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インパクト絶大ヒロインの叔母、登場

「あああああよかったあぁ――!」

 あたしは朝っぱらから叫んでいた。

 アイリスさんがアガ兄さま引き受け……もとい結婚してくれた数日後のことだ。

「もおぉマジでアイリスさんありがとう! リリーちゃんと同じで救いの女神! ほんとにほんとか、ドッキリじゃないかってずーっとビクビクしてたけど、これだけ経ってもドッキリ大成功の札出てこないってことは本当だよね!」

「ええ」

 ルシファーがさりげなく肩揉んでくれる。

 あー、そこそこ。効くわー。

「これで残るはルキ兄さまだけ。もう弟たちが片付いてからって口実は使えないぞ~」

「輝夜姫ですか。レポーターとして各地を周り、これまでのお姫様生活とはかけ離れた生活をしてますね。泥だらけになって農業の手伝いをしたり、川に入って魚を取ったり」

「ああ、動画見た見た。すごいよね、よくやるよ」

 金ピカで豪華なドレス着て『お姫様』やってたのが、今じゃツナギ着て顔に泥はねついてるもん。それも気にせずどんどん行く。

「元々直接自分で民の暮らしを見て聞いて、国を良くしたいという考えの持ち主ですから。母国にいた時もよく視察に行っていたようです」

「でも結局『お姫様』が行っても構わない場所だけだよね」

「はい。その制約がなくなり、自由に身分も関係なく民の間に入っていけるのがうれしいそうです」

 『ヒロイン』もそういう考え方の持ち主で、よく城を抜け出しちゃあ一般人に紛れて色々やってたっけ。

「ルキ兄さまは姫に庶民の生活なんかできないだろうって言ってたけど、あのぶんじゃ平気じゃん。『ヒロインの母』、たくましー」

 ポチポチとスマホの画像投稿サイトで輝夜姫の公式チャンネルを見る。泥だらけで収穫した大根持ってピースサインしてる姿、おっかなびっくりアスレチックを体験してる様子。どれも本当に楽しそうだ。

 あ、言い忘れたけど画像投稿サイトの『マンタ』のイメージキャラクター&アイコンデザインコンテストは無事終了しました。一般人の公募の中から投票で選ばれたのは、三歳の子どもが描いたエイの絵。

 応募者の年齢とかは伏せて、純粋にデザインのみでの投票を行った。子供らしくかわいらしい絵で、ほっこりするともっぱらの評判。いい結果だったんじゃないかな。

 これで投票っていうものがどういうのなのか国民にも周知できた。選挙の簡易版、練習としてのコンテストは成功したと思う。

「姫のこの笑顔、次の王になる重圧から解放されたってのもあるだろうね。分かる。ただ、そのぶん姫の代わりに皇太子になった人が大変そ。……妹姫だっけ?」

 輝夜姫には妹が一人いた。本来のシナリオではヒロインの母の兄弟姉妹までは書かれてなくて、知らなかったよ。

「はい。二つ下の妹で織姫と言います」

 織姫っていうと七夕伝説の人だよね。彦星にあたる人もいんのかと思ったら、恋人も婚約者もいないんだってさ。

 これから出てくるのかな?

「そうそう。その妹姫に異変は?」

「今のところは確認されてません。ベルゼビュート王子の言うように、修正プログラムも『正義の王』の拒絶反応で手一杯なのではないかと」

「不幸中の幸いってとこかな」

 輝夜姫は保護できたけど、代わりに他の誰かが被害に遭ったらたまらない。そこでベルゼビュート王子は織姫に多少ごまかした『真実』を話し、ワクチンを密かに混ぜた自分の曲を流してもらうよう手配したらしい。『正義の王』は悪霊に憑りつかれたことにしたんだって。まぁおおむね合ってる。

 織姫はベルゼビュート王子の大ファンだとかで、大喜びであちこちでかけてるそうな。

 周りから見れば、単に好きなアイドルの曲を聞いてるだけ。眉をひそめられはするかもだけど、不審がられはしない。アイドル作戦は正解だったわけ。

「おっと、そろそろ朝食の時間だ。行こ」

 廊下へ出ると、ネビロスの部屋のドアが開くとこだった。

「おはよ、ネビロス、リリーちゃん……って、どうしたの!?」

 あきらかに具合悪そうなリリーちゃんがふらついたかと思うと、倒れこんだ。すかさずネビロスがすくいあげ、抱きかかえる。

「もー、だからムリしちゃダメだって言ったじゃん」

 いつもなら言い返すリリーちゃんは、口を押えて無言でトイレを指した。

「気持ち悪い? 吐きそう? うん、分かった。ルシファー、ルガ兄さんにフォラス先生呼んでもらってくれる?」

「へ? なんで……ってことは!」

 さすがに鈍いあたしでも分かった。

「二人ともおめでとっ! ていうかネビロス、その口ぶりだと少し前から気づいてたの?」

 そういやここ数日、二人とも朝食別だった。早出しなきゃならないとかで、部屋に運ばせてたって聞いたけど。

 奥に引っ込んだネビロスの声が答える。

「もちろん。リリーのことならな~んでも知ってるもんね」

「…………。なんかヤバイにおいがするのは気のせい?」

 なーんでもってところが危ないような……。

「リリーってば、自分でも分かってたのに黙ってるとこがツンデレだよね。そんなとこがかわいくて大好き」

 声しか聞こえないけど、たぶんリリーちゃん睨んでるな。

「ネビロス様、フォラス先生に連絡取れました。すぐ来るそうです」

「レティ兄さまが緊急通報ダイヤル設置してたもんね。あ、ルガ兄さま」

「……とりあえず僕が先に診よう」

 ネビロスがぐったりしたリリーちゃんをベッドに寝かせ、ルガ兄さまが血圧や脈拍をチェック。そこへおばあさん産科医がお年とは思えないすばやさでやって来た。

「状況は?」

「……脈拍・血圧ともに正常、むくみなし。胎児の心音確認、異常なし。吐き気がひどく、一日複数回嘔吐」

 テキパキと連携する師弟。

「どれくらい食べられてる? 血糖値が低いね」

「この数日、ほとんど食べれてない。昨日の夜から水も飲めなくて」

 ネビロスが代わりに答える。

「脱水症状が心配だね。点滴しよう」

 見越してルガ兄さまが用意しておいた点滴を入れる。

「吐き気がきつい時はムリしないんだよ。点滴って方法があるんだからね。お嬢ちゃん、なんでも一人で我慢しちゃうタイプだろう。でもねぇ、ムリするとお腹の子に響くよ。妊娠中は無理は禁物!」

 リリーちゃんは声を出す気力もないらしく、わずかにうなずいた。

「これで吐き気どめと栄養が入るんで、少し楽になるはずだよ。ただ人によってあまり効かない人もいるから、そしたら別の薬に代えてみようね。お嬢ちゃんはかなり吐き気がきつそうだし、衰弱もしてる。これはしばらく毎日点滴したほうがよさそうだ」

「毎日?」

「水も飲めてないんだろう。脱水症状を甘くみるんじゃないよ。健康な人間だってヤバイんだ。仕事も休みなさい。必要なら診断書書こう」

 おばあさん先生の書いた診断書をネビロスはポケットにしまった。

「リリー、僕今日これからこれ持って職場行ってくる。産休の申請してくるね」

 リリーちゃんが「仕事休むなんて」って顔した。

「いくらリリーの頼みでもダメ。休んでて。さっき倒れたのに、行かせられるわけないじゃん。あ、仕事のほうは大丈夫。とりあえず僕が代打しとく」

「え」

 できんの?

