長男ルキフグスの眼鏡壊れまくり新婚生活
昨日に引き続き、俺は弟妹に緊急招集をかけた。
織姫の状況によってありうると予想してたのか、全員速やかに集まった。
「―――てわけで俺と輝夜姫は結婚することにした」
ナキアとリリス、ルシファーだけしたり顔。残る弟たちは仰天してた。
ナキアにルシファー、覚えてろ。後でゲンコツくらわしてやる。
あ、妹にはやらんぞ。
「こら。リリスにナキアにルシファー。お前ら画策したろ」
すぐ下の弟はおどけてみせた。
「だーって兄貴が心配だったんだもーん。クソ真面目で律儀なチキンだから、変にしり込みしてさぁ」
「今すぐ殴るぞ」
「おー、こわ」
「ルキ兄さまさぁ、ここで律儀になるの違うから。いつまでも姫がかわいそうだったじゃん」
「面目ない」
妹には素直に謝る。
「あたしに謝るのも違うでしょー」
リリスは輝夜姫と手を取り合って、キャッキャし出す。
「おめでとー。よかったね、姫っ。あ、でも公表の時期と実際籍入れるのはいつにするの?」
「どこをどうすべきか迷ってて……」
俺が答えた。
「織姫のクーデーター決行より前のほうがいいだろう。輝夜姫が女王にならないことを国際的に表明し、織姫を支持すると公言する。そうすればどっちにつくべきか迷ってる連中も織姫につくだろ」
「逆だとマズイだろーね」
「ああ。姉を追い出して妹が実権握ったと反発する勢力が必ず出る。いくら実態が違くてもな。織姫の治世を安定化するため、姉妹に確執はないとはっきりさせておかないと」
「そだね。姉姫は友好のために嫁ぎ、妹姫が王になる。この構図は別に変でもなんでもない」
本来王族の政略結婚は当たり前だ。
俺は姫に、
「姫、そこらへんを妹君と打ち合わせておいてください。双方で声明を出す必要がある」
「分かりました」
姫はうなずき、すぐさま連絡しようとした。
「電話するならついでにベルゼビュート王子ともつなげておこう。連携しておいたほうがいい」
会議モードで全員同時に見られるようにした。壁に映像を投影させる。
PV撮影後らしく派手な衣装のギンバエ……じゃなかった、ベルゼビュート王子と、ボサボサ頭の『うつけ者』キャラな織姫が映る。
すごい対比だな。
織姫はこれまではそういうキャラ装うためだったとしても、もういらないだろ。仮にも女王になるならもうちょっと身なりどうにかしたらどうなんだ。
ちょっと思った。
織姫は忙しいのか、歩きながら電話に出たようだ。それにしてもどこを歩いてるのか。背景がずっとむき出しの土壁ばっかりだぞ。
「織ちゃん、私ね、ルキフグス様と結婚することになったの!」
輝夜姫は俺の腕に抱きついてきた。
ちなみに姫は座っており、俺は横に立っている状態だ。一応身分がな。
というか、妹を『織ちゃん』と呼んでるのか。
ベルゼビュート王子は口笛吹いてニヤニヤした。
後で斬りに行く。待ってろ。
織姫はさほど驚きもせず、むしろ俺に気の毒そうな目を向けてきた。
「そうなると思った。姉さんは大人しそうに見えて、時々ものっっっすごくパワフルになるんだもの。ルキフグス様、すいませんね。姉がさぞかし迷惑かけてたんじゃありません? ご愁傷さまです」
手を合わせられた。
「ちょっと、織ちゃん」
「姉の猛アタックから逃れられなかったんでしょ? だって姉さん、元婚約者とは甘いムードもなければ義務で一緒にいるみたいな感じだったのに、ルキフグス様には全っ然違ったもん。本気も本気って分かるってば」
「う……」
輝夜姫は恥ずかしそうにうつむいた。
「まぁそんなエネルギッシュな姉ですが、よろしくお願いしますお義兄さん」
「……はあ」
としか言えない。
「あ、姉さん、別に責めてるわけじゃないからね? むしろうれしいよ。ずーっと縛られてた義務とか責任とか全部捨てても構わないほど好きになった人ができたってことでしょ? よかったよ。おめでとう」
織姫はニカッと笑った。
「こっちのほうは私がなんとかしとくって。姉さんは『姫』じゃなくて自分の人生を生きてちょーだい」
「……ごめんね。あなたに押しつけて」
「んー? これまで押しつけてたのは私だよ。だから今度は私ががんばる番っしょ」
チャッと指を頭に当てて決めポーズ取る織姫。
軽い。
俺は咳払いした。
「……えー。つきましては姫様方双方に声明を出してほしいと考えています」
「了解っス。発表の際は同時とし、全世界にテレビ中継しましょう」
織姫はベルゼビュート王子に、
「王子、父の『静養先』の用意はいつできます?」
「おっと、いきなりこっちにきた。だいじょーぶ、もう準備できてるよ~」
