クーデターはグーパンで
―――いよいよこの日が来た。
あたしは赤いドレスに身を包み、離宮の窓から空を見上げていた。
待ちに待った遠足……じゃなくて運動会……でもなく、クーデター決行日。
あれから五年。長かったような短かったような。
あたしの背も伸びた。今じゃ大人とほとんど変わらない。
黒く長いストレートの髪は腰ぐらいまであり、今日はポニテにして動きやすくした。
同様の理由で機動性重視、ドレスも膝丈。長かったら動き回れない。しかし赤いレースをふんだんに使い、豪華に仕上がっている。
後ろはスパンコールを縫い付けたチュールが広がっていた。
腰のリボンは足首くらいまで垂れ、動くと金魚のヒレみたいにヒラヒラ揺れる。
胸元はゴスロリチックに編み上げ。
袖は長く、手首の開口部が広い。
全体的にバラをあしらい、高級感を出した。
靴はもちろんハイヒール。これでも駆け回れるよう特訓した。
まさに「強い女王様」って感じだ。
「戦闘準備完了!」
女性の格好って戦いのためのコスチュームだと思うのよね。
ルシファーと兄弟が入ってきた。みんなあっけにとられている。
「……すごい格好ですね、リリス様」
「ふっふん。見た目のインパクトって大事だからね。今日はとにかく目立たないと。視覚的な圧力も大事よ。何年もかけて考え、作ったかいがあったわー」
そう。これはあたし自身が作ったものである。
実を言うと前世のあたしの趣味はコスプレ衣装制作だった。
間違えてほしくないが、あたしはコスプレイヤーじゃない。
それは友達のほうだ。あたしは作るのが好きなだけ。自分じゃ着ない。
作る対象として衣装に興味はあるけど、着ることにはまったく興味がない。作る過程が楽しく、できれば満足しちゃう。
で、またすぐ次が作りたくなる。
中学時代に「着るのが好き」な友達と会って意気投合。以来、作るのはあたし、着るのは彼女ってコンビができた。
さあ、そんな人間がゲームの世界に入ったらどうなるか?
なにしろイケメンがいっぱいいるんですよ。
―――作りまくるに決まってるじゃないか!
ふははははははは!←謎の高笑い。
友達は女性だったから、作ってたのは主に女物。でも時々男装することもあったし、知り合った男性コスプレイヤーに頼まれて男物を作ったこともある。だから男物だっていける。
しかもこの国はアホ親父のせいで、みんな黒ずくめ。自分は派手好きなくせに人には華美を禁じ、地味なものしか許さない。
やってられるかあああ!
イケメンがわんさかいるんだ、好みの服を着せてなんぼだろうがー!
思いっきり天に向かって叫んだよ。
ってわけで、「離宮ではこれ着てよ」っとみんなに作ったのが始まり。
ちなみに材料の手配は商人であるアガ兄さまにお願いした。意味は分からなかったようだが、服作りが趣味というあたしの言葉に速攻で調達してきてくれた。
まさか自分たちのコスプレ衣装を作るためだとは思わなかったろうなー。はっはっは。
いやいや、単なるコスプレじゃないですよ。それぞれの職業やタイプに合った服をコーディネートしてるんです!
そう! 断じてあたしが楽しいからじゃない! これは単なるファッションコーディネートです!
え、どんなの作ったかって? そりゃーもちろん……
ルキ兄さまはストイックな文官。
ナキア兄さまは高級レストランのシェフ系。
アガ兄さまは豪商風衣装にマント。
レティ兄さまは警察官風。
ルガ兄さまは白衣。
ネビロスはさわやか貴族子弟風。
ルシファーはもちろん正統派王子様スタイル!
着て並んでるのを見た時は鼻血出して卒倒するとこだった。
「きゃああああああああ!」
いやもう眼福とかそういうレベル超えてるし! 神だよ神!
