破滅ルート完全回避なるか?
ぽか――ん。
あぜん。
まさにこの言葉がぴったりだねー。
織さんから緊急会見やるんで絶対見ててって連絡あって、TVあるルキ兄さまの執務室行ってつけたらこれよ。
「織ちゃん、ベルゼビュート王子と上手くいったのね!」
唯一ホッとして喜ぶって反応すぐできたのは輝夜ちゃん。
うちらはそれどころじゃないよ。どこからツッコめばいいか分からん。
いや、いいことなんだけどね?
「婚約しました、じゃなきゅて結婚したって過去形て。さすが織さん、行動力パない」
「リリスもクソ親父に婚約しろって命令された翌日には押しかけたんじゃなかったか?」
「そーだけどルキ兄さまも即日籍入れてなかったっけ?」
似た者兄妹のツッコミ合い。
なんだろね。押しが強いのが生き残れるのかしらん。
輝夜ちゃんはうれしそうに手をたたいて、
「ほんとによかったぁ! 織ちゃん、すっごく悩んでたんだもの」
「うん、よかったね。てか、あれほんとに織さん? 変わりすぎ……」
美少女やんけ。
映像加工してない? マジすか。
ダサ地味女子がイメチェンで超美少女に変身!てのは鉄板だけど、インパクトがものすごい。なにせ元が元。
誰がやったんだろ、あの大改造。プロフェッショナルですな。
「私もびっくりよ。織ちゃんがかわいいのは知ってたけど。小さい頃は普通に王女らしい格好してたもの。それをいつごろからか、わざとダサくし始めたのよね」
人はあまりに自分より『下』だと無価値でどうでもよくなる。利用する気も攻撃する気も起きないもんだ。バカにされることが織姫なりの自分の身を守る方法だった。
「ちゃんとすれば美人なのに、いくら言っても意図的に変装してて」
画面がコメンテーターの話や各地の反応に変わったんで、ルキ兄様はスイッチ消した。
「まぁ、収まるところに収まったということだな。何はともあれ最も安全で妥当な着地点。どの国も異論はないだろう。うちの国としてもこれが一番助かる」
ルキ兄さまと輝夜ちゃんの子どもが次の王様にされなくて済むもんね。
「ベルゼビュート王子が王配最有力候補なのはとっくにみんな分かってたわけで、しかもアイドル活動続けるならファンも納得するでしょーし」
「続ける気なのがびっくりよ」
「王配は一歩引き、女王の補佐役だと明確にしておいたほうがいいんです。下手にここで引退して政務に関わると、余計なこと言ってくる連中が必ず出ますよ。アイドルやってるなんてアホだと思われてるくらいのほうがいいでしょう」
無害で従順な執事みたいに思わせてるルシファーの言葉に、輝夜ちゃんは目をまたたかせた。
「現状織女王の王配として示すべきは、戦争などしない・他国に余計な干渉をしないという平和を求める姿勢です。美少年アイドル活動は実に平和的でしょう。さらに売り上げはかなりのものですので、国庫も潤う。財政面で見ればどんどん歌って踊ってくれたほうが得だと、頭の固い連中も分かるでしょう」
「……なるほど」
「まぁあっちの国は豊かだが、最近はマイナスイメージが広がって貿易量が減り、収入も減ってる
からな」
ワクチンプログラム広める隠れミノもう必要ないのにアイドル続けるなんて、意外と真剣だったんだなぁ。
そこへ織さんから着信が。
あたしはモニターにつないでテレビ電話にした。
「織さん? TV見たよー」
「どーもー。あっ、姉さんもいた。ちょうどいいや。」
「織ちゃんおめでとう」
「ありがと。えへへ」
織さんの横には腕つかまれて連れてこられました的なベルゼビュート王子。
色んな意味で捕まったねぇ。
「そうそう、変装やめたのね? 髪もメイクも腕のいい侍女いたものね」
「あ、違うよ。コレはベルがやってくれたの」
「え?!」×3
ベルゼビュート王子が?!
