彼と彼女の本心は?
ベルゼビュート王子は急に向こうの国に行くことになったんで、アイドル活動の拠点移動が間に合ってない。急きょあっちに芸能プロダクションとかの支社作って人員派遣したものの、王子の活動は国家プロジェクトでもあったんで色々相談が必要。
って口実で訪ねてみたよ。
非公式にこっそりね。
場所は『聖なる森』付近の時定社長の隠れ家兼仕事場。城で会うとバレちゃうからさ。
メンバーはあたしとルシファー、輝夜ちゃん。ルキ兄さまは留守番。
ベルゼビュート王子=バグの本心聞きに来たんで、事情を知らないルキ兄さまがいるとマズイじゃん。仕事と、輝夜ちゃんが織女王から本音聞き出すのには姉妹のみのほうがいいって理由で留守番お願いした。
一緒に来たそうだったけど、あたしがついてるし、姉妹の秘密のおしゃべりに男が不要なのは理解できるとしぶしぶ納得してくれた。
「まぁ、リリスがいれば万一のことがあっても大丈夫だしな。ただしくれぐれも言っとくが、輝夜とあのハエを会話させるなよ」
「え、無理じゃん? 挨拶はするし、他にも多少相談が」
「絶対駄目だ」
「ええ~……」
なんで?
そこでピンときた。
「ははぁ。さてはルキ兄さま、輝夜ちゃんが家出してこっちに来るまでベルゼビュート王子と一緒だったからヤキモチ?」
図星だったらしく、ルキ兄さまは沈黙した。
ルシファーがニヤニヤして、
「ベルゼビュート王子も未婚の姫と二人で旅行などしたら勘違いされるのは分かってたので、ちゃんと他にも人連れてましたよ? 輝夜姫は一人じゃまともな日常生活送れませんし、侍女を自前で数名用意して同行してました。彼女たちを姫と同じ部屋に泊めてます。二人きりにならないよう注意してましたよ」
「へえ、けっこう気遣ってたんだ」
「ベルゼビュート王子は王配になりたくないんですよ。下手したら輝夜姫と駆け落ちと誤解され、王配にされかねない事態は何としてでも防ぎますよね」
「あ、そっか。ルキ兄さま、そーだってさ。安心しなよ。輝夜ちゃんが家出したのもルキ兄さまに会うためだし?」
「……分かってるが腹が立つんだよ」
複雑な男心ですな。
「まぁまぁ、あたしがついてるから」
「……そうだな。あと、リリスもあのハエと会話するな。全部ルシファーに押しつけろ。あれに近付くな」
「ええー」
だからムリだってば。
ルキ兄さまって普段抑えてたから気づかなかったけど、実は独占欲強いほう?
あー、アレかー。長らく抑制してだだけに、一旦フタ開くと反動がすごいってやつかー。
レティ兄さまもえらいことになってるもんなぁ。いや、あれよりすごいとみた。
兄たちの共通点にう~んてなりながら、社長のいるドアを開けた。
「ベルゼビュート王子、久しぶり。調子はどう?」
「ああああああああリリス女王サーン! 王配クーン!」
両腕広げて駆け寄って来た王子を、ルシファーが前に出て闘牛士よろしく受け流した。
華麗なスルー。
壁にぶつかりそうになって慌てて180°回転する王子。
「ちょ、ドライすぎない? 王配クン」
「リリス様に近付かないでください。触るのももちろん禁止です」
「独占欲強い男は嫌われるよ?」
「なーに言ってんの。あたしがルシファーを嫌うわけないじゃんっ」
ぎゅーっと腕に抱きつく。
「それくらい愛されてるってことだもんねー。ふふっ」
一方の輝夜ちゃんと織女王は。
「姉さん、こっち来ていいの? 宰相さん手伝って忙しいって聞いたけど」
「今日の分、前倒しで終わらせてきたもの。大丈夫。私だってお父様の様子気になるし……ね」
「まぁね」
「内部の映像見ます?」
のんびり現れた社長がモニターを出した。ズッコケ空中停止な『正義の王』が映し出される。
前と特に変わった様子は見られない。
「見た感じ、変化なしですかね?」
「前よりは家族の呼びかけに反応するようになったよ。進歩してる」
「本当に? こちらの声聞こえるようにできますか?」
「もちろん」
社長はパソコンいじって、どうぞと手で示した。
輝夜ちゃんは大きく息を吸って、
「……お父様! 輝夜です。その……お怒りでしょうが、心配で来ました!」
ピピっとなんかの計測器が鳴る。
「聞こえてはいますね。わずかだけど意識が反応した」
「お父様……!」
「ただ、すぐ深い眠りに入ってしまった。短時間しかもちませんのでね。まだまだです」
「それでもうれしいですわ」
「悪霊に効きそうな魔法もいくつか試作してます。日々改良してますよ」
正確には魔法じゃなくてワクチンプログラムね。
「皇太后様も毎日呼びかけに来てくださってますし、同時並行で効果を高めつつがんばりましょう」
「ありがとうございます」
あたしはきいた。
「ところでベルゼビュート王子、社長。別件でお話あるんでちょっといいですか?」
「ん? オレ?」
「アイドル活動についてよ。うちの国家事業ともからんでんだから、急に拠点移動っつーと色々やらなきゃいけないことあるじゃん」
「ああ! えーっと……」
打ち合わせ通り輝夜ちゃんが席を外すと言った。
「私たちは別のところでおしゃべりしてるわ」
「それなら狭いですが隣の部屋使ってください」
社長が促し、姉妹が出ていったところであたしはベルゼビュート王子に向き直った。
「で、アイドル活動まだ続けるつもりって本気? もう偽装する必要ないんじゃないの」
「続けるよ! 続けたいってのは王配辞退の理由になるじゃん。それに初めこそ隠れミノだったけど、今じゃオレのライフワークだ。本心からやりたいと思ってるよん」
軽い感じじゃ信用度が。
「第八でも王子がガチでアイドルやるって相当だよね」
「女王なのに服作りまくってる自分はどうなん?」
あたしは国庫回復のためって正当な理由があるもん。
「新曲も出す予定だって? それにもワクチン入れんの?」
「入れるよ。アイドル続ける理由のもう一つが、修正プログラムのコピーがまだどっかに潜んでるかもってのだからさ」
「やはりその可能性があるんですか」
ルシファーがきく。
「一応僕がサーチかけて今のところ見つかってはいない。でも『正義の王』みたいに誰かに寄生して隠れてる可能性は否定できないよ。入り込んでスリープ状態なら気づかない恐れがある。向こうだって保険としてコピー作るくらいの頭はあるよね」
社長が答えた。
「分かった。じゃ、本題に入ろっか。ぶっちゃけた話、織さんのことどう思ってんの?」
ズバッときけば、ベルゼビュート王子はキョトン顔。
「へ? どうって……」
「防音魔法かけてあるから、あっちには聞こえないよ。正直なとこどうなの」
「別に? いい子だと思うけど」
カクッてなりそうになった。
そうじゃないっつの。
「それだけ?」
「え、それだけじゃダメなん? あとはそうだな、おもしろい子だなぁって。あそこまで堂々と、一般的には白い目向けられることが多い趣味公言できんのすげーよな。それと……オレも王様にならない王の子として育ったんで、共感できる点が多いかな」
「ああ、微妙な立場だよね」
皇太子である兄姉のライバルにされないよう注意し、兄姉ほどできないように調整して、自分のほうが『下』だと示し続ける。それでいて良好な関係を保たなきゃならない。
「オレも道化を演じる道を取ったし、似てるよな。色々分かるよ。でも織姫サンは王様になっちゃって大変そー。時々こぼしてるよ。オレよく気持ちが理解できるんでさ」
ベルゼビュート王子が感じてるのは、あくまで共感ってこと?
