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バグとヒロインの叔母の決着?

 元は『バグ』だったオレ、ベルゼビュートは博士と共に『聖なる森』神殿のドアを開けた。ここを開けるのは封印して以来。

 中には入らず、蹴りこまれたまま一時停止してる『正義の王』を眺める。建物全体にバリア張ってあるんで、入るのは無理なんだわ。でも会話はできる。

 博士がBGMいったん止めた。うなずいてみせる。

 オレは大きく息を吸い、呼びかけた。

「おおい、修正プログラム。聞こえてんだろ。えーと、名前ないからとりあえず役割で呼んでんだけど、『正義の王』に憑りついてるやつな」

 ヤツは驚いて反応した。

「な……なぜ私のことを知っている?」

「そりゃ知ってるさ。だってオレは特殊なんだ。さて、ざっくり説明するぜ」

 オレは肩をそびやかした。

「まず。オレはそもそもキャラじゃなく、電脳空間上に自然発生した自律思考を持つ存在だ」

「は?」

 ものすごいハテナマークが飛んでるが、無視して続ける。

「生まれた場所がとあるゲーム内だったもんで、なんだかこのストーリーいつも悪役が気の毒じゃね?何度も蘇生されて殺されるとかどんな拷問?って考えたのが発端で、悪役を救いたかった。でもシナリオ書き換えは無理だから、そんならコピーしたのを別に作って、それを改変すりゃいいんじゃないかって」

「はあ?」

「それがここ。つまりここはコピーをもとにした全然別の世界で、アンタはいるとこ間違えてんだよ。アンタの仕事は決められたゲームの中に入ってエラー修正することだろ? 場所違う」

「はああ?」

 キャパオーバーでパンクしたっぽい。

 しゃーねぇなぁ。

 理解できるまで何度も繰り返してやった。

「……ではここは目的地ではなく、私は間違えてやって来たのに気付かず騒ぎを引き起こしていただけだと……?」

「そ。ぶっちゃけ超迷惑」

 はっきり言ってやった。

 ガク―ッて落ち込んでる。

 体は動けなくても気分つーか感情はなんとなく伝わってくる。

 修正プログラムは()()()方に直すって性質上、間違いをひどく嫌う。指示通りの行動をしないものはやつらが忌み嫌うエラーで、消されるものだからだ。

「そんな……バカな……」

「だからこっちも『正義の王』から抜けて出てってほしかったんだよ。分離させようとしてたのはそーゆーワケ」

「なぜそれならもっと早く言わなかった!」

 怒鳴られた。

 逆ギレかい。

 いるよなー、こういうやつ。

「何度も言おうとしたのに聞く耳持たなかったのはそっちじゃんか」

「なんだと?」

「自分は絶対正しいって妄信して、他の人間は意見どころか存在もガン無視してただろ」

「…………」

 修正プログラムはいぶかしげに、

「私は正常へ戻す存在。正しいに決まっているだろう? 他の人間というが、みなただのデータであって―――」

「だから違うっつーの。ゲームのキャラクターじゃなくて、命ある人間だっつってんだろ」

「……あ」

 ただの入力されたキャラクターだと思ってたから、どうでもよかったんだな。

「ともかくそーゆーことだ。これ以上トラブル起こさないでほしい。すでにアンタのせいで何人も人生狂ってんだ」

「…………」

「出てけって言いたいとこだけどムリだな。アンタはもう分離するには『正義の王』が危険なとこまで融合しちまってる」

 やった、みたいな気配が。

「オイ。やったじゃねーんだよ。アンタ自分の罪を自覚しろ。アンタがやったことは許されるモンじゃねーんだぞ」

 怒りで語気が荒くなる。

 初めてオレが怒ってるとこ見たからか、ヤツもたじろいだ。

 ん? ああ、リリス女王サンには言わなかったけど、オレけっこう怒ってんだよ。

 当たり前だろ? いきなし見知らぬ他人が言えに押し入って来て、荒し回って人を傷つけた挙句、正義の行いだと正当化してふんぞりかえってんのと同じだぜ。しかも本来の住人を殺して居座り、好き勝手に作りかえようとしてる。そう考えてみ?

 怒らないほうがおかしいだろ。

 普通、不法侵入・暴行・器物破損・傷害・略奪その他諸々で捕まるわ。

 めちゃくちゃ罪重いっつーの。

「電脳世界の中だろうが何だろうがな、ここの住人はみんな『生きて』んだよ。ざけんな」

「……すまない」

 軽い謝り方だな。

 ほんとに悪いと思ってんのか?

 余計イラっとするぜ。

「ベルゼ君」

 殺気が全開になりそうになったとこを、博士がオレの肩に手置いて止めた。

「博士」

「僕もちょっと入ろっか。代わって」

 博士が一歩前に進み出る。

「……おぬし誰だ?」

「僕は時定斗真。この世界を実際作った人間で、もとになったゲームを開発した会社の社長でもあるんだ」

「!?」

 予想外すぎる人物の登場に固まってる。

 ほんとだってのは一発で分かるさ。なにせ博士は誰が見ても次元が違う。

 特殊な方法で電脳世界に移行したからか、オレとは組成が異なるんだよな。

 それ以外にも色々チートでレべチすぎ。

「まぁ上司みたいなもんかな」

 のほほんと言う博士。

「上司っつーか最高責任者じゃんか」

「ははは。ともかく社長として言うと、僕もやめてほしいかなぁ。実際この世界の基礎を作ったのは僕だし、それをメチャクチャにされるのはちょっとねぇ」

「は……はい」

 すげぇ冷や汗かいてんな。

 自分を作った会社の社長には素直か。正確には博士はもう死んでて、今の社長は別の人だけど。

「とはいえ僕もあんまり『命令』はしたくないんだよねぇ。暴君みたいじゃない? できれば自発的にやめてくれるとうれしいなぁ」

「や、やめます」

 早。

 これ、最初っから博士がやりゃよかったんじゃね? オレいる?

「うん、ありがとう」

 にっこり笑う博士。

 あ、でも目がちっとも笑ってねぇわ。

天才って敵に回すモンじゃねぇわ。

「はい、じゃベルゼ君。君に戻すよ」

「え、オレがまたやんの? 博士が話せばいーじゃんか。そのほうが早ぇよ」

「僕は本来ここの住人じゃない。それに創造主っぽい立場の人ってあんま出張っちゃだめだよ」

 分かるけどさ。

「まぁいーや……。それで、だ。アンタこれからどうする。『正義の王』から抜けて本来の仕事しに行くか? 自分から融合解除しようとするなら『正義の王』を傷つけず分離できるかもしれねー」

「……一つききたいのだが、分離した場合私はどうなるのだ?」

「ただのプログラムに逆戻りだろーな。たぶん自我は消える」

「…………」

 あきらかな迷いが見て取れた。

「やっぱ『自分』が消えるのは惜しいか」

「当たり前だろう……っ」

 まぁ、な。気持ちは分かる。

 オレは指を一本上げた。

「んじゃ、ここで提案だ。アンタが『正義の王』と完全融合して『正義の王』として生きてく道もある」

「! いいのか?!」

 パッてうれしそうに切り替え速ぇ。

「ただし条件がある。まず『正義の王』本来の人格が承知すること」

「……それは構わない」

 本来の人格が言った。

「いいのか?」

「ああ。意見が合うというか、初めから一つだったのではないかと思うほどしっくりなじんでいる。自分でも思いもよらなかったもう一人の自分に目覚めたというかな。むしろこのままがよい」

 憑りついたのは元々波長が合うからだ。気も合うわけ。

 修正プログラムの得た人格っつーのも、『正義の王』のにあった善悪二つの心のうち悪のほうがもとになってるしな。元は自分自身なんだから、そりゃそのままでいいだろうよ。

 あと……別種の強力な力を手に入れておければ、いざって時安心ってのがあるんだろーな。外部から来た能力なら、この世界に対抗できるものがないかもしれない。超強力な武器になるってワケ。

