三男 アガリアレプトの失敗
弟たちが次々結婚してってる。となれば、次にリリスが照準定めるのは俺だろう。
俺は危機感を抱いていた。
ルキ兄貴にはすでに輝夜姫と学者ローレルという候補者がいる。正直どっちもふさわしいとは思えないんだが。
俺が唯一尊敬する人の妻の理想とは程遠い。
だがまぁ、二人も候補者がいればリリスもこれ以上誰か連れてくることはない。
二番目の兄は……あれが兄などこれっぽっちも微塵もカケラも小指の爪の先ほども認めたくないが! 周りに山ほど女の影がある。ほっときゃいい。
ある日食事時にしれっと、「あ、そういや昨日結婚したから~」とか言いそうだ。
あいつ、実は何人かとの間に隠し子でもいて、そのうち騒ぎ起こすんじゃないか?
いや、さすがにそれはないか。そうしたら気に入った女との間に子どもを作りまくり、そのほとんどを認知せずほったらかしてたクソ親父と同じになる。そこまでクズじゃないだろう。
あれが王だったら、話術と人心操作技術で後宮に山ほど愛人住まわせてても円満て状況にできそうだ。あいつが王じゃなくてよかったな。
ルシファーが言った。
「うーん。サタナキア様の周りには確かに女性いっぱいいますけど、そもそも『付き合ってる』と言えるかどうか。実際は困っている女性の面倒をみてあげて、就職の斡旋やお見合いの世話をしてるんですよ。よく仲人として結婚式でスピーチやってます」
それでレティとネビロスの時やたら慣れてたのか。
「サタナキア様はどの女性にも平等なんです。公平に扱い、独り立ちするところまで手を貸してあげる。芸術家のパトロンみたいなものですね。あれ、アガリアレプト様と似てますね」
「あれと一緒にするな」
眉間にシワを寄せる。
ルシファーは殺気などどこ吹く風だ。
「下心など一切なく援助して、最後は必ず笑顔で送り出す。恋愛感情はありません」
意味が分からない。
なんだか知らんが、とにかくあいつは自力でどうにかするだろ。
懸念されてたルガも彼女ができたし。となれば、リリスのおせっかいが俺に向くのは分かりきってる。
「何か対策しておかないと、面倒なことになりそうだな……」
俺は付き合う女には苦労しないが、いつも長続きしない。「今付き合ってる女がいる」と言っても、どうせリリスに「ふーん。で、いつ別れるの?」と返されるのがオチだ。
しかし結婚なんてゴメンだ。
まず第一にめんどくさい。俺の金かネームバリュー目当てな相手をどうして尊重しなきゃならないんだ。魂胆が分かりきってるのに。
絶対そんなこと考えなさそうな相手を探せって話か?
例えばレティのとこの、大人しくて従順なスミレか。
お断りだ。人を見れば怯えるわ、隠れるわ。イライラする。
ネビロスのとこのリリーも真面目な上に性格がキツすぎる。
ルガのとこのジャスミンに至っては、ドジぶりが度を越してて問題外。
無欲で実際は妻になる気もないが、表向きはフリをしてくれる女がいればことは片付くんだが……。
「ふむ、フリか」
パチンと指を弾く。
契約して雇えばいい。そうすれば困ったら解消できる。簡単だ。
「ただ問題は、その役に適した人材か」
俺に対する女性の反応といえば、たいてい①裏があって舌なめずりして迫ってくる②恐がって怯える、に二分される。例外は少ない。
「……いや待てよ、一人いたな」
早速契約書作りにとりかかった。
☆
「こんにちは。お邪魔致します、アガリアレプト様」
盲目のピアニストが仕事の打ち合わせにやって来た。
何の仕事かというと、どこぞのハエのアイドル活動に関するものだ。急な案件なのと、芸術振興大使なことから曲作りをアイリスに依頼した。
読みは当たりで、元々有名なピアニストの作詞作曲ということもあり、デビュー曲は驚異的な売り上げを記録した。
ま、俺が直々にプロデュースしたんだから当然といえる。
今日はその結果を報告、今後を相談することになってる。
「先日リリースされた曲だが、売り上げはこの通り。続々再販してる。評判は上々だ」
