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ちびっこ狂騒曲アンコール *新曲発売中!

~間奏~


「お」

 仕掛けた魔法が作動したのを感じた。

 あたしは自室の時計を見やる。

 うん、時間通り。そんでもって計画通り。

 ルシファーがたずねる。

「どうかしましたか、リリス様?」

「んー? ふっふっふ、実はみんなの幼児化の魔法が解ける時にある仕掛けが発動するようにしといたのよ」

 まるきり悪役ぽい笑みを浮かべる。

 まぁ本来悪役だし?

「……それはそれは」

 察したらしいルシファーがおもしろそうに笑う。

「また楽しいネタを握れそうですねえ」

 腹黒なとらえ方がルシファーらしくていいねっ。

「しかし、そうしますとおそらく皆さん大挙して押しかけてくるのでは」

「だろーねー。準備しとこ。よいしょ」

 テーブルの上に輝夜ちゃんの写真集をドンドン。

「何ですかそれは」

「むこうの王室が出してた公式写真集。ロイヤルファミリーの公務の写真とか集めたやつよ」

 けっこうな売り上げになってるんだとさ。いい収入源。

 毎年出てるんで、けっこうな数あるんだよね。

「『輝夜姫』のカッコが服装の流行を作ってたからさ、ブランド立ち上げん時に参考資料としてそろえたじゃん」

「はい、昔のものを集めるお手伝いしまして知ってますが。ああ、ルキフグス様に差し上げるんですか。それは怒りも治まるでしょうね」

「はっはっは。子供たち―、そろそろパパとママ来ると思うよ~」

 楽しそうにアクセのカタログ見てたヒナちゃんがぱっと顔を上げた。

「ほんと?!」

「うん。たぶんすぐ―――あ、ウワサをすれば」

 気配っつーか、足音めっちゃする。

 バーン!て大きな登場音と共に兄弟全員転がりこんできた。

「こらリリス――!」

 代表して叫んだのはルキ兄さま。

 やだなぁ、近所迷惑だよ?

 近所に住んでるのはここにいるメンバーだけど。

 ん、電話も? だれ……ああ、ベルゼビュート王子か。

 テレビ電話モードにしよ。ポチっとな。

「リリス女王サン、何やっとんじゃあんたはー!」

「あっはっは」

 織さん本人ケロッとしてんじゃん。

「パパぁ!」

 飛び上がって駆け寄るヒナちゃんをレティ兄さまは片腕で抱き上げた。

「おう、ヒナ。きれいなヘアアクセしてるじゃんか。どした?」

「あのね、リリスおばちゃまがおしごとするとこつれてってくれて、ビーズでつくらせてくれたのー」

「子供でもできる、おっきいビーズをゴム紐に通すだけの簡単なやつ。ヒナちゃん気に入ったみたいで、ツインテールにしてつけてあげたんだ」

「そっか、ありがとなリリス。ヒナ、かわいいぞ~」

 よし、これでレティ兄さまの注意はそらした。

 娘最強だな。

「あれぇ? ママ、ちいちゃいね?」

「そうね。こうしてみると本当そっくりね」

 ラボラスくんは本を閉じて冷静に母親たちを観察。

「ほんとだ。今度は母さんたちのほうが小さくなったんだね。……ふーん、ぼくってけっこう母さんににてたんだ」

「いや、私によく似てるわよ。……将来ネビロスみたいにしつこくてヤバイお嫁さん連れてこないでね。そこまで似ちゃダメよ……」

「だいじょうぶ。それはないよ。家族に二人もいてもうかんべん」

 なんて頭のいい子……っ。

 ネビロス除く大人全員が「くっ」と感激の涙を流した。

「ていうか、イポス止めるのでせいいっぱいだし」

 そーね。そのイポスくんはヒナちゃんがレティ兄さまんとこ行っちゃったんでむくれとる。

「リリス」

 ごまかされなかったルキ兄さまが低い声出した。

「どういう仕込みしてるんだっ」

「あれ、気に入らなかった? 輝夜ちゃんの小さい頃かわいいのは写真で知ってたけど」

「写真?」

「これ」

 ドーンとある写真集を指す。

 プレゼントフォーユー。

 ルキ兄さまの上着から顔出した輝夜ちゃんは、

「あら。それ王室公式の」

「……は?」

「式典や公務で撮影した写真を集めたものよ。毎年王室が公式で発売してるの」

 輝夜ちゃんにとっては自分の写真集出回るのなんて当たり前なんで、見てもフツー。

「輝夜ちゃんの服装が流行作ってたじゃん? 参考資料でそろえたんだ。デザインとか配色、勉強になったよー」

「着てるほうとしては重すぎる・動きづらいで大変だったわ~」

「そりゃ頭に十キロ越えの金とか乗せてりゃーねぇ。んでルキ兄さま、これ全部あげる」

「ええ?!」

 ちょっとうれしそーな響きが聞こえましたよ。

「2セット持ってんの。資料ぶんはもいっこあるから大丈夫」

「いや待て待て、何冊あるんだよ!」

 輝夜ちゃんの年齢=冊数だね。

「でも別にこれくらいルキ兄さまなら片手で持てるでしょ」

 『ヒロイン』の祖父母・母にふさわしく、予算ぶっこみまくった超豪華装丁本で、一冊あたりもめっちゃ重いけど。

 下手すりゃ凶器レベルに重いって言われてる。それをこぞって買う国民性すごい。

「ルキ兄さま、隠してるだけで腕力あるじゃん。魔法ナシでも素手でいけるでしょ」

「そういう問題じゃない。本人の前で渡すなっ。恥ずかしいに決まってるだろ」

「え、なんで?」

 輝夜ちゃんキョトン。

「……え?」

 理解した織さんが解説してくれた。

「あーっと、姉さんや父様母様にとっちゃ、人がそれ持ってるの当然なんスよ。なにしろ国民のほぼ全員が毎年買ってるし、見ました!って出してくるのもよくあることなんで。何ページのどこそこのドレスがきれいですとか、この式典の時の演説はすばらしかったですとか、ガチファンにもしょっちゅう出会います。だから恥ずかしいって感覚皆無っすよ。安心してお持ち帰りくださいお義兄さん」

「……ええ……? 生まれながらの姫ってやっぱ感覚違う……」

 なんか兄弟の視線があたしにも向いたのは気のせい?

「姉さんのプライベート写真とか映像もほしけりゃ進呈するっスよ。母様の持ち物整理してたらいっぱいあったんで」

「……いやいやいや、さすがにそれは」

 沈黙部分に迷いが感じられますな。

「姉さーん、後で送るわ。そんでお義兄さんに見せてプレゼントするといいよ」

「ありがと、織ちゃん」

「ちょ、そこでうなずくな!」

「だからズレてるんだってば。王室新聞で過去の公務について写真入りで載せます、どの写真がいいですか?とか聞かれて選定もよくあるんスよ。自分の写真を人に渡す抵抗ゼロなんす。私は違うけど……あ、ベルももしかしてあれほしい?」

「オレに話ふらんといて」

「んでも問題点が。あれ私ほとんど載ってないんだよね~」

 寂しいことをしれっと。

 ちょっと場が凍ったぞ。

「違う違う。私、写真撮られんの苦手でさぁ。だって王室公式っすよ? ちゃんと着飾って、王族らしくしてなきゃなんないじゃん。めんどくて逃げたんス」

 あ、ああ、そっちか……。

 忘れられてたんじゃないならよかった。

「性に合わなくて自分の意志で脱走しまくってたワケ」

「そ、そっか……。って、ベルゼビュート王子はさっきから織さんの後ろで何やってんの? クシ持ってる?」

「髪のセットし直してる。大人の姿と子供とじゃ、似合うものが違うだろ」

 ファッションコーディネータ―か。

 王配の仕事ってなんだっけ。

 輝夜ちゃんなんか感動してるよ。

「織ちゃん……あんなに髪とかすのすら嫌がってたのに、大人しくセットまでしてもらってるなんて……! ありがとうございますベルゼビュート王子! ほんっっっとうに妹をよろしくお願いしますね!」

「……うん、オレもこの子はオレがいなきゃダメだと思ってるよ……」

 なんでルシファーとナキア兄さまがものっそい分かりみ示してんの?

