コスプレ衣装は国をも救う
「……クーデター成功したのはいいんだけどさー」
あたしはぼやいていた。
場所は執務室。
机の上には書類が山積みで、音をあげたとこだ。
「だれか王様代わってよー! めんどくさいよー」
最高権力者の交代でやるべきことはいくらもでもあるのだ。これまでの方針を180度転換させるんだから、当然と言えば当然。
ルシファーに公爵、六人兄弟で仕事を分担してはいるが、最後国王の認可が必要になる案件がけっこうある。
元々あたしは王の器じゃない。代わってくれと言っても、兄弟のだれも代わってくれなかった。
みんなを父の子だと認めるのは真っ先にあたしがやったから、法律上も問題ないのに。
「グチってる場合じゃありませんよ。やることは山ほどあります」
ドン。
ルシファーがさらに一山追加した。
うげええ。
宰相になったルキ兄さまはすごい速度で仕事をさばいている。
「税金の軽減、投獄されたいた者たちの解放。職や住まいがない者たちへのあっせん……」
ナキア兄さまは父がため込んでいた食料を民へ放出。炊き出しを行っている。
「人間、食べなきゃ力が出ないからな! みんないっぱい食えよ~」
外務大臣になったアガ兄さまは輸出入の見直しと統制。
「関税がかかりすぎる。減らせ。あのバカが頼んでいた品? そんなもんキャンセルしろ」
レティ兄さまは軍の再編成。警察のように組織化した。
「しばらくは内情が不安定で犯罪が増える可能性がある。前王の残党も残らず捕らえろ」
ルガ兄さまは国営病院を作り、医療関係者を集めて適切な価格での医療行為をしている。
「……これでもう大丈夫だ」
未成年のネビロスはみんなのサポート役だ。
「はいっ、これ頼まれてたやつ。こっちのリストは終わったよっ」
父はというと、最高レベルの監獄に入れられた。脱獄が不可能って意味での最高レベルね。
わめきちらしてうるさいと看守が言うので、かゆみ発動キーワードを教えた。そしたら今度は「かゆいってうるさい」だって。知らんがな。
父に身内や大切な人を殺された人はたくさんいる。処刑を望む声も多かった。でもいざ「かゆいかゆい」ってブザマな姿をさらしてるの見ると毒気が抜かれるらしく、「ああ、もうこれでずっといいんじゃないですか?」とさ。
あの父が改心するとはとうてい思えないが、少なくともあたしに一撃でやられたのはこたえたらしい。プライドが粉々に粉砕されたそうな。
ザマミロ。
「それはいいんだけどっ。ああもう毎日毎日うんざり―――!」
元々デスクワークが苦手なあたしは悲鳴をあげた。
「もうやだっ! 行政のシステム変える! 君主制じゃなくて議院内閣制にしてやる!」
全員あっけにとられた。
「……何ですかそれ?」
え? あ、そっか。この世界には民主政治が存在しないのか。
「ああ、えーっと、王様制度を廃止するの。で、王様はただの飾りにする。政治は選挙で選ばれた議員が話し合いで決めるの」
「王政廃止……っていいんですか?」
あたしはきょとんとして、
「絶対的権力者がいたから、この国はああいうことになったんじゃん。ストッパーがないとダメよ。だから権力を分散する。一極集中型にしなければ、一人の暴走で国がメチャクチャになることもない。王族には権威はあっても権力はなくす。大体今、王族ってあたしたちしかいないじゃない」
親戚を皆殺しにしまくった父のせいで、王族はあたしと夫であるルシファー、そして兄弟の六人しかいない。
ルシファーもあたしと結婚してるから王族なだけで、実際はあたしら兄弟だけってことだ。
ルキ兄さまが言う。
「別に俺らは王族の権利なんかいらないからな。リリスがそうしたいならいいぞ」
残りの五人もうなずいた。
事実、兄弟と認定されても、みんなこれまでと同じように暮らしている。王子として扱われるのは嫌がってた。
「よしっ! じゃあもう民主政治にするから!」
というわけで革命を起こした。
選挙は一年後。それまでは一時的措置として兄たちや優秀な人材を大臣に任命した。
なにしろ人手が足らない。身分を問わず、能力があれば採用。
