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兄嫁・弟嫁 次のステップ

 予想通り、レティ兄さまはルガ兄さまの肩つかんでガクガク揺さぶった。

「ルガっ、早くスミレ診てくれ。この数日疲れやすいなと心配してたんだけど、眩暈がするっつーし!」

「……レティ兄さん、落ち着こう」

「あー、ハイハイ。レティ兄さま大人しく座ろうか」

 このためにあたしに来てって言ったのね。力ずくで押さえ込めるのはあたしだけだからなぁ。

 長兄のゲンコツっていう無敵の技でルキ兄さまもできるっちゃできるけど、今はベルゼビュート王子関連で忙しいもんね。

 ガシッとレティ兄さまをとっつかまえ、無理やり椅子に座らせる。

「ルガ兄さま、診察よろしく。こっちはうろつかないよう取り押さえとくから。そいえばスミレちゃん、確かにここんとこ疲れやすいよね。急に環境変わったせいかな?」

「私もそう思うんですけど……」

 あたしはレティ兄さまにあきれた視線を向け、

「つか、一番はレティ兄さまの溺愛ぶり原因の精神的なもんじゃ?」

「え、オレのせい?! いやいや、オレはそこまでじゃねーって。ネビロスくらい行きゃヤバイと思うけどさぁ」

「うわぁ、無自覚」

「……五十歩百歩」

 甲乙つけがたい勝負だね。

 当のお嫁さんはおずおずと、

「あの……えと、リリス様、平気です、よ? 恥ずかしくてドキドキしちゃうだけで、私、レティ様にされて嫌なことなんて……」

「ストップ。ソレ言っちゃダメなやつ。レティ兄さま際限なくなるよ。あかんあかん」

 真顔で諭すあたし。

 気弱な子がものすごく恥ずかしそうに顔赤らめながら、口元隠しつつ上目遣いで健気なこと言ったらいかん! こうかばつぐんすぎる!

 あ、レティ兄さまがめっちゃ悶えてる。スミレちゃんに飛びかかって抱きしめて診察の邪魔しないよう、押さえよ。

 首筋に氷魔法をゴーッとな。一瞬で背筋がカキンコキン。

 レティ兄さまは飛び上がった。

「うひいっ! リリス、冷てぇよ!」

「頭冷えた? よし。スミレちゃんさぁ、遠慮なんかせず嫌な時は嫌ってちゃんと言うんだよ。嫌われたらどうしようとか考えなくていいから。ネビロスだって、リリーちゃんにあんだけビシバシ言われてんのにケロッとしてんじゃん」

「……レティ兄さんがキミを嫌うのはありえないと思う」

「あるわけないだろ!」

 だよねぇ。

「……ところで診察結果、話しても?」

「あ、うん。どうだった? 早く言えって」

 ルガ兄さまはレティ兄さまをうかがって、

「……おめでとう。懐妊だよ」

「…………」×3

 ベルゼビュート王子のアイドル宣言なんて比じゃない沈黙がおりた。

 カイニンって何だっけ。解任? 何の職を? それともどっかの街の名前?

