長男ルキフグスのその後
ある休日の昼下がり。
俺はのんびり椅子に腰かけ、窓辺を眺めていた。
そこに置かれたソファーの真ん中には輝夜がいて、両側に息子と娘がくっつき、アルバムを見せてもらっている。
以前レティが妻子のそんな光景を「尊い。尊すぎて死ぬ」と評してたっけ。今なら分かる。全面的に同意する。
長男アガレスは現在2才。長女ツバキは今年生まれたばかりだ。両親ともにそれぞれ王家の血を引いているせいか、成長が早い。
息子は俺そっくりな容姿のため、輝夜の溺愛ぶりがすごい。生まれた時はそりゃもうすごかった。
「ルキそっくり! かわいいわぁ、かっこいいわぁ。もう大好き!」
「落ち着け」
中身は親の俺が言うのもなんだが利発な子で、グシオン教授いわく「すでに知識と理解力は研究員レベルです」だそうだ。
娘のほうは輝夜似で、瞳の色と髪の色にふわふわと少しウェーブしているのを除けば完全にそっくりだ。「輝夜姫似の美少女! しかも才色兼備の令嬢だと!?」とすでに求婚者が続出している。
まだ今年生まれたばかりだぞ。誰が娘をやるかっ!
父として徹底的に排除している俺だった。
むろんアガレスのほうも各国王族から「次期王配に」「婿に」と打診が来てるが全て断っている。せっかく王族のめんどうなしがらみから逃れられたのに冗談じゃない。
二人とも髪と瞳の色は俺と輝夜の血が混じったためか、グレーである。瞳のほうが色味が薄く、白に近い。
俺の幼少時とは異なり愛情たっぷりかけて育ち、良い子に育っている。いいことだ。
「ねぇママ、このしゃしんはどこのー?」
「ああこれはね、あなたたちが生まれる前に新婚旅行へ行った時のよ」
「ん? どれどれ」
俺が近づくと娘が飛び降りた。
意図を察してそこに座ると、娘が片膝にちょこんと乗ってくる。
「パパのおひざー」
にこにこして満足げだ。
くっ、うちの娘が世界一かわいい。
「あっ、ずるい」
「はいはい。片方空けてある。アガレスはそっちに座りなさい」
空いてるほうに息子が乗ると、ずり落ちないよう二人とも抱え込んだ。
子供二人分というとそこそこの重量になるが、これくらい余裕だし、幸せの重みだからなんということも。
「二人ともお父さん大好きねぇ」
「うんっ」×2
俺が子供のころはこうして親に甘えるなんてできなかったな。父親はいないも同然、母親は俺を憎んでた。
まったくこういう幸せを自ら放棄したとは、本当に愚かな人たちだ。
「膝くらいいくらでも乗せてやるさ。俺ができなかったぶん、自分の子には存分に甘えさせてやると決めてたからな」
「言われてみれば私も甘えた記憶はないわ。もちろん親子の愛情は感じてたけど、それ以前に『王様』と『姫』だったもの。立場がね……。王族としての行動が優先されてた。でもあなたたちはそんなこと気にしなくていい。よかったと思うわ」
輝夜は子供たちの頭をなでた。
「ね」
二人とも俺と輝夜の出生を理解しており、王様になりたいとかお姫様になりたいとか考えていない。織女王の跡継ぎとして担ぎ出されないよう、俺たちが慎重に教育したともいう。
というか、一番身近な王族があの女王二人だ。あのぶっとび女王と破天荒女王を見ていて、憧れはなかなかわかないな。正直な話。
子供たちにとってはどっちもおばにあたる強烈女王二人のことを考え、複雑な気分になる。
「で、輝夜、どこの写真だ? ……ああ、これはベルゼビュート王子の国か」
どこから回るか、下手すりゃ順番でも邪推されて面倒なことになる。一国の女王の兄と、元次期女王で現王の姉が旅行に行くといっても、普通の家族旅行とはいかないのが残念なところで。
面倒を避けるため最初は「和平大使」ベルゼビュート王子の国にしておいたのだ。それから先はくじ引きで決めた。箱から各国の名前書いた紙を引くところを撮影し、動画公開までした。
「ベルゼビュート王子のご家族にはすごく感謝されたわねー。織ちゃんが引き取ってくれてありがとうって意味で」
「ベルゼおじ上っておもしろい人だよね。王配なのにアイドル活動も続けてるとか」
「♪~」
娘が新曲を歌いながらページをめくる。
海ではダイビング、森ではキャンプ、山登り、遺跡観光、市場で買い物……。色々やったな。
「楽しかったわ。自由に好きな所に行けるって本当最高」
「僕たちも写真のとこ行きたい」
「わたしもわたしもーっ」
「そうだな、宰相の任期が終わったら行こうか。まったく、あの件がなければ引退したままでいられて悠々自適の生活のはずだったのに……」
なんで政界カムバックしなきゃならないんだよ。
「今度こそやめるぞ。やめるからな!」
「やめられるのかしら? また何か起きたりして」
不穏なことを。