 めちゃくちゃ専門性の高いお仕事よ?

「できるよ。なんのために僕が助手やってたと思うのさ。こういう時のためだよ」

 器用でなんでもソツなくこなす子だとは思ってたけど、メカニックやエンジニアの世界でもピンチヒッターできるレベルだとは。

 ネビロスは屈託のない笑顔でリリーちゃんの手を握り、

「リリーはな~んにも心配しなくていいんだよ。後任決めて引き継ぐまでは僕がどうにかしとく。リリーば自分の体と僕らの子どものことだけ考えててね?」

「やっぱりなんかヤバイように聞こえるのは私だけ?」

「同感です」

「……ネビロス。妊婦に心配かけるな」

「えー? 純粋な気持ちだよ?」

「……どうだか。とにかく胎児は二人だ、多胎児は通常よりリスクが高い」

 二人?!

「えっ、双子!?」

「ネビロスもそれは知らなかったんだ」

 リリーちゃんもそこまでは分かってなかったっぽい。驚いて、次の瞬間遠い目になった。

 どっちも男でネビロスに似てたらどうしようって思ってるね……。

 あかんあかん。

 いや、大丈夫! 同じだけリリーちゃんに似る可能性もあるわけだし! うん、それを祈ろう!

「ともかく、僕行ってくるね」

「ネビロス、朝ご飯は? ちゃんと食べなきゃ元気でないよ」

「急いでかきこめるものかきこんでく!」

 弟はそう言って飛び出していった。

「今日の午後、もう一回診察に来よう。他にも検査することあるしね。もし何か食べられそうになったら、少しずつでも何でもいいから食べるんだよ」

「リリーちゃん、ここ、すぐ手の届くとこにベル置いとくね。遠慮しないでガンガン侍女呼んじゃって」

 静かに休ませてあげようと、後はベテラン老医師に任せてあたしたちは外へ出た。

 兄たちに知らせると、みんな喜んでた。

「おっ、ネビロスもパパか。スミレ、よかったな。妊婦仲間ができて」

「は、はい。でも、具合悪いって心配です……」

 スミレちゃんはようやくやたら眠い期間が過ぎ、普段通り生活できるようになった。

 それでも心配だと言い張るレティ兄さまは、お嫁さん膝に乗っけて抱え込んでる。時々めっちゃデレデレして、膨らんできたお腹なでててまぁ。

「見舞いに行くのは逆に迷惑になるな。ネビロスに『お大事に』と伝えておいてもらおう。見舞いは本人の体調が落ち着いてからな。看護師の資格を持つ侍女を配置しておく」

「うん、ルキ兄さま」

 スミレちゃんの時もそうした。お見舞いってのは相手の負担にならないよう配慮するのが当たり前だ。具合悪い時に大勢で押しかけるとか、KYどころじゃない。

 自室に戻り、お祝い何がいいかなぁと考える。

「おめでたいことが続くねっ。選挙&祭りまであと三か月。そんでもう一か月しないでスミレちゃん出産でしょ、二か月しないでで次はリリーちゃん」

 選挙の準備も滞りなく進んでる。議員の定数以上の立候補者がちゃんと出てるし、選挙方法も細かく公示された。

「……逆に言うと、そろそろ敵が本格的に仕掛けてくるかもしれません」

「その通り」

 パチンと指を鳴らす。

「輝夜姫の妹姫、ベルゼビュート王子のファンだったよね? コンタクト取れるかな」

「おそらく。ベルゼビュート王子なら現在、レッスン室にいます」

「よし、行ってみよう」

 ベルゼビュート王子は東の宮に滞在してる。城本体の東側にある別棟で、そこにはオペラやオーケストラ用のホールがあるからだ。音楽関係の設備が必要ってことで、ちょっとリフォームしてそのまま使ってもらってる。

 レッスンスタジオには贅沢すぎだけどねー。あれでも一応一国の王子だしねぇ。

 ベルゼビュート王子はステージでダンスの練習してた。お好きなアイドルのダンスをイメージよろ。

 練習なんで、バックダンサーはなし。一人で、衣装も着てない。といっても白のカッコイイ系ジャージだ。普通にこれでライブ出てもファン喜びそ。

「おっ、女王さん。わり、ちょっち休憩~」

 スタッフに言って控室に移動。

 ベルゼビュート王子も真面目な話と気づいてたようで、ふざけずきいた。

「どした、何かあった?」

「弟妹全員結婚して、残るはルキ兄さまだけになったでしょ。となれば修正プログラムが輝夜姫を止めるため、何か仕掛けてくるだろうと思って」

「あー、だなぁ。……ほんとのとこ、宰相サンってどうなん? 輝夜姫のこと好きなの? くっつくかそうじゃないのかによって対策変わるんだけど」

 それはあたしよりルシファーのほうが詳しいな。よくグチ聞いたげてるもん。

「ルキフグス様自身も判断つきかねているようです。どうしても立場と状況を考えてしまいますとね。姫がレポーターとして働き続けているのは予想外だったようですよ。すぐ音を上げて帰るだろうと思ったら、元気で楽しそうにしてるんですから」

「ああ、オレもあれはびっくらこいた。さっすが『ヒロインの母』はしぶとかったってことだな。たぶん、宰相サンも姫に好印象ではあるんだよ。ネックは『正義の王』。下手な手打てば、一直線に戦争だもんな。どうするのが最善か分からなくなるよなー」

「戦争回避のためにも、妹の織姫とコンタクトとりたいの。王子は連絡先知ってるんでしょ?」

 ベルゼビュート王子は片方の眉をあげた。

「そゆことね。おっけ、今いいか連絡してみる。善は急げ~っとな」

 スマホを手際よく操作する。

「彼女とは輝夜姫連れ出すために向こうに行った時、初めて会ったよ。そん時、念のため連絡先交換しといたんだ」

 あたしはルシファーが見せてくれた調査書の内容を思い返した。

 織姫、ほぼ表舞台に出てこない第二王女。『正義の王』は正妃一人しか妃を持っておらず、輝夜姫とは母を同じくする。藍色の髪に黄色い瞳。姉が華やかで才能ある人格者、理想の次期女王と尊敬を集めているのに対し、期待も注目もされることを嫌い、自ら引っ込んだ。おそらく姉の対抗馬として愚かな連中に担ぎ出されるのを避けるためだと思われる。

 姉とは仲が良く、コンプレックスを抱いている様子は見られない。公務からは長年逃げて回っており、ついに五年前「植物の研究者になる」と言い残して城を出た。以降、専門機関で植物の品種改良を行い、研究所に住み着いている。

 植物を研究することにしたのは、政治利用される恐れがないからとみられる。意図的に研究しか興味のない変人を装い、地位も権力も放棄。

「引っ込んで研究ばっかしてるけどさ、彼女ほんとはかなり頭いいぜ。ぶっちゃけみんなのイメージ通りの『姫様』を演じるしかできなかった輝夜姫より、この織姫が王になったほうがいいいとオレは思うね」

 へえ?