色んな意味で大丈夫かって顔されたけど、見なかったことにしといた。
それから着てもらいたいものを作っちゃあ押しつ……渡して着てもらっている。
みんな黒ずくめは嫌だったみたいで、さほど文句も言わず着てくれた。
そのうち侍女や衛兵の制服も作った。離宮内でバレないよう着るには問題ない。
特に女性に喜ばれた。そりゃそうよね、エプロンまで黒を強要されてちゃねー。
女性はファッション楽しみたいんだっての。黒ゴスは嫌いじゃないけど、黒しか駄目だとやる気失せる。
まぁそんなわけで、今みんなが着てるのもあたしお手製の服だった。おそろいの白軍服。
何にするか迷ったんだけど、戦闘になる可能性が高いから軍服にした。色もわざと真逆の白。「悪の軍勢を駆逐する正義の軍隊」に見えるようにね。さっきも言ったけど、視覚が与える影響力ってのはバカにできないのよ。
あたしのドレスが赤なのもわざとだ。白の中に赤は映える。赤はインパクトも強い。
黒以外の服で城へ向かおうというのだから、反抗の意を示しているのは一発で分かる。
出かける前に、最後の確認をした。
「計画通り、あたしは行くわ。最後にきくけど、ついてくる? 来たらもう引き返せないわよ。やめてもいい。怒らないから。あたしは一人でも乗り込んで、クーデター成功させてくる」
ルシファーはあたしの手をとった。
「貴女のお望みのままに、女王陛下。我々はあなたに従います」
兄弟たちもうなずく。
「分かった。行きましょう」
あたしは意気揚々と城へ向かった。
☆ ☆ ☆
黒以外を着て乗り込んできたあたしたちに、だれもがあっけにとられ、動作を停止した。 cntrl+alt+delete。
父すら仰天してグラスを取り落とした。ガラスの割れる音が広間に反響する。
今日の宴はあたしの誕生祝って名目のただの酒宴だ。主役そっちのけですでに酒盛り始まってることからもそれが分かる。
出席者はみんなできあがっており、ただでさえフラフラしてる。
酒をついで回ってた侍女たちも仕事を中断した。
衛兵はもとよりドアの外。武器を持った人間が近くにいることを父は禁じている。
それがあだになったね。あたしたちはだれにも邪魔されず、父の前まで行くと、剣をなぎはらった。
八本の剣が父王につきつけられる。
「あたしが王になります。譲位なさい、お父様」
ドレス姿のあたしがどこに剣を持ってたかって話だけど、それはルシファーが二本持ってた。
なんでも彼は両利きで、同時に二本の剣を使える二刀流らしい。実際見せてもらったけどすごいと思った。
父はあっけにとられていたが、すぐに怒りで顔を赤どころか黒にした。
「リリス! お前、わしに歯向かうか!」
「昔からお父様が嫌いでした。憎んでました。お母様を自殺に追いやり、異母兄弟を捨て。たくさんの人を殺し……。悪政を正すのは王女の務めです」
もうおびえて震えてるだけの小娘じゃない。
あたしには力がある。たくさんの味方もいる。一人じゃない。
「まさかお前がわしを狙っていたとはな」
それだけで人を殺せそうな眼光を向けてくる。実の娘に物騒なモン向けるもんだ。
何人かが恐れをなして逃げようとする。が、すかさず侍女が取り押さえた。
「なにっ?!」
「すでにこの場にいる侍女は全員こちらの配下と入れ替えてあります。衛兵も」
ドアを開け放ち、武装した軍隊がなだれこんでくる。あっという間に奴らを捕縛した。酔っぱらってるから簡単だ。
ま、酒に薬も混ぜ込んどいたしね。ルガ兄さま特性の神経薬だ。
「くそっ」
父が毒々し気に言い放つ。
「近衛兵、こやつらを捕らえろ!」
父は専属の警備兵を持っている。近衛隊とは名ばかりで、実際はただの殺人集団だ。荒くれものの集まり。
が、現れたのはたったの半分だった。
「なに? あとはどうした!」
「寝返りましたよ。恐怖で従えていただけですから、身の安全を保障したら、あっさりこっちの軍門に下りました」
恐怖で押さえつけても、いざって時に助けてくれる人はいない。だれだって自分の身がかわいいからね。
残った連中は金で雇われたやつらだ。金さえ払えばなんでもする。
買収することも考えたけど、こいつらは父の手先となってたくさんの人を殺してきた大量殺人犯。処罰すべきだ。
寝返った連中も死刑にはしないが相応の罰を受けてもらうと言ってある。それでもあたしを選んだあたり、父がいかに人望がなかったか分かるというものだ。
「こいつらに容赦はいらないわね」
「僕らが片付けましょう」
ルシファーと兄弟たちが進み出た。
こっちは六人、あっちは二十人弱。
数の上では圧倒的に不利だ。でもあたしはちっとも心配しなかった。ルシファーに剣を返す。
彼は受け取ると兄弟と共に走り出した。
ガキンッキンキィンッ!