「早っ」
リリスが叫んだ。
「いやさ、織姫ちゃんがちょうどいい場所提供してくれたんだわ。城の近くに『聖なる森』ってあんじゃん。あそこならちょっと手入れすりゃ済んだよ」
そういやあるらしいな。王家の者しか入れない神殿があり、代々そこで浄化魔法の修行をするとか。なんでもその名の通り聖なる力にあふれた場所らしい。
悪霊に対してどれほど森の力が効くかどうかは不明だが、そういった場所での『静養』なら対外的に無難で文句もつけられまい。
「あー、なるほど。それなら国民も納得するもんね」
「できてるなら話は早い。さっそく明日決行ってことで」
「明日?!」×全員
異口同音のツッコミ。
おいおい。いくら何でも早すぎだろ。
「織ちゃん、急に無茶でしょ」
「ムチャなのは承知。姉さん、事態は思ったよりヤバいのよ。でなきゃいくらあたしだって今日の明日なんて言わないっつーの。ベルゼビュート王子の作ってくれた、呪文入りの曲をガンガン流してたら父様起き上がれるまでになったんだけど。したら本人は悪霊に憑りつかれてるなんて自覚ないもんだから、なんだこれはって音響装置もCDも全部撤去させちゃったのよ。どうなったと思う?」
「……元の木阿弥?」
くそっ。
俺は内心悪態をついた。
さすがに輝夜姫の前で口には出さない。
織姫は肩をすくめた。
「そ。異常な父様に逆戻り~。わー、パチパチ。で、さらに悪いことにはさっき近衛第二部隊に出動命令出した」
リリスと輝夜姫が青くなった。
「そちらの近衛第二部隊といえば、秘密部隊ですね」
俺は冷静に言った。
「さすが宰相殿、知ってましたか。はい。公にはなってない秘密部隊です。そこに父はあなた方の暗殺命令を出しました」
『正義の王』が誰かを暗殺するよう命令を出すとはなぁ。
本当におかしくなったもんだ。
「他国の王族を暗殺など、させるわけにはいきません。私も必死で止めようとしたけれど、権限はない。しかも、彼らも悪霊の影響なのかおかしいんですよ。異常な命令に盲従してる。いくら言っても聞かず、出発してしまいました」
織姫は唇をかみしめた。
「それだけじゃありません。父は悪人退治をしたいというあのバカ従兄弟に、軍の一部を率いる権限も与えた」
「えっ、あの戦いごっこを本当だと信じきってる子? できるわけないじゃない」
輝夜姫があきれ声をあげる。
年齢ではとっくに大人だが子供扱いである。
「アホだから使いやすいってことでしょ。おだてて上手く前線に自分の命令をきくお人形を配置しておくわけ。私じゃ言うこときかないじゃない」
扱いやすい捨てゴマな。もし何かあっても構わない。
「公然と反対してる私を父様はけむたがってる。姉さんの時みたく失敗しないよう、私を捕まえて監禁するでしょうね。で、洗脳しちゃえばいい」
「洗脳……?!」
「ね? マジで時間がないってことよ」
織姫は自嘲気味に笑った。
ベルゼビュート王子が焦って立ち上がる。
「織姫ちゃん、逃げろ! 今すぐそっち行く、いやオレより博士のほうが近いな。ともかく『聖なる森』まで逃げろ。博士がそこで作業してる、匿ってもらえる!」
「と思って、すでに移動してますよ」
織姫はあっけらかんと言った。
「へ?」
ああ。道理でずっと歩きながらしゃべってると思った。
なるほど、すでに逃げ出してたのか。
「秘密の通路使ってね。お、出た」
織姫の周囲が明るくなった。どうやら地下通路を歩いてたらしい。それで背景がずっと土の壁だったのか。
ボサボサ頭に適当な格好も、急いで逃げたからか。……あるいは本気で素なのか。
しかし、そんな状況でもこうものほほんと会話してられたとは。
「えええええ!? 織姫ちゃん、マジですげぇな……」
「いやぁ。単純に私だって死にたくないし? 森入りまーす」
ズンズン入っていく。
ベルゼビュート王子は別回線で急ぎ除霊師?と話してるようだ。
「あっ、博士!? 悪ィ、緊急事態だ! 『正義の王』がかなりマズイことやりだして、織姫ちゃんに命の危険が迫ってるんで保護することにした! もう森入ったんで、落ち合ってくれ! オレもすぐ向かう!」
「うん、気づいてたよー」
織姫の画面のほうに二十代くらいの神官みたいな恰好をした優男が現れた。
「初めまして、織姫。僕がベルゼ君いわくの専門家でトーマと言います。森全体に結界張りました。追手がたとえ来たところで入れませんよ、ご安心を」
……なんだこいつは。
俺は眉をひそめた。
得体が知れない雰囲気。なんていうか……異質? 何かが違う。存在自体?