 真っ先に我に返ったのは、当事者じゃないあたしだった。

「ルガ兄さま、確認するよ。妊娠って意味だよね?」

「……ああ」

 うなずくルガ兄さま。

「てことは、スミレちゃんのお腹に赤ちゃんいるの?!」

 がばっと振り向けば、スミレちゃん本人はぽかんとしてて、レティ兄さまに至ってはあらぬ方向見て止まってる。

 おーい、息してますかー。

「……心音もちゃんと聞こえる。元気な胎児だ」

「エコーとか使わなくても聞こえんの?」

「……まぁ、僕は」

 あんまり人と接触しなくてもいいよう、見ただけである程度診察できるスキル身に着けたんだっけ。特殊な魔法を目と耳にかけるとか言ってたな。

「……産科は専門じゃないけど診断くらいは」

「あ、産科はやっぱ特殊なんだ。まぁそうだよね、必要な機械も技術も違うもんね。え、予定日どれくらい?」

「……遅くとも三か月後には」

「早いっ!」

 うそぉ。

 あーそうだ、ここは元がゲームの世界だからか、時間経過が早すぎるところもあるんだった。ほら、ゲームじゃ一瞬で次の日とか急に「三年後……」とかザラじゃん。

 あたしは両手握りしめて大喜びした。

「わー、じゃあ三か月後にはあたしもおばちゃんかぁ。ベビー服急いで用意するよっ! かっわいいのいっぱい作る! 任せて! スミレちゃん、おめでとーっ!」

 駆け寄って義姉をぎゅーした。

 ちゃんと軽めだよ。お腹圧迫しないようにしなきゃ。

「そっか、マタニティウェアも必要だね。すぐ作るよ。レティ兄さまもおめでと。まさか兄弟中一番早いのがレティ兄さまとはねー。ネビロスのほうかと思ってた。……あれ? レティ兄さまー? おーい」

 まだ意識飛んでますな。

 思いっきり揺さぶっても無反応。

「…………」

 スッと指をデコピンの構えで近づけてみた。

「うわっ!」

 あ、さすがに危険察知して正気に返った。 

「何すんだリリス、殺す気か!」

「フリしただけじゃん。前だってそんな力入れてなかったよ」

「いや、あれはマジで脳みそ飛び出るかと思った」

 真顔で言われた。

「そお? そんなことよりおめでとー」

「ありがと。まぁオレもぶっちゃけネビロスのほうが早いだろうと思ってた。子どもいれば真面目なリリーちゃん逃げらんねーだろうとか、悪辣なこと考えそうだもんな。あいつ、妙なとこで自信ねーから」

「リリーちゃんに本気の鉄拳制裁くらいそうだからやめたんじゃない? ね、男の子かなぁ、女の子かなぁ。ルガ兄さま、まだ分かんないよね? もちろんどっちでも絶対かわいいけど!」

 断言。

「……ああ、まださすがに分からない」

「スミレちゃ……あれ、まだ固まってる。こっちもか。おーい」

 目の前でヒラヒラ手を振ってみせる。

「はっ! はい! えと、ごめんなさい」

「いいよー。気持ち悪いとかない? 具合悪かったら言ってね」

「そうだぞ。あ、横になったほうがいいか? 体冷やすのもマズイよな。とりあえずおいで」

 まだテンパってるレティ兄さまは急いでお嫁さん膝乗っけて抱え込み、どっから出したのかブランケットでくるむ。

「なぁおいルガ、どうすりゃいいんだ? 食いもん持ってこさせるか? 酸っぱいものだっけ? あ、リリス、出産まで仕事休ませるぞ」

「……とりあえず落ち着いて」

「産休育休取るのは全然OKだよー。制度作っといたもん。妊娠が判明したその日から取れて、産後も半年は絶対、最長で三年は育休取れるよ」

 コレ提案したのはあたしだ。こだわったのは、産休開始日が妊娠()()()()()()()ってとこ。

 日本だと出産前後二か月だよね。でもさ、中には悪阻とか色んな事情で体調悪い人もいるでしょ? ほんっとに起き上がってられないほどひどい人だっているんだよ。

 実は前世のあたしの母がこのケースでね。めちゃくちゃひどい吐きづわりで、水すらアウトなレベル。起き上がれず、腕も上がらないほど衰弱したとか。

 で、やむをえず休んだら退職勧告よ。

 いやさぁ、そんな状態でどうやって出社しろっての? 無理だっつーの。医者も入院勧めるレベルよ? それを無理して断ったんだよ。「迷惑」で片付けて退職しろってどういうこと?

 許さん。

 もしそれでムチャして仕事してたら、あたし死んでたかもよ。まだ生まれてなくたって命だよ。人を殺してまで仕事しろっての?

 冗談じゃないわ。

 ましてこの国は命が軽視されてた。だからこそ余計、新たに生まれてくる命も守れるように、子どもを大事にする国に変えようとあたしは決めたの。

 これだけは譲れない、ってルキ兄さまに頼みこんだ。

「……あの法律、リリス自身のためじゃなかったんだ」

「へ? なんで?」

 ぱちくり。

 ていうか、ルガ兄さまほんとよくしゃべるようになったよねぇ。カノジョ効果?

