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次男サタナキアののんびり新婚生活(時々熟年夫婦の域)

「祝! 既婚者限定女子会パート2~! 女子って言い張るかってツッコミはナシでいこうね!」

 我が国の女王、リリス様はそう陽気に宣言した。

 とまどいつつ拍手する私、ローレル。

 隣のリリーさんはクールにスルー。年下とは思えぬ冷静ぶりだ。

「兄弟のお嫁さん増えるたびにやろーと思うの。あ、でも今日は一人欠席なんだー。レティ兄さまのスミレちゃん、妊娠中で体調崩しててね」

 結婚式に出席してくれていたから、身重なことは知っている。

 そうそう、あれから私たちはすぐに結婚した。お互い長年離れ離れだったからこれ以上は嫌だったのと、特に父が強力に押した。あったことを思えば納得というもの。

 結婚の報告に行くと、父はその場で号泣した。うれし涙が止まらないと泣きながら、杖を放り出して私とナキ君を抱きしめてきた。

 ……どれだけ心配と迷惑かけてたのか。

「ごめんなさい、お父さん」

「お前が謝ることはない。いいんだよ、これで私もいつお母さんのところへ逝ってもいい」

「センセーまだまだ元気じゃんか。ンなこと言うなよ」

「……あのな、君は知らんだろうが、亡くなった妻はそれはそれは男前な女性でな。たぶん私はあの世で再会したら、このド阿呆!とアッパーカットくらうと確信してる……」

 そう言う父はガクブルしていた。

 幼い時に死に別れた母のことはほとんど覚えてない。でもこの生活能力皆無な父の面倒みてたんだから、姉御肌な女性だったことは確かだ。

 それはともかく。

「とにかく今すぐにでも役所に婚姻届け取りに行きなさい! 証人欄署名するから!」と父が急かしてるところへ、ひょっこりやって来たのはリリス様とルシファー様。おそらく近くで見てて、タイミング見計らってたに違いない。

「はい、これ。ペンもあるよ。ナキア兄さま。ね?」

 有無を言わせぬ笑顔で婚姻届けとペン出してきた。

 夫側の証人はお二人がすでに記入済み。

 色んな意味で汗かいてるナキ君は青ざめながらも「……おう」と受け取ってた。

 式は昔やるはずだった、ナキ君のお世話になってた食堂でこじんまりと済ませた。いや全然こじんまりとしてなかったけど。なにしろ出席者に女王様とそのご兄弟が含まれるというそうそうたるメンバー。本当に街中の安食堂でやってよかったんだろうか。

 ナキ君はわざわざブーケをあの時の花束と同じにしてくれて、私は泣いてしまった。

 結婚後、とりあえず私は城のナキ君の部屋に引っ越した。リリーさんという前例があるのでそうしてほしいと言われた。警備の面の問題らしい。

 越してきて当初、部屋の物のなさに驚いた。必要最低限のものしかない。

「なんでこんな何もないの?! むしろ引っ越し作業で全部物搬出直後よねこれ」

「え? 必要と思わねー。じゅうぶんだよ」

 そういえばナキ君は物欲に乏しいんだった。自分より他人を優先する傾向が強く、自分のことには無頓着。

 そのがらんとした部屋に物が溢れてきたのは、結婚したと聞きつけた「サタナキア様にお世話になった」と言う人たちからのお祝いが続々届いたから。

 離れてた間、ナキ君は困ってる人がいれば助けるを繰り返してたらしく、恩人だと感謝する人が大勢いた。

 思い出すとちょっとムカッとするから、話題を戻そう。

「スミレさん心配ですね。大丈夫なんですか?」

「うん、どうやらたいしたことなさそう。今んとこやたら眠いだけだって、一日のほとんど寝てる。人より体力ないから、そうやって回復してるらしいのよ」

 大事には至らなさそうでよかった。

「でさぁ、レティ兄さまってばここぞとばかりにスミレちゃんが心配だって口実にして、ムリヤリ退職したんだよ。元々辞めるつもりで引き継ぎは始めてたけど、早すぎるっつの。もー、ずーっとスミレちゃんについててジャマ」

「邪魔って言っていいんですか」

「あれじゃスミレちゃんがゆっくり休めないよ。寝てる間もずっと傍にいるんだよ? そりゃあたしだって兄は大切だけど、体弱い身重の義姉とどっちを優先させるかっつったら当然でしょ」

「それはそうですね」

 体調を崩している妊婦を優先させるのは当然である。

「家具職人に転職するっつってたから、何か作ってりゃ少し離れるかと思ってね。プータローしてないで妻子のためにも稼ぎなよっつったら、隣に仕事部屋作ってさ。壁ぶち抜いて、作業中もスミレちゃん見守れるようにリファームまでしてんの」

