改変の代償
不用品回収業者に来てもらう日。……もといオカルトグッズ処分の日。
指定された国境付近の荒野まで運んで行った。
普通なら量も多いし、距離もあるし、大変だっただろうね。あたしにゃ関係ない。
さくっとテレポートして終了。
シュンッ。
所要時間5秒。
一回で全部運べます。
しゅう~りょお~。
むしろファッションショーの準備のほうが大変だったわー。
早めに現地入りすると、向こうの役人はそれよりもっと前に来てた。ルシファーが事前に調べてくれたけど、集合場所が決まるとすぐにあっちの王は人を派遣したらしい。というか軍隊を。
罠仕掛けられたりしないか、その時から監視してたそうだ。
そこまでされるとさすがにやな気持ちになるなぁ。そんなことしないのに。
口実としては通信機器の設置だそうだ。他国王族で見られるよう調整できたのは二国のみ。それ以外はすでに予定が入ってるとか、色んな理由で無理だった。
でも代わりに魔法飛ばせる範囲内全部の国で大衆も見られるようにしたんだって。ようするにテレビっすね。
隣の国としては、目撃者は多いほうがいいってことだろう。各国王族クラスが一番いいが、それが無理ならたくさんの人に見てもらうと。いわば世界中が見てるのに下手なことはできないはずだって意味ね。
だから何もしないっつーの。
ほんとにこっちは処分したいだけなんだよ。誰があのクソ親父のコレクションなんかほしいもんか。
ま、諸国の大衆まで見ててくれるってのはこっちにとっても都合がいい。金をかけずにファッションショー計画上手くいくぞ!
向こうの王は時間よりだいぶ遅れてやって来た。それを悪いとも思ってないのがよく分かる。態度に出まくってるよ。
これくらいは想定の範囲内だったんで、こっちは怒らずスルーした。
あっちは王と護衛、他に処理業者五社連れてきた。
なにしろ数が多いから、一社だけじゃ請負きれないんだろう。
「……リリス様。王自ら来るというのは……」
「何か考えてるでしょうね」
あたしは小さな声で答えた。
なにも王が来ることはない。確かに腕は一番いいが、王自ら来るなんておかしい。
業者に行かせ、どうしてもできないものがあったら持ち帰り、おって指示を出す、でいいはずだ。
わざと遅れてきたことといい、あからさまに敵意むき出しの態度といい。依頼した時の態度もおかしかった。上限の十倍の値段ふっかけるとか、ありえない。
やっぱり意図的に怒らせようとしてる……?
今度は何を考えてるんだ?
「予想通り、ステルス使って近くに軍隊隠れてますね。増えてます」
「ああ、オレたちにはモロバレだけどな」
準備運動にやっちゃわないでね、レティ兄さま。
「やりすぎると、そこまで信用しないならもういいって逆に噛みつかれるってことも分かんねーのかな」
「ナキア兄さま、どうもわざとっぽいから挑発にはのらないどこ? 様子見ましょ」
あたしは一歩踏み出した。
「こんにちは。本日はよろしくお願いいたします」
合図にルシファーと兄弟が一斉にコートを脱ぐ。
王一行はびっくりして固まった。
武装してたのかと、護衛が剣を抜く。近くに隠れてた兵士数十人も姿を現し、王の前に並んだ。
―――が、こっちの格好を見てあぜんとする。
ぽか―――ん。
ここまで大口開けて間抜け面してる人いっぱい見るの初めてだわ。
なにせこっちはイケメンが七人並んでる。
それぞれに合った、違うタイプの服着て超絶イケメンがずらりとおでましなのだ。
絵になるわあ、うふふふふ。
見慣れてるあたしでも危ない笑み浮かべてトリップしてんのに、初めて見る人ならなおさら衝撃だろう。
画面に映ってる各国王・大衆もあっけにとられてた。
予想通り、ものすごい黄色い悲鳴がとどろいた。
「きゃああああああ、ステキ―――っ!」
「鼻血出るううううう!」
「今すぐそこ行きたいいいいい!」
「イケメン万歳―――!」
ふっ。
そうでしょう。そうでしょうとも。
心の底から同感よ。
ルキ兄さまは高位の文官風。似合ってます! 時々そのクイッてやるのたまりません!
次は執事コスプレしてもらえますか!? 毒舌執事でお願いします!
ナキア兄さまは変わらずシェフ。
「子猫ちゃんたち、僕の料理が食べたいかい?」
サービス精神が元々旺盛なナキア兄さまはアドリブかましとる。
むしろ私を食べてください的な悲鳴がものっすごいあがってる。映ってる西の王妃も激しくうなずいてる。王が微妙な顔になってますけど。
アガ兄さまはやり手のビジネスマン風。ロコツに不機嫌そうな顔してるけど、それがまたいいです。だからこそたま~に自分だけに笑ってくれるのが乙女はたまらんのですよ!
ルガ兄さまも変わらず白衣。オプションで聴診器つけてもらいました。
「…………」
無言無表情。
無口キャラキター!って叫びが聞こえる。
顔には出てないけど、かなりとまどってるな、あれ。ルガ兄さまは一番純情だからねえ。
ネビロスはラフな貴族子弟。わざとちょっと気崩してやんちゃボーイを演出。これはあたし指示してない。自分で考えてやったな。
うん、よし! 計算高い気がするが見なかったことにしよう!
そして本日最大のイケメン様、あたしのルシファーは正統派王子様!
これは外せません!
あ、女王の夫だから王配か。
でも一般的に影が薄いって言われてんのよね。王はあくまであたしであって、ルシファーは王の配偶者だから。
そもそも王を象徴にしたんで、まして女王の配偶者は影が薄くなる。
ルシファーは意図的にそうしてるっぽい。スパイ組織の長として、目立たない、「そういえば、女王の影にいたような」って存在でいいんだってさ。実際見るとみんなイケメンぶりに目を見張るけどね。
影の濃淡はどうでもいい。あたしにとっちゃ、大好きな旦那様だもん!