「大丈夫だ。また何かあっても俺が出ずにすむよう、優秀な人材を複数育ててある。前回とは違って対策済みだ」
今度は時間もあるからな、しっかり準備してある。俺の特技の一つは人材の育成だ。
国家の危機のたびに女王の兄が出張るのはマズい。何かあったら俺が助けてくれると思われたら困る。
「さすがルキ、頭いいわっ。私のダンナさまってば、かっこいいだけじゃなく頭もよくて優秀で素敵」
輝夜がうれしそうにもたれかかってくる。
眼鏡に盛大にヒビが入った。
気づいてないフリする子供たち。
優秀なのは子供たちだろ……助かるよ……。
「ねえ、それって僕が生まれる前にあったっていう怪しい政党の麻薬事件?」
「ああ。主だったメンバーは今も刑務所で服役中だ」
この国の人間は毒に対して耐性があり、効きにくいはず。なのになぜ効果があったのか分析したところ、あれは人工的に作られた麻薬だったと判明した。改悪というか。
開発したのは国際的な犯罪組織。効果を試すために提供していたという。実際、被害者たちは様々な検査を受けていた。
こんなとんでもないのを野放しにしておくわけにはいかない。各国が連携し、協力して組織を滅ぼした。
レティが出動することになったが、話を聞きつけたリリスと織女王が「許せん、手伝う!」と勝手に加勢。実際に潰したのはあの二人である。
「あんの女王二人は……また勝手に……! レティ、お前もその場にいたなら止めろよ!」
「止められると思ってんのかよ? やだよ。むしろとばっちりくわねーよう身を守るのに必死だったよ! ルシファーとベルゼビュート王子と必死で捕まえちゃあ安全地帯に運んだぜ。死線をくぐりぬけた同士として熱い友情が芽生えたよ……。つーか容疑者が死なねーように救出するって、もう任務内容変わってね?」
「……そうだな。すまん。俺も逃げるだろうな」
青くなって震えた俺たちだった。
「ねえお父さん、任期終わったらってことはすぐは行けないの? やだー!」
「いきたいいきたいー!」
「ごめんな。ええと、何か所かは公務と合わせれば行けるかも。視察や交流って名目で」
「ほんと?」
「やったあ!」
「もう、あんまり無理言わないの」
「いいよ、輝夜。子供たちの喜ぶ顔が見られるなら」
少し調整無理するくらい。
子供たちは大喜びで行ったら何をするか相談し始めた。
息子は俺と似た性格だが、イポスやラボラスといった年上の従兄弟がいるおかげで長男気質ではない。イトコたくさんいて保育所が同じだからほぼ毎日会ってるし、兄弟同然だもんな。むしろ自分は大勢いる兄弟姉妹の真ん中くらいだと思ってるだろう。
娘はナキアのところに子供が増えたんで一番下ではなくなり、妹ができたと喜んでる。
「ほんとに懐かしいわ。あら、アガレスが生まれたころのが出てきたわよ」
約半年の世界旅行から帰ってからは大変だった。「手伝ってくださいぃぃぃぃぃ」という重臣たちのあちこちで土下座もとい懇願をあの手この手で振り切り、様々な研究を好きなようにしてさらに半年が過ぎた頃……輝夜の懐妊が判明したのである。
正直、子供を持つのはもう少し後の予定だった。はっきり言えば織女王に跡継ぎができてから。
最初は喜んだ輝夜だが、次の日になるといきなり泣き出してしまった。
「どうしよう……っ、織ちゃんの後継者にってさせられたら。王族になんか戻りたくないのに。織ちゃんだっていずれ自分に子供ができた時、私の子が第一継承権持ちなんてなったら困るし。下手すればイトコ同士で派閥作られて勝手に王位争い始まっちゃうかも」
「どうした輝夜、いきなり。泣くな泣くな」
なだめてもぼろぼろ泣くばかりだ。
これは妊婦にあるという、ふいにマイナス思考に陥るというやつか。ホルモンバランスの関係などで気分が不安定になるとか。いざという時に備えて妊娠出産・育児については予習済みだ。
「恐いの。この子が巻き込まれたら。静かで穏やかな人生を送ってほしいのに。どうしよう……っ」
パニック状態で泣く輝夜を抱きしめ、背中をさすった。
「大丈夫。俺が何の準備もしてなかったと思うか? もう少し先の予定だったが、いずれ子供はもつつもりだったから対策は準備してある」
「……ルキ」
「前倒しで実行しても、何の問題もない。だから輝夜は安心して無事子供を産むことだけ考えててくれ。それだけは俺が代わってやることはできない。大変なことで、代われるものなら代わってやりたいが、こればっかりはな」
生物学上ムリ。
「だからそういう対処は俺がやっておくよ」
「でも」
「結婚後もそういうバカな連中の排除はさんざんやってきてる。それに俺はどっかのバカ王の治世下で生き延びつつ、色々準備してた男だぞ。簡単だ」