 リリーさんが露骨に顔をしかめた。

「さすがネビロスの兄。愛情が重いですね。すぐ隣に仕事部屋では、単純に作業の音うるさくありません?」

「防音の魔法かけてて遮断してる」

「無駄に手回しがいいのも兄弟……」

 遠い目になってる彼女には何も言えない。

「サタナキア様はそんなことなさそうでよかったですね」

 急にこっちにキタ。

 リリス様もニヤニヤして、

「ナキア兄さまは余裕があって、のんびりやで優しいもんねー。どう? 新婚生活」

 勘弁してほしい、と思いつつも言えない。なにしろリリス様には足を向けて寝られないのだ。

「といいますか、昔に戻っただけというか。ナキ君はよくうちに来てて、家事やってくれてました。そこにいるのが当然で、もはや家族みたいなものだったので。アレどこ行ったっけ?ああ、これ?ハイどうぞって通じる感じです」

 アレとかソレで意思の疎通が図れる間柄というか。

「のんびり日なたで二人とも無言でぼんやりしてたりします。そういうのが落ち着くんですよね」

「そりゃ公認カップルと思われるわ。むしろなんでそれで付き合ってなかったの? もはや熟年夫婦の域じゃん」

「そうですか? ナキ君はそつがなくて何でもできるから、気づく前にあれこれやってくれちゃうんですよね」

「ああ、それは何か分かるかも。ルシファーもちょうどいいタイミングでお茶とかスッと出してくれるんだよねー」

 ルシファー様の職業は王配じゃなくて執事なんじゃないかと思う。

「ネビロスもそーゆーとこあるでしょ」

「あいつの場合は押しつけです。一人暮らししてた頃、勝手に入り込んで食事用意して待ち構えてたことがありましたよ」

 うわぁ。押しかけ家政夫。

「ちょ、鍵は。ピッキング?! 不法侵入、犯罪! ほんっと弟がごめん!」

「あいつが影の大家だったんで、マスターキー持ってたんですよ……。色々あきらめまして、気にしないことにしました。ていうか、気にしたら終わります。私の精神が」

 本当になんでそんな危ない人のお嫁さんになってあげたんだろう。

 あきらめたんだろうな。

「えー、ローレルさんは急に城で暮らすことになっちゃったわけで、困ってることとかない? 環境の変化ありすぎでしょ。リリーちゃん、経験者としてどう?」

「そうですね。誰かが家事やってくれたり、その関係で自分の部屋に他人が入ることへの戸惑いはあるかもしれませんね。私は元々ネビロスに入り込まれてたんで、さほど抵抗感ありませんでしたが」

「しれっと弟のヤバイ行動が」

「私もナキ君にほとんどしてもらってたんで、そこはあまり。亡命中も家政婦サービス頼んでましたし」

 でなければ家事能力皆無親子は死ぬ。

「他に、これまで特に人から注目されることのなかった生活が一変したということでしょうか。やはり女王様の兄弟の配偶者ともなれば、それなりに人の目が向けられます。そこは注意しておいたほうがいいかもしれません」

「なるほど、ためになるわ。ありがとう」

 経験者かつ先輩の助言は貴重だ。

「ま、うちの場合はネビロスが先にろくでもないことやらかして注目もってくんで、私のほうには気の毒という視線しか来ないんですが。あいつはアホだから意図してないですけど、サタナキア様なら計算して自分に目を向けさせるくらいするのでは? 貴女を守る度量がありますものね」

 ナキ君ならやりそう。

 あと、リリーさんちょいちょい自分の夫をディスってるけどいいの?

「後はセキュリティですか。住まいや身の回りに警備が敷かれる。これは仕方ないですね」

「え? 住まいは分かるけど、ボディガード?」

 リリス様がヒラヒラ手を振った。

「ナキア兄さまといる時はついてないけど、それ以外はついてるよー。これはリリーちゃんもスミレちゃんも一緒。なにしろウチの国を敵視してる人間はまだまだいっぱいいるから」

 確かに仕方がない。

「嫌かもだけどごめんね。身の安全のため、これだけは許して」

「とんでもないです。事情は承知しておりますし」

「ありがとー。で、今あがった以外に何か困ってることない? 何でもいいよ、どんどん言って」

「あ、それなら……」

 おずおずと切り出した。

「私がナキ君にしてあげられることって何かないでしょうか」

 リリス様はまばたきした。

「んん?」

「ナキ君ていつも人のことばっかりでしょう? 自分のことはどうでもよくて、人に尽くしてばかり。見返りも求めない。美徳ではありますが、あまりに過ぎると思うんです」

「―――そだね。そこはあたしも気になってた。ナキア兄さまはいつも陰でフォローしてくれてて助かるんだけど、そーやって人のためってばっかで自分は?って。いつかすりきれちゃうんじゃないかな」

「はい。ナキ君がやりたいと思うことをしていいのに。ですが、何をしたいのかすら分からないんじゃないかと」

「たぶんアタリ。自分の望みは?って聞かれても、ローレルさんのことについて答えると思うよ。マジで自分のことは思い浮かばないんだろーね」

「そうなんです。ですからナキ君が喜ぶこと、本当はしたいことリリス様ならご存じないでしょうか?」

 う~んと妹君はうなった。

「……ゴメン、思いつかない」

「……ですよね。私も思いつきません。すみません、厄介なことうかがって」

「いいのいいの、こっちこそごめん。あ、そんなら逆にこれから探せばいーんじゃない? 思いつくもん片っ端からやってみようよ。ナキア兄さま本人も分かってないわけだし、あれこれやったらどれかヒットするかも」

 女王様は顎に手をやって、

「例えばスミレちゃんにアドバイスしたのは呼び方。『あなた』とか『旦那様』とかね。ルシファーやレティ兄さまには効くんだけどなー」

「ナキ君にはあまり効かなさそうですね」

 どした?熱でもあるのか?!って、お粥とネギ持ってきて看病されそう。もはやオカン。

「なら、こっちはどうよ」

 ドーンとワードローブが出てきた。

 どこから出したんです?

