次男サタナキアの贖罪
「―――ってわけでさ、四番目と六番目の息子が結婚したよ~。レティは子供も生まれる。ネビロスもどうせすぐだろーな。アンタもじいさんだ」
あはは。
看守のカッコしたオレは、帽子をくるくると人差し指の先で回した。
檻の向こうの、かゆいかゆいって体中かきむしってる男を見やる。ああまぁ、生物学上は父親にあたるんだけど。
ぶっくぶくに太ってた体は、皮肉なことにカロリーコントロールされた食事のおかげでスリムになりつつある。
長~く生きて苦しんでもらいたいんでいいかって答える人が多いらしいぞ。
え、なんで看守のコスプレなんかしてんのかって?
リリスの趣味? 違うよ。
うんまぁ、あいつの趣味の一つではありそうだけど。
これは単なる嫌がらせ。
それと、オレはほんとに看守も兼ねてるからさ。コイツ専属の、な。
だって人に任せらんねーじゃん。みんなコイツに恨み持ってるし、いくら仕事でもやりたくねーだろ。
じゃあオレら兄妹弟がっつっても、弟妹にやらせるべきじゃねーだろ。なら兄貴? 兄貴もなぁ。あの真面目でいい人な性格じゃあ精神的にキツい。
そーゆー役目はオレがやるもんなの。
オレなら全然平気。
「アンタの希望とは真逆で、みんな幸せにやってんよー。残念だったな~。はは」
めっちゃ明るく言う。
クソ親父は憎々し気に睨みつけてきた。
「この……っ。ゲスめが……!」
うん。こーやって笑って精神えぐれるなんて性格悪いだろうよ。知ってる。
自分がやるしかないとはいえ、平気でできるオレはどっかおかしいよな。
「でもこれも刑罰の一環だし。オレ看守の仕事してるだけよ? ネチネチいびる精神攻撃。アンタが人にやったことに比べりゃ、軽いんじゃね」
「ふざけるな! きさまそれが親に対する態度か!」
「あれ、オレいつ嫡子認定されたっけ?」
かわいく小首かしげてみせる。
「リリス以外に子どもはいないんじゃなかったかなー?」
「こ、この、ああ言えばこう言う……!」
「ともかく刑務官としては仕事しねーとさ。つーワケで、アンタが切り捨てた子供たちの幸せぶり続けるぜ? ルガも彼女できてさぁ。このぶんなら、順当にそのうち結婚できんじゃね。この前、デートで……」
鉄格子の先から呪いの言葉が聞こえるのは綺麗に無視し、オレはのんきにしゃべり続けた。
☆
フツーの服に着替えたオレは、厨房に戻る道をのんびり歩いていた。
昼間でも人気のない裏道。
……なのに気配がする。
足を止め、振り返った。
「しつこいっつーか、あきらめないねぇ、センセーも」
柱の影から無言で姿を現したのはグシオン教授だった。オレはセンセーと呼んでる。
……昔からな。
センセーの顔は苦しそうに歪んでた。
「……どうしても、君に言わねばならないことがあるんだ」
「ずっとオレに接触しようとしてたのは知ってるよ。だからわざと避けてたわけだけど」
帰国してから何度もコンタクトとろうとしてきたもんで、逃げまわってたんだよな。
「避けられてたのは分かっている。それでも謝らなければならん」
「謝る?」
心底不思議に思って首をかしげた。
「なんで? いいよー。オレは分かってた上で、自分からやったんだもん」
「だが君は! 瀕死の重傷を負ったじゃないか!」
声を荒げるセンセーをオレは手で制した。
「センセー。オレは誰も恨んじゃいねーよ。それに、言ったようにあれはオレが理解した上でやったことだ」
「しかし!」
「……彼女は忘れてんだろ? それがいい。それでいい。忘れたままにしといてやんなよ。そのほうが幸せになれる」
センセーは杖を握りしめた。
「でも君は、今も娘が好きなんだろう?」
「…………」
オレは答えず壁に寄りかかった。
「だからこそ娘が帰国した時、君は来た。私からは逃げまわっていたのに」
ああそうだよ。
―――あきらめた、つもりだった。ずっと昔にオレたちは終わったんだから。
でも。
会いたかったんだ。
「君が私とは初対面のふりをしたがっていたから、あの場ではその通りにしたが。なあ、サタナキア君。この国には幸い現在優秀な医師が集まっている。診てもらい、娘の記憶を取り戻す治療をしようと思う」
「やめてくれよ、センセー」
オレはハーッと息を吐いた。
「忘れちまいたいって彼女が望んだんだ。このままにしといてやれよ」
「あの子が一生君のことを忘れたままでいいのか?!」
センセーは杖をつきながらできるだけ速く近づき、俺の腕をつかんだ。
「娘も君が好きだった。私も、君が娘と一緒になってくれるのを心待ちにしていた!」
「…………」
ローレル。
心の中で彼女の名を紡いだ。
オレは君を愛してるよ。―――今でもね。
☆
彼女と出会ったのは、食堂の下働きとして雇ってもらえてほどなくしてのことだった。
「おーい。これ、配達頼む」
店長にバスケットを渡された。
「配達?」
「ウチは普通配達はやんないんだが、常連さんなんでな。父親と幼い娘の二人暮らしで、家事能力皆無なんだよ」
「分かりました」
文字が読めなかったオレ用に、地図は絵だけだった。
場所は近所ですぐに分かった。原っぱの真ん中の一軒家で間違えようもない。
「すいませーん。ランチの配達でーす」
「はーい」
ひょこっと出てきたのは小さな女の子。
お。
ちっちぇー。リスみたい。
「あれ? 店長さんとこって子どもいたっけ?」
「いや、オレは新入りの下働きで」
バスケットを掲げてみせる。
「そっかぁ。パパ―。ごはん来たよー」
腰まである長い髪を翻し、オレより小さい女の子はトテトテ走っていった。
奥のドアが開き、眼鏡をかけたいかにも学者先生って感じの大人が出てきた。
「ああ。ありがとう。おや、君、店長さんとこの子?」
「いえ、オレはただの下働きです」
同じ説明を繰り返した。
「そうかい。まだそんなに小さいのに、働かねばならないとはねぇ……。おうちは大変なんだろうね」
「さあ? 家なんてないんで。オレは孤児だから」
母子家庭で母親は死んだ、ってことだけ話した。これは本当のことだ。
「それは悪いことを聞いたね。あ、中に入りなさい。配達のお礼に何か食べるかい?」
「いえ、オレは……」
「もう帰っちゃうの? つまんない。おしゃべりしようよ」
女の子にぐいぐい引き込まれた。
入った瞬間、思わずうめいた。
「うげ」
何を隠そう、中身は汚部屋だった。
本やら紙やら散らかしっぱなし、服も脱ぎっぱなし。食べ物だけは片付けられてるのが救いだ。さずがに生ものは臭いと思うだけの常識はあるらしい。
オレもなかなか劣悪な環境で育ったけど! だからこそ、汚部屋は許せん!
「……ホウキとちりとりないっすか」
「え? パパ、あったっけ?」
「どこかにあったかもなぁ」
「のんきか! 子供をこんなところで育てようなんて、何考えてんだ! そうじさせろ!」
あまりにあまりな状況に、ホウキを発掘したオレは大掃除にかかった。
ものすごいスピードで片付ける。
なんとか床が見え、マトモに生活できるレベルになった。
「ぜーはー……これでひとまずよし。ゴミは分別しといた」
「君、すごいねぇ。ありがとう、助かるよ。でも、本やメモがどこに行ったか分からなく」
「なるだろーと思って、ひとまとめにして本棚の周りに集めといたよ。文字読めねーから、分類はできねぇ。そこはさすがに自分でやってくれ」
「君は文字が読めないのか」
この国じゃよくある話だろ。
男の人はしばらく考え、オレが帰る時一緒についてきた。
「店長。この子は文字が読めないそうだが、それじゃ注文とる時に困るだろう? どうかな、週に何日か教えてやりたいんだが?」
店長としても助かる話で、二つ返事で引き受けた。
オレは一日おきに男の人―――グシオン教授のとこへ行って読み書きを教わることになった。
「でも、オレ金ないよ」
「子供から金はとらないよ。今日掃除してくれたお礼だ。それにちょうどよかった、娘の遊び相手もほしかったんだよ。私は研究に没頭すると周りが見えなくなるタチで、娘にとってよくない。私が忙しい時は娘に教わればいいしね」
実際のとこ、教えてくれるのは娘ローレルだった。彼女が教えるのが上手だと分かると、すぐにセンセーは娘に任せて自分は研究に没頭してた。
オレは元々物覚えがいいし、必要に迫られてるんで余計習得が早くなる。あっという間に本が読めるようになった。
「ナキくんすごいねぇ。頭いーい。パパもほめてたよ」
「生きるために必要なんだ。そりゃ覚えもするさ。ローレルこそ、よくそんなこ難しい本読んでんな」
タイトルはえーっと……大昔の文明とか遺跡とか研究したやつ?