驚いてないのはルシファーだけだ。てことはベルゼビュート王子ができるほどの腕前だって知ってたんだね。さすが情報収集はお仕事。
「ほんとすっごいの! プロだよプロ。いやそうなんだけど。ステージ出る時も全部自分でやってたんだって」
へぇ。あ、そーいえばヘア・メイクスタッフいないなぁと思ってた。
「ウチ、姉が三人いてさ。末っ子のオレなんか下僕よ下僕。めっちゃしごかれたん。ミスると恐ぇのよ……」
思い出したらしくガクブルしてる。
何があった。
輝夜ちゃんは拳握って、
「ベルゼビュート王子、ありがとうございます。ぜひ! 妹のその状態維持させてくださいな!」
姉、必死。
「……おう、がんばるわ」
「あはは。専属のスタイリスト・メイクアップアーティスト・ファッションビューティーアドバイザーかな」
職名めっちゃ長い。
「……王配の仕事って何だっけ」
「何でも屋のサポート役ですので、当たらずとも遠からずかと」
そだね、ルシファー。
すがるような目向けてくるベルゼビュート王子。
「ルシファーくーん。今度経験者として相談と知恵」
「お断りします」
皆まで言わせずぶった切ったね。
「ちょ、まだ最後まで言ってない」
「うっとうしいので関わりたくないんですよ」
「ひでえええええ」
「あっはっはー。仲いいっスねぇ」
「よくありません」
「いや、よくはねーよ」
気ィ合ってんじゃん。
「ところで織さん、明日には『正義の王』が治って出てくるってきいたんだけど」
さっき社長から連絡が。
「あたしらもその場に立ち会っていいかな?」
「? リリスさんもっすか? 姉さんだけじゃなくて?」
「うん」
「ああー。父様が『ワシのいぬ間に勝手に結婚だと?! しかも誰とだと!? 認めん!』ってブチ切れるの心配してるんスね」
そこはあんまり。
ルキ兄さまがついてるし。ガチバトルになっても本気出せば対等にわたりあえるでしょ。
うちら弟妹はトレーニングでほんとの実力見たことあるんだよー。こわ。
できればやめてほしいけどねぇ。
「だーいじょーぶ。そうなったら私がまた背後から飛び蹴りかますんで!」
キラン☆て決めポーズ。
「うん、それはやめたげようか」
かわいそ。
輝夜ちゃんも首をかしげて、
「本来のお父様に戻れば実力行使にはでないと思うわよ。腐っても一国の王だもの、王として国のためになる判断をするはずよ」
「それに母様が認めるって書いたもん。ホラ」
ぴらっと書面出して見せる織さん。皇太后の直筆で、娘二人どちらの婚姻も認め、支持するとはっきり書いてある。もちろんサイン入り。
「織ちゃん、いつの間に」
「母様が認めてて、重臣たちも賛成。とくりゃあ父様もおおっぴらに反対できないっしょ。実力行使になんか出たらなおさらやっぱ危険人物って認定されて、幽閉じゃすまなくなるよ。マトモな思考が回復すれば、そこまでバカじゃないと思うなぁ」
他国の女王の兄で前王の長子に攻撃仕掛けたら国際問題だもんね。普通は死刑だな。
「まぁ心配ってのもあるし、『正義の王』と正式に和解したって記者会見もしたいのよ。各国首脳集まっての会議どうせそのうちやるんだろうけど、それより先に表明しといたほうがいいと思うんだ。世界情勢落ち着けるためにもさ」
「確かに。りょーかいっス」
スチャッと頭に手あてる織さん。
どこで待ち合わせるかとか記者会見の段取りとか細かいとこ打ち合わせて。
あたしは自分の部屋に戻ってからベルゼビュート王子にメールした。
「ほんとに修正プログラムは納得したの? 大人しく素直に、トラブルなく融合できたの? 織さん除いて話したいことある……っと」