剣のぶつかりあう音が響く。さらにどっちも魔法を使い出した。
「全員下がりなさい!」
侍女と衛兵に命じ、とばっちりを受けないよう後退させる。念のため彼らの周囲に結界を張った。
火、水、風、雷、重力。あらゆる攻撃が飛び交う。
さながらバトルロイヤルだ。
そのど真ん中であたしと父はにらみあっていた。
バリアを張っているから、どっちもとばっちりをくらいことはない。
あたしは父の殺人光線を正面から受け止め、腰に手をあててにらみ返した。
「お前も権力がほしかったのか」
「そんなものいらない」
あたしは吐き捨てた。
「ただ、これ以上人が死ぬのを見てられなかっただけ」
ここがゲームの中って予想が正しいなら、全ての人間はただのデータかもしれない。でも今のあたしにとってはまぎれもない現実。
データであっても同じ人の命だ。
「お父様が王である限り変わらない。この国は―――あたしもこのままなら破滅ルートまっしぐらよ。回避するためにも、人々のためにもあたしはあなたを倒す」
ダン!と足を踏み鳴らした。
父はせせら笑う。
「お前は剣も持っていない。どうやってわしを倒す?」
「この拳があるわ」
右手をぎゅっと握り締めて拳を作る。
「この鉄拳で粉砕する」
父は冗談と思ったようだ。
あたしは魔法を習ってなくて、使ったこともないってことになってるから当然の反応だろう。
クーデターを起こすくらいだから陰でこっそり練習してたって考えも浮かばないんかね。
周りの戦闘も決着がつき始めていた。
兄たちも王家の魔力持ち。ちゃんと鍛えればかなり強い。
ルシファーもスパイ組織の次期当主だけあって、ひけをとらない。
一本の剣で華麗に敵をさばき、もう一本で別の敵を仕留める。
うーん、惚れなおす。かっこいいわあ。
あっ、もちろん兄弟たちもかっこいいよ!
ルキ兄さまは冷静に相手を攻略。ナキア兄さまはさんざんおちょくって楽しんだあげく、ブスっと。アガ兄さまは圧倒的優位を見せつける感じで。レティ兄さまは一番、複数相手の戦いに慣れていて危なげがない。ルガ兄さまは淡々と急所ばかり突いている。ネビロスはスピードを生かして敵を翻弄。
……ううむ、全員敵に回したくないわ。
どれも恐い。
みんな楽勝で敵を制圧してしまった。
「おー、すごい。さっすがーあ」
あたしは拍手した。
父がおもむろに立ち上がる。
「キサマらごときがわしを倒せるものか……!」
当たりを取り巻く魔力と殺気が増大した。
この圧力だけで弱いものは絶命する。あたしがバリア張ってなければ、侍女あたりは何人か即死していたことだろう。
「全員下がって」
みんなに声をかける。
ルシファーも兄弟もこの程度でやられるとは思わないが。
魔王のごとく暗黒に身を委ねる父。
これほど強いから今までずっと王でいられたのだ。だれも倒せないから。でなけりゃとっくに暗殺されてるっての。
『魔王の祖父』ですらこのレベルなんだから、本物の『魔王』―――あたしの息子はどんだけなんだろね?
ますます我が子をそんなふうにしちゃいかん。
逆に決意を新たにしたあたしだった。
父はラスボスがよくやる二段変形をしている。ある程度まで弱らせると、なんでかもっとパワーアップして再登場っていうアレ。別に今は弱らせてないけど。
建物を突き破り、ガレキが降り注ぐ。あたしはうっとうしげに手を振り、風を起こして吹っ飛ばした。
父は巨大な黒龍の姿になっていた。
あたしでもこの姿を見るのは初めてだ。『魔王の祖父』なんてゲームじゃ全然出てこないからね。名前もないし。
『魔王』の最終形態が竜だから、予想はしてたけど。
つーか、するってーとあたしもパワーアップするとコレになるってことか。
「……えー、かわいくない」
思わず顔をしかめてつぶやいてしまった。
「リリス、可愛いとかそういう問題じゃないと思うが」
ルキ兄さまがあきれている。
「だってさぁ、あたしもパワーアップするとこの姿になるってことでしょ? ドラゴンはまぁ、仕方ないのかもしんないけど……でも女子としてはちょっとねー」
男子なら喜ぶだろうけど、女子はテンション上がらない。
どうせなら綺麗なドレスにチェンジしたい。
「……そういうものか?」
みんな首をかしげている。
「なんでボスって真の姿的なのはこう恐い系なんだろーね?」
「ボスだからじゃないの」
ネビロスがもっともなことを言う。
