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四男フルーレティのラブラブ新婚生活(本物)

「初! 祝! 既婚者限定女子会~っ!」

 私は明るく宣言するリリス様をとまどいつつ眺めた。

 仕事終わりに制服から新作の試作品に着がえさせられたかと思うと、そのままサンルームに連れてかれてこの状況。

なお、サンルームには先に引っ張ってこられたらしいリリーさんがいました。彼女も無理やり「試作品のモニターやって!」って口実で着替えさせられたらしい。

白シャツにタイトスカートという、リリス様いわく女教師風の服にネビロス様が大興奮してました。

「クール! 超似合う! リリー、教鞭となんか教科書持ってくるから待ってて! 写真撮る! あ、眼鏡クイッてやるポーズね!」

「寝言は寝て言えこの阿呆!」

 そして、外に蹴っ飛ばされてました。ネビロス様はお嫁さんに対する何かが悪化してる気がします。

 大丈夫でしょうか。

 大丈夫じゃないですね。

 レティ様とルシファー様がネビロス様を取り押さえて引きずって行き、なんとか女子会できたという感じで今に至ります。

 リリス様はご機嫌です。

「いやー、実はずっと憧れてたのよねっ。義理の姉妹とわきあいあいおしゃべり。人妻同士だからこそ話せることもあるじゃん。既婚者自体は侍女の中にもたくさんいるけど、雇用主とは話しづらいだろうしさー」

「そこは分かりましたがリリス様、着替えさせる必要はありました?」

 クールにたずねるリリーさん。

 同感です。

「いーじゃんいーじゃん。ね、二人とも新婚生活どう? 困ってることない? 何か不満あったら聞くよ。あー、リリーちゃんはドウゾ愚痴こぼしてクダサイ」

「ええ、本当に」

 リリーさんは眉間にシワ寄せると、思いっきりぶちまけました。

 ……内容はかなりヤバめなので伏せます。本当に、ネビロス様は大丈夫でしょうか。

「うん、いやほんと弟がゴメンとしか……そんでそれでも離婚しないでくれてありがとう」

「私が見張ってないと危険ですからね、あの男は。仕方ありません」

 素直にすごいと思う。

 ……あ、そうだ。不満じゃなくて、聞きたいことが。

 おずおずきいてみました。

「あのー……お二人に質問してもいいですか……?」

 知り合って間もないリリーさんにまできいたのが、リリス様には意外だったみたいです。でもすぐ納得されてました。リリーさんは『頼れるお姉さん』だから。

「なになに? 何でもきいてっ」

「その……ちょっと悩んでることがありまして。……えと、旦那様の役に立つにはどうすればいいでしょうか?」

 二人とも沈黙。

「…………」

 黙って顔見合わせてます。

「あの、私は体が弱くて、お二人みたく奥さんぽいこと全然できてません。……レティ様に心配かけてばかりで。だから、どうしたら旦那様に喜んでもらえるんだろうって……」

 正直、役立たず感がいなめない。

 リリス様は小首をかしげ、

「スミレちゃん占い得意じゃん。レティ兄さま、仕事の時に役立つって言ってるよ?」

「でも、日常生活では必要ないですし……奥さんぽいことじゃありません……」

「ああ、なるほど。なら、これはどう? あなたはリリス様の侍女として働いているんだから、家の中を心地いい空間に保つことは得意なんじゃ?」

「いいね! お嫁さんっぽい!」

「夫がリラックスできる環境を作るというのは、とても大事なことですよ。私はやりませんけど」

 やったらネビロス様がはしゃいで逆に大変なことになりそうですね。

「そういえばスミレちゃん、縁の下の力持ち得意だよね。さりげなく人のフォローしたり、何か起きる前に措置講じておくとかさ。人に気付かれることはないけど、重要なことだよね」

「ずっとひっそり生きてきたので……トラブルにならないよう、事前に防ぐ癖がついたんだと思います……」

 目立たずひっそり、トラブルを避けて生きていくにはそれなりの気配りが必要だったんです。

「あの、具体的にルシファー様やネビロス様はどういうこと喜ばれてますか?」

「私はあいつが喜ぶことはやらないようにしてるから」

 ズバッとぶった切ったリリーさんはお茶をすすりました。

 ……お疲れさまです。

「あはは、ネビロスはね。あたしはそーねー……うん、抱きついて『大好き』って言うと一番喜んでくれるよ」

「は、ハードル高すぎです……っ」

 顔が赤くなる。

 は、恥ずかしいです。

 できません。先に心臓が壊れます。

「思ってること素直に言うって大事よ?」

「私はネビロスにそんなことするくらいなら、舌噛みちぎります」

「はは……。スミレちゃんがこれやったら、レティ兄さま鼻血ふいてぶっ倒れるくらい喜ぶんじゃん? 引っ込み思案な大人しい小動物系のお嫁さんが勇気振り絞って、真っ赤になりながらも抱きついてくるって破壊力抜群よ。あたしが男なら100%落ちるね」