「うん。私、将来考古学者になりたいんだ! 土の下から、まだ誰も見たことない遺跡とか出てくるんだよ? ロマンだよね! 宝探しみたいだしっ」
「ふーん。がんばれ」
「ね、その時はナキくんも来てよ」
「は?」
なんでオレが。
「発掘調査って田舎や未開の地も多いんだよ。食事も自分たちで用意するの。でも私はホラ、全然ダメじゃん」
父親が生活能力皆無だと娘が反面教師でできるパターンってよく聞く。けど、ローレルは真逆だった。残念ながら家事能力皆無が遺伝しまくってた。
いまだに来るとまずオレがするのは掃除。食事も作ってるのはオレだ。きちんと作り置きまでして帰ってる。さすがにあっためるだけなら二人ともできるんで。
「……そうだな。ローレルは料理やんないほうがいい」
前に特訓してやる!って教えたものの、どう見てもアカンやつができあがり、材料の無駄と判断した。
なんでただ茹でるだけが、悪臭放つ危険物になるんだよ? どす黒い色で「キョキョキョ」って鳴いてる物体って、どう考えても食いモンじゃねぇ。
「ナキ君なら料理掃除洗濯なんでもできるスーパー家政夫さんじゃん。ね? お願い」
「それぞれ人雇えよ。……まぁ、大人になったらな」
本気にせず適当に流してた。……その時は。
読み書きできるようになっても、オレはしょっちゅうローレルんちに行った。だって、オレがやらなきゃ誰も掃除しねーんだもんよあの家は。
「いつからオレ、家政夫になったんだっけ」
「ごめーん。いつもありがと。きゃーっ、これ新しいスイーツ?! 食べていい?!」
「掃除手伝ってからにしろ」
「はぁーい。家事何でもできて、ナキ君はすごいね。マジで嫁に欲しいわ」
「オレが嫁に行くのかよ」
二人で笑い合った。
―――穏やかな時間だった。何もかも忘れるほどの。
ずっとこれが続けばいいと思ってた。
なんで期待しちゃったんだかなぁ。
この血から逃れられるはずなかったのに。
オレが十五歳になった年だった。朝、開店準備してるとこにセンセーがやって来た。
「あれ? センセー、まだ開いてねーよ」
「うん、知ってるよ。君に話があってね。ちょっといいかい?」
「行っといで行っといで~」
なぜかニヤニヤしてる店長に追い立てられ、店の裏手へ。
「どしたんだ、難しい顔して。まーたなんか難問でも解いてんの?」
「いや……単刀直入にきく。君は王の子なんだね?」
「―――」
ひゅっと体が芯まで冷えた。
「……なるほど」
オレはあきらめたようにエプロンを外し、そこらの樽の上に置いた。空き箱に腰かける。
「ま、系図上はそうらしーな。一度も会ったことないんで、実感皆無だけど」
否定はしなかった。
両手を挙げて降参のポーズをとる。
「やるなら一息にヨロシクな。あ、できればエプロンに血つかないように頼む。借りモンだからさ」
センセーは驚いて、
「抵抗もせず殺されるつもりなのか!? それ以前に私は殺し屋じゃない」
「ん? だってセンセー、反国王派なんだろ。オレは認知されてない上に無視されてる無価値な非公認庶子だけど、殺せばまぁ何かの役に立つんじゃねーの」
たとえ実態はどんなヘボでも、『王の子』を始末すれば反国王派の中で株があがるはず。
オレだって死ぬのはやだけどさ。ローレルの親父さんじゃあなー。
さんざんお世話になって、父親みたいに慕ってる人だ。あきらめもつく。
「何も悪いことをしていない子供を殺してなんになる。そんなことをすれば、あの王と同じになってしまうだろう」
「そーかねぇ」
「私はただ確認したかっただけだ。口外するつもりもない」
へ?
「確認だけ? つか、どうして知ったんだ?」
「知人に聞いた。現在王の庶子のうち、所在不明なのが二人いて、一人はどうやら国外のようだがもう一人は国内のようだと」
オレの素性を知ってんのは、亡き母親と愛人の男。
男のほうが情報源だろーな。まだあきらめてなかったのか。
「ふーん。……で、どうすんの」
「言っただろう、何も。同志の中には君を殺そうと主張する者もいるが、私は反対だ。親の罪は子にはない。まして君は認知されておらず、王の子として過ごしたこともない。遺伝上の親子というだけで、他人と言っていいじゃないか」
子に罪はない……。
「てっきり、にっくき仇の子め!ってグサッとやられるかと」
「娘の夫になる予定の子にやるもんかね」
は?
ポカンと口を開けたオレはさぞかしマヌケだったろう。
「……ん? 君たちそのつもりなんじゃ?」
「いやいやいやいや、付き合ってねーし! 告ったこともねーよ!」
センセーは首をかしげた。
「……んん? みんな君らはとっくに付き合ってるもんだと思ってたんだが。どう見てもそうだろう」
「どのへんが?! 違うって! そりゃオレはローレルが好きだけど……っ、アイツにとっちゃただの友達だってば」
「いやいやいやいやいや」
お互い否定合戦。なんだこれ。
ゼェハァ。
「―――で、いつうちの娘もらってくれるんだね」
「センセー、人の話聞いてた?!」
オレの素性からいって無理だろがっ。つーかアンタ反国王派だろ!
「親は親、君は君だ。それに君は自慢の生徒で優秀な料理人だ。君が毎日食事作ってくれるなら、娘だけじゃなく私もうれしいんだがねぇ?」
ぽんぽんと頭に大きな手が置かれた。
「……ダメだよ。センセーの仲間はオレのこと知ってんだろ。センセーの立場が悪くなる」
オレが頭いいとか強いとかだったら、クーデターの旗印にできただろうけど。
「かまやしないよ」
くしゃくしゃ頭なでられる。
「娘には好きな男と幸せになってほしい。それ以外何が必要だね?」
「…………」
不覚にも泣きそうになった。
オレが誰にでも平等な態度なのは出生のせいだ。どうやっても変えることはできない生い立ち。だから特別な人は作らず、ひっそり一人で一生を終えるつもりだった。
……でも、センセーはいいんだよって言ってくれる。
「君の出生に関しては、娘には伝えていない。君が判断することだからね。しかし大丈夫だよ。知っても娘はきっと私と同じことを言う」
「……ありがと、センセー」
☆
「どうよ。ローレルちゃんとの結婚許可もらえたろ?」
「店長~」
店に戻ったオレはうらめしげに店長をねめつけた。
「ま、お前たちとっくに夫婦みたいなもんだけどな。事実婚?」
「店長。年齢考えてくれ」
「婚姻制度なんか崩壊してるこの国で、マジメに結婚年齢考えてるやつなんかどれだけいるんだ。ああ、式は金の問題で無理だろうから、代わりにウチの店で貸し切りパーティーな。弟子の祝い事だ、金はいらねぇ」
「なことしてもらうわけには」
「いんだよ。師匠として、それくらいやらせろや」
それ以前に本人に言わなきゃならないんだけど。
どうすりゃいいんだ?