 元のシナリオはこの国は攻め込まれ、滅亡寸前にまでなった。『正義の王』にはそういう危機感と自衛本能が強いのかも。

 けどその強力な武器は封じさせてもらうぜ。

「次に、修正プログラムとしての能力は放棄すること」

「! そんな!」

 ほーら、嫌がった。

 あきれたな。この期に及んでまだ欲出すとは。

 修正プログラムに好かれたのも当然だ。善良で正義感あふれる王様……実は人一倍欲が強く、自分のためなら他者がどうなってもよかったわけだ。

「この世界はアンタの仕事場じゃねんだっつーの。必要ない力持っててどうすんだよ? 持ってたらいつそれ使ってまたトラブル起こすか」

「約束すれば……」

「信用できねぇ。一方的にぬれぎぬ着せて侵略戦争しかけたやつの約束なんか、効果あるかよ」

「…………」

 前は『正義の王』の約束は絶対確実だったけど、今はもうそうじゃない。

「『正義の王』として生きるのに修正プログラムとしての力が必要か? 仲良くやりますっつーんなら武装蜂起しろや。いざとなったら使おーっと♪って武器隠し持って和平っつったって、説得力ねぇよ」

「……それは……」

「あ、実際には僕が手を加えて消すからね」

「…………」

 自社の社長が言うんで、しぶしぶうなずいた。

 往生際が悪いな。そこまでこの世界になかった力が魅力的か。

「次に、引退してひっこむこと。王様は織姫ちゃんに任せて一切口出しするな。戦争起こすのも他国へのちょっかいも全面禁止。これまでの責任取って蟄居しろ」

「……その点は分かる」

「ならいいな。ほんとはもっと厳罰に処したいくらいなんだぜ。甘ぇよ。アンタのしたことはそれほど重い。でもある人が仲良くやれるなら共存しようって言うし、強制削除したって被害がなかったことになるわけじゃねぇ。だからアンタには生きて罪を償い続けてもらう」

 ある人ってのが博士のことだと思ったのか、ヤツはうなだれるだけで口答えしなかった。

「それからオレや博士の正体うんぬんは秘密だからな。アンタの正体も。悪霊が憑りついておかしくなったってことにしてある。あながち間違いでもねーだろ。アンタは除霊が成功して正気に戻ったフリしろ。織姫ちゃんにも自分のしたことちゃんと謝れ。気丈にふるまってるけどけっこうショック受けてんぞ」

「……織のほうに? 輝夜ではなく?」

「輝夜姫ももちろんだけど、織姫ちゃんの傷は比べ物にならねーぞ。長年アンタらが何してきたと思ってる。みんな気にかけるのも期待するのも姉だけで自分はどうでもいい存在なんだって思い込んでんだぞ。彼女の自信のなさはアンタらが作ったんだ。そうやって誰も顧みず忘れといて、姉姫がいなくなったら代役として都合よく呼び戻しやがって。彼女を何だと思ってんだ。代用品か? しかも反抗したら捕まって洗脳されるとこだった。親として謝っても許されることか?」

「…………っ」

 人に指摘されて初めて気づいたのか、押し黙る。

 ケッ。だからこいつは嫌いなんだよ。

 俺は毒づいた。

 この国の連中も。人を何だと思ってる。

「とにかく織姫ちゃんはじめ被害者、迷惑かけた人全員に謝って罪を償え」

「……分かった。条件に同意する……」

 親の子を思う気持ちに目覚めたヤツはついにうなずいた。

 博士がにっこり笑って手をたたいた。

「よかったよかった、万事解決だね。それじゃあ僕は能力削除にとりかかろう。ちょっと大人しくしててね。抵抗したら……」

 意味ありげに言葉を切る。ヤツは泡食って否定した。

「しません! 社長のおっしゃる通りにします!」

 おー、こわ。

「うん、そうしてね。ベルゼ君、明日には終わると思うよ」

「そんな早く? すげーな博士」

 そーいやこの世界作った時も半日くらいしかかからなかったな、と思い出した。

 『正義の王』が解放されるなら、それまでに色々根回ししとかにゃ。

「作業終わったらここから出してあげるよ。もうちょっと辛抱しててね。ドア閉めるよー」

 仕事場に戻る博士の後をオレもついてった。

 さっそくコンピュータの前に陣取ると、ものすごい勢いで操作する。何枚もページを重ね、猛スピードで文字が走ってく。あ、さらに複数のパソコン同時使用し出した。

 わーあ。天才ってすげーえ。

 それしか言えねーわ。

 ある程度は作ってたみたいで、しばらくするとエンターキー押した。

「実行、と。ひとまずこれで様子見よう。さて、その間におしゃべりでもしよっか」

「博士、ヒマなん?」

 おしゃべりとかしてる場合かよ。余裕か。

「ヒマじゃないけど、ちょっとね。さっき輝夜姫から連絡があって、なんていうか。ああ、これで『正義の王』解放したら君はどうするの? もうここに滞在する必要はなくなるわけだけど」

 あ。

 全然考えてなかった。

「あー。まだまだ先だと思ってたし、片付くと思わなかったんで考えてなかったぜ。そうだな……とりま調停役としていっぺん各国代表集めて世界会議はやらねーと。直接顔合わせて平和条約調印したほうがいいだろ」

「うん。通信機越しじゃなく、直接会わないとね。その後は君は? 元のようにフラフラあちこち回る生活に戻るの?」

「そのつもりだけど。オレは国にいたってしょーがねーじゃん。他にもヤツの影響受けた人間が残ってるかもだし、探して対処しなきゃな」

「ふーん。すると織姫は独りぼっちになっちゃうねえ」

 ん?

 オレは首をかしげた。

「最終候補二人いるじゃん。どっちかを王配にすんだろ?」

「君はまだ知らなかったっけ。残念なことに二人とも不適格みたいだよ」

 博士は証拠映像のことを説明した。しかもどっから入手したのか、現物見せてくれる。

 まさかと思うけど博士自身が手まわして撮影させたんじゃ。

「はあ?! ふっざけんな、なんなんだよあいつら!」

 オレはブチ切れて壁をぶったたいた。盛大にヒビが入る。

 博士はのんびりと足を組んだ。

「ベルゼ君。建物壊れるから手加減してほしいな。まぁすぐ直せるけど」

「おっと、悪い」

 そろそろと拳を離す。

「織女王は適当な頃合いみてこのことを公表し、帰ってもらうつもりらしいよ。元のポストに戻れるかは不明。まぁまず無理だろうね」

「当たり前だ。元々そういう考えもってたのは確かなんだろ。妻である女王に対してやろうと考えたってことは、国民に対しても平気でやるだろーからな。そんな危ないやつを高い地位に置いちゃいけねえ」

 独裁政治じゃねーか。

「……っておいおい、博士。オレが王配になれば丸く収まるって言いたいのか?」

「別に?」

 博士は首を振った。

「僕は中立だよ。それは君が決めることだ。僕は何も言わない。ただね、友達の幸せを願ってるのは本当。好きな人作ってもいいんだよってことは言っておこうか」

「…………」

 困り果てたオレは返事できなかった。

 博士はオレを観察するように上から下まで眺めた。

「うん……どうやら君は好きという感情そのものが分からないらしい。君はまだまだ生まれたばかりだからねぇ。人間だった僕とは違う。感情も発展途上のようだ」

「感情?」

 何言ってんだ博士?

「元は『バグ』だった君には、自我はおろか感情もなかった。無から生まれた存在だ。『ベルゼビュート』になってだいぶ人間らしい感情ができたけど、まだ足りないんだねぇ」

「え…………」

 そうだったのか?

 自分じゃまったく気づかなかった。

 オレはまだまだ足りない?

「AIが感情を得るのが難しいのも、心というものがとても複雑だからさ。簡単には獲得できるものじゃない。つい普通に話せてるし、とっくにあるものだと思ってたけど、どうやら違ったようだね。今まで長いことかかってたわけだ」

 ???

「博士、難しくて何言ってんのか……」

「そういえばキッカちゃん、リリスの兄弟も愛情が分からないとか似たようなこと言ってたね。でも君は愛情ある家庭で育ったから、それは分かるよね?」

「え? まぁ。うちは仲いいほうじゃね」

 両親もラブラブ、兄弟間の王位争いもなし。

「家族の愛は獲得できてる。あとはそれ以外の愛情さ。それと、おそらくもう一つの心も足りないかな。それを手に入れた時、君は完全な『人間』になるだろうね」

「…………?」

 博士はおもむろに話題を変えた。

「ところで、さっき『正義の王』にずいぶん怒ってたねぇ。織姫のことで。どうして?」

「そうしてって……言った通りだよ。織姫ちゃんがひどい扱いされてたのムカついた」

 だってひどくね?