「……兄弟中一番早いのはリリスだとてっきり」

「何が?」

「……親になるのが」

「は? ないない」

 素で否定。

 だって、完全に破滅ルート消えたと確信するまでラスボス予定の人間誕生させるわけにいかないっしょ。

 事情を知らない兄二人にスミレちゃんは眉をひそめた。

「え? あの……リリス様、どうしてですか? あんなにルシファー様のことお好きなのに……」

「そりゃもちろん大好きだけど、やること山積みじゃん。それが終わるまで無理無理」

 肩をすくめる。

「『正義の王』もおかしな行動取ってるしね。輝夜姫やベルゼビュート王子の件もある。なにより、今王子が誕生してみなよ。やっぱ我が子に王位継がせたいと思い直したんじゃ、って権力回復狙い疑われるかもでしょ。王政復古。やだよそんなの」

「あー。自分は権力いらなくても、我が子には与えてあげたいってか。選挙取り消して権力取り戻す気だ、とか疑われそーだな」

「でしょー? めーんーどーいー。誰がやるかっつーのー。せっかく自由になったのに! 政治とか大っ嫌い、あたしはただ楽しく服作りしてたいの!」

 声を大にして言う。

 それもどうかという表情になる兄二人。

「理由は分かった。ま、そりゃそうだな」

「……納得」

「あの……サルガタナス先生」

 スミレちゃんがおずおずときく。

「その……私、正直なところ出産大丈夫でしょうか? ……体弱いから、心配で……」

 途端に青くなって何かしでかしかけたレティ兄さまは、背後からヘッドロックかけて動き封じる。

「はいはい、どうどう」

「いでででリリス、首締まる」

「大人しく座ったまま主治医の診断仰ごうよ。ルガ兄さま、ほんとんとこ教えたげてよ」

 ルガ兄さまはあたしを止めもせず、

「……大丈夫だ。君はもうとっくに全快してる」

「え?」

「……レティ兄さんが心配性すぎるだけ」

「つまりー、スミレちゃんも人並みの体力はあるんだよ。確かにちょっと風邪ひきやすくはあるけど、心配するほどでもないの。普通の人レベル」

 補足してあげた。

「なにせ世界最高の医者が主治医なんだよ? 完治してるに決まってんじゃん」

「……リリス、それは過大評価」

「事実だもん。つーわけだからさ、平気だって。安心してっ」

「ほんとですか……? よかった……」

 ホッとして肩の力抜くスミレちゃん。

「うんうん。レティ兄さまの過保護ぶりは割り引いて聞いたほうがいいよ。半分くらいスルーしよ」

「リリス様が言うとものすごく納得です……」

 ね。

 レティ兄さまがバンバンと腕をたたいた。

「ちょ、そろそろマジで離して。ギブギブ」

「あ、ごめん。んじゃ、離すけど大人しくしててよ」

「分かったよ。またデコピンくらいたくねーし。ああそうだ、ところでオレ前倒しして辞職するわ」

 いきなし四番目の兄が仕事やめて無職になる宣言しました。 

 ヲイ。

「レティ兄さま」

「……レティ兄さん」

「スミレが心配だし。そもそもオレだって早く辞めたかったんだ。いーじゃんか」

「これから子ども生まれるっつーのに、プータローになる気かい」

 そりゃ蓄えはあるけどさ。

「違くて転職すんだよ」

「……まさか」

 ルガ兄さまが眉間にシワ寄せた。

 感情あんま表に出さないルガ兄さまですらあきれたか。

「違ぇよ、ルガ。どこぞのハエみたく、アイドルとか言うか」

 なっても売れそうではあるよ。

 現にネビロスなんか写真集出してたし。

「職人だよ、職人。オレ、たいていのモン作れんじゃん。家具とかだったら在宅で作れんだろ? 自室を工房に改造してさ、そこでやりゃいい。スミレが具合悪くなってもすぐ駆けつけられる」

「……スミレさんはもう体大丈夫だと」

「妊娠中は超健康だった人だって急に具合悪くなったりすんだろ」

「そりゃそうだけど、これまでだってスミレちゃんにつけてた同僚の侍女仲間を専属看護師として、昼間ずっとつけてりゃいいでしょ」

 看護師資格持ってるって聞いたよ。元は毒盛られるのがしょっちゅうだったあたしのために配置されたんだけど、スミレちゃんが勤めるようになってからは彼女のこともみてくれるようになったんだ。