 なんですかそれ。

「む、無理ですぅ……」

「んー。じゃあ、やりやすそうな、呼び方変えるってのは?」

「呼び方ですか?」

「うん。夫婦なのにいつまでも『様』づけじゃなく、呼び捨てにしてみる」

「れ、レティ様を呼び捨てなんてできませんっ」

 命の恩人なんですよ。

「まぁ、あえて『様』づけで呼ばれるってのもアリだからそれでもよし」

「ルシファー様もリリス様を『様』づけですもんね。私とネビロスは初めから呼び捨てなんで、これに関しては正直よく分かりません」

「あたしがルシファーを呼ぶときも呼び捨てだよ。呼び捨てが無理なら、愛称は? つっても、すでに『レティ』って愛称かぁ。じゃああだ名」

 あだ名も無理です。

 リリス様はにんまりして、

「そんな時おススメはコレ。『旦那さま』『あなた』」

 リリーさんがものすごい苦虫かみつぶしたような表情でうめきました。

 そ、そこまでですか。

「スミレちゃんに似合うのは『旦那さま』のほうね。リアルメイドだもん。個人的に『さま』は漢字より平仮名のほうがいいよ、スミレちゃんの小動物的イメージには」

 そういえば、職場で『旦那様』つまり男性の主人に相当する人っていない。

 ルシファー様が一番近いけど、立場的にはあくまで王配です。無害で無価値な王配装ってられるし、むしろリリス様のほうがご主人様?

 ……ものすごくはまりどころです。

 リリス様はぽんと私の肩をたたきました。

「ま、そんな気にすることないよ。逆にこういうことで悩んでるって正直に言ったほうが、レティ兄さま喜ぶと思うよ。かわいい奥さんがそこまで自分のこと考えててくれた!ってニヤケるんじゃん?」

「そうでしょうか……想像できません」

「ふっふー、やってみなって。ところでさ、ウェディングドレスのデザイン案がまとまったんだけど、チェックしてくれる?」

 私たちは真面目な話に入りました。

 デザイン案を眺めながら、本当にずっと好きだった人の嫁さんになれたんだなぁと実感した。


   ★


 ―――初めてレティ様と会った時、私は戦争のために利用されていた。

 鎖でつながれ、重い手枷と足枷をはめられて、無理やり予知能力を使わせられる毎日。

 予知なんて万能じゃないのに、満足な結果が得られないと殴る蹴るの暴行を受ける。

 両親より予知の精度が高かった私は、死ぬまでこうして利用されるんだと絶望した。

 ―――だったらいっそ、予知なんか二度と使うもんか。

 死を覚悟で私は力を使うのを止めた。

 暴行が激しくなったけど、もう気にならなかった。だってどうせ死ぬんだもの。何の関係がある?

 その運命を変えてくれたのはレティ様。レティ様率いる傭兵団が私達を監禁してた勢力を滅ぼし、地下牢の私達を助け出してくれた。

 衰弱して意識がもうろうとしてた私は檻の扉が開いても気づかず、拘束具が壊れて体が軽くなって初めて目を開けた。

「もう大丈夫だ。安心しろ」

 …………え?