身分の低い者はどうのとごねるやつにはあたしが無言で拳を握りしめてやったら、速攻黙った。
あたしも女王でなくなっていいよーって言ったんだけど、一気にそこまですると混乱するからやめろと公爵にさえ言われた。父を倒した勇者としてあたしは国民に崇められてるらしい。
特に一撃でブッ倒したのは語り草になってるそうな。完全にあだ名が『一撃の女王』だとさ。
「グーであの王をよくぞブン殴ってくれた!」
「天に代わって女王様が鉄槌を下してくれたのだ!」
「女王様こそ勇者だ!」
女王様、女王様と言われてるし、平民になるのは無理だってさ。
……『魔王の母』が勇者っすか。
え、それいいの? そりゃ悪役は返上したけどさ。
う~ん、微妙な気分。
てな感じで、色々ガラッと変わってしまった。
「あー、これで気分的に楽になった」
あたしは元一般人だ。前世は普通のJK。政治なんて向いてない。
得意な人に任せるに限る。
「そんなことより、あたしにはやりたいことがあるんだもん。政治はできる人に任せるよ」
「何をやりたいんです?」
あたしは大真面目な顔で言った。
「服を作ることよ」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
何で押し黙るの。
あたしゃものすごく真剣だ。
「リリス様が服作りをお好きなのは知ってますが、いくらなんでもそのために権力捨てるって言うのはどうかと思いますよ?」
「マジメな話してんのよ。ふざけてないって。父のせいで、一般庶民まで服が真っ黒でしょ? これじゃ、他の国から見てイメージ悪すぎよ」
「それはそうだけどな」
レティ兄さまが嘆息する。
「イメージアップのために、服装を元に戻すの。まずは見た目から。もうひどい国じゃないよって、一目で分かるように」
とにかくあたしはこの国を良くしたい。他国から攻められないように。
「うちの国はこれっていう産業がない。農業も工業もむしろ低いくらいでしょ。農業は気候的な問題で並以上は無理。工業は何とかなるかもしれないけどね。だったらまず学問や芸術の国にしちゃえばいいやって思って」
工業ももちろん発展させるつもりだけど、時間がかかるから。
「どうせバカ親父のせいで国民の教育が遅れてるでしょ。取り戻すため、教育機関の充実が必要。だったらついでに学術センターとか作って、学問や芸術が盛んな国にすりゃいい。幸か不幸か、あの親父は貴重な文献や学術書、美術品はアホみたいに金ばらまいて集めてたもんね」
宝物庫にたんとある。それを使わない手はない。
趣味はどうしようもなかったクソ親父だけど、審美眼は持っていた。
「芸術家も集めちゃあ自分好みのもも作らせてて、芸術家もたくさんいるし? かといって彼ら、クビになったら困るでしょ。こっちも助かる、向こうも職の確保ができる。どっちにとってもいい話じゃない。学問や芸術分野に力を入れるなら、もう戦争やるとは思われないし。大学作って、諸外国からの留学生もバンバン受け入れよう」
「そう簡単に留学生が来るかな? そもそもうちに来るのは恐いんじゃないか」
アガ兄さまが言う。
「だから父の娘であるあたしが自ら権力を放棄してデザイナーになるんじゃない。女王自ら服作って売る。インパクトも知名度も利用しないと」
別ベクトルにアホじゃないかって思われそうな気はするけどね。
『魔王の母』にならなくて済むなら安いもんだ。
少なくとも権力放棄して服作りやってるアホ認識されれば、父のようにはならない可能性が高いと思ってもらえる。恐がられる要素は一つでも排除しといたほうがいい。
「ただめんどくさいから権力捨てたんじゃなかったのか」
ナキア兄さまが感心してるけど、ごめん、それもある。
「ともかくもう今はいい国だよーってみんなに知ってもらいたいのよ。目指すは改革―――もとい、国のイメチェン。そのために、ガンガン服作りまくるわ!」
鼻息も荒く立ち上がった。
ん、誰だ? 人に好きな服着せて楽しみたいだけじゃないかって言ったのは?