「二番目に生まれたってだけで差別してさ。悪意はなかったんだろーけど、だからって許されることと許されないことがあるんだよ。オレんとこはそんなことなかったぜ? 二人目以降の子どももみんな平等だった」

 王位争いなかったのはそのおかげだな。

「オレなんか特にいいかげんだったのに、あきれてはいてもきちんと気にかけてくれてぞ」

「そうだねぇ。いいご両親だと思うよ」

「そのせいで織姫ちゃん、ふいに悲しそうな表情することがあるんだよ。誰も見てないところでポロっと出ちまうんだな。なんで部外者のオレしか気づかねーんだ、あんな顔させるなんてって怒りがわいた」

 だろ?

「あんなことやっといて、どこが『正義』だよ」

()()()()()()()()()()()()()『正義』をプログラミングしてたからねぇ。ベースとは異なる流れになってるし、行動がさらに外れたんじゃないかな。結果、『善』側が善でなくなる皮肉が起きてる」

「そこらの難しい理屈はどーでもいいんだよ。とにかく許せねぇ」

「そうだねぇ。それって同情で?」

 同情?

「……とは違う、ような?」

 う~ん?

 首をひねる。

「なんか違う気がする」

「ふむ。もうちょっと進めてみようか。もしそういう扱い受けてるのが他の人だったら? 例えば君が母国にいた頃親しかった女性たちとかでイメージしてごらん」

「そりゃ親も周囲もひでぇって怒るよ。……でも、あれ? さっきほどカッとはしない……かな?」

 気の毒でそいつらに意見はするけど、ブチギレるほどじゃ。

 あごに手をあてて考え込む。

「なんでだろ」

「彼女らに抱いてるのは同情だからだよ。じゃあ、我を失うほどの激情を織姫に対しては抱くのはなぜかな?」

 博士は疑問を明示するだけだ。答えは決して言わない。

 それは自分で考えろ、と。

「……織姫ちゃんはいい子だよ」

 博士は目で先を促した。

「周りにそんな扱いされてもまっすぐ育ってさ。姉のためにわざわざ奇人を装ってやってるし。そんで予想外に王様になっちまったら逃げずにちゃんとやってる。明るくて元気で、いるだけでパワーもらえる子だよ」

 リリス女王さんみたいなやばいハリケーンじゃなく、ほどよい感じな。いわば太陽みたいな。

「助けてやりたくて、オレもここまで出張ったんだし」

「それならどうして王配は嫌だって断ったの?」

「そりゃ彼女の気持ち無視はダメだろー。向こうはオレのこと友達だと思ってんだぜ。状況から仕方なく我慢しようじゃあ、何のためにオレが表舞台に出てきたか分かんねーよ」

「本人にきちんと確認すればいいのに。勝手に決めてないでさ」

「きいても女王としての答えだろ。本音じゃねぇ」

「今なら言うと思うよ? 輝夜姫と色々話した後だし、たぶんちょうどタイミングがいい。でなきゃ織姫は元の孤独な一生を送るコースに逆戻りだ」

「それはダメだ!」

 焦った。

 ずっとあんな顔させろってのかよ。

「すると君以外の誰かと恋に落ちてハッピーエンドをお望みかな?」

「―――っ」

 一瞬で血が逆流した。

 ヒビ割れて脆くなってた壁が魔力にあてられて崩れ落ちる。

 その音と博士の声で我に返った。

「ベルゼ君」

 ―――……っと。

「やっべ。ごめん、博士」

「いや、いいよ。ねえ、それほど織姫のこと思ってるのにどうしてくっつかないのさ?」

「…………。だってオレは人間じゃない……」

 それまで押し込めてた本音を漏らした。

「オレはしょせんバグだ。人にはなれねぇ。だから彼女はきちんとした人間と幸せになってほしい。博士がさっき指摘したみたく、オレは心が欠けてるんだろ? やっぱ不完全なんだよ。人じゃないから」

「あれはそういう意味で言ったんじゃないんだけどね。君はすでに人間になってると思うけど? 人でないというなら僕はなんなのさ。とっくに肉体は死んで、人格だけ移植したおかしなモノだよ。僕こそ人間じゃないんじゃないかなぁ」

「元はれっきとした人間だったろ。博士はそれが移動しただけ。オレとは違う。オレは……不完全で、人にはなれないんだよ」

 オレは自嘲して口を閉じた。

 沈黙だけが場に流れた。


    ☆


 織姫ちゃんに説得成功の知らせ持ってくと、玉座の間は修羅場だった。

 ……逃げてぇ……。

 何が起きてたかって?

 簡単に言うと、最終候補者二人が懲りずに陰で本音漏らしてたとこを第三者が聞いちゃって、大変なことに~。

 その証人てのが大臣クラスだったもんだから、重臣せいぞろいしてまぁもめるわもめる。

「嘘をつくな! そんなこと言っていない!」

「私も言ってません。濡れ衣だ!」

「さては貴様の謀略だな?」

「なっ、そっちが図ったんだろう!」

「嘘ではなく、確かにこの耳で聞きましたよ!」

「その通り!」

 複数人が目撃者じゃ、ごまかせないんでね?

「ふっ……。お年で耄碌しておられるんじゃありませんかねぇ」

「何をおおおおお!?」

「今のはあまりに失礼ですぞ! 聞き捨てならん!」

「しまっ」

 オレはため息ついた。

「ほら見たことか! これがこやつらの本性ですぞ!」

 うわー……。

 ほんっと関わりたくねぇわー。

 オレは中に入らず、ドアの影に隠れて見てた。

 衛兵も同じ。逃げたそうに隠れてる。

 織女王もすっかりあきれてた。

 うんざりしてこめかみもんでたのが、ふとオレに気付いて視線が合った。

 あ、オレがいるのは秘密にしといてくれい。今バレたら巻き込まれて余計騒ぎがひどくなる。

 なにしろ王配募集は出来レースだって信じてる連中はそれなりにいるんだ。さらに確実を期すため、オレがあいつらハメたとか言いがかりつけられそ。

 やってねぇよー。オレは辞退どころかエントリーもしてねぇっつってんじゃんー。

 織女王サンは正確に読み取り、自然に視線をそらした。パンパンと手をたたく。

「はいはい、そこまで。全員静かに」

「ですが女王陛下!」

「こやつらは!」

「お黙り」

 ぴしゃりと言う。

「その二人の本音はとっくに知ってたわ。証拠映像もあるの」

 映像を再生する。どよめく一同。

 二人はザーッと血の気が引いてた。

 一人は棒立ちになり、もう一人は逃げ出そうとして衛兵に取り押さえられた。

 織女王サンはまたこめかみ押さえて、

「せっかくもっと穏便に済ませようと思ってたのに……チャンスをふいにしたのは自分たちよ」

「へ……陛下……」

「ひとまず自宅にて謹慎を命じます。現在の地位及び職もはく奪。今後、以前の職に戻すかも含め、追って沙汰する。大人しく蟄居しているように」

「ふざけるな!」

 二人ともこれまでの従順な態度をかなぐり捨て、敵意をあらわにした。

 ……なるほど?

 俺は冷静に観察した。

 『正義の王』と同じ変わりように、みんなギョッとする。

 修正プログラムの影響はワクチンで消した。けど、それでなくなったのはこれ以上欲望が増長することだ。すでに膨れ上がってるものに関しては効かない。

 なにせ元々自分が抱えてた欲。消すことはできないっつーワケか。

 消すか抑えるには自分でやるしかない。

「博士」

 オレはこっそり電話した。

「気づいてるだろーけど、影響受けてるやつらが暴走しそうだぜ」

 スマホから博士のなめらかな声が聞こえてきた。

「もちろん気づいてるよ。困ったねぇ」

「そっち平気か? 修正プログラムが得た人格は『正義の王』の負の心だろ。心の一部。そもそも一つだったんだから融合すんのも当然だと思ったけど、こいつら見てるとやばそうじゃね?」

「善悪二つの心がせめぎ合い、受け入れられずに暴走するかもって?」

「ああ。こっちは本体が憑いてるわけじゃないからすぐ片付いても、そっちは違うだろ。オレ戻ろうか?」

「必要ないよ」

 のんびりした返答。

「僕だってそれくらい予想してる。もし、いざとなった時は即デリートするよ」

 デリートって。

 背筋が寒くなった。

 それ、修正プログラムと『正義の王』に聞かせるためにわざと言ってんの? それとも本気?