 ローレルさんと顔を見合わせ、はてと首ひねるあたし。

 な~ぜ~……。

「ってこらリリス、また話そらしてごまかそうとするな」

「えー、違うよ」

 ちっ、バレてら。

「いつ解けるんだっ。あと、解除されたらまた入れ替わりなんてことはないだろうな」

「さすがに二回目はないよ。仕事に支障でちゃうしー。明日の朝には解けるって」

 ホッと胸なでおろす男性陣。んでもちょっと残念そう。

「にしても女性陣は反応薄いね。もちょっと言うかと思ったよ」

「そう? だってそのうち解けるでしょう」

「まぁね。でもリリーちゃんあたりは今すぐ戻してってなるかと」

 じゃれつくネビロスをリリーちゃんは全力で押し返しつつ、

「姿が大人だろうが子供だろうが、ネビロスの行動は何も変わりませんので」

「ふふ。『当たり前』にするのって大事だよねえ、レティ兄さん」

「なんでオレ?」

 同類だからでしょ。

「いつものことでも、いいとは一度も許可してない! 離れろっ」

「やだ。リリーに甘えられないと僕寂しくて死んじゃう」

 うん、なんも変わらん。

「ジャスミンさんとローレルさんもフツー?」

「私は元々小柄で、違いに気づいてもらえないレベルというか……」

「私もこのくらいの頃、ナキ君とよく一緒にいましたので特には」

「ルガ兄さまとナキア兄さまはおけ?」

「……別に構わない」

「オレも別にいいよ~」

「アイリスさんは……」

「リリスっ、今すぐ戻せ!」

 こっちが必死ィ。

「アガ兄さま、うれしくないの?」

「そうじゃなくて……どう扱えばいいか分からないだろっ」

 後半小声。

 アイリスさんはのんびりしたものだ。

「まぁまぁ、アガリアレプト様。落ち着いてくださいな。時間がたてば戻るそうですわよ」

「つーかアガ、リリスの説得なんざあきらめろ。ムダムダ」

「お前と意見が合うことがあろうとは思わなかった」

 ちょっとー。どゆことよナキア兄さまにアガ兄さまー。

「ときに、輝夜ちゃんはなんでルキ兄さまの上着かぶってんの?」

「さあ? ルキがこうしてろって言うの」

 ほっほーう。

 かわいいもんで、人に見られたくないのね。

 とっくにバンバン公務で出てたし、そこにある通り撮られまくってましたけどね。微笑ましい独占欲じゃーないの。

 ニヤニヤ。

 妹として、協力したげよう。

「でも見えづらいでしょ。はおれば? 袖まくるの手伝うよ」

「ありがとう」

 めっちゃ折らないと。よいしょ、よいしょ。

「ふふっ……」

「どしたの」

「ルキに包み込まれてるみたいで安心するわね」

 ボカーン。そこらへんにあったペンとかの筆記用具が十本くらいふっとんだ。

「え、何?!」

「……兄貴……」

 ものすごい気の毒そうにナキア兄さまがルキ兄さま眺めた。

「気ィ遣いの真面目すぎ……」

「……ちょっと黙ってろナキア。リリス、すまん。それ弁償する」

「いいよ、筆記用具くらい」

 むしろ、つい暴発しても問題ないものへとっさに矛先ずらすとか、どんだけ真面目。コントロールもうますぎでしょ。

 輝夜ちゃん以外のお嫁さんたちも全員理解して、同情のまなざし。織さんもベルゼビュート王子すら分かってるよ。

 分かってないのは輝夜ちゃんだけ。

「? ルキ、どうかしたの?」

「マジで気づいてないとこが天然のゆえんだよね、姉さん……」

「織ちゃん、どういうこと?」

「姉さんはそのままでいいと思う」

「うんうん。細かいことは気にしない。それより上着、すそは折れないじゃん? ズッちゃうから、ルキ兄さまに抱き上げててもらえばいーよ」

「あ、そうね」

「待て待て待て! 何を言い出す、輝夜もうなずくなっ」

 天然無自覚正統派お姫様はきょとんとした。

「どうして?」

「…………。姉がすみませんねえ、お義兄さん」

「ルッキー君、がんば……」

 ナキア兄さまがつんつんつついた。

「兄貴。あれ使いなよ」

 いつの間にか隅に段ボール箱が。

「食堂のヒビ入ったり欠けた食器集めた。どうせ捨てるもんだ。いくら壊してもヘーキだよ」

「……ありがとな。喜んで使わせてもらう」

 ナキア兄さまの気遣いも涙が出るよ。

「兄貴さぁ、普段色々抑制しすぎっから反動がデカいんだよ。小分けにして分散させなって」

「それができれば苦労しない」

「だよな。知ってた。―――あっ、いいこと思いついた」

 ポンと手を打つ。

「暴発は全部クソ親父にぶつけりゃいーじゃん」

 すごいキラキラしてえげつないこと言った!

 背景のキラキラトーンがコワイ。

「……イイ笑顔で言うなよ。お前もたいがいだな。却下」

「えー、いいじゃんよ」

「いかなる罪人でも法にのっとって適切な刑罰を受けさせるべきであって、一個人の感情に任せた暴発を向けるべきじゃない」

「ほんっといい人な真面目人間……」

 うなずく弟妹。

 こーゆーとこ、ルキ兄さまはすごいって思う。

「? なんでそんな話題になってるのか分からないけど、そうなのよ、ルキはそういう公正なところがかっこいいの」

 あ、食器割れまくってる。

 みんな聞かなかったことにした。

 まぁね~。お嫁さんがちっこい姿になって、しかも自分の上着着てるんじゃ破壊力倍加だよ。

「ルキ兄貴、今からそんなんじゃ、母親似の娘生まれたらどーすんだよ。囲い込んで超過保護に育てんじゃね」

「レティ、お前が言うとシャレにならん」

 うん。現在進行形でやってるお人。

「まーまー。兄貴、そんなに嫁さんかわいくて隠しときたいなら、効果切れるまで仕事休んで家いりゃいーじゃん。どうせ今日あと半日だろ」

 ルキ兄さまは疲れた顔でつぶやいた。

「……そうだな。休もうか」

「えええ!?」×6

 うっそぉ!

「冗談で言ったのに、兄貴が!」

「ルキ兄貴が自ら仕事を休むと言っただと?!」

「ヤリでも降るんじゃねー?!」

「……体調悪いのか?」

「いいよいいよ、休んで! オーバーワークだって!」

「うん、だれも反対しないよ!」

「お前らな。魔力暴発したら危険だから、慣れて対処できるようになるまで自主隔離したほうがいいと言ってるんだ」

 慣れれば対処できんの? ムリじゃん? できんならとっくに眼鏡ボーンしてないでしょ。

 て思ったけど弟妹のだれもが黙ってた。

「ルキ、何の話? 具合悪いの?」

「ちょ、そんな泣きそうになるな、違うって! ええと、あー、たまには半休取ってどこか好きなとこ連れてってやる」

「いいの?!」

「輝夜が手伝ってくれてるおかげでだいぶ楽になったから、お礼だよ」

「ありがとうっ」

 ルキ兄さまの腕に飛びついてぎゅーする輝夜ちゃん。

 お、食器が完全に粉になったっぽい。

 ナキア兄さまが段ボール確認して、

「わぁお……。もうコナゴナ……。入れ替えとくわ」

「おおう、すごい粒細かっ」

「ここまで細かくなってんなら、このままリサイクル食器できるな。知り合いのリサイクル会社持ってこ」

「ナキア兄さまって顔広いよね」

「まーな。兄貴、別の手配すっから心置きなくコナゴナにしてちょ」

「……助かるよナキア」

 しっかし、ストイックすぎんのも考えもんだね。

「よかったねー、姉さん。あ! そろそろ次の予定が。ごめ~ん。んじゃまったねー」

「ちょ待、オレまだ言いたいことがあ」

 ぶちっとな。織さん容赦なく切った。

 ベルゼビュート王子もガンバ。

「そんじゃ! 反対意見もなくなったところで、ちびっこラプソディーアンコールいきましょ~♪」

「俺はまだ反対してるぞ?!」

「はいはい、ルキ兄さま。子供たちどーする? また預かってもいいけど、帰りたいかな?」

「……かえる」

 小さなお手てでぎゅっとレティ兄さまにしがみつくヒナちゃん。

 ラボラスくんも、大人びてるとはいえちょっと親が恋しくて寂しそう。

 かわゆい。

「だよね~。そりゃあおばちゃんより、パパとママのほうがいいもんねー」

「え、ヒナちゃんかえっちゃうの?」

 ロコツに残念そうなイポスくん。キミはほんとヒナちゃん好きね。

 ネビロスがリリーちゃんの腕につかまってるラボラスくんの頭をなでて、

「イポス、まだまだこれからいくらでも機会はあるよ。急いては事を仕損じるって言ってね。計画は長期的視野でやるもんだよ」

「何の計画だっ、何の!」

 そんでリリーちゃんに胸倉つかまれてた。

 はい、ここまででテンプレ。

「それにさー、僕らもそこまでケロッとされてると悲しいなぁ。親離れするにしても早すぎ。今日のとこは帰っておいで。リリーだって寂しがるよ」

 イポスくんはハッとしてリリーちゃんに抱きついた。

「ごめんなさい、かあさん」

「そうそう。リリーを大切にね。ないがしろにしたら僕怒っちゃうかもよ」

 本気だな。

 兄姉は背筋が寒くなった。

 リリーちゃんは双子を一緒に抱きしめ、

「いいのよ。二人とも早産だったから、私もちょっと心配なの。もう大丈夫なのは分かってるけど……親にしてみればね」

 あたしたちの世代にはなかった、親子の愛情。お互いを思う親と子の姿がここにはあった。

 ―――うん。

 あたしたちと同じ目には遭わせない。この光景を何としても守ってみせる。

「さぁて、アンコール上演はっじめっるよー☆」


   ★


~一番・ちびっこ女王はマジメに仕事もしてますよ?~


「たぶん姉さん今頃、義兄さんに着せ替え撮影おねだりしてるだろうな~」

 私はハイスピードで書類にサインしながらつぶやいた。

 体がちっこかろうが、仕事は待っちゃくれないのよねこれが。

 にしても、ベルがパパっとクッション使ってイスの高さ調整してくれたんで楽だわ。

 書類の山も手の届く距離と高さにしてくれてるし、さりげなくペンも軽量のものに替えてくれた。代わりにできるやつもさばいてくれてる。

 スーパー何でも屋、パネェっす。

 そのオールマイティーなプロフェッショナルが顔を上げた。

「それ、キミもオレにやったじゃん。姉妹似てんなぁ」

「姉さんと似てるとこないと思ってたんだけどねー。意外。うっし、これ終了」

「はいよ。お次、世界情勢が原因で一時暴落してた小麦の輸出価格が正常値に戻ったって報告」

「おーよかった」

 豊富な農作物はウチの国の強みで、各国にかなりの量を輸出してる。ところが父様の異常行動のせいで危機感が広がり、どこも慌てて取引を見合わせてきた。リリスちゃんとこを除けば、他の国は贅沢しなきゃ自国内でまかなえるんでね。

 おかげで大量の在庫を抱えることになった。長期保存できる食材はいいとしても、そうじゃないのも多い。あのままじゃかなりの数の農家がつぶれるとこだった。

 一国の王が公の場で道理に外れた行動したらどうなるか? こうやって国民に影響が出んのよ。

 いくら修正プログラムに憑りつかれてても、父様だってバカじゃない。影響は予想してたはずだ。分かってながらやった。

 国民の飢えや死を招くと理解していて強行した……国王失格でしょ。

「余りまくった在庫のけっこうな量、リリスちゃんとこが買い取ってくれて助かったよー」

「選挙兼祭りで使うんだってな。もたない食料品もはけた。わけアリ品まとめセール考えるなんて、さすがアッガー君は商売人」

 リリスちゃんとこにはアパレル通販の配送網がある。ウチの国支援のキャンペーン立ち上げてくれて、雑貨と抱き合わせで売ってくれたんスよ。買い物のときに使えるバッグとか財布とかとコンボで。

 普通にそのバッグかわいくてほしいと思った。

「あの商売魂は見習お。女子会でもお祭りん時出すメニュー色々食べさせてもらったっす。おいしかった~」

「え。オレ、仕事ムチャぶりされて追い出されたんで食えてないんだけど! ひどー!」

 ああ、部外者立ち入り禁止って追い出されてたっスね。

「どうせ当日私らも視察で行くんスから、一緒に回って食べましょー」

「ああ、うん……って、ちょい待ち。キミもう女王だぞ? これまでみたく普段着でフラフラ食べ歩きはマズイって」

「え、ダメっすか?」

「だれかが言わなきゃなんねーから言うけど、護衛つけねーとだし、食べ歩き自体ムリじゃね」

 うんうんてうなずく補佐官一同。

「お忍びで! 護衛はいらないっす」

「こら」

 いけません、ておかんに叱られてるみたい。

「自分で自分の身くらい守れるってば。それは証明済みっしょ? それに、ベルがいればだいじょぶじゃん。ね?」

 ニカッて笑ったら、ベルは一瞬固まった。

「……コレ、輝夜姫みたく天然なんかな、それともわざとなんかな……」

「何が? ああそーだ、話変わるけどこの機会に着てほしい服とかあったら着るっスよ。持ってきてどぞ」

「マジで分かってて言ってんのどっちなん?!」

「? ベルに色々着替えてもらったから、私もやらにゃ不公平っしょ?」

 て思っただけだけど?