 最初、神様かと思った。

 だって、信じられないくらいかっこいい男の人がいたんだもん。

 日の差し込まない暗い牢獄でも輝く髪の色。太陽神みたいに強くて精悍な人。

こんなかっこいい人、これまで見たことない。思わず見とれてしまった。

 彼は呆然としてる私をマントでくるみ、抱え上げた。

 ……あったかい。優しくて大きな手。

「よくがんばったな」

 力強い声に涙が出た。

 ああ、助かったんだ。

 安堵感が押し寄せてきて、安心して彼に体重を預けた。

 直後気を失ってしまったらしく、次に意識が戻ったのはベッドの上だった。清潔で明るい部屋にいるのに驚く。

 心配そうに両親がのぞきこんでる。どちらも傷だらけで包帯をしていた。

 自分たちだって絶対安静の身なのに、私が意識を取り戻すまでは付き添ってるときかなかったと後で聞いた。

 よかった……牢屋を分けられてから両親の安否も分からず不安だったけど、助かったんだ。

「ああ、よかった……!」

「三日も意識がなかったのよ。あの方が助けて下さらなければ死んでいたわ。本当にありがとうございます!」

 涙を流して喜ぶ両親は振り返って深く頭を下げる。

 その先にいたのは、腕組みして窓辺にもたれかかった男の人。牢で会ったあの人だとすぐに分かった。

 燃えるような赤い髪が日の光に反射して綺麗。キラキラして……ほんとに神様みたい。

 あの時はよく見えなかったけど、屈強な体つきからして傭兵か軍人のようだ。粗野だけど、どこか高貴にも見える。けっこう高位の生まれの人なのかな?

 その人―――レティ様は優しい笑みを浮かべた。

 ドキンと胸が高鳴る。

「や。意識が戻ってよかった。悪い連中は全部やっつけたから心配すんな。それにここはもう別の国だ」

 治療のため、設備が整ってて優秀な医者のいる別の国まで搬送した、と説明してくれる。あそこにいたんじゃ満足な治療も受けられないからと。

「オレの名前はフルーレティ。覚えてないかもしれないけど、君を助けたヤツだ。怪しいモンじゃない」

「……覚え……てます……ありがと……ございま……」

 かすれた声で必死にお礼を言った。

「ああ、無理してしゃべるな。瀕死の重傷だったんだ。まずはしっかり体を治すこと。ここの医者はオレの弟でさ、すげー腕がいいんだ。大丈夫、すぐ治るさ」

 両親の後ろの壁際にもう一人いたのに気づいた。弟サルガタナス様だという。

 白衣を着てるし、お医者様なのは一目瞭然。ただ彼は黙ったまま目礼しただけだった。

 この人……私と同じようなタイプだわ。気配を殺し、とにかく人目につかず、ひっそり静かに過ごすのだけが望み。誰にも知られることなく、トラブルに巻き込まれず、ただただ平穏な暮らしがしたいだけ。

 親近感となにより恩人のお墨付きから信頼した。

 レティ様はそうだ、と軽い口調で言い出した。

「そうそう、君の能力については知ってる。これも何かの縁だ。匿ってやるよ」

 え?

 びっくりした。

 これまでこの力のことを知って、悪用しようとしなかった人はいない。

 そんな馬鹿な……でも、この人はきっと嘘なんかついたりしない。人の余計な関心を買わないよう避けて生きてきた私は本質を見抜くことが上手くなった。だから分かる。

 両親も安心させるように、

「大丈夫よ。この方はね、私達を助けて下さるの」

「嘘じゃないよ」

「つーかさ、オレも、生まれがちょっと訳アリで。力のせいでなんだかんだって、ちょっと分かるんだよな」

 あっけらかんと複雑な出生を教えてくれた。

 なんでもないことのように言える内容じゃないと思う。

「だから気にすんな。もう何も心配いらないぞ」

「……ありがとう、ございます……」

 温かくて大きな手が頭をなでてくれる。

 安心する。……ずっとこうしててもらいたいなぁ。

 私のケガは思ったより重症で、体力が低下してたこともあり、回復魔法を使っても完治までかなりの時間がかかった。

 この間に両親はレティ様の妹リリス様付きとして働くことに。住んで国よりもっとヤバイ国に来てしまったと知ったけど、逆にここが一番安全な場所だとレティ様は言う。

「オレの目の届くとこなら守ってやれるし、リリスの周りはみんな訳アリばっかだ。戸籍偽造して名前も変えて隠れ住んでるのもけっこういる。あのクソ親父の被害者匿うのに、オレら慣れてんだよ。それにここならルガの治療受けられるだろ。あいつの腕は世界一だぞ」

 確かに私はサルガタナス様の治療を受けなければならない。

「万一生き残ってたとバレても、わざわざこの国まで来やしねーよ。誰だって命は惜しいからな。クソ親父が唯一認知してる『王女リリス』のとこから奪取しようなんて、リスクが高すぎる」

「……ですね」

 説得されなくても、私はどこへも行きたくなかったんだけど。

 レティ様の傍にいたかった。

 命の恩人で、好きな人。私みたいな病人で元々体も弱くて、力のせいで狙われるめんどくさい女なんてお呼びじゃないのは分かってる。

 レティ様は認知こそされてないけど『唯一の王女』リリス様が認めてる、王の庶子。兄弟中でリリス様を除けば一番強く、王にもなれる人。

 恋人や妻になるのは身分も高くて美しく健康な人のはずだ。

 ……分かってるのよ。これは、ただの片思いだもの。一生言うつもりはないの。

 でも、近くで見てるだけなら許されるでしょう?