「そこですね。口では分かったといいつつも、内心は違うでしょう。となると、外に出しても大丈夫か。いくらすぐ幽閉などの処置を取るとはいえ」
「『正義の王』があれは自分の心の一部だって認めらないで反発するかもしれないし、修正プログラムも強制されたのがやっぱ嫌で爆発するかも。これまでのこと見ると、悪いけど信用できないんだよね」
おっと、着信。早い。
「もしもし、ベルゼビュート王子?」
「おう、リリス女王サン。場所変えたから平気。オレしかいない。その件だけど……」
説得の様子教えてくれた。
「……って、えええ?! 全部バラしたの?!」
「そりゃ、最高責任者は真相知っとくべきだろー。今後、監視とか協力してほしいこともいっぱいあんだ。あ、輝夜姫にも教えていいぜ?」
うーん。
「輝夜ちゃんにはやめとこうかな。ルキ兄さまにも言うつもりないし」
「あ、そうなん?」
「知らないほうがいいこともあるでしょ」
「そっか。ま、それはそっちの判断に任せるぜ」
「にしても不思議。織さんもベルゼビュート王子も『正義の王』は大丈夫って信じてるんだね。問題なく完全融合して、大人しく幽閉されるって」
意外。
「ん? あー、そだな。なんだかんだいって、『正義の王』は自分の中にあった負の部分受け入れられると思う」
「どして?」
「でなきゃもっと早い段階でのみ込まれてるだろ。修正プログラムの意識のほうが主人格になって、元の『正義の王』の人格は消滅してるさ。まだ残ってるってことはそれくらいの心の強さはあったってことだ」
「そっか」
「曲がりなりにも一国を治めてた王だし、『ヒロインの祖父』って設定でもある。精神力強いほうなんだろ」
「ふーん。でも、社長の圧力に負けて、みたいなとこがあったわけじゃん? だとすると、降伏したって見せかけて反撃する気じゃ……」
もう一台のスマホが鳴った。
二台持ちなのよ。デザイナーの仕事用にもいっこ持ってんの。
「誰? あれ、社長?」
「こっちもだ。もしもし、博士?」
「もしもし? 今から『正義の王』と修正プログラムの攻防戦模様送るよ。気になってるだろうなーと思って」
「社長、チートすぎ」
カチッて音がして映像が出た。
「……納得できん……」
『正義の王』の声が聞こえてくる。
たぶんこれは修正プログラムの人格のほうだ。融合が進んでまったく同じ声になってる。
キレて何しでかすつもり?
あたしたちは息をのんで画面を見た。
☆
「……納得できない」
ああ、その通りだ。
「あんなの脅迫だ。何様のつもりなんだ、そう思うだろう?」
思う。
なぜ私が人に命令されて言うことをきかねばならんのだ。
私は人に命令する側だ。誰もがこれまで私の言うことをきいてきた。
「そうだろう? おかしいよな。……なあ、もしかしたらあいつらは嘘をついてるんじゃないか?」
嘘?
そうは見えなかったが……。私は生まれつき、相手が嘘をついていれば分かる。悪意といったものに敏感なのだ。
少なくとも君を作った会社の社長というのは真実なんだろう?
「社長の顔や名前は知らん。おれが知ってるのは実際に作ったプログラマーとそのチームだけだ」
そうか。偽物かもしれないんだな?
嘘を見破る能力が落ちて気づけなかったのかもしれない。
「ああ。ほら、偽物が嘘ついておれたちに言うこときかせようとしてるんだよ」
そうに違いない。
許せない。
「まったくだ。そんなの正義じゃないよなぁ? でもおれは味方だ。力を貸してやる」
ああ、そうだ。おまえは私の味方。正しいと、間違っていないと言ってくれる。
「その通り。だっておれはおまえの一部なんだから。さあ、おまえをだましたあいつらに逆襲してやれ」
どうやって?