ただ悪意は皆無だ。リアルタイムでベルゼビュート王子と会話してる通り除霊師本人だろうし、協力者なのは間違いない。
「博士、さすがはえぇー! サンキュ! オレが駆けつけるまで頼む! じゃ、急ぐんで切るぜ!」
ベルゼビュート王子の画面が消えた。同時にすごい勢いで城を飛び出してく気配が。
へぇー。ハエも急いで飛ぶと速いんだな。
「……ほっほ~う」
リリスがにまにました。
……また何を考えてる、この爆弾娘は。
ああ、ベルゼビュート王子の行動見る限り、織姫が好きなんじゃないかってことか。さぁなぁ。
ぶっちゃけ、それだと楽だ。うるさいハエもいなくなるし、妹が幸せになれば輝夜姫も喜ぶ。
織姫はニカッと除霊師に笑いかけ、
「よろしくお願いしまっす! 一応こっそり抜け出してきたし、父も知らないルート使ったんでバレてないと思いますけど」
「ねえ織ちゃん、城と『聖なる森』をつなぐ秘密通路があったなんて私知らなかったわ。どうして知ったの?」
「ホラ、私って昔から姫の仕事逃げまくってたじゃん。そーゆー抜け道調べまくって使ってたのよねー。その時にたまたま見つけた。さらに今使った道は追手が来れないよう壊しといたよ。城には身代わり人形置いといた」
攻撃を受けた際にそれを身代わりにすることで一回くらわずに済む、とかそのテのやつだな。
「ベルゼビュート王子が姉さん連れて出国する時にくれてね。万一の時に使えって」
除霊師がうなずいた。
「ああ、それは僕が作ったやつですね。気配すら本物そっくりに偽装できる、精巧な人形です。コピーといってもいい。あれなら術者である僕は向こうの情景『見える』はずなんで……」
ちょっと目を閉じ、
「おやおや。姫が逃げ出してきたのは正解だったようですよ。『正義の王』はあなたの偽物を捕まえ、牢に押し込んでます。周りの魔法陣はどうやら洗脳の類なようですねぇ」
「うっわ……。危なかった」
「……お父様、そんなことなさるなんて……!」
俺は蒼白になる輝夜姫の肩に手を置いた。
「お父上は悪いものに憑りつかれているだけです。やったのはそいつだ。お父上ではありません」
「……はい」
輝夜姫は複雑な表情で俺の腕にしがみついてきた。
……かわいいな、くそっ。
「大丈夫。奴もここまでは来れないし、貴女は俺が守りますよ」
「はい」
うれしそうに頬を染める。
だからそういうところがだな。
ニヤニヤしてる弟妹にハッとなった。眼鏡のブリッジを押さえてごまかす。
ふー。
いかん、つい眼鏡のガラスが壊れそうになった。
俺は長らく普段魔力を抑制した生活をしてるんだが、つい暴発しそうになった。落ち着け。
そういやルシファーが言ったな。俺は通常が自分を厳しく律してるだけに、リミッターが外れると危険だと。こういうことか。押さえ込んでたぶん、反動がすさまじいんだな。
気をつけよう。
気をつけてどうにかなるもんだかどうか謎だが。
「とにかく偽物を本物と信じてるうちは安心でしょう。ベルゼビュート王子も向かってる、織姫の身も安全だ」
あのハエはちゃらんぽらんに見えて戦闘能力が高い。いつぞやムチ一本で蹴散らしてたように。
「どれくらいで着くのかな?」とリリス。
実は、人間含む生き物をテレポートさせられる者はさほどいない。物とか無機物なら俺でも簡単にできるが、生き物となると格段に難易度が上がるんだ。
そのため生き物をテレポートさせたい場合一般的には出発地点と到着地点にポイント、つまり魔法陣を敷いておきワープするという方法をとる。
「こっちと向こうにポイントを設置してあれば瞬時だが、してないからな。こっちの城の周辺には魔法を制限する結界が張ってあるし」
暗殺防止にな。まぁ悪意ある人間が一定距離に来た時点で分かるが。
と言ってたら、除霊師が笑った。
「いやぁ、すぐ来ますよ。そちらの城下にある、彼の国の大使館。そこは結界外でしょう? 彼はそこに母国の自分の部屋とワープポイント設置してるんですよ。諸国同盟から派遣された調停役ですからね。何かの時に各国と連携する必要があったら、すぐ動けるように。一旦母国にワープし、そこからこちらにワープすることが可能です」