「それでも心配なのと、もいっこ理由があんだよ。このままオレが軍部のトップでいてみろ。子供ができたとなれば、オレだってリリスと同じく邪推される可能性があんだろ」

「……あー」

 レティ兄さまは兄弟中一番強いと思われてる。もし子供ができたって分かったら……おんなじように、自分はいいけど子どもに権力をって王政復古企てると思われるかも。

「やだよ、オレだって王になんかなりたくねーよ。オレ馬鹿だもん、国治められると思うか? 今なら副官の不始末の責任取って辞めるって言えるし、ちょうどいーだろ」

 あの件ね。真犯人っつーか教唆したのは修正プログラムだけど、実行犯がレティ兄さまの副官だったのは事実だ。

「分かるけど、ルキ兄さまに相談してからにしてね。すぐ辞めるっつっても、後任どうするかって問題あるじゃん」

「そーだな」

 選挙のあたりでレティ兄さまが引退するのは初めからの予定とはいえ、いきなり前倒しされても準備とかできてない。

「とりあえずそれは置いといて、レティ兄さま、父親経験者に心構えとか聞いといたら? お義父さんとかさ」

 ルシファーの父、公爵のことだ。現在はルシファーに家督譲ったんで、元公爵。

 爵位譲ったんだからもう臣下じゃないじゃん、お義父さんって呼んでいいよね、ってあたしが主張して最近じゃこう呼ぶ。だって「元公爵」って長いじゃん。

「父がどうかしましたか」

 ルシファーが音もなく入って来た。

「あのね、スミレちゃんおめでただって。レティ兄さま父親になるわけだから、経験者に色々聞いといたほうがいいんじゃないかなーって話してたの」

「おや、そうですか」

 ルシファーはまばたきしただけで、そんな驚いてなかった。

「フルーレティ様、スミレさん、おめでとうございます。それで外に医師と看護師がいたんですね」

 ルガ兄さまはうなずいて、

「……専門家医呼んだ」

「入って頂きましょうか。どうぞ」

 よく知ってる侍女兼看護師と、かくしゃくとしたおばあさん先生がやって来た。

 けっこうなお年の割に、ずいぶん元気なお医者さんだ。超ベテランっぽい。

「……国内一の産科医フォラス先生だ」

 ルガ兄さまが紹介すると、おばあさん先生はシワだらけの顔で豪快に笑った。

「やだねぇ、単にやたら長いこと医者やってるだけの話さっ。あと、王室関連のお産をよく担当してただけでね。ああ、女王様やルキフグスくん・サルガタナスくん・ネビロスくんを取り上げたのもアタシですよ」

「え?! えーと、それは……その節はお世話になりました?」

 で、いいのかな。

 まさか父王時代の王室御典医メンバーだったとは。

「アホ親父は子どものことなんか気にも留めてなかったのに、兄弟中半分以上もとりあげたんですか? ネビロスだけはヘテロクロミアの子どもがもう一人生まれるのを期待して任せたのは分かるんだけど」

「あのわがまま坊やは気に留めてなかったとはいえ、生まれてくるのが自分―――王の子に違いはないでしょう? 何かあったらクビが飛ぶ。文字通りチョンっとね。誰もやりたがらなくてねぇ。だもんで、こんな引退したばあさんが痛む腰さすってヨッコラショってわけですよぉ」

 アッハッハと笑い飛ばすおばあさん先生。

 内容笑えないんすけど。それと、どう見ても腰しゃっきりしてるし、痛くなさそう。

「ま、もうばあさんですしね、チョンっとなってもいい人生だったと言えますわな。大往生。アッハッハ。それにあのわがまま坊やをとりあげたのもアタシだしねぇ、因果かもと思ってねぇ。あん時もそろそろ引退って年寄りを引きずり出されたっけねぇ」

「……んっ?」

 ちょっと待って。わがまま坊やってアホ親父のこと?

 アホ親父が生まれた時にとりあげた医者、しかも当時すでに引退間際の高齢?!

 レティ兄さまとルガ兄さまに目で問えば、うなずかれた。

「え、ちょ、失礼だけどおいくつ?」

 けっこうお年に見えるけど、想像以上のご高齢じゃ?!