輝夜の涙をふいてやる。
「妻と子を守るのは夫として当たり前のことだろう? 安心しろ」
「……うん」
何度も背中をさするとようやくこわばっていた輝夜の肩から力が抜けた。
その後ルガに診てもらい、「あまり妊婦に薬を使うのはよくないから」と安全な薬茶を処方してもらった。
「こういう時、一番大切なのは夫が支えてあげることです。薬とかはあくまで補助的なものですからね」と女官長は言った。
迫害され隠れ住んでいた頃にスミレちゃんを妊娠していたそうで、精神的に不安定になったらしい。そりゃとんでもないストレスだっただろう。
経験者のアドバイスは素直にきこう。俺はさっそく産休を取った。自営業だから調整しやすい。
もっとも、この国では男性側もすんなり産休・育休が取れるのだが。
「父親もとれるの? 母国では母親がとるのが普通だったわ」
「ああ。ほら、うちの国は長い悪政が続いてて、父親がとか母親がとかそういうレベルを超えて生き残っている人間が子供を育てるのが当然だったからな。まだ幼い兄姉や遠縁がというケースも珍しくない」
趣味の研究もセーブし、輝夜につきっきりで対応した。食べたいものがあれば買ってきたり、気を紛らわせるために連れだしたり。
「迷惑かけてごめんなさい。お仕事とか好きなことしてていいのよ?」
「趣味はいつでもできる。それよりも輝夜のほうが大事だ。ああ、金のことなら心配する必要はないぞ。リリーちゃんとは違うが俺もいくつか発明品の特許を持っていて、それで毎月収入がある。ルガと共同で開発した薬の特許権料もあるし。まぁこれは半分だが」
「特許権持ってたの?」
「他に国外の不動産もある。それと株や先物取引。全部あわせると、そうだな……」
輝夜の母国の富豪の名前―――分かりやすく言うと輝夜の元婚約者の家―――を挙げ、
「そのくらいは余裕で稼いでる」
「そ、そんなに?!」
「アガのほうが稼いでるし、そんなに驚くことでも。まぁつまり、元婚約者に匹敵する資産と収入があるから、俺たちの結婚について金銭面での文句はつけられなかったわけだ」
匹敵するというか、実際はそれ以上だけどな。隠し資産も含めれば。
「ど、どうりで……。お金持ちなのは知ってたけど、そこまでとは知らなかったわ……」
「金持ちだなどと吹聴するものでもないしな。だから金銭面は心配するな。こうやって話してるうちにも株でもうけたぞ。ある銘柄が一定の金額になったら売るよう指示を出しておいたんだ。上がると予想してた通りだな」
トレーダーからの報告メールを見せる。書いてある金額に輝夜は驚いていた。
「き、金銭面は心配無用だってよく分かったわ」
ストレスの原因が一つ減ったようでなにより。
残りの心配の種も潰すべく、きっちり『対処』した。
「ルシファー、ベルゼビュート王子。輝夜の周りの警戒度マックスにするからな。手伝え」
にこやかに圧をかければ、露骨に二人とも身を引いていた。
「えっ……ちょ、あの計画、冗談じゃなかったん? え、マジで実行に移すの?」
「当たり前だ。織女王にも関わることだろ、お前だって無関係じゃない」
「そりゃそーだけど、ちょ、思いとどまって。頭いい人が本気でやるとおっそろしーんだよ! 合理的で効果的、しかも合法なのが余計恐い!」
「僕ですら『うわぁ』と思ってるんですけど。止めても無駄なことは知ってますが一応やめませんかと言っておきます。これ絶対に輝夜姫に知られちゃいけないですよ……」
「気づかれるようなヘマを俺がするとでも? もちろんお前たちは言うわけないしな? さっさと手伝え」
二人は大げさなため息をつき、
「ルキフグス様を敵に回したくはありませんねぇ……。連中に同情すら覚えます」
「同感。オレ、妻同士が姉妹で身内枠に入れてよかったぁ……」
なお、弟たちも似たような反応だった。
逆にやる気に満ちていたのはレティの後任の長官はじめとする、俺が亡命を手伝った面々だった。
「命の恩人である貴方様のお子様のためなら何でもしますとも!」
「この命に代えてもお守りします! で、どいつを消してくればいいですか?」
「世界のどこでも行ってきますよ。ご命令ください」
「ご安心を、バレずに、かつ速やかに遂行して参ります」
「国丸ごと潰すのでもやりますよ」
「いや、命に代えなくていい。あと、殺しはちょっと。二度とくだらん野望が抱けない程度にはしておくが」
舞台裏の奮闘のおかげで輝夜の日々は平穏に過ぎ、そのかいあってか精神状態も落ち着いた。無事に出産を終えることになる。
幸いその後あちらにも跡継ぎの王女が生まれ、ようやく安心できるようになった。
「もうルキそっくりでかわいくって。昔リリスちゃんがルキに幼児化魔法かけてくれたの思い出すわ。かわいかったわよね~。もう一度しない?」
