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長男ルキフグスの場合

 俺の名前はルキフグス。

 言いづらいということで、たいていルキと呼ばれている。

 俺の母は権力と金狙いで自分から父に近づいたそうだ。国内でも有数の貴族の娘で、他家に負けぬよう王に取り入れと一族にも命じられたらしい。

 すぐに俺が生まれたが、父は母と結婚しなかった。

 これは誰とでも同じで、父は結局一度も結婚しなかった。王妃など作れば権力が分散する。自分以外に力持つ者など存在していいはずがないというのが父の考えだった。

 長男であるにも関わらず、俺は認知もされなかった。

 ようするに捨てられたわけなのだが、母方祖父はそれでも俺を何とか利用できないかと考え、引き取った。認知されていなくても王の長男。利用価値は十分ある。

 おかげで教育はきちんとしてもらえたし、食べ物に困ることもなかった。兄弟の中では恵まれていたほうだろう。しかし、祖父はじめ周囲からは「いつになったら役に立つのか」と言われ続け、愛情などかけてもらったことがない。

 母さえ、口を開けば恨み言ばかり。ストレス発散のはけ口にされるこっちはたまったものではない。

 さらに風当たりが強くなり、俺はとうとう家を出た。役人として就職し、自分一人なら暮らしていけるようになったこともある。

 役人になった俺だが、政治は腐敗しきっていた。でもどうでもよかった。自分が生き延びられれば。

 父はなぜ俺を殺さなかったのだろうか?という疑問だが、それは俺がそれなりに使えたからだろう。殺すのは簡単だが、文句も言わず反抗もせず、淡々と仕事を片付けているから利用できるとふんだ。

 下級でも一応役人だったから、弟や妹が次々生まれていたのは知っていた。子として認知されているのが妹一人だということも。でも誰一人として会ったことはなかった。

 だから妹も父そっくりの甘やかされたバカ娘だと思っていた。それが真逆だったから驚いたのなんの。

 というか、こんなに可愛い妹を可愛がらずにいられるか。弟たちも同意見だったようで、みんなしてあっという間にリリスを溺愛するようになった。

 可愛い可愛い、唯一の妹。目の中に入れても痛くないとはこのことだろう。

 自分に他者を慈しむ感情があるとは思わなかった。生まれが生まれだし、そもそも俺は他者に興味がない。自分が生きるのに精いっぱいで、人のことなどかまっていられなかったのだ。それを変えてしまったのだから、リリスの影響力はたいしたものだった。

 妹のためなら何でもやる。会ったこともなく、兄弟という自覚がなかった弟たちと仲良くなれたのもリリスのおかげだ。


     ☆


 俺は毎朝決まって五時に起きる。

 小一時間ほど自主的にトレーニング。どうしてもデスクワークが多いから、意図的に体を動かしている。デブりたくないからな。

 六時台はその日の予定の確認と、いくつか仕事を片付ける。

 なお、机の上はどんなに忙しくても常にきれいに片付け、物はきっちり置くようにしている。窓の桟にホコリが少しでもあると落ち着かない。ただし書類だけは山積みで日に日に増え、最近は俺の身長を超えるくらいになってる。倒れないよう、ピッチリそろえてある。

 弟たちに俺は神経質と言われている。なるほどそうだと思う。だが「クソ真面目」というのはどうだろう。本当に真面目ならとっくに自分がクーデターを起こし、悪政を正していたと思うのだが。

 七時台になると朝食だ。

 食堂に移動する。「どんなに忙しくても朝と夜は家族そろって食べるの」とリリスが主張したから、全員そろっている。

 しかし、「家族」にルシファーが入っているのは気にくわん。大いに気にくわんが、リリスが幸せそうなので我慢してやっているところだ。

 父があんなだから、俺がリリスの父代わりになるべきだと思い、そう自負している。リリスと結婚したいならまず俺に話を通せと言いたいところだったが、残念ながら会った時にはすでにリリスは結婚していたので無理だった。順番が逆なら、絶対「リリスと結婚したいなら俺を倒してみろ」と言ってた。