ああああああああああ、抱きつきたいいいいいい。
けどさすがにここでやったら、見てる女性陣から殺気向けられるな。
だから心の中でハアハアしとくだけにしとこう。
ハアハア。←完全に不審者
「次、女性陣!」
パチン!
指を鳴らすとモデルの女性たちも一斉にコートを脱いだ。
あらゆるタイプの服が現れる。
いや、ほんとに言ったの集めましたよ。作りましたよ。
これでどうよ!
このほぼ全てのタイプの女性と服の網羅っぷり! 好みのが絶対見つかるこのラインナップ!
ん? 詳細に述べよ? ページ足んないから今度でいい?
そこは各自妄想力で補完してくれ。
キミの力が試される時だ。さあ、覚醒せよ!
「きゃあああああああ!」
「うおおおおおおおお!」
今度は男性陣もどよめいた。
ふっ……がんばったあたし。よくぞここまでやったよ。
え、可愛い女の子たちに好きな服着せてめちゃくちゃ楽しんでたんじゃないかって? お前が一番ウハウハやってたんじゃないかって?
ソウデスケドナニカ?
これだけ作るのはほんと大変だったのよ。楽しくなけりゃやってらんなかったつーの! 国内外のあらゆる仕立て屋に頼んだわ。
ところでお代だけど。思わぬとこから調達できた。
魔獣の標本やはく製が意外とはけたんだ。
アガ兄さまがあちこちに問い合わせたら、ぜひ売ってくれと研究機関が申し出てきた。意外や意外、かなり貴重なものがゴロゴロあったらしい。
そこは国際的に有名な研究機関で、魔獣の生態や構造を調査してる。そこでは人為的な魔獣の孵化や飼育を行っており、生きたのも欲しいと言われた。
「危険なものも専門スタッフがいるから大丈夫。お願いですから売ってください!」
研究機関は魔獣を人間には危険な場所で使ったり、共存したりと平和利用も考えてるというので、あたしもそうだと言ったら、協力を頼まれた。
「むしろモデルケースになってもらえますか? あちこちに打診したんですけど、どこも引き受けてくれなくて……」
三つ編みおさげの所長は目をキラッキラさせてた。
そんなわけで機関との共同プロジェクトになった。
これでもう隣国もゴチャゴチャ言えまい。
ちなみに所長はそこでモデルの一人やってます。恥ずかしそうに、おとなしめでスタンダードなドレス着てる。
色は黄色。日曜朝某女子向けアニメの黄色枠っぽいんで。
「赤くなってうつむいてるのがよし」ってさっそくファンできたみたいよ。
所長はプロジェクトの宣伝する代わりにってモデルやってもらった。これで一人タダ。
パネル持ってるけど、恥ずかしくて握りしめるだけで、オドオド。
「あうう……あの、その……ひええ、恥ずかしいですぅ~!」
大丈夫。より宣伝になってるからそれ。グッジョブ。画面の向こうの男性陣、メロメロになってますがな。
というか所長、そんな小動物っぽくて平気か心配なんだけど。パクっと食べられちゃわない? 魔獣も小さくて可愛くてメロメロってことですかね。
所長同様、他のモデルたちもお代は全員金銭以外だ。
「すごいですね、改めて見ると」
ルシファーがつぶやく。
「でしょ? ルシファーも探すの手伝ってくれてありがとねっ」
元々スケベ親父の趣味で城の女性使用人はレベル高かった。だからほとんど近場で済んだけど、ないタイプもあったんで。
「結局モデル料どうしたんだか聞いてないんですが」
「所長みたいに金銭以外にしてもらったのよ。つーか、ぶっちゃけて言うと兄弟使った」
「はい?」
「あたしの兄弟と一緒にモデルできるよ~って言ったら、みんな金なんかいいからやらせてくださいってむしろ懇願してきた」
デスヨネ。
あたしでもそう言うわ。
「…………」
「ツーショット写真、一枚なら撮影許可したら鼻血吹いて喜んでたよ。家宝にするってさ。実際ほら、見てみなよ。モデルの女性陣はどこ見てるかっていうとあたしの兄弟だし、みんな目がハートじゃん」
うっとりとみんななんか悶えてる。
トリップ具合はあたしといい勝負だ。同士発見。ぜひ友達になりましょう。そして熱く語り合いましょう。
「……ご兄弟もよく承知しましたね。まぁ、リリス様の頼みなら喜んできくでしょうが」
「そんなんで済むなら安いもんだってさ。ルシファーは知ってると思うけど、ネビロスなんか自分の写真売って小遣い稼ぎしてるからね?」
孤児院時代、自分の容姿を利用して色んな家や食堂のおかみさんに気に入られて食べ物をもらい、みんなに食べさせてたネビロス。泣ける話だわ。
「この前写真集出したのよね、あの子。DVDも作った」
ランクがあってね。Aは日常風景でBGMのみ。Bは少し高くてボイスつき。Cはめちゃくちゃ高くてコスプレあり、サイン入り生写真入り、シリアスナンバー入りの豪華装丁。
「アホみたいにCが売れてるらしいわ」
「みたいですね……リリス様、姉として止めなくていいんですか」
「止めないわよ」
だってあたしも持ってるもん。シリアルナンバー1のやつをね!
え、お前はいつも本物見てんじゃないかって?
それとこれとは別!
別腹です!