「それだけは勘弁してくれ」
頼む。頼みます。
両手合わせて必死に辞退したなぁ。
「私があんまりアガレス溺愛しすぎるって言ってたけど、ツバキが生まれたらルキのほうがそうじゃない?」
「当然だろ。娘がかわいくて仕方ないレティやアガの気持ちがよく分かる」
あいつらもたいがい親バカだと思ってたが、人のこと言えなくなってきた。
「私は男の子・女の子どっちもほしかったから、両方いてうれしいわ」
「そうだな。お前たちがいるからお父さんも仕事がんばれるよ」
内務大臣が後任の宰相となった間に、仕事はさらに効率的になった。優秀なメンバーのおかげだ。
今はちゃんと完全週休二日、しかも定時で帰れる。一度目の時に必死であれこれ片付けておいたかいがあったよ。子供たちと過ごす時間がとれる。
輝夜がアルバムを閉じて置き、上目遣いに見上げてきた。
「ふふ。大好きなダンナさまとかわいい子供たちにかこまれてこうやってのんびりできるなんて、昔は考えられもしなかった。幸せだわ」
ぐっ。
とっさにメガネのブリッジ押さえる俺。
ふー、セーフ。
息子と娘が「いまだに照れるとか」って目で見てきた。
あのな、仕方ないだろ。
「わたしもパパとママだいすきー」
「僕も」
俺は片腕を輝夜の肩に回した。
妻と子とのんびり過ごせる、自分が幼かったころはありえない未来がここにある。
俺が得られなかったぶんも、我が子にはあふれるほどの愛情と幸せを。
俺は満ち足りた思いで微笑んだ。
「そうだな」
★
私は兄妹仲良くお昼寝する子供たちにブランケットをかけた。
「ふふ、二人とも同じポーズ。かわいい」
これは写真撮っておかなきゃね。
「まさかこんな日々が来るなんてね……」
母親になること自体は予想してたわよ。次期女王だったんだもの、王に跡継ぎは必要。後継を生むことは必須条件だった。王族としてではなく、普通の女性として家庭を築けるなんて思ってもいなかったという意味。
一人目の妊娠は予想外だったのよね。織ちゃんの跡継ぎ問題に関わらないよう、あちらに子供が生まれるまではやめようってルキと決めてたのよ。
でもまぁ予定通りにいかないのが人生で。
知った時はうれしかったしね。
「本当?! うれしい! 男の子かしら女の子かしら……ううん、どっちでも絶対かわいいわ!」
診断してくれたサルガタナス先生が呆けたようになってたルキの目の前で手を振り、
「……ルキ兄さん。意識ある?」
「はっ! あ、ああ」
慌てて正気に返ったものの、しばらく黙ってどこかを見ていることが多かった。どうやら頭の中で色々考えてるらしい。
私はというと喜んだものの、翌日になると青くなった。急いで妹に連絡を取る。
「ごめんなさい、織ちゃん!」
「なに、どしたの姉さん。緊急連絡っていうからびくったよ。懐妊だって? おめでとー」
「それどころじゃないわよ!」
通信機つかんで大声をあげる。
「跡継ぎ問題が起きちゃうじゃない! 子供を織ちゃんの跡継ぎになんて全然考えてないから! でもそうしようとする人が必ず出てくるわ!」
「あー……。いや、そんくらい予想してたよ? 私がいくらアホでもそれくらいは。対策も取ってあるし……」
「どうしよう、この子が陰謀に巻き込まれたら」
「姉さん、聞いてる? 聞いてないな。妊娠中によくある、急に涙が出てくるとかそういう精神的に不安定になるってやつ?」
「織ちゃんにも、早く後継者生まなきゃってプレッシャーになっちゃうかも。そんなつもりじゃないのに。どうしよう……っ」
今ならおかしいと分かるけど、当時はとにかくマイナス思考で涙が出てしょうがなかった。
「うわ、ちょっとヤバイ。お義兄さん! いる?! 姉さんが!」
聞きつけてルキが飛んできた。
「どうした輝夜、大丈夫だ。考えすぎだよ」
「よかった。お義兄さん、頼んます。つか姉さん、分かってるし。謝る必要もないっしょ? 新しい命の誕生だもん、祝うとこじゃんここは。後継者争いの陰謀? あーハイハイ、どんとこーい」
妹はカラカラと笑い飛ばしてのけた。
「織ちゃん」
「こっちのことは気にしなくていーってば。姉さんは元気な赤ちゃんを産むことだけを考えてりゃいーんス。優先すべきはそれっしょ」
「……ありがと、織ちゃん」
「てか、私より先に姉さんに子供ができた場合を考えて、ベルとお義兄さんにルシファーさんでとっくに対策ボチボチやってるよ。お義兄さんけっこうえげつ……どえら……こわ……ええと、効果的な作戦実行してるからマジ心配無用! お義兄さんに任せときゃ大丈夫だって、うん!」
妹は「じゃ!」と言って通話を切った。
途中何て言いかけたのかしら?