 料理はすぐ下の弟サタナキアの手によるものだ。

 本人はろくでもない遊び人でお調子者、言ってることがちょいちょい変態じみているが、料理の腕だけはいい。そこは素直に認めよう。

 でもその腕をガールハントに使うな。

「そういえば、ナキア。お前また他の女と付き合い始めたらしいな。そろそろ落ち着いたらどうだ」

「大丈夫、トラブルになるようなヘマはしないしー。兄貴こそオレより年上なんだから、結婚すれば?」

「忙しいから結構だ」

 そもそも堅物の俺のところに嫁に来てくれる女性はいないだろう。自分でも堅物で神経質な自覚はある。

 でも兄としてこいつには真面目に嫁を手配すべきだと思う。そのうち女に刺されても知らんぞ。

 ……そんなヘマしないから余計腹が立つな。

 午前中は二番目の弟アガと政務だ。宰相と外務大臣という仕事柄、一緒に行動することが多い。

 わがままで尊大なところがある奴だが、さすが一代で財を築いただけあって能力は本物だ。指摘も的を射ていて、兄弟中では最も頼りになる。

 休憩中に外を見ていると、中庭で三番目の弟レティが部下を連れて巡回しているのが見えた。

 レティは警察組織のトップをしている。元傭兵だから適材適所だろう。体育会系で熱く、表裏のない性格は部下に広く慕われている。戦闘能力は非常に高く、有事の際は実働部隊として動ける。

 大酒のみなのが欠点だが、ザルだから酔ったことがないそうだ。

 アガとレティに関しては、少し難があるものの、まぁいい奴だと思う。

 むしろ心配なのはアホのナキアと……。

 コンコン。

 ガチャ。

「……ルキ兄さん」

 四番目の弟ルガが静か~に入ってきた。

 相変わらずの無表情。

「どうした?」

「……これ頼む」

 書類を出してくる。

 ルガはとにかく口数が少ない。ほっとくと何時間でも一人で大人しくしている。ナキアからおしゃべりを少し分けてもらえばいいと思う。

 幼少時虐待されていたせいでこうなったらしく、そう考えると気の毒だ。しゃべらず、感情を殺すことで生き抜いたのだろう。

 俺たち兄弟は何年も一緒に暮らしてるから何となく考えていることが分かるが、他人はそうではない。患者に誤解されないか、実はヒヤヒヤしている。でもなぜか人気だそうだ。

 書類は不足気味の医薬品に関するものだった。

「ああ、これはすぐ増産の手配をしておく。一人でも多くの患者を救わないとな」

「…………」

「おい、ルガ。いつも言ってるが、お前もう少ししゃべれ。診察の時困らないか? 患者に不信感を与えてはダメだぞ。それに、そんなんじゃ恋人もできないだろう。お前もそろそろ年なんだから、彼女の一人や二人作りなさい」

 ルガやネビロスまでくると年が離れているので、つい父親みたいな感覚になってしまう。説教になることが多かった。それで大体ナキアに「真面目で堅物の頑固オヤジ」と評される。

 でもルガは純情なやつだ。自分で彼女を作れないだろう。兄として心配になるのも仕方ない。その点はナキアも同感らしいが。アガやレティすら「嫁の手配したほうがいいんじゃないか」と言っていた。

 午後、用事を言いつけていたネビロスが帰ってきた。

 どこから調達したのか、サンドイッチを口にくわえている。

「どうしたんだ、それ」

「あ、これ? 厨房の人にもらった。出かけてお腹すいちゃったから」

 くれたのは確実に女性だな。

「ルキ兄さんも食べる? 他にもあるよ。こっちは街でもらったパン、こっちはなじみの酒場のおかみさんからもらった酒、こっちは侍女からもらったカップケーキで―――」

 ドサドサドサ。

 どこに入ってたのかというくらい出てくる。お前の服は異次元とつながってるのか。

 食べ物以外もどうせ大量にもらってきたんだろう。

 孤児院時代、こうして大人に気に入られることで食べ物を確保し、孤児院のみんなの分までかき集めていたのだから、努力は涙が出てくる。でももう必要ないよな?