「全部ウチの商品のサンプル。いくらでも持ってっていーよ!」

 ラインナップがマトモなのが救いだ。元々悪評改善のための服の販売であって、露出度高いのとかはないんだけれども。

「んー、どんなのがいいかなー。そーいやローレルさん、最近服の趣味変わったね?」

 指摘されて私は自分の格好を眺めた。今の私は髪も長く、フェミニンで大人っぽいドレスを着ている。

 髪は魔法薬で簡単に伸ばせる。式で結う必要もあって伸ばしたものだ。それ以降切ってない。

「はい。というか、これが本来の私です。パンツスーツやキャリアウーマン風の格好はわざとしてまして」

 男が近寄ってこないよう、あえて女子力皆無な格好にしていた。

 二度とだまされぬようまとった鎧だ。

「なるほどね。あ、リリーちゃんも好きなの持ってって。とっくにネビロスが用意してそうだけど」

「ええ、一部屋埋まってますね。封印しました」

 奥さんに叱られてしょげながら泣きつくネビロス様の姿が目に浮かぶ。

「そうしたらあいつ、何て言ったと思います? 『じゃ、僕が着る側になるよ! リリーがかっこいいって言ってくれるかもだもんね。まず傾向知りたい。僕の過去の写真集見てよ。言わなくてもいい。見るだけで大丈夫。目の動きと留まってる秒数で好みかどうか判断するから』って写真集全部出してきたんですよ」

「ネビロス様、写真集なんか出してるの?」

「秒数とかで判断するって、観察眼と何かがヤバイ」

「私がそんなこと言うわけないと、いつになったら分かるんでしょうね」

「う、うう~ん。えと、そーだっ。写真といえば、ナキア兄さまのあるよ。モデルやってくれたやつ」

 これまたドーンとアルバム出てきた。

「…………っ」

 中身見た私は衝撃に固まった。

「……っか」

「か?」

「かっこいい……!」

 なにこれナニコレ何なのコレ。本職のモデルか?!ってくらい色んな衣装着て、ポージングも完璧。

 これこそ写真集なんじゃないの?! 逆に言うとこれがそうじゃないなら、ネビロス様のってどんなのなのよとツッコみたい。別に興味ないし、見る気はないけども。

 女王陛下はにんまりと人の悪い笑みを浮かべた。

 いやほんと、何か企みまくってる感じのね?

「ほほう。気に入った? 全部あげるよ。あたしの分は同じの別にあるし、これはローレルさんにあげようと思ってたやつだもん」

「いただいていいんですか?!」

 つい鼻息が荒くなる。

「モチロン。ナキア兄さまのはいっぱいあんのよ、兄弟中で一番モデルに協力してくれてたもんね。しかもたいていのジャンルできるオールマイティー。演技も上手くて、やろうと思えばルキ兄さまみたいな真面目ストイック系もアガ兄さまみたいな俺様系もできる。なんでもござれのマルチなモデルでね~」

 どこが「オレは何の才能もない」よ。器用でソツなくたいていのことできちゃうくせに! これが証拠じゃないのっ。

「その点、ネビロスは弟キャラ一点張りだよねー。自分の見せ方分かってるとも言う」

「熟知した上で悪用してるのが正解かと」

「うん、まぁ。気に入ったならこっちもいる? ファッションショーん時の映像データ。動画サイトに公式で上げてあるんだ、URL送るね」

 スマホに送ってもらった。

「こ、これもかっこいい……! ああ、生で見たかった……っ」

 くやしい。

「ナキア兄さまだけなら衣装残ってるし、目の前でやってもらえば?」

「そうします。っていうか、何このアドリブ。綺麗な女性いっぱいいるからってサービスして、キャーキャー言われてうれしそうに……っ」

 ムカムカが戻ってくる。

「うわちゃ。それ違うんだ、妹の服の宣伝のためならって体張ってくれたんだよ。ホラ、ナキア兄さまって人に尽くすタイプだってローレルさんも言ったじゃん? つーわけでこれあたしのせいなんだよ、ごめん」

「いえ、状況は分かってます。ナキ君は優しい人だし、モテますもんね。もし離れてた間にカノジョがいたとしても私は責める筋合いも権利もない。頭ではちゃんと分かってるんです。でも嫌だと思ってしまうです」