「兄さまたちも出さないの?ってきいたら、ルガ兄さまが珍しくも多弁になって止められた」
「よほど嫌だったんでしょうね。サルガタナス様が一文以上しゃべるなんて」
ま、いいけどー。みんなのコスプレ写真はいつも撮ってるし。
うふふふふ。製作者の特権じゃ。
あたしの部屋には見本帳という名の、そんな宝物をおさめたアルバムがあるのですよ。時々眺めてにまにまするのが楽しみです。
ふふふふふ。
というわけで「城から昼間も妙に陽気で不気味な女の笑い声がする」って七不思議が追加されました。
「そういえば、写真撮影、僕は頼まれてませんけど」
「ルシファーはダメ」
ぎゅ―――。
本気で言って腕にすがりついた。
「ルシファーはあたしの旦那様だもん。他の女の人とのツーショットなんか絶対だめっ!」
ぜーったい他の人にはあげないんだからっ。
「……なるほど」
ルシファーは優しくあたしの頬をなでた。
「そうですね。僕もリリス様以外の女に興味ありませんし。ツーショットは嫌です」
ぱああっ。
物理的に花が飛ぶバージョン2。
本日のお花は何でしょうか。店員おすすめの品です。店員てどこの誰だ。
「ほんと?」
「ええ。大好きな奥さん」
「あたしも大好き―――っ!」
がばっ。
ぎゅ―――。
周りガン無視で抱きつく。
あー、駄目だ。やっぱ我慢できん。
一日何回かはこれやらないと禁断症状出んのよ。末期だな。
「リリス様も他の男といちゃだめですよ。ご兄弟は仕方ないですが。……それ以外の男は抹殺しますんで」
「しないもん。あたしはルシファーだけだもーん」
最後ボソッと恐いことが聞こえた気がしたが、聞かなかったことにしとこう。
兄弟が鬼の形相で「ルシファー、このヤロォ。絶対シメる」って言ってるけどこれも無視。いつものこと。
はうーん、いい香り。いい抱き心地。
たまりませんのう。
女王夫妻は公衆の面前でいちゃいちゃ。その兄弟は鬼の形相。モデルたちはトリップしたまま、魂がどっかいっちゃってる。
なんだこの構図、と画面の向こうからボソボソ聞こえてくる。
「ああ……なんか、もうそこまでラブラブっぷり見せられると、どうぞご勝手にって感じ?」
「うん、もう好きなだけいちゃつけば」
「夫婦仲良くてなによりですね」
「なんか全然恐くなくなってきた。女王ってただの女の子じゃん」
あら、はからずもイメージアップできたみたい。
これは破滅フラグ折れたかな?
「まぁそっか、バカップルがいちゃいちゃしてりゃ、恐さはないよね」
「リリス様、今度は何考えてます?」
「だったら堂々とあまあましていいよねって」
ルシファーは苦笑して、
「今も十分してると思います。のどゴロゴロ鳴らしてる猫状態じゃないですか。僕的にはいいんですが……さすがにそろそろご兄弟の頭の血管きれそうなんて、一旦落ち着いてください」
えー?
もっと甘えてたいのにぃ。
ぷう。
ほっぺた膨らませつつも、今はそんなことしてる場合じゃないかとあきらめた。
急に王に向き直り、
「じゃ、よろしくお願いします」
「えっ? あ、ああ、そうですな」
色んな意味で出鼻くじかれまくった王たちは、それでも気を取り直して作業にかかった。
……これが地味な作業なんだなぁ。
リアルタイム放送じゃなきゃ、絶対カットされてる部分。
そう、「魔法で浄化! クリーンアップ☆」っていうんじゃない。おじいさんがそんなんやるシーン見たい人はあんまいないだろうが。
一定の希望者はいるかもしんないけど……。
え、あたし? だからあたしは老け専じゃないってば!
この世界における呪いのアイテム処理はこう。まず呪いの構造を解明し、分かりやすいよう魔法陣として視覚化する。そこから慎重に文字を削除し、発動しないようにするんだ。どっちかっていうと精密機器の修理っぽい。細かい回路をピンセットでちまちま直す感じ。
実際、王も処理業者もピンセットで文字取る作業してる。物理的に魔法陣から文字を取り外すのね。
王様、見てるだけじゃなくて、やるんだ。
腰曲げてると辛そうなんで、あたしは円座クッションを持ってきてあげた。痔らしいんだよ。
「……話には聞いてたけど、ほんとに地味な作業なんだなー」
真っ先に見てるの飽きたナキア兄さまが言う。
「じゃ、お茶する?」
「いいねえ、オレお手製のスイーツ、みんなにごちそうするぜ」
モデルたちが大喜びする。
あたしはテーブルと椅子をテレポートさせ、みんなでティータイムの準備をした。
☆ ☆ ☆
テーブルにはたくさんのスイーツが並べられた。
ゴクリ。
画面の向こうで大勢の人がつばを飲み込んでる。モデルたちもおいしそうなスイーツをガン見だ。
「さあ、どうぞ。いっぱいあるからね」
ティーパーティーの始まりだ。
のんきにお茶かって?