指で下を指したのとちょうど同じタイミングで銀色の物体が織姫の前に飛び込んできた。
「織姫ちゃん無事かっ!?」
おお。本当だ。
相当焦ってるのか、ゼーハー息が上がってる。
「ええっ? 早いっすね王子!」
「そりゃマジで急ぐっつの。かーなりヤバイ事態じゃん。そりゃ、博士がいりゃ安全ではあるけどさぁ」
ずいぶん信頼してるんだな。
「あー、女王さんに輝夜姫。こっちはオレがついてるんで安心してくれ。つかもうこうなったら明日決行するしかないじゃんか」
「仕方ないね」
リリスもおおむね同意し、作戦を詰めた。
輝夜姫と織姫はさすが姉妹、息の合ったやりとりであっという間に声明文と段取りを決めていく。
「……おっけ、姉さん。それでいこう」
「ねえ織姫、もっと遠くに逃げとかなくていいんですか? ベルゼビュート王子の国とワープポイント設置してるんでしょ」
「いえ。私はここにいます」
織姫はきっぱり答えた。
「第三国巻き込むわけにはいきません。それにここにいればバレても望むところだし」
「望むところって?」
「私を捕まえるには父自ら来るしかないんスよ。なにしろ私の逃亡癖は年季が入ってましてね、近衛の精鋭だろーが国一番の猛者だろーが捕まえられっこないんですよ」
グッと親指を立てて得意げに言うことだろうか。
逃亡スキルに長けた姫ってどうなんだ。
「……あ、そう」
権力ブン投げてある意味『逃げた』うちの妹が微妙な顔になった。
「単純に魔力の強さでも勝てますしね。力ずくでとなったら、父が本気でやらないと。つまり私はエサってわけっス」
「織ちゃん!」
「要するに囮。ノコノコ来たら、むしろしめたもんじゃん。すかさず背後から忍び寄って背中蹴っ飛ばして罠ン中たたっこんでやるっての!」
謎の決めポーズ。
「……織姫ちゃん、肉体はキミの父親だよー……」
リリスも実の父親の脳天、グーパンたたっこんでたなぁ……。遠い目。
クーデター起こす王女って、みんなこんなんなのかな。
どうやら妹だけじゃなく義理の妹もとんでもないらしい。
織姫はケロッとして、
「え、いーじゃないスか。憑りつかれてるにしたって、実の娘監禁して洗脳しようとした相手にキレても。普通怒るとこっしょ」
「うんまぁ怒らないほうがおかしいけどさ」
「つーワケで姉さん、心配ご無用っ! むしろ私はエサ役やる気まんまんだからねっ。早く蹴っ飛ばしてやりたくてうずうずするわ~」
「織ちゃん……」
鼻息荒い妹に、どうしたらいいかって顔になる輝夜姫。
お互い妹には苦労するな。
「……気持ちは分かります。俺も昔、クーデター起こすって言いだしたリリスに同じこと思ったんで」
同感と首を縦にする弟たち。
「本人に任せておいたほうがいいと思いますよ。経験上」
下手に関わるなというか、余計な口出しするなともいう。
「そ、そうですか。ルキフグス様が言うなら……すごく説得力ありますし」
経験者だからな。
織姫はというと、なにやらベルゼビュート王子を見ながら考えこんでいた。
イケメンが助けに来てくれたと喜んでいると思うか? そんなわけはない。織姫の趣味からいって、自分ヒロインな妄想で楽しむはずがない。
ベルゼビュート王子も察したらしく、苦笑した。
とはいえ、と俺は言った。
「男二人いるところに未婚の女性が一人で泊まるって言うのはまずいんじゃないか」
「おおう、真面目な宰相サンらしい指摘。婚約者の妹の心配したげるなんて、さっすがぁ~」
「今すぐ斬りに行ってやろうか」
大使館に設置してあるワープポイントはベルゼビュート王子にしか使えないよう組んであるだろうが、俺なら乗っ取れるぞ。実力隠してるだけで、そこそこできるんだからな。
そのテの手法はクソ親父の独裁時代、善良な人々を逃がすためにこっそりやってたんで慣れてる。
「おー、こわ」
「大丈夫ですよ。こちらには女性もいます。侍女兼助手が三名ほど」
除霊師が指した後方にはメイドが並んでいた。年配の女性もいる。