 分かんねぇ。マジで言ってる可能性もある。

 恐ろしいお人だよ。

 ……わざとで作戦だって思うことにしよ。

「おけ。じゃ、そっちは頼むわ。オレとヤツが直接マジ対決はマズイからな。下手したらこの世界そのものが崩壊する」

 『バグ』と修正プログラム、正反対の力が本気でぶつかれば……想定不能。

「そのほうがいいね。それにそっちの様子見せてるから大丈夫じゃないかなぁ」

「ずいぶん楽観的だな?」

「失敗例を見せることほど有効な手段はないよ。反面教師だね」

「失敗例? あいつらは助からないって確信あるの?」

「そりゃそうだよ。ワクチン投与してから時間たってる。もし己の闇を克服できるならとっくにできてるはずだよね。その時間は十分あったんだ。それが、見事に欲に飲まれてるってことは」

「アウト、ってことか」

 残念だけど自分の心に負けたんだな。

「そう。こうならないようにしなね?って見せてるんだ」

 ちゃんと自分の心と向き合い、受け入れなければデリート。あえて追い込んでる、か。

「ともかくこっちは問題ない。君は君のすべきことをしておいで」

 何か意味深なことを言って通話が切れた。

 視線を戻すと、二人ともお互い足ひっぱりあいながら怒鳴り散らしてた。

「こんな愚かな連中よりよほど私のほうが良き君主になれる!」

「いいや私こそ! 悪を滅ぼし、民を正しき道に導くことが我が使命である!」

 邪気がそいつらの体からたちのぼった。

 あっという間に広がる。

 これは修正プログラムのせいじゃない。やつら自身が作り出してる。

「!」

 やっべ。こりゃまたオレが。

 すばやくムチを構えた瞬間、女王が動いた。

 右手をパッと開くと空中に網が現れ、二人に覆いかぶさった。

「ぐわっ」

「うっ」

 あっという間にぐるぐる巻き。

 おおー。鮮やか。

 そーいや、『聖なる森』でも兵士捕まえんのに網使ってたな。得意なんかね。

 使い捨てだとすると、いくつ持ってんだろ。見た感じ、植物のツルが材料か? 織姫ちゃんは植物系の研究者だったから、色々持ってんのかもな。

 二人とも速やかに牢屋にぶちこまれた。

 あーあ。

 『善』の国の、しかもよりによって玉座の間で女王相手に邪気ばらまくとか。大逆罪の前に、この国じゃ邪気発しただけでも重罪のはずだぞ。なにしろ一番忌むべきモンだからな。

 元は善人だっただけに、欲が解放されると振れ幅大きかったわけか。『正義の王』と同じだな。

 平和な世の中なら良い王配になったかもしれねーが……。

「じ……女王陛下。いかがいたします。これでは王配候補者がいなくなってしまいましたぞ」

「そのことは後で考えるわ。……ちょっと疲れた。明日にしましょ」

 織女王派出て行った。

 オレもこっそり抜け出し、後を追う。

 こーゆー時はたぶんあそこに……。

 気配消されてるんで、たあどるのは無理。検討つけて温室に向かった。

 ここは研究途中で引っ張り出された織姫がどうしても続きをやりたいのがあると言って一部設備を移動してきてる。

 植物をかき分けると、案の定すみっこにいた。

 地べたに座り込み、膝抱えてぼんやりしてる。

 ドレス汚れるぞーとか言わずにオレは隣に腰を下ろした。 

 無言で座ってると、やおらきかれた。

「何も言わないんスね」

「ん? あれ、地べたに座るなとか言ってほしかった?」

「いえ」

「じゃあいーじゃん。慰めの言葉とかこういう時ほしくないだろ。ただ誰かが寄り添ってくれてるだけで楽になったりするもんだよな」

「ははっ。ベルゼビュート王子のそういうとこ助かりますよ」

 オレは辺りの果樹を見回して、

「なぁ。そこらへんの取って食っていい?」

「え? ああ、どぞ。生産力上げる実験中なだけで、味はちゃんとしてるんで」

「サンキュ」

 甘そうなやつ、リンゴとかイチゴとか適当に選んだ。

 ハンカチに載せて彼女の隣に置く。

「ほい。一緒に食べよーぜ」

「……え?」

「ヤなことあった時は甘いもんだって姉貴だ言ってた。二番目の姉ちゃんな」

 うちは男八人女三人でオレが末っ子である。

「姉貴三人そろってスイーツ山盛りにしてドカ食いすんだぜ。すげーの。そーゆー時は一人じゃないほうがいいとか言って。いくらなんでもデブるぞって四番目と七番目の兄貴が言ったら、ふっとばされてた」

 思い出してゾッ。

「ああ……うんそれは怒るでしょうねぇ」

「しかも三番目の姉貴が料理得意でさ。ストレス発散っつって自分で作るんだわ」

「へえ」

「王族として生まれたにしては珍しいだろ。ウチはおおらかなんだよな。まぁ末っ子のオレは姉貴たちに使われまくってたんだけど。姉にとっての弟なんざ、パシリ……。ううっ、思い出しただけで震えが。と、とにかく食おうぜ。いっただっきまーす」

 豪快にリンゴにかじりつく。

「おっ。うめぇ。甘くてジューシー」

「よかった。それ、私が改良した品種なんスよ」

「マジで? こんなうまいもん作れるなんて、やっぱすげーな!」

 あっ、もう芯だけになっちまった。

 織姫ちゃんは手も付けない。

「あれ、食わねーの? あ、そっか。女の子が丸かじりは。切ろっか?」

「いえ……」

「一口サイズならいっか?」

 イチゴを一個、口元に運ぶ。

「ホラ」

「……へ?」

 パチパチまばたきしてる。

「食いなって。はい、アーン」

「…………っ!?」

 織姫ちゃんは一瞬でイチゴより赤くなった。

「……あ、あーん」

 ちょっとだけ開いた口にすかさず入れる。

 耳まで真っ赤にしながらもぐもぐしてる。

 ……うわ、ちょ、何コレ。

 自分でやってて照れた。

 超かわいいんですけど。

 何この生き物。ヤベェ。

 こっちも真っ赤だ。

 あああ恥ずい。

 で、でももう一回!

 もっかいやりたい!

「ほい、もいっちょー」

「え!?  また?!」

 断られる前に放り込む。

 一度口に入れたら食べなきゃダメじゃん、ってしぶしぶ食べてる。

 うーわー。かわええ。もっと見たい。

 ついイチゴがなくなるまで繰り返してしまった。

 ああっ、もうねえ! くそぉ。

 他に小さいフルーツは……って落ち着け。

 今さら我に返った。

 何やってんだオレは。そんな食わせてたら腹いっぱいになっちまうだろ。←何かズレてる

「え、えーと、糖分でちょっとは元気になった?」

「……は、はあ、まぁ……」

「そ、そっか。よかったぜ」

 なんとなーくお互い視線をそらす。

 めっちゃ気まずっ!