正直、勝算はあった。ローレルが好意持ってくれてるのは知ってたし。
「うーん。オレを嫁にしたいっつってたから、してくれる?でいーかな」
そんなアホなこと考えてたオレは本当に幸せで、そして愚かだった。
あくる日、オレはいつものようにローレルんちに行った。ちなみにセンセーは気を利かせたらしく外出中。
いいのか悪いのか。
店の常連である花屋が「がんばってきな!」と頼んでもないのに持ってきた、そりゃー豪華な花束を手に入る。勝手知ったるって感じで、もはやベルも鳴らさない。
つーか、合いかぎ持ってる。
「?!……あ、おはようナキ君」
ビクッと振り返ったローレルにオレは何かを感じ取った。
…………。
―――なるほど。
花束を渡さず素通りし、勝手に花瓶にいけた。
「これ、花屋が予約キャンセルんなって悲鳴あげてたから買ってきたんだ。割引料金にしてもらっちった」
嘘ついてごまかす。
冷静に考えれば嘘っぽいんだが、動揺してるローレルは言葉通りに受け取った。
他のことに気ぃとられて、それどころじゃないっつーかな。
オレは窓の外に目を向けないよう注意しながら、いつものように掃除する。
「あー、のど乾いた。水くれね?」
台所に行くと、見なれない茶の缶があった。フタが開いてていい香りがする。
「あれ、珍しい。茶葉なんかあるじゃん。もらいもん?」
「えっ?! あ、うん……待って! それはだめ!」
淹れようとしたオレから缶を奪い取った。
「ええっと、これはあんまりおいしくなかったから。他のにしよ?」
「そーだなぁ。オレ、毒の類は効かねーしな」
「?!」
ローレルは青ざめ、棒立ちになった。
「な、ナキ君……?」
「その茶葉、毒入りだろ。匂いで分かる。こう見えても鼻いいんだよ。まぁ毒も効かないこの体のおかげで、野生のキノコ食えるかどうか毒見できんだけどさ。この街に流れ着くまで、そういうの食って生き延びてたもんな。しっかし、コレも血のせいかねー。父親なんて見たことも話したこともねーし、お互い親子なんて思っちゃいねぇのに。こういうとこだけ似るってなぁ」
肩をすくめた。
ローレルはこっちが心配になるほど青くなって震えてる。
「あ、あの……っ」
「ん? ああ、言わなくても大体分かってるよ。血縁上は王の子なオレと仲良くしてるってことで、反国王派のお仲間から責められたんだろ。大方、オレを殺せば今回は見逃してやるとでも言われたってとこか」
そんな顔すんなって。
「オレみたいな、王の子の中でも無価値なの殺してメリットあんのかねーって思うけど。ま、ともかくオレはこんなんじゃ殺せねーの。はい、危ないから没収」
ひょいと取り上げて魔法で燃やす。
「あっ!」
「殺すならコレな」
抜き身のナイフを取り出してテーブルに置いた。刃を自分の方に向けて。
「なっ、なんでそれ!」
「掃除してたら見つけた。たぶんあるだろーと思ったんだ。家入る前から周りに不穏な気配があんのは気づいてたんだ」
生きるためにオレは悪意に敏感になった。
「したら、ローレルの様子も変じゃん。ああこれは、っていくらバカなオレでもピンとくるって。オレの出生がバレたのはセンセーから聞いてたし」
いつもと同じ笑みを浮かべて言った。
「つーワケで、それでオレをブスっと刺しなよ」
あまりにあっけらかんとしてたもんで、思わずつっこむローレル。
「おかしいからそれ!」
「ええ? オレだって毒が効きにくい以外は普通の人間なわけで、刺せば死ぬよたぶん。あ、長く苦しむのはヤなんで心臓直撃でよろ」
「よろしくしない!」
「逃げないし、無抵抗だよ。やりやすくね?」
両腕をだらっと垂らして力を抜く。
「なんで……っ、なんで殺してくれなんて言うのよ……!」
「だって、そうしなきゃじゃんか。ホラ、こうやって持つ」
ナイフを握らせ、自分の胸に先端をあてた。
「ここな。そのまま押し出すだけでOK。簡単だろ?」
「馬鹿ぁ! できるわけないじゃない!」
ぼろぼろ泣きながら彼女は叫んだ。
それを見てオレに浮かんだのは悲しみよりもほの暗い喜びだった。
彼女が手に入らないなら、別の形で手に入れればいい。
苦しみと悲しみで刻み込む。そうやってオレのことしか考えられなくなればいい。
……こう考えてたオレは、やっぱり否定しようがあのクソ親父の血を引いてて、クズ野郎だったんだな。
穏やかに言い聞かせる。
「他に方法あるかよ? もしこのままオレを見逃せば、君とセンセーが裏切者として殺される可能性が高い。君たちが生き残るためだ。オレを殺せ」
ぐ、と切っ先を押しあてる。あとほんの少しだ。
ローレルは嗚咽を漏らした。
「できない……できないよ……!」
「できるさ。大丈夫」
もしかしたらオレは怒ってるのかもしれない。いくら大人たちに脅迫され、自分たちの命がかかってたとはいえ、彼女が一度はオレを殺す道具を受け取ったことに。
結局彼女はオレよりも自分と父親をとったんだと。
センセーのことも、オレは父親みたいに思ってた。実の父親よりよっぽど父親らしいことしてくれたんだ。オレは父親の罪とは無関係だと言ってくれたくせに、オレを殺してでも仲間とともにいることを選んだ。
だったら。
「好きな女に殺されるなら本望だよ」
極上の笑顔を浮かべて言った。
「…………っ」
ナイフからローレルの手が離れた。
「無理……! やっぱり私にはできない。なんで好きな人をこの手で殺さなきゃいけないの。なんでこんなことになったのよ!」
「そうは言っても、オレの出生は変えらんねーもんなぁ」
変えられるなら、オレだって何でもして変えたわ。
「お願い、逃げて! 今ならまだ間に合う。死んだことにして」
「無理だよ。言っただろ、家の周辺見張られてるって。大体、逃げるったってどこへだよ」
貧しいただの料理人見習いにツテや金がどこにある。
「どうにかするの! 国外へ逃げて!」
「反国王派っつっても色々グループあるんだ。センセーも嫌なら抜けて他のとこに移りゃいいのに、そうしなかったってことは、今んとこにいたいんだろ。もしかしたら同意見なのかもな。昨日はそんなこと言ってなかったけど、単に本心隠してただけかも。そのためにはオレの死体が必要だ。だからいい。最後に好きな女の役に立てるなら、オレの人生も多少価値があったってことだ」
命と引き換えに、彼女を永遠に手に入れる。
無理やりナイフを握らせた。
「時間がねぇ。連中、しびれ切らしたな。玄関とこまで来てる。オレを殺して君も処分する気だ」
ちらっと玄関の方を見る。
「早くオレを殺せ。そうすりゃ君は助かる」
「嫌! ナキ君を殺してまで自分だけ助かりたくない!」
いくら説得してもなだめすかしても、ローレルは頑として首を縦に振らなかった。
ドンドンと荒いノックの音が響き渡る。
時間切れだ。
「おい! まだか!」
「やっぱり殺さず逃がす気だな?! ドアをこじ開けろ!」
ドアがふっ飛び、ドカドカと足音がする。
「裏切者の小娘め、殺してやる!」
「どこだ!」
オレはすばやくナイフを逆手に握った。
「ごめんな。ローレル、愛してるよ」
勢いよく自分の胸に突き立てた。
彼女は悲鳴すらあげず、倒れたオレの傍にへたりこんだ。
「……ん? おっ、なんだ、やったのか」
「ははっ。自分の命のほうが大事だったんだろ」
「まぁいい、その小娘は人質として連れて行く。グシオンの知識は使えるからな」
「ナキ君、ナキ君! やだぁ!」
意識が消えかけてたオレには、そんな会話は聞こえてなかった。
よかった。これで彼女の命は助かる。
そのためならオレの命なんか惜しくないさ。それはほんとなんだよ。
どこか満ち足りた思いでオレは目を閉じた。
☆
―――こうして死んだはずのオレは、なぜか目を覚ました。
「……?」
どこかの宿屋……か? 見なれない天井。
「……ここどこだ?」
慌てて飛び起きようとして、痛みがまったくないのに気付いた。
急いで確認すれば傷跡もない。
真っ白いシャツに真新しいボトムスを着て、ベッドに寝かされてたらしい。
「ああ、気づかれましたか」
壁際に独りの男性が立っていた。
あきらかに貴族。
「……誰だ? ここは? あんたは?」
警戒心もあらわにきく。
男は公爵だと自己紹介した。
「初めまして、サタナキア様。貴方の素性は存じております。ああ、グシオン教授の属していた派閥とも国王派とも関係ありませんので。ただ個人的にスパイ組織を持っているだけの男です」
どこが「ただ」だ。内容ツッコミどころありすぎだろ。
オレは相手の感情に敏感だ。特に嘘や悪意に対して。
こいつがほんとのこと言ってるのは分かった。
「スパイなのに国王の犬じゃねーの?」
「ええ。独立性と自主性がうちの売りです。それに、どうもあの王に従う気にはなれませんしねぇ」
「なかなか言うな」
聞かれたら即死刑だろーに。
気が合いそうな男だ。
「で、なんでオレを助けた。治したのはあんただろ。こんなんでも血筋の上じゃ王の子、使えるってか? あんまり無価値すぎて役に立つかね」
馬鹿のほうが傀儡として楽っつっても、それすら使えねーのがオレよ?