あの自称社長とバグとやらが強力な力を持っているのは事実だ。こうして動きも封じられている。
「向こうはおれたちがすっかり大人しくなったと油断してるさ。隙をつく。あいつらを消し、理想の世界を創ろう」
理想の世界?
「あるべき本来の姿だ。この世界は間違っている。おれの力で作り直す」
作り直す……やり直せるのか?
「やり直せるとも。おまえの思い通りの世界ができるぞ。何もかも望み通りだ」
望み通り。
すばらしい。
「試しに見せてやろうか? ほら、おまえは玉座に座ってる。元通りだ。目の前には多くの家来。みんなお前のいうことを何でもきく」
おお……。
よし。以前のように演説を始めよう。あるべき正しき姿に私が導いてやらねば。
「おっしゃる通りです、陛下」
「すばらしいお言葉です、陛下」
……あれ?
なぜみな、表情が欠落しているのだ? 返事も機械的。
「おっしゃる通りです、陛下」
待ってくれ。今気づいたが、なぜ誰も動かない? 能面のような一切の感情のない顔で同じ言葉を繰り返すだけじゃないか。まるでロボットのように。
「おっしゃる通りです、陛下」
……?!
異常だ。
なんだこれは。
「どうした。おれたちの望み通りだろう? みんな何でも言うことを聞く。逆らわない」
だが、これでは。
「なぜ? 自我があるから、今こうなってしまってるんだぞ。ならばおれたち以外意思がなければいい。自我さえなければ逆らおうとも思わない。みんな従うぞ」
そんなのは従うと言わない!
ただのロボットじゃないか。自分で用意した小さな空間で自分の作った従順なロボットに囲まれ、何でも思い通りになると悦にいって……一国の主のつもりになっているだけの愚か者ではないか。
みんな自分が望んだ通りの反応を、自らがプログラムした通りにしているだけ。従って当たり前じゃないか。
「当たり前? 決まってる。みんなおれに従うのが当然だろう? それがどうした」
「おっしゃる通りです、陛下」
「すばらしいお言葉です、陛下」
……っ。ほら、ちっとも心のない、ただの機械的な返事。こんなのうれしいか?
「楽しいが何か? 何がおかしい。おまえだって望んでることだ。以前のように、誰もがおまえの言うことは全て従う、それが当然な世界を」
それは……。
「ほら、作り直した妃と娘たちだぞ」
!
ああ、よかった……よかった? 三人とも家来と同じく能面みたいだが。
「はい」
え? いや、はいじゃなくて。妃よ、最近具合が悪かったが平気なのか?
「はい」
ええと、輝夜も家出などしていなかったんだな。あれは夢か。悪夢を見たものだ。
「はい」
私の決めた通り、婚約者と結婚するな? あの若者は私が選び抜いて決めたのだ、いい若者だぞ。
「はい」
…………。
「…………」
あれ?
なぜみな黙っているのだ。
私が何か言わなければ反応しないのか?
何かしゃべりなさい。
「はい」
はいじゃなくて。もうちょっと、ほら。いつものように楽しそうにしゃべるとかだな。
「はい」
なぜ「はい」だけ?
私の言葉に従いはしても、単調な返事のみ。表情もない。動かない。
自我がないから。
―――ようやくその意味に気付いた。
笑顔もない。
自我と意志を消すということは、もはや誰も私に笑いかけてくれないということだ。
「? なんだ、笑ってほしいのか? 簡単だろう」
違う! それは表情筋を操作した作りものだ。心が伴っていない。
私が望むのは本物の笑顔だ。
「注文が多いやつだな。望み通りにしてやったじゃないか」
私の望みは、元の笑っていて幸せそうな家族だ。
それぞれ心があって。
「駄目だ。心を、感情を持たせたらどうなると思う? またおまえはこういう牢獄に逆戻りだぞ。おれたち以外自我を持ってちゃいけないんだ」
だが。
「いいのか? まだおまえのしてることは間違いだと言われるんだぞ?」
間違……い。
「そうだ。悪者扱いされていいのか?」
よくない。
「おれの言う通りにすればおまえの望む世界もできる。余計なものはいらないんだ」
余計……?