「織チャンも立場上、他のやつにはグチれないじゃんか。だもんでオレは今、要するにグチ聞き役だな。そのためにいる感じ? 別にいーよ。オレはこの世界が元のシナリオから外れることが望みだったんだ、そのせいで織チャンがこんなことになっちまったわけで、責任感じてんのよ。それくらいしなきゃなー」
ははぁ。嫌がりつつもとどまってるのは、修正プログラムの押さえだけじゃなくてそういうことか。
「織さんに悪いと思ってたんだね。びっくり」
「そりゃーな。え、リリス女王サン、オレのことどんだけひどいやつだと思ってたの?」
社長がパソコンいじる手を止めて口をはさんだ。
「本来のシナリオ通りのほうが織姫は幸せだったとは言い切れないよ。敵視も期待もされずひっそり舞台から消え、いずれ人々からも忘れ去られて孤独な一生を終える。それが織姫のキャラ設定だったからね」
「うわ、そうだったんですか」
初めて知った。
でもそういえば、『ヒロインの母』の姉妹については妹がいるって一回触れられてただけで、名前すら出てこなかったような。
「モブキャラもモブキャラ、雑な扱いだね。主人公とからむわけでもないし、ぶっちゃけ細かく決める必要がなかった。忘れられるのもひっそり暮らすのも本人が望んだ人生ではあるけれど……立場を考えてあきらめたってのが正しいかな。重要なのは『ヒロイン』であって、出番のない叔母はどうでもいい存在だから。でも本当は普通の女の子みたいに幸せになりたかったはずだよ」
ごく当たり前のように幸せに笑っていたヒロイン一家。だけどその陰には犠牲になった人がいた。
考えたこともなかった。
そういえば輝夜ちゃんも、これまで色んな人が働いてくれてるから国が回ってたって気づかなかったって言ってたっけ。舞台裏、縁の下で支えてくれてる人がいてこそだって、こっちに来て初めて分かったって。
自分たちがしてた優雅で不自由ない暮らしは彼らの尽力あってこそ。
つまり輝夜ちゃんの政敵もおらず平和な生活も、織さんの犠牲の上に成り立ってたってことだ。
「表舞台に出られたことはうれしいんじゃないかな。いくら自分で決めたことだといっても、やっぱり忘れられて孤独死は悲しいよ。元々の織姫は政敵にならないようあえて恋人も作らず、独り生涯を終えるんだったからね」
「……そりゃあ。だけど女王にはなりたくなかったはずだろ?」
「なんでも願い通りにはいかないものだよ。寂しい人生ルートを変えられた代わりに何かを背負うことになっても、それはしょうがない。代償のことは君も分かってるはずだろう?」
「…………」
ベルゼビュート王子は黙った。
ハッピーエンドの世界にするため『バグ』が払った代償は、ベルゼビュート王子として生きることだった。
「織姫もそこは理解してる。だからブツクサ言いつつも女王業やってるんだよ。なによりこの道を選んだのは彼女自身だしね」
「他に王様任せられるやついなかったから仕方なくじゃん」
「そうかな? 王家の血を引く者は遠縁も含めれば他にもいたよ。あるいは王制を廃止することも可能だった。キッカちゃんみたいにね」
「…………」
その通り。
『正義の王』の異常行動を理由に、責任を取るって王制廃止もできたんだ。あたしがすでにやってて、そういう方法もあるって示してたんだから、それまでは思いつかなくても選択肢の一つにあったはず。
「君が責任を感じることはないよ、ベルゼ君」
社長は穏やかに微笑んだ。
「僕はさ、君を友達だと思ってる。僕はもう死んでいて、かつての友人たちは遠い。会うことはできても、僕がこうして残っていることは知らない。話すこともできないんだ」
寂しそうに遠くを見つめる社長。
「社長……」
「だけど君は電脳空間上の自律思考を持つ存在。自然発生なところが僕とは違うけれど、仲間だよね。君を見つけた時うれしかったよ」
あたしはこの時初めて気づいた。
ああ……。社長はどれほど孤独だったんだろう。
友達や元妻を見かけても、時定斗真として接することはできない。ゲームのキャラクターとしてしか会話できないんだ。本当の姿も隠さなきゃならない。
誰にも言えず、たった独りで。
「博士」
「僕がこの世界を創る手助けをしたのは、せっかく見つけた友人が生きる場所を作り、そして幸せになってほしいと願ってのことだよ」
「博士……」
そうだね。
あたしはポンと『バグ』の肩をたたいた。
「この世界をハッピーエンドにしたいって言ったじゃん? それにはもちろんベルゼビュート王子も入ってるんだよ」
「リリス女王サン」
「それから社長もこのままここにいればいいんじゃないですか?」
社長は苦笑して首を振った。
「それも楽しいだろうけど、僕はやらなきゃならないことがある。愛した人と大切な友人たちと作ったものを守っていくって役目がね。だから残念だけど」
「そうですかー」
天才科学者兼ゲーム会社社長が除霊師にジョブチェンジして生きて?くのもいいと思うんだけどなー。
「安心して。この件が終わっても、ちょこちょこ遊びに来るよ」
「ほんとですか? わーい。……って、話を修正プログラムのことに戻しますけど。ほんとのとこどうなんです? 何かあるんでしょ?」
探るような目を向ければ、社長は「おや」といったふうに、
「よく気づいたね」
「えっ。ちょ、社長、トラブルか?!」
ベルゼビュート王子はギョッとして謎の構えをした。
何そのポーズ。
「ワクチンで抑えつつある、それは本当だよ。ただね、どうも……修正プログラムも進化したみたいでね」
「進化?」
アップデートはしようにも、この世界はいわばバリア張ってあるんだから、外から追加情報は入ってこないんじゃないの?