いやいや、これも宣伝です。
あたしはカメラ目線で、
「皆さん、重大発表がありまーす! 一年後、うちで大きなお祭りやります! ファッション・学問・芸術・食べ物の祭典! うちの国が恐くて危険なのは過去のこと。新しく生まれ変わったその姿をその目で見てねっ。ここにあるスイーツも食べられるかも? そうそう、あたしたちが今着てる服も売り出しますよっ!」
お祭りと聞いてみんなウキウキしてる。
「祭り?」
「楽しそう!」
祭りを楽しいと期待するのは万国共通。
想定外の事態に隣国王はあぜんとしてる。
まさかこの場を使ってファッションショーにお祭りの宣伝とは思わなかっただろうなー。
「すでに知ってる人もいると思いますが、あたしは権力放棄して実権は議会に譲りました。一年後、ちょうど議員選出のための選挙を行うことになってます。国民一人一人の投票で、国を治める議員が決まる民主政治です。あたしは女王って言っても名ばかり。あたしの仕事は国のイメージアップです! 幸い、うちの国は良質な美術品や貴重な文献がたくさんある。これを活用して大学を作ることにしました。だれもが身分も年齢も関係なく学べる機会を得られるように。他国からの留学生も募集中でーす!」
すかさずルキ兄さまがチラシを掲げる。
「学ぶ意欲さえあれば大歓迎! 気になる方は各国にあるうちの大使館にパンフ置いてありまーす!」
交流のある国はお互い大使館を置いている。父の代はほぼ使われていないも同然で、逆にうちの国から各国は大使を引き上げてしまったが。それぞれの国に大使館の設備自体は残っていたので、早速役人を派遣した。
インターネットがない以上、各国の窓口に直接パンフを置くしかない。他の場所はまだどこも警戒してるらしく、置かせてくれなかった。
なるべく早くインターネットを作らないとなぁ。
ナキア兄さまがパンフを持ち、ウインクしてみせる。
あ、確実に今何人かは目がハートになって倒れたな。
「なおっ! あたしたちが今着てるこれらコレクションは今この時間より販売開始します! 気になるお値段は―――」
それぞれ値段を大きく書いたフリップを出す。
「―――以上です。聞きもらした方、もっと詳しく知りたいって方は、同じく大使館にポスター掲示してあります! 詳細もそこに書いてあるので、ご覧ください」
ポスターはがして持ってかれないよう掲示せよと指示してある。そうでなきゃ速攻持ってかれるぞ。あたしならやる。
そのうちポスター自体も売ろうかしら。モデルの女性たちの許可が出ればね。そこはちゃんと了解とらないと。
「今すぐ注文したいって方はこちら!」
レティ兄さまとルガ兄さまが電話番号書かれた紙を掲げる。
「注文が多い場合、お届けまで時間がかかることもありますがご容赦ください。注文の際はどの服を注文するか、番号をお間違えなきよう。一社だけでは対応しきれないので、複数の仕立て屋に分散してやってもらっています。よって複数注文いただいた場合、全てできるまでには時間がかかる可能性があります。ご注意ください! なお、お代は商品ができあがりましたら、国外の場合大使館に取りに行っていただくことになっており、その場でお支払いとなっております」
今回はコールセンターを臨時に用意、そこで注文を一括して受けてとりまとめ、各仕立て屋に発注するというシステムにした。
この世界に通販は存在しない。
服は貴族なら仕立て屋に直接頼むか、庶民なら服屋にある出来合いを買うか。
この世界の人々にとっては新しいシステムだ。うけるはず。特に女性に。
通販って楽しいよね~。分かるわぁ。
ただしここには宅配便もない。物を届けたい場合は自分でやるか、誰かを雇って運んでもらうしかないのだ。
だから注文主の家に配達はできない。人員の確保も難しいし、あれこれ考えた末、大使館にまとめて送ることにした。そうすればパンフも見てくれる機会が増えるしね。
ついでに色々うちの農業とか工業とかの展示もしておくから見てね。
「いずれもオリジナル商品。ここでしか手に入らないものです! ぜひこの機会にお求めを!」
ピピピピピ。
主に女性がものすごい速さでケータイ操作してる。
電気でなく魔法による通信機器で、機能は分かりやすく言うとガラケーだ。通話とメールのみ。
インターネットがないから、スマホないわけ。
電話回線がパンクしないことを祈ろう。
「食べ物はお祭りの時、ここにあるの以外にもたくさんのを売り出す予定です! ぜひ食べに来てくださいねー!」
ネビロスがスイーツてんこ盛りの皿を見せる。
食べ物も通販やろうかと思ったんだけど、やめた。衛生上の問題と、隣国の疑り深さ。口に入れるものならさらに神経質になるでしょ、毒入りだってデマ流されたらやだもん。
だから食品関係はやめ、何も仕込めない服に特化したんだ。日本じゃ「布地に魔法陣仕込む」とか「布に毒塗っといて、肌から吸収」とかあるけど、この世界にはそういうのは存在しない。安全と判断した。
ほら、呪われた服ってそもそもあんまなくない? 指輪とか装飾品や絵画はよくあるけど、服って呪いのアイテムにはなんないよね。
アクセを売り出さなかったのもこの理由だ。何か仕込んであるって疑われると困る。特にうちの国は呪いをかける側の存在だし。
気をつけといて損はないと思う。
あたしはスイーツの乗ったトレイを手に、
「皆さんもおひとついかがです?」
王たちにも差し出した。
兵士たちが喜んで食べようとすると、王が一喝した。
「食べるな!」
は?
「毒が入ってたらどうする!」
「……はい……?」
おいおい。
ほんとに言うか。公衆の面前で。
予想してなかったわけじゃないけど、ここで勧めず自分たちだけで食べるのもどうかと思って勧めたんだけど。そこまではっきり言いますかね。
やっぱり何かおかしい……。
「あのー、見てましたよね? あたしたち同じもの食べてピンピンしてますけど」
「ふん、分かるものか。悪魔の国の者には毒など効かないのだろう」
ああハイハイ、父の時代には悪魔の国って呼ばれてましたよね。
父も数えきれないくらい毒盛られてたけど、効かなかったよなぁ。体質的な問題……っていうか王家の魔力のせいだろうね。『悪』側に設定されてる魔力だから、悪いものに耐性がある。毒もその一つってわけ。
もしここにある食べ物に毒が入ってたとしても、確かにあたしには効かない。兄弟やルシファーも効きにくいだろう。でも一般人のモデルたちは普通に効くよ?
「疑り深いなー。まぁ嫌なら別にいいですよ」
ひょいひょい。
あむあむ。
あたしは目の前で食べてみせた。
うーん、ナキア兄さまの腕は天下一品。おいしーい。
兵は残念そうに、でも国王命令だから仕方ないと下がった。
民衆は「そこまで言わなくても」って顔してる。思っててもロコツに言っちゃダメだよね。
「おいしいものはみんなで食べたほうが楽しいのに……」
皿を片付けるのにテーブルへ戻った。
―――その時、強く邪悪な気配を感じた。
「?!」
バッ!