 リリス様とリリーさんは顔を見合わせた。

「えー? ナキア兄さま、ずっと独り身だよ?」

「どんな女性にも平等すぎて不気味なくらいでしたよ」

「ああ見えて一途なんだよね。うちの兄弟、父親を反面教師にしたせいか、一人だけを選んで愛情全振りするっぽい。だもんで、時には重くなりすぎるのが欠点っていうか」

 リリス様のルシファー様への愛情もなかなかの全振りぶりですよね。

「……ですよね。でなきゃあんな顔しないもの」

 長年苦しんで壊れかけた、あんな辛そうな顔は。

「まぁでも分かるよ、モテる夫がいてやきもち焼きたくなるのは」

「や、やきもちとかじゃ」

「あたしだって、社交上当たり前の話って分かっててもルシファーが女の人相手に微笑みかけてるとムカムカするもん」

「え。目が全然笑ってませんよあれは。演技の笑顔で、中身は凍りつくような冷酷ぶり。リリス様以外本気でどうでもいいんですよ、あの方は。恐い恐い。仕事でなければ関わりたくないです」

 物理的に身を引くリリーさん。

 何かあったの? ああ、リリーさんはスマホやネット関連の国家プロジェクトの関係上、会う機会が多いものね。

「ふふー、まぁねっ。その腹黒がいいのよ」

「そう言えるリリス様を本当に尊敬します」

「ま、ローレルさんはそういう気持ち、正直にナキア兄さまに言っちゃっていいと思うよ。むしろ言ってやって。自分以外の女の人に優しくするな!って」

「そういうわけには……」

「いいの。そうすりゃ、誰にでも平等で人に尽くす点、良くなるかもよ。新妻が嫉妬してむくれてたら言うこときくでしょ」

 あ、そうか。

 ポンと手を打った。

 さすがは女王様。

 ……リリス様は目を和ませた。

「そのぶんなら大丈夫そうだね」

「え?」

「兄が幸せそうでうれしいなって言ったの。―――ところで、その写真の衣装とってあるんだよねー。実際は着ないからって倉庫にしまいっぱだったの。もったいないし、あげるっ!」

 ドーン!←三度目

「ありがとうございます!」

「フッフッフ。コスプ……服好き仲間が増えてうれしいわっ。じゃーんじゃんナキア兄さま着せ替えて楽しんじゃってね!」

「はい!」

 はしゃぐ私達とは対照的に、リリーさんは「私は巻き込まないでほしい」と無言でケーキにフォークをさした。


   ☆


「ルシファー、頼みがある! 金貸して!」

 オレは義弟にあたる男にパンっと両手あわせて頼んだ。

「バイトすっから、前払いってことでひとつよろ」

「……はあ。いいですが。なぜ急に?」

「結婚指輪買う金がねえ」

 ものすごく現実的かつ悲しいこと言ったら、とてつもなく気の毒そうな顔された。

 いやいや、オレもそれなりに稼いではいんのよ? ただ、そのほとんどを仕送りしてた上に、残りもアガの後始末に使ってたんで貯金がねーの。

「ですから少しはご自分のためにとっておけばと言ったじゃないですか」

「必要ねーと思ってたからさぁ。まさかあいつを取り戻せるとは思ってなかったもんよ」

「なぜご兄弟でなく僕に? 例えばアガリアレプト様なら結構お持ちだと思いますよ」

 アガ? 冗談よせよ。

「ゴミを見る目されんのがオチだね。兄として弟妹に頼むワケにもいかねーし、じゃあ兄貴はっつーと、言ったらホイっとくれそう。それは嫌だ」

 どんな種類であれローレルが好意持ってた兄貴にもらった金で買いたかねーよ。

「その点お前なら関係ねえ。ちゃんとバイト料ってことになるし」

「まぁそうですね。おいくらご入用で? 一般的に相場は給料の数か月分と言いますよね。サタナキア様の本当の月収の総計の数か月分というと、結構な金額になりますが。それくらいの価格のとなると、高すぎてむしろ探すのが大変では」

「ほんとの収入は黙っとけ。あんま高すぎてもローレルが気にするし、一般的な値段でいーんだよ」

 金額言えば、「それくらいなら、とある情報のお代でいいですよ」と返された。その情報は小耳にはさんだことあったんで教えたら、即金で払ってくれた。

 持つべきは優秀な仕事相手な義弟である。

 かくして資金ゲットしたオレは、裏工作もとい陰で動くのが得意なのをいかんなく発揮して、スピーディーに彼女を手に入れた。センセーが諸手あげて賛成だったのもある。

「ところでサタナキア君、実は気になっていたことがあるんだが」

「なに?」

「娘を騙したあのクソ野……外道のことだ。いつの間にか姿を消していたんだが、どうしたのか知らないかい?」

 オレは暗い笑みを浮かべたまま答えなかった。

 正確に理解したセンセーは同じレベルの笑顔で、

「具体的に聞いてもいいかい?」

 教えたげたら、グッと親指立ててきた。

「私も参加・協力しよう。構わんよね?」

「もちろん。センセー止めねーのな?」

「止めるわけなかろう。私とて、かわいい娘を傷つけられて怒っておるんだ。ふふふ」

 てワケで同盟が成立した。

 当然ローレルには秘密だ。何も知らないままでいい。むしろあの男のことなんか早く忘れろ。

 ちなみにこの後、説得して家事代行サービスをセンセーんちに隔日で入れるようにさせた。「ぜってー汚部屋になってるだろ、頼むから入れてくれ! そこの社長知り合いだから格安になるし!」って必死で頼んだ。いやもう真面目な話。