 イカン。オレのせいだっつーの。

 な、何か話題を。

「あ、そうだ。これ言いに来たんだった。博士がついに完全除霊できそうだって」

「え!?」

 がしっとオレの腕つかむ。

「本当に?! 治るんスか?!」

「ああ。さっそくとりかかって、効果出てる。早いけりゃ明日には終わるってさ」

「よかった……」

 ホッとして脱力する。

 なんだかんだで心配してたもんなぁ。あれだけされたのにえらいよ。

 そこで彼女は気づいたように、

「あ……それじゃあベルゼビュート王子、帰っちゃうんですか……?」

「…………」

 帰りたいか? そんなの答えは分かってるよ。

 でもオレは。

 髪をくしゃっとやった。

「……悪ぃ。ちょっと嘘ついた」

 本当のことを伝えよう。

「『正義の王』に憑りついたのが悪霊ってのはちょっと違うんだ。似たようなモンではあるけど。これから話すことは信じてもらえねーかもしれない。それでも教えとかくべきことだ。とりあえず口はさまず聞いてくれ」

「え……え?」

 オレは一息入れて話し始めた。

 オレの正体とこの世界の真実、修正プログラムの出現。リリス女王サンのこともしゃべった。

 彼女は終わりまで黙って聞いててくれて、終わるとこう言った。

「へえー」

「ちょ、一言?! しかもすげぇあっさりしてる! もちょっと驚いて?!」

 むしろこっちがびっくりだわ。

「驚いてますよ。ただここでパニクっても何にもなんないし、冷静に消化したほうが得策かと」

「お……おう……現実的な対応……」

 こーゆーとこが為政者の素質あるよな。

「キミのそーゆーとこにオレけっこう救われてるわ……」

「そうスか? ありがとうございます。ふーん、てことは父様は(ニュー)・父様になったってことか~」

「何そのニューって」

 パワーアップしたみたいな。ある意味そうだけど。

「真・父様でもいいっスよ。それとも裏・父様? 修正プログラムの自我ってけっきょく父様のもう一つの面ってことでしょ? 本人も気付いてなかった部分に入り込んでできた」

「ああ」

「いわば今は二重人格状態ってことっスね。それを一つに統合する。自分のいい面も悪い面も理解して受け入れ認めた人間は強くなれる。だからニューかなって」

「いや、あの、命名はいーんで」

 そこはこだわらんでも。

「異常行動が悪霊のせいってゆーか、父様が持ってた考えによるものだってのはさすがにショックっすねー。私ってそこまでいらない子だったんだ」

「違う!」

 慌てて否定した。

「『正義の王』も自分のしたことに気付いて愕然としてたよ。だからそれは修正プログラムのせいだ」

「……そうですかね」

 織姫は信じてないふうに寂し気な笑みを浮かべた。

 ……こういう顔をもうさせたくなかったのに。

「ともかくそそのかされたにせよ、実行したのは『正義の王』だ。責任取って幽閉処分。これは諸国代表として譲れない条件だ」

「分かります。異論はありません」

「具体的にどういった形で罪を償ってもらうかは検討中。それと、監視もつけるぞ」

「当然っすね。能力を削除しても信用できない。監視役はベルゼビュート王子が?」

「いや。オレがずっとヤツについてなきゃならないのはまずい。いくら調停役でも、他国の王子が幽閉中の元国王についてるのは変だろ。国同士の微妙なバランスがな」

 第八でも王子なら、普通は他国の王族に婿入りするか、自国内で臣籍に下るもの。政略の駒として使える人材を一生他国の元王の監視に使い潰すのは問題視される。

「ああ、立場的に無理がありますね。信用のおける別の人を看守にするか、普段はこっちで監視役をつけ、時々視察を受け入れるってとこが妥当でしょう」

「そゆこと」

「……そですよね。そのほうが、ベルゼビュート王子帰れますもんね……」

 彼女は暗い顔になりかけて、無理やり明るくふるまった。

「心配いらないっスよ! この国は私が立て直します。王配選びはまぁ、残念な結果になっちゃったけど、どうにかなるっしょ。そのうち思わぬとこで運命の人に会うかもだし?」

 ―――嫌だ。

 口走りそうになるのを必死でこらえた。

 ダメだ。オレは言っちゃいけないんだ。

「……オレはさ。博士に感情が不完全だって指摘されたんだ」

 唐突な話題転換に彼女は戸惑った。

「え?」

「バグって生まれたもんだから、未完成なとこがあるんだとさ。特に心が発達途上らしい。この世界をハッピーエンドにもってくって役目のために一歩引いてたせいだと思ってたが、そうじゃないらしいんだな」

「……?」

「でもキミが時々見せる表情は辛そうで、あんな顔させたくないと思ったんだ。オレも王様にならない王の子って立場だから似てるじゃん。うちは仲いいのにどうしてこの国の人間は、ひどいって怒りがわいた。思えば輝夜姫を連れ出したのも、そうすりゃもうちょっとみんなキミのこと考えてくれるかもって考えてたのかなぁ」

 王女が一人だけになればきちんと価値に気付くんじゃないかって。

「……王子」

「キミにはいいとこいっぱいあんのに、なんで誰も良さに気付かないんだろ。だから女王になった時は、ああこれでやっとみんな認めたなってうれしかったんだ。でも王配候補にオレの名前が挙がった時は焦ったぜ」

「……どうして?」

「女王として判断するなら、確かに調停役でどの国も納得するオレは妥当な人選だろーな。でもさ織姫ちゃん、夫ってのはしょうがなく落としどころに決めるモンじゃねーだろ」

 な?

「キミが本当に好きな人を、国のためでも利害関係とかでもなく、自分自身の幸せのために選ぶべきだ」

 彼女は何か言いたげにオレを見つめた。だが唇を震わせるだけで言葉にはならない。

「それにオレは人間じゃない。エラーから発生したバグだ。『異物』のオレなんかじゃなく、本物の人間と結ばれるといい。キミの幸せを願ってるよ」

「…………っ」

 彼女は今にも泣きだしそうだった。

 ……うれしくて?

 オレの心は不思議と凪いでいてた。

 悪ぃな、博士。

 オレにも幸せになってほしいと博士もリリス女王サンも言ってたけど。

 だってオレは人間じゃないんだから。しょせんバグは人間にはなれないんだよ。

「あなたはもう人間よ」

 彼女が強い調子で言いながらオレの腕をつかんだ。

 まるで行かさないとでもいうように。

「え?」

「あなたにはちゃんと心がある。一部未完成だから何? 本物の人間だって欠落してる人はいるじゃない」

 毅然とした態度で続ける。

「生まれが違う? だから? 笑って怒って悲しんで、それができうあなたはまぎれもない人間でしょ。ただのバグなんかじゃない」

「……織姫」

「ここが電脳世界の中だというのなら、私達だって純粋な人間じゃないんじゃないの? 何が違うの。あなたもこの世界で生きてきた、一つの命でしょう?」

 命。

「それはオレには―――」

「あるよ! ここにこうして生きてるじゃない。ちゃんと手はあったかいし、心臓だって動いてる。だからそんな悲しいこと言わないで。一緒に生きようよ」

「…………」

 ……生きる……?

 オレは本来年も取らず、寿命もない。なぜなら元はデータだから。命もないと思ってた。

 失敗してはリセットして繰り返した時間。生きてるとはいえなかった。

 気の遠くなるほどやり直してたオレは、いつの間にか疲れ切ってあきらめてた。今回も上手くいってるようにみえてどっかで失敗しててやり直すんじゃないかと、いつもどこかで考えてた。

 どうせやり直すならこの回も意味がない。どの回も人生じゃない―――。

 オレはぽつりと言った。

「……オレは、ここにいていいのかな」

 バグには居場所なんてなかった。見つかったら失敗作として削除されるだけ。

 逃げて隠れて、博士に偶然出会った。頼みこんで、自分が消される恐れのない、安全で生き延びられる場所を作ってもらった。

 ところが消滅の危機を免れても、その世界は失敗続き。

 やっぱオレには居場所なんてないのか。オレには『生きる』ことは不可能なんだと絶望して。

 でもキミは。

 彼女は柔らかく笑った。

「当たり前じゃないですか」

「……オレは『生きて』いいのかな。失敗作なのに。存在してても許されるのか?」

「許されるも何もないでしょ。誰も失敗作だなんて思ってませんよ」

「……もうやり直さなくてもいい?」

「はい。あなたが私にくれた場所で、一緒に生きましょう」

 温かなぬくもりがオレを包む。

 心地いい。

「私はあなたが好きです。ベルゼビュート王子のあなたも、バグのあなたもひっくるめて愛してますよ」

 ……ようやく自分の存在を認めてもらえた気がした。

 涙が頬を伝う。考えてみれば泣くって行為をしたのも初めてだ。

 悲しいって感情もなかったんだな。

 ほんとにオレには色んなものが欠けてた。

 生きていいんだと認められてやっと、人になれた気がするよ。


   ☆


「私がいつベルゼビュート王子好きかって自覚したかと言いますとー。姉さんの家出に協力した時からっスねぇ」

 きいてもいないのになんかしゃべりだしたぞ。

 えーと、これはオレ聞いていいもんなの?