「……お、おう……。いや別に、オレは特に……」

「ふーん」

 ああ、そっか。普段から私のコーディネートしてるから、今さらいいのか。

 無頓着な私の代わりに衣装そろえてくれてる。つまりさりげにベル好みのラインナップになってるもんね。

 気づいてないと思ってた? それくらい分かってるっス。

 話しながらもサインしてた書類を重ねる。

「んじゃ、コレは処理済みで」

 そうこうしてると五時になった。

「本日のノルマ終了ー! あーんど定時だ、今日はおしまいっ」

 てーい。ペンを置く。

 トップが終わりにしなきゃ部下は帰れない。

 サービス残業禁止。落ちたイメージ回復中なのに、ブラックな職場って言われたら終わるわ。

 補佐官や秘書だって守るべき国民。彼らの健康に気を配るのは当然っしょ。

「つーワケでうちらも帰ろ」

 ベルのほうを振り向いて、

「ベル、抱っこして」

「は?」

 バサバサ―って持ってた書類落ちた。

 あーあ、順番に戻すのめんどくさい。

 テキパキ元通りにして決裁済み箱に入れ、見上げる。

「幼児化したら抱っこってのは男の願望なんでしょ? 本で読んだ」

「違うって否定できな……待てや。BL本で得た知識を夫にやりたいでしょ?ってきくのどうなん!?」

 おお、よく分かったね。

 ブツブツ言いながらも抱っこしてくれた。

「あはは、ベルって優しいよね~」

「なんだろ、いいんかなコレ……かなりおかしくね……?」

 場にいた面々も返事に困ってた。

 ごきげんな私と首をひねるベルを、すれ違う人すれ違う人が同じように迷ってる。

 やだなぁ、今必要なのは平和で仲いい女王夫妻っしょ? これでいーっす!

 自室に戻ると、ベルにこのままソファーへ座るよう言う。

「はいよ」

 素直に従うベルはいい人だなぁ。あきらめたのかもだけど。

「って、違ーう。私だけ下ろすんじゃなくて、まずベルが座る。私はその上に乗っかる」

 細かく指示。

 また何言ってんだコイツって目向けられた。

「……へ?」

「いいから座る。ん、これでよし」

「いやいやいや、待った。ストーップ!」

「もう座っちゃったっス。てか、ベルもお疲れっしょ。癒そうかと思って」

「……コレもBL本載ってたやつ実行されてるって、複雑すぎる……」

 顔覆われた。

 えー?

「じゃあ訊いちゃおう。ズバリ何してほしいっスか?」

「それきいちゃう?!」

「だって、私、男心なんて分からないもん。男兄弟もいなけりゃ、交際経験もないし。さらに唯一親戚でいる年の近い男はアレよ?」

 戦争ごっこ大好きな、劇団に真似事やってもらってたあのお馬鹿さん。

「ああ……」

「つか、変人で有名な第二王女と近づきたい男なんて、裏があるかあるいは何も気にしないさらなる変人のどっちかじゃん。下手な男と付き合ってトラブルに巻き込まれんのはゴメンっすよ。私の望みは静かな人生。忘れ去られることで平和に暮らせるならそれでよかったんだわ」

「…………」

「そもそも好みのシチュって人により違うっしょ? 本人にきくに限る。つーワケでリクエストどぞ!」

 バッチこーい!

 カモン!て親指立てたら、ベルは撃沈した。

「なんか違う……絶対違う……。斜め上にかっとんでる……」

「自分がぶっとんでる自覚はあるっす。で、リクエストは?」

「たたみかけるな! 妄想白状しろと?! どんな拷問?!」

 また嘆かれた。

「え? 私はいくらでも平気で語れるけどなぁ。最近のイチオシは『ゴージャスキラキラビューティー薔薇学園イケメンウォーズ』のイケオジな先生とクール系担当生徒会副会長びカプ」

「なにそのダサすぎ&センス皆無な学校名」

「それはみんな思ってる。本来は女性向け逆ハーものなんスけどね、BL的見方がそれはそれはオイシくて」

「堂々と言えるキミのそういうとこ、ほんとすげぇと思うわ……」

「ベルのイケてるとこも語れるっスよ。新曲のダンス、8秒目~22秒目のパートが一番イイ。キレッキレ。1分17秒目~35秒目の連続高速回転も10.0の得点をつけたいとこっスね!」

「ありが……すげぇ具体的秒数。数えたの?」

 当然。ストップウォッチ片手に見た。

「もち。練習して踊れるよ。デュエットする?」

「めっちゃ再生数跳ね上がりそうだけどやめようよ。何度も言うけどキミもう女王だよ」

「女王夫妻がラブ&ピースな歌うたってガチダンスしてりゃ、コイツら戦争なんかしないなって思ってもらえるじゃないスか」

「その前にアホすぎて信用度が大暴落しねえ?」

「すでに『服作りするんで権力ブン投げます!』ってリリスちゃんが馬鹿アピール路線で上手くいってるっしょ。私も同じように思ってもらえるよ。私がアホなのは周知の事実だし。女王がアイドルにドはまりしてても、それがダンナ様なら問題なし!」

 単にラブラブなだけだと分かってもらえるさ~。

「……さよか。……えーと、じゃあ今度やるか」

「よっしゃ! いつかベルとデュエットしてみたかったんだよね~」

「はあ、そんくらいで喜んでもらえるならいつでもいーけど」

 って。

「いかんいかん。ベルが喜ぶことしたくて教えてって言ってんのに、私がうれしいことになってんじゃん。ちゃんと教えてよ」

「……て言われても。キミの予想外すぎる言動のおかげで毎日予測不可能なのなんだかんだで楽しいし。十分かなと」

 ふーん?

 こてんと首をかしげる。

「振り回されんの好きなんスか? 言われてみれば兄姉にしょっちゅうあれこれ押しつけられる生活してたって」

「姉貴たちのムチャぶりは好きでもなんでもねえ! ぜってー嫌だ! リリス女王サンのぶっとびアイデアに巻き込まれんのも遠慮したい。そりゃおかげで助かったんだけど、できればちょっち離れたとこから見物がいい。巻き込まれたら高速でブン回されたあげくに世界のかなたまで吹っ飛ばされそーだっ。振り回されてもいーやって思えるのはキミだけだよ」

「…………」

 私はベルを見上げた。

「……ほんとに?」

「ほんとほんと。それに、織って毎日楽しそーじゃん。前みたくどっか辛そうな顔してない。よかったなって思うんだよ」

「……うん。楽しいよ」

 研究に没頭してるのも楽しかった。ほんとに興味があって自分で選んだ仕事だし、やりがいもあった。

 でも……ふと思う。私はいる価値あるの?

 誰も気に留めない第二王女。家族にすらも放置されてる。

 忘れ去られたままになってたほうが国も平和だし、って甘んじて受けてたけど。……本音は寂しかった。

 独りは。

 ベルにもたれかかり、顔をうずめた。

「……やっぱね独りぼっちは寂しかったよ」

「うん」

「自分で決めたことだし、国のためにもそのほうがいいの分かってたし、寂しいなんて思っちゃいけないって理解はしてたけど」

「ダメじゃないさ。誰だってそう思うよ。決めたっつっても、そうせざるえをえなかった、ってほうが正しいだろ」

「今楽しいって笑ってられるのは、ベルがいるからだよ」

 私を助けてくれたから。

 ぽんぽんと大きな手が背中を優しくたたく。

「ん。オレだけじゃない。大臣や補佐官たち、城で働く人々……国民みんなが、キミはここにいるって分かってるよ」

 そう。

 私はここにいるんだと、人に気付いてほしかった。

 忘れられたまま孤独に過ごすには、一生は()()()()

 なぜかそう思う。

 ベルの言う『やりなおし期間』を私は覚えていない。リセットされてなかったことになってるし、その期間どのキャラにも自我はなかったという。でも、データは蓄積されてたとしたら? それが潜在意識となって働きかけてるのかも。

 この症状が出てる人はおそらく他に六人だけ。ルシファーさんとリリスちゃんの兄弟だ。

 逆プロポーズを最初こそ嫌がったものの、あっさり方針転換して受け入れたルシファーさん。まだ子供のリリスちゃんが自分のせいじゃないのに謝ったからとはいえ、すんなり妹と認めた兄弟。あまりにも上手くいきすぎてるっしょ?

 彼らもみんな悲しい最期を迎えるキャラ設定だった。同じようにもう嫌だ繰り返したくないって思ってたんじゃないだろうか。リリスちゃんに影響を受け、それが働いた。

 ……だとしたら筋が通る。

 彼らはリリスちゃんの傍にいたから、私は『バグ』であるベルと接触したことで発現したんだろう。

 ぎゅっとベルの服を握りしめる。

「……ありがと、ベル」

「こっちこそ。おかげで毎日がおもしろいよ」

 そう言いつつ、さりげなく崩れた髪セットしてくれる。

 うーん。有能。こりゃほんと手放せんわー。

「―――よっし!」

 がばっと顔上げた。

「つまり引き続きぶっとび言動がんばれってことっスね!」

「そんなことは言ってねーよ!?」

 声援にお答えしまして、がんばりまーす!