 亡命中は組織の息がかかった業者に頼んでたんだけど、単身帰国後は家事代行頼んでなかったっぽい。どうなってんのか考えるだけで恐ろしい。

 食事も城の関係者用通行証もらってきて食堂に入れるようにした。図書館長だし、関係者だもんですぐ許可下りた。これで毎食マトモなもん食うだろ。

 ローレルも安心するはずだ。彼女が安心するならオレは何でもやる。

 ―――そんなことをつらつら思い返しながら、本業の職場である厨房から自室に戻る。

 朝早くから仕込みと朝飯作りを終えたオレは、お嫁さん起こしに帰るとこだった。

「ローレル、起ーきーろー」

 丸まって熟睡中のお嫁さんを強く揺さぶる。

 ローレルは朝なかなか起きられないタチだ。低血圧。

「……うー、もうちょっとー。あと三分……」

 鉄板な寝ぼけ具合で抱きついてきた。

 ぐっ、か、朝からかわいーなもう!

 しかーし、オレも大人。レティやネビロスとは違う。余裕がある。うん。しかも昔からこれはよくあったことだ、耐性がある。

「ぜってームリだろ。ほら、起きて着替えろ。オレがいなかった間、よく大丈夫だったな」

 残念に思いつつもひきはがし、魔法使って一瞬で着替えさせる。

「髪も整えるぞ」

 クシで丁寧にすく。右下のほうでゆるく一つにまとめ、毛先をふんわりカールさせる。仕上げにさっき摘みたての生花を一輪。

 髪を伸ばした理由を聞いたら、「ナキ君に髪やってもらうの昔から好きだったから」と言われた。世話焼きなオレはつい気になって、ちょいちょい直してやってたもんな。

 ンなかわいいこと新妻に言われたら、そりゃー張り切って毎朝面倒みちまうだろー。

 ああ、新妻っていい響き。

 ところで花をつけてやることにしたのは最近だ。ローレルは昔花束受け取れなかったあの経験からか、花やると喜ぶ。そこでリリスに頼んで城の庭園の花を毎日もらうことにした。

 妹よ、ありがたいけどニヤニヤしてヒジでつんつんすんのはヤメロ。

 せっかくだし自分で栽培してみようかと、庭園の一部もオレ専用にもらった。何かを極めるのはムリでもある程度までならいけるオレのことだ、花の栽培もできると思うたぶん。

 ん? 庭師とはいえ他の男の作ったもんは嫌だとかそーゆーイミかって?

 そうだけど何か?

「できたぞー。ほーら、メシ食いにいくぞ」

 当然ローレルのぶんの食事だって最初から最後までオレ一人しか触れないようにしてある。

「ナキ君のごはん? たべる」

 ようやく目が覚めてきたのか、ローレルはベッドから下りた。

 んでもまだフラフラしてるんで、腰に腕回して支える。

「ふふ。やっぱりナキ君はたよりになるなぁ」

「ほめても何も出ねーぞ?」

「私はナキ君いないとダメ人間なのー」

 寝起きは特に、ローレルのしゃべり方は幼くなる。リリスはローレルを大人っぽいしっかりしたキャリアウーマンだと思ってるけど、実際は全然違う。

 服装が変わったのもみんな驚いてたな。オレにしてみりゃ、こっちが当たり前なんだけど。

 『戻った』ローレルを見て、ポーっとなってた男どもがいたな。遺跡調査チームの中にもいやがって。今さらなんだよ。もれなく威圧しといた。

 え? レティみたいに殺気で潰したんじゃねーよ。オレはネビロスと同じく人心操作ができる。うま~く使って平和的にそらしといたんだよ。

 二度と人の嫁によこしまな思い抱かないよう、見合いの斡旋までしてやったんだぜ。文句言われる筋合いねーや。

 ルシファーが「さすが兄弟。五十歩百歩ですね」とか言ってたけど無視。

 うるせーやい。お前だってやってることはたいがいだろ。つーか、オレよりはるかにヤベェじゃねーか。

 朝食後は昼食作るまで休憩時間。

 ローレルは同じ室内で報告書見比べながらあれこれ検討してる。

「最初に観光地化する遺跡は決まったんだっけ?」

「うん。二つ同時にとりかかることになったの。二代前の王様の時代、王妃様が気に入ってた遺跡らしくて元々状態がいのよ。ちょっと手を入れれば観光客入れられそう」

 二代前っつーと、系図上じゃオレのじいさんにあたるのか。

「一つはいかにもって感じな古めかしくて趣ある神殿なの。年配の人が好みそうな。もう一つは若者向けかな、実際に宝物が発掘されたことがある、トラップだらけの地下遺跡。あ、もちろんトラップはとっくに無効化されてるよ」