 私達一家は偽の戸籍と経歴をルシファー様からもらい、それまで名乗ってた名前も捨てた。

なお、これと引き換えに両親はルシファー様の組織に入る。予知能力を組織のために使うこととなったけど、後悔はない。ルシファー様はきちんと私達を保護してくれ、安全を保障してくれたのだから。

 私の『スミレ』って名前はレティ様がつけてくれた。

「外見のイメージからの連想な。小さくてひっそり咲いてる菫の花みたいだろ?」

「……っはい、うれしいです。ありがとうございます。この名前、大事にします……!」

 私の想いが叶うことはない。それでもこのたった一つの贈り物さえあれば生きていけると思った。

 大好きな人が私のためだけに考えてくれたもの。

 好きです、レティ様。

 リリス様も本当によくしてくださった。起き上がれるようになってからは、暇つぶしと内職として裁縫を教えてくれた。

 見たことも聞いたこともないデザインや作り方を惜しみなく教えてくれる。しかも私の体の負担にならないよう考えて。

「スミレちゃん、はいこれ」

 リリス様はある日、ぽんっとお金の入った袋をくれた。

「この前スミレちゃんが作った小物や刺繍の作品、アガ兄さまに売買代行頼んだでしょ? そのお代。あ、手数料なんて取ってないよ」

「……え?」

 そこそこの金額が入ってて仰天した。

 手数料取ってないって、アガリアレプト様が?

 ご本人がやって来た。

 ひえっ。

 身をすくめ、リリス様の後ろに隠れる。

 どういうつもりか聞きたくても、恐くてとても聞けない。それどころか、同じ空間にいるのも恐い。レティ様の男兄弟でまぁなんとか話せるのはサルガタナス様くらいのものだ。

 サタナキア様とネビロス様は比較的マシ。ルキフグス様も真面目でいい人だと分かってるからどうにか。

「アガ兄さま、スミレちゃん恐がらせちゃダメだよー。レティ兄さまが怒るよ。えーと、手数料取ってないってのと、かなり大金でびっくりしたみたいだね」

「リリスの作ったものと一緒に売ってるし、そんなもん取ろうとしたらレティが自分が払うと言い出すだろう。金額は珍しくて高値がついてるんだ。リリスはすごいな」

 少しだけ雰囲気和らげて妹君の頭をなでるアガリアレプト様。

 不機嫌全開がデフォルトなこの方も、リリス様にだけは優しいお兄様。

「レティもこの娘にはやたら甘い」

「うん、保護者みたいだよね」

 どっちかっていうと、死にかけの猫拾った以上最後まで面倒みてやらなきゃ、ってのが近い気がします。

 そうやってお金を貯めながら療養し、完治した私だけど生まれつきの体の弱さはどうしようもなかった。

 そこでリリス様専属侍女になる。仕事内容はどれも体の負担にならないものばかりだった。

 申し訳ないと思ったけど、リリス様の周囲には他にもたくさん体壊してる人がいた。王にやられたらしい。お互い様だと、みんなで助け合い調整して働いていた。おかげで私も目立つことなく、無理せず働けてる。

 そうして月日は流れ、クーデターが成功し、この国にも平和が訪れた。

 余裕ができたことで、対人恐怖症もどうにかしなきゃと思うようになった。

「スミレちゃん、いいことだけど無理だけはしないようにね?」

「いえ……大丈夫です。がんばらなきゃ」

「まーね。コワモテの男性がいても平気になれば、レティ兄さまの仕事風景のぞけるもんね」

「り、リリス様っ?!」

 あわあわ。

 そ、そんなことなくはないですけどっ。

 レティ様の職場は当然ながらいかつい男の人がほとんど。武器もそこらじゅうにあり、雰囲気も物々しい。とても近づけなかった。

 レティ様の戦ってるとこ、きっとすっごくかっこいいんだろうなぁ……。見たいなぁ……。でも、男の人恐いし……。

 リリス様は肩をすくめて、

「ま、実際のガチの戦闘シーンは見ないほうがいいよ。レティ兄さまが隠すのも道理っつーか。出張もとい魔物退治なんてぶっちゃけグロいシーンて意味だもん。レティ兄さまも本気出すと容赦ないからなー」