「そうですね」
「あっさり認めんなよ、おい」
「ご自分で言ったんでしょう。大丈夫、クーデターの旗印になりそうな庶子なら他にいます。異母弟にあたられる方が極めて戦闘能力が高いもので」
「へぇ。なら、なおさらオレいらねーな」
公爵は苦笑した。
「ま、別件で動いてて、たまたま部下が場に居合わせましてね。あの一派が最近過激化してて危険視し、尾行してたんですよ。そうしたら貴方が恋人のために自殺しかけていた。知らせを受け、あまりに気の毒になりまして」
「……そうかい。ありがとよ。ところでローレルは無事なのか」
「ええ。命に別状はありません。保護してます」
「そっか」
そこでふと気づく。
「待てよ。あんた今さっき、センセーが属してたって言ったな? 過去形?」
「はい。彼はテロ計画を進める仲間と対立し、抜けて国外脱出するつもりだったんですよ。貴方と娘さんを連れてね」
「オレも?」
「貴方の出生を知った時から密かに勧めてたようですね。昨日―――ああ、貴方が自殺しかけたのはもう昨日のことです―――外出していたのも、最後の手はずを整えるため。本来なら昨日のうちに都を脱出できていたはずでした。娘さんにも言わずに準備していたことが仇となったみたいですね」
「…………」
センセーはオレを犠牲にして自分たちは助かろうなんて考えてなかったんだ。
むしろ、助けようとしてくれてた。
あと少し時間があれば。連中があの日来なければ……。
「元お仲間はグシオン教授の逃亡計画に気付き、急いでローレル嬢に接触、脅迫したんです。まだ子供の彼女を押さえたほうが早いでしょう。無理やり貴方を暗殺するよう命じ……後はご存じのとおりです」
「……ああ」
「ローレル嬢が失敗するのも織り込み済み。それを理由に捕まえ、グシオン教授への人質として初めから使うつもりだったんですよ」
そうと知ってたら他の方法とってたな。連中と刺し違えてでもローレルとセンセーを逃がしてた。
戦う方法も能力もないオレには、盾になることくらいしかできねー。
「そろそろ言ってもいいですかね? 先ほども言いましたがローレル嬢は無事です。むしろ重症なのはグシオン教授のほうで……」
「センセーが?!」
オレは飛び起き、すぐ会わせるよう言った。
センセーは隣の部屋でベッドに寝かされていた。全身に包帯がまかれてる。
「部下が救出したとはいえ、すぐ治療できなかったのも原因ですね。元々重体ではあったんですが。まだ意識が戻りません。おそらく足には障がいが残るでしょう」
……そんな。
傍に付き添ってるローレルにオレは近づこうとした。
「ローレル……」
彼女はオレを見、いぶかしげに首をかしげた。
「あなた、だれ?」
ザァッと血の気が引いた。
「な―――何言ってんだ、オレだよオレ、サタナキア!」
「初めてお会いしましたけど……どちらさま?」
いくら訴えても、彼女にとってオレは初対面の人間だった。
記憶喪失。
そんな言葉が思い浮かぶ。
よろめきながら廊下へ出ると、公爵が説明した。
「ローレル嬢はいわゆる記憶喪失のようです。取り急ぎ医師にみせたところ、凄惨な現実に心が耐えきれず、自己防衛のためではないかと。サタナキア様、貴方に関することだけ忘れています」
気の毒そうに見てくる。
「記憶が戻るのかは不明です」
オレは壁にもたれかかった。
「は……ははは……」
―――罰だ。
天罰が下ったんだ。
乾いた笑いを浮かべ、目を細める。
あえて彼女の目の前で死に、心に傷を負わせ、どんな形でも我が物にしようとたくらんだから。彼女にとってはどれだけ辛いか分かっててした。タチが悪すぎる。
結果、耐えられなくなった彼女は元凶であるオレを忘れることを望んだ。
身勝手な馬鹿に下された、重い重い罰。
……オレは静かに公爵のほうを向いた。
「公爵。取引したい」
「何ですか?」
「オレの唯一の取柄は話術と社交性だ。情報収集役をやってやる。勤め先も人気の食堂で人も集まるし、最適だろ。その代わり、ローレルとセンセーを国外の安全なところで暮らせるようにしてくれ」
頼む、と頭を下げる。
「……貴方は残るというんですか。一緒に行かないと? 別に、国外でも情報収集役の仕事はありますよ?」
「オレは行けない」
行かない、じゃなくて。
「オレはもう二度と彼女には会わない」
彼女がオレを記憶から消し去った以上、そのほうがいい。
罪は償わなければならない。
「いいんですか?」
「ああ。二度と会えなくても、あいつがどこかで幸せでいてくれるならそれでいい」
自分の独りよがりな『幸せ』じゃなく、相手の『幸せ』を考えろ。ようやく気付いた。
公爵は承知し、ローレルとセンセーは無事国外へ脱出した。センセーの意識が戻っても、オレは会わずに報告だけ聞いた。
ただ対価の労働に没頭する日々。
なお、オレは組織の正式な一員っつーより協力者って形だった。仮にも王の庶子で、いずれ旗印として掲げる予定の男の異母兄を部下にすると色々面倒だからだろう。
扱いなんてどうでもいい。取引を守ってくれさえすれば。
食堂で稼ぐチップは全部送金してた。公爵がセンセーの財産で救出できたのを少しずつバレないよう送ってるとごまかしてくれてんだ。
オレには金なんか必要ない。彼女たちが何不自由ない生活ができるように使ってほしい。
あっちの協力者からは時々、元気にやってると報告が来る。
「…………。恋人ができたのか、そっか……」
悲しんだり嫉妬したりする権利がオレにあると? むしろよかったと祝福するべきだ。
オレみたいなろくでなしより、きっと君を幸せにしてくれる。
自分の気持ちは押し込めて、また金を送った。
表面上笑顔を張りつけて仕事する。願ったのはただ彼女が笑っていることだった。
―――でも違かった。ローレルの恋人は彼女たちを利用しようとしてただけで、好きでも何でもないことが分かった。
そう聞いた瞬間、オレは何もかも放り出して亡命先へ向かってた。仕事で知り合った組織の連中や協力者を半ば脅すようにして手伝わさせた。
後で聞いたら「あ、やっぱこいつこれでも王の子なんだ」ってくらい恐かったらしい。不本意だなオイ。
「テメェみたいなクズにやるために、オレは彼女をあきらめたんじゃねーんだよ」
気づけばそいつを物理的に締め上げてるとこだった。
「ちょ、殺す気ですか!」
「殺しはしねーよ。そんな簡単に楽にしてやると思うか?」
背後でローレルたちの支援者と組織の部下が震えあがってたっけ。
クソ野郎は相応の罰を与えるよう手配し、帰国すると公爵の顔色が紫色になってた。
「勝手に何してるんですか!」
「あー、わりぃ。頭に血が上って、気づいたらやってた。でもさ、オレがいなくなったところで誰も困らなかったろ? なにしろ無害で無価値すぎるって放置されてんだもんよ」
見捨てられまくってるのが役に立つとはなー。
「そういう問題じゃありません。さすがの私も引く所業しないでください」
「そうか?」
「生かさず殺さずネチネチいたぶり続ける。いい性格してらっしゃいますねぇ」
「お前に言われたくねーや」
すでに知り合いになってたルシファーに返した。
以降は彼女にバカ男どもが近づかないよう、対策も講じておいた。
そして年月は過ぎ、リリスと会い、オレは家族を得た。
のらりくらりと博愛主義で過ごし、困ってる人……特にアガの後始末、がいれば手を差し伸べる。愚かな過去の行いの、罪滅ぼしだ。
いつだかネビロスに忠告したのも実体験からだ。オレみたいにはなるな。
リリスは今、オレの嫁も探してるみたいだけど……。悪いな、オレはもう誰も好きにならないって決めたんだ。
オレが愛したのは彼女だけで、すでに終わってしまってる。
愛情は全て彼女に捧げて、後に残ってるオレはただの抜け殻だ。やるべきことは贖罪だけ。
たとえ自分の想いが叶わなくとも、相手の幸せを望むこと。
それがオレの愛情の形なんだよ。
☆
「―――ローレルはオレを忘れることを選んだ。今でも思い出さない。それが答えだろ」
帰国するからって、我慢できずに会いに行くじゃなかった。二度と会わないって決めたくせに、欲出した罰だ。
ポケットに手を突っ込み、おどけて言う。