急いで振り向けば、まだ処理の終わってない山から黒いもやがたちのぼってる。
一旦全部をレベルごとに仕分けして、できる者に割り振り、作業してたわけだけど。そのうちの最高難易度の山だ。
こういう作業はアイテム側も処分されたくないから怨霊的なのが現れて妨害することがよくある。それを防ぐため、たいてい作業前に魔法陣の中に置いといて、出てきても閉じ込められるようにしとくんだけど。
ズズズ……。
黒いもやは周囲の邪気を吸収し、大きくなっていく。
これ、出てきたのは一個だけど、周りを取り込んでる?
「おっ、出てきた出てきた」
「大丈夫だろう、魔法陣の中だから」
処理業者はのんびり構えてる。それも一瞬だった。
バキンッ!
硬質なものが割れる音がして、魔法陣が吹き飛んだ。
「げっ、ヤバい!」
「魔法陣張りなおせ! いや、バリアだ!」
業者が作業中の人も加勢し、慌てて封じ込めようとする。
でも敵が強すぎてそれもはね返してしまった。
兵が急いで王を遠くへ避難させる。
あたしたちはというと、プロに任せ、手出ししなかった。
というか、あえてしなかった。止めた。
―――だって、違う。
悪意を感じたのはあの黒いやつからじゃない。
あたしは発信源を正しく探知していた。
隣国国王。逃げる時、かすかに笑ってた。
なぜ?
ズズズズズ。
もやは巨大な人型となったもやは、業者に襲いかかった。
巨人ほどじゃないが、十メートルはある。ただの人の形をした邪気の塊で、口だけ不気味に開いている。
「……なに、こいつ……?」
そんなバカな。
「アホ親父もあきれたもの持ってたもんだな。あんなもん憑いてたのか」
「違う。違うよ、ナキア兄さま。あんなの憑いてなかった」
「ええ?」
「あたしは邪悪なものの探知に長けてる。だからあれだけのが憑いてたら見逃すはずがない」
『魔王の母』であるあたしは現在最強の悪の存在だ。息子が生まれるまではそういう設定になってる。つまり現段階であたしより強い悪のキャラは存在しない。
よって、絶対に見逃すはずがないんだ。
「リリス様、下がってください」
ルシファーが前に出て、あたしを背にかばった。兄弟たちもすばやくその隣につく。
「待って、ダメ!」
あたしは叫んだ。
「リリス様、でも……」
「いいからだめ! 絶対手を出さないで!」
この状況はおかしすぎる。
善側のキャラとは思えないほど悪意ある態度をとる『ヒロインの祖父』。ありえないはずの邪気。
これは破滅ルートか?
下手すれば一気に『魔王の母』化が加速する?
あたしがここで選択を誤れば、まずいことになるのは分かってる。
飛び出してやっつけるのは簡単だけど、それで正解か?
必死に考える。考えすぎて動けない。
どうすればいい。
この破滅フラグの根本は隣国国王。これをどうにかやめさせればいい?
……油断してたわけじゃない。まさか正義側のキャラがこんな悪辣な手段とってくるなんて思わなかったんだよ!
ドカッ!
業者が次々ふっ飛ばされた。
「うわああああ!」
「こいつ、強い……ぎゃああああああ!」
離れたところに逃げていた王が、惨状に絶望するように腕を大きく開いた。
「なんてことだ! あきれたな、女王よ、これがおぬしの計略だったとは!」
天を仰いで嘆息する。
「計略……?」
民衆がざわめく。
「大人しく武装解除すると見せかけてわしたをおびき出し、油断したところで呪いを発動させる。憑りついていた怨霊に見せかけてな! こんなものを仕込むとは、しかも時間差で発動させるとは、なん悪知恵にたけたものよ!」
「あたしはそんなことしてない!」
あたしは叫んだ。
でも、民衆は信じてくれなかった。
なにせ父の行いが行いだ。娘も同じと、不信が広がっていく。
「おい。どこにそんな証拠がある」
ルキ兄さまが不快を隠そうとせずに言った。
「証拠? あれを退治し、調べてみれば分かるだろう」
うちの誰もそんなことはしてない。
どうぞ調べたければ調べろと言いたいとこだ。―――普通なら。
でも分かっていた。
はめられた。
歯ぎしりする。
「その前に、証拠隠滅されないよう、閉じ込めておかねばな!」
ヴンッ!
地面に魔法陣が浮かび上がる。
あたしたち、モデルまで含め閉じ込められた。
「おいっ、何すんだよ!」
「そこの女王が操っているのだろう? 魔力の供給を絶たねばな」
「他国の女王に疑いかけて捕まえるなんて、やっていいと思ってるのか?! それでも正義の王か!」
ルキ兄さま、アガ兄さまが怒鳴る。
隣国王は平然として、
「悪を退治するのが我らの役目。それが正義だ」
本心からそう思ってるのが分かる。その信念は異常にすら見えた。
民衆の間にも動揺が広がっている。
ルシファーがつぶやいた。
「リリス様、もしや……」
「はめられたわね。たぶん、王がやったのよ。邪気をまとめて化け物を作るよう魔法を仕込んだんだ。レベルのチェックって言って、触る機会も時間もじゅうぶんあったんだから。自分がやったのか、やらせたのかは分からないけど……。調べるのも、向こうがやるんでしょ。都合の悪いことはもみ消すに決まってる」
小さい声で早口に話す。
ルガ兄さますら驚いている。
「……まさか。正義の王を自称する王が?」
「だからあたしもそんな悪者みたいなことやるとは思わなかった。失敗したな。これでうちがあれをやっつけても、隠ぺいのためだって言われるに決まってる。かといって、何もしなければその通りと言われる」
どっちに転んでもまずい。
こんな結界、破ることはたやすい。でもそれをやったらまずい。
「……斬ってやりたいなぁ」
「レティ兄さま、気持ちは分かるけど我慢して。ほんの少しでも選択を誤れば破滅ルートまっしぐらよ」
「でも言われっぱなしなんてな」
……くす。
あたしは笑った。
「―――大丈夫」
何の策も講じてないとでも?