   ★


~二番・ちびっこ天才発明家は子育てに悩む~


 中身が子供な夫も含む。

 と、一日ぶりに帰ってきた息子たちを眺めて私は思った。

 二人ともなんだかんだで寂しかったらしく、ソファーに座った私に両脇からくっついてる。

 大人びててもまだ子供だものね。初めてのお泊りよくがんばったわ。

 特にラボラスは私に似て我慢しいだもの、気をつけてないと。

「……あら? ラボラス、その本どうしたの」

 読んでいる見慣れない本に気付いてきいた。

「ルシファーおじうえがかしてくれたよ」

「ちょっと見せて」

 げっ。魔法学や機械工学の、比較的子供向けで分かりやすくしかも専門性もある本じゃない。

「あンの腹黒上司、青田買いする気まんまんかっ」

 もう目をつけたとは。

「かあさん?」

「親子二代であの悪党が上司……最悪だわ」

「あはは。ルシファーらしいね。入ってもいいよ。あそこは使えるから、こっちが利用してやればいい」

「どういうふうに利用するのよ! あんた過去何やった?!」

「大事なリリーの身の安全を守っただけだよ~」

 嘘をつけ嘘を。

 するともう片側から何かを察知した。本能的&経験からくるセンサーが反応。

 発信源のイポスが口を開いた。

「……ねえ、とうさん。ヒナちゃんまもるにはどうすればいいの?」

 あか――ん!

「イポス、ぜっったいに父親の真似だけはするんじゃないわよ!」

 がしっと肩つかんだ。

「こいつが過去何やらかしたと思う。周りの人間懐柔して思うままに操るわ、私がこいつの彼女だって周囲に思い込ませるわ。孤児院時代もしれっと私の部屋入り込んで当然のごとくいるし、それが嫌で独り暮らししたら、手をまわして下宿先になってるのよ? マスターキー悪用して留守中入り込んで、勝手に家事やってるし。疲れて帰宅したら満面の笑みで『ごはんにする? お風呂にする? それとも僕?』って抱きつかれた恐怖が分かる?!」

「リリーってば無理ばっかでちゃんと食事とらないからじゃん。心配だったんだもーん」

 ラボラスは「うわあ」とロコツにドン引きし、イポスは「ふんふん」とうなずいてる。

「普通に不法侵入って犯罪だっつーの! しかもあんた、盗聴器に監視カメラも仕掛けてたでしょ! どこだか知らないけど!」

「もうやってないよ」

「今やってないからっていいわけあるかっ! 下宿回りのやたらと特定のジャンルだけ品ぞろえよすぎる本屋とか質が良くて安い食料品店とか雑貨屋とかもあんたの仕業でしょ。毎日最低一回はどこかに潜んでて出没するって、なんで私の居場所知ってんのよ。言っ覚えのないことまで知ってるし。このストーカー野郎おおおおお!」

 ネビロスの胸倉ひっつかんでガクガク揺さぶる。

「好きな子のことはなんでも知りたいじゃん」

「お黙り!」

 ネビロスはキリッとして、

「だからリリーを守るためだよ。僕の弱点であるリリーの存在がバカ親父にバレたら殺されてた。何かあったらすぐ駆けつけられるよう、居場所把握しとく必要があった。僕のリリーには指一本触れさせない」

「あんたにつきまとわれるほうがよっぽど危ないんじゃないの」

 悪王とそれも顔負けなストーカー、どっちもどっちだ。

 というか、私は組織の一員で保護下にあった。あの腹黒ボスがついてて元王に存在がバレるわけがない。

 ラボラスはものすごく冷めた視線を父親に向けた。

「かあさん、なんで知っててこのとうさんとけっこんしたの?」

「私も一日十回は思って後悔してる」

「……ぼくらがいるからなら、気にしないで?」

 仰天したのはネビロスだ。

「ええ!? やだやだ、リリー、離婚はやだ! リリーと息子たちがいなくなったら僕死ぬ! リリー大好き、捨てないで!」

 マジ泣き寸前ですがりついてきた。

 アホかこの男は。

 はあ。ため息つく。

 ラボラスの頭をなでた。

「大丈夫よ、そんな辛そうな顔しないの。私は自分で決めたんだから。一生このお馬鹿の傍で見張って、ヤバイ方向に行きそうになったら止めるってね。こんなとんでもないのの面倒みられるの、私くらいのものでしょ」

「リリー」

 ネビロスが期待に満ちた目を上げる。

 デコピンしといた。

「いたっ」

「言っとくけどあんたの犯罪行為許したわけじゃないわよ。そこはくれぐれも間違えるな」

「うん。もうしない。リリーが傍にいてくれるなら僕はそれで十分だもん」

 ラボラスはホッと胸をなでおろしてた。

「よかった。かあさんもとうさん好きなんだね」

「そうは言ってないわよ」

「ツンデレだなぁ。そこが好き。ところでイポス」

 ネビロスはくるっと息子を振り向き、

「僕がやってたなら自分もやっていいよねなんて思わないように」

 あら。

「えー、なんで?」

「リリーがいけないことだって言ったじゃん。それをやったら悲しむよね」

 きっぱり。

「僕はリリーが一番大事。何より大切。だからね、大好きなリリーを悲しませるなら、たとえ息子でも許さないよ」

 ……空気が、凍った。

 息子たちが息をのむ。関係ないラボラスまで青ざめた。

 マジだ。目が笑ってない。

 ネビロスは気迫そのままににっこり笑って、

「返事は?」

「……っ、はい」

「うん、よし」

 よろしい、と頭をなでる。

 ……意外。ここまで本気でちゃんとやめさせるなんて。てっきりそそのかすかと思った。

「それにさー、そもそもヒナちゃんにはレティ兄さんがついてるんだよ。監視カメラも盗聴器も仕掛けらんないって。それ以前によこしまな考え持って近づいた時点でバレて斬られるよ」

「ああ……娘溺愛してるものね」

「一度敵認定されたが最後、近づけないどころか徹底的に排除されるんじゃん?」

「うっ、本気モードのフルーレティ様なんで恐すぎる」

 魔王降臨。

 イポスも声震わせた。

「それはこわい……。やだよ、ヒナちゃんにあえなくなるなんてやだ!」

 なんかさっきのネビロスそっくりなんだけど。

「ね? だからやめときなよ。目標に応じて戦法は変えるもの。ヒナちゃんと結婚したいなら、誠実・まっとうな方法でいきな」

「自分にはカケラもない言葉でしょうが」

 説得量皆無。

 ネビロスは威圧消して笑った。

「あはは。そだねー。でもほら、僕はリリーがそうやって叱ってくれるのうれしいんだよ」

「我が子の前でしれっと危ない発言するな」

 ハリセンツッコミ。

 教育上よろしくないわっ。

「だってリリーのは愛のムチじゃん。愛情確認のためわざとやってる時もあったりして~」

「ラボラス、あんたはマトモなお嫁さん見つけなさいね。くれぐれも私みたくこういう変なのにほだされるんじゃないわよ」

 下の息子を抱きしめ、もう片手で上の息子を引き寄せ、同じように抱きしめた。

「それにしても、二人とも大きくなったわね。未熟児で生まれて、生まれた時はあんまり小さくて心配だった。もう大丈夫でホッとしてるわ」

「かあさん」

 子供たちはうれしそうにすり寄ってきた。

「あーっ、双子ばっかずるい! 僕も! リリー、ぎゅーして」

「あんたがしてもらうんかい。もう定員オーバー」

 人間の腕は二本しかないっつーの。

「むー。いいもん、じゃあ」

 ネビロスは反対側から私ごと子供たちを抱きしめた。

「幸せ~」

「……ほんとに幸せそうな顔してまあ」

「そりゃあ大好きなリリーと、リリーと僕の子供たちがいるんだもん」

「…………」

 実際この体くらいの年齢だったころは、生きることに精一杯だった。幸い組織のおかげで衣食住と安全は確保できたものの、将来その対価分働かなきゃならないわけで。

 クーデターに協力すると言ったネビロスのことも心配だった。組織だって本当に安全か、王に潰されるんじゃないかといつも不安で、ずっと気を張って生きてきた。

 でももうその必要はない。

「……そうね、幸せね」

 自分が持てると思ってなかった子供たちがいて、元気ですくすく育ってて。ネビロスも闇落しなかった。

 そっとネビロスの肩に頭を預けた。

 ネビロスは驚いたように目を見張り、へにゃっと笑った。

 それは演技や意図的なものじゃなく、心からのもので。

 私もようやく安らげる場所を手に入れたのかもね。



   ★


~三番・ちびっこ所長はスルーされる~


 もともと小柄で童顔な私が小さくなってもあんまり気づかれないかもなぁと思ってはいたけど。

 これはないでしょう。

「あ、姉さん。例の薬草持ってきてくれたの? ありがとう」

 実の弟にもスルーされるという。

 ルガ様について病院に届け物に行ったらレラジェはごく普通にこう言った。

 ちなみに持って行ったのは魔物たちから結婚祝いでもらった貴重な薬草。

「これと合わせて」

「……ちょっと、レラジェ。何か言うことない? 本当に気づいてないの?!」

「何が? ええと、分量はこれで、加熱して混ぜ合わせ……できた! これ、38番の患者に毎朝一包ずつ服用するよう出して」

 傍にいた看護師に頼む。

 医師と薬剤師が分かれてる国もあるけど、この国では医師が全部やってる。前王の悪政下、少しでも人の命を救うためには医師が薬も作れないとならなかったから。

「すっかり立派なお医者様ね。そういえば卒業したらどこの病院に勤めるの?」

「もちろんここだよ! サルガタナス先生に教わりたいことがたくさんあるし、一緒に働くのが夢だったんだ!」

 キラキラした尊敬のまなざしがルガ様に向けられる。

 うん、分かってた。

「……レラジェ君ならむしろこちらから来てほしいと頼みたいくらいだ」

「ほんとですか? ありがとうございます!」

 姉の欲目を引いても、弟は優秀。できるのはルガ様とその恩師のみという、あの特殊な手術法もマスターしつつあるらしい。それは確かにぜひにでもほしいわね。

「これからもサルガタナス先生に指導していただけるなんて夢のよう……! ……あれ? ていうか姉さん、縮んだ?」

「遅いわよっ!」

 もう!

「よく見れば子供の体? ありゃあ、見た目ほとんど同じで分からなかったよ」

「もーっ! 弟までこういうこと言うっ」

 ぴょんぴょん跳ねて弟をぽかぽかたたき、抗議。

「……かわいい」

 ルガ様、今何かつぶやきました?