「レティ様はいつも優しいですよ?」

「あー、うん、そうね。あたしとかスミレちゃんにはね。とにかく見たきゃ、これくらいにしときなよ」

 二つ折りの魔法を施した便せんをくれる。これは通常手紙に使われるもので、映像を記録しておき何度でも再生することができる。

 記録されてたのはレティ様の訓練風景。ご兄弟とやってるもので、これなら見慣れた顔ぶれだし恐くないだろうとリリス様が配慮してくださったんだ。

「あ、ありがとうございますっ!」

 ぎゅっと胸に抱える。

 大事な宝物。

 あんまりうれしがる私に、リリス様はそれから時々くれるようになった。

 こうしてひっそり眺めていられればそれでいい。

 高望みなんてしないもの。


   ★


 ……ずっとそう思ってた。

 そっと左手薬指の指輪に触れる。目ざとくリリス様が気づいた。

「スミレちゃん、なに思い出してんの~?」

 ニヤニヤしてる。

「いやー、レティ兄さまのテンパりまくった告白は見事だったね! 実は意外とチキンなのは知ってたけど、つい笑っちゃったわー。パニくるとああなるんだねー」

 リリーさんが眉を上げる。

「へぇ。フルーレティ様が? 意外ですね」

「戦い以外知らない人生送ってたでしょ。女っ気皆無なのは、ほんとのとこ女性相手だとどうしたらいいか分かんないだけなんだよ。恋愛関係に関してはお子様同然だったわけ」

 実の妹は評価が厳しい。

「スミレちゃん、レティ兄さまがキレてぶっこ……助けに入った時、フラッシュバックしたの大丈夫? ルガ兄さまがいまだに思い出して恐いとかだったら診るって言ってたよ」

 ぶっ殺すって言いかけました?

「えと、大丈夫です。むしろレティ様がかっこよかったことしか覚えてないので……」

 もじもじして口ごもると、リリス様が「キャー」と叫んで抱きついてきた。

 はわわ。

「やだーもう、かーわーいーい~っ!」

「リリス様。スミレさん困ってますよ」

「義姉の愛情表現っ!」

 ストレートに愛情示せるリリス様ってすごいと思う。

「あの……逆にレティ様こそショック受けてないですか……? 私、パニックになったはずみでレティ様を拒絶するような仕草しちゃって……」

 傷つかれてたらどうしよう。

 本心じゃないのに。

「レティ様に嫌われたら、私……っ」

「あー、それはちゃんと分かってるみたいよ。あんな状況じゃ、同性で安全地帯のあたしに任せるべきだったって。つーか、レティ兄さまがスミレちゃん嫌いになるわけナイナイ。超ベタ惚れじゃん。最近見ててこっちが恥ずかしくなるレベルだわー」