「政治は向いてないって自認して、わざと度を越したアホを装い、権力放棄―――女王さんと似てね?」

「あたしは装ってるんじゃなく、本物のバカだけど」

「ははは。たぶん気ィ合うと思うぜ。……お、ちょうど今、つなげられるってさ。ラッキー。まぁ一応調停役ってことになってるオレからの連絡となりゃ、向こうの国的にもNOとは言えねーだろ」

 見やすいよう、ベルゼビュート王子は画面を空中投影モードにしてくれた。

 アニメとかでよくある、空中に向こう側が透けて見える画面が浮き上がるやつ。

 ぱっと織姫が映った。

 ボサボサの髪にソバカス、瓶底眼鏡で服……白衣もヨレヨレ。調査書の写真と同じ、そりゃあもう『ダサい』姿。「これ姫?」って誰もがツッコミたくなる。

「どうも、お久しぶりであります王子!」

 ビシッと敬礼っぽく片手を頭にあてる、元気な女性。

 ベルゼビュート王子は笑って、

「織姫ちゃーん。ここにいんのはリリス女王と王配だけだから、そのキャラじゃなくていーよ」

「おや、そうスか」

 姫はダテ眼鏡を外し、ソバカスメイクを取り、白衣をぽいっと脱ぎ捨てた。そうすると美人なのが分かったけど、まだ髪の毛はボサボサ鳥の巣状態だし、白衣の下の服もただのワイシャツ。やっぱり姫かと疑問を抱きたくなる姿なのは変わらない。

「いやぁ、申し訳ないっす。……じゃなかった、申し訳ない。初めまして、リリス女王。輝夜姫の妹、織姫です」

 うってかわって理知的なしゃべり方になる。外見はダサいままでも、頭がかなり切れることは明白だ。

「初めまして」

「普段わざとああいう姿で変なキャラ演じてるもんで。びっくりしたでしょ」

「わざとなんですか」

 自分で認めるとは。

「ええ。変人と思われてたほうが何かと楽なんで。公務から逃げられるし。姫の仕事なんかめんどーでねー。あんなおかしなヤツなら、王家の威光の問題でやらせるわけにいかないでしょ?」

 あははと笑ってのける姫。

 大物だなー。

「身なりも構わない研究バカ、面白みも女らしさも皆無な変人。それが私のキャラです」

 『善』の国とはいえ、欲を出す人間もいる。そういう連中を避けるための、彼女なりの知恵ってことか。

「頭いいですね」

「いやぁ、はっはっは。私はただのバカですよ~。自分は国を治める器じゃないっつーのは自覚してますしね。だからさっさとお気楽ご気楽な『無価値な第二王女』に戻りたい」

 姫はふいに真剣な声音になって、

「とはいえ、姉さんの意志も尊重したいので戻って来てとは言いません。妹として好きな人と幸せになってほしいし、今の姉はすごく楽しそうですから。ようやく自分のための人生を歩めてるというか。あんな『姫のロイヤルスマイル』じゃない本物の笑顔診るの久々ですよ」

「織姫……」

 この二人、対照的だけど仲はいいんだなぁ。

 全然タイプが違うからこそ、衝突せず上手くやれてるのかも。

「なので、安心してください。私は姉の恋路ジャマしませーん。むしろ協力しますよ」

「輝夜姫も妹が味方でいてくれるなら心強いですね。てことは織姫、姫はお父さんの方針に反対なんですね?」

「はい」

 織姫ははっきり同意した。

「私は争いごとは嫌いです。めんどくさいことはしたくない。戦争なんてその最たるもんじゃないスか」

「あたしも同じ。大勢の人が傷つく事態にはしたくない。協力して戦争になるの止めてくれませんか」

「もちろん。むしろこっちから頼みたいくらいですよ」

 織姫は頭を下げた。

「父の言動はあきらかに常軌を逸してます。どうにかしたくても、どうしたらいいか分からなかった。そしたらベルゼビュート王子が教えてくれたんです。父は悪霊的なものに憑りつかれてるって」

「会談ン時の様子があんまり変だったからさ、専門家にきいてみたんだよ。そしたらそうだっていうじゃん?」

 時定社長のことか。除霊士みたいなもんってことにしといてあるのね。

「まさかそうとは。ご存じの通り、うちの家系は呪いの浄化が得意です。遺伝的にそういったものが効かないはずなんですよ。だけど、その体質が通用しない敵がいるなんて……」

「国で一番強いはずの『正義の王』が憑りつかれたってことは、国内にある方法じゃ祓えない。つーワケで別のやり方知ってるスペシャリストに祓うの依頼した。でも初めてのケースなんていまいち分かんなくて、とりま応急処置としてコレ」

 ワクチン入りのCDを出す。

「こっそり呪文を仕込んだこれを使ってもらってる」

「はいっ。大型スクリーンと巨大スピーカー置きまくってかけまくってますよっ!」

 ヒロインの生まれるはずの城で流れるは、銀ピカなアイドル王子*本物のテンションアゲアゲソング。巨大スクリーンでPVも映してます。

 すごい光景。

 想像してゲンナリした。

「……あのー、それ周りに何か言われません?」

 少なくとも次期国王がアイドルオタク全開なのは何か言われそうだけど。

「言われますけど―。私は元々アレなんで、たいていの人はいつもの奇行かってスルーしてますね!」

 自分で奇行って言ったよ。

「私がベルゼビュート王子の大ファンなのはほんとですしー。いやぁ、逸材っしょ! 誰とカップルにするか、妄想がはかどりますよっ」

 ゴウッて何かがふっ飛んだような気がした。気分的な何かが。

 ……いや、知ってはいたよ? いたけどさ。

 彼女の趣味は、だ。

「……カップル?」

「はい、カップリング。あ、断っときますがBL的な意味ですよ。ベルゼビュート王子は攻めでも受けでもいけます。しかもアイドル設定に王族設定もいける万能ぶり。つい妄想爆走して同人誌作っちゃいましたよー。あ、すいませんね、なにししろ私、腐女子なもんで!」