「リリス様に幼児化の魔法かけられたのよ」

「へえ、女王陛下が? ……ふーん。意図は理解した。ただ残念なことに、姉さんはあんまり変わらないなぁ。ああでも、容姿が姉さん似の娘生まれたらこんなもんかな。どう思います、サルガタナス先生?」

「……かわいすぎて確実に甘やかすな」

「ですよねー。僕も妻似の娘できたら、そりゃあもうかわいがりまくりますって」

 レラジェはあの後すぐに長年付き合ってた彼女と結婚した。ルガ様に聞いた店に走って指輪買って来て。現在新婚ラブラブだ。

 そこで二人は時計を見た。

「おっと、次の手術の準備しなきゃ。サルガタナス先生、ご指導よろしくお願いします」

「……ああ。ジャスミン、君はどうする」

「研究所に戻……いえ、はい、やめます」

 二人してやめとけって顔してたんでやめた。

「私、大人ですよ? これまでだって一人で通勤してたのに」

「そんで危ない目に遭いまくってたじゃん。滑ってコケるわ、どこからともなくボールが飛んでくるわ」

「もう大丈夫だったば! リリス様が教えてくれたの、私の特性は一種の共感能力なんだろうから、プラスの感情に共感して『幸せ』を引き寄せるようにすればいいんじゃないかって」

「何それ?」

 説明した。

「……ほほー。女王陛下、おもしろい考え方だね。うん、いい見方かも。そう考えるようにしたら変化あった?」

「そうなの。発生がてきめんに減ったのよ。実験もトラブルなく上手くいく上に、いい結果が出やすくなって」

「よかったじゃん。そっか、それが正解だったんだね。僕も医者なのに全然思いつかなくて。まだまだだな」

「……僕も気づかなかったから気に病むことはない」

 というか、リリス様がすごい発想の持ち主なのよね。

「……しかし発生が減ったとはいえ心配だ」

「ルガ様、心配性すぎですってば」

「……このリストの薬を作って待っていてほしい」

 さらさらとメモを書いて渡された。

 私もたいていの医薬品は作れる。普段魔物用のを作っているから、それに比べれば人間用は簡単。

「分かりました」

「……じゃあ頼む」

「はいっ。お仕事がんばってください、あなた」

「…………」

 ルガ様は片手で顔を覆った。

 レラジェはなんでかニヤニヤ。

「レラジェ、なに」

「姉さんもちゃんと奥さんやってるんだなぁって安心したんだよ」

「……ジャスミン」

「はい? ひゃあっ!」

 急に抱きしめられた。すると足がつかないのはいつものことである。

「はわわわわ」

「……そういうかわいいことを言われるとどうすればいいか分からなくて困る」

「えっ? そそそそうですか?」

「…………。……ああ、がんばってくる」

 ルガ様はふーと長く息を吐いて手術室へ向かった。

 弟はなぜかグッジョブと親指立ててた。

 その日の手術は倍速で終わり、ルガ様は空いた時間で予定外の仕事もすごい勢いで片づけたらしい。

「姉さん、すごいね。でもサルガタナス先生はマジメだから、励ますのも過労で倒れない程度にしといて」

「え、ええ?」

 

   ★


~四番・ちびっこメイドは優しい旦那様と娘に囲まれて幸せです~


「初めてのお泊り、よくがんばったわね、ヒナ。さびしくて泣いてなかった?」

 レティ様の左ひざにちょこんと乗った娘の頭をなでてきく。

 なお、私は右膝に乗っけられている。

「ううん。リリスおばちゃまやさしくてつよいし、いっくんもラスくんもいたからさびしくなかったよ」

 そうね、リリス様がいれば危険は皆無。むしろ危険の方からダッシュで逃げるわ。

「あのね、リリスおばちゃまのしごとばすごかったんだよ! かわいくてきれいなのいっぱいだったの!」

「ああ、服だけじゃなく装飾品や日用雑貨まで手を広げ始めたからな。何か気に入ったのあったら言ってごらん。パパが買ってやるぞ~」

 レティ様、甘やかしすぎですよ。

 でも娘はしっかりしていた。

「ううん。それよりね、見て! リリスおばちゃまがくれたこれにパパがつくってたもようみたいなののってたの!」

 ヒナが広げたのはアクセサリーのカタログだ。特に輝夜姫とコラボしたデザインが人気だという。

「どれどれ。ああ、これか。そうだな。この前俺が作ってた机に掘った模様と似てるな。あれは伝統的なデザインで、よく使われるやつなんだ。だからだろ」

 レティ様、最近では装飾品としての家具も手がけている。

「レティ様ってなんでも作れますよね。すごいです」

「そりゃあスミレとヒナのために稼がないとな」

「ねえ、パパ。このもようってどうかくのー?」

「ヒナも描いてみたいか? これはな、こうやって……」

 らくがき帳に鉛筆で描き描き。

 ヒナも見よう見まねで描き始めた。

「おっ、上手いなぁ!」

「ヒナはレティ様に似て絵が上手ね」

「わぁい。ねえねえ、こんなかんじのアクセあったらきれいだとおもうー」

 応用したデザインのネックレスらしき絵ができあがった。

 子供の絵だから荒いけれど、素人の目でもこれはと気づく。

「……レティ様。ヒナはもすかしてデザイン方面の才能があるんじゃ……?」

「かもな。リリスにきいてみる。なあ、ヒナ。これに載ってるのがほしいんじゃなくて、素敵なデザインの()()()()んだな?」

「うん」

 娘はこっくりうなずいた。

「パパみたいにつくるひとになりたいの!」

 宝飾品をほしがるのでなく、まさかのデザイナーや職人志望。さすがレティ様の娘でリリス様の姪。

 そういった職業なら危険視されないだろうし、いいかも……?

「そうかそうかー。よーし、パパが教えてやる。装飾品も一応作れる。デザインがありゃあな。俺はアクセサリーのデザインは苦手なんで。ヒナがデザインやってくれりゃできるぞ。材料と装具はあるし……いや待てよ、素材採ってくるか」

「あ、あのレティ様、ほどほどに。前、すごい量採ってきましたよね?」

 高価な装飾品を買ってやると言われたのよね。お金の無駄遣いですと断ったら、なら自分で作ればタダだからいいだろうとレティ様は出かけて行った。

 軽いノリで「ちょっと出てくる」っていうから近所へ買い物かと思ったら、かなり遠いところまで回って大量の材料を採取してきた。あきれたリリス様が試しに量ったら、軽く1トン超えていたという。

 しかも全部希少なものばかり……。どうやって採ったんだろう……。

「たいした量じゃねーよ」

 それはこれまで退治した魔物や退けた大軍に比べればです。比較対象がおかしいです。

「へえパパ、どうやってあつめたの? ヒナもいきたーい」

「あー。ごめんなヒナ、危ないからダメ。国内だとそういうのあんのは危ないエリアばっかでさ」

「えっ、そんな危ないところ行ってたんですか?!」

 青くなって見上げる。

「ダメです。そんな、レティ様に何かあったら私……っ」

「パパぁ」

 ヒナまで泣きそうになり、レティ様は慌てた。

「あわわわ、大丈夫! 子供が行くのはちょっとってだけで、オレなら全然平気。すげー寒い雪山とか、マグマ吹き出まくってる場所とかだよ」

 レティ様がそう簡単にケガするとは思えないけど、それでも心配なんです。

「ほんとですね……? 危ないことしないでください」

「スミレとヒナがいるんだ、やらねーよ。それに実際んとこ、もともとそこに住んでる魔物たちに協力してもらってる部分が多いんだ。オレがルガの兄貴だって知れ渡ったんで、喜んで手伝ってくれんだよ」

「あ……それならいいですけど……」

「パパ、ほんとにケガとかしないでね?」

「しないしない。むしろオレにケガ負わせられるヤツ探し出すほうが難しいぜ」

 リリス様たちご兄妹弟を除けば、たぶんベルゼビュート王子くらいかしら。

「あの……そもそもそういう鉱脈?ってどう見つけるんですか? ルキフグス様が財政改善のために国内のあちこち探させたけど、なかったって聞きました」

「高値がつく鉱脈は確かにねーな。あれは全部、魔物に物々交換してもらったやつなんだよ。光モンため込む性質の魔物もいるだろ。そういうのとさ」

「物々交換、って何とですか?」

「ルガお手製の薬」

 それはものすごく欲しがるでしょうね。

「ルガおじちゃまのおくすり?」

「ルガは人間だけじゃなく魔物も診られんだ。この魔物のお医者さんてのがすげー少ない。魔物は傷なんか自力で治すのが当たり前で、治療してもらうって発想がなかった。しかも種によって体の作りから何から何まで全然違うんで、難しいんだよ。獣医の比じゃねー。だもんでどんな種の魔物でも治療できるルガは魔物から尊敬されてるわけだよ」

「今も毎週魔物たちが交代で貴重な薬草とか持ってきてくれてますものね」

「そうなんだ。しゅごいねぇ」

「そのルガの薬やるっつったら、めっちゃ頭下げてどうぞどうぞってくれた」

 目に浮かびます。

「んで、ヒナのこのデザインからすると……合う素材はここらへんかな」

 机の上に材料が並ぶ。

 値段にするとけっこうな金額。子供の練習用にしていいのかしら。

「工具使うより、火系魔法使うほうが安全だろ。この金属は低い温度で簡単に変形させられる。ただ本格的にやるなら細かいコントロール得意なだれかに習わねーとな。オレは攻撃特化なんで、デカい使い方は得意でもそういうのは苦手なんだよ実は」