そそそそんなことはないヨ~?
「姉さま、かっこいーい」
ネビロスが拍手する。
ありがとう、弟よ。
あたしはウキウキして紙とペンをとった。
「まずは城の使用人の制服からよね。スケベ親父は侍女にミニスカとか、好みの女性をはべらせてエロい服着せてたけど、あれはいただけない」
全部廃棄しよう。
「まぁ、女性視点からはそう思いますよね」
あたしは眉をつりあげた。
「違う。違うのよ。メイドは正統派、ロング丈に決まってんでしょ?!」
友人の求めでけっこう露出度多いキャラのコスはそこそこ作ったけど、個人的には不満だった。あたしの好みはそういうんじゃない。
「はい?」
みんな、あたしの予想外の理由にとまどった。
「そのほうがかわいいに決まってんじゃない! 正統派メイド服に『ご主人様』『お嬢様』って言われた方が断然萌えるわっ!」
拳を握りしめて力説する。
「……萌え?」
ルガ兄さまが首をひねる。
「そう、萌えは大事。正統派メイド服のかわいい女の子に囲まれるとか、いいよね~。テラ萌える。やっぱ女の子はかわいい格好させなくっちゃ! 兵も、そうねえ。黒軍服ももちろんいいんだけど。個人的には『黒騎士』とかってフレーズ大好物よ? 白馬の王子様もいいし、逆にクールで黒馬に乗ってる騎士もいいな~」
ペラペラ。
ルキ兄さまやルガ兄さまがこの役どころは合うと思う。
あ、今度コスプレしてもらお。
「でも黒いイメージ払拭しないといけないから。すると白ね。赤もいいかな。でもまずは白か。白軍服に金の飾緒……あああ萌える! ハゲ萌える!」
「ハゲ?」
とっさに頭をなでる男性陣。
あたしは一瞬真顔に戻った。
「あ、大丈夫。みんなその心配はないから」
まぁ、世の中ハゲ好きの人もいるし。問題ないスよ。
「白軍服はやっぱ一番合うのはルシファーよねっ!」
今はもうみんなそれぞれの服を着てる。例によってあたしが押しつけたものだ。
あああ、タイプの違うイケメン七人に好みの服着せて鑑賞できるとか最高おぉぉ。
うふふふふ。
笑いが止まらん。
あ、いけない、よだれが。
ルシファーが着てるのは白い文官系のゆったりした服だ。なぜゆったりめかというと、武器とか仕込めるから。
「お好きな服を作るのはかまいませんが、武器を仕込めるようにしておいていただけると助かります。何かと入用なのでね」
というスパイならではの注文があったからそうした。
何を仕込んでてどういう時に使うのかは聞かないことにする。
スパイの仕事はあたしにも話せないものがあるだろう。
あと注意したのは、平時は軍服を着せないこと。あたし的には軍服イケメンに囲まれるのもたまらないんだけどー。
クーデーター後も軍人で回りを固めてるって思われるとちょっとね。きちんと武装解除して、「権力も放棄しましたよー、害はないですよー」って分かるようにしないと。
軍服を着せるのはこっそり楽しめばよい。
ふっふっふ。
あ、またよだれ出そ。女子としてヤバい。
「似合いますか? それはありがとうございます」
「うんっ、ルシファーが一番! 最高! 大好きーっ」
ぎゅーっと抱きついた。
のどをゴロゴロ鳴らした猫みたいにスリスリする。
ルシファーが優しく抱きしめ返してくれる。
あー、幸せ。
兄弟たちがルシファーに「このヤロォ」的な視線を向けてたけど、ルシファーは優雅に受け流してた。
「よぉーし、服作りまくるわよっ!」
あたしはガッツポーズした。
コスプレ衣装で国を救うのだ!