ルシファーと兄弟が怪訝そうな顔をした。
「リリス様?」
たぶん、大丈夫。ルシファーが調べてくれた通りなら。
「おーやおや。三文芝居だなァ」
場にそぐわない、のんびりした声が響いた。
初めて聞く声。
フッ。
隣国王の前に音もなく一人の青年が現れた。
銀の長い髪を後ろで無造作に結んだ美青年。調査によると年齢は十八だそうだ。
銀色の軍服という珍しいものを着ている。ギンギラギンだな。まぶしい。派手。
「……来たね」
あたしはつぶやいた。
待ってたよ。
隣国王は突然の乱入者に目をぱちくりさせている。
イケメンは飄々として、
「あっれー? 王様、まさかオレが誰か知らないとか?」
「な、な……」
図星だったらしい。
ああ、そうか。知らないのか。各国の国王・王妃の顔と名前は知ってても、王子はカバーしてなかったのね。
あたしは真っ先に情報仕入れたよ。諸国の情勢を把握しておくことは重要だから。ヒロインの国以外に攻め込まれてもやだしね。
「リリス、あれは北の国の八番目の王子じゃないか?」
さすがに宰相のルキ兄さまは知ってた。
「そう。何とか計画通りに動いてくれたようね」
「計画?」
兄弟もこれは知らないことだ。ルシファーにすら話してない。情報は提供してもらったが、あたし一人で進めたこと。
青年はくったくのない笑みを浮かべ、隣国王の肩をバンバンたたいた。
「まっ、北の国の八番目の王子なんて分かんないかー。オレはベルゼビュートっていうんだ。ヨロシク☆」
隣国王はどうしたらいいか分からず、固まっている。
のんきな会話をよそに、化け物がベルゼビュート王子の背後に迫った。
「あ、危ない!」
だれもが叫ぶ。
「やーれやれ」
王子は振り向きざま、腰につけてた鞭を抜いた。
ビュンッ!
化け物を縛り上げ、勢いつけてブン投げる。
「どおりゃあッ!」
ズド―――ン!
派手に土煙があがる。
「まったく、話の途中だってのに、空気読まないやつだなー」
あまりの力にみんな呆然。
しかも王子は邪魔な小虫をぺしっとやったくらいの感じなのだ。
「ま、仕方ないか? あんたが作ったもんだもんな。なあ、王様よ?」
ベルゼビュート王子が指したのはあたしじゃなく、隣国王だった。
「えええええ?!」
あちこちで驚きの声があがる。
正解。
「そ、そんな馬鹿な。正義の王だぞ?」
「勘違いもはなはだしい」
「何を言ってるんだ」
監視役の一人だった北の国の王が息子を怒鳴りつけた。
「こら、ベルゼ! 他国の王、しかも正義の国の王にたいして何を言うか!」
王子はおおげさに肩をすくめてみせた。
「なーんだ、オヤジも気付かなかったのかよ? オレはさあ、おかしいと思ってたわけ。女王の国が大人しく武装解除するわけがない、何か企んでるはずだってね。まさか服の宣伝とは思わなかったけど。だからこっそり現地に来て見張ってたわけよ。画面越しだとやっぱり見落とすこともあるじゃん? そしたら業者の連中、あきらかに浄化と違う魔法陣を施すじゃんか」
全員の目が彼らに注がれる。業者たちは真っ青になった。
「ち、ちが……」
「示しあわせたみたいに同じもん使うんだもん、これはどう考えても何かやろうとしてるじゃん? だからさ、証拠と思ってちゃんと映像撮っといたんだよねー」
ヒラヒラ。
王子はビデオカメラみたいな録画機器を見せる。
業者が慌て、王に視線を送ってしまった。王子はちゃんとそれをとらえてて、
「ほーら、やっぱな。王様の命令だったか」
「ちっ、違います!」
「業者の手配は王様がやったんだろ。自分に都合のいい連中を集めたに違いない。そこで処理とみせかけてこっそり悪~い魔法仕込んで、邪気から化け物を作らせる。女王さんの仕業だって濡れ衣着せようとしたんだろ? 証人たっぷりの場でやれば、言い逃れできないってさー」
隣国王は怒りで真っ赤になり、ベルゼビュート王子をにらみつけた。
「おぬしこそわしに濡れ衣を着せようとしているのではないか……」
「んー? オレがあんたをはめて、何か得でもすんの?」
おどけて首をかしげる王子。
その通り。ベルゼビュート王子の国と隣国との関係は普通。悪くはない。貿易その他の面でお互い持ちつ持たれつであり、関係悪化は望ましいことではない。
ましてベルゼビュート王子は八番目の王子。皇太子はすでに一番めの王子がなっているし、王位を継ぐ可能性の低い、いわば名ばかり王子がそんなことしても利益はない。しかもベルゼビュート王子はこの通りちゃらんぽらんな態度で、周りからは放蕩者扱いされてる。
彼が隣国王をはめる理由はどこにもない。
「ま、オレの撮った映像がねつ造だとか言い出すんならさ? 模様はずーっと各地に配信されてたんだから、巻き戻してみなよ。映ってるはずだぜ」
映らないよう体の陰でやってただろうから、確証はない。
でも業者たちはそう思わなかった。
「まずい、逃げろ!」
脱兎のごとく逃げ出す。
「あーれれー? 逃げちゃったよ。有罪だって認めたようなもんだよなー。どうする、王様?」
ベルゼビュート王子は変わらずのんびりしている。
隣国王は兵に業者を捕まえるよう命じた。
「奴らを捕まえろ!」
「おおっと、そうされちゃまずいんだな」
ビシュッ!