「のようですね。特に、ベルゼビュート王子という王族なのに気取らない性格なのがいいとか。歌いながらダンスするスタイルも斬新だともっぱらの評判ですわ」
奴はトレードマークのギンギラギンな衣装で歌って踊るというスタイルを確立した。あれのどこがいいんだと言いたいが、まぁインパクトは絶大だ。
なお、衣装はリリスが手配した。本人の意向で、これでもかというほどド派手なのにしたらしい。
「なぜあれがうけるのか全く分からんがな。次の曲は新人のコンペとする」
「お願いします。私は本来ピアニストであって作曲家ではありませんし、たくさんの人にチャンスをあげたいですから」
二曲目の依頼を断ったのはアイリスのほうだった。ここで辞退したというのが合格点。「次も自分じゃないのか」とか色仕掛けしてきたら、これまでの女同様切り捨ててたところだ。
俺はおもむろに契約書をテーブルに置いた。
「よって、別の仕事の依頼だ。俺と契約結婚しろ」
「……………………」
アイリスは見えない目を俺に向け、沈黙した。困惑が顔にありありと浮かんでる。
スッと表情を消し、
「―――失礼しました。冗談をおっしゃる方とは存じませんで」
「真面目な仕事の話だが?」
アイリスは眉を寄せてこめかみをもんだ。
「……どういうわけか、うかがっても?」
騒いだりせず冷静に切り返せるところも、やはり条件にかなっている。
「すでにニュースになっている通り、弟二人が結婚してな。もう一人もそのうちだろう。となると、リリスが次は俺の番だとおせっかい焼いてくるに決まってる」
「それで、先に誰か適当な人と結婚しておけばいいと? アガリアレプト様はおモテになるでしょう。今も恋人がおられるのでは? その方に頼めばよろしいでしょうに」
鼻を鳴らす。
「妻の座に収まったが最後、湯水のように金を使うと分かってる女とか? 浮気もしまくるだろうしな。あるいは、妻でることを理由に嫉妬の権化になるか。浪費家も束縛の強い女もごめんだ」
「そういうことをしない女性を選べばいいのでは……」
「そういったタイプばかりが寄ってくるんだ」
アイリスは「でしょうね」と言いたげにうなずいた。
「分かってらっしゃいます? それ、女王様のお節介を避けるために形だけの妻が欲しいという、なかなか我がままで自分勝手な要求ですのよ」
「お前もなかなか言うな」
ここまでストレートにつっこんでくる人間も珍しい。
「それで、どうして私になりますの」
「今こうやってズケズケ言えるだろう。頭の回転も速いし、どんな状況でも冷静だ。事実、以前俺の付き合ってた女が乗り込んできたのを冷静に撃退したと聞いてるぞ」
あからさまに顔をしかめられた。
「本当にあれは困りましたわ。レッスン中いきなり押し入って来て、怒鳴り散らすんでもすもの。どうやら浮気相手と勘違いされたようで。二度とごめんですわ」
「二度目がないよう対処した。次はありえない。ともかく実績を見て判断した結論だ」
「はあ……」
思いきりため息つかれた。
失礼だな。
しかし、俺と相対してここまで余裕があるとは。
「表向き仲がいいふりをしてくれれば、あとは何をしていても構わん。労働の報酬として十分な金銭も支払おう。さらに期限も最大で一年と定める」
「期限を設けるのですか」
「当たり前だ。初めから離婚が前提。適当な時期に離婚する。ああ、お前が俺に我慢できなくなって三行半つきつけたことにしていいぞ。自然だからな」
「以降は一度結婚に失敗したのを理由にお節介排除するおつもりですね」
「その通りだ」
トン、と書面をたたく。
「今言った内容の契約書だ。言うまでもないがこのことは口外を禁じる。信用できないだろうから、持って帰って家族なり弁護士なりに確認してもらえ」
強引に押しつけた。
アイリスにとって不利な条項はなく、調べられても困らん。そんな卑怯な真似はしない。
「お前にとってもこの仕事はメリットが大きいはずだ。俺の妻あるいは元妻という地位は利用価値がある。報酬も高い。離婚しても誰もが非は俺にあると考えるだろうし、むしろある意味ハクがつくんじゃないか。悪名高いこの俺に、一時でも手綱つけられたとしてな」