 私とリリーさんは微妙な思いでリリス様を見た。

 リリス様も同じようなものだと思いますけど……。

「過保護なのは元々だけど、溺愛がプラスされたよね。なんだかんだで兄弟だなー。ネビロスと通じるものある」

「あのストーカー野郎よりはるかにマシで健全です。少しは見習え。あと、ボスもかなりアレなことしてますよ。よく平気ですねリリス様」

「ふふ、愛されてるって感じするじゃない?」

 …………。うん、すごい。

 私とリリーさんはもはや感動した。

「そいえばリリーちゃん、ずいぶん前からルシファーんとこで働いてたんだって? 知らなかったよ」

「ええ、まぁ。お嫌ですか?」

「全然。むしろそうやってネビロスから多少でも逃れられる時間作って、対抗できる手段作ったルシファーに感謝」

 リリス様はリリーさんの両手をがしっと握って言った。

「組織の一員てことは、ある程度護身術も習ったよね? もっと必要なら教えるよ! ネビロスどうにかするのに必要なことには協力惜しまない!」

 キリッと。

 ものすごく真剣です。

 そこまで言われるネビロス様ってどうなんでしょう。

「いえ、今のままで大丈夫です」

「リリーさんが言えば、何でも喜んでききそうですもんね……。忠犬みたいです」

「忠犬? どこが。あいつは駄犬でしょ」

 リリス様はドアの方をチラ見してため息つきました。

「分からないでもないかな。あ、スミレちゃん、見本やったげるよ。夫が喜ぶ技その1。レティ兄さまだって、コレやりゃ一発だって」

 すっくと立ちあがり、ドアを開けました。ずっと聞き耳たててたっぽいネビロス様が飛びのく。

 リリス様が防音の障壁張ってたから無意味ですよ。

 女王陛下はにっこりして、ネビロス様の後ろに立ってたあきれ顔の王配殿下に抱きつきました。

「あなた。だーい好き」

 ルシファー様は一瞬虚を突かれたものの、すぐ微笑んでリリス様を抱きしめ返しました。

「僕も大好きですよ、大事な奥様」

 周囲ガン無視、ハート飛ばしまくっていちゃつく女王夫妻。

 レティ様とネビロス様が鬼の形相でルシファー様睨みつけてます。それをスルーしてお二人はイチャイチャ続行してます。

 もはやすごい以外の感想が出てこない。

「……こ、これは私、とうてい無理です……」

 恥ずかしすぎて死んじゃう。

「大丈夫。私も死んでもやらないわ」

「……あの、ネビロス様が暴走しかけた時の非常手段としてやればいいのでは……?」

 絶対すぐ大人しくなりますよ。

「どんなに有効でも断る」

 そうですか。

「ルシファーてめぇ、妹から離れろコラァ」

「フルーレティ様、うらやましいならご自身も奥様とどうぞ」

「うやらま……っ、しくねーこともねーけどくっそォ!」

「うらやましいんですね」

「ルシファー、姉さまから離れなね。それとリリー、僕にもやってくれたらすっごくうれしいな~」

 リリーさんの背後に修羅が現れました。

「アホなこと言ってないで帰るよ」

 首根っこつかまれてズルズルひきずってかれるネビロス様。

 飼い主にリード引かれてホームする犬状態。

 仲がいいですねぇ。

「オレらも帰るか」

 レティ様が私にいつもの上着を着せた。

 フードを下ろすと、ひょいと抱え上げられる。

 結婚してからというもの、外出時は私が人目につかないように必ずこうして抱っこして、自分ごと気配消してくれてる。レティ様はさすがこういうこと得意。

 理由は分かってても恥ずかしい。だ、だってお姫様だっこだもん。

しがみついて赤くなった顔を隠した。

「……はい、レティ様」

 レティ様のいるところが、私の帰るところだもの、ね。


   ☆


 一日の仕事を終え、帰宅したオレはこっそり宝物を眺めていた。スミレは居間にいる。ちょっと作業することが、と嘘ついてオレは机に向かってた。

 あ、結婚を機に毎日定時退社してるんで。出張も一切やめた。地方の仕事はジャスミンさんの紹介で味方の魔物たちがやってくれることになったんだ。

 え? だって、せっかく手に入れた新妻置いて出張ってヤじゃん。

「かわいい奥さん待ってるもんな~」

「今度職場連れてきたらどうすか~?」

 とか昔からの仲間にはひやかされたが、冗談じゃない。対人恐怖症のスミレをゴツイむさいヤローどもの集団に連れてくか。

 第一、オレの嫁は見せびらかすもんじゃない。オレだけが愛でてればいいと思う。

 コホン。それはともかく、宝物って何かって?

 結婚祝いとしてリリスがくれたアルバムさ。

「はいこれー。これまでスミレちゃんに服の試作品モニターやってもらった際撮っといた記録写真のコピー。全部あるよ」

 なにぃ⁈

「こっ、これは……!」

 くっ……。

 思わず中を熟読し、拳を握りしめる。

「ありがとう、妹よ」

 グッと親指立てる。

「ふっふ。まーね」

 悪代官みたいな雰囲気で親指立てて返す妹。

 フッフッフと笑いあった。

 かくして超貴重なお宝をゲットしてしまったわけだが、本人にバレたら泣かれそうなんで隠れて見てる。

 ―――と、スミレが戻って来そうな気配が。

「!」

 大急ぎで、音も立てず秘密の隠し場所にしまう。所要時間0.3秒。

 フッ。音を消して動くのは慣れてんだよ。

 まさかこんなとこで役立つとはな。

 ちなみにオレは自室のあちこちに秘密の仕掛けを自作してある。そしたらルシファーが「退職したらうちで働きませんか」とかスカウトしてきたが、誰があいつの部下なんてなるか。

 何事もなかったふりして机上の図面を改良。

 スミレに専用の家具作ってやろうかと思ってさ。椅子とかクローゼットとか。サーカス時代の大工に教わった技術が、まさか後年嫁の家具作るのに役立つとはなー。

「人生万事塞翁が馬ってそういうことだ」ってルキ兄貴が言ってたっけ。

 で、それってどういう意味?