私の精神状態の不安定は何日も続いた。ルキは怒らず、ずっと優しくて、泣いてパニックを起こすと抱きしめてくれた。
「妻と子を守るのは夫として当たり前のことだろう? 安心しろ」
そう言われて不安が薄らいだ。
「……うん」
ああそうか、私は寄りかかれる人を探していたんだ。
その時、腑に落ちた。
元婚約者はいい人ではあったけど、常に私を立てて自分は一歩引いた人だった。ルシファー様のようにそう見せかけつつもやるべきことはやり、女王の支えとなる存在ではない。もしリリスちゃんとルシファー様のように頼れる相棒という関係であればどれほどよかったか。
彼は「あくまで自分は添え物」と評していて、意見を言うことはなかった。指示された通りの公務は行うけれど、それだけ。余計な発言はせず、ただ「次期女王の婚約者」でいるだけだった。
つまり私はいつも最終的な決断は一人でしなければならなかったのよ。アドバイスを求めても、元婚約者は言わない。本当に助けてほしい時に頼れる相手がいなかった状況は、長い間に私をさいなんでいたのね。
……私は辛い時ずっとこうやって誰かに寄りかかりたかった。やっとその場所を見つけたのね。
安心したおかげか、それからは落ち着いたと思う。
幸いトラブルもなく安産で、産後の肥立ちもよかった。
両親にもテレビ電話で会わせたら号泣していた。直接会うことはできない。それでも会わせてあげられてよかったと思う。
「孫……初孫だなぁ、かわいいなぁ」
「おばあちゃんですよ~」
「ルキフグス殿に似て利発そうな子だな」
「そうなのよっ! ルキそっくりでもうかわいいのっ。ルキの小さかった頃もこうだったと思うともう。ねー。きっとルキによく似た頭もいいし何でもできるイケメンに成長するわ」
「……輝夜、そのへんで。頼むからやめてくれ」
なぜか眼鏡押さえながら懇願された。
「どうして? ルキの良さを伝えるにはまだまだ足りないわよ」
「…………」
両親は何かを理解した目でルキを見、
「……その……なんだ、うん。ルキフグス殿、すまんな……。輝夜は『姫』として育てたせいか、少し感覚がな……」
「輝夜、あなた本当にいい方のところにお嫁に行けてよかったわね……」
「? そうよ。ルキは単にいい人ってだけじゃなくて、かっこよくて優しくて」
「輝夜。アガレスがオムツ替えてほしそうだから替えてくる」
ルキは私が抱っこしてた息子を抱えてフレームアウトした。
「……あー、輝夜も変わったな?」
「そうかしら。というか、本来の性格が外に出て来てるだけだと思うわ」
元々の気質が姫をやめたことによって解放されただけ。
「そ、それはよかったわ。姫だからとずいぶん我慢させてしまったのね。一般人になったことであなたらしく生きられるようになったなら……よかったのよ」
「そうだなあ。……ルキフグス殿はオムツ替えまでするのか」
「ええ。ミルクもあげるし、寝かしつけも。アガレスが泣いててもルキが抱っこしてあやすと泣き止むのよ。育児まで完璧なんて、ほんと素敵なダンナ様だわっ」
母がすまなさそうな表情になる。
「思えば、あなたたちを育てた時は女官任せだったわね……。ミルクあげたこともオムツ替えたこともなかったわ。抱っこはしたけれど、そんなに多くなかったと思うわ。まず公務が優先だったから……」
「……そうだな。もっと抱っこしてやればよかった。王と姫でなく、親と子として接していればよかったのだ。幼い時は短く、一度しかないのだから。仕事ばかりでかまってやれず、すまなかったなぁ……」
後悔してしょげきっている両親を黙って見返す。
寂しいと思ったことがないといえば嘘になる。いそがしくてあまりかまってくれない両親。でも置いていかないでとは言えなかった。王族の責務を分かっていたから。
そして私よりもかまってもらえなかったのは妹なのだと気づく。
「……仕方ないわ。王が仕事をしないわけにはいかないもの。それに私はまだよかったほうだと思うわ。次期女王として関わる時間があったから。本当にかまってもらなかったのは織ちゃんのほうよ」
「…………」
沈黙してしまったところへルキが戻ってきて救われた。
「あーう」
「あら、アガレス。さっぱりして気持ちよさそうねー」
「ん、お母さんのほうがいいか? ほら」
息子を受け取る。にこにこしてしがみついてきた。
かわいい。我が子ってなんてかわいいのかしら。
それを見てお父様が頭を下げた。