「……お、おう?」

「元々好感度は高かったんですよ。キモイだの王家の面汚しだの出来損ないだのさんざバカにされてた私を、趣味知っても平気で普通に接してくれてたんで」

「あ、やっぱそこ大きかったんだ。でもさぁキミ、その趣味を初対面で堂々と宣言してんのって相手を試してんだろ? そこでどういう反応するかによって対応を分けてる」

「あ、バレました?」

 そりゃな。

「それでですねー。なんで姉さんを手伝うんだろうってその時思ったわけっす。どうして一緒に行くのが私じゃないんだろう?って考えて、そこで初めて気づいた」

「あれはさっき言ったようにキミのためになるかと……」

「分かってるっスよ。二人きりで旅したんじゃないのも知ってます。でもムカッとしたんスから」

 ツンと唇とがらせる。

 ……う、かわいい。

 てか、え、ヤキモチ?

 うわ……ちょっとうれしいかも。

「もうやらないでくださいよ?」

「やらないやらない。必要もねーし」

「ですよね。ベルゼビュート王子は私のダンナ様になるんですから」

「……へ?」

 マヌケにもぽかんとした。

「え?じゃないっしょ。善は急げ。さぁて、さっさと籍は入れときますかねー」

「ちょい待って?! 今すぐ!? つかオレ、結婚するとは言ってねーよ?!」

「あっれ? だって断らなかったじゃないスか」

「いやいやいや。え、あの、逆プロポーズ受けたことになんの?」

 そなの?

 えーと、どういうのが了解扱いなのか教えてくれい、ルシファー君。

 本物の王配に心の中で助けを求める。

「なるんですー。それとも何か、王子は嫌なんスか?」

「そうじゃなくて心の準備が。王族同士っつーと普通は一定の婚約期間設けてそれからだな」

「最有力候補だったじゃないスか。十分時間はあったと思いますけどねぇ」

 た、助けてルシファーくーん!

 キミなら分かってくれるはずだ! な、何かアドバイスを!

 心の中で思い描いたルシファー君に「ハッ」て鼻で笑われた。実際言いそ!

 押しかけ逆プロポーズされて逃げられなかったキミの気持ちが今よく分かったぜ。これまで「ふーん、大変だな」とか思っててゴメン。

「……それともやっぱり私なんかより、もっと素敵な女性のほうが……」

 織姫はしょんぼりして身を引いた。

 あわわわ。そんな顔するなってば!

「ちょちょ待って! 違う違う、急すぎてパニクッただけ! 王配になるよ!」

「ほんとに?」

 ぱあって途端にうれしそう。

「く……かわいすぎて直視できね……何だコレ……」

 今度は宰相サンの気持ちがよーく分かったよ。アカンわこれ。

「? 何か言いました?」

「何でも。心の成長と思えばいいのかもだけど、自覚した途端にオレ、ダメ人間になってるなーって……」

 それともこれが人になったってことかな。

「王子はかっこいいっすよ?」

 そういうのがだな!

 いかん、感情の制御が。人間になるってのも大変だな。

 宰相サン、この姉妹似てるよ。今度相談のって。

 心の中で助けを求めるその2。

「あ。もう王子呼びは変っすね」

「普通に呼び捨てでいいよ。あと敬語もナシで」

 姫時代は身分的に同ランクだったのに、当時から敬語だよな。

「このしゃべりは素なんですよ。敬語なんだかどうだかよく分からないっしょ。でもまぁ気をつけマス。で、呼び捨て? いきなりはちょっと。長いし。あ、愛称はどうすか?」

 彼女はちょっと考えて、

「ベルっち、ベルベル、ベルルルルル*巻き舌、ベト、ビュートリオン」

「待って! そん中から選ばなきゃダメ?!」

 鈴が鳴ってるみたいだし、巻き舌もおかしい。ベトベトって感じで嫌だ。最後のは意味不明な畝に長い!

「ベルちゃん、トーちゃん、とっつぁん」

「コラ―、まてェ、ル……ってヤバイヤバイ、著作権」

「ギンギラシャイニング、キレキレダンサー、アイドル銀仮面、フラッシュボンバー、月夜の貴公子、銀河王子、誰が王子だと思う?本物なんだぜ♯イイネ!、空にまたたく銀色の超新星~そして永遠へ。伝説は続く~」

「マジで待って! ツッコミ追いつかねぇ!」

 何か途中カッコイイのあった!

「私が考えたのじゃないっスよ。ファンがネット上で考えたキャッチフレーズ。めっちゃ盛んなんスよ」

「ええ……? それはありがとう……?」

 ありがとうか?

 あのー、せめてもちょっと本人の意思をな。

「織姫チャン真剣に考えてる?」

「あはは、冗談っすよ~。分かってて言いました」

「それはよかった」

 リリス女王サンみたくネーミングセンス死んでたらどうしようかと。

 あのレベルに名づけられるのは勘弁だ。

「普通に家族から呼ばれてるみたく、ベルとかベルゼで頼む」

 姉貴たちには「ちょっとアンタ」とか「そこの」とか呼ばれてるけど。姉貴たちにとって弟は一律そうなん。

「まぁそうですねぇ。じゃあ、ベル」

 う。

 な、名前呼ばれただけなのになんだろ。すげぇうれしい。

 口元手で隠して視線そらした。

「私のことも織でいっスよ~」

「あ……うん、今度な」

「今言わなきゃダメっす」

 押しが強い。女王サマってみんなこんなんかね。

 勝負は目に見えてる。オレの負け……つーか、ハナから勝負にならね。

「……織ちゃん」

「それは姉さんみたいで嫌です」

「そのー、そのうちがんばるんじゃいかん?」

「むう」

 ぷくってほっぺた膨らませる。

 ぐっはぁ。

 何それ。リスかハムスターかよっ。ついつっつきたくなるわ。

 ……分かりました。降参します。

「織」

「はい、よくできました」

 にんまり笑って頭なでてくる。

 すでにめっちゃ尻に敷かれてるー。

 でもいいや。

 織はすっくと立ちあがった。オレの腕を引く。

「よーし、ちょっくら戻りましょ。どうせみんなまだ玉座の間でどうしたらいいか相談してるでしょ」

「え、本気で今すぐ?」

「事態を収拾するためにもそれが一番っしょ? 明日になって父様出てきたら反対するかもだし、先に既成事実作っとかないと」

 現実的な女王様にひっぱられて連れてかれた。

 バーン!と生き王欲ドア開けて襲来……もとい登場なさった女王陛下にみんなびっくりして振り返る。

 織はオレをぐいっと引き寄せて、

「私、ベルと結婚するから!」

 し――ん。

 針が落ちる音も分かる静けさ。

 あの、誰かなんか言って。

 一拍置いた後、みんな脱力した。

「よかったぁぁあー!」

「よ、ようやく……っ」

「これで丸く収まる……っ」

 歓迎されるとは思ったけど、おせぇよみたいに感じるのは気のせいか?

「やっと片付いた!」

「まったく何が原因でちわゲンカしてらしたのか……」

「違ぇよ!?」

 なに、そう見えてたの?!

 織はにんまりして、

「よーし。みんな賛成ってことでおけ?」

 満場一致で同意。

 いいんだけどなんか違う。

 脱がしてたまるかとばかりに囲まれた。

「ベルゼビュート王子! 後から撤回はなしですよ!」

「逃げられてはたまらない。すぐにでも書類書いてもらいましょう」

「あっ、この間の草案ならここに!」

「え、オイ。何それ」

 サッと取って見れば。

 ……これってうちの国との正式な条約文草案じゃん!

 国同士の色んな大事なこと取り決めてある。どう考えても首脳レベルで話し合った形跡が。

「いつこんなん!」

「殿下のお父上がいらした時に置いて行かれましたが」

「菓子折り持って来た時か! あンのオヤジ、勝手に決めてんじゃねー!」

 息子を売るなぁっ!