鋭く鞭が飛ぶ。一瞬で業者たちを捕まえ、手元にたぐりよせた。
「口封じされちゃたまんないんでね。こいつらはうちで預かって調べるよ」
「な、何だと……!」
まずいと隣国王も焦る。
「何かまずいことでもあんのかなー? うちなら第三者ってことで、公平な取り調べするからさぁ。こいつらの安全のためにも、まったく関係ないうちに移送したほうがいいだろ?」
シュッ。
テレポートで彼らの姿が消える。
王子の父が「あいつ勝手なことを……」とつっぷした。
でもこの現状じゃ、第三国に移送してもらったほうがいい。
「うちはそれで構いません、ベルゼビュート王子」
あたしははっきり言った。
王子はにんまりして、
「初めまして、だね、女王さん。美人とは聞いてたけど、本物はもっときれいだなー」
「……それはどうも」
お世辞が上手だね。簡単に喜ぶほどあたしはバカじゃない。
知ってんのよ。ベルゼビュート王子が食わせ者だってことは。
だからこそ今回来るよう誘導したんじゃないか。
ルシファーに頼んで、目的は知らせず、ベルゼビュート王子が気になって来るよう巧妙に情報を流した。あくまで王子が自発的に来るように、興味をあおった。
現場に第三者の目撃者がいたほうがいいと思ったからだ。彼はうってつけだった。
無関係な国の第八王子というさらに利害関係のない人間。いざという時の機転が利く才能。うつけものを装い、実は野心のある男……。
興味深そうな視線からあたしを隠すように、ルシファーが立ちふさがった。
「リリス様に何かご用ですか」
敵意を隠そうともしない。
おーい、そこでケンカはやめてねー。
「いんやァ? 既婚者なのが惜しいってね。独身ならオレの嫁にしたのにな」
兄弟までベルゼビュート王子をにらみつけた。
七人の殺気混じりの光線を受けても王子はびくともしない。
やっぱり食わせ者だ。
あたしはルシファーの腕にさりげなく手をからませて、
「お世辞が上手ですね、ベルゼビュート王子。濡れ衣を晴らしてくださってありがとうございます。何かお礼をしたいのですが……恋人にドレスなどいかがです? 王子ほど素敵な殿方ならいらしゃるでしょう。お好きなものをお選びください」
あたしはルシファーの妻だと示すのと同時に、王子には恋人がいるのではと周囲に知らしめる。
実際調査では親しい女性が何人もいるらしい。ただし過去も現在も特定の恋人は作っていない。
それにしても過去の彼女、みんな美人だった。メンクイだな、こいつ。だからこそ余計、あたしへのはお世辞と分かる。
「あ、そうだね。いいかも。最近知り合いになったのはセクシー美女だから~」
キリッとした美人モデルの着てる服を指す。
「あれでよろ」
「分かりました。でき次第、そちらにお送りしますね。最優先で作らせます」
ルシファーと兄弟はなおもにらみつけてた。
……ズズズ……。
地響きが。
「おっと」
そんなことしてる場合じゃなかった。
ベルゼビュート王子がふっ飛ばした化け物が態勢を立て直し、起き上がる。
「倒してなかったのか、アホ息子」
「ひどいなぁ、父上。それより陰謀暴くほうが先と思ったんじゃん。ま、いーよ。すぐ片付くからさ」
ベルゼビュート王子は化け物に向かわ―――ず、呪いのアイテムの山に近寄った。
「???」
「え? やっつけるんじゃないの?」
みんな何するのかと見てると、彼はナイフで自分の手のひらを少し切った。
ぽたっ……。
血が垂れる。
バババババッ!
血は魔法陣となり、降り注いだ。
化け物を構成していた術にかかると、術は効力を失う。
なるほど。
より強い呪力を持つもので汚してしまえば、力をなくす魔法はたくさんある。血を使うのは特に強力で、向こうの王族も特殊な力を持っていたはずだし、なおさら効果を発揮するはずだ。
下手に魔法陣をいじくるより手っ取り早く、化け物を倒すより効率がいい。
現に化け物は霧散した。
「……あの男、馬鹿じゃありませんね」
ルシファーがつぶやく。
「ええ。化け物をいくら攻撃しても、ダメージはない。基となる魔法を壊したほうがいい。一瞬でそう判断して実行に移したのね」
「最初鞭で吹っ飛ばしたのはわざとでしょうね。見せ場を作るというか、インパクトのため。あれで度肝を抜いといて、隣国王を動揺させ、攻略しやすくした」
今回は役立ってもらうため誘導したけど……。
この男、敵に回ったら危険だ。
「はいっ、おーわり! 拍手ー!」
王子は手を広げた。すぐ治癒魔法を使ったのか、傷跡はどこにもない。
し―――ん。
さすがに期待したような拍手はなかった。ブーたれる王子。
「何だよー。ちゃんとやっつけたじゃないかー。ほら、拍手!」
パチパチパチ……。
少しだけ拍手があがる。仕方ないって感じだ。
「心がこもってないぞー」
「いい加減にせんか、馬鹿息子」
王子と父王はいつものことらしいやりとりしてる。
シリアスさぶち壊しぶりに、みんな苦笑した。
「ところで、王様さー、いつまで女王さん閉じ込めてんの?」
ベルゼビュート王子がさりげなく隣国王をのぞきこんだ。
隣国王は怒りと憎悪で震えている。
「おーうーさーまー。聞こえてるー? 解放してあげなよ、みんな見てるぜ?」
視線が隣国王に再び集中する。
「勝負は負けだぜ? あきらめなって。それそれにしても他国の女王に濡れ衣着せて殺そうなんて、たいそれたこと考えたもんだなぁ。正義の王が?」
「わしはやっていない!」
「まーまー。映像の証拠と容疑者の調書を後で送るからさ~」
王が命令したという供述は取れないだろう。そこまでは吐かないに違いない。状況証拠のみ……。
《……失敗したか》
「え?」
今の、誰の声?