「バージョンアップしたって意味じゃないよ。自発的に学習して進化したってこと」
「ちょい待てよ、社長。修正プログラムはあくまで電気信号で、意思はないはずだろ? それじゃあまるで……」
「うん。君みたいだね」
社長はあっけらかんと言った。
おいおい。
「社長、そんなのんびりと!」
「この世界は特殊だからねぇ。思いもかけない突然変異が起きたらしいよ。キッカちゃんという外部からの来訪者や、僕ってイレギュラーの影響かもね」
「ずいぶんあっさり言いますね。一大事では?」
「というか、納得したといったほうが正しいかな」
納得した?
「修正プログラムがどうして『正義の王』以外に入らなかったかって疑問だよ。周囲に影響は及ぼしてたけど、他の誰かには移らなかったよね。それは君たちみたいに融合しかけてたからさ」
あたしとベルゼビュート王子を指す。
「ただ乗っ取ったんじゃなくて融合。もはやあれは元のプログラムじゃなく、一個の人間になってる」
「え……と、それじゃ、この世界の住人になっちゃったってことですか?」
「そういうことだね」
あっけらかん2。
「マジかよおい! もう消せねーってことじゃん!」
思わず腰を浮かすベルゼビュート王子。
社長は冷静なもんだ。
「まぁ、予想の一つではあったんでそんなに驚くことでもないよ。だから僕も慎重にやってたんだよね。単に削除すればいいだけなら、とっくに終わってるよ」
しれっとすごいこと言ってるな。
「君たちと違うのは、すでに意思も自我も確立してる大人に憑りついてできたってことかな。まっさらな子供と違って自律思考があったから最初は拒絶反応が起きたし、融合速度も遅かった。それとね、修正プログラムがこうして自分で考えるられるようになったっていうのはバッドニュースどころかラッキーだよ」
「ラッキー? どこが?」
「修正プログラムもこれまではただ入力された指示通りにやってればよかったのが、なんだか変だって思うようになったんだよ。本当に実行していいのかってね」
「ヤツ自身も疑問を?」
あ、そっか。自分で考えられるようになったっていうのはそういうことか。
「ここがあまりに元のシナリオと違いすぎて、違和感を覚えたんだろうね。修正プログラムへの命令は特定のゲームの指定されたバグ修正だ。それ以外はやらない。なぜならプログラムは書き込まれた指示以外のことはできないから。そういうものだよ」
「プログラムだもんな。入力された以外の動作をするのはありえねー」
「つまり、いる場所が指示された正しい場所でなければ何もしない。間違ったところに来ちゃったなら出てかなきゃって慌てたんだよ。正しいところに行って命令を実行しなきゃいけない。それがプログラムとしての本来の行動だから」
修正プログラムも間違ったところに入りこんじゃったんだって気付いた……?
あたしは眉をひそめて、あきれ半分に言った。
「え、だったらさっさと出てってくれればよかったのに」
「気づいたけど、あっちもここにいたくなっちゃったんだろうね。居心地がいいし、何が起こるか分からなくてワクワクして出てくのが惜しくなっちゃった。自分で考えることができるようになっただけにね。だって、ここから出るってことは『正義の王』からも出てかなきゃならないってことだよ。そうすれば元の意思のない電気信号に逆戻りだ。感情を得たプログラムはそれを捨てたくなかったんだよ」
「あー、感情を手に入れたロボットの葛藤ってやつですか」
某マンガとか某映画みたいな。
「ベルゼ君だってそれは分かるんじゃない? もし『ベルゼビュート』から出てただの『バグ』に戻るって考えたらどう?」
「……ゾッとするな」
ベルゼビュート王子はブルッと震えた。
「けど」
「社長」
あたしはパッと手を挙げた。
「修正プログラムも救えないかな?」
ベルゼビュート王子の口があんぐり開いた。
わあ。リンゴ丸まる入りそ。
「は? ……いや、ちょ、何言ってんだよ」
「正気だって。修正プログラムと『正義の王』は分離できるんですか?」
「無理だね」
社長は断言した。
「もうすでに分離できないとこまで融合しちゃってる。修正プログラムを消そうと思えば、『正義の王』ごと削除するしかない」
「やっぱり。だったらいっそ、修正プログラムも『正義の王』として生きればいいじゃん」
「おいおい」
「ただのプログラムのままじゃ、前みたく話し合いなんかできっこない。でも一人の人間になっちゃえば、考えることができるんだから話せば分かってくれるかも。この世界は似てるけど別物で、修正かけるべきとこじゃないんだって納得してもらおうよ。理解しあえたなら、もしこのまま『正義の王』としてここにいたいならいてもいいよって提案すれば」
「リリス女王サン、ムチャだよ」
「そーかなー。あたしだって外部から来たイレギュラーじゃん? でもここにいる。だったら修正プログラムも仲間に入れてあげようよ」
仲良くできそうなら平和的解決法でいこうよ。
「あたしはできれば戦いなんかしたくない。避けられるなら避けたいんだ。一発で倒せちゃうからこそね」
強力な力は使い時を考えなきゃ。いつでもなんでもかんでもブン殴って解決、ハイ終わりなんてのは駄目。
「敵だから力で排除、じゃあなくて。平和に共存できるならそれでいいじゃん」
自分と違う考え=敵!って認識して、速攻やっつけてねじふせるのは違うと思う。色んな人がいるから世界って面白いんじゃん。みんな自分のお仲間、同じ思考回路だったらつまんないよー? わざわざおもしろ要素をつぶすなんてもったいない。
わざわざ人を制圧して『下』の存在を作らなくたって。誰かに認めてもらえなくても、褒めてもらえなくてもいーじゃん。自分が自分であることに何か変わりがある? 気にしない気にしない。自信持っていきましょー。
なにしろ今のあたしは『魔王の母』だもんねぇ。悪口悪評ばっかよ。敵意向けられ、『下』だと思われ、差別・非難されまくり。まぁだいぶマシになったけどね。でも元々どーでもいい。どんなに人から悪く言われようが、あたしは胸張って生きるって決めたんで。
つかね、そうやって排除しまくったのが『リリス』の父親『魔王の祖父』だよ。人の言うこと聞かない、自分だけが正しい、人の迷惑かえりみず好き勝手放題やって反対意見を潰しまくった結果がみじめに牢屋の中で尻かきむしってる現状。
ああはなりたくないわー。
因果応報っつーか、なんつーかね。
時定社長が微笑んだ。
「実にキッカちゃんらしい結論だね。修正プログラムとも共存できるならしたい、か」
「ムリですかね?」
おずおずきく。
「ううん。不可能ではないと思うよ」
「博士っ!」
「相手に自我と自律思考があるなら、説得できるかもしれない。可能性はゼロじゃないよ」
「博士までムチャ言うなよぉ」
うめくベルゼビュート王子に社長は肩をそびやかした。
「でもベルゼ君、あとは『正義の王』ごとデリートするしかないよ?」
「リセットは」
「やめといたほうがいいだようね。そうなるとキッカちゃんがどうなるか分からない」
とたんにルシファーが殺気立った。
「ほう……?」
わぁお。
『魔王の父』怒らせんといてくれる?