 おばあさん先生はかわいらしく口を手で覆って、

「やですねぇ。レディに年をきくのは野暮ってもんですよぉ」

 レディかどうかってとこはツッコまないでおこう。うん。女性はいくつになってもレディってことで。

「あの小さかった子たちが、すっかり大きくなって……。あらやだ、年のせい涙もろくて」

 おばあさん先生は涙をぬぐう仕草をした。

「……この先生ならレティ兄さんも安心かと」

 確かに。あたしらをとりあげた担当医で、おばあちゃん先生ならスミレちゃんも恐くないもんね。初対面だからちょっと緊張してるのかレティ兄さまにしがみつくようにしてるけど、「恐い」って感じじゃないっぽい。

 ルシファーが付け加える。

「さらに言うなれば、サルガタナス先生はこの方から切開しない手術方法などを習いました。恩師といえますね」

「おおう。それすごいじゃん」

「妊婦の手術は危険ですからねぇ。なんとか安全にできないかと試行錯誤した結果ですよ」

 麻酔も切開もナシなら母体への負担も少ない。なるほどねー。

「よかったじゃん、超安心だねレティ兄さま!」

「ああ。スミレはどうだ? あ、もちろん診察の時は必ずオレが付き添うぞ。出産時も立ち会うし」

 立ち合い出産まで決めてんの。気が早い。

 こりゃ、ベビーベッドの図面も今日中に引いて取りかかりそうだ。

「あ、はい……。そういうことなら……」

 おばあちゃん先生はニコニコして手をたたいた。

「さっ。初めての妊娠出産じゃ分からないことだらけでしょ。よく多くの人が勘違いしてる注意事項だけでも、ちょろっと教えましょうかね」

「診察はいいんですか?」

 あたしがきくと、

「見ただけでできるんですよぉ。サルガタナスくんもできるでしょ? そもそもアタシが教えたんですよ」

「おおう、そりゃ失礼しました」

 ルガ兄さまもずいぶんすごいお医者さんについてたもんだな。

 レティ兄さまが「ちょっと待って」と言って、

「ネビロスも呼ぶよ。あいつも聞いといたほうがいいだろ」

「あ、そだね」

 既婚者三組そろって聞くことにした。

 やって来たネビロスはレティ兄さまを祝った後、「リリー、うちもそろそろ」っつってリリーちゃんに裏拳くらってた。

「黙れセクハラ野郎。あ、コイツはそこらへん転がしといていいんでお話どうぞ」

「ひどいよリリー、僕はリリーの隣がいいーっ」

 サッとリリーちゃんの隣キープしてじゃれつく弟。

 ほんとに嫌なら一人掛けの椅子選ぶだろうに、二人掛けのソファー腰かける辺り、リリーちゃんもツンデレですな。

 おばあちゃん先生はハハハと笑って、

「ネビロスくんはいくつになっても子どもみたいだねぇ。いいお嫁さん見つかってよかったよ。さて、ざっくり説明しましょかね。基本的に出産までは約三か月。一か月目で胎盤が完成して安定期に入り、二か月目になるとどんどんお腹膨らんできますよ」

 持ってきた資料見せながら解説してくれる。

 大体現実世界の五倍速だと思えばいい。

「へー、一か月目じゃお腹全然大きくないんだ。見てはっきり分かるのは最後のほうからかぁ。って、うわ。最初の頃なんか胎児の重さってグラムなの? ちっさ!」

 出生時でも平均3キロくらいかぁ。小さくない? もっと大きいイメージだったよ。

「そうですねぇ。みんな実際より大きいイメージ持ってますが、そんな大きかったらお腹に入りませんて。ああ、お腹まだ出てなくても、服はゆったりめの着ること。ウェスト締め付けるデザインは駄目ですよぉ。ハイヒールもやめましょうね」

 ふむふむ。参考にマタニティウェアと靴作ろう。

 妊婦さん用の新しいブランド立ち上げよっかな。でも、マタニティウェア着るのたった三か月かぁ……。地球なら妊娠期間は約十か月でウェア買おうって気になるけど、たった数か月のためには買わないかな?

