る恐る近付き声をかけてみた。
「大丈夫ですか?」
近寄ったその人らしきものはあきらかに人でそれも外国人の様だった。
50前後だろうか?スーツ姿で頭には少し白い物が混じっているように見えた。
「うぅっ…」
脇腹辺りから血が流れている。
「救急車呼びましょうか」
外国人らしき男の容態はかなり悪いように見えた。
「これを…」
男はポケットから何かの鍵らしき物を村田に差し出した。
「えっ!どうしたら?」
あまりの事態に村田は混乱していた。
差し出された鍵を受け取ってしまったものの、どうしたらいいのかわからなかった。
「ケンザキ ハルカ」
外国人はそう言った
「ケンザキ?」
ぽつりぽつりと発する言葉に聞き耳をたてた。
「ワタシのナマエはジェフ ドーソン」
村田は発する言葉を反復しながら聞いていた。
「ソノ キーノナカノモノヲ…」
「中の物をケンザキと言う人に届けたらいいんですか?」
そのジェフドーソンと名乗る男は村田に何かを託すように話しをつづけた。
「トウキョー…ヤツラヨリマエニ」
混乱を深めていた。
ジグソーパズルのピースを合わせるかのように、ジェフドーソンの言葉をつなげていた。
「とりあえず救急車呼びますね。」
携帯を取り出した村田を制した手には予想外の力があった。
「タノム、ブジニトドケテ クレ」
ジェフドーソンの目力に村田は頷く事しか許されない感覚に襲われた。
「キミハ?」
「村田、村田圭吾です」
ジェフドーソンは何かを差し出した。
「コノデアイはラッキーオアアンラッキーカハキミシダイダ」
差し出されたのは財布だった。
「ハヤク!ヤツラニミツカルマエニ イクンダ」
鋭い目力に何も言えず、村田はその場から立ち去るしかなかった。
何も考えず全力で走った。
家まで700mあまり、無我夢中だった。
誰かに着けられてないか確認して家に入った。
さっきまで寒いと縮こまっていた身体から湯気が出るほどで、息はあがり、鼓動はマックスだった。
運動不足の28歳には当然の状態だった。
部屋に入りベットに腰をかけタバコに火を点けようとしたが、驚くほど手が震えていた。
緊張をほぐすためのタバコがそれを余計に確認する結果になった。
遠くで聞こえるサイレンの音がさっきのあの外国人を思いださせる。
誰かが連絡して救急車が来たのか、それともパトカーが来たのか。
サイレンの音に敏感になる自分が嫌になり、ベットに入り布団を頭からかぶった。