 スミレがひょっこり扉の向こうから顔をのぞかせる。

「あの、レティ様、そろそろお休みになったらどうですか……?」

「ああ、あとちょっとやったら。……って!」

 ペンを取り落とした。

 正面からブン殴られたみたいな衝撃が!

 なにって、嫁がふわふわもこもこのウサギ風パジャマ着てたんだよ!

 しかも、おずおずと恥ずかしそうに……っ。

 鼻血ふいて死ぬかと思った。

 よく人がどうすりゃオレ倒せんだってうなってるけど、答えは簡単だと判明。

 鼻押さえながらきく。

「す、スミレ、その服……」

「これですか? リリス様からいただきまして……」

「いやその、前にもらったって聞いてたのは知ってる。でもそれとは微妙にデザイン違うよな?」

 聞いたことは聞いたが、オレがそれ実際見たことはないはずである。なのになんでデザインが違うと分かるかというと、例のアルバムにあったからだ。

 スミレはその点に気付かず、

「えと、改良版だそうです……。前のとどう違うかモニターになってほしいと……」

 グッジョブ。

 妹に感謝を捧げた。

 商品開発なのはほんとだろうが、分かってて渡した妹よ、ありがとう。

 バージョン1と違うのは、白でうさ耳フードがついて短パンなことか。フードの長さ調整のヒモにもしっぽを模したポンポンつき。前のはピンクの長袖、クルーネック丈だった。

 うんうん。どっちもアリ。

「うん、いい。すごくいい」

 図面放り出して居間に移動した。

「おいで」

 ソファーに座り、隣をたたくと、嫁は恥ずかしそうにしながらも大人しく言われた通りにした。

 素直で従順なのが彼女のいいところだ。

 争いごとを避け、とにかく人目につかぬよう生きるには人に逆らわないことが重要だった。そのため指示や命令に従順な性格ができあがったといえる。

「とはいえミニ丈着るのは珍しいな」

「は、はい。恥ずかしいんですけど、リリス様とルシファー様がかわいい服でレティ様の疲れふっとばしてあげてって……」

 リリスは分かるが、ルシファーまで加担したのかコラ。余計な入れ知恵を……いや、余計じゃないけど全然。

「確かに疲れはふっとんだ。うん。ただ無理はするなよ、体冷やしたら元も子もない。スミレは体弱いんだから。ああそっか、こうしてればいいか」

 ひょいとスミレを膝の上にのっけて、さらに両腕で囲い込んだ。

「ひゃあっ⁈」

「人間の体温て結構あったかいだろ。ほら、よく雪山で遭難者がお互いの体温で暖取るじゃん? それと同じ」

 寒さ原因じゃなくピキーンと固まるスミレは論点がおかしいのに気付いてない。肌寒いなら、単にひざ掛けとか毛布使えばいいだけである。

 うん、単純に嫁を膝に乗っけるって男の夢実現させたかっただけだけど何か?

「あ、ありがとうございます……?」

「大事な妻の体調気遣うのは当然だろ」

 顔真っ赤なスミレはオレを見上げ、

「……あの、なんていうか……その、結婚してから甘い言葉増えました、よね……」

「そうか?」

 どこが?

「キザで甘ったるい言葉たれ流してるのはルシファーだろ」

「それは、まぁ……」

「あー、確かに少しは表に出すようになったせいかな? スミレは小さくて下手したら壊しちまいそうだし、嫌われたくなくて色々抑え込んでたんだけど、もうその必要なくなったろ。だけど嫌ならやめる」

「あ、あのっ、嫌じゃないのが困るっていうか……その、ですね、心臓がもたないっていうか……」

 握りこぶしで口隠してモジモジするって、オレをどうしたいんだ。むしろこっちが悶え死にで瀕死状態。

 『血に飢えた狼』『破壊神』『猛獣』とまで言われた男は、かわいい子ウサギにまったくもって歯が立たないのだった。

 ―――翌朝。

 今日も二人とも仕事である。

 スミレには退職してもいいと言ったんだが、本人が働き続けると決めた。オレとしてもセキュリティ面でそのほうが助かる。

 そういやもともと密かにつけてた護衛が震えあがってたなぁ……。ほんのちょっと目を離した隙にスミレが襲われかけたことでオレがちょーっとキレたら。

 ルシファーが「殺気だけで死にますよ」って止めなかったらマジでやってたかも。

 なお、オレもしばらくは城外に引っ越すつもりはない。『正義の王』だけじゃなく他の勢力も攻めこめないよう睨みきかせとくためだ。

 結婚したことも大々的に公表はしない。「妻が病弱で静養が必要なため」と称してスミレの情報は開示しなかった。

 ネビロスのほうがこれでもかってくらい宣伝しまくってて、上手く隠れミノにできたってのもある。しかしあれ、リリーちゃんゴメンとしか言いようがねーや。どうぞ気のすむまで愚弟殴っていいよ~。