 織姫は明るくぶっちゃけた。

 それはそれはいい笑顔で、堂々と胸張ってた。

「…………」

 ……いやぁ、すごいよね。

 趣味嗜好や考え方に対して寛容なうちの国ならともかく、潔癖で締めつけ厳しそうなそっちでオープンにしてるって。

 ヒロインの国は『善』だ。しかも常に自分たちの側が最終的には勝つから、己の考えや価値観が絶対に正しいと信じてる人が多い。悪くいえば人の話を聞かない。自分は『正義』だと盲目的に信じてるんだ。

 自分たちと違う考え方の持ち主は異物、下手すりゃ敵と認識し、排除する傾向が強い。結果、少数派の人たちが差別・迫害されてうちの国に逃げてきてるわけだ。

「……うーん、すごい。堂々とそう言えるって」

「そーですかね? 私は自分の好きなものを好きと言ってるだけですよ。そもそも、趣味に高尚とか低俗とかあるんですかね? 誰が決めるんです? 人に迷惑かけなければ、何を好きだろうが自由っしょ」

「まぁね。でも王位継承権一位になった人が『腐女子です!』って公言するのはなかなかできることじゃない」

「リリス女王だって『服作りしたいから女王やめる!』って言ったじゃないっすか」

 うんうんとうなずくルシファーとベルゼビュート王子。

 あれ。

 似てるわ。ふっしぎ~。

「ていうか、引かないんですね。たいていの人はドン引きするんスけど」

「え、なんで? 誰がどんな趣味でも、それは個人の自由でしょ。あたし自身は腐女子じゃないけど、だからって自分と違う考えの人を否定や拒絶、攻撃して支配なんかしないよ」

 きょとんとして首をかしげた。

「大体さ、自分の考え方のほうが優れてるなんてどうして言えんの? 『()()()ことを教えてやろう。()()()()()だ。矯正して()()()()()』なーんておこがましくない? 何様だっつー話」

「…………」

「自分と違うこと考えてるやつは排除か征服なんて、考え方ちっちゃいなー。異文化や異なる価値観を理解し、受け入れることって大事じゃん。その上で妥協点探ってく。お互い譲り合い。言葉ってのはさ、人を傷つけたり征服するためのものじゃなく、協力して生きるためにあるとあたしは思うんだ」

 ニコッと笑ったら、織姫もニッと笑った。

「ええ、そうですね。あなたとは気が合いそう」

「あたしも同意見」

「あ、安心してください。私、実在の人物はモデルにしませんので。嫌がる人がいるのは承知してます。ご兄弟あてはめたりしませんよ」

「あれ? ベルゼビュート王子は同人誌作ったって言ってなかった?」

「王子だけは本人が許可してくれたんで唯一の例外っす」

 おおお。

 ルシファーと二人でベルゼビュート王子をまじまじ見た。

「どしたん? オレは全然気にしねーよ?」

「あっさり受け入れるってすごいね……。普通、たいていの男性は引くと思うけど」

「別に? あくまでオレを基にしたキャラであって、フィクションじゃん」

 織姫は拳を握って力説した。

「懐広い漢は好きっす! それで大ファンになったんですよ。だからアイドル活動のほうも純粋に応援してます!」

 うんまぁ、推し大好きな気持ちはよーっく分かる。

「サンキュ。んで、どう? バージョンアップした呪文仕込んだ新曲、効き目は?」

「前のより効いてますね。父は相変わらずベッドの上ですが、時々起き上がれるくらいには回復してきました」

 本当に回復してるのか、それともそう見せかけてるのかどっちだろう。

 ベルゼビュート王子があたしの疑問を感じ取ったらしく、

「姫に頼んで、こっそり王の部屋にモニターつけてもらってる。それ見て専門家が分析して、新しいワクチン作ってくれたんだ」

 社長がチェックしてるんだ。それなら安心。

「ただ、まだ政務をとれるほどじゃなくて。それでも好戦的でムチャなことばっか言うんで、重臣たちも命令に従わなくなってます。最近じゃ私に全部きいてきますね。事実上私が国王代行・・・・・やだよー、王様なんかやりたくないーっ!」

 天に向かって叫ぶ織姫。

「あんまりにも父の様子がおかしいんで、強制的にでも退位してもらって私が女王になれって声が高まってるんですよ。本来は姉のほうがいいんでしょうけど、勘当されてるし、今の幸せそうな様子見ちゃあねぇ。戻って来て女王様やれとは誰も言えませんや」

「でしょーねー」

「そんならアホだけど私で仕方ないかって感じです。無欲な馬鹿だから、マトモな重臣たちが実質国を動かしてけばいい、お飾りとしては扱いやすくていいかっつーことですね。でも私は女王なんかヤです。めんどい!」

「全面的に同意」

 超よく分かるぅ~。

「せっかく『アホでバカで無害無価値な第二王女』でいられたのにっ。あああ誰かに押しつけて逃げたい~」

「任せられそうな人いないの? あと、お母さん……王妃はどう思ってるの?」

「母は父の変貌ぶりにショック受けて寝込んでて、役に立ちません」

 スッパリ。

 ベルゼビュート王子がささやいた。

「……王妃は『正義の王』の一番近くにいる。つまり影響受けてるんだ。どうやら同じく拒絶反応示して寝込んでるっぽい」

 なるほど。

「お嬢様育ちで温室栽培なもんで、元々ポヤンとしてるんですよ。ガッツがない。それだけに姉さんがしっかり者になって期待も一身に集まっちゃって、結果ああして爆発したというか。……姉が優秀なのをいいことに押しつけて逃げまわってた私にも責任はあります。だからここで人に押しつけて逃げるわけにはいきませんね」

 姫はため息ついた。

「…………」

 あたしは兄たちや優秀な官吏たちっていう、任せられる人たちがいた。むしろ権力放棄したほうがいい状態だったし、状況は違うけれど。

 織姫はできない。女王になりたくないけれど、その道が不可避。

 あたしと似た彼女―――もう一人のあたしと言えるのかもしれない……。

「つっても、当座は、です。依然私が女王になるのは反対な人も多いし、まぁ父が回復するまでのつなぎ役っすね。父が正気に返ったら、さっさと気楽な立場に戻りますか」

「戻れんのかねぇ?」

 疑問投げかけたのはベルゼビュート王子だ。

 お?

「いずれ『正義の王』の後は誰かが継がなきゃならねー。順番から行くと、織姫ちゃんの次は叔母さんとこだろ?」

 ルシファーが小声で補足してくれる。

「『正義の王』の妹です。40歳、従兄弟にあたる公爵と結婚、息子が一人います。夫は現在大臣職。息子も高官です」

 ほうほう。

 織姫はやや警戒気味に、

「ええ。……それが何か?」

「順位からいくと確かに妥当だし、伯母さん自身は普通のいい人だったけど。『だった』だろ? 最近様子が変じゃね?」

 ん?