「そうだけどー。恐いばっかりはなぁ。色の問題? ピンクのドラゴン……微妙」
自分で言っててそれはどうかなと思った。小型ならかわいいけど。
「まずそうだな」
「ルキア兄さま、食べ物じゃないから。こんな不気味なの食べたらお腹壊すって」
父を指す。
レティ兄さまが一瞥して、
「解体して武器の材料にでもするか?」
「いらんな。ある意味高値はつきそうだが」
アガ兄さまは値踏みしてる。
「変形したらかわいいボスっていうのもいていいと思うのよ。特に女子! こう、お姫様みたいに綺麗なドレスでー。フリフリのキラキラでー。あたしはそういうのがいいなぁ」
「倒しづらいんじゃないでしょうか」
「あ、そっか」
ボスがパワーアップして世紀末状態、ぶち破った天井やら何やらがガラガラ落ちてきてるのにのんきな会話をするあたしたちに、人々は目が点状態だ。
父も青筋たてて、
「コラ―――! わしを無視するな!」
「え、無視はしてないでしょ。ダメ出しと有効な活用法を模索してるんじゃない」
「ダメ出しとはなんだ!」
ブチギレた父はものすごい濃度の魔力の塊を作り出した。
ラスボスの必殺技的な。直撃したら死ぬな。余波でもやばいだろう。
でもあたしは知ってる。父がラスボスじゃないってことは。本当のボスはあたしでもなく、あたしの息子だ。
恐くなんかない。
「前から言ってやりたいことがあったんですよね」
あたしはにっこり笑って床を蹴った。
一気に数十メートル飛び上がる。父の上空まで飛んで、反転した。
右手に魔力をこめる。
「このアホ親父いいいいいいいっ!」
叫びと共に右腕を振り下ろした。
ドガアアアアアアアアッ!
父の必殺技とモロに正面からぶつかりあう。
魔力の放つ光の大きさなら、あたしのほうがはるかに小さい。
でも強度と濃度が全然違った。
「はあああああッ!」
バキイイイ!
あたしの拳は黒いかたまりを突き破り、父の脳天を直撃した。
ドガアァァァァァァァァアン!
派手なお星さまが散る。
あや、古典的。
「はらほろひれはれ……」
一撃で目を回した父は人型に戻り、バッタリ倒れてしまった。
ヒヨコがピヨピヨいってる。ぴよぴーよ。
ルシファーと兄弟たちは口の端をひきつらせてた。
他の人たちはボーゼン。
「さて、と」
あたしはさっさと魔法封じをかけた。父の体に呪印が現れる。
あたしオリジナルのものだから、他の人間じゃ解けない。
「これでもう一生魔法は使えないっと。あ、でも暴れられると面倒か。殴ったり蹴ったりしそうだもんね。じゃあ、えっと」
孫悟空の頭のわっかみたいなのを父の頭に取りつけた。
「これでよし。呪文を唱えればキリキリ締まって頭が痛くなる……のが普通だけど、痛みを与えるのは趣味じゃないのよね。ってわけで、これはかゆくなるの!」
どう?と振り向くが、だれからも返答がない。
「全身がかゆくてたまらなくなるのよ。かゆみって我慢できないもんだからねー。足の小指を蚊にさされたりするとキッツイよね。これなら本人がバリバリかいてるだけで、平和。よしよし」
ルシファーがぼそっとつぶやいた。
「ほんとにグーパンで倒しちゃったんですけど……」
「一撃かよ……」
「脳天とか、容赦ないな……」
「あの技あっさりブチ破ってたし……」
「だからグーパンで十分だって言ったんだよ……」
「見事だな……」
「姉さま、強いね……」
何をみんなボソボソと。
「どうかした?」
「いえ。リリス様はたぶん『一撃の女王』ってあだ名がつくだろうなって話です」
「えー?」
何そのあだ名。
できればカッコいい系よりかわいい系のほうがいいんだけどな。
「まぁいーわ。さ、この元王をさっさと牢にブチこんんどいて。処分は追って決めるから。父に加担してた連中もね。今からあたしが女王よ」
だれもがあたしの前にひざまずいた。
「女王陛下、万歳!」
私の作品にはよく両利きが出てきますが、これは私が両利きだから。器用だとよく言われますがよく分かりません。ケースバイケースでどっちの手か使い分けるのは当たりまえなんで、器用とか思ったことないんですよね。たぶん多くの両利きは「当たり前すぎて」意識もしてませんな。無意識にやってる。
ちなみに私も包丁はどっちでも使えます。大人になってから左利き用の包丁あるって知って買ったけど。道理で今まで皮むきやりづらかったはずだわー。