「ローレルはオレが嫌いなんだ。オレは許されないことをしたし、あいつも決してオレを許さない。オレらはとっくに終わってんだよ、センセー。二度もフラれた男を哀れに思って、そっとしといてくんね?」
「だが、それでは君があまりに……!」
「オレの望みはあいつが今度こそ誰かいい男を見つけて幸せになることだよ」
「下手をすれば君の兄がそうなるんだぞ! いいのか!」
「いいも何も……ローレルが選んだんならオレが何か言う筋合いないじゃん。兄貴なら絶対あいつを利用しようなんて考えねーよ。なにしろコチコチどころかガッチガチの石頭・真面目人間だもんなー」
つーか、自身のスペックだけで十分だし。前王の長子で家柄もよく有能、文句つけようがねぇお人ですよ。
「ちょーっと頭カタいけど、誰からも『いい人』って言われるくらい優良物件だよ。おススメ。それに兄貴ならセンセーと難問奇問論じあえるだろ」
「娘の夫にそんな素質は求めておらん。議論がしたければ研究者同士する」
「ローレル自身はどうなん? 兄貴のことなんて?」
センセーはちょっと黙った。
「……好印象だから困っているんだ。確実に自分を利用しない人間だという安心感もあるんだろう。よく話題にのぼる」
「じゃあいいじゃん。あ、もしかして輝夜姫が猛アタックしてんの気にしてる? 遠慮すんなや。他国の姫の想い人だろーがなんだろーが、ほんとに好きならあきらめんな! がんばれ、応援する!」
グッと親指立てる。
「あきらめるなはこっちが君に言いたいセリフだ」
「だからオレはフラれてんだって」
「そもそも、誰かと結婚した後で娘の記憶だ戻ったらどうする」
「あ、それは大丈夫。何とかしとく」
ローレルが誰かと結婚すると決めたら、すぐ完全に記憶封じる魔法かけるつもりだよ。
呪いの応用。あの頃と違って、知識や手段のあるオレならできる。
オレのことは忘れたままでいい。
「ほんと、オレのことは気にすんなって。そろそろいい加減、次の恋探せばいーんだからさ」
無理だって分かってて心にもないこと言う。
「リリスもお見合い斡旋してくれそーだし。サクッと結婚しちまうかも。ってわけだから、じゃーなー」
「サタナキア君!」
センセーの呼び止める声を無視して消えた。
追いついてこれないくらい離れてから歩調を緩める。
「……あーあ。精神的にくるよなぁ……」
さすがにうなだれた。
惚れた女が兄嫁になるかもしれねー……か。
一応考えてはいたよ。
兄貴なら任せられるってのは本心だ。でもさぁ、いくら何でも好きな女が兄の隣で幸せそうに笑ってるの見るのは辛いわ。
……そーなったら、旅にでも出よっかなぁ。「新しい食材探しー」とか「未知の料理を探求に行ってくるぜ!」とか言えば、みんな信じそ。
「準備しとこっかな」
いつでも出て行けるように。
これまでみたく、遠くからならきっと、君の幸せを祈れるから。
☆
「リリス様、グシオン教授がどうしてもお目にかかりたいと見えてます」
昼間、アトリエでお針子部隊と新ブランドのマタニティウェアシリーズ試作品作ってたらルシファーが耳打ちしてきた。
「教授が? どしたんだろ。分かった。みんなごめん、ちょっと席外すね」
教授が待ってる部屋に行くと、思いつめたようなすごい重い雰囲気だった。
顔色悪っ。
「どしたの? ローレルさんに何か? あ、それともまさかまた過激派が」
「いいえ、違います。そうではなく。いや、それよりも……」
教授は杖を置き、不自由な足を折って土下座した。
「お願いします! 娘とサタナキア君をどうかお助け下さい……!」
大人の土下座初めて見た、ってゆーか足が不自由なのにダメじゃん!
慌てて助け起こす。
「無茶しないでよ。脚に負担がかかるよ。って、ん? なんでナキア兄さま?」
どっから出てきた。
「どういうこと?」
「……あー、僕がお話しましょう」
教授を椅子に座らせ、ルシファーが説明してくれた。ナキア兄さまの過去を。
「……っえええええ?! ナキア兄さまとローレルさんって昔付き合ってたの?!」
あ、ちゃんと部屋に防音の魔法かけてあるんで。
「本人たちはそのつもりなかったようですが、周りは公認状態だったそうです。下手したら事実婚してると思われてました」
「うわぁお」
ついうめく。
マージーかー。
しかもきたよ、記憶喪失もの。ここで来るとは。
「えー……と、ローレルさんの記憶喪失って心因性のものなのね?」
「ええ、当時父が組織の医者に診せたところ、心への負荷がきっかけで無意識に魔法を使い、記憶を封じてしまったのではないかと。そうでなければあまりに忘れた記憶が特定すぎます」
自分で自分の記憶封じちゃったのか。呪いの応用みたいなもんかな。
この国の人間は元々の設定から、呪いの類得意だから。
「魔法なら解除できんじゃないの?」
「何人か専門医に診てもらったのですが……危険ではないかと。そもそも耐えきれずに無理やり忘れたものを強制的に戻せば、心が壊れる危険性があると言われました」
教授が血を吐くように言う。
「そっか……。じゃ、ローレルさん自身が思い出したいって思わないと無理なのね」
「はい。ですが、娘は記憶が欠落している自覚がありません。抜けた部分を適当に補完している上、一部ぼんやりしている部分があっても争いに巻き込まれたからだと自己解決してしまっています。事実頭を打ったりしてましたから」
「そのテのってよく、いきなし相手と会えばショックで戻……あ、ダメだ。もう会ってたわ」
なんでナキア兄さまが亡命者の帰国の迎えに行きたいのかと思ってたら、そーゆーことだったのか。ローレルさんに会うためだったんだね。
会えば思い出してくれるんじゃないかって期待してたんだ。
かわいそすぎる。
頭抱えた。
「あああああ。そんなことと知ってたら、ローレルさんをルキ兄さまの嫁候補に入れなかったのに。あ、でもまだ全然余裕で間に合うか。恋愛感情って意味での好きには見えなかったもん」
教授は沈黙した。
「え、ちょっとやめてよ。ヤな予感」
「これも僕がお話しましょう。帰国してからずっと、ローレルさんには護衛兼助手をつけてありまして、彼女の報告ではルキフグス様のことを時折話題にすると。さらに、結婚相手として理想はルキフグス様と言ったそうです」
「うげぇ」
思わずうめいた。
さすがにヤバイ。
「もちろんローレルさんも輝夜姫がルキフグス様に猛アタックしてるのは知ってます。遠慮して隠しているわけですね。ま、うちの部下は優秀なんで、上手く誘導して吐かせたわけですが」
「そこらへんは聞かなかったことにしよくよ」
「姫に遠慮する気持ちがある一方、状況から姫はあきらめたほうがいい、自分だったら外交的に問題ないのに思っているのは確かでしょうね」
そりゃそうだろうけどさぁ。
眉間に寄って来たシワを伸ばす。
「ん~……まず確認するよ。『理想』だよね。ローレルさんは一度カレシに利用されて傷ついた経験があるから、今度は絶対そんなことしない人がいいってことじゃん?」
「おそらく。ルキフグス様は万人が認める『いい人・真面目』ですから」
「そう、そこ。それって、あるのは安心感じゃ? 愛情とはちょっと違くない? こう言っちゃなんだけど、好きだから付き合いたいってんじゃなく、この人は絶対自分を裏切らないっていう安全パイとして求めてるよね? 教授、キツいこと言ってごめん。でも言わせて」
恋愛感情を持ってるからってならいいよ。でも安全パイとして欲しいって理由で兄を選ばれちゃ、うれしくない。
教授は首を振った。
「構いません。同感です。本当に好きならともかく、自分の心を守りたいからという利己的で自分勝手な考え方はルキフグス様に対しても失礼です」
「同意見なようでよかった」
「記憶を取り戻した上で、やはりサタナキア君のことは好きでないと結論づけたのならば。きちんと別れを済ませるのが筋ではないかと。私個人としては、今でも二人が一緒になってくれたらいいと思っております。……ですが、強制はできません」
「そーね。それじゃどっちも幸せになれない」