「さ、行こうか」

 スミレの頭にフードかぶせ、ひょいと抱き上げる。

「っ!」

「ん? たいした移動距離じゃないけど、気配消しといたほうがいいだろ?」

「そ、そですけど……っ」

 嫁は真っ赤になりつつも大人しくしがみついてきた。

 物理的に接触してたほうがステルス魔法の効果が上がる、って丸め込んで正解だったな。それは事実なんだけど、オレくらいになると別に触れてなくても周囲ごと気配消すことができる。

 ほら、リリスもこの前やってたろ。ネビロスが暴走しかけた時な。

「レティ兄さま、悪いこと考えてる顔になってるよー」

 リリスがあきれながら忠告してきた。

 おっと、いけない。

「おはよ、リリス」

「お、おはようございますリリス様っ。あ、あのレティ様、下ろし……っ」

 えー、残念。もう終わりか?

 わざと通勤時間稼げる距離に引っ越そうかなぁ。

 しぶしぶ下ろす。

「スミレちゃんちっさくて素直でかわいいから気持ちは分かるけど、ほどほどにね」

「新婚ボケというやつですね。リア充爆発しろと言われる前に少々自重してはいかがかと」

「テメェに言われたくねーよ」

 何年もうちの妹と目の前でいちゃついてるくせにっ。もう新婚て言い訳できねーだろ!

「かわいいうちの妹の腰に回してやがるその手離しやがれ」

「お断りします。ほらほら、仕事があるんじゃないんですか」

「その前にテメェを斬ってからってのはどうだ?」

 リリスがスミレをつついた。何やらアイコンタクト。

 するとスミレがオレに向かって、

「えと、行ってらっしゃいませ、旦那さま」

 ブフゥッ!

 鼻血吹いて卒倒するとこだった。

 念のため言っておくがスミレの仕事は侍女。つまりメイド服が制服である。

 破壊力がっ!

 あえて『さま』を平仮名で表現する細かいところがすばらしい。

 ものすごい精神力と筋力で鼻の粘膜の決壊を防ぐ。

 我が妹は得意げに、

「フッフッフ。リアルメイドの本物『いってらっしゃいませ』よ。かわいいっ。かわいいわ! つーかあたしが見たかった、ごちそうさま!」

「こらぁ⁈ 何教え込んでんだ!」

「あれ、レティ兄さま嫌だった?」

「嫌じゃないし!」

 むしろどストライクだけど何か⁈

 リリスはふーんとうなって、

「今日お仕事がんばったら、帰って来た時スミレちゃんが第二弾やってくれるかもよ?」

「り、リリス様っ⁈ な、なに言って……」

「第二弾って何だ」

「めちゃくちゃくいついてますね」

「帰って来た時のメイドさんの言葉といえば決まってるでしょー。スミレちゃん、何だったっけ?」

 スミレの性質は『従順』だ。

「は、はい。えと、その、お帰りなさいませ、旦那さま」

 ……………………。

 決めた。

「よし、今すぐ帰ろう」

 すごくいい顔で宣言する。

「ちょっと待ってレティ兄さま、まだ出勤してないじゃん!」

「いや、ただちに連れて帰ろ。今日は仕事休……」

 マジで連れ帰ろうとしたら二人がかりで止められた。

「ダメだってば! もー、結婚したら溺愛しまくる性格だったのね。ネビロスみたいじゃん。てゆーか、何かリミッター外れた?」

「リリス様ともよく似てますよ。さすがは兄妹です」

「そお? とにかく、お嫁さんがかわいいからって仕事休むのは社会人としてダメ! そんなんじゃ嫌われるよ⁈」

 それはマズイ。

「分かった。はりきって仕事してくる」

 リリスがまたスミレをつつく。

「は、はい。あの、お仕事がんばってください……っ」

 のせられてるのは十分承知の上で、鼻歌が出るくらいウキウキして職場に向かった。

「機嫌良すぎてこえぇ……」

「めっちゃ強い敵でも見つけたのか? 思いっきり暴れられるって?」

「ひいっ、こえーこと言うなよ! おおお恐ろしい」

 とか部下たちがガクブルしてたと聞いたのは後のことだった。


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