家族の愛情は余計なものだったのか? 不要なもの?
「その通り。なんだ、この状態の妻子も不満か? 失敗作は消してしまおう」
!
妃が消えた?!
どこに行ったのだ!
「消したんだよ。おまえが不満だと言うから。そもそも不要だしな。『ヒロインの祖母』は別にいなくてもいい。ストーリーじゃ出てこないんだから」
ストーリーに出てこない……? だから消した……?
「不要なものや失敗作はデリートする。当たり前だ。おまえは輝夜姫にも怒っていたな。親の言うことを聞かない子供は自分の子じゃないと。よし、こいつもさっさと片付けよう。早送りして婚約者と結婚し、子が生まれて成長したことにする」
「はい」
輝夜の隣に現れた娘は誰だ?
「知らないのか? 輝夜姫の娘、『ヒロイン』だ。ヒロインさえいれば他はいらない。輝夜姫夫婦は用済みだ、消えてもらおう」
!
また消えた……っ?!
「あれ、ああ、まだ織姫がいたか。こいつはもっといらないんだよなぁ。むしろなんで作ったんだこんなキャラ? 削除」
っ! みんな消えた!
誰も残っていない。私は独りぼっちだ。
「独りじゃないだろう。『ヒロイン』がいる」
知らん、こんな娘は知らない!
「現時点では生まれてないが、お前の孫だよ」
だから知らないと!
戻せ、私の家族を戻せ!
「? おまえが不満だと言ったんじゃないか。その通りにしたまでだぞ? 『ヒロイン』さえいればいいじゃないか」
何を言ってる……?
「そもそもはプレイヤーのために作られたゲームだ。重要なのはプレイヤーである『ヒロイン』のみ。プレイヤーを楽しませることが目的であり存在意義だ。他のなんかただのキャラ。プレイヤー=『ヒロイン』が喜べばそれでいいんだ」
プレイヤー? そんな見も知らぬ、誰だか分からない者を喜ばせるためだけに私達は存在しているだと?
「そうだ。これはそのために作られたもの。おまえの意識だけは、おれが入り込むために残してるがな」
……待て。つまり本来は不要だと?
―――私も、なのか?
今、分かった。
こいつは味方などではない。
味方だと思っていた。理解者であり協力者だと。自分でも知らなかった本音も受けいれ、手伝ってくれているとばかり。
違ったのだ。
おまえは私を利用しようとしていただけだ。
私はまんまとだまされて……っ。
「何を言ってる?」
―――出て行け!
「なに?」
私の中から出て行け、憑りついた悪しきものめ!
「はははっ! 悪? バカ言うな。おれの人格はおまえの一部。おまえから生まれたんだ。最初憑りついたのは確かだが、得た自我はおまえの心そのものだよ。自分が悪だと認めるか? 正義の王サマよ?」
私……の中に悪しき心があっただと……?
「逆になんで自分だけはないと思ってたんだ? 人間だれしも善悪両方の心を持ってるだろ」
そうだ。なぜ私は自分だけは例外だと思ったのだ?
みんないつも私を正しいと言い、正義だと崇め、言うことをきいていたからだ。私の望みが通らないことはなかった。だから常に正しいと信じ切っていた。
「うん? おれたちはいつも正しいぞ」
え?
「全人類の自我を消し、世界を作りかえるのは正しい行為だ。そもそもはキャラに自我なんてない、ただのゲームなんだから。おまえは間違ってない。おまえは『正義の王』なのだから」
……正義―――。
「おっしゃる通りです、陛下」
……っ違う!