「サタナキア様はもはやあきらめておられるようです。ローレルさんが他の男と結婚することになったとしても、笑顔の演技で送り出すのではないかと。すでに過去、亡命先で彼氏ができた時にも黙って我慢してましたからね」
「きついなぁ……」
今もまだ好きな相手に、またフラれるなんてナキア兄さまにとってこれ以上辛いことはないだろう。
でも、そうすればこれで完全に終わったと消化して、前に勧めるかもしれない。
それとも、記憶を取り戻せばローレルさんもナキア兄さまを好きになるか。
「するってーと……」
考え込む名探偵のポーズ。
「あたしが悪役やるわ」
本来悪役ですし? ハマリ役だねっ。
「は?」×2
「誰かがビシッと言ってやらにゃ。あたしなら見た目も立場も適役。ガツンと言ってやるわ。ああ、ちゃんと専門医とかカウンセラーとか手配はしとくよ」
「え? い、いえしかし。それは父親である私の役目では」
「ローレルさんが追い詰められた時、頼れるのは教授しかいないでしょ。誰かそのポジの人がいなきゃ。帰国してまだ間もないし、そこまで親しい友達とかもいないじゃん」
誰か話を聞いてくれる『味方』がいなきゃ。
「昔ならともかく、ローレルさんももう大人。今度は耐えられるだけの精神力あるでしょ。逃げずに過去と向き合わせよう。どんな形であれ、決着つけさせる」
ナキア兄さまをこれ以上苦しませたくない。
すっくと立ちあがった。
「よし、さっそく今日決行するよ」
「えっ!? 今日ですか?!」
「思い立ったが吉日だよ。鉄は熱いうちに打て。ナキア兄さまが苦しい時間、少しでも減らしてあげたいじゃん。ルシファー、ローレルさんの今日の予定は?」
「ちょうどめぼしい遺跡は一回りしまして、王都に戻り報告書作成しているところです。研究所として割り当てられたところにいますね」
「途中経過報告って口実で呼んで」
「分かりました」
即座に手配するルシファーを、教授は「執事みたい……」ってテンパった頭でボーゼンとつぶやいてた。
教授を無理やり帰し、ルシファーと二人で作戦を練る。
「にしても、まさかナキア兄さまにそんな過去があったなんて。全然知らなかったよー」
でも言われてみれば納得。あそこまで誰に対しても平等で恋愛感情抱かないのは、悲恋があったからなのね。
「すみません。他人が勝手に口外すべきではないと思いまして」
「うん、そりゃね。ルシファーは正しいよ。てか、超悲恋じゃん。おっも!」
兄弟中一番の難問じゃんかー。
ソファーの背もたれに寄りかかって天を仰ぐ。
「サタナキア様は陰で尽くして、それを一切言わない方ですからねぇ。例えば亡命中ずっと教授親子に仕送りしてたこととか」
「こっそりとリリーちゃんに貢ぎまくってたネビロスと同じか。あっちはバレてたけど」
「こっちはバレてません。そのように組織が偽装しましたので。サタナキア様は自分の稼ぎのほとんどとチップの全部を送ってたんですよ」
それでナキア兄さま、貯金全然なかったのか。最初会った時、この人絶対相当稼いでるなって思ったのにお金ナシでびっくりしたっけ。
「さすがネビロスの兄。思考がどっか似てるわ」
違うのは、気持ちかな。ネビロスはリリーちゃんを自分のものにしたくてやってたのに比べて、ナキア兄さまは真逆だ。
ネビロスを一番心配してたのも納得。過去の自分を思い出させるからだったのね。
自分みたいに己のことだけ考えて行動すると後悔するぞって。
「前王が没収した教授親子の資産はクーデター後サタナキア様が取り返しました。家のあった土地も、今は何もない野原なんですが返還してます。ただ教授もそこに戻る気にはなれず、そのままです」
「ま、そうだろうねー。心情考えれば」
「そこまで陰で尽くしてるのに報われないのは、サタナキア様が気の毒ですよ」
「うん」
いくら本人が見返り求めてないっていっても、妹としては報われてほしい。
「そのためなら憎まれ役くらいやるよ。さぁ、作戦開始!」
★
私、ローレルは長い亡命生活に終止符をうち、ようやく祖国に帰って来た。
長かったわぁ。その間色々あったけど、支援者たちのおかげで金銭的には何不自由なく暮らせたのは運がよかったと思う。
でも帰国の時、スタッフに反乱分子が混じってたのはやばかった。連帯責任で罪に問われてもおかしくなかったのに、女王様は「分かってて入れたんだから大丈夫~」とアッサリ済ませて下さった。
本当に頭が上がらない。
「女王様ってメチャクチャなアホって言われてるけど、そうかしらね。何も君主が全てできるのがいいとは限らないもの。適した人材に任せ、上手くかじ取りしてくのって優れたリーダーの素質だと思うわ」
言われてるほどバカじゃないわよね。
「現段階で下手にできる人間がトップに立てば、前王のことがあるからみんな警戒する。それでわざと過剰なくらいのバカを装ってるんじゃないかしら。いくらなんでも、権力丸投げして服作り没頭してる女王を、前王みたいな脅威とは誰も考えないもの。やっぱり意図的に演じて……」
そこまで考えて何かがひっかかった。
「あれ……? なんか昔、そういう人がいたような……?」
誰だっただろう?
まぁ、いいわ。忘れてるってことは、特に親しくもなかった人ってことよね。
何の話だったっけ? ああ、女王様のことよね。代わって国を動かしてるのは宰相様。だけど真面目・堅物・いい人すぎて絶対堅実に国家運営してくに決まってる。安心だわ。
「ただいま」
賃貸アパートのドアを開ける。先に帰国していた父が借りているもので、本来一人住まい。そのうち引っ越そう。
足が悪い父が楽なように一階だ。次に引っ越するとしても、同じようにバリアフリー設計の物件を探すつもり。
その父はというと、ぼんやりソファーに座っていた。
「お父さん、どうしたの?」
「……ああ、お帰り」
なんだか辛そうね?
「足が痛むの? お医者様に診てもらいましょうよ」
「いや。足は平気だ。……なんでもないよ」
とてもそうは見えないけど、きかれたくないんだろうと判断してうなずいた。
「すぐまた出かけるわ。女王様が途中経過を報告に来るようにって、呼び出しがあったの」
「ああ。……ところで、それが終わればお前は遺跡の発掘に行き、当分そちらにいるつもりか?」
「まだ先の話よ。最初手がけるところの目星はついてるんだけど、計画立てて諸機関と調整してスタッフ集めて、それからだもの。お父さんは仕事上、都にいるんでしょう? だとしても、もうちょっと広いところに引っ越したら?」
散らかり放題な部屋を眺めて言う。
「……前の家があったところに新しく家を建てるか?」
私は顔をしかめた。
「あそこは嫌」
「前もそう言っていたな。なぜだい?」
「とにかく嫌なの。あそこでお父さんが大けが負った思い出のせいかも」
今も父が杖をついているのはそのためだ。
「それだけかい?」
「それだけって……他に何があるの?」
父は失望したように嘆息した。
ややあって私をまっすぐ見る。
「ローレル。前に言ったな。お前は大事なことを忘れている。お前にとって大切な人だ。亡命直前のあの日何があったか思い出しなさい」
いつになく厳しい口調。
「お父さん?」
ズキン、と頭痛がする。
最近時々起きる、これ。帰国してからだ。
「忘れたままにしていてはいけない。彼は自分の命を捨ててまで、お前を守ろうとしてくれた。―――私のせいなのに。私がもっと早くあいつらと手を切っていれば、そうすれば彼に残酷な決断をさせることも、お前がこうなることもなかった。今頃二人とも幸せにやっていたことだろう」
「何を……」
彼? 誰のこと?
「すべては私のせいなのだよ。責めるなら自分ではなく、この父を責めなさい」
父はしっかり私の手を握った。
「帰国して落ち着いたら結婚したらどうだ、ときいたら理想の結婚相手は宰相殿だと言っていたな」
「え? うん。いきなり話飛ぶわね」
「それは本当に愛情ゆえのものかい? あるのは彼なら絶対自分を利用しないという安心感だけじゃないのかい?」
「……そんな……ことは……」
尻切れトンボになったのは、グサリと核心突かれたからだ。
この『好き』は本当に恋愛感情? 友人知人への『好感』に近いんじゃないの?