 でなきゃ二代前の王妃が遊びで行けねーもんな。

「発見された宝物は王家のコレクションに今もあるの。永遠の命が手に入るかもっていわくつきな黄金の盃でね。リリス様が戻して観光の目玉にしていいよって許可くださったのよ」

「へー。それ効果マジなの?」

「嘘に決まってるでしょ。引き寄せられた愚かな人間がトラップくらうのを、はるか昔の王が楽しんでたの」

「ご先祖もなかなかの最低ヤローだな」

 あのクソ親父の先祖なんだから納得。

「つか、そんなとこ観光地にして大丈夫か?」

「平気平気。トラップかかっても失うのはちょっとの魔力と直近一時間くらいの記憶だけなのよ。要するに罠が発動すると、封じられてた魔物が現れて、魔力と記憶を食べるのね。そうするとどうなる?」

「どうなるって……何あったか忘れてるから、そのまま探検続行しようとする?」

「そういうこと。何度失敗しても忘れちゃうんだから、延々と続けるわけ。魔物のほうもわざと動けるだけの体力と魔力を残しておくのよ。だから一度入った人間はまず出てこない。これを作った王はそんな光景見て楽しんでたらしいわ」

 忘れたことさえ忘れ、ただひたすら探検を続ける、か。なかなかエグイ仕組みだな。

 数ある遺跡の中からここ選んだのは、ローレルも『記憶』『忘れる』ってのがひっかかってたからだろうな。自分も『忘れたことさえ忘れて』た。

「二代前の王妃は違くて、トラップを安全に楽しみたかっただけらしいわよ。アトラクションみたいに使ってたって」

 リリスの先祖だもんな、納得。あいつも楽しんでやりそう。

「この二つは私より専門にしてる研究者に頼むことにしてるの。お任せして、その間に私は次の選んで修復とか始めるつもり。……それでなんだけど、ナキ君。私が遺跡の近くに泊まりこんで仕事しなきゃならなくなったらどうする? 数日出張なんてもんじゃなく、下手したら数年単位よ」

「もちろんオレはついてくよ」

 あっさり。

「ローレルはオレがお世話しなきゃダメだからな。別に城の厨房はオレがいなくたってどうとでもなるし。他に優秀な料理人はいっぱいいるさ。大体約束したろ、毎食うまいもん作ってやるって。それにもう、離れ離れはヤだもんな」

「ありがと……っ」

 ローレルはうれしそうに、ソファーに座ってたオレの隣に来て身を寄せてきた。

 かわいいなぁ。

 肩に腕回したらマズイかなとか考えてたら、ふいに腕つかまれる。

「どした?」

「……ナキ君て優しいから、モテたでしょ」

「へ?」

 離れてた間のことか?

「昔もモテてたもんね。小さくてもナキ君美少年だったし、食堂に来るおばさまたちからいつもたくさんチップもらってたもの」

 母親が美貌の娼婦だったからな。つか、その遺伝子のせいで大きくなったらソッチの商売につかされそうだったんで逃げたんだけど?

「正直に言って。離れてた間、一体何人に告白された?」

「ゼロだよ」

 正直に答えたのに怒られた。

「嘘! 絶対嘘でしょ!」

「ほんとだっつの。オレは人心操作まがいできんじゃん。それ使って、気に入られはするけど恋愛感情は持たれないよう調整してたんだよ」

 トラブル避けるための処世術だ。

「ええ? 確かにナキ君は演技上手いけど、すぐ演技って分かるよ?」

「それが珍しいんだって。オレやネビロスの演技を演技って分かるやつはめったにいねーの。ネビロスがリリーちゃんにストー……あそこまで入れこんでんのも、人心操作が効かねーからだよ」

 危ない、ストーキングしまくってたって言うとこだった。

「オレも同じ理由かもなぁ。最初っからローレルには効かなかったし、ていうかそれ以前に汚部屋に度肝ぬかれて掃除しなきゃ!ってなったしなー」

「あはは……ごめん」

「予想外のことばっかだから楽しいよ」

 ローレルは唇とがらせて、

「でもナキ君の周り、いつも女の人いっぱいで、しかも何人も援助してるって聞いた」

「それ全部アガの後始末な。誤解」

「アガリアレプト様?」

「そ。それみんなアガの元カノ。誰かがフォローしなきゃ、あいつ後ろから刺されんぞ。実際は避けて刺さりもしないだろうってのがさらにイラつくわ。毎回こっぴどいフリ方してさー、もー」

 いっぺん兄貴みたくゲンコツくらわしてやりてぇ。

「アフターフォローすんの、オレしかいねーじゃん。兄貴にやらすわけにいかねーし、弟妹にはもっての外だろ」

「うーん、そうね」

「キレた元カノたちが何かしでかさねーように、事前に手ぇうってんの。お見合い斡旋してやったり、就職口世話してやったり。家族に問題があるケースも多くて、家族丸ごと対処してやったりな。おかげでアガの元カノ全員、今じゃ既婚者か彼氏持ちだよ」