慌ててバンザイ降参ポーズするベルゼビュート王子。
「ちょ待って! マジ待って! やらねー、分かったやらねーよ!」
「何事っスか!?」
殺気に驚いた輝夜ちゃんと織さんがドアを開けた。
あたしは急いで駆け寄り、閉めにかかる。
「おーっと。何でもない、何でも。気にしないで―」
「いや……どう見てもルシファーさん、ベルゼビュート王子に殺気放ってるっスよね?」
「ああ、よくあることだから。男同士のちょっとしたおふざけだよー。つーわけでゴメン、もちょっと時間いい?」
「はあ……? いいならいいですけど……」
どうにか阻止した。
ふう、やれやれ。
ドア閉めて額をぬぐう。
「ルシファー、殺気ひっこめといて。また来ちゃう」
「ですが」
「大丈夫だよ。ベルゼビュート王子もやんないって言ったし」
「信用できません」
「信用してー! あのさ、こっちだってここまで上手くいったのは今回が初めてなんだ。できればこのままいきたいよ。やり直したって上手くいく保証はねーんだ。下手すりゃ逆戻りだぜ」
「本当ですかねぇ……」
疑り深い目を向けるルシファー。
「あたしもリセットなんかさせないって。やとうとしたら全力で妨害するよ」
「……リリス様がそうおっしゃるなら」
ルシファーはしぶしぶ殺気ひっこめた。
あたしは改めてって感じで手をたたき、
「さて、修正プログラムが『正義の王』として共存できるならしようって方針は決定で!」
「一つだけ、僕から提案」
「何ですか社長?」
口出すなんて珍しい。
「あちらに要求する条件がある。元のシナリオへ戻そうとする能力を放棄させることだよ」
あ。
全員納得。
「そりゃそーだ。持ってるまんまじゃ信用できねーもんな」
「削除されない対価として妥当では。『正義の王』として生きるのであれば不要な力ですしね」
「うん。実際は僕がそのへんのプログラムを削除するよ。修正プログラムとしての能力は失って元々の『正義の王』の力しかなくなるけど、当然な話だよね」
うん、もっともな措置だ。
平和に共存するなら武装解除しないとね。うちの国がコレクション廃棄したのと同じだ。強力な武器持ってながら「戦争しませんよ~」なんて言っても説得力ナシ。
『正義の王』の力だけになっても、『魔王の母』と大体同じくらいの力持ってるわけで。恐くはないでしょ。
「了解です。そこんとこも交渉しましょ」
「交渉役だけど、これもベルゼ君がやったほうがいいよ」
「オレ?」
「君は現在正式に交際的な調停役になってるし、『ベルゼビュート』は本来のシナリオに無関係な脇役で脅威と感じない。正体バラすにしてもバラさないにしても、最初聞く耳持ってもらえなきゃしょうがないよね? 『魔王の母リリス』が持ち掛けても、前みたく信用しないさ」
アホ親父のコレクション廃棄する時も信用してなかったもんね。
「あー、そっか。分かった、りょーかい。んじゃ提案してみるわ」
「よろしく。しかもあたしって輝夜ちゃんと結婚しちゃったルキ兄さまの妹でもあるじゃん。そっちで恨まれてそー。大反対してたもんねぇ」
泡ふいて倒れてたっけ。
「ああそりゃヤバイな。溺愛してた娘をかすめとってった男の妹じゃ、話聞いてもくれねーな」
「でしょ。つーわけで頼むわ」
「おっけ。オレがやる」
これで一つは片付いた、と。
「で、話最初に戻すけど織さんのことどう思ってんの」
「えええ、戻る?」
ベルゼビュート王子は情けない声あげた。
戻すよ。決まってんでしょ。
「だからぁ、ほんっとにそーゆーこと考えたこともないって」
「国にいた時は付き合ってた女性いっぱいいたんでしょ?」
「意味違うよ。そっちの二番目の兄ちゃんみたいなもん。情報収集がてらオレはあちこちで歩いてたの知ってるだろ? そこで助けたりなんだり知り合ったコたちとその後も交流が続いてるだけの話だよ。恋愛感情じゃなくて、ただの普通の友達なの」
ナキア兄さまと同じか。まぁ聞き込みなんだろうなって気はしてたけど。
「特定の恋人は今も過去もいねー」
「なんで作らないの?」
「傍観者だと自認してるからだろうね」
社長が答えた。
「傍観者?」
「ただ見てるだけじゃなくて介入するけどね。立ち位置が普通のこの世界の人間とは大きく違うだろう? それに失敗したらリセットかけてやり直すんだから、深く関わっても仕方ないと思ってるんだよ」
もし好きな人ができたとしても、その回が失敗したらリセットだ。何もなかったことになる。相手はあったことも下手すりゃベルゼビュート王子の存在も忘れてしまう。
好きになってもしょうがない。だって全部消えちゃうかもしれないから。
「……かわいそ……」
「博士」
「僕も気の毒だと思う。でも今回は上手くいってるよね。だったら君も誰かを好きになってもいいんじゃないかな? 君も幸せになってもいいと思うよ」
「…………」
ベルゼビュート王子は困りきって眉を八の字にした。
「なこと言っても……考えたこともねーし」
ふぅん。ベルゼビュート王子も恋愛感情としての『好き』が分からないんだ。
これまで発想自体がなくて、経験だってないし、どうすりゃいいのか分からない。
アガ兄さまみたいだね。意外な共通点発見。
「うん、急に言っても無理だよね。気持ちって自然と発生するものだから。ただこれからは、無意識にストップかけてた思考を先に進めてもいいんじゃないかってこと。のんびり考えてみたら」
「よく分かんねーけど、おう……」
社長がちらっとあたしに目配せしてきた。
後は任せてって意味ね。
こういうのは男同士のほうがいいもんね。了解っす。
あたしは腰を上げた。
「それじゃ輝夜ちゃんたちも心配してるだろうし、そろそろお暇するわ。交渉よろしく、ベルゼビュート王子」