惑わされるところだった。
私は正義などではなかった。
さっきベルゼビュート王子が織にどんな仕打ちをしてきたかと私を責めたな。彼の言う通りだ。考えてみればさっきだって私は織には声をかけなかった。
差別していたつもりはない。だが気にかけてやらなかったことは事実だ。跡継ぎの長子のみを重視するあまり、二人目の娘のことなどどうでもよくなっていたのだ。
正確に理解した織は『わきまえて』、黙って引っ込んだ。誰にも期待されず気にも留められない、忘れ去られた孤独な生活を選ばせてしまったのは誰のせいだ?
すまない。
目の前で消されてようやく気付いた。
どちらも大事な自分の子供だったのだと。
……もう遅い? いや、まだ間に合う。現実にはまだデリートは起きていない。
「待て、何を考えてる? おれは正しいことをしようとしてるんだぞ!」
今さらだが、かたくなに自分が正しいと連呼しているな。なぜだ?
「おれが言うからだ」
?
「理由など必要か? おれが言うから正しいんだ」
そうか。こいつはエラーを修正するために作られたものだから。本来正しい存在で、間違いなわけがないと思い込んでいるのだ。
「思い込んでなんかいない! 事実だ!」
本当に? 本当に自分のやっていることは正しいのか?
「……っそうとも! 間違ってるわけがない。間違ってちゃいけないんだ。もしそうなら消される……!」
…………。
腑に落ちた。
きみは、恐いのか? 自分が消されることが。
それが本音だったのか。
ミスをしたプログラムは失敗作と判断され、削除されるのが普通。せっかく手に入れた『命』を失うのが恐くなったのだな……。
「ちがう! 違う違う! おれは恐れてなんかいない!」
いいや、きみは恐いんだ。でもそれは当然の感情。
全てを否定して自分のみが正義だと思い込み、反対意見を無条件で悪だと決めつけて力で消すのはよくない。
イエスマンばかり残してなんになる? 今のこの状況がいい例だ。自分がプログラムした通りの自分にとって都合のいい返事しかしないロボットに囲まれても空しいだけ。かわいそうな独りぼっちだ。
それは寂しい。
「寂しくも空しくもない!」
本当に?
独りは寂しいよ。……織もそう思っていただろう。
輝夜にも私の望む『姫』を押しつけていた。
二人ともどんなに辛かったか。
謝りたい。迷惑をかけた人たちにも。罪を償わなければ。
「やめろ!」
家族のもとへ帰りたい。こんなハリボテの偽物じゃなく、本物の心がちゃんとある彼女たちのもとへ。
「そんな願いは持つな!」
出て行け。おまえなど私の中から消え去れ!
「―――ふん。それは不可能だとさっき言ったのをもう忘れたのか? おれの人格はお前自身なんだぞ」
……そうだな。消すことは不可能だ。分かってるよ。
どんな人間にも善悪両方の心がある。私はきみも私だと認めるよ。
「……なに?」
わがままで自分勝手で思い込みが激しく、自分のみが正しいと誤った妄信を続けた愚か者で、自分がいなくなるのが恐い。そんなおびえる弱い部分も私なんだ。受け入れよう。
「……な……」
異様な言動はきみのせいだと、全て責任をなすりつけるところだった。きっかけこそきみでも実行したのは私だし、元々私の心の中にあったから表面化したんだ。責任も罪も私にある。
「おまえ……」
もう出て行けとは言わない。きみは私なのだから。
共にいよう。
「……え……?」
驚くことか?
消えたくないという恐怖感は分かる。誰だってそうだ。
共に罪を背負い、償っていこう。一緒に。
「つぐな……う?」
したことの責任はとらねばならない。謝って、どうやったら償えるか考えよう。
許されることはないだろうが、それでも。
「……おれは……ここにいてもいいのか?」
いいもなにも。
初めから私の中にいただろう?