 そりゃ一般的には第八王子なんか国のためにどっか婿入りさせるもんだけどっ。

 横から取り上げた織はペンを持って、

「コレそのまま使ってサインしちゃお」

「その口ぶり、これあるの知ってたな?!」

「まぁ、私がもらったんですし。でも実際使うことはないだろうと思ってたんでほっといたんスよ」

 言ってる間にサラサラとサインしてる。

 軽っ。

 ペン渡された。

「はい、ベルもサインして」

「……ハイ」

 大人しく言われるままにサインした。

 ……あっれェ? 結婚ってこんなんだっけ?

「あとはベルのお父さんのサインがあればOKっすね」

「使者出す? オレから連絡しとくから」

「そうしなくてもよさそうっスよ」

 ふいにドドドドドドって地響きが近づいてくる。

 なんだ?

 ドーンと突入してきたのはオヤジだった。

「ベルゼ―! このバカ息子、ようやく観念しおったかぁ!」

 ここで会ったが百年目みたいに言われた。

「げっ、オヤジ?!」

 なんでここに。

 きく前にベシベシめっちゃたたかれた。

「ったく迷惑かけおって!」

「そうよっ。皆さんすみませんねぇ、ふがいない息子で」

 おかんまで来て、頭やら背中やらどつかれる。

「いてぇって! やめろよもー!」

「ん? ああ、以前話し合った条約文ですか。ええもちろん今すぐサインしますとも!」

 聞いちゃいねえー。

 息子の抗議ガン無視でサインしとる。

「末永くお願いしますわ。あ、これ手土産です。どうぞ」

「息子は返品不可ですので、そこのところよろしく」

「大丈夫ですよ~。そんな気には一生なりませんのでっ」

 腕に抱きついてくる女王様。

「うぐっ」

 あいてるほうの手で顔隠した。

 だからどうしていちいちこの子は!

 両親ともにニヤニヤ。

「あらぁ~? この子が照れてるとこなんて初めて見たわ」

「ほっほーう。珍しいもの見たな」

「マジでやめて!? って、またいてぇっ!」

 連続で背中どやされた。

 誰だ。想像つくけど。

 振り返れば七人の兄と三人の姉がせいぞろいしてた。

 ヒエエエエ。

 逃げたいと思ったオレは絶対悪くねェ。

「まったく世話かけやがって」

「遅いのよこのバカ」

 姉貴たちは遠慮皆無でケツ蹴っ飛ばしてきた。

 弟の扱いがひどい。

「ぐえっ! 弟をなんだと思ってんだよ、ほんとやめて!」

「え? 下僕」×3

 ひいい。

 姉貴たちより年下の兄ズとそろって震えた。

「わー、個性的なお姉さんたちっスねー」

「個性的っつーか暴君な!」

「お黙りベルゼ」

「ごめんなさいね~。コイツ、こき使っていいわよー」

「私達がビシバシしごいたんで、ちょっとやそっとじゃへばらないしねー」

「一通りは仕込んであるわ」

「こう見えてハイスペックよ」

「尻たたいて何でも押しつけていいですよ」

 やめてえええ、オネエサマがたああああ。

 オヤジも姉貴たちの末息子への態度は無視して、

「ところで挙式は後にするとしても、発表はなるべく早く……できれば今日中にでもどうでしょう?」

「オヤジまで早すぎる!」

 オレの意見は!?

 誰か聞いてー!

「やかましい。お前はさっさと婿に行け」

「売られっぷりがひでぇ」

 つーか、お婿に行きたい王子は他作品だろー。

 織は神妙にうなずいて、

「そうっスねー。緊急記者会見開きましょか」

「ちょ、オイ! あとそのカッコで?!」

 ギョッ。

 織はドレスこそ女王らしいの着てるけど、完全に服に着られてる状態。なにしろあいかわらず髪はボサボサ、化粧っ気もゼロだ。

 変装用のダサ眼鏡外してるだけでもいいのか?

 これで会見って、いくらなんでも威厳が! ナメられるし、信じてもらえねーよ?!

「頼むからオレにアレンジさせて! ちょい待ち、メイク道具持ってくる!」

 ダッシュでメイクボックスとか一式持って来た。

「座って」

 玉座に座らせて仕事にとりかかる。

 ……んん? 玉座に女王サマ座らせてメイクするってどーゆー状況?

 スペアで新品の道具色々持っててよかったぜ。

 クシで髪の毛すきながら、眉をひそめる。

「なんだこれ、ちゃんとケアしてる?」

「あー、全然してないっス」

「ダメだろが! シャンプーとトリートメントは何使ってんの? ゴワゴワだろっ」

「石鹸」

「石鹸!」

 ひっくり返りそうになった。

 これは決して石鹸シャンプーって意味じゃない。それなら別にいい。

 一国の女王が髪の毛を石鹸で洗うなぁ!

「何やってんだ、侍女も止めろっ」

「いやぁ、言われてはいたんスけど面倒で~」

「めんどくさがらずに高品質なモン使え! 値段じゃなくて品質がいいやつな! 高けりゃいいってワケじゃねーぞ。つか、王がそんなんじゃナメられるっ。コレ、おススメな。新品。今日からこれ使えっ」