「ほんとにその中の誰かと付き合ってたってことはないの?」

 全力で首を振った。

「ムリムリ! だって弟の元カノだぜ? しかも後始末真っ最中。めんどくせーよ。さっさと誰かに任せてぇ」

 オレはとにかくトラブル回避しまくって生き延びてきたんだぞ。

 ローレルは眉を八の字にした。

「……分かってる。……ごめんなさい」

「あれ? もしかしてヤキモチ?」

 のぞきこめば、真っ赤な顔でにらまれた。

 わぁ、超かわいい。

「うるさいなぁっ。だ、だってナキ君がモテるのは知ってるもん!」

「モテてるんじゃなくて誘導してるんだよ。オレはそーやって面倒なこと避けて生きてきたわけ。心配しなくてもオレは君一筋だよ」

 本気だから間違った選択肢だったとはいえ自殺もしかけたし、ずっと援助し続けてた。

 ローレルは顔を歪めて唇をかんだ。

「ん?」

「……私、は……他の人と付き合っててごめんなさい」

「いいっつったじゃん。オレは気にしてねーよ?」

 マトモないい男だったら、そのまま後押しするつもりだった。

「私が気にするの!」

「マジメだなー。途中はどうあれ、今は夫婦なんだからいーじゃんか」

 な?と左手持ち上げて結婚指輪見せる。

「そうだけど……」

「ほら、もう謝んのはやーめ。あのクソ野郎のことは忘れる! そーやって気にしてんのもヤだな。今でもソイツがどんな形であれ心の中にいるってことじゃんよ」

「あ」

 ソイツの記憶こそ全部忘れたらどうよ?

「あんなゲス野郎のことなんかスッパリ忘れて、幸せに暮らしてるの見せつけてやろーぜ」

 にっこり。

 昔のオレならここで、呪いの応用であのクソ野郎に関する記憶だけ封じるやつ使っただろーな。でもやんなかったのは、もう大人だから。やっちゃいけないことだと分かってる。

 ローレルはちょっと迷った後、うなずいた。

「……うん、そうね。でも見せつけるっていってもあの男、どこにいるのやら」

 計画がバレて世間から非難浴びて行方不明、ってことになってるもんな。

 まぁオレは居場所知ってるけど。

 しれっと、

「そなの?」

「雲隠れよ。一族もそれがきっかけで政権争いに敗れて失脚、離散しちゃったし」

 裏の裏まで事情知ってるのは黙っとこーっと。

 裏で手まわした張本人はほくそえんだ。

 ―――そこでふと長年の疑問をきいてみた。

「なあ。あの野郎のどこがよかったんだ?」

「……っ」

 ローレルは石のように固まった。

「あ、責めてるとかじゃなくて単純な興味。言いにくいこときいて悪ィ」

「……………………急に家を捨てて知らないところで暮らさなきゃならなくなって。不安だったの。この国の人間ってことでつらく当たってくる人も多かった中で、彼は最初から優しかったから」

