魔王の母、やめられました
翌日。
兄弟たちが城を去る日。
全員そろって引っ越しだ。次々荷物が運び出される。
城門前であたしルシファーは城を背にして立ち、みんなはこっちを向いて並ぶ。
まずルキ兄さまと輝夜ちゃんが一歩前に出た。
「ありがとな、リリス。これでようやく肩の荷が下りたよ」
「ううん。ルキ兄さまには実務押しつけちゃって。すっごく助けてもらったもん、こっちこそありがとだよ」
「最初会った時はあんな小さかったのに、すっかり大きくなってしっかりしたよな。でもたまにやらかすのは変わってないから、ルシファーお前が止めろよ」
「はい。……止められればですが」
ちょっどどーゆー意味よー。
「ま、旅行に出かけるっていっても半分公務みたいなもんだし、ちょいちょい連絡は入れるさ。土産のリクエストあったら言いなさい」
「うん」
「リリスちゃんには私からもお礼言わなきゃ。おかげで『姫』やめられて自由になれたんだもの」
「いやぁ、あたしはなんにもしてないよ」
がんばったのはルキ兄さまのほう。
ルキ兄さまと輝夜ちゃんが下がり、ナキア兄さまとローレルさんに交代した。
「オレらも来週から地方の発掘に行くわ。オレは専属コック」
出発がルキ兄さま出かけてから後にずらしたのがナキア兄さまらしい。色々フォローしてから行くんだろう。
「ちえー。しばらくナキア兄さまのごはん食べらんないのかー」
「レシピは渡してあるって。つか、城の料理人はみんなオレより優秀だぜ? ま、せっかく地方行くから周り探検してみて、うまそうな食材あったら送るわ」
「わーい、やった」
「リリス様、本当にありがとうございました。必ずプロジェクト成功してみせます」
「あ、きれいなデザインのとかおもしろい形の出土品出たら教えてよ。コラボ商品作ろ」
「分かりました」
「すっかり商魂たくましくなったな。俺に似なくてもいいんだが」
アガ兄さまとアイリスさんに交代。
「俺たちはアイリスのコンサートツアーとそれに合わせた支部の視察でしばらく離れる」
「まず国内、それが終わったら国外にも行く予定ですの。この目で色んなものを見られるなんて楽しみですわ」
あの傲慢なアガ兄さまが人のためになにかするとか。目が見えず、限られたところしか行くことができなかったアイリスさんを色んなとこ連れてってあげたいんだねぇ。変わったなぁ。
「ほんとよかったねアイリスさん。それと引き続きアガ兄さまの手綱しっかり握っててくださいお願いします」
「もちろんですわ。お任せください。楽しいですし」
「楽しいって言えるのアイリスさんだけだよ……」
「おい。リリス、アイリス」
ムスッとしたアガ兄さまをアイリスさんが引いて下がらせた。代わってレティ兄さまとスミレちゃんとヒナちゃん。
「ヒナちゃんんん~~!」
姪っ子ぎゅーするおばちゃん。
「あああああ、これからは毎日このかわいい姪っ子に会えないなんてぇぇぇ。寂しいようぅぅぅ」
「ヒナもさみしいー」
「はああ、かわゆい。いい子だねぇ」
「当然うちの娘は世界一かわいい。つか、城内保育所に入れるんだし、ちょこちょこ会えるだろ」
「部外者がそんなしょっちゅう出入りしてたらまずいでしょ。ま、時々市場調査に行くけど」
子供服・用品の商品開発のためのリサーチです。
「私はそのうち職場復帰します」
「助かる~。んでも無理だけはしないでね。今やってる内職続けてもいいんだよ」
育児とか介護で家を出られない、けど働きたい人のために内職のあっせんもしてる。例えば一部パーツだけ作ってもらうとか、簡単なアクセ作り、パソコンでの作業なんかね。
「いえ、職場の皆さんにも会いたいですし、リリス様のところで働くのは楽しいですから」
「そう言ってくれるとうれしい」
涙ながらにヒナちゃん離して、ルガ兄さまとジャスミンさんに向き直る。
「……具志が悪くなったり何かあったらすぐ連絡しなさい」
「あっはっは。バカは風邪ひかないもん。大丈夫!」
胸張って言ったら誰も否定しなかった。
ちょ、バカんとこ肯定しすぎ!