「酒は没収。お前未成年だろ」

「えー? ルキ兄さんのケチー」

「ケチじゃない」

 レティに渡しておこう。警察だから。

 それにしても、ここまでみつがれ番長なのも問題だ。みんな子犬みたいな外見にだまされてるぞ。こいつも中身はナキア同様プレイボーイだ。

 頭が痛い。

 兄さんは弟たちという問題に日々頭を悩ませてるというのに、まったくもう。

 パタタタタ―――。

 ん。

 この足音は。

 姿を見る前からだれか分かった。彼女なら足音だけでも聞き分けられる自信がある。

「ルキ兄さまっ!」

 可愛い×∞妹が入ってくる。

 目じりが下がるのが分かった。

「どうした、リリス」

「あ、ごめんね。仕事中だった?」

「いや、全然かまわない」

 妹になら邪魔されてもかまわない。いつでも大歓迎だ。むしろずっといていいぞ。見てるだけでも癒される。

 本当にリリスは可愛い。いると空気が明るくなるし、安らぐ。くるくる動いて目が離せない。

 何やらかすか分からなくてという意味もあるが……。

 ふわりと赤いドレスをひるがえし、近づいてくる。

 後ろには従者のようにルシファーがついていた。

 リリスの夫でスパイ組織の長。初めて会った時にはすでに政略結婚という名目で人質にされていた男。

 ま、リリスのほうは逆プロポーズしたくらい本気で好きなわけだが。

 ルシファーの第一印象は食えない奴だということだった。一見王子様然としたイケメンだが、内面の危険性に気づけないほど俺も馬鹿ではない。

 最初は不愉快だったが、後に最適な人選だと評価を改めた。スパイ組織の次期当主で有能であること、リリスを好きだと分かったからだ。リリスを守るのにこういう男が味方なのは心強い。

 実際非常に役立つ男で、たいていのことは俺とルシファーで片付く。戦闘能力もたいしたものだ。

 常にリリスにくっついている様は、ご主人様を守る忠犬のようにも見える。

「ネビロスもいるならちょうどいいわ。あのね、魔法と機械の専門家に知り合いっていない?」

 こういうものを作りたい、とインターネットなるものの説明をする。

「へえ、面白いな。それが実現すれば、世界中で瞬時に情報を入手することができるようになる」

「あ、僕、知り合いいるよ」

 ネビロスが挙手した。

「ちょっと待ってて。連絡とってみる」

 十分で戻ってきた。もうアポがとれたようだ。

 相手は絶対女だな。

「ありがと、ネビロス。じゃあまた後でねっ」

 妹は嵐のように走り去った。

 やれやれ。

 今度は何をやらかすつもりなのか、我が妹は。

 俺は末の弟を見やり、

「ほら、ネビロス。お前もサボってないで少し勉強したらどうだ」

「はいはい。まったく、ルキ兄は真面目だなぁ」

 ぶつくさ言いながら弟は出て行った。

 まったく。

 手のかかる弟が五人と妹が一人いると大変だ。

 そのうちストレスでハゲるんじゃないか。ちょっと心配している。

「そんなこと言ってるヒマもないか」

 俺はため息つくと、物理的に山積みの仕事を片付けにかかった。

 長男坊は「真面目な苦労人」。別にいいのに自発的に父親代わりしなきゃとがんばってる人。

 弟妹からは「そのうちストレスでハゲるんじゃないか」「若いうちから白髪になりそう」と心配されてます。

 気の毒だから、彼には恋人キャラ作ってあげなきゃなぁ……。

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