 とすると、レンタル展開もアリ。ベビーベッドのレンタルみたく、月額いくらで借りるシステム。

 ほら、卒業式の袴とか七五三の着物、結婚式二次会用ドレスのレンタルってあるじゃん。あれは短期間だけどさ、服のレンタルビジネスってすでにあるもんね。

「それとよく言われますけど、二人分食べなきゃって食事量増やすのはダメですよぉ。バランスよく三食、普通の量をね。ただし血糖値が低下しやすい人の場合は、適宜ブドウ糖なんかで補給しましょ」

「え、食う量二倍じゃないのか」

 教えてもらってよかった。でなきゃレティ兄さま、どんどん食べさせる気だったな。

「腹ン中で赤ん坊育ててんだから、けっこうエネルギーいるんじゃねぇの?」

「思ってるほど使いませんて。そんなに胎児育てるのに食糧が必要だったら、種として子孫残せませんよぉ」

「ああー」

 元々この世界は電脳空間上に作られた、データが基ってのもあるだろうね。

 子供が三か月で生まれてくるのも、その後一時期やたら成長速度が速いのもたぶん。生後わずか数か月で一気に5・6才くらいまで急成長するんだよ。

 もう一つ理由あると思うけど。悪役に消されないため。

 もし大きくなるまでに時間かかったら、その前にアホ親父あたりに消されちゃうじゃん。下手したら『ヒロインの母』が大きくなる前に殺されて、ストーリーが始まる以前どころかはるか前に終了してたかもよ。

 あたしが刺客にどうにか殺されず生き延びたのも、成長速度が速かったからだ。面倒みてくれるはずの侍女や護衛から狙われまくってたんだ、無力な赤子のまんまだったら死んでるわ。

「つわりはある人ない人いるし、あっても人によって全然出方が違います。吐きづわりの場合は、無理せず食べられるものを食べられる時に少しずつね。ほんの一口を一日に何回か分けてだっていいんですよ。とにかく何か食べられれば」

 真面目に絶食&水もなしだと、健康な人間でもヤバイもんね。

「水も飲めないほどひどかったら点滴しますよ。反対に食べづわりだったら、太りすぎに注意! 何か食べてないと気持ち悪いのはカロリーのない飴やなんかでごまかしましょうねぇ」

 ふんふんと真剣にメモとってるレティ兄さま。

「いずれにせよ、無理は禁物ですよぉ。立ちっぱなしもダメ。散歩とか適度な運動や日常生活レベルで動くぶんには構いませんけどねぇ、お腹が張ってたら休むこと。もちろん医師が絶対安静って診断したら、それは聞いてくださいねぇ」

「そりゃそうですよ」

「いや、そうでもないんですって。妊娠は病気じゃないんだから動け、サボるな、動いてればつわりなんか紛れるとか言って無理強いる人いるんですよぉ。そりゃあ病気じゃありませんがねぇ、新しい命を一から作り出すっていう大仕事の真っ最中ですよ。これは他の誰にもできないこと。お腹の赤ちゃんを第一に考えて、一つの命を守らなきゃねぇ」

 …………。その通り。

 まだ生まれてないから存在してないように思えるかもしれないけど、れっきとしてそこに存在してる命だ。軽んじていいもんじゃない。

 平等に、尊いもののはずでしょ。

 おばあちゃん先生はそこであたしを見た。

「女王様が産休育休や妊婦健診の制度を手厚くしてくださったおかげで、妊産婦の死亡数が激減したんですよ。それまでは無理させられて死ぬ人が多くてねぇ……。本当に、ありがとうね」

 心なしか涙ぐんでた気がした。

「や、そんな。あたしは法案の提案しただけで、細かいとこ詰めて制定したのはルキ兄さまや政務官の人たちだよ」

「いいえぇ。貴女の働きかけのおかげですよぉ。……ほんと、あのちっちゃかった子たちがこんな立派になって。うれしいねぇ。あの坊やがわがままいっぱいに育っちゃってどうしようと思ってたけど、その子供世代はいい子たちだ。ばあちゃん、いつお迎えがきてもいいよ」

 しんみり。

 涙をぬぐう仕草をする老医師に、ルガ兄さまは冷静に答えた。

「……先生はまだ数百年は生きると思う」

「やだねぇ、この子は。それは言い過ぎよ」

「……この間、現役選手破ってトライアスロン大会優勝してた」

 元気だな!