 ヘアケア用品一式にボディソープやパックも出す。

「髪の状態と質見て最適と判断したやつ。まずダメージ受けてんのどうにかしねーと。とりあえず今日は応急処置な」

 回復魔法も使って。

 数分後にはアラ不思議。サラサラのキューティクルが戻りましたよ。

「おお……! す、すごい! 超サラっサラ! こんなん初めてっスよ!」

「ふー。応急処置にしてはがんばったオレ」

 額をぬぐう。

 大仕事だったぜ。

 サラサラヘアーにどよめくギャラリー。

「え?! あれ陛下!? 別人じゃ」

「ていうか技術がすごい! 何者?!」

 ただのこき使われてた末っ子だよ。

「ベルってアイドルやる前はカリスマ美容師だったとか?」

「なわけあるかい。姉貴たちにやらされてたせいだよ。下手だと怒られるんで、腕上げた」

 姉貴たちが「ワシらが育てた」みたいに胸張ってるけど、威張るとこじゃねーからソレ。

「まぁおかげで今、ヘアセットやらメイクは自分でやってんだけど」

「ああ。スタッフつけてないと思ったらそういうことだったんスか」

「まぁな。ほい、まっすぐ前見て背筋伸ばしてー。次はカットするぞ」

 プロ用ハサミで手早くカット。何で持ってるかは同じ理由。

 ボリューム落として軽めにすっか。これ、さては何年も伸ばしっぱなしで放置だったな? 元々はストレートな髪質だろうに、ほっぽらかしでぐしゃぐしゃになってたんだ。

 ヘアスタイルは……結わいたほうがよさそーだな。サイドポニーにすっか。スタイリング剤つけて……うん、コテで巻こ。

 ゆるくカールつけて、と。

「お次はメイクな。ちょい目ぇ閉じてて。ナチュラルメイクで充分だろ。素材がいいからな」

「はひっ?!」

 なに今の奇声。

「動くなー。あとちょい。……よっし、完成。鏡見るか?」

 手鏡渡す。

 誰もが振り返る美少女がそこにいた。

 姉とは違うタイプの美だ。輝夜姫が静謐な美しさなら、織は生命力に満ちあふれてる感じ。

「おおお……!」

 みんな同じこと言ってる。

「どうよ」

 フッ。オレ、いい仕事したぜ。

「か……神っすか……?!」

「いや、オレはただのアイドル」

「ただのじゃないっしょ! す、すごすぎる。何この肌のツヤ」

 つるつるだな。

 元々きめ細かいから、きちんと手入れすれば維持できる。

「保湿剤に化粧水、パックはこれな。つか、手もザラザラじゃん。さては薬品だの土だのいじった後、水洗いしただけでハンカチでふかずに自然乾燥~とか言ってただろ」

「ぎく」

「このハンドクリーム使いなさいっ。これも新品やるから!」

「えー、めんどくさい」

「てことは髪洗った後もまさか」

「自然乾燥で~っす☆」

 のけぞりそうパート2。

「ドライヤー! せめて魔法で乾かせっ。一瞬じゃん!」

「それもめんどくて」

 オレは腰に手あてて仁王立ちした。

「いいか。美は一日にしてならず。手間を惜しむな、それだけの価値があるんだぞ!」

「わー。なんだかカリスマビューティーアドバイザーっぽい」

 ジョブが追加された。

 追加ジョブが増えすぎて訳分かんないキャラになってんのも他作品だっつーの。

 重臣たちなんか目うるませてる。

「あの女王陛下を見られる姿どろこか美少女に仕上げるとは……なんという才能!」

「まさに王配に最適ですな!」

「神レベルなアドバイザーがついていれば安心ですね!」

 王配の仕事って何だっけ。

「ベルゼが人の役に立つとは……。くうっ」

「一人前になったわね……」

 オヤジにおかん、聞こえてんぞ。

 にしても。

 うーんと変身した女王サマを眺めて、

「ドレスに合うように仕上げたつもりだけど……ちょっとドレスもアレンジしていいか? 立ってー」

「ハイ、アドバイザーの先生」

 違うっつーの。

 手持ちの小物をあれこれ持って来て合わせてみる。オレのアイドル衣装は自前なのよ。

 『織姫』のイメージっつーと、星かな。お、星モチーフのネックレスあった。これとおそろのピアスが……みっけ。

「装飾ついてると動きにくいっつったって、何にもナシはやめとけ」

「えー? 白の女王っぽいシンプルドレスで十分じゃないスかー」

「ここまでくるとシンプルっつわねぇの。手抜き。さすがにオレはリメイクは無理なんで、こーゆー小物つけてごまかすしかねー。ウエストに長いリボン巻けばゴージャスになるか? サイドポニーとは逆側で結んで……結び目にバラのコサージュつけて。それから上に宝石付きの細いチェーンベルト。あと、袖もなんかつけようぜ」

 どれにするか。

 色々広げて考える。

「いっぱい持ってるっスね」

「アイドルは衣装いっぱい持ってねーと。いつも同じカッコってわけにいかねーじゃん。にしてもユニセックスなの多くてよかったぜ。全部リリス女王サンとこの国で宣伝料代わりに現物でもらったんだわ」

「ああ、つけてTVに出ると売れるから。広告ってことっスね」

「そ。男女どっちでも使えるようなデザインにしたんだってさ。カップルでもペアでつけられるし、とか言ってたな」

 うーん、どうしよ。ここらへんのブレス使うか……? 

 ……って、ん? なんでみんなしたり顔なん?

 あっ!

 慌てて頭振った。

「違う、おそろのペアでつけよって意味じゃなくて!」

「え~? そうなんでしょ~?」

「自分の持ち物を恋人につけさせるとかぁ、独占欲?」

「恋人じゃなくて奥さんよ、姉さん」

「そうだったわー。ヒューヒュー」

「お願いだからホントやめて兄貴姉貴たち!」

 容赦ナシで末弟いじらないで!

「あ、えーと、悪い、織。人のつけるなんてヤだったよな? 考えてみりゃ国宝レベルのほうが」

「ヤじゃないです」

 袖つかまれた。

「国宝だと壊すな汚すなうるさいし。そんなのより同じのペアでつけたほうがうれしいもん」

「…………っ」

 顔覆って撃沈。

 かわいすぎだろうがぁぁぁー!

 ああもう周囲のニヤニヤが辛い! ヤメテ!

 ねぇコレ何の試練? がんばったらなんかレベルアップできんの?

「あ、ペアでは持ってない?」

「あるけど……」

「ねぇ、どうせならベルも着替えてよ。デビュー曲の衣装でオナシャス!」

 え、デビュー曲? いいけど。

「これ?」

 魔法使って一瞬で早着替え。

 ギンギラギンなオレのトレードマークな衣装。

「……!」

 興奮してバタバタしてる。

 よくわかんねーけど喜んでもらえた、のか?

 鼻息荒い彼女は、

「今すぐTV局呼んで! 緊急会見するよ!」

「え、オレはこれで? ステージ衣装だよ?」

「だからいいんじゃないスか。つか、それでTV出てますよね?」

「出てるけど音楽番組な?」

 しかし女王サマの勢いは止められないと相場が決まってる。

 重臣たちも劇的なアフターの今だ!とばかりに速攻で呼んできた。いざって時用に城に国営TVチームいるんだよな。

 まるきり別人の女王陛下に、「え?! ドッキリ!? カメラはどこ?」って二度見どころか五度見してた。カメラはねえ、自分たちが持ってるのしかねぇわ。

 彼女は元気よくカメラに向かって宣言した。

「緊急記者会見、はっじめっるよ~♪」

 一国の女王サマの重大発表って、こんな軽いノリでいいんだっけ?

「まずはこちらの動画をどぞ」

 彼女はさりげなく撮影してた、最終候補者二人の本音動画とさっきの模様を再生。よくまぁあの状況で撮ってたよな。

 しれっとスマホの動画ボタン押してたらしい。

 そんでそれが終わるとオレの腕引いてフレームに入れ、

「てワケで候補者は残念ながら全員脱落しちゃった。でもそれがきっかけで両想いになったんで、私、ベルゼビュート王子と結婚しました~♪」

 しまーす、じゃなくて過去形かい。

 そりゃ法律上はそーだけど。かなり無理やり感あったぞ?

「ええええええええええええ!?」

 大合唱が城の内外から聞こえてくる。

 だよなぁ。

 オレも思うわ。

 織はしっかりさっきの条約文をカメラに映させ、ついで指でビシッとカメラのレンズ指し、

「あ、やっぱ出来レースだったんだとか思ってるそこのキミ! 違うから。王配にふさわしい人がいたらほんとに結婚する気だったのよ? でも悲しいことにいなかったんでね。それが現実」

 事実なんでオレも肯定した。

「ああうん、それはホント。王配決めんのは公平・公正であるべきだ。だからオレは立候補しなかったワケで」

「それとみんな気になってるだろーことを聞いてみましょー」

 どっから出したのか、マイクつきつけられた。

「アイドル活動はどうするんスか? まさか引退?」

「それは続けるつもり」

 家族をちらっと見た。意外にも反対意見はないっぽい。

 つーか、その「どうぞどうぞコイツもらってやって」ポーズみんなでするのヤメテ。

「王配なんて添えモンじゃん。それにオレは政治方面の才能はからっきしでさー」

 アイドルやってる王配なんか、どう考えても権力に無関心で無害じゃん。脅威と思われちゃいけねーのよ。

 女王を立て、一歩下がる。大人しく無害で無欲な男。ルシファー君もそうじゃん? そう社会的に思わせることは大事なのさ。

 戦争を絶対起こさないって確信できる王配でなきゃイカンのよ。

「ちゃんとキミのサポートはすっから、規模縮小はしゃーねーだろうな」

「それはまぁ。でも私もアイドルはゼヒ続けてほしい! 見たいっス!」

 めっちゃ瞳キラキラさせて食い気味。

「お、おう」

 織がそう言うなら。

「さぁーて。式とか細かいことはこれから決めるとしてー。シメはこれっきゃないっしょ!」

 サッ!とマイク渡された。

「へ?」

 なに?

「一曲オナシャス!」

 両の手のひら上にして、どうぞのポーズ。

「え? はい?」

 どゆこと?

 織が指鳴らすと曲が流れ始めた。

 ああ、ワクチン入りの曲流すため、一回撤去された音楽機器もっかい取り付けたんだっけ。

 このイントロはデビュー曲だな。

 ……っておい。

 さすがに意味分かった。

 ここで一曲歌えと?

 分かったからこそ、どうなんだソレと言いたい。

「いやあの、おかしくね?」

 ここはコンサート会場じゃねーぞ。

 ムチャな、って止めようとしたら、めちゃくちゃ期待に満ちた目とかち合った。

「…………」

 ハイ。

 断れないとこが意思弱ぇなー、オレ。

 なにはともかく!

 どんな時でも完璧にこなすのがアイドル。

 プロ根性でマイク握り直し、ポージング決めた。

 華麗なステップ踏み、歌いだす。

 ばっちりカメラ目線で、

「さぁみんな、始めるぜ!」



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