 レティ様が家具作る時、魔法でなく手で工具使ってやってたのはそういうわけだったのね。

「私も普通レベルです」

「適任はナキア兄貴だな。すげー緻密な温度コントロールできっから美味い料理作れんだよ。造形もマジでやると芸術品じゃん。あれ手じゃなくて魔法でやってんだぜ」

「あ、確かに。すごいですよね。輝夜姫も指輪作った時に難しかったとおっしゃってました」

「普段やらない使い方だからなぁ。ルキ兄貴もできんだけど、忙しいだろうし。まぁとにかくヒナにはそーゆー使い方が向いてるかもな」

「そなの?」

 こてんと首をかしげる娘。

「魔力が少ない人間は逆に細かいコントロールが得意なんだよ。弱いからこそ緻密で正確な使い方ができるっつーか。料理人や細工系の職人になることが多い」

 レティ様はヒナの頭をなでた。

「魔力が弱いのは特技の一つだよ。やたらデカくても敵視されるだけだ。気にせずヒナはヒナの才能伸ばせばいいんだぞ」

「? むずかしーい。よくわかんないけど、はーい」

 素直なヒナは元気に答えた。

「さーて、簡単な形でアクセなあ。どうすっか」

「レティ様、ただの球形ビーズはどうでしょうか?」

 単純な球形で、真ん中にヒモを通せる穴があいているだけのもの。

「大ぶりのを作ってヘアゴムにすれば、ヒナが普段使えます。この前リリス様がトンボ玉というのを見せてくださって……あれはガラスですけど……」

「おっ、いいなそれ。そんくらいなら。よしヒナ、パパが手伝うから作ってみるか?」

「うんーっ!」

 親子で金属の塊を握り、魔法をかけた。

 手を広げると、多少いびつなもののボール状のビーズができていた。

「わあ、できた!」

「うーん。やっぱヒナ、上手いな。オレほとんど補助してねーもん。初めてでこんくらいコントロールできりゃ上出来だ」

「よかったわねえ」

 ゴムを通して、さっそく結……あら。

「ヒナ、眠そうね?」

「ふえ? ねむくないよぉ」

 ううん、これは眠い時の顔だわ。お母さんには分かります。

 自分にもたせかけ、ゆっくり背中をなでる。

「帰ってきてホッとしたんでしょう。ゆっくりおねんねしなさい。パパもママもいるわ」

「……うん」

 すぐに寝息が聞こえてきた。

 やっぱり限界だったわね。

「なんだかんだで初めてのお泊り、緊張してたんだなー。すっかり安心してる」

「ふふ、寝顔は赤ちゃんの時と同じですね」

「オレもヒナがいなくて寂しかったよ。生まれたのついこの前なのに、もうスミレとヒナがいない生活なんて考えらんねーや」

「私もです」

 レティ様は私を自分に寄りかからせた。

「スミレも寝ていいぞ。疲れたろ」

 私は人より体力がなく、疲れやすい。

「……ありがとうございます。お言葉に甘えて」

 娘が寝たからだろう、睡魔が襲ってきた。

 母親というものは子供が寝ないと自分は寝られないものなのです。

「レティ様あったかい、安心します……」

「……っ、そうか、よかった」

 あら? なんだかレティ様、顔覆ってる。どうしたのかしら。

 ……小さい頃から大好きだった人が旦那様で、子供もいて。

 ここは一番安心で安全なところ。

 満ち足りた思いで目を閉じた。


   ★


~五番・ちびっこピアニストは夫の育成を楽しんでる~


「アガリアレプト様、大丈夫ですの?」

 帰宅したものの、ドアを閉めたところで停止したままのアガリアレプト様を見上げる。

 かなり混乱してるわね。

 眉間のシワがいつもより深めに、空中をにらんでいる。

「……ああ」

「そろそろ下ろしていただけません?」

 ずっと小脇に抱えられたままなのはちょっとどうかと思うのだけれど。

「……ああ」

「聞いてます? 私は荷物じゃありませんわ。人をこういう抱え方するのはやめてくださいな」

「……え? あ、ああ」

 少しきつめの言い方をしたら、慌てて下ろしてくれた。

 ふう。

 予想外すぎることが起きるとフリーズするのも考えものね。

「とりあえず座ってお茶でも飲みましょう」

 ところが、歩き出してすぐ家具につまずいてしまった。

「きゃあ」

「危ないっ」

 アガリアレプト様がすくいあげてくれたおかげで転ぶのは免れた。

「ありがとうございます」

 ちゃんと脇に抱えるのでなく、両脇を抱え上げるようにしたとは進歩したもの。

「どういうことだ。お前が物にぶつかるなんて。まさか装置の故障……いや、もしそうだとしても、慣れた部屋でぶつかるのはおかしい」

「リリーさんの装置はちゃんと作動してます。見えてますわ。違うんです、なんというか……遠近感がつかめなくて」

 まだ遠いと思っていたら意外と近くてぶつかってしまった。距離感が上手くつかめていない。

 アガリアレプト様は合点がいったというように、

「今、体が小さいせいだ。大人の体の感覚でいただろう」

「ああ……私はこのくらいの年の頃、目が見えてませんでしたから、皆さんみたく当たり前のように順応できていないのですね」

 昔あった感覚に戻っただけならすぐ順応できても、そもそもなかったものは対応しづらい。

「大丈夫ですわ。すぐ慣れますわよ。下ろしてくださいな」

「だが」

「下ろしてください」

「……分かった」

 しぶしぶ下ろしてくれる。

 さて、改めて。

「いたっ」

 またぶつかった。

「言わんこっちゃない! ああもうめんどくさいな!」

 強制的に抱えられてソファーに座らされた。

「大人しく座ってろ。ったく、ケガでもされたら面倒だ」

 ブツブツ言いながらお茶いれてる。

 自分でやってるところ初めて見たわ。

 アガリアレプト様はまったく家事をしない。小さい頃から使用人がいて、やってくれるのが当たり前だったから。

 リリス様のところに来て以降はルキフグス様が「いざというときのために最低限できるようになっておけ」と言って学んだので、できることはできるらしい。でもいまだにしないのは、時間を割くのが惜しいんですって。

 お金を払って人にやらせる方が合理的と。まぁ実際忙しいものねえ。

 かくいう私は、意外かもしれないけれどできる。最悪一人になっても生きていけるようにと両親が私を育ててくれたおかげ。障害があるからといって何もできませんでは、あの時代を生き延びられなかったでしょう。

 自力で生きていけるよう育ててくれたことを感謝している。

「ほら、こぼすなよ」

 ズイとコップを押しつけられた。

 ほどよい温度に冷ましてあって、落としても割れない素材の容器、しかもストロー付き。

「ありがとうございます。ふふ、優しいですわねえ」

「は!? 誰がだ」

 こういうのをクーデレというのだと、リリス様がおっしゃってましたっけ。

「ああ、一旦置きたい時は貸せ。取る時も言えば取ってやる。ひっくり返したら面倒くさい」

 素直に心配だと言えばいいのに。

「一度装置を外しましょうか? 見えないほうが慣れてますもの、そのほうが動きやすいかと」

「駄目だ」

 即答ね。

「せっかく見えるようになったんだろうが。……どうせ明日には解けるんだろ。半日くらい俺が手伝ってやれば済む」

 あのプライドが高いアガリアレプト様が人を手伝うなんて。

 本当に丸くなったものね。

「助かりますわ」

 私はにっこりした。

「仕方なくだぞ。いいか、非常時の応急的なものだからな!}

「はいはい」

 おとなしくコップを渡すと、テーブルに置いてくれた。

「……ったく、午後はどうする。そんなんじゃ外に出るとケガが増えるだろうが」

「あら、子供を連れたアガリアレプト様の姿に対する人々の反応見てみたいですのに。楽しそうですわ」

「おもしろがるな」

「またそんなしかめ面して。私は本音読み取れるのでいいですけど、そういうことしてるから誤解されるんですのよ」

 アガリアレプト様の眉間を伸ばそうとして何度も失敗した。

 まだ距離感がつかめていない。

「フン、恐がるやつは勝手に恐がっておけ。どうでもいい」

「よくありませんわ。退職したら貿易商に戻られるのでしょう? 部下の方たちには恐がられるより良好な関係のほうがいいですわよ」

「……うるさい」

「それに、このままではいずれ子供が生まれてもお父さん恐いとおびえられるかもしれませんわ」

 あ、ものすごくショック受けた顔。

 これも初めて見たわ。ちょっとおもしろい。

「現にヒナギクさんには少し恐がられてますでしょ。イポスくんとラボラスくんにも、いつも不機嫌なおじさんだなぁと思われてるのでは?」

「…………」

「娘や息子にもそう思われたらどうします? いいんですの?」

「いいわけあるか!」

 焦ってるわ。

「父親が恐怖の対象だなんて、あのクソ親父と同じになってたまるかっ。……アイリスに似た娘におびえられて嫌われたら……」

 後半ものすごく小声だけど聞こえたわ。目が見えなかった私はとても耳がいいの。

 聞こえなかったフリしておきましょ。

 まったくこれでも自覚ナシの鈍感さんなんだから。

「では、この機会に笑顔の練習してみましょう」

「エガオ……」

 どうして急にカタコトで途方に暮れてるの。

「……もしかして笑い方が分かりませんの?」

「…………」

 黙ってそっぽ向かれた。

 ここまで重症とは。

「とりあえず笑ってみてくださいな。現段階で、できる範囲内でいいですから」

「…………」

 ニィ……という擬音がぴったりの、背後に黒いオーラしょった凶相が出現した。

 う……っ。

「すばらしく凶悪な悪党面ですわ」

「おい。お前がやれと言ったんだろう」

「悪だくみしてる悪人にしか見えません」

「悪党だの悪人だのと繰り返すな」

「あら、ごめんなさい。でも事実ですもの。……ええと、そうですわね。ではリリス様を思い浮かべてみては?」

「リリス?」

 強面なのは変わらないけれど、凶悪さは減った。

「そう、それです。できるじゃありませんの。では私を思い浮かべた場合はどうです?」

 ちゃめっけたっぷりに言ってみた。

 固まっていた。

「アガリアレプト様、ひどくありません?」

「…………」

「まあ、こんなことだろうと思っていたのでいいですけど。さて、どうしましょ」

 うーん。

 私はアガリアレプト様の手を取り、自分の両頬にあてた。

「っ?! な、なんだっ」

「私が実際やっていた練習法です。私は目が見えなかったので、笑顔というものが分かりませんでした。ですのでこうして人の顔を触らせてもらい、表情筋の使い方を指で感じ取って再現したんです」

「……あ、ああ、なるほど」

 それにしてもけっこうウブでかわいいわ。

 あ、もしかして手をつないだこともない? 今度やってみましょ。

「ピアニストとして働くには、笑顔を観客に見せませんとね。がんばって練習したんです。私にできたんですもの、アガリアレプト様ならなおさらできるでしょう?」

「当たり前だ」

「じゃあやってみましょうね」

 にこにこ。

「っ」

 あら、また停止した。

「アガリアレプト様。筋肉は固めるのでなく緩めてくださいな」

「……えっ? あ、ああ」

「もう一度いきますわよ」

「…………っ」

 小刻みに震えてるわ。

「私の笑顔、何か変です? なにしろ自分では見えてませんでしたので……兄や両親はちゃんとできてると言ってましたけど」

「え? いや、変じゃない。そうじゃなく……なんでもない」

 もしかして照れてるのかしら。

「ところでその練習、だれを相手にやったんだ」

「兄や両親ですが? 他にだれがいますの」

「……そうか。それならまぁ……」

 あらら?