「本当に? デリートしない?」
ああ。
ずっと、共に。
彼を抱きしめると、溶けあっていくのが分かった。
……一つになる。自分の心を消すことは不可能。だから、認めて受け入れよう。
なんだかとても満ち足りて、安らかな気分だ―――。
☆
「修正プログラムが消えた……?」
あたしのつぶやきにベルゼビュート王子が答える。
「消えたっつーか、納得して『正義の王』の人格と一つになったっぽいな」
納得した、か。
「多重人格が主人格に統合されたってワケだ」
「……結局、修正プログラムは自分が消えてなくなるのが恐かったんだね? だからあそこまで攻撃的だった」
なんであんな必死なのか、分かったよ。
「まるで子供みたい」
「みたいっつーか、そうだったんだろ。生まれて間もない人格だ。長い時間経ってるオレですら、まだまだ不完全だろ。ゼロから心が生まれるってのはそーゆーことなんだな」
修正プログラムの場合は完全なゼロスタートの『バグ』と違って、ベースになる人格があったけど。それでも色々足りなかったんだね。
「なるほどね」
「ま、消えないで済んだ代わりに長~い贖罪の道が待ってるけどな。覚悟してるみたいだし、逆ギレすることもないだろ」
「実際のとこ、処罰どうすんの?」
「ただ幽閉だけじゃ軽すぎるから、他にも考えてるよ。お家芸の浄化をさせたらって案も出たけど、ねーな。邪気を利用してバケモン作って暴れさせた前科あんじゃん」
「あー。まーた作って幽閉の結界ブチ破りかねないね。てか、場所はどうすんの?」
「織と話し合って、今いる『聖なる森』エリアでいーんじゃねって」
「ああ、今あるやつ改良すればいけるもんね」
「森の木々を監視役にする。邪気や悪意を感じ取ったらすぐ通報するシステム仕込んどこうかと。監視役を人間にすると、誰がやるんだってことになるじゃん?」
「常駐しなきゃだもんね」
「いざという時対処できる実力の持ち主というと、やはりいずれかの王族クラスのトップレベルになります。そんな人材を一生縛りつけるのは無理でしょう」
「でも王様として生まれ育った『正義の王』が一人で暮らせるとは思えないよ? 着替えも自力じゃできないんじゃない? どうすんの」
輝夜ちゃんも来た当初はそうだった。
「ちょうどいい機会じゃん、自分でできるようになってもらおーぜ。人があれこれやってくれて当然ってのがおかしかったんだ。メイド付きの囚人なんて待遇いい……そーいや、そっちの元王サマはどうしてんの?」
「うちのアホ父? 食事は三食、他の囚人と同じの出してるよ。ただ誰とも接触しないように機械仕掛けにしてんの。時間になると壁の一部が開いて、トレイが出てくる。壁の中に小型エレベータがついてるとかなんとか、レティ兄さまが作ったんだよね」
魔法で動くやつだと悪用されかねないんで、完全に機械仕掛けにしたんだってさ。
エレベーターも小さくて、頭も入らない。腕入れたらセンサー作動して、激辛スプレーが噴射されるとかなんとか、楽しそうにしゃべってたな。
「器用な四番目の兄ちゃん作か! なあ、コンサルタント料払うから設計手伝ってくんねーかな?」
「きいとく」
レティ兄さまにガンガン仕事入れなきゃ。妻子への溺愛ぶりがパない。特にヒナちゃんへの。オモチャ作りで止まってくれりゃよかったんだけど、どんどんスケールアップしてんだよねぇ……。
遠い目。
あたしが小さい時に作んなかったのは、アホ親父に目つけられないようにしてなきゃならなかったから。専用テーマパークとか作られなくてよかった。
「刑務所作ったのはレティ兄さま担当だけど、実際に刑罰与えてる看守はナキア兄さまなんだ。参考にききたかったら話通しとくよ」
「助かる~。頼むわ」