「伯母さん、城に来る必要のないはずなのにやたら来てんだろ? しかも織姫ちゃんに皇太子辞退して自分たちに譲れって強硬に主張し始めた」

「…………」

 織姫は沈黙した。

「えっ、そうなの?」

「おうよ。そりゃ、織姫ちゃん反対派が叔母さん夫婦担ぎ上げんのは分かるさ。でもこれまでまったく王座なんか興味なかったはずの叔母さんが、まるで人が変わったように。……なーんかおかしくね?」

 人が変わったような。

 レティ兄さまの元副官の件を思い出す。

「ちょっと。それって、まさかその人たちも……?」

 ベルゼビュート王子は首を縦にした。

「間違いなくな。博士が確認した。元々心の奥底にあった欲望を増長させられてる」

 これには織姫も慌てた。

「叔母さんたちまで憑りつかれてるんですか!?」

「いんや、そこまでじゃない。あくまで憑りついてんのは『正義の王』。ただコイツはそれ以外にもオイシイ欲望を抱いてる人間がいると、それを増幅させることができる。本人が無自覚で普段は善良な人間こそやられやすい。一度にできる人数は限られてるし、効果も人それぞれだけどな」

「そんな……どうすれば」

「だーいじょーぶ。幸い、前に一人いて、そん時のデータがある。すでにプロがそれ参考にしてワクチン開発済みだ」

 時定社長、レティ兄さまの副官の時のデータとっといてもうワクチン作ったんだ。天才って。

「すぐにそれ隠した曲のデータ送るよ。動画配信サイトに公開設定にしとくわ。そうすりゃバレねーだろ?」

「ありがとうございます! 伯母さんたちが聞くようもっとスピーカー増やして、あっちの使用人たちにも布教しときます!」

 それもどうなん?

「……それにしても。元からあった欲望ってことは、心の中じゃやっぱり王座ほしいと思ってたし、私を見下してたってことですね……」

 織姫がぽつりとつぶやいた。少し寂しそうに。

「…………」

 身内にされたら悲しいよね。いくら姫は意図的に馬鹿を装ってたとしても、はっきり「お前は駄目だ」と言われたら辛くないはずがない。

 それを今まで笑って隠して、道化をよそおってきたんだ。

 あたしの兄弟は全員心底王になりたくない。父王を反面教師にしたからだ。

 元々『外』から来たフツーのJKなあたしも、王様なんかめんどいとしか思わない。ちっとも魅力感じないね。

 王様の座って、そこまで欲しいものなのかな。

 一番だから?

 ベルゼビュート王子が頭をかいて、

「うーん、叔母さんたちの場合、自分たちのためじゃないんじゃん? 息子が好きなことできるようにしてやりたいんだと思う」

「息子?」

 高官に就いてるっていう?

「一人息子なんで溺愛してんだよ。もう20代のいい大人なのに、いつまでも幼児みたく甘やかしてんの。息子もちーっとお子様でさぁ」

 ルシファーがさりげなく調査書出してくれた。

 丸々と太った男性の写真がドーン。山盛りのスイーツに囲まれ、幸せそうに頬張ってる。甘党らしい。

 なになに、ヒーローごっこが好き。……20代でヒーローごっこ?

 一人息子を溺愛する両親は劇団を丸ごと買い上げ、息子の望む時いつでも好みの勧善懲悪ストーリーを演じさせてやっている。領地に専用のエリアを作り、そこで本物さながらの『悪者退治』ができるようにしてある。なお、息子本人はフリとは知らず、本物と思っている。自分は世界を救う勇者で最強の戦士と信じ、日々『ヒーロー』として活躍中。

 調査員も「ウケる」って思ってるのが分かるわー。大人なら、周りが演じてくれてるだけだって気付こうよ……。

「これ、マジ?」

「マジもマジ。世界最強のイケメンヒーローって信じ込んでる」

「……好みは人それぞれとはいえ、一般的にいってこれはイケメンの部類から遠いと思うなぁ?」

 糖分とりすぎでヤバそうな体型。子供みたくあどけない顔でスイーツほおばり、顔も指もクリームやバターでぐちゃぐちゃ。

 まずこれだけ太ってたら走れなさそう。ていうか、心臓発作でポックリいくんじゃ?

「二つ名とか大真面目に考えて、技名もカッコイイの編み出してるよ。でもさ、ここだけの話、こいつ愛用の剣って偽モンなのよ。メッキしてある、発泡スチロール」

「はあ?!」

 それって剣って言う?

 つーかさすがに気づけよ!

「きちんとした素材で作ると持てねーんだと。肥満で血圧とか血糖値がマジにヤバくて、重いもん持ったり走ったりすると命に関わるって医者の診断」

「むしろそれでどうやってヒーローって思い込めんの……?」

「ですよねー……。それだけ役者さんたちが上手いのを賞賛したらいいのか、現実みろって諭したほうがいいのか……」

 げんなりする織姫。

「自称ヒーローならアホ親父退治しにきそうなもんだけど、来なかったんだね」

「瞬殺されるだけだから、叔母さんたちが必死で回避作戦考えたんですよ……。劇団に別の敵キャラ演じさせて、気をそらしてたんです」

 ご、ご苦労様。

 会ったことない役者さんたちにエールを送りたくなった。

「いくら親バカでも、そんなんが国王は無理だって分かんない?」

「公爵家の仕事も優秀な部下たちに任せるつもりなんだから、国王としての仕事も丸投げでいけると思ったんじゃん?」

 あたしも丸投げにしたんで人のこと言えないが。でもあたしは権力持ってちゃいけなかったんで、話が少し違う。

「確かに王がアホでも周りがしっかりしてりゃいいさ。だけど今回はヤバイ。なにしろこいつは自分がヒーローだと思ってる。これまでは役者扮する兵隊率いて偽の悪者退治してたからよかったけど、本物の軍隊使える立場になってみ?」

 ゾッ。

「うひゃあ。どうしよ」

「だろ? なにせこいつ言ったんだぜ。『ね、王様になったら国の軍隊使えるんでしょ? 指揮官の服、ぼく着てみたかったんだ! あのかっこいいお洋服着て軍隊指揮してみたい!』」

 声真似してみせるベルゼビュート王子。ルシファーが上手いって顔してるとこみると、似てるらしい。

「イヤイヤイヤ。一国の軍隊ってオモチャじゃないっつーの。服かっこいいから着てみたいって理由で動かすな」

「しかも自分は天才だと妄信してるからタチ悪いんですよ……。あいつは今度はリリス女王を悪だと思ってるんで、まず間違いなく宣戦布告しますね」

「ヤメテ」

 倒すのは簡単だけど、やっちゃまずいじゃないかー。実際に被害受けるのは一般の兵たちだ。

「で、世界的に総スカンくらって、孤立無援になる。どうせ初戦でボロ負けして速攻捕虜になるんでしょーよ。そこまでいけば誰も味方しないし、とどのつまり私のほうが戦争しないだけバカでもマシだとお鉢が回ってくる。バカはバカでも無害なバカは利用できるんでね」

 そこまで読める人をバカとは言わないんじゃないの?