「どうしても人手がいる作業ですし、やりながら食事の支度とか無理なのでちゃんと連れてきてるんですよ。彼女たちを姫につけます。そうすればご安心でしょう?」
それならまぁ。
「お願いします」
輝夜姫が頼んだ。
除霊師は侍女たちに指示し、念のため周辺の確認に行ってくると姿を消した。
「つーワケで心配ご無用よ、姉さん。私けっこう状況楽しんでる」
「いやー、素直にすげぇよ織姫ちゃん。ときに今さっき妄想してたっぽいけど、オレはどっちポジションになってんの?」
「本人なのにきける王子もすごいっスよ。そうですねぇ、この状況からすると攻めのほうかな」
顎に手をあてて真剣に考えこむ織姫と、あっけらかんとして続きをきくベルゼビュート王子。
何の話だ。
「あーあ。相方のピンチに駆けつける設定?」
「そです。『お前はオレが助ける→やっぱお前がいないとダメなんだ→お前はオレのものなんだ』ってお約束のヤツっすね! いやぁ、誰とカップリングするかひじょーに迷うとこで。やっぱここはあの小説のあのキャラかな、それともあっちの小説の……」
ふっふっふと腐女子全開な織姫。
「オレはよく分かんないんだけどさ、攻めとか受けとか、逆なだけで論争になるんだろ?」
「私は全然。どっちもアリだと思います。腐女子ってたいてい白眼視っつーか差別されるじゃないですか。人から攻撃・迫害される嫌な経験あるのに、自分と好みが違うからって論争するのはどうかなー? やられて嫌だったからこそ、人には同じ思いさせたくないっす」
織姫はヒラヒラと手を振った。
「趣味が同じでも好みは人によって違うのは当たり前っしょ。だって違う人間なんだから。自分と違うからって攻撃してどうすんスか? 屈服させられれば征服欲・支配欲が満たされるとか、そーゆーこと? 別にそうやって自分が人より『上』だって確認しないと崩れるほど心もろくはないっすよ私は。相手の好みにもあるいいところを探して一緒に楽しんだほうが面白いじゃないスか。せっかくの人生、怒るより楽しんだほうがいいでしょー」
……姫の国は基本的に『正しい』人が多い。ゆえに潔癖なところがあり、自分たちの価値観と異なる人間に対して結構批判的だ。時には攻撃的ですらある。
どの国も彼らの意見を聞きいれていたから常に自分たちが正しいと疑ってもいない。確かに今まではそれでよかった。
批判も攻撃も「相手を正しい道に導いてあげている。いいことをしてやっているんだ」と本気で思ってる。彼らにとって、自分たちと異なる=無条件で悪なんだ。
輝夜姫にも言った、人の話を聞かないという欠点もこれに起因する。
自分たちの価値観と違うものは悪であり、倒して正しき道に導いてやらねばならない、それが使命だというのが国民性だ。相手の状況やなぜそうなったのかという原因はどうでもいい。原因を改善しないと意味がないと思うのだが、彼らにとってはそれが当たり前なのだ。
しかし織姫はきちんと人の意見を聞く耳を持っている。不要な第二王女として人から期待されずに育ったからか。
王にとって必要な資質の一つは他者の意見に耳を傾けることだと思う。
自分と異なる意見を封殺・弾圧し、征服し続けたなれの果てがどこぞの悪王だ。
「……織ちゃん、大丈夫そうね」
輝夜姫が苦笑いした。
姫も、妹が心配かけないようわざとこんな明るく妄想全開でしゃべってるんだと分かってる。
「姉思いの妹ですね」
やり方がぶっとんではいるが、気持ちは理解できる。
「はい。自慢の妹です」
姫は背筋を伸ばした。
「織ちゃん。私はあなたならやり遂げられると信じてる。だからそっちに行かないわ。がんばって」
「もっちろん。私がちゃちゃっと片付けちゃうもんねー。ていうか姉さんのほうが大変かもよ? ま、お互いがんばろ~」
姉妹は笑い合って終話した。
この二人の姫ならきっと大丈夫だな。そう確信した。
「さぁーて、それじゃあこっちも準備しますかっ!」
リリスがパンパンと手をたたいて立ち上がった。
「そうだな。まずTV撮影の準備を」
「それも必要だけど、ルキ兄さま。なーんか忘れてることない?」
「ん? 俺?」
何が?
リリスがポケットのあたりを指す。
「外交上の問題で式は後でするにしても、あれだけはなきゃあ。つけてるとこ映すのが、一番はっきり結婚したって分かるでしょ」
「……結婚指輪って言いたいのか?」
うなずいてあっさりきく妹。
「うん。持ってるんでしょ?」
あのなぁ。
「ネビロスやレティみたく準備して常時携帯してるほうが普通じゃないだろ」
「そりゃそうだけど。え、まさかないの?」
「用意してあるわけないだろうが」
「うっそぉ!」
妹の感覚もだいぶ毒されてズレてる。
「根回しと準備大好きなルキ兄さまのことだから、当然持ってると思ってた」
「あのな、急に決まった話だぞ」
「そうですよ。いくらなんでもそこまでは。私も気にしてません」
アガがサッとスマホ出した。
「ルキ兄さん、うちの商会の宝飾品部門をすぐ呼ぶ」
「店丸ごと呼ばなくていい。これがある」
レアメタルの塊をポケットから出した。
「……それ何?」
「生成前のレアメタルが混ざったもの。姫、これ使って自分たちで作りませんか」
輝夜姫はまばたきした。
「自分で作る、ですか」
「どんな値段でも宝石でも文句つける奴が出るでしょうからね。だったらいっそ、値段のつけられないものにしたらどうかと思いまして。思い出重視ということで」
リリスとルシファーの指輪を指して説明する。
「リリスは昔自分で作ったものをつけてるんですよ。下手なのだとクソ親父に取られるという事情もあったんですが」
「あ、うん、そうそう。子供だったから歪なんだけどさー」
「形も値段も関係ありません。愛するリリス様が作って下さったものですよ、何よりの宝物です。他のものなどいりません」
「えへへ、ルシファー大好き~っ」
うれしそうに抱きしめ合う妹夫婦。
俺たち兄弟はルシファーを睨みつけた。
「おい、うちの妹から離れろ」
「お断りします。それよりどうですか、輝夜姫。自分たちで作るといった発想はなかったでしょうが、けっこういいものですよ」
「なるほど……考えもしませんでした。すばらしいアイデアですね。素敵。私もそれがいいです!」
よかった。
「では一緒にやってみますか。両手を出してください」
手のひらにレアメタルを乗せ、俺は外側から手を添える。
ぽっと分かりやすく姫の頬に朱がさした。
ぐ。
手が触れただけで照れてうれしがるとか、かわいいじゃないか。しかも手、スベスベで柔らかい。
年の功で平静を装い、眼鏡が割れないよう必死で集中。
「金属の変形やったことありますか?」
「い、いいえ」
「火系魔法の応用ですよ。さほど難しくありません。形が崩れても俺が補正します。熱で柔らかくして、粘土細工のように……」
「は、はい」
初めてにしては上手かった。ちょうどいい具合に柔らかくなり、くねくね曲がりそうになるのを俺がアシストして形を整える。
きれいな輪になった。
大小二つのリングが手のひらに残った。
色んな金属がまじりあってるため、光や角度によって色が違う珍しいものができた。オンリーワンてやつだな。ふむ、やっぱり希少性を売りにして発売しよう。
「できた……!」
「おおー。完璧な円じゃん。さすがルキ兄さま。性格がよく出てる」
「兄貴らしいな、色んな意味で」
どういう意味だ。
俺は小さい方を取って、
「姫、なくさないようはめておいてください」
「えっ? いいいい今ですかっ?!」
「? 別に嫌ならいいですが。なくさないよう何かに入れておきます? 箱か袋なんてこの部屋にあったかな」
探そうとしたら、がしっと腕つかまれた。
「嫌じゃありません! うれしいです、喜んではめさせていただきますっ!」
サイズはぴったりだった。まぁ俺が目測を誤るはずもないが。
「うわぁお、計ったようなジャストサイズ」
「だから言ったろ、兄貴らしいって。物見ただけで長さとか重さ分かる特技持ってるじゃんか。普段隠してるだけで、持ってるスキルすげぇ多いだろ」
「ひけらかすもんじゃないだろ? そういうのは」
クソ親父に目つけられないよう、隠してたともいう。
「……ふふっ」
姫は花もほころぶような笑顔になった。
公務での期待された『姫』としての演技じゃなく、心からの笑顔。
……うん、やっぱり君はそうやって笑っていたほうがいい。
「口じゃなくさないようにとか言ってるけどそんなん口実だし、誰にでもはっきり分かる形で妻だって明示したいとこ、兄貴も兄弟だよなぁ……」
「ナキア、何か言ったか」
「いんや? 兄貴って抑制してるだけで本質は独占欲強いよな」
「そうか? そんなことはないだろ」
むしろそれはお前のほうじゃないのか。
「ルキ兄さま、形はこれでいいとして、法律上はどうするの? 書類上の問題は。片方の国籍が他国の場合ってどうなんの? 戸籍がある国に所定の書類発行してもらわなきゃダメとかあんの?」
「輝夜姫の国でだったら必要だな。でもうちの国では必要ない。さすがにどちらも外国籍だと無理だが、片方のみならここにある書類だけで済む。特に輝夜姫は本人確認が容易だからな」
そろそろ婚姻に関する法律も改訂しなきゃと思ってるんだが、まだそこまで手が回らなくてな。最低限しか改革できてない。ひとまず人身売買まがいの婚姻をなくすまではやった。
「ただ、姫、副署人どうします? 四人全員うちの弟妹でもいいんですが、そうすると強制的だったんじゃないかとかあれこれ言われそうですよ」
「ああ……そうですね。一人だけでも私の身内を入れておけばどうでしょう? 織ちゃんにサインしてもらえば」
「それが妥当なところですね。となると思って、先ほど飛び出す寸前のベルゼビュート王子のポケットに書類つっこんどきました」
無機物のテレポートなら俺でも簡単にできるって言ったろ?
「頭の回転速すぎだろ兄貴! しれっとすげえなオイ」
「ん? 紙数枚くらい容易にテレポートできるだろ?」
タイミングよく電話が鳴った。
「もしもーし、宰相サン? 出がけに何しれっと人のポケットにつっこんでんだよ。頭いい人ってすげぇな。言いたいことは大体分かったんで、織姫ちゃんにサインしてもらったよー。コレどうする? そっちの城には結界張られてて、直接送れねーんだわ」
リリスが挙手して、
「あ、じゃあ大使館まで持ってきてくれる? ワープポイント設置してあるんだから戻ることもできるよね。あたしがそこまで取りに行くわ」
「おっけ」
パッと消えたリリスはすぐに書類を手に戻って来た。
「はい、ルキ兄さま」
「ありがとな」
確認。よし、不備はない。
横からのぞきこんだナキアが、
「あれ? これ、婚姻届けっつーか同盟締結の条約文みたいじゃね?」
「みたいというか、そうだよ。織姫も口約束だけじゃ心もとないだろうし、こちらも万一に備えて書面で残しておきたい。物的証拠は大事だ」
ざっくり要点をまとめると……。
輝夜姫は俺と結婚するにあたり、正式に王位継承権を放棄すること。内政不干渉の原則により、織姫のクーデターに関し、こちらの国は関与しない。織姫が女王として即位次第速やかに両国は友好条約を結び、また『正義の王』が出した暗殺命令の撤回と侵攻の即時中止を行う。
……といったところだ。
「すごいですルキフグス様、いつの間に作られたんですか? かっこいい……!」
輝夜姫がキラキラした目で見てくる。
「……どうも」
「あ、ルキ兄さま照れてる~」
「リリス、ちょっと黙ってなさい。さて、『正義の王』が仕向けた暗部とバカな坊ちゃんの対処しとかないと」
「暗部のメンバーの特徴や特技など、私がお話できます」
姫は紙に書き始めた。
「母国のトップシークレットでしょう。他国にバラすのはまずいのでは?」
「いいえ。私はもうこちらの国の人間です。それに、この件はなんとしてでも阻止しなければ」
絵姿まで描いて差し出してきた。
「ルキフグス様にケガなんてしてほしくないですもん」
「大丈夫ですよ、たかが暗部に殺されるほど俺も弱くはありません。これでもあの父親に殺されず生き延びれたんですから」
説得力のあるセリフ。
「ただのヒョロい文官に見えるでしょうが、まぁそこそこ戦えますよ」
「つーか兄貴は戦う以前に気迫で圧倒して気力くじいてるだけで、やろうと思えばできんじゃん」
そう、わざと未然に防ぐ手法を取ってる。悪王の長男が戦闘能力あるってバレたら厄介だからな。
ところで暗部の詳細な情報はとっくにルシファーが入手済みで、姫から教わるまでもなかったが、俺の身を案じて機密情報でも渡してくれたことはうれしかった。
「いやぁ、普通に説教モードだけで余裕で勝てるでしょ」
「うん。コワイ」
「戦わずして収められるなら、それが一番だろ。ええと、どこに配備して捕獲するか……」
ガサガサと地図を広げる。姫が横合いから指した。
「推測ですが、父ならこの辺りのエリアから国境を超えさせるかと。ルキフグス様たちの強さは分かってるはずですから、正面からいっても勝てない。部隊を三つに分け、奇襲作戦でくるでしょう。従兄弟の部隊は陽動ですね。あきらかな軍隊を国境付近に向けることで注意を引いておき、その間に特殊部隊が潜入するというわけです」
「なるほど」
姫のアドバイスを入れ、戦力の配置を考えた。レティの後任である長官に連絡する。
ルシファーも何やらスマホを操作してるところをみると、正確に俺の意図を汲んで軍より先に暗部を捕まえるよう手を打ったらしい。
「これでよし、と」
「ルキ兄さま、まだやること残ってるよ」
「ん?」
まだ何かあったか?
「輝夜姫の引っ越し」
俺は石化した。
ギギギと壊れた人形のように首を向け、
「……は? 今日の今日でか?」
「だぁーってルキ兄さま、律儀で真面目すぎるんだもん。ちゃんと準備してからじゃなきゃ、とか言ってめっちゃ時間かかりそうじゃん。一緒に暮らしてるって実態があればなおさら結婚してるって説得力増すよ。余計な横やり入れられにくくならない?」
それはそうだが。
って、ここで上手くのせられちゃ駄目だ。
「あのな。ものすごく当たり前のことを言うと、俺の部屋は単身者用だ。単純に設備面でだな」
「スペースはあるじゃん。家具運ぶのならオレら手伝うよー?」
「レティ、お前は分かるだろがっ。なんだかんだで似てるんだから。そこで背後から撃つな!」
「オレに直後に結婚させて即日引っ越し強行させたの誰だっけ」
「…………。俺だな。ゴリ押ししたのは俺だけじゃないが」
因果応報とはこのことか。
天を仰ぐ。
「必要なものがあれば、すぐ手配する」
「アガ、お前もか」
「まぁまぁルキ兄さん。お嫁さんは大事にだ~いじに囲いこんどくもんだよ?」
「ネビロスはやめろ」
兄姉総ツッコミ。
「真面目な話、警備の問題もあるじゃんか。姫も暗部のターゲットになってんだろ? 兄貴と一緒にいれば安全だろー」
「まぁそれはな」
ナキアめ。ほんとに口が上手い男だ。
はぁ。
「姫、急ですがいいですか。どうせ同じ城内ですし、さほど面倒もないでしょう」
「えっ!? は、はい、もちろん! むしろいいんですか? ……うれしいです」
俺の袖をちょこんとつまみつつはにかむ。
……ぐっ。だからいちいち動作がかわいいんだよ! 王族だから周りを気にしないのも、いい部分と悪い部分がな。
しかもこれまでは本音を押し込めてなきゃならなかったのが出してもよくなったぶん、加減がわかってなさすぎる。
レンズに亀裂が入った眼鏡をとっさに押さえて隠す。
いかんいかん、魔力抑えろ。とりあえず復元。
弟妹がそろってニヤニヤしてるのを、意地と根性で長兄の威厳を保ち、にらみつけた。