「家族以外の男性に触っていたら嫌なんですのね」

「違う!」

 その反応は図星ね。

「ヤキモチ焼いてくださるなんて、うれしいですわよ? そういう不機嫌でしたら歓迎しますわ」

「うるさい。俺の機嫌はすこぶるいいぞ」

 そうねえ。

 さすがにこれ以上つっこんだらかわいそうでやめた。

「さ、練習再開です。笑って」

「…………」

「ものすごくぎこちないですわね。無理して口の端の筋肉を上げたせいでひきつってますわ。より凶相が増してます」

「余計なお世話だ。もうやめる」

「あら。将来子供に号泣されてもいいんですの」

「……………………。……くそっ」

 はい、がんばりましょうねー。

 初めから一朝一夕でできるとは思っていない。少なくとも何か月単位でしょう。それくらい根が深い。

 別にいいわ。アガリアレプト様が照れを必死で隠そうとしてるの見られるもの。

「ふふ、かわいい人」

「どこをどうしたら俺がかわいく見えるんだ。かわいいのは…………なんでもない」

 本当にだいぶ進歩したわ。

 でもまだまだ。

 ま、のんびり育てましょ。

「はい、スマイル。好きな人のことを思い浮かべるとやりやすいですわよ。ちなみに私はアガリアレプト様のことを考えましたわ」

「……っ」

「表情筋使うんですのよー」

 かわいい夫の育成は、ゆっくりのんびり、なかなか楽しい。


  ★


~六番・ちびっこ学者はスーパー家政夫が希望~


 結婚して家を出た私だけど、父とはけっこう会っている。昼に城の従業員用食堂でよく会うし、史料を借りにしょっちゅう図書館に行くからだ。

 今日、父は非番で家にいる。図書館のすぐ隣に従業員用宿舎ができて、そこに引っ越したの。

 図書館にある貴重な本や資料を守るため、警備員をすぐ近くに住まわせようということで宿舎ができた。もちろんそれはそうだろうけど、本当のところは……。

「ナキ君、ありがとう。わざわざ職場近くに父さんが住めるよう、ルキフグス様にかけあってくれたんでしょ?」

「そりゃあ足の悪いセンセーに負担かけらんねーって。兄貴としても防犯面でそれはいいって、渡りに船だったしさ。元々24時間警備員配置する予定で、そーすっと住居どうしようかって話にだったんだよ」

「だとしても、父さんが住みやすいようバリアフリー設計にしてくれたでしょ。家事全般やってくれる寮母さんまで住み込みで」

「軍部の宿舎だっているじゃん。同じだよ」

 掃除や洗濯までやってもらってるのは父さんだけよ。

「ナキ君て面倒見よくて有能で、私にはもったいないくらいのダンナ様よね……」

「オレにとっちゃローレルのほうがもったいないお嫁さんだけど?」

 真顔でしれっと。

 は、恥ずかしいっ。

「頭良くて美人で優しくて。どこの馬の骨とも知れねーこ汚いガキにも初対面から優しくしてくれてさ」

「そ、そんなたいしたことはしてないよ」

「オレは生まれたとこが暗黒街だろ。だましあい殺し合ってでも自分だけが生き残る、そんな殺伐としたとこだったよ。もちろん人から優しくしてもらったことなんかなかった。だからさ、初めてローレル見た時、すげえキレイなお嬢様だと思った」

 お、お嬢様?!  それは言いすぎじゃ。

 懐かしそうに目を細めるナキ君。今の私の姿は当時に近い。

「わ、私はお嬢様なんかじゃないわよ。それはリリス様とか……。……リリス様ってお嬢様かなあ……? 王女様なのは確かなんだけど、ていうよりなんていうんだろ……そういう次元を超えてて……」

 上手い表現が見つからない。

「うん、リリスは姫様とか王女様とか超えた何かだな。もうリリスはリリスとしか言いようがねえ」

「よね」

 今だって女王陛下だけど、権力ブン投げて「服作り楽しーい♪ヒャッハー燃えてきたああああああ!」ってミシン動かしてる女王は女王と言うのか。

「ともかくさ、オレにしてみりゃローレルはそん時からあこがれのお嬢様なワケ」

「……家事能力皆無で勉強しか取り柄ない、役立たずのダサ女をそんなふうに言ってくれるのはナキ君だけだよ」

「ちょい待ち。それあのクズ男に言われたことあんの?」

 ええと、亡命中の元カレのこと?

「まぁ、うん。そんなとこ」

 とたんにナキ君の背後にドス黒い暗雲がたちこめた。

 ひっ!?

 表情はいつも通りなのに、目がカケラも笑ってない。ていうかどう見てもメチャクチャ怒ってる。

「へえ……。あンの野郎、もっとハードコースにしてもいいなァ」

「なななナキ君?」

「おやおや、どうした?」

 凶オーラに気付いた父が杖をつきながら出てきたおかげでこの話は打ち切りになった。

「ふむ。サタナキア君、なにかあの最低外道野郎関係かい?」

「さっすが察しいいな、センセー。昔ローレルにひでぇこと言って傷つけ、自信失わせたっぽいの、新たに判明したよ」

 父の後ろにも暗雲。

「ほほう」

 ちょ、ちょっとおおおおお?

「つーわけで速やかによりハードコースに変更しようと思うんだけど、どうよ?」

「もちろん。私もアイデア出そうかねえ、フッフッフ」

 二人で悪だくみっぽい雰囲気。

 慌ててナキ君の袖を引いた。

「二人とも何の話? ああ、復讐とか考えてるならいいのよ。あの男のことなんかどうでもいいもの。ていうかそもそも行方不明なのにどうやって復讐できるの?」

 黒いオーラが瞬時に消えた。

「あー、そうだったそうだった」

「忘れてたよ、ははは。私も年だねえ。あれ? ところでローレル、背が縮んでないかい?」

「あ、うん、リリス様が。ナキ君の幼児化魔法が切れた時に入れ替わりで私が小さくなるよう設定してたみたい。明日には解けるって」

「はは、リリス様のいたずらかい。あの方はおもしろいねえ。それに兄弟思いだ。よく分かっている、というか」

「だよな、うんうん」

 なぜか私を眺めてうなずくナキ君。

 ?

 きょとんと首を傾げたら、拳握って震えてた。

 大丈夫?

「うーん。鈍い娘ですまないねえ」

「いやいや、これがイイんだって。さ、ローレル、立ち話もなんだし」

 父さんの部屋へ入り、まずは相談もとい用事を片付ける。ナキ君はその間掃除してた。

「ありがと、父さん。よぅし、これで各地の発掘計画と博物館企画書はOK」

「発掘の指揮に各地を転々とする予定と聞いていたが、変更したんだね」

「父さんの紹介のおかげで何人も優秀な考古学者が来てくれることになったもの。リリス様やルキフグス様が大学に資金を惜しまず投入してくださってるおかげでたくさんの研究者が育ってるし、彼らになるべく活躍の場をあげたいと思って。私はどうしてもやりたい1,2か所だけやらせてもらって、後は首都で国立博物館増設をするつもり」

「まだ先の話だけど、将来子供を産んで育てるなら医療技術の整ってるとこがいいよなって考えたんだ。弟の嫁さん二人とも色々大変だったじゃん。あれ見てさ」

「うむ、大事なことだ。いざという時すぐ医者にかかれるというのはね」

 父さんが母さんのことを思い出してるのが分かった。

「それにローレルもオレもセンセーが心配なんだよ。いくら家事スタッフ入れてるっつっても、汚部屋になってないかなーとか、ちゃんと食ってんのかなって」

 そっち? まぁ確かに。

「ははは、すまんねえ」

「父さん、ほんとにごはんはちゃんと食べてね」

「その通り。てワケで出前だよん」

 ナキ君は持ってきた保温バッグから夕飯を出した。テキパキ並べる。

「こっちがパン、スープ、メイン料理にデザートな」

「いつもすまないねぇ」

「ふふ、ほんとに昔と同じ」

 食堂から毎日ごはん届けてくれてたナキ君。

 いつしかそのまま三人で食べるのが当たり前になって。

 私たちはあのころから家族だった。

 うれしさと懐かしさに涙が出そう。

「どした、ローレル」

「ううん、なんでもない。食べよ」

 三人そろって手を合わせた。昔みたいに。

「いただきます」


   ★


~七番・ちびっこ元姫様はやっぱ天然~


「はいっ! ルキ、どれでもほしいのあったらあげる!」

 テーブルの上に積んだ大量のアルバムを指して言った。

 ルキはわけがわからないといったふうに、

「……え? なんだそれ」

「お母様が作ってた家族のアルバムよ。織ちゃんに送ってもらったの。リリスちゃんがあげてたのは王室公式のでしょ? いかにもなのしかないもの。これならプライベートのもあるわ」

「…………。……いやいやいや、それをあげるっておかしくないか」

「? どうして? 時々公報とかで昔の写真載せるのにも使ってたわよ。とある式典に出席した際の記事、以前出席したのは五年前でその時はこんなだった……とか」

 私の写真を人に渡すなんてしょっちゅうよ。

 そう説明したらルキは頭を抱えた。

「……感覚が……」

「え、え? リリスちゃんとかもそうじゃないの?」

「ウチは独裁に恐怖政治だったんだぞ。そんな公報もなければ新聞社だってない。情報なんて隠すものって感覚だ。国が出してた文書っつったら、増税命令か死刑執行命令か理不尽な命令だな」

「あっ、そういうのって平和だからできること? ……ごめんなさい、感覚ズレてる自覚なかったわ」

 金銭感覚とかかなりズレてたんだから気をつけなきゃいけないって分かってたはずなのに。

「別に謝ることはないが」

「えと、片づけるわね」

「片づけなくていい。それはそれとして見せてくれ」

 サッと手を差し出されたから一番古いのを渡した。

「……かわいいな」

 赤ちゃんの頃はだれでもかわいいと分かっててもうれしい。

「このあたりのは覚えてるわ。初めてお庭に連れ出してもらった時のでね―――」

 昔のことを話してると、ドアにノックの音。

 ルキが立ち上がって開けに行った。

「どうした、ナキア」

 あら、サタナキア様?

「んー、たぶんそろそろ兄貴困ってんじゃないかと思って。追加で渡した箱も中身もうコナゴナだろ?」

「察しのいい弟で助かるよ……」

 ?