元カレもそうだった。裏切られて悲しかったけど、どこか冷めてる自分に気づいた。あれが恋愛感情だったらもっと荒れてたはず。
恋愛感情としての『好き』っていうのはもっと……。
「彼を思い出した上で、もう好きではない、他に好きな人がいると言うなら咎めはせん。だが好きだと思い出しても、今さら元には戻れないからと去るのはやめなさい。今もなおずっと想い続けていてくれる彼に酷すぎる」
彼。私が好きだったのは誰だった?
「彼を傷つけ続け、自分だけを守って安全パイを選ぶなど、どちらに対しても卑怯だと思わないか」
「なんの、ことを」
頭が痛い。痛みがひどくなる。
「女王陛下は畏れ多くもご自身が憎まれ役をやって下さると言った。しかし、いかん。咎は私にある。私がやらねばんらんのだ」
悲しくて苦しくてたまらないといった表情を父は向けてきた。
悔恨。
「彼はお前が他の男と幸せになることを望むと言っていた。自分の想いが叶わなくとも、相手の幸せを願うことが彼の愛情なんだと。そこまでしてくれた彼に対し、お前はこのままでいいのか」
「―――」
答えられぬまま、逃げるかのように私は家を飛び出した。
……お城に行かなくちゃ。女王様が呼んでる。
「あ、ローレルさん、いらっしゃ~い。プロジェクトどう?」
「……は、はい」
どうにか平静を装って報告した。
ひとしきり報告と相談を終えたところで、リリス様は軽い調子で話し出した。
「ところでさ。ねぇ、ローレルさん。うちの兄のことなんだけど。さすがに気の毒でね?」
ひゅっとのどが変な音たてた。口の中がカラカラだ。
慌てて釈明する。
「ち、違います! 私は別に、輝夜姫を差し置いて自分が、なんて考えてません。ルキフグス様のことはただ尊敬申し上げているだけですので!」
「―――あたし、ルキ兄さまのことなんて言ってないよ」
間違えた、と本能的に気づいた。
リリス様はにっこり笑った。目が笑ってない。
恐い。
前王をパンチ一発でのしたって逸話はまさか事実?
「ふーん。他国の姫って強力ライバルがいるからってあっさり引き下がれるんなら、どうやら『好感』レベルだね。恋愛感情持ってたら、せめて苦しいとか悔しいとか思うよね。全然感じてなさそう」
「…………」
図星。
「ところで、今さっきの『兄』ってのはルキ兄さまじゃなくて他の兄のことなわけよ」
他の?
「名前は言わないよ。ローレルさんが自発的に思い出すのが大事だから。ローレルさんはうちの兄との過去を忘れてるの」
「過去……」
「辛くて忘れたいって願った気持ちは理解できる。そんな目に遭えばね。でもさ、ちょっと考えてみて。ローレルさんは全部なかったことにして楽になったけど、うちの兄は? いなかったことにされ、置き去りにされて、独りで耐えなきゃならなかったほうの気持ちを考えたことある?」
「…………」
「でも、兄は怒りもせずに自分を責めて離れたんだよ。遠くからあなたを支え続け、そのことを黙ってる。あなたが帰国しても一度会ったきりで諦めて、自分を思い出してほしいなんて言わない。どうしてか分かるよね? あなたを思いやってのことだよ」
昔、私を助けてくれてたのは誰だった?
「本人はいいんだって笑ってる。よくないっつーの。ねぇ、ローレルさん。もう好きじゃないならそれでも仕方ないけど、ちゃんと思い出してあげて。そんではっきりフッて、終わらせてあげてよ。これじゃいつまでたっても贖罪ばっかりだ。もう二人とも大人で、当時と違って耐えられるだろうし、時間がある程度傷も癒したでしょ? 今度は向き合えるよね? これが最後通牒。過去から逃げずに決着つけなさい」
タン!とリリス様の指が机を強くたたいた。
ヒビが入ったのは気のせいか。
「……はい」
唇をかみしめる。
父が言った、女王様の憎まれ役ってことのことか。ハッパをかけ、退路を断つ役目。
私は逃げてばかりだから、誰かがやるしかないと。
―――それからどうしたのか。気づけば私はかつて家のあったところにいた。
今はもう何もないただの原っぱ。
不思議なことに家のあった辺りだけは色とりどりの花が咲いていた。あきらかに誰かが植えたもの。
「……きれい……」
花。どこで見た?
フラフラと玄関があった場所まで行って振り返った。
あの時、ドアの向こうから花束持って来たのは。
ここに咲いてる花に、その花は一輪もないけれど。
彼は笑ってた。そう、いつも。
最後まで笑ってくれてたのは。
「……っあああ……!」
頭を抱えて崩れ落ちる。
「ナキ君……!」
忘れてはならなかったその人を思い出した。
「ごめんなさい、ごめんなさい……!」
ぼろぼろ大粒の涙が落ちる。
泣く資格なんかない。どれだけあの人を傷つけたのか。
謝罪の言葉を繰り返し、どれくらい経ったか。目の周りが真っ赤に腫れあがる頃、私はゆっくり立ち上がった。
「……泣いてるだけじゃ駄目。行かなきゃ。……謝らなきゃ」
私から会いに行かないと、きっとナキ君には会えない。顔を合わせても思い出さなかった私にきっと失望して、会わないよう避けてるはず。
「……私が、会いに行かなくちゃ」
袖で乱暴に顔をぬぐう。
その腕を下ろすと、離れた所にルシファー様がいるのに気付いた。
「ルシファー様?!」
な、なんで。いつから?
いつから見られてたのかと赤くなれば、王配殿下は何事もなかったかのように優雅に一礼した。、
「リリス様のご命令でして。貴女をサタナキア様のもとへお連れするようにとのことです」
「そ……れはありがたいですけれど、え……?」
リリス様は怒っておいででは?
「こうなることを織り込み済みでのリリス様です。貴女が会いに行こうとしても、サタナキア様には簡単に会えませんよ。ご本人が避けてるようでは」
「……ですよね」
生きるため気配に敏感だったナキ君のことだ、私が近づいてくればすぐに分かって逃げるだろう。
そもそも一般人は城に入れない。さっき入れたのはリリス様に呼ばれてたからだ。
「リリス様は兄思いの方ですね」
「ええ。僕の敬愛する妻ですから。そうそう、伝言です。『これで気を遣って、ナキア兄さまと付き合わなきゃとか考えないように。自分の素直な気持ちに従って答えを出して』……だそうです」
「ありがとうございます」
深く頭を下げた。
愚かな私にここまでしてくださって。
「では、参りましょうか」
案内されたのは、ナキ君がお世話になってた懐かしい食堂だった。
店主は年とっても私のことを覚えててくれてて、
「やあ、ローレルちゃん久しぶりだねぇ! 大きくなって。お母さんによく似てきたね。ああ、話は聞いてるよ。上で待ってな」
以前ナキ君が住みこみしてた部屋に通される。現在は物置になってた。
「では、これを。気配を消せるアイテムです。リリス様から預かりました。ここで少し待っていてください」
ルシファー様は魔法陣の描かれた紙を押しつけ、出て行った。
言われた通りに大人しく待ってると、しばらくして階段を上ってくる足音がする。
「―――悪いねぇ。二階の、アンタが使ってた部屋に置いてあるんだよ」
「へいへい。オレが取って来るって。店長ももう年なんだから無理すんなー」
ドアを開けたナキ君は私を見て固まった。
……さすがというか、ナキ君の行動は早かった。十秒たらずで我に返り、Uターンして脱兎のごとく逃げる。
が、それよりルシファー様のほうが早かった。鼻先で勢いよくドアを閉める。どうやらさらに魔法で鍵かけたっぽい。
「オイこらァ! ルシファーてめぇ、開けろ!」
鬼の形相で怒鳴るナキ君。
ここまで怒るの初めて見たかも。
「お気の毒です。あ、魔法でブチ破るのは不可能ですよ。こちら側に貼ってある呪符はリリス様お手製です。ははは」
「………………おおう」
ナキ君は青くなってそっと離れた。
そこまで妹君恐いの?
……恐いわね。
さっきの威圧を思い出してこっちまで青くなった。
そんなことより!