「ああうん、成功するかどうかはともかく、やってみるぜ」
社長にお願いしますって目配せを返し、輝夜ちゃんを呼びに行った。
★
―――さて、こちらは同時刻姉妹サイド。
リリスちゃんとの打ち合わせ通り席を外した私、輝夜は妹をしみじみ眺めた。
「不思議ね。離れてからのほうがこれまでよりよく話してるなんて」
「あははっ。まぁねー。私はめんどくて早々に逃げ出してたからね」
明るく笑い飛ばす妹。
私は謝った。
「ごめんね」
「? 何が?」
「私の立場を盤石なものにしておくために、変人を誇張して城も出たんでしょ?」
妹は眉を上げただけで答えなかった。
「植物の品種改良って分野の研究者になったのも、それなら何か言われないから。研究者なら王族がやってても無難だし、危険視もされない。対象として植物を選んだのも同じ理由でしょう? さらに研究に没頭するのも城を出る口実になる。……私は気づきもせず、のほほんと……」
「やめてよ姉さん。めんどくて逃げたのはほんとだよ」
意を決してきいた。
「ねえ、ついでにきくけど、実はこれまでいいなと思った人いたんじゃないの? でも色々考えてあきらめたとか」
「あ、それはない」
キッパリ。
秒で返って来た。
あ、これはマジだわ。
「え、好きになった人いないの?」
別の意味で心配になってきた。
「私が好きなのは二次元だよ」
ものすごく納得した。
「さらに具体的に言うと、二次元の男性同士がラブラブいちゃいちゃしてるのが好き」
「そうだったわね」
ファンて意味での『好き』だった。
あ、そうそう。
ゴソゴソとバッグから紙袋を取り出す。
「これ、好きな先生の新刊と私がみつくろったおススメ本」
「マジで!? キャー! ありがと姉さんっ!」
さっそく開く妹。姉妹同士だから遠慮皆無。
同志のディープな会話がこの後しばらく繰り広げられたけど、そこは割愛しましょ。嫌な人もいるでしょうからね。住み分けと配慮大事。
「はああ……尊い……!」
「はっ。いけない、つい語っちゃったわ。一旦ここまでにしましょ」
終わりがない。
「そだねー」
「って、そんなことしてる場合じゃないわ。織ちゃんてそれじゃあ恋したことないの?」
「姉さんだって義兄さんと会うまではそうでしょ」
それはまぁ。
「だって私は小さい頃から婚約者が決まってて、恋しても無駄でしょ」
「婚約者に恋すればいいって話じゃん」
「彼はいい人で気も合うけど、どうも恋愛感情にはいかなかったのよね。同志って言葉がぴったり。共通の目的のために協力する戦友みたいなものであって、背中は預けられても恋人にはなりえない。早いうちにどちらともなくそんな話になって、お互い納得してたのよ」
その時にもし将来他に好きな人ができたら円満に婚約解消しようと約束していた。あくまで私たちの間にあったのは友情だった。
友達の幸せを純粋に祈っていたからこそ、彼と恋人の結婚を急がせた。周りがゴチャゴチャ行ってくる前に決行してしまえばこっちのものだからだ。
「そんな私でも好きな人ができたんだもの、織ちゃんだってできるわよ。もう色々気にしなくていいわけだし」
「三次元には興味ないんだけどな~」
本気で言ってないでちょっとは興味持って!
「王配候補最終選考通過者二人はどうなの」
「んー……」
あら? 歯切れが悪い。
「まさか最初から王配決めるつもりなかったの?」
織ちゃんは沈黙した。
「織ちゃん」
「いや、私が王様続けるのはちょっとなーって」
「あのね。織ちゃん以上にふさわしい人はいないのよ? 言っておくけど私の子どもが生まれるまで時間稼ぎして、ある程度の年齢になったら譲位して逃げるって考えは捨てるのよ」
「うっ」
釘さしたらうめいた。
「もー! 私もルキも、自分の子を王にする気はないの! 特にルキは長子で最年長だから一番打診されてたのに断り続けたのよ。分かるでしょ」
「ええー。やってよー」
テーブルに突っ伏し、うだうだする妹。
「だめ。逃げ癖は直しなさい。王位についた以上、責任は全うすべきよ」
「私なんかよりもっとふさわしい人がやるべきだって……」
「私の子がふさわしいか分からないじゃない。とうか、それならいっそ王制廃止すれば?」
「え?」
織ちゃんはぽかんとしてまばたきした。
「リリスちゃんみたいに政治は向いてる人に任せて、王家はお飾りにする方法もあるでしょ」
「いやいや。父様が回復したら復帰できるよう、一応席は残しとかなきゃじゃん」
「復帰できると思う? 回復しないだろうって意味じゃなく、国民が認めるかって意味よ」
戦争しないと明言してる国に対し、一方的に侵略戦争しようとしたのよ。暗殺部隊も送り込んだ。それ以前には濡れ衣を着せようともしている。ベルゼビュート王子が暴いてくれなければあの時点で全面戦争に陥っていたわ。
いくら悪霊のせいとはいえ、これだけのことをした者を王だと国民は認めない。
しかも除霊士さんいわく、悪霊はその者の元々持ってる欲を増長させているという。考えてもいなかったことは増幅されるわけがない。
つまり多かれ少なかれ、父の心には元からそういう考えがあったということ。
「……ムリかなぁ。猛反発される?」
「下手すれば反乱が起きるでしょうね。誰が全快を保証しても、信用されないわ。それほどお父様は国民に不信感を持たれてしまってる」
「だよねぇ……」
織ちゃんは頬杖をついた。
「てなると姉さんとこの子」
「だぁーめ」
きっぱりお断り。
「責任を取って王位継承権放棄した人間の子が王位につくのは道理に外れてるわ。織ちゃんが愛する人と結婚して、その子供が座るべきなの」
結論はそこに戻るのよ。
「改めて残り二人の候補者、どう?」
「あー……」
妹は言うか言うまいか迷った結果、白状した。