 しんみり空気がふっ飛んだわ。

「お元気そのものじゃん!」

「……その数日前はバレエの講演出てた」

「端役、バックダンサーだものぉ、たいしたことないわよぉ」

「たいしたことあるよ! お元気でなりよりですね!」

「ホッホッホ。ご心配なく。女王様のお子さんどころかお孫さんとりあげるまではがんばりますよぉ」

 四世代とりあげるってどんだけだよ。すごいな。

 年齢不詳の超絶ベテラン産科医は陽気に笑って帰っていった。

「なんつーか、すごいお医者さんだね。ルガ兄さま、あの人についてたんだ」

「……当時他の医師には敬遠されてた」

「まだ前王の時代ですからね。認知されてないとはいえ、庶子であることは暗黙の了解なサルガタナス様の指導にあたりたい医師は少なかったんですよ。何を理由に処罰されるか分からないでしょう。関わりたくない、というのが本音だったようで」

「うーわー」

「彼女は自分ならもう年だし構わないと立候補したそうです。サルガタナス様をとりあげたのは自分だというのもあったんでしょう。前王も、彼女は技術の高さから処刑するよりとっておいたほうがいいと考えていたようで、そこも見抜いていたと思われます」

「手術しないでも治せるってやつね」

 万一自分が手術必要な病気とかになった時困るってことか。他人に痛みを与えるのは大好きでも、自分が痛いのは大嫌いだもんなぁ。アホ親父、気が弱い。

 自分をとりあげた医師でもあるし、腕は信用できるもんね。

「あれ、スミレちゃん寝ちゃった?」

 ふと見れば船漕いでた。

「多少緊張してたのかな」

「……妊娠中はやたら眠かったりする」

「そっか。ゆっくり寝かせてあげよ」

「そうだな。寝かせてくる」

 レティ兄さまはちょっと席を外したかと思うと、すぐ帰って来た。

「ついててあげればいいのに。あたしらもう帰るよ。邪魔しちゃ悪い」

「その前に、ネビロスに用があってさ。なぁ、盗聴器とか詳しいだろ」

 ちょっと待て。何を聞いとる。

 リリーちゃんがビクッて肩震わせたぞ。

 あっ、修羅が背後に現れた。ス〇ンド名なに?

「まーね」

「おいコラ、ちょっとツラ貸しなさい。教育的指導行う」

 鬼の形相でネビロスの胸倉ひっつかむリリーちゃん。

 悪いけどお姉ちゃん助けないよ。

「やっぱりやってたのかあんたは!」

「やだなぁ、今はやってないって。いつもリリーと一緒にいられるしー、僕のお嫁さんだし―」

「今やってなきゃいいってもんじゃない!」

「同感。ねぇレティ兄さまもやめなよ。いくらすぐ退職できないからって。盗聴と盗撮って犯罪だよ? 仮にも法の番人がやめようよ」

「ちゃんとスミレに許可取ってからにするっての。見守り用だよ、人聞きのわりぃ」

 スマホあんだからいいじゃん。いつでも連絡取れるでしょー。

「専属看護師も常駐させるって言ったじゃん」

「心配で仕事手につかねぇ」

 心配だから帰る!って出勤早々早退するのが目に浮かぶわ。

「あのさぁ、レティ兄さん。それならすでに発売してるペットや子供用見守りモニター使いなよ」

「そんなもん売ってんのか」

「うん。最近はスマホと連携させて、いつでも見られるようにしててね。改良して商品化したら売れるかなぁって思いつきで売り出してみたら好評でさ」

「片思い相手へのストー……ごにょごにょ技術を転用して発明って……」

「ええ。最低です」

 リリーちゃん思いっきりにらみつけてる。

 つくづくよくコレを許したね。

「会社でも作ったの?」

 ほんと要領いいよね。

「めんどいから、そこらへんは人雇って任せてるよー。僕は相談役として一定のお金もらってる」

「実働は人に任せ、自分は楽して稼いでるってタチが悪い」

「だって、そしたらリリーといられる時間少なくなっちゃうじゃん。やだよ。僕はリリーといたいのー」

 ほっぺた膨らませてお嫁さんに抱きつく末弟。もれなく冷凍光線くらってます。

「……ネビロスの才能も正しい方向に使えば役立つ、と思う」

「うーん、そういうことにしとこっか」

 さりげなくカタログ出して勧めてるネビロスと吟味してるレティ兄さま、背後に仁王のオーラしょったリリーちゃんを眺めてうなる。

 これでネビロスんとこも子供できたら、それはそれで大変なんだろーなー。

 でもま、兄弟が幸せってことだから、いっか。

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