「ナキ君っ!」
逃がすかと飛びついた。
勢い余って前に倒れこむ。
「! あぶね!」
とっさにナキ君が尻餅つき、ダメージ吸収してくれる。上に私がのっかる形になった。
「ふー……ケガないか? ムチャすんなぁ。昔っから思わぬとこでとんでもねーことやらかすんだから」
「ナキ君は昔っから私に対しては一言余計」
「……ローレル。やっぱ、まさか」
私は座りなおした。逃がさないよう、ナキ君の上に乗っかったまま。
「うん。うん。忘れててごめんなさい。自殺なんて選ばせてごめんなさい。いっぱいひどいことしてごめん……!」
必死に我慢しようとしても涙が出てくる。
ナキ君は困ったように微笑むと、ハンカチで私の目をふいた。
「いーよ。オレの自業自得だ。あそこでああすればどうなるか分かっててやったんだ。君を苦しませてでも自分のものにしようとしたバチが当たっただけさ」
「違うっ! 私が、あいつらの言うこときかなきゃよかったの! すぐお父さんに話して、三人で逃げればよかった。お父さんにナキ君を犠牲にしろなんて言う連中とは手を切ってって言えばよかったの!」
ナキ君の服をつかむ。
「ナキ君だって、どうして自分を殺そうとしたんだって怒ってよ! 私は怒られなきゃならないでしょ。決して許されないことしたんだもの。殴ったっていい、気が済むまでどんなことでも受ける覚悟はできてる」
「はぁ? オレが君を殴れるわけないだろ」
「なんでよ、怒ってよ! しかも私は都合よく全部忘れて逃げて、自分だけ楽してたのよ?!」
うーんとうなるナキ君。
「私のせい。私が全部悪い。何度謝ったって足りないのは分かってるけど謝らせて。ごめんなさい……!」
「いやいや、オレのせいだってば」
お互いどっちも譲らない。
困り果てたナキ君は頬をかいて、
「……あー、じゃあさ、お互いさまってことで。この件はもう終わり。な? オレは全然気にしてねーし」
「気にしなよ! 死にかけたのよ?!」
「だからおーしーまい。おっけ?」
軽い!
重い過去をアッサリ片付けるなっ。
ナキ君はぽんぽんと私の頭をなでた。
「正直、記憶が戻るとは思わなかったよ。でも納得かなぁ。ローレルはマジメだから、ちゃんと過去にケリつけなきゃ兄貴のカノジョに立候補できないって考えたんだろ? そっか、ついに決心したか」
「は?」
思わず目が点。
本気で言われた意味が分からなかった。
ナキ君の兄はルキフグス様だけ。……ってことはなに。ナキ君は私がルキフグス様のこと好きだと思ってるの?
ハッとした。
そうか、これまでの私の言動見れば、誤解しておかしくない。私自身、恋愛感情だと思い込みたかったんだし。
「んー……輝夜姫ってライバルいるけどがんばれ! あっちは仲の悪い『正義の王』の娘ってマイナスポイントがあるんだ、勝ち目はあるさ。オレ応援するよ」
「……応援?」
何言ってんのこいつ。
「うん。兄貴の好きなもんとか教えよっか? たぶん下手な物より本とかのほうが喜ぶよ。チョイスはセンセーにきいたほうがいいかも。頭のいい人同士、分かるんじゃね? とりま、センセーとの勉強会って口実で会えばいーさ」
「…………」
段々ムカついてきた。
「あ、もしかしてオレに気兼ねして? そんなんいいって、オレのことなんかほっとけ。オレもさ、リリスがはりきって嫁探ししてるっぽい。さくっといい子見つかって結婚しちまうかもだし」
ナキ君が他の女の子と結婚する?
「駄目!」
思わず胸倉つかんで詰め寄った。
「ナキ君は私がお嫁さんにもらうの。約束したでしょ!」
後から考えれば、よくまぁとんでもないこと言ったと思う。
小さい頃はろくに考えずに出た言葉だったけど。完全に逆プロポーズである。
宣言されたナキ君はあっけにとられてた。
「へ?」
「へ?じゃないっ。私、言ったよね。ナキ君だって考えとくって言った!」
「いやそりゃそうだけど、ローレルが好きなのは兄貴だろ。そういう告白は兄貴にしなきゃさ」
「ナキ君にしかしないもん! 他の人じゃ意味ないの! 大体、はっきり私はルキフグス様が好きって明言した? 確かに好意は持ってるけど、いい人だなぁって意味でのよ。ナキ君に感じてるのとは全然違う。ルキフグス様はいい人だから私を利用しようなんて考えないし、お父さんと話も合いそうでお父さんだって安心するかななんて、打算だよ。そんなのでいいかもなんて考えてたなんて、バカな私……ひどすぎる。失礼にもほどがあるわ」
自分にとって好都合だから選択したんだ。無礼だよ。
「ナキ君が他の女の人にとられるのはやだ。こんな苦しい思いするのはナキ君だけだもん」
苦しくて苦しくて、記憶を封じるほどに好きだったのは。
「好きなの。勝手なこと言ってるのは分かってる。自分が大事でナキ君のこと忘れたくせに、何を今さら、ひどいやつだって自覚もあるよ。でも好き」
あの日、お父さんはわざとらしく家を空けてた。そこへどう考えても残り物なわけがない豪華な花束持って来たナキ君。今なら意味が分かる。
あんなことがなければ受け取ってた私は何て返してたか。
「ごめんなさい。いくら謝ったって許してなんてもらえないよね。分かってる、そんなこと言わない。だけどあの日言ってくれるはずだった言葉の答えだけは言わせて」
決死の思いで吐き出せば、ナキ君は沈黙してた。
……迷惑……だった?
体の芯が凍る。
……そうよね。勝手に自分のこと忘れた女が、今さら好きとかふざけるなだよね。今度こそ怒られるかも。
青くなって手を引いた。
「ごめ……私、また自分勝手に……。ごめん、忘れて。私のことなんか大嫌いだよね、出てく。二度と顔見せないようにするから。迷惑かけてごめんなさい」
「ちょ、待て!」
慌てて腕つかまれて引き戻された。
「オレが君を嫌うわけねーだろ」
「嘘。だって私はそれくらいひどいことした。安全な国外にいてのほほんと暮らしてて、彼氏まで作って。ナキ君は独りでずっといたのに」
「残ったのはオレの意志だよ。オレが安全なところで幸せになってほしいって望んだんだ」
こんな広い心に守られてたなんて知らなかった。
「自分勝手だったのはオレも同じさ。ローレルが傷つくと分かってて殺させようとした。ムチャクチャだろ? ろくでもないやつだよな。その罪滅ぼし……にもならねーだろうけど」
「罪滅ぼしなんていらない。ひどいのは私。私のことなんか大嫌いだって知ってるし、許してもらえないだろうけど……私のほうこそ、これから罪滅ぼしでも何でもするから。受け入れてほしいなんて思ってないから、好きでいることは許して」
それが私の贖罪。
「―――ローレル」
ナキ君が静かな声で呼ぶ。
彼の目は不思議なくらい凪いでいた。
「オレはセンセーの足を悪くさせた原因の息子だよ。地位も財産も才能もない。何にもない男だ。頭も悪くて、兄貴みたいにセンセーと議論なんてムリ。おまけにろくでもないことやらかして君を苦しめた張本人だ。オレなんかよりもっといい男がいっぱいいる」
「嫌。ナキ君じゃなきゃ嫌だ」
まっすぐ見返す。
「前王とナキ君は親子っていっても系図上だけのものでしょ。それに、親の罪は子にはないの。地位とはお金なんかどうでもいい。私は命を狙われることもなく、ただ静かに『家』でのんびり暮らしたいだけ。私といるよりもお父さんと議論してるほうが楽しい人も嫌」
だったらお父さんと結婚すりゃいいでしょ。
「ナキ君は何もなくなんかないよ。家事能力皆無な私を笑わないし、家事上手で優しくて素敵な人。私はナキ君がいなきゃ駄目なの」
「―――そっか」
彼は笑った。
心からの安堵をにじませて。
スッと手が差し出される。
「あの日と違って花もねーし、こんな状況だけど。オレをお嫁にもらってくれる?」
「―――っうん!」
私は泣きじゃくりながら抱きついた。
花もムードもなくたっていい、あなたさえいれば。
「ごめんなさい、ごめんね。ナキ君、大好き……っ」
「オレもごめん。辛い思いさせたな。今度はちゃんと言わせて。愛してるよ、ローレル」
「うん、うん」
未熟で子供だった私達は、お互い傷つけあってすれ違った。
過去と向き合えた今、ようやくあの日得られるはずだったものを手に入れた。