「実は私のことキモイって言ってるのとか聞いちゃってさ。それだけなら趣味の不一致で理解できるけど、その先もねぇ」
「え? なによそれ。趣味のことでしょ? それなら初めから知ってたじゃないのよ。今さら?」
「分かってはいても、実際近くで見てたらうげぇってなったんじゃないの」
織ちゃんの趣味を受け入れられるかどうかは、あえて選考チェック項目に入れなかったそうだ。言わなくても察せられるかどうかが判定ポイントの一つだから。
「まぁね、男性にしてみれば気持ち悪いって思う人がいるのは理解してる。好みは人それぞれ、価値観も違うからね。だから私も嫌がる人の前じゃ気をつけてるよ」
気づていない人が多いけど、織ちゃんはBL好きを公言していても不快がる人の前じゃそれ以上言わない。しゃべるのはベルゼビュート王子やリリスちゃんみたく全然気にしない人だったり、同好の志と語り合うだけ。
織ちゃんにとって、初手でわざと趣味をバラすのは一つの戦略なのよ。そこでどういう反応を示すか。敵視・蔑視・嫌悪してくるかどうかによって相手を計ってる。
王になりたくない・なれない第二王女としての生きる術でもある。
「どんな趣味も楽しいと思う人がいるのと同じように、不快・おもしろくないって思う人もいるもんね。後者にやるのはただの押しつけだ」
「そうねぇ。趣味っていうのは人に迷惑かけず、個人的に楽しむものだものね。……ただ、相手の好きなものを我慢できないという人とは結婚しないほうがいいと思うわ」
人によって考え方は違うんだから、気が合わないのは仕方がない。とはいえ好きなものが違ってもお互い尊重し合えるならいいけれど、嫌悪するほど我慢できないのなら無理がある。
「候補者にはこっそり監視つけてあってさ。これ見破れるかどうかも判定基準」
「本物の王配になれば、他国のスパイが狙ってることもあるもの。それくらい見破れなきゃ話にならないわね」
「私はかーなりバカだと思われてるっぽいよ。その知恵もないって判断されてる。ま、うつけだと思われてたほうが相手が油断するんでいいんだけどね。証拠映像あるよ。見る?」
映像を記録してあるカード状のものを出す。
開くと再生された。画面2分割で二人同時に始まる。
ものすごい嫌悪の表情で、軽蔑してるのがバレバレだ。
「……まったく気持ちが悪い。あの女」
「キモいったら。吐き気がする。いくら真面目に政務をしていてもあんな下劣な思考の女を王と崇めねばならないなんて冗談じゃない。本音隠すのが大変だ」
「しかしバレたら最後、候補者から外されてしまう。女王の不興を買えばクビだし、国内にはいられなくなる。出世もパアだ」
「せっかく大出世できるとこなのに。はあ、面倒でも演技しなきゃなぁ。幸いあの女はアホだから、ご機嫌取りは楽でいいよ」
それぞれ別々の時間と場所でしゃべってたはずだけど、妙にかみ合っている。
「ああ、おぞましい。なんとかしてこの私が矯正してやらねば。誤った考えを持つ愚者を清く正しき真人間に教育することが、きっと天より与えられた私の使命なのだ。私はそのために生まれた選ばれたる者に違いない。神の遣い、代行者である」
「あんな馬鹿女、私が王配になった暁にはさっさと実権を奪ってお飾りにしなければ。私のほうがはるかによく国を治められる。なにしろ才能があるのだからな。どうせ嫌々やってるみたいだし、簡単に大喜びで任せてくるだろう。でももし権力を私によこさないのであれば……いや、さすがに退位や幽閉はまずいな。国民がうるさい。ある程度の時間が経ったら計画を立ててそうしよう。なぁに、楽に傀儡にできるさ。魔法で操り人形にすることだってできる」
これ以上聞いてられなくて、私はカードを勢いよく閉じた。
「なによこれ!」
怒りのあまり破りたいくらいだ。
「それが本音だってさ」
肩をすくめる妹。
「信じられない! あれだけ吟味を重ねて残った候補者がこうだなんて」
「うーん。それがねー。除霊士さんいわく、どうやらこの二人も悪霊の余波受けてたみたい」
「え?」
なんですって?
「ホラ、憑りついてたのは父様でも、他に何人か影響受けてた人いたじゃん? 叔母さんたちみたいにさ。けど叔母さんたちって実際父様からは離れたとこにいたよね?」
「言われてみれば……」
降嫁した叔母は普段、郊外にある嫁ぎ先の屋敷や領地で暮らしていた。城でよく見かけるようになったのは最近だ。
「除霊士さんの調べによると、他にもいたみたい。共通点はみんな心の中に本人も気付いてないくらい小さな、だけどオイシイ欲を持ってたってことなんだって」
「血縁関係や距離は関係ないのね」
「そ。押し殺してたり、本人も知らないくらいの欲だからこそ、増幅させたときにはうまみが増すとかなんとか。だもんで影響受けた人ってのは、元々は善良な人ばっかなワケ」
「根が善良であればあるほど、解放した時に巨大なエネルギーになるのね」
「つまり最終候補者のこの二人は本来善良な人だって証明されたけど、同時に本音も証明しちゃった。だってゼロを増幅はできない。ほんのわずかだろうが自覚ナシだろうが、あったから膨れ上がって表面化したんだからね」
本人も気付かなかった欲を引き出される。……恐ろしいことだわ。
「うちの国って潔癖さんが多いよねー。自分たちが考える『規範』『常識』と外れたものは問答無用で敵認識して、徹底的にやっつけようとする傾向にあるじゃん。しかも悪意でやるんじゃなく、善意のつもりでさ。自分たちのルールが正しい、愚かな者を改心させてあげよう、それが相手のためだって心底信じてる。不思議だよね~」
「そういえば記録映像でもそんなことを……」
指摘されて初めて気づいた。
国民全体にそんな傾向があったなんて。
なぜ?