 メモを渡すサタナキア様。

「これ、知り合いの産廃業者の集積所の地図。一応スマホにもURL送っといたから見て。そこのならいくらでもやっていーぜ」

「……おう」

「粒状にまでコナゴナにしてくれんなら分別してリサイクルしやすいって喜ばれたよ。これで安心だな!」

「……簡単に言うな。とっさにピンポイントで飛ばせと?」

「兄貴ならできんだろ?」

 当然とばかりに首ひねってる。

「オレじゃームリだけどさあ」

「まぁできるだろうが……。そういえばお前は俺みたいにならないな」

「魔力量が兄貴より少ないってのと、ストレス発散はこまめにしてるからじゃん? 例の二人で」

「キラキラして親指立てるな。危ないやつめ」

「兄貴もやりゃいーのに。くそオヤ……片方ならいくらでも好きなだけ。兄貴にも権利あるぜ」

「やらん」

「もう片方はオレの獲物だからダメ~。オレとセンセーだけがやんの」

 ……なんだか背後にものすごく黒いものが見えるわ。

「笑顔が病んでるぞ。自覚あるだけマシだが気をつけろよ。俺はこっちを遣わせてもらう。ありがとな」

「まー、無理すんな」

 ヒラヒラ手を振って行っちゃった。

「何の話だったの?」

「……ええと、輝夜ならストレス発散はどうやる?」

「我慢するわ」

 さらっと。

「俺もそうだからよく分かるが、それは駄目だ」

「え? でもずっとそうしてきたもの」

 『みんなの理想の姫様』はいつもニコニコしてなきゃいけないの。

 辛くても苦しくても我慢して。だれかにこぼすことすら駄目。飲みこんで、考えないようにしなければ。

 『姫』の仮面を貼りつけ、『私』を殺せばいいだけ……。

 ふわ、と両肩に大きな手が置かれた。

「もう我慢しなくていいんだ。嫌だったら嫌とはっきり言っていい」

「…………うん……」

 ああ、そうよ。

 私はもう『姫』じゃない。

 ぎゅっとダンナさまに抱きついた。

「輝夜?」

「今ならこうするわ。ルキがいると安心する。嫌なことも辛いことも消えてくれる気がするの」

「……そうか」

 うれしそうに、どこか恥ずかしそうに聞こえた。

「そうだ。ルキも同じようにすればストレス発散できるんじゃない?!」

 ナイスアイデア!

 と思ったのに、ルキはものすごい顔で固まってた。

「どうしたの? どうぞ」

 両腕広げて待ちの姿勢示すと、さらに困惑が深まってた。

「え……ええ? いや、いいの……か? ん? ……あー……。……じゃあ、失礼します……」

 なんで敬語。

 ちゃんと背中に腕は回してくれたけど、微妙に距離が。

 ちょっと不満。むう。

 私はルキの膝に乗っかると前を向き、次のアルバムを取った。

「え!? ちょ、続行?!」

「そうだけど?」

「待て待て待て、この体勢」

「え? スミレさんとフルーレティ様がいつもやってるから、これがこちらでは普通なんじゃないの?」

 みんな何も言わないし。

「…………」

「リリスちゃんもやればきっと喜んでくれるって勧めてくれたわよ」

「…………。妹よ……」

「さすがに私も恥ずかしかったけど、リリスちゃんに背中押されたし、人前じゃなければ大丈夫!」

 ぐっと力強くうなずくと、ルキは片手で顔覆った。

「どうかしたの?」

「なんでもない」

「そう? アルバムは織ちゃんの写真探してベルゼビュート王子にあげようかなっていうのもあって取り寄せたの」

 織ちゃんのは公式写真もあんまりないから。

「ああ、なるほど。小さい頃のは一緒に写っててけっこうあるな」

「うん、でもこのあたりは公式のもそこそこあるの。できれば十歳くらい以降のがあるといいんだけど……」

 パラパラめくる。

 あった!と思っても、はるか後方にダッシュで消えようとしてる残像だったり。フレームアウトして足だけとか。ブレてまともなのがない。

「……まともに写ってるのが一枚もないわ。あ、あった! 十二、三くらいかしら? 釣り大会って書いてあるわね。漁船に乗って漁師スタイルで網引いてる。かかってるのクラーケンに見えるわ……。しかも一人で釣り上げてる……」

「ツッコミどころが多すぎだろ」

 ねじりハチマキが似合いすぎ。

「よっぽど写真嫌いだったんだな」

「というか、撮るとなると王族としてふさわしい格好とポーズしなきゃならないでしょ? それが嫌だったみたい。織ちゃんて自分の外見に無頓着で、堅苦しいカッコはめんどいって言ってた。まぁねえ、『王族らしい』スタイルの着替えにメイクって長時間かかるものねえ……分かるわ」

 私も正直嫌だった。しかも衣装重いし。

 今はすごく軽くて動きやすい。

「映像記録ならあるんじゃないか?」

「それがないのよ。今なら簡単にスマホで動画撮影できても、当時はないでしょう? 確実にきっちり撮影して残ってるのは公務に関するものだけど、織ちゃんはそもそも公務に出てないから」

「ああ……」

 うーん、どうしようかしら。

「研究員時代の同僚に頼んでみるとか……なさそうねえ。みんな自分の研究に没頭するタイプで、お互いの写真なんか撮らないもの。もしあったとしても新種開発記念とかであって、メインはその植物でしょうし」

 髪ボサボサどころかすごい状況で、白衣もこれのどこが白衣?ってくらい謎の染料で染まり、みんな何日徹夜したのかという顔でしょうね。

 いくらなんでも妹のダンナさまには見せられないわ。

「今彼女も小さくなってるんだ。ベルゼビュート王子も今頃撮ってるんじゃないか。それでいいと思うぞ」

「そうね。ベルゼビュート王子の昔の写真はお姉さんたちが織ちゃんにいっぱいプレゼントしてくれたらしいわ。で、ベルゼビュート王子が悲鳴あげてたとか」

「あそこの三人の姉は強いらしいからな」

 ……ルキの昔の写真は。

 分かってるから聞かなかった。

 あればよかったなぁ。

 家庭環境を考えれば、あるわけないものね。ご家族に子供の頃の話とか聞いてみたかった。

 でも聞いたら悲惨なことばかりよね。ルキだって思い出したくないはず。

 ちょっとしょんぼりしてると、咳払いしたルキが封筒を差し出してきた。

「なぁに?」

「……俺の幼少時の記録だ。見たいんだろ?」

「え!? ないんじゃ」 

「俺は認知されてなくても王の庶子で長子だ。しかも居場所を把握されてた。つまりずっと監視されてたってことさ」

 ……あ。

 うれしさからスッと冷静になる。

「監視記録なら残ってるだろうと思ったら、案の定。まぁ俺は監視されてるのを知ってて大人しくしてたんで、特に報告することもないペラペラの報告書だけどな。薄いだろ」

 中身は定期的に上げてたと思われる報告書。どれも一枚で、隠し撮りした写真が貼ってある。

「か……っかわいいかっこいい!」

 下がったテンションがまた急上昇した。

 鼻血出そうっていうのはこういうことね!?

「どっちだ。どっちも違うと思うが」

「両方よ! やーん、赤ちゃんの頃からあるー!」

 かぁわいい~っ。

「……はっ! 幼児化の魔法さらに進めてこれくらいまで戻せば赤ちゃんルキを抱っこできるしミルクもあげられるしお世話」

「それだけはやめてくれ」

 本気の拒否ね。

「えーっ、抱っこしたい!」

「昨日から今日の午前、さんざんやったろ」

 そうだけど。

「残念。……15、6くらいからはほとんど変わってないのね」

 報告書の内容は大体同じ。勉学にしか興味がなく大人しい、反抗心なし、特筆する才能も危険行動も見られない、といった文章が並ぶ。

 大人になって役人になった後は出勤して淡々と仕事をこなし、まっすぐ帰宅。休憩時間も本を読んでいるだけで、周囲と関わることもない。……と無味乾燥なルーティーンが書かれている。

 当時の担当者の書き込みによれば、王は早々にルキを無害で無価値とみなし、放置することにしたらしい。ただ周囲が担ぎ出す可能性はあるから、引き続き周りに網は張っておいた。

 ルキが肩をすくめた。

「バカバカしい記録だろ?」

「というより、ここまでだませるのがすごいわよ。演技上手いのね」

「演技……? 言われてみればそうか。へえ、俺とナキアの意外な共通点だな」

「ねえ、これもらっていい?」

 好きな人の過去を知れる貴重な資料だもの。ほしい。

「元々あげるつもりで持ってきたコピーだ。かまわない」

「ありがとうっ」

 大事にとっておいて、時々見ようっと。うきうき。

 大切にしまってテーブルに置き、ルキを見上げた。

「どんなに辛かったか、私には想像することしかできないけど、こうやって生き延びてくれてありがとう。あなたが今ここにこうしていることが本当にうれしいの。これまでが少なくたって、これからたくさん思い出作っていこうね」

 昔の写真がほとんどなくたっていい。これからいっぱい撮って、幸せな思い出を増やしていけばいいんだもの。

「―――」

 ルキは虚を突かれたように目を見開いた後、ふっと表情を和ませた。

「ああ、そうだな」

「それじゃあ早速撮影スタジオ押さえなきゃ! ローレルさんが色々あるって言ってたわ。リリスちゃんも衣装貸してくれるって」

「………………ん? ……なんでそうなる?」

「色んなカッコしたとこ撮りたいんじゃない! せっかくリリスちゃんがいっぱい作ってくれてるのにもったいない。せっかくだから普段着ないようなジャンルもいいわね。リリスちゃんとローレルさんがダンナさまの撮影したの、見本として見せてくれて」

「ちょっと待て。俺はやらな」

「だめ?」

 おねがいポーズ。

 ルキは眼鏡押さえて小刻みに震えた。

「ぐっ……わか、分かった……。ただその、それなら輝夜のほうもと思わなくもな」

「私も? うん、いいわよ。どれ着てどこでどういうポーズ撮ればいいの?」

「あっさりOK?!」

「え、だってしょっちゅうやってもの。決められた服装で指定された場所もとい公務行って、期待されてる絵で撮影。いつものことよ?」

 それが姫の仕事の一つと言ってもいい。

「……あ、ああ……。それはよかった……? ええと、じゃあ早速明日スタジオ押さえたから仕事終わったら行こう」

「うんっ」

 リリスちゃんから大量にもらった衣装がやっと日の目を見られるのねっ。

 楽しみだわ~。

 私はうきうきしてルキにもたれかかってたから、ダンナさまが複雑な表情してるのには気づかなかった。

 

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