「……無鉄砲なことして大変な目に遭わないように」
「バカでも防御はできるバカだからご心配なく。現に今まで一度もケガなし。小さい頃さんざ毒もられるだの暗殺されそうになるだのしたけど無傷だったもんね!」
「…………」
全員微妙な顔つきで沈黙してた。
「ええと、ケガしたことないなんてうらやましいです! 私なんかドジのせいでしょっちゅうでした」
「……ジャスミン、フォローになってない」
「ジャスミンさんも、ルガ兄さまがこんなしゃべれるようになったんだもん、感謝だよ」
「……心配かけたな。兄なのに」
「やだなー、兄妹じゃん。そんなこと気にしない! つか、あたしのほうが色んな意味で心配かけまくってんだからさー」
また誰からも異論はなかった。
最後はネビロスとリリーちゃん。
の間にいる双子に抱きついた。
「うわああああああ、このかわいい甥っ子たちともお別れなんてええええええ」
「リリスおばさま、おちついて。時々あそびに来るよ」
「ルシファーおじうえが本かしてくださるって約束してくれたし」
小さい甥っ子たちになぐさめられるおばちゃん。
「リリス様。ボスはうちの子たちにムチャな仕事回さないよう今のうちからお願いします」
「あれ、就職反対あきらめたんだ」
「いくら拒否しても無駄でしょう。それに、いっそ組織の一員なほうが抑制できるかと思いまして」
イポスくんがね。
リリーちゃんの手をしっかり握った。
「弟がほんっっっとごめん」
「いえ、リリス様のせいではありませんので。過去の行いの償いは一生かけてしっかりさせますかね」
「それって一生僕のそばにいてくれるってことだよね? なんて盛大な愛の告白……! リリー大好きっ!」
「だれもそんなことは言ってない!」
脳天をグーで殴るリリーちゃんをだれも止めなかった。むしろ「ごめん」と合掌。
「イポスくん、ラボラスくん。君らはあんな大人になっちゃダメだよ」
「はい」×2
うむ。
双子に重々しくうなずいて立ち上がった。
並ぶみんなをもう一度ぐるっと見る。
―――本当にこれでお別れだ。
長いようで短かった歳月が蘇る。
「みんながいるから今こうしていられる。みんなのおかげで平和が手に入ったよ。……あたし一人は何もできなかった。本当にありがとう」
改まって深々と頭を下げ、背筋をのばした。
「さよならは寂しいけど、二度と会えないわけじゃないし」
この時が来ることは分かってた。だからその時になったら必ず笑顔で送り出すって決めてたんだ。
心からの感謝をこめて笑った。
「だからさよならは言わない。じゃあまたね」
ルキ兄さまが代表して答えた。
「ああ。じゃあまたな」
みんなきびすを返すとゆっくり歩き去った。
あえて振り返ることなく。
みんな悲しいのは同じ。でもそれぞれの人生を歩むために、頭を挙げて前を向かなきゃ。
あたしは笑顔のまま手を振り続けていた。
やがて一人もいなくなった後までも。
ルシファーがそっとその腕を下ろさせる。
「リリス様。もういいんですよ」
「……うん」
あたしはうつむき、城の中へ戻った。
ルシファーは無言でついてくる。
王族用の居住区はがらんとしていて、ほとんどの部屋が空っぽだった。
ついさっきまであんなににぎやかだったのに。あるのは静寂だけ。
「……みんな、いなくなっちゃった」
ぽつりとつぶやきが漏れる。
「リリス様。もういいんですよ」
ルシファーが同じ言葉を繰り返す。
「僕しかいません。もう我慢せず、本音ぶちまけてしまっていいんですよ」
「……っ」
あたしはルシファーの服をつかんで泣いた。
「寂しいよ! ずっと一緒だったんだもん。独りじゃなくなって、もう命狙われる恐怖におびえることもなくて、みんながいてくれて幸せだった!」
「ええ、そうですね」
「だけどいつまでもそのままじゃダメだって分かってた。それぞれの幸せを見つけて別個の人生を歩めば、元のシナリオみたいに死なずに済む。だからお嫁さん探した」
「はい」
「それに、みんなにも幸せになってほしかったの。辛い前半生送ってきたのは同じじゃん。幸せになるならみんなもって思った」
元のシナリオでは『魔王のおじ』は全員独身で、だからこそ余計に妹に執着し、その息子は実の子同然だった。それでどんな非道な行いも命じられるまま実行してた。
「お互いの執着と依存を消すことが、ご兄妹の破滅回避には必要でしたからね」
「そう。寂しいけど殺されるよりいい。笑って幸せそうに去ってくみんな見たら、あ他紙の選択は間違ってなかったって思ったよ」
「ええ、正しかったと思います」
「別れの時は笑顔でって決めてた。泣いちゃダメ。絶対笑って送り出すの。みんな気にしないで出ていけるように。それがあたしのできる唯一のことだもん。悲しいよ。でも笑わなきゃ」
「皆さんも同じでしたよ。辛いの我慢して笑っておられました」
ルシファーは優しく背中さすってくれる。
「ご兄弟は行ってしまわれました。ですが貴女は独りではありません。僕がいますよ」
「……うん」
そうだよね。
小さかった頃の独りぼっちのあたしじゃない。ルシファーがいる。支えてくれる大臣や官吏、侍女、城で働く人たち……たくさんいる。
「毎日会えなくてもちゃんとつながってる。―――分かってるよ。あたしは独りじゃない。……だけど、今だけは。今だけは泣かせて」
これで最後にするから。
「はい。いくらでも胸お貸ししますよ」
あたしは声が枯れるまで泣いた。
ルシファーは最後までずっと背中をさすり続けていてくれた。