「なーんでそこまで絶対的に信じ切ってるんだろうね? そんな自分が正しいもんかね。そういう時もあるだろうけど、いつもそうとは限らない。そんで自分の価値観押しつけて、無理やり相手を自分の思い通りにして善意って、なんか違う気がするけどなー」
「そうね……」
私も外に出たからこそ分かる。
「人の心の征服って、肉体的な征服と何が違うのかな」
「相手が望まぬことを強制するって点では同じかもしれないわね」
国全体でこれまでのことを顧みて反省すべきなのかも。
それにしても中にいながらそれに気付けた織ちゃんは、やっぱり王に向いてると思う。
「異なる意見を封殺して一つの目的に突き進むのは、生死がかかってるような乱世なら適してるんでしょうね。今の状況では向かない。現状で上に立つ者に求められてるのは、穏健派で他者に寛容ということだわ」
戦争しない、他国の政治に干渉しないとはっきり示す人間でなければ疑われる。なにしろ信用度が落ちまくっているのだから。
「誰だって自分の好きなものや考え方を否定されたら悲しいわ……。残念ながら、残る二人も今回求めてる人材ではなかったのね」
「しょーがないね。ただいくら理由明らかにしてもすぐ二人とも失格にすると、またあれこれ言われそうだから適当な時間おいて発表するつもり」
「そう。当初の予定通りベルゼビュート王子にするのね」
織ちゃんはものすごく意外そうな顔をした。
「え?」
「え?って、そのつもりだったんでしょ? 彼ならどの国も納得するもの」
「いやいやいや。姉さん、そんなつもりこれっぽっちもないよ」
は?
私のほうが驚く番だった。
手をパタパタ振って、
「やーねぇ。織ちゃんはベルゼビュート王子が好きだけど、相手が乗り気じゃないから好きになってもらう時間を作ったんでしょ? 他に候補者がいればヤキモチやいてくれるかもしれないし」
「違う違う」
「はいはい、無自覚にやったのね。分かってるわよ」
「いやホントに違うって! ベルゼビュート王子にはメチャクチャ迷惑かけてんのに、この上なりたくもない王配の立場押しつけるわけにはいかないじゃん。望み通り帰れるようにするためだよ」
私はじっと妹を見つめた。
これは……本気で言ってるわ。
え、ほんとのほんとにベルゼビュート王子以外の王配を見つけるつもりだったの?
「え……? 織ちゃんてベルゼビュート王子が好きなんじゃ……?」
「友達としてね。こんな色々助けてくれるし、親切な人だよ。こっちはろくなお返しもできないのに」
「ええまぁ、見返りも求めず親切で良心的な人よね」
それはそうよ。
「でしょ? せめてものお返しとして、早く元の気ままな暮らしに戻してあげなきゃ」
「…………」
ふいに真相がひらめいた。
分かった。
そうか。織ちゃんは。
まっすぐ正面から目を見て妹に問う。
「ベルゼビュート王子が好きだけれど、彼がああ言ったから気持ちを押し込めてなかったことにしてるのね」
「―――」
妹は何か言いかけゆと口を開け、何も言わずに閉じた。
そうなの。
リリスちゃんの予想は当たっていた。
ベルゼビュート王子が先に「王配なんか嫌だ」と明言してしまったから、妹は意識して気持ちを封印したのよ。すでにたくさん迷惑をかけている。これ以上は駄目だと。
この『好き』は友達としての好きだと自分に言い聞かせた。まるで自己暗示のように強く。
「どうしてそこまで……」
「―――あ~あ」
織ちゃんは後ろにもたれかかり、大きく伸びをした。
「せっかく思い込むの成功してたのになぁ」
「ごめん。でも」
「分かってるって」
妹は苦笑しながら仕方ないといったふうに私を見た。
「……そうだね。私はたぶんベルゼビュート王子が好きなんだと思う。趣味を理由に渡しそのものを全否定したりさげすんだりしないし、王位を継がない王の子って立場も同じで気持ちも理解してくれるから。それがきっかけかなぁ……」
「ええ……私とかわずかな女性の同志を除けば、特に男性の織ちゃんに対する態度はひどいものだったものね」
うまみも吸えないなら役立たずだと、露骨に蔑視していた。人格否定もしょっちゅう。父ですらさげすんでいたフシがある。
逆によくここまで虐げられていて壊れなかったものだわ。
これも異なる価値観を無条件で悪とし、排除する国民性ゆえ?
他国の人であるベルゼビュート王子はそんな考えは持っておらず、織ちゃんにも普通に接してくれた。
「初めて自分を差別せず受け入れてくれた男性を好きになるのは自然なことよ。分かるわ」
「最初は単に好感を抱いたってレベルだったな。人間として好感度高いっていう。自覚したのは姉さんが家出した時」
「私?」
「ベルゼビュート王子と一緒に出てったでしょ」
…………。
しばし考え、青くなった。
「違うわよ!? 私はルキ一筋だもの! ていうか、織ちゃんには家出前に会って説明したわよね? ベルゼビュート王子は戦争回避のため協力してくれただけ!」
家出直前、妹にだけは会ってきちんと話しておいたの。心配するだろうし、できればごまかしておいてほしいと頼むため。
その場にはベルゼビュート王子もいて説明してくれた。
「うん、ちゃんと覚えてる」
「私が好きなのはルキだけだから! 勘違いしないで!」
「はいはい、そこまで必死にならなくても知ってるってば。ていうか恥ずかしいと思わずよく声を大にして言えるよね……そこはすごいと思う」
「だって好きなんだもの」
むうっと唇を尖らせる。
「へいへい」
「ハ行アの段がエの段になったわね」
「じゃ、ひいひい。ふいふい。ほいほい。ハ行コンプリート」
何のコンプよ。
「冗談はともかく、きちんと理解してたってば。だけどなんでベルゼビュート王子が手伝うの、どうして一緒に行くのが私じゃないんだろう?って思っちゃったのよ。そこで初めて気づいたワケ」
「ごめんなさい!」
がばっと頭を下げた。
「そんな思いさせてたなんて……」
「あ、いーのいーの。むしろ自覚のきっかけ与えてくれて感謝のほうが大きいわー」
妹はあっけらかんと笑った。
「ベルゼビュート王子が姉さんに興味ないのは一目瞭然だったしね」
「ええそうね。というかベルゼビュート王子って誰にでも平等に接してて、なんだかあえて特別な人を作らないみたいに見えるわね……?」
間に一線を引いてる、みたいな。
常に傍観者というか第三者の立場で、何にも属さない。
「私もそれには気づいてた。だから自覚しても特に行動しなかったのよ。ムダかな、迷惑かもって思って」