「そんな溺愛する息子の夢を叶えてやりたくて、叔母さん夫婦は王になりたいってうっかり思っちゃったんだろーな。そこをつけこまれた」

「あー、そういうわけっすか。……はあぁ。被害が出る前に食い止めるには、私がやるしかないかー」

 ものすごく嫌そうに、織姫は天を仰いだ。

「いっそのこと、とことんやるかぁ。これ以上誰かがやられる前に、憑りつかれてる張本人である父を隔離する。療養してることにして、私が実権握る。叔母夫妻を退け、アホ従兄弟が国王になる道を断つ。真面目に国王として働いて国民を納得させる。―――クーデターいくか」

 言い切った姫の目はキラリと輝いていた。

 う、うわぁ。超真剣。

 え、まさかこっちがクーデター?

 ベルゼビュート王子がルキ兄さまには持ち掛けてて断られてた。したらこっちでフラグ立っちゃった?

「え、あの、本気だよね。やったから分かるんだけど」

「はい」

「それ他国の人間にバラしていいの?」

 どえらい機密情報じゃん。

「逆ですよ。邪魔しないでくださいねって意味です」

 織姫は人の悪い笑みを浮かべた。

 おおう。

 『ヒロインの叔母』はとんでもなくしたたかだった。

「大丈夫。よそのお宅の事情にはちょっかい出しません」

「調停役としても、おおむね賛成だなー。『正義の王』より非戦派の織姫ちゃんが王になってくれたほうが助かる。『正義の王』が王でなくなれば、治療に専念させられるし」

 ベルゼビュート王子も諸国代表として賛成した。

 織姫はぺこっと頭を下げ、

「ありがとうございます。クーデター後の方針もお話しておきますね。リリス女王と友好条約を結び、戦争回避を明文化。国が安定するまでは私がどうにかします。で、もしその時点で姉さんが帰りたいと言ったら喜んで譲位しますよ。父が正気に返った時も同様にね。なにせ私の希望は腐った妄想を好きに楽しむハッピーライフなんで!」

 くわっと宣言する織姫。

 全員拍手。

「輝夜姫が帰らない、女王にもならないって言ったら?」

「……しょーがないですね。後任が現れるまで、つなぎ役続けます」

 あくまで中継ぎの王でいたいってことか。

 あたしはうなずいた。

「分かりました。こちらも諸国も不干渉で、友好条約の申し出待ってます」

「どうもっス。めんどいことはさっさと終わらせる主義なんで、早いうちに連絡できるかと。ベルゼビュート王子、私の連絡先をリリス女王に教えちゃってください」

「あ、あたしのも。お互いメアド転送しといてくれる?」

「おっけ。通話切ったら送っとく」

「お願いします。では、また近いうちにお会いしましょうっ!」

 いたずらっぽくチャッと手をかざし、決意したお姫様は消えた。


   ☆


「……うう~ん……。なかなか個性的な姫だった」

 と、評しとく。

「ですね。しかし、うつけ者と見せかけて実はかなりの切れ者です」

 野望のない信長って感じ?

「今もあっさりクーデター起こすと言い出しましたが、あれはできるから言ってるんです。しかも他国には手出しするなと牽制までした」

「自力でそんくらいできるってこと? 味方がいるの?」

「織姫はあえて一匹狼でいました。姉の対抗馬にされないよう、自らの派閥を作らぬよう細心の注意を払ってきたといえます。これから協力してくれそうな人間を集めるんでしょうが、それができてしまうあたり、とんでもない実力の持ち主だということです」

 あたしは五年もかかったのに。そりゃ色々条件違うけどね?

 織姫のほうが『運命を変える』役ふさわしかったんじゃないかなー。

「ある意味ベルゼビュート王子と似てますね」

「え、オレ?」

「自分の立ち位置を正確に理解し、あえて馬鹿を装っている点です」

「そーかねぇ? ま、織姫がクーデター実現できるってのはオレも疑ってない。彼女なら確実にできんだろ。『正義の王』を隔離して修正プログラム削除に専念できるのはありがたいね。隔離場所は社長に頼んで作ってもらうわ。人に迷惑かかんないとこに」

 この世界の基礎を作った社長なら、追加設備も簡単に作れそう。

「向こうの国にゃ悪いが、これが一番穏便に済む方法だな。病気療養ってことにして『正義の王』を外界から隔離すれば、他の誰かに乗り移ったり、誰かが欲望増長させられたりしねー」

「……そうだね。これ以上被害者は出したくない」

 レティ兄さまの副官だって、いい人だったんだ。心の闇を利用されなければ、今も元気でいたはず。

 姫の叔母夫妻も、ほっとくわけにはいかない。

「輝夜姫が王位レースから離脱した今、妹が継ぐのは順当だ。本人も分かってっから、グチりはしてもやるんだよな。彼女ならいい王様になると思うぜ」

 ふーん?

「なんだよ、女王さん」

「別に。とりあえず、織姫の計画をルキ兄さまに伝えとく。そのつもりで準備しとかなきゃ」

「オレも急いで社長に連絡するわ」

「よろしく。行こ、ルシファー」

 ルキ兄さまの執務室に直行した。

  人払いして説明する。

 ルキ兄さまは頭痛がするって感じで頭を抱えた。

「現状、良策ではあるが……あっちも姫がクーデター起こすって……」

「うん。あたしも何も言えないわー」

「『正義の王』が新手の悪霊に憑りつかれてるってのは、そんなふうだったし、勘づいてる人間も多いだろ。ただそういうのは弾く体質のはずだから、信じられないというか。そのベルゼビュート王子の知人の除霊師は信用できるのか、除霊できるのか分からないが、まぁやらせてみよう」

「ええ。仮にも仲裁役であるベルゼビュート王子が手配したなら、各国文句をつけづらいですから」

 社長、とりあえずこっちでの肩書は除霊師ってことで。

「織姫が馬鹿と見せかけて有能なのは知ってた。王妹夫妻がおかしな言動を始めてるってのも報告を受けてる。織姫がトップに立ち、友好条約結べるならありがたい。だけど織姫はその悪霊の影響受けてないのか?」

「んーとね、悪霊のやり口って元々ある欲望を増長するものらしいんだ。つまりそんなもん持ってなけりゃ効かないわけ。輝夜姫だってそうじゃん」

 織姫の欲求っていったら、真逆の『めんどうごとから逃げること』だ。それ増長させても意味なーし。

「ていうかルキ兄さま、織姫の話信じるんだね。てっきり罠か嘘って言うかと」

「リリスが直接話したんだろ? 俺は妹の人を見る目を信じてるよ」

 ルキ兄さまはぽんぽんと優しく頭をなでてくれた。

 えへへ。

「ありがとっ、ルキ兄さま」

 ついでにオーバーワーク気味な長兄を休ませようとだべってると、秘書官が取りつぎにやってきた。

「え、輝夜姫が? 妹姫の件で話があるって?」

 織姫から連絡が行ったか。

 ルキ兄さまはすぐに通した。

 輝夜姫も真剣な表情だった。いつもみたくもじもじしたりせず、テキパキ行動する。

 『姫』モード。

「貴重なお時間いただいてるんですから、単刀直入にお話します。妹から計画を聞きました。リリス女王様との間に不可侵と友好の約束をしたということも。実の父に隔離措置を取るのは忍びないですが、悪霊に憑りつかれており、周囲への影響がはなはだしいことからやむをえません。全面的に賛成です」

 お国で仕事中はこういう感じだったんだろうな。

 こっちに来てからのは素っていうか、本音だったわけだ。

 いつもこんなキリッとしてなきゃならないの、大変だったろうなぁ。姫も真面目だから、周りの期待に応えなきゃ、イメージ壊しちゃいけないってがんばってたんでしょ。

「そもそも私は家出し、勘当され、自ら義務も放棄した身。何か言える筋合いもありませんが」

「意外と落ち着いてるね」

 あたしはきいてみた。

「そうですね。妹は元々よく突拍子もないことをするからでしょうか。慣れ?」

 ルキ兄さま、なんであたしをチラ見するかな。分かってるけど―。

「けど、悪いことは絶対しませんもの。妹が何かするときは、必ず理由があります。そしてそれはどれも良い結果をもたらすんですよ」

「信用してるんだね」

「たった二人の姉妹ですもの。……妹にはずっと悪かったと思ってますし。私の立場を盤石なものにしておくため、あの子はあえて道化役に徹した。姫の地位も放り出し、すでに臣下に下ったようにふるまって。本来なら、姫としてもっと楽に暮らせたはずなのに」

「いやぁ、めっちゃ気楽に暮らしてたように見えたよ。あれ、演技じゃなく本気で元の暮らしに戻りたがってた」

 初対面のあたしでも分かるわ。

「ええまぁ、妹の趣味は本物ですけど。……ちょっと分からないでもないですし……」

 ん? ボソッと言った?

 ほほう、輝夜姫も実は興味アリですか。

 ルシファーが唇だけ動かして、「姉妹でよく本の貸し借りしてたようですよ」って教えてくれる。

 あー、輝夜姫は立場上、ほんとに好きなもの手に入らなかっただろうねー。その点オープンで自由な織姫は買えるし、持ってても誰も不審に思わない。代わりに買ってもらってたとかありそう。

 ふむ。

「……姫、よければウチの侍女にも趣味のお仲間いるんで、代わりに買って来てもらおうか?」

「えっ、いいんですか?!」

 超くいついた。妹そっくり。

「うん。好みのジャンルとか教えてもらえれば。うちの国は出版物に関する規制緩いし、人の趣味に対して寛容だから色々あるらしいよ。唯一規制されてたのはアホ親父への反対意見くらいのもんで、それ以外はなんでもアリアリだったっつーか。だもんで、けっこうあると思う」

「ほ、本当に……?」

「前にその侍女が専門店があるとか言ってたっけ。なんなら変装して連れてってもらう? 案内頼んどくよ」

 食い気味にうなずく輝夜姫。

 ルシファーがスマホいじりながら、

「該当の侍女を輝夜姫付きチームに異動するよう手配しました。話も通してあります」

「早い! さすがルシファー、大好きっ」

 感謝のぎゅー。

「変装っつっても、普通の町娘っぽくすれば意外とバレないもんよ。特に姫はまだ金色で光り輝くイメージが一般的に強いしね。衣装ならいくらでもある」

「ありがとうございます……! 妹にも送ってあげられる。嫌いな政務で疲れてるはずだもの。せめて」

「よかったよかった」

「リリス、よかったのはよかったが、それよりそこの腹黒から離れなさい。ルシファーもうちの妹から手を離せ」

「お断りします」

 にらみ合いはいつものこと。スルー。

 そこで輝夜姫がハッと我に返った。しまった、って顔を強張らせる。

「あっ。えっと、その、今の話は……」

 ヤバイ引かれたかも、ってルキ兄さまをおそるおそるうかがう。

 大丈夫だと思うよ?

 ルキ兄さまは淡々と答えた。

「内密に、ですか? 当然です。趣味は個人の自由。人に迷惑をかけず個人的に楽しむのであれば、他人が何か言うものではないでしょう」

「……! さすがルキフグス様っ!」

 姫は喜んで頬を染めた。

 あ、ヤベ、って思ったなルキ兄さま。

 惚れなおされたもんね。

 まぁそりゃそうだ。でも真面目なもんで、嘘ついて逆の対応なんかできないんだよね。

 ルキ兄さまは咳払いした。

「話を戻しましょう。織姫が混乱を治めたら、貴女はどうするつもりです」

「どう……とは?」

「妹姫が女王になれば、、安心して帰国できますよ。しかも妹姫はできれば誰かに譲り、退位したいと言っている。貴女以外に適格者はいないのでは?」

「―――いいえ。私は王になりません」

 輝夜姫はきっぱり宣言した。

「なれません、といったほうが正しいですね。父を止められなかった私にその資格はありません。決断をした妹こそ王にふさわしいんです」

「…………」

 ルキ兄さまは何か言おうとして口を閉じた。

 ……自分と重なった?

「子供で理想しか見ておらず、皆の望む『姫』でいるだけだった私は王になどふさわしくない。ですから本当ならもう姫と名乗ることすらおこがましい。ただの一人間として、レポーターの仕事を続けていくつもりです」

「え、ずっと?」

 そこまでは予想してなかった。

「ええ。働いて自分の食い扶持は自分で稼ぎますわっ」

 力こぶ作ってみせる。

 たくましい。

「いずれは他の国々の取材にも行ってみようと思ってるんです。そうやって旅する人生もいいかもしれませんね」

 ふいに気付いた。

 輝夜姫はルキ兄さまに二度目の告白して、返事はいらないといったけどやっぱり待ってるんだ。嫌いなら嫌いとはっきり言ってほしい、今みたいな宙ぶらりんな状況は嫌だと。

 今度フラれたら潔くあきらめて出て行くつもりなんだね。ちゃんと働き口はあるから心配しないで本音を教えて、って。

 頭のいいルキ兄さまならとっくに分かってたんじゃないの?

 でもルキ兄さまは無言だった。 

 ……もー!

 輝夜姫はその反応は予想してたというように立ち上がった。

「それでは失礼します。なるべく早く友好条約が結べるよう、私も手伝いますわ」

 しっかりした足取りで出て行った。

「…………」

 ルキ兄さまってば。

 いいかげんちゃんと結論出さなきゃだめだよー?