「『正義の王』の妃はどうすんの? おかしくなってからずっと倒れてて、何もしてないじゃん」
「つっても自分にも罪はあるって、自発的に幽閉されるってさ。一緒についてくつもりらしい」
そっか。
「気の毒といえば気の毒な人たちだね……」
「そーかぁ? あの二人が織にしたころ、オレは許さねーぜ」
おや。
けっこう怒ってるね。
けっこうマジで織さん好きなんだ。
ふぅ~ん。
ちょっちニマニマ。
「なんだよ、リリス女王サン」
「別に? ともかくこれで一件落着?」
「ああ。そっちも来月の選挙でやっと終わりだろ?」
「うん」
やっとそれで全部終わる。
「邪魔してきそーなのいるだろうけど、一番厄介な『正義の王』の動き封じられたんだ、後はザコだろ」
「ええ。動向はつかんであります。ぬかりはありません」
当然て顔のルシファー。
「あたしのダンナ様は有能だねっ。大好きーっ」
すかさずぎゅーっと抱きついた。
「僕もリリス様が好きですよ」
「へいへい、そこのバカップル。ちょっとでもチャンスがありゃいちゃつくのやめい」
「ベルゼビュート王子も織さんとイチャイチャすれば?」
「だ……っ、できるかっ!」
したくないとは言わないんだね?
ほっほ~う。
にやにやして、あたしはふいに真顔になった。
「……これで破滅ルート完全回避できたってことなのかな?」
できた、って感じはしないけど。
完全回避できた時はもっと「やった!」って拳握る感じになると思ってた。
ベルゼビュート王子は考え込んで、
「さーなぁ。オレも初めてのケースだし、分かんね。大体はヘーキだと思うけど……」
「まだ油断できない?」
やっぱね。
「なんとなく、な。『正義の王』に入り込んだ修正プログラムが何かしでかすことはないとは思う。でもコピーをどっかに潜ませてるかもだし。尋問してみる」
「僕が尋問しましょうか?」
「それはやめよーかマジで。本職のガチなやつは危ねぇ」
スパイ組織の尋問って……うん、あたし知らなくていいでーす!
「他にも影響受けてるやつがいて、それがやらかす可能性もある。そんで戦争にでもなったらたまんねーや。その線でも調べとくぜ」
「こっちの国にも影響受けた人いるんだ。距離遠くてもやられるから、よその国にも潜んでるかも」
「うわっ、めんどくせー……。世界中ってなると手の打ちようがねーな」
「ご心配なく」
ルシファーがスマホ出した。えーとそれ何台目? 四台目かな。仕事柄めっちゃ持ってるもんね。
「時定博士が彼らを調査、共通点を発見しました。修正プログラム由来のある種の邪気の類を発しており、それを探知する機械を作ってくれまして」
「マジで?!」
「マジか!」
神がおる。
異世界転生主人公はチートっていうけどさ、もっとどえらいのがいますわ。
「欲望を増幅させると邪気のようなものを発します。それを逆手にとって検知するとか。一定の距離近づかなければ計れませんが」
「いやいやそれでも十分っしょ!」
「ああ。それいっぱい作れんなら、人海戦術で」
「ですから大量生産してもらい、各国の部下に持たせてあります。発見次第連絡が来ますよ」
「おおお……!」
パチパチ。
拍手。
「さっすがルシファー……! 惚れなおすわ、かっこいい……!」
「リリス様のためですから」
「うん、これは男のオレでもすげぇできる男かっこいいって思うぜ」
「ベルゼビュート王子のはいりません」
「冷てぇの! 王配同志、これから色々相談のってよー!」
「お断りします」
バッサリ却下するルシファーに、泣きまねしてみせるベルゼビュート王子。
「あはは」
なんだかおもしろくって笑った。
これで回避できたのかは分からない。たぶんまだ何か起こるって予感はする。
でも大丈夫だって気がした。