隣国王の口から漏れているが、声音が違う。まるで機械のような。
「どうしました、リリス様?」
「え? いや……」
もしかしてあたしにしか聞こえてない?
なんで?
《正しい道への修正……。バグの発生、エラー消去すべし……》
バグ? エラー?
きき返そうとした時、隣国王の姿が消えた。
シュンッ!
瞬間移動で消え失せる。
あ、逃げた。
「あーらら、逃げちゃったー」
あたしたちの周囲の魔法陣も消えている。
モデルたちがほっとしたように息をついた。
あたしは改めて王子に深々と頭を下げた。
「重ねてお礼申し上げます。ありがとうございました、王子」
「いんやァ? オレはコソコソ工作してる王様が気に入らなかっただけだからさー。正義の王って言ってんのに、あんな真似するとかさ」
本音は違うだろう。
ベルゼビュート王子の本質はトラブルメーカーだ。ひっかきまわして事を面白おかしくするのが趣味と聞く。しかも、面白いのは彼基準であって、周りはそうは思っていない。
たぶんこれもうちは隣国かが何か楽しいことしないかな~って感覚だったに違いない。たとえ戦争になっても面白がったことだろう。
破滅フラグは一応回避できた。第三者に片付けてもらうことで。
でもその代り、危険人物に借りを作ったことになる。これが今後どう働くかは分からないが……。
「……ってそうだ、この山、どうしよう」
処分途中でみんないなくなっちゃったから、呪いのアイテムをどうするか。困った。
王子が飄々と、
「これも証拠品だから、うちで預かるよ」
「おい、ベルゼ、お前はまたそんなこと勝手に……」
「まぁまぁ父上、犯罪の証拠品ですって。やっぱ第三者が保管しといたほうがいいでしょ?」
父王は折れた。
「仕方あるまい。こちらで保管しておく」
こうして北の国が一時預かりすることになった。
冤罪が晴れたことで、一時キャンセルが続出していた服の注文も元に戻る。最終的には予想以上の予約があった。
☆ ☆ ☆
「よかったー、どうなることかと思ったよ」
帰宅したネビロスがソファーにごろんと横になる。
「まったく、さっさとたたっ斬ってやりたいの我慢すんの大変だったぜー」
特にケンカっぱやいレティ兄さまが一番危なかった。
「あれ、ほんとに王が命令してやらせたのかな?」
ナキア兄さまがソファーの背もたれ部分に腰かける。ルキ兄さまはうなって、
「さあ……。公平・正義の権化のようなあの王がそんな卑怯なことをするなど、信じられないが」
これまでの隣国王は賢帝として有名で、だから『正義の王』なんてあだ名までついてた。
「どっちにしても、臣下も王は裏切らないだろう。王が命じたという証拠はないだろうな」
アガ兄さまが言う。
「トカゲのしっぽ切って終わりでしょうね。それにしても、なぜあの王がそんなことを……」
あたしも信じられない。あれはまるで何か悪いものが憑りついていたかのような行動だった。
処分依頼をした時からおかしいと思ってたけど、実際会ってさらに強く感じた。
でも何も憑りついてはいない。もしそうなら分かる。
……じゃあ、あの声は?
自分で自分に質問する。
憑りついてないなら、あたしにしか聞こえなかったあの謎の声は何なんだ?
邪気は感じない。むしろ逆で……。
「―――」
あたしは息をのんだ。
まさか。
あの声は何て言った?
エラーの発生、バグの削除。正しい道への修正。そう言わなかったか?
あれはゲームそのものの意志じゃないのか?
ゲームもたまにエラーが発生することがある。でも再起動とかすれば、自力で修復して正常に使えるようになることがほとんどだ。よっぽどのエラーを人為的に起こさない限り。例えば一気にレベル100にしちゃえとか。
自動的な復元。あれはその作用では?
なぜなら、あたしはゲームにとってバグだから。
ありえないはずの存在。あるはずのない魂。
ソフトそのものがあたしをバグと認識、削除しようとしてると考えておかしくない。
正常な動作に戻そうと、最も「正しいこと」を好む隣国王ってキャラを動かした。そう考えれば、隣国王があそこまでの行動をとったのもうなずける。
キャラの性質上、バグ=悪は許しがたい存在。その思考を利用し、エラーの原因を削除しようとしたとしたら。
ゾッ……。
寒気がした。
もし削除されたらあたしはどうなる? 魂も消滅するんだろうか?
あたしが『魔王の母』になるまいと行動すれば当然、ありえないことが続々起きる。ソフトはそれを軌道修正しようとする。
「リリス様、大丈夫ですか?」
ルシファーが顔を覗き込んできた。
「顔色が悪いですよ」
兄弟が速攻すっ飛んできた。
「なに!? やっぱりさっきのショックだったんだな!」
「安心しろ、お兄ちゃんたちがやり返しとくから」
「水、とりあず水持ってこい!」
「まず座れ、ほら」
「……脈拍が速い。寝なさい」
「姉さま、大丈夫?!」
死にたくないからストーリーを改変しようとした。でもそれは代償を伴う行為だった?
あたしが破滅ルートを回避すればするほど「予想外の事態」は起きていく。
そのぶん代償も肥大化するんだろうか?
それを払わねばならなくなった時、あたしには負いきれるだろうか?
「リリス様」
ルシファーがあたしを椅子に座らせた。
「ルシファー……」
だけど、あたしが改変しなければ、この人も死んでしまう。兄弟も。
ソフトにとってはただのデータで、正常化したいだけかもしれない。
でもあたしにとっては。
ぎゅっ……。
あたしは小さく拳を握りしめた。
たとえ代償を伴う行為だとしても、あたしは『魔王の母』にはなりたくない。