「ルキフグス殿。貴方が娘を大切にしてくださっているのはよく分かりました。娘はこんな幸せそうな顔をしたことがなかった。どうか輝夜をよろしくお願いします」
お母様もならう。
「頭を上げてください。俺のほうが身分は下です。そしてお任せください、輝夜と息子は俺が守ります」
あの時のルキはほんっとうにかっこよかった。
やっぱり私のダンナさまは素敵だわ。
ルキは息子の育児しつつ、休んでた研究を再開した。野菜や果物の品種改良。
こちらの国は土壌の質が悪く、なかなか作物が育たない。いろんな国から苗を取り寄せ、かけあわせ、育つ株を作ろうというわけ。
本格的に始めてから二か月後。小麦やリンゴといった数種類が完成した。
実験農場を眺めながらルキがうなずく。
「意外とできたな」
「できたな、じゃねーよ兄貴! たった二か月でなんでできんの?! これだから天才はっ!」
手伝いに来たサタナキア様が叫んでる。
なんでも食べただけで何が含まれてるか成分を分析できるスキルを持っているとか。「いちいち分析器にかけるより早いし、成功してたらさっそく収穫して調理してくれるだろ」というわけで呼んだんですって。
「天才っていうのは食べただけでこういう分析表作れるお前みたいなのを言うんだろ」
メモを指すルキ。
「周囲から言われないまま大人になってるから自覚が……。つーかさぁ。兄貴が本気出しゃあ、あっさり食糧事情改善できたんじゃねーの」
「いや、俺の力じゃ無理だった。輝夜が成長促進魔法かけた株だけが上手くいったんだよ」
「あら、そうだったの?」
私も知らなかった。
「ああ。だから輝夜の助力がなければ成功しなかった」
「あー、なるほど。輝夜姫の浄化の力が、毒にも勝てる強い植物に変化させられるってことか」
「……私、役に立てた?」
「もちろん。ありがとな」
うれしくてルキの腕に抱きついた。
「ふふっ、うれしい」
ルキが「ぐっ」てうめいた気がしたのは空耳かしら。
「兄貴、いつまでピュアなん?」
「うるさい。それより何か作れ」
「へいへい。とりま、ドーナツでも作りますかね。子供は好きだろ」
持ってきたキッチンカーでささっと作ってくれた。
「ほい、できあがり~」
「あら。それって王都で人気のどでかドーナツよね?」
「そ。これ、元はオレが作ったやつでフランチャイズ経営なんだ。ガキの頃ローレルに作ってやったらすげー喜んでさぁ。紙でくるんで……ほい、どーぞ。冷ましてちょうどいい温度にしてあるよ」
「ありがとう。はい、アガレス」
一個あげると息子はきょとんとしてた。
迷ったようにドーナツと私を見比べてくる。
「ん? どうした」
「ああ、全部いいのってこと? 一個丸々食べていいのよ。いつもは大きいから私と半分こしてるものね。でももう食べられるでしょう」
「!」
とたんに息子はにこーっと満面の笑みを浮かべた。
あらまぁ。
にこにこ大喜びで食べる。
「アガレス、すごい笑顔だな。そんなに一人で全部食べられるのがうれしかったのか」
「みたいね。よかったわねぇ」
見てるだけでこちらも幸せな気持ちになる。
「いいねぇ、小さい子が喜んで食べてくれるの。作りがいがあるよ」
「やっぱ子供にはうまいもん腹いっぱい食べさせてやらなきゃな。アガレス、もう一個食べたければ食べていいぞ」
「ほんと!?」
あっという間に食べ終えた息子は目を輝かせた。
ルキも甘いわよねぇ。
「おじちゃんが他にも色々作ってやるよー。アップルパイ、ちょっと待ってな」
その後、さらに多くの品種改良が成功した。少しずつ国内自給率が上がってきているという。
子供たちがお腹いっぱい食べられるように。それは何よりも大事なことだわ。親になってそう思う。
他にもルキは色々やってた。ただし育児が最優先でかなりセーブして。
前宰相が育休取ると宣言し、実際にミルクあげてオムツかえて寝かしつけしているのはニュースになった。元々この国では厳しい時代が長く、親に限らず手が空いている人間が子育てするのが普通だったのだけど、さすがに実質国のトップだったルキがやっているのは衝撃だったらしい。
息子は両親ともに魔力が強いせいか成長が早く、しかも記憶力がケタ違い。今はイポスくん・ラボラスくんと一緒にグシオン教授の授業を受けている。家庭教師してもらってるのよ。
ルキと息子がそろって本読んでるところとか……もうそっくりすぎてもだえるわ! 写真写真! カメラ!