行動派の織ちゃんも恋には臆病だったのね。
「それだけに、悪霊退治に協力するってこっちに来てくれてうれしかったんだ。父様から逃げて『聖なる森』に向かった時はあんなに必死に駆けつけてくれて。ちょっとは脈あるのかなって期待しちゃった」
「ええ」
ベルゼビュート王子の焦りようはすごかった。
「彼も私のこと少しは好きでいてくれるのかもって。でもね、違った」
織ちゃんはぎゅっとドレスを握りしめた。
「私はあくまでも友達で、恋愛対象じゃない。はっきりそう言われたよ」
「織ちゃん」
私は妹を抱きしめた。
「分かるわ。私も一度きっぱり拒絶されたもの」
本気で怒られた。恐くて、辛くて悲しかった。
小さく震える妹は顔をうずめ、声を絞り出す。
「私の勘違いだったんだって、現実突きつけられた。……下手に行動してなくてよかったよ。もしアタックしてたら恥どころの騒ぎじゃなかった。ホッとしたよ。でも苦しかった」
「うん」
「せめて友情だけは失いたくなくて。必死で気持ちを押し殺した。初めからそんな感情なかったんだ、ただの友達だって思い込もうとした」
「辛かったわね」
私の服が妹の涙で濡れていくのも構わず抱きしめ続けた。
優しく背中をさする。
「嫌われたくないから。彼が帰りたいなら、叶えてあげたかったの。でも除霊に時間がかかって……早く父様には元気になってほしいのに、解決しないうちは彼はここにいてくれる。ひどい娘だよね」
「ひどくなんかないわ。人間だもの、そう思ってしまうのを誰も責められないわよ」
「あの人にいてほしい、だけど父様も治ってほしい。ひどい父親だけど、親だもん。ねえ、どうすればいいの? 他にも私を受け入れてくれる人がいればあきらめられるかもって、王配候補を世界中から募集した。他の国ならベルゼビュート王子みたいに気にしない人もいるかもしれないでしょ。本当に、いい人がいたら結婚しようって思ってたのよ。本当だよ」
全員落とすつもりでいたんじゃなかった。本当に真剣に考えてたのね。
「なのに次々脱落してく。笑えるでしょ? 人を助ける仕事のほうを優先するのはとてもすばらしいことで納得できるよ。対人恐怖症で無理なのも、連れ出して悪かったな、ゆっくり休んでって思う。この二人は分かるよ」
「そうね」
「許せないのはそれ以外だよ。厳選したはずの最後の二人すらも駄目だった。本心は」
「うん」
妹は顔をあげた。
「ねえ、私ってそんなダメかなぁ? そんなにも好きになれない人間? 人格否定も差別もせず、私の全部を受け入れてくれたはずのベルゼビュート王子でさえ、私はダメなんだって」
「人間としてダメって意味じゃないわよ」
えーとえーと。
そうだ。
「ベルゼビュート王子って自分の好みはお色気系だと思ってるみたいだけど、本当は違うんじゃないかしら。ほら、ルキの弟のアガリアレプトさんもそうよね。外務大臣の。彼も過去の恋人は気が強い・超美女ばかりだったけど、好きになったのは全然違うタイプの人だったわ」
とても優秀な人だと思うわ。手の中で転がしてるもの。
「だってベルゼビュート王子は厄介な立場に陥らないよう特定の恋人は作らないよう気をつけてたのよね? 本当の好みとは違うタイプを好みだと思い込んでたんじゃないの? 意識して長いことそういうふうに見せかけてたから、自分でも本当だと思っちゃったとか」
「あ……」
織ちゃんはなるほど、とうなずいた。
「でも今回は父王も兄皇太子も勧める話よ? 反対されてないんだもの、まだチャンスはあるわ」
「ないよ。周りももんな乗り気で何の問題もないはずなのに、嫌がってるじゃん。私は何をどうしても恋愛対象にはなりえないってことだよ」
「そんなことは……」
ないと思うけど。
「結局さ、私を好きになってくれる人なんていないんだよ。そんな、誰からも好きになってもらえない私は王にふさわしくない。だから早く辞めるべきだと思う」
「織ちゃん」
「ひきこもって誰にも会わないようにすればいい。元通りひっそり静かに一生を終えるのが私にはお似合いだってことだよ」
「駄目」
妹の両肩をつかみ、まっすぐ目をのぞきこんだ。
「あきらめちゃ駄目。たった一人の妹には幸せになってほしいの。それに、私だって一度はあきらめたわ。でも今こうしてる。だから絶対あきらめないで」
「でも」
「ベルゼビュート王子もわざと恋愛関係封殺してて、まだそのロックが外れてないだけよ。外すには……経験上、荒療治が必要ね」
「ちょっと姉さん。何かとんでもないこと考えてない?」
織ちゃんはスッと冷静になってつっこんだ。
「どえらいトラブル起こさないでよ」
「失礼ね。いつ私が起こしたっていうのよ」
「家出して猛アタックして宰相さん落としたじゃん」
聞こえなかったフリをした。
「王子の友達の除霊士さんにちょっと協力頼むだけよ。彼は第三者で中立でしょ」
「姉さんのナイスアイデアって時にものすごくとっぴなんだよねぇ……」
「織ちゃんだってサラッとクーデター起こしたじゃないの」
あら、似たもの姉妹だわ私達。
「ともかく」
私はぽんと妹の肩をたたいた。
「織ちゃんのほうがすごいって思ってるのよ? 私は夢見てただけのお子様で、勝手に飛び出し、自分に都合のいいことしか考えてなかった。結果どうなるか、ちっとも分かってなかったの。お父様がおかしくなってたのに気付いていながら何もしなかった。それに対してあなたはあっという間に片付けちゃった。お父様にすごい活も入れて、ね」
冗談ぽく言えば、妹は笑った。
「その後もきちんと国回ってるし? 私はいなくたってよかったんだって悟ったわ。結局私には何もなかったのよ。お金も当たり前のようにいくらでも出てくるものじゃなく、国民が汗水たらして働いてくれたもの。普段の優雅な暮らしも彼らのおかげ。地位もたまたまそこに生まれただけ。才能だって教わった通りのことを実行してたにすぎず、何一つ自力で手に入れたものじゃなかった」
「何言ってんの? 姉さんは私より―――」
「違わないわよ。大丈夫、あなたは十分すごくて素敵な女性よ。そんなあなたを分かってくれる人がきっと現れる」
こんな私にも現れたように。
妹は心底意外そうに見返してきた。
「……姉さんもコンプレックスあったんだね。そんなのとは無縁だと思ってた」
「ええ? まさか」
「……はは、なぁんだ。そっかぁ」
妹はどこか気が抜けたように?それとも肩の荷が下りたように?笑った。