 あたしはおもむろにデコピンの形作った指を長兄に近付けた。

「おわっ」

 すばやく気づいて回避された。

 うーん、レティ兄さまよりカンがいい。人生経験の差かな。

「何しようとしてるんだ、リリス」

「ねぇルキ兄さま。状況とか立場とか、どうでもいいから。ルキ兄さまも幸せになってくれなきゃ、あたしたち弟妹みんな悲しいんだよ」

「……リリス?」

「ルキ兄さまが本当はどうしたいのか―――素直に心の声に従って」

「…………」

 黙って兄妹視線を交わした。

 ルキ兄さまは優しく微笑むとあたしの頭をなでた。

「……リリスは優しいな。ありがとう」

「ルキ兄さま」

「うん。大丈夫、分かってる。ちゃんと全部分かってるよ。ただな、俺は大人だから色々考えちゃうんだよ。でもそうだな、そろそろはっきりさせないといけないよな」

 ぽんぽんとたたいて手を離す。

「―――ひとまず早急にやらなきゃならないことを片付けよう。弟たち全員集めるぞ」

 緊急招集。兄妹弟全員せいぞろいした。

 あ、お嫁さんたちは呼んでませーん。知らないほうがいいこともあるんだよ。

 ルキ兄さまが簡潔に状況を説明する。

 ナキア兄さまは口笛を吹いた。

「ヒュ~ウ。織姫ちゃん、やるぅ」

「この件に関してはどの国も一切不干渉とベルゼビュート王子が諸国にも取りつけた。協力したいのはやまやまだが、内政不干渉の原則に従ったほうがいい。下手なことすると後々面倒なことになる」

「だろーな。ま、輝夜姫を通じてバックアップが一番いんじゃね」

「『静養先』はベルゼビュート王子が手配するそうだ」

「フン、あのハエにも少しは役目をはたしてもらわんとな」

 鼻を鳴らすアガ兄さま。

「そこで手配した除霊師が治療を行う。監視と経過観察はベルゼビュート王子にやってもらう。元に戻るかは分からないが」

「戻らなかったとしても、調停役の監視下にずっと置いて幽閉しとけばどの国も安心ってこった」

 レティ兄さまは肩をすくめた。

「……するとベルゼビュート王子は早晩出て行くということか」

 ルガ兄さまのつぶやきにみんな顔を輝かせた。

 ええー。

「そうだね! 超いいニュースじゃん!」

「ああ、予定より早くいなくなってくれそうだ。織姫は権力掌握後速やかに友好条約を結んでくれるというし、これで憂いなく選挙を迎えられる」

「……なぁ兄貴、そんじゃ輝夜姫はどうすんの? 帰んの?」

 ききにくいことをナキア兄さまが率先してきいた。

「帰国しないそうだ。本人が明言した」

「え、安心して帰れんじゃん。落ち着いたとこで王様になれる、楽な道じゃね? 厄介ごとの始末は妹にやらせていいとこ取りできんだからさ」

「性格からいって、そういう真似はできないだろう。それくらいなら初めから自分でやってるな。王になる資格は自分にはないから、レポーターとして働いて食べていくつもりだそうだ。情勢が落ち着いたら、他国も回るとさ。『正義の王』の言動でなくした信用を復活させ、妹との懸け橋になるわけだろう」

「ふーん。てことは兄貴、きっぱりフったの?」

「…………」

 黙秘するルキ兄さま。

 あたしが代わりに否定のアイコンタクトしておいた。

 ナキア兄さまがあきれて、

「兄貴ってつくづく苦労性」

「なんだよ」

「頭良すぎるせいだって分かるけどさぁ。たまには何にも考えず、頭カラッポにして思いつくまま動いてもいーじゃん」

「そういわけにはいかない」

 ほんっと堅物なんだからー。

 ルシファーに「この後、ルキ兄さまの話聞いたげてくれる?」とアイコンタクトする。

 ルシファーがうなずくの見て、ナキア兄さまたちも察したらしい。

「条約の草案作り始めるんでしょ? 邪魔になるだろうから、あたしたち戻るね」

「あ、ちょっと待って。その前にこれだけ。ルキ兄さん、よろしく」

「なんだネビロス。……城内保育所開設について?」

 お城で働く人専用の保育園ってこと?

「うん。城の外に一個作ったじゃん。思ったより需要があってそこ満員だし、待機児童出てるでしょ。もいっこ、城内に作っちゃおうよ。ワケありな家庭専用の」

 あたしら兄妹弟直属の侍女・侍従には偽の戸籍で生きてる人が多い。スミレちゃんとこなんかその代表例だ。本当の素性がバレないよう気をつけて子供を育てるのは大変。

「ぶっちゃけ僕らの子を預ける施設は一般の子どもと一緒じゃマズイじゃん。小学生以上ならまだしもさ。小さいうちは気をつけないと。どうせなら友達もみんなワケありなほうがやりやすいと思って。僕ら兄妹弟の子供たちなんて、ワケありの最たるもんだよね」

「確かに」

「それナイス。城内だったらスミレも安心して移動できる」

 隠し通路でね。

 レティ兄さま、さては入れようと考えてた保育園まで地下道作る気だったな。どういう専用通学路。

 トンネル掘るんか。そこまでいくと、職業って何?

 ネビロスもちゃっかり便乗しそうだ。つくづくうちの兄弟は変な方向に暴走させちゃイカン。

「俺は異論はない。で、お前がここで働くって書いてあるが?」

「僕、色んな資格持ってるもん。保育士資格もとっといたんだ、役に立つかと思って」

 何の役にだ。

 付き合ってもいないのにリリーちゃん長年追い回しまくって、結婚すると決めてかかって人生設計立ててた弟の執念がコワイ。

「小さい子の世話は慣れてるし。僕とリリーの大事な子供を他の人間に任せられないよ~」

 『魔王の叔父』は保育士になるそーですよー。

 びっくりな転職だね。

「重い。よくリリーちゃんはこれに耐えられるな」

「今具合悪いんだから心労かけちゃダメよ?」

「むしろ安心させられるとこじゃない? それに、息子だったら僕と一緒にリリーを守れるようしっかり教育しなきゃ。娘だったら余計な虫排除できる。あ、双子だから一人ずつかも」

「よし、ネビロス、オレの娘も任せた。害虫は絶対寄せ付けるな。お前なら安心して預けられる」

 暗い笑み浮かべてハイタッチするレティ兄さまとネビロス。

 あかんあかん。親バカがタッグ組んだ。

「どうすんの、兄貴」

「……定職つかずにフラフラしてたネビロスが就職するのはいいことだ、ってことにしておこう。お前たちの子供世代は安全面で注意しなきゃならないのは事実だしな。ネビロスがついてればその点は安心だ」

 その点は、ってあえて言うとこが。他の面では心配だねー。あはは。

 でもまぁ、ネビロスが保育士って天職かも。ルシファーの組織でバイトしてるよりよっぽど安全だしね。

「レティも安心して働くだろ。これは進めておく。レティのとこに生まれるまでには間に合わせよう」

「よろしくねー。じゃっ」

 後はルシファーに任せ、あたしたちはそれぞれ戻った。

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