息子がある程度大きくなってからルキに言った。
「ねえ、次は娘がほしいわ」
「ごふっ!」
ルキは思いっきりむせた。
「ちょ、何言っ……」
「私、どっちもほしかったのよ。ルキもほしくない? あなたに似た娘。絶対美少女だわ~」
「輝夜に似たほうが美人だと思うぞ。というか出産は大変だろう? 無理しなくても……」
妊娠中不安定になったのを指してると分かる。
「だってルキがアガレス守ってくれてるでしょ? 今まで何もなく安全に暮らせてるから、もふう不安になんかならないわ。だから、ね、だめ?」
なぜかルキは小刻みに震えながらスペアメガネ握ってた。そういえばつけてたメガネどうしたの?
祈りが通じて、二人目は女の子。ただし似たのは私のほう。
でもいいわ。どっちに似たって元気で育ってくれれば、それで十分。
ルキが甘すぎるのは困りものだけど。
娘はお絵描きが好きみたい。よく色んなお話の絵を描いてるわ。「挿絵画家になれるんじゃない? あるいは小説のイラストレーター」とリリスちゃんが言ってた。
思い出に浸ってると、ドアが開いてルキが入って来た。
「―――あれ、子供たちは寝たのか」
「ええ。いっぱいはしゃいで疲れちゃったみたい。今日はありがとう」
実は今日、私の誕生日だったのよ。
「昔は国中で誕生祭だから一日中ずっと仕事みたいなもので。もちろんみんながお祝いしてくれるのはうれしかったけど……公務なしで家族ゆっくり過ごしたいとも思ってたの。だから楽しかったわ」
結婚してからずっと、ルキは私の気持ちをくんでくれて祝いの会やら会見やらを一切しないでくれている。リリスちゃんたちもプレゼントやカード送付のみで、「ルキ兄さまとごゆっくりー。邪魔はしないよん」と配慮してくれる。
「結婚してから最初の誕生日、ルキが料理もケーキも作ってくれたのにはびっくりしたわ。料理までできるのね」
「早い段階から一人で生きていく必要があるのは分かってた。独り暮らしの時は全部自分でしてたぞ。といっても必要最低限であって、プロには遠く及ばないけどな」
あれが必要最低限? サタナキア様に昔ちょっと教えてもらったらしいけど、「兄貴って、なんでもすぐソツなくできるようになんの。しかもそれがプロ顔負けなレベルをあっさり習得しちまうんだから、ほんっと天才って……。オレ自信失うわ」ってなげいてたわよ。
王宮の料理長が作ったの?というくらいの料理が並んでたんだから驚いたわ。
それを見て、私も負けじとサタナキア様に教えてもらうよう頼んだの。せっかくだからスミレさんも一緒に。
ローレルさんとジャスミンさんは「周りが危険な目に……」と丁重に辞退された。
リリーさんは「ネビロスに手料理……?」とものすごい表情をしていたので、こちらから「あ、なんでもないわごめんなさい」と話題を変えた。
ネビロス様はねぇ、うん。
「輝夜だってあっという間にできるようになったじゃないか」
「ルキに食べてもらうためにがんばったの! それに、料理できるようになっておいてよかったと思うわ。今日みたいに親子一緒に作れるでしょ?」
そう。子供が生まれてからの家族誰かの誕生日はみんなで料理を作って食べるのが恒例になっていた。
普通の家庭料理レベルだし、ケーキも子供たちが生クリーム塗ってフルーツをのせたものだから、人から見れば貧弱かもしれない。でもね、私は世界で一番だと思ってる。
お金をかければかけるだけいいというものではないの。プロが豪華なものを用意すればいいわけでもない。
大事なのは心だと、姫をやめて痛感してる。
「そうだな」
ルキは安心して眠る子供たちを見つめた。
ルキが息子と娘に向けるまなざしは優しい。本当に大切に思っているとよく分かる。
非認知でも前王の長子であることは周知の事実だったルキにとって、結婚も子供を持つこともありえない未来だったはず。せっかく腰抜けで無害と思わせていたのに、有力な家と婚姻関係を結べば、とたんに前王が危機感を抱いて殺されていたでしょう。
たぶん生涯独身でいるつもりだったんでしょうね。
「この子たちはどんな大人に育つのかしら」
「アガレスは最近プログラミングに興味持ってるな。ラボラスの影響らしい。他にも色んな分野に手出してるし……今はあれこれなんでも興味のあるものはやってみようというところだろう」
マルチな才能は確実にルキ似よね。
「ツバキは絵を描くのが好きよね。リリスちゃんが将来は挿絵画家やイラストレーターかなって言ってたわ。二人とも権力や政治と無関係な職業であれば構わないわ」
権力争いだの王位争いだのとは無縁の穏やかな人生を送らせてあげたい。
「そうだな。目立たず、才能があってもものによっては隠さねばならない……そんな制限のある人生で悪いと思う。気持ちは分かる。だがまぁ、命の危険がないだけ俺よりマシだな」
しれっと重い。
次の王様と決まってた私よりもマシだわね、将来を自分で選べるだけ。
「大丈夫よ、私たちの子だもの。ちゃんと理解してくれるわ。生まれは選べないけれど、その中でどう生きていくかは自分で決められるもの」
それは自由だわ。
「―――ああ。例えば他国で素性を伏せて暮らすという方法もある。国内でもやろうと思えば偽装して別人のフリをし、ひっそり生活することも可能だ。もし望むなら手配できる」
「偽装って」
「簡単だぞ。昔……アホ親父の時代はよく人を亡命させるのに偽装工作やってたからな」
「そういえば新婚旅行の時、こっちからSNSに載せない限りバレなかったわよね。特に変装とかしてなかったのに」
夫の意外な特技を知ってしまった。
この人、一体いくつスキル持ってるのかしら?
「そういうことだ。将来必要なら血筋って運命から逃がしてやることはできる」
「そう……もしもこの子たちが望んだなら、そうしてあげましょ。人生において逃げるのは時に必要なことだもの……」
私のように。
疲れてどうしようもなく動けなくなった時。逃げたっていいのよ。
「……んー?」
アガレスが目をこすりながら起き上がった。
「あら、起きたの? まだ寝てていいのよ」
「んー。お母さんー」
ぎゅむ、と私にしがみついてくる。
中身は大人びてても、まだまだ子供。甘えたい盛りよね。
優しく抱きしめ返す。
「どうしたの? お母さんはここにいるわよ」
話し声のせいか、兄が起きたのを察したのか、ツバキも起きた。
「あー、おにいちゃんずるいー」
「ツバキもいらっしゃい」
娘も一緒に抱きしめ、ゆっくり二人の背中をなでる。
「ぐっ」
ルキのうめき声が聞こえたような気がして見れば、なにやらメガネを押さえていた。
「あら、何か?」
「いや、尊くてちょっと感動が……」
「?」
尊いってなぁに?
「おかあさん、いまね、すっごくおもしろいゆめみたの! えかいておしえてあげるね!」
「あら、ぜひ教えてちょうだい」
「じゃあ、僕はどうしようかな」
「アガレス、さっき読んでた本の続きの巻持ってきたぞ」
「ありがとお父さん! 読む読む!」
「移動しましょうね」
私は両手を子供たちとつないで立ち上がった。
ルキがふと思ったというふうにきく。
「……そういえば三人目ほしいとか言わないんだな」
「うーん。それ考えたんだけど、人間の手は二本でしょう?」
「? ああ」
「三人いたら物理的に手が足りないわ。誰か一人私と手つなげなくなっちゃうのよ」
「やだ」×2
間髪入れずに子供たちの答え。
「お母さんと手つなぐ!」
「わたしもー!」
「ほらね」
かわいい返事じゃない?
「大人が外側、子供が内側で横一列の時もあるんだから、子供一人誰かどっちか外側につけばいいと思うが」
「それはそうだけど、私がこうしてどの子とも手つないでたいの。大事な我が子だから。それにこんなかわいい子が二人もいれば十分かなって思うの」
ね。
息子と娘に微笑みかける。二人ともにこーっとして笑い返してくれた。
ルキも目を細めて子供たちの頭をなでた。
「ああ。アガレスとツバキがいればお父さんも十分だよ」