アイリスは契約書を見もせず考えあぐねている。
「恋人あるいは好いた男もいないだろう」
その点は先に調査済みだ。
「まぁ、おりませんが」
「もし途中でお前に好きな男ができたら、その時点ですぐに離婚し、そいつとの再婚を後押ししてやる。それも契約書に入れたぞ。当然な労働の対価だ。もちろん成功報酬の減額もしない。安心しろ」
「そこが気になるわけではありませんが……」
「デメリットとしては、契約期間はお互い縛られることか。だが部屋も分けるし、フリさえしてくれれば他は干渉しない」
バツイチになることはあまりデメリットとはいえない。無茶苦茶な結婚や浮気が横行していたこの国の離婚率は高いからだ。
強制的な政略結婚や、人身売買まがいの結婚も多く、クーデター後救済措置が取られている。婚姻無効や損害賠償裁判など国が支援した。
現にアイリスの親戚でも金のため強制的に結婚させられ、救済措置により離婚できたのがいる。確かその後再婚してるな。
こういうケースは珍しくなく、離婚歴も再婚も特に問題視しないのが一般的だ。
「昔の女からの嫌がらせはこちらで事前に対処しておく。居住地については城でも、いくつか持ってる屋敷でも好きな方を選べ。リフォームして防音設備のレッスン専用室を作る。家では家事の手伝いもしてるらしいが、それも不要だ。メイドがいる。レッスンとコンサートに専念できるぞ」
「…………」
アイリスは黙っていたが、やおら契約書を返してきた。
「お断りします」
ただ淡々とした声音だった。
俺は眉を上げた。
「なぜだ?」
アイリスは穏やかに微笑んで、
「まず第一に、その傲慢な態度ですわね」
「……なんだと?」
傲慢と言われるのはいつものことだが。
純粋に疑問に思ってきく。
アイリスは笑みを深くした。
「結婚してやると言えば、誰もが飛びあがって喜ぶと思ってません? 自分の妻の座をやるのだから、首を垂れて礼を言えと? 冗談じゃありませんわねぇ。ご自分をどこまで高く評価してらっしゃるのかしら」
「…………」
「失礼ですけど、私、貴方の容姿も才能もお金にも魅力を感じませんの。大体私には姿形なんて見えませんしね。才能だって色んなすばらしいものを持っている人が世の中にはたくさんいます。なにも貴方だけが特別じゃありませんのよ。お金? つつましく暮らせればそれでいいです。自活できるだけの稼ぎはありますわ」
「ふむ」
「第一、両親のように愛情による結婚をしたいもので」
「なるほど」
俺の両親は結婚してなかったどころか愛情なんてカケラもなかったから分からんが。
「私を普通の人と同じように扱ってくださるところは好感を持ってますが、お互い愛情はないでしょう。ですからお断りします」
「そうか、分かった」
俺はあっさり書類をしまった。
引き下がったのが意外だったらしい。
「……いいんですの?」
「断ったのはお前だろう。別に、取引で相手がうなずかないことはよくある。それならそれで別のやり方を考えればいいだけだ。方法は一つじゃない」
強引に推し進めても結果的に損になったりする。いかに切り替えて柔軟にその場に対応していくかが大切だ。
「妻の座に興味がない女との契約結婚なら上手くいくかと思ったが、そもそもそういう考えだと拒否するのか。なかなか面白い意見を聞けた。礼を言う」
「……はあ」
おい。
なんだそのとぼけた困惑は。
「そんなに意外か。俺のことだから、思い通りにいかないとキレるとでも?」
「ええまぁ、正直」
「あのな。それだとあの野郎と同じだろうが」
父親と認めたくない男と同じになりさがるか。
「そうですわね。すみません」
アイリスは素直に謝った。
「けれど、あっさり引き下がれることからみても、やはり私でなくともよいのでしょう? 私は私でなければダメだという、愛してくれる人と結婚したいんです」
「理解はできんな。ともあれ、この件はここまでだ。半年後の選挙を兼ねた祭りの件に移るぞ。オープニングセレモニーの演奏を……」