「ふーん」

 オレの演技すら見抜けるローレルも、不安と孤独で思惑に気付かなかったってことか。

「裏があったのに、私がバカで気づけなかった。寂しくて不安で、頼れる相手がほしくて」

「ローレルは悪くない。悪いのは騙した奴のほうだ」

 抱きしめて背中をさすってやった。

「……っ、あんな男大っ嫌い! 二度と会いたくもない……!」

「ん。そーやって怒るのも大事だよ。溜めこんでばっかだったら気ィ狂っちまう。それとソイツと会うことは二度とねーよ、大丈夫」

 お嫁さんはオレを見上げて首をかしげた。

「ずいぶん確信があるのね?」

「だって単純に住んでる国ちげーじゃん。ソイツ行方不明っつっても、まさかうちの国にはいねーだろ。計画バレて逃げたチキン野郎が、わざわざこの悪名高い国まで来るか?」

「……来ないでしょうね」

「逆恨みしてやぶれかぶれで入国したとしても、ローレルは国家プロジェクトの重要メンバーだ。秘書やらボディガードやらに守られてて近づけもしねーよ」

「そういえば私にボディガードついてるってリリス様が……」

「ああ、あいつ話したのか。そだよ。念のためつけてる。ま、オレは悪意に敏感だし? 近づいたら先に気付いて、速攻みじん切りにするから絶対大丈夫」

「えーと……物理的に本気でやらないでね?」

 顔ひきつってんぞ。

「例えだよ、例え」

 ヒラヒラ手を振る。

 実際にはやんなかったじゃん。

 それよりどえらい目に遭わせてるともいう。

「昔と違って今のオレならローレルを守る手段も力もある。家事みたくどんどん頼っていーぞ」

「はは。ナキ君ほんとスーパー家政夫よね」

「もう結婚したんだから主夫じゃね?」

 おどけて言ってみせる。

「―――で、話戻すけど」

「え、戻んの?」

 戻しますかそこ。

「ナキ君モテるよねぇ。リリス様に見せてもらったの。ファッションショーの時、女の人たちにいい顔してたナキ君」

 うらめしげにスマホの動画示された。

 げっ。

 やっべ。八方美人のツケがきた。

 あん時の映像、ネット上にアップされてて誰でも見られる状態なの忘れてた。

「確かに対面なら好意のレベル調整できるだろうけど、画面越しじゃ無理よねぇ」

「……ムリだなぁ」

 離れてた間のことじゃん、って言い訳は通じねーな。妹のための演技だってのも、理解した上で怒ってるもんな。

「悪い。気ィおさまんねーなら殴ってもいーぞ」

「悪いと思うなら言うこと聞いて」

「何でもきくよ」

「言質とった」

 ビシッと段ボールの山を指すローレル。

「それ全部着て見せて」

「…………」

 何あれ。

 ……リリスに頼まれてモデルやった時の衣装? 世話した連中からの祝いの品じゃなかったのかよ。同じとこに積んであるから分かんなかった。

「これどっから」

「リリス様がくれたの」

 妹よ。

 とりあえず色々ツッコミたい。

「……だって私はショーの時も見てないんだもの」

 はい、お嫁さんに唇とがらせてそっぽ向かれるなんてかわいい反応されたらやりますとも。

 チョロいなオレ。

「分かった、ちょい待ち」

 速攻でショーん時の衣装に着がえた。

 うちのお嫁さん大興奮。ほっぺた赤くして震えてる。

「や……やっぱかっこいい……!」

 新妻が見惚れてくれて、がぜんやる気になったアホはオレです。

 次々衣装お取替え。

「きゃあああ! どれも似合いすぎ! 写真っ、写真撮っていい?!」

「いーよー。ポージングもしよっか?」

 リリスにも同じテンションで頼まれてさんざんやったんで慣れてる。

 まさかここまで喜んでくれるとは。こんなとこに妹との共通点発見。それもどうなんだろうと思わなくもない。

 これだとリリスと結託してあれこれ服デザインして持ってくるな。いいけど。ローレルが喜んでくれるなら、モデルやるくらい安いもんだ。

「ナキ君、もう私以外の女の人の前でこういうことしちゃダメだからね。あ、リリス様は除くわよ。みんなポーっとなっちゃうに決まってる」

「分かった。今じゃリリスんとこのブランドもモデルいっぱいいるし、オレが引き受ける必要もねーしな。そんなにうれしいんだったら、これからも時々着るよ」

 ただし看守・刑務官の服だけは除く、な。オレはほんとにクソ親父の看守兼任してるから。

 ちらっと確認したら、リリスも理解してそーゆーのは除外したっぽい。個人的な楽しみとして前に着てやったことあるんで、存在することは存在するはずだ。でも絶対隠し通すだろ。

「やった! ね、次はこれにしてっ。正統派王子様風」

「ええ?」

「ナキ君、本物の王子でしょ」

「系図上だけな。つか、認知されてねーし、ド庶民の孤児」

「いいから着て」

「ハイ」

 素直に従います。

 興奮のあまり握りこぶし作る新妻。

「―――! ―――!」

「感動のあまり声が出ねぇ? そんなうれしいか?」

「うん! 昔はナキ君ていつも同じような格好だったでしょ。仕事中は仕方ないにしても、普段着も地味で質素でさ」

「そりゃ貧乏な孤児で下働きだったからな」

「もっと素敵な服着ればもっとかっこよくなるのにって思ってたの」

「はあ。ま、ローレルが喜んでくれるんならいーや」

 オレの言葉に彼女はスッと興奮状態から覚めた。

「そうやって、いつも自分より人のことよね」

「ん? ああ、まぁ」

 元々それがオレの処世術で、さらに過去の反省から強まったっつーか。

 ローレルはまっすぐオレの目を見て言った。

「もう無力な子供じゃない。昔とは違うの。ナキ君がやりたいこと、自分自身の望みを言っていいのよ」

 ―――オレの望み?

「君が幸せで笑っててくれること」

「ほら、また人のこと。誰かを喜ばせたいっていうのはもちろんいいことだけど、そのために自分を犠牲にするのは駄目よ」

 犠牲。

 ギクッとした。

 かつてオレは自分の命を投げ出した。

 ……オレは変われてなかったのか?

「私はナキ君のお嫁さんでしょ。私にも頼ってよ。どっちかが尽くすんじゃなく、お互い支え合っていこう?」

「……ローレル」

 彼女は両手を優しく包み込んでくれた。

「ねえ、ナキ君は何をしたい?」

「……分からない」

 急に言われたからとかじゃなく、ほんとに分からねーんだ。

 残念がられるかと思ったけど、ローレルは明るく答えた。

「そっか。じゃ、これから一緒に探せばいいわね。ゆっくり一緒に探そ」

「―――」

 優しいのは君のほうだ。

 昔も、何もなくて空っぽだった孤独なオレに安らぎをくれた。

 家庭を知らないオレの家族みたいになってくれて、いるだけで安心できた。穏やかで平和な日々。

 あの時間がどれだけ幸せだったか。

 それを奪われると知って自分勝手に暴走して罰を受けたオレに、それでも君は手を差し伸べてくれた。今もオレは空っぽでも、これから一緒に探せばいいと言ってくれる。

 だから、あの時も君が欲しかったんだ。

「……ああ、そーだな。時間ならたっぷりある。これからはずっと一緒だもんな」

 もう離れ